過剰シミュレーション


とある日、ダイジロウとテッドはプロフェッサーYに呼ばれて彼の研究室へとやってきた。

「急に呼び出してなにかようでしょうか? この前の消滅事件について何か分かったとか?」
「ふむ、そのことなのだが重要な仮説が得られそうなのだよ」
「重要な仮説を得るための機械には見えませんがねえ」

彼らの目の前にあったのは巨大なモニター。
プロフェッサーが言うには最近の失踪事件の手掛かりになりそうなデータの収集を行なっているのだとか。しかし、

「失踪とこの戦闘シミュレーターに何の関連があるんですかねえ」
「分かっておらんね。別分野のアプローチが解決方法になることもあるのだよ」
「上手い事、いえ、上手くないんですけどそうじゃなくて。
ようはぼくたちにこのシミュレーターを使ってほしいというだけのいつものことですね」
「さすが。よく分かっている」
(またろくでもないこと思いついたんだな、この教授は……)

というようにプロフェッサーの膨大な知識と高い技術を無駄に使った大掛かりな遊びに付き合えということであろう。

研究室の片隅にいつもいるバイオグリーンなら暇を持て余しているだろうから、
わざわざ自分たちを呼ばなくてもいいだろうにとダイジロウは思った。
だがバイオグリーンは今日に限ってプロフェッサーに用事を頼まれたとかで席をはずしているのだ。
実に面倒なことになったという表情がダイジロウからはありありと出ていた。
しかしここで断るとさらに面倒なことになる可能性があるため、彼はしぶしぶ付き合うことにした。
一方のテッドもあまり乗り気ではないようだったが、
「教授がかわいそうだから」と半ば同情で付き合ってあげることにしたのであった。


プロフェッサーからシミュレーターの簡単な操作方法と、用いるデータの説明を受ける。
だがやはりおかしなところだらけだった。

「なんで戦闘データの収集と進化の可能性を探るための生物がネコなんだ……」
「それは綿密な計算の結果、猫が最適解であると判断されたからだ」
(どうだかなあ……)

今一つ納得がいかないダイジロウだったが、ここでプロフェッサーと話し合っていたところでらちが明かない、
とさっそくシミュレートを開始する。
あまり乗り気でないダイジロウが、どうせネコなら簡単に倒せるだろうとネコに敵対する側のシミュレートを担当。
彼よりはまじめに取り組む気のあるテッドがネコの操作を担当することにした。のであるが、

「うむ、ではまずネコで敵性宇宙人の星を制圧してくれたまえ」

とプロフェッサーはのっけからおかしなことを言い出し始める。
なんのことやらとダイジロウとテッドがよくよくデータを覧じてみれば、ネコの主たる攻撃手段は核ミサイル。
しかも弾数は無制限。ネコ本体の方も生身のはずなのに単独で星間移動が可能なほどの身体能力。

「うーん、これは…… データのシミュレートにしても前提条件がおかしすぎるんじゃ……」

こんな条件で始めて良いのだろうかとテッドは首をかしげて困惑する。
一方のプロフェッサーはそんな彼の疑問などどこ吹く風。ダイジロウに宇宙人の操作を促すばかりだった。
バカバカしくなってきたのでさっさと終わらせてやろう、とダイジロウは宇宙人勢力の全戦力を出撃させ、
ネコに攻めかかった。テッドの方も、このシミュレーションにどういう意味があるのか理解できないまま、
とりあえず核ミサイル発射を選択する。
するとどこをどう飛んできたのか、数百、いや数千発もの核ミサイルが惑星の地表に降り注ぐ。
モニター画面に表示されていた、宇宙人の軍勢を表す点は一瞬にして消滅。
そして、「惑星の全生物はネコを残して全て死亡」というメッセージが点滅していた。

「なんだこれ。ゲームだったら確実にクソ扱いされるぞ」
「何をバカなことを。そういうデータなのだから仕方あるまい。
さて、テッド君、このままネコを操作してこの恒星系を制圧してくれたまえ」
「ああ、はい……」

むちゃくちゃな展開に戸惑いながら、テッドはプロフェッサーの指示通りにネコを次の惑星に移動させる。
生身のネコであるはずなのにありえないほどのスピードで移動できるのは今さら疑問に思っても仕方ない。
彼の言葉を借りるとすれば、「そういうデータである」わけだ。
次の惑星Bに着地したネコ。やることは先ほどの惑星Aと同じ。この星の生命体を滅ぼすのみ。
今回もダイジロウが操る惑星Bの軍団がネコに襲いかかる。しかし結果は同じようなもの。
核ミサイルの一斉爆裂によって、この惑星もネコを残して無人の星と化してしまった。
「出だしは上々」と満足そうなプロフェッサーと、「なにが上々なのやら」と呆れるダイジロウ。
次の惑星でのシミュレーションでも同じような結果であったし、その次も、その次の次も――
とネコは行く先々の星で核ミサイルを乱射しては、その都度星々の生命体を片っ端から消滅させていった。
ここまでシミュレーションが始まってから30分とかかっていないにもかかわらず、
ネコはこの恒星系を滅ぼしてしまったのだ。
ここでふとテッドが、

「何故だか分かりませんが、どうやらネコの核ミサイル、一度に発射できる数が増えているんですが」

と口にした。確かに現段階でネコが一度に発射できる核ミサイルの数は数万発に増えていたのだ。

「うむ、これこそが生物の進化の方向性だよ」
「いやいや、どう考えてもおかしいだろ」

予測通りだと言うプロフェッサーと、だんだん突っ込むのも面倒になってきたダイジロウの対比がそこにあった。


一旦おかしな方向に物事が進んでいくと、そのままどんどんおかしなことが肥大してゆく。
などという経験則的な法則はさておき、ネコはさらなる強化を勝手に遂げていた。
恒星系αを完全制覇したネコは、次に恒星系β、γと各星を次々に破壊し続けていった。
ネコを倒す側を操作しているダイジロウは連戦連敗が続いていた。
さっさと終わらせようと思っていたのだが、彼の思いとは裏腹な状況である。

「ああもう。もっと強い戦力はないのかよ。このネコに勝てるようなやつは」
「ふむ、では予定より少しばかり早いがこれを投入しよう」

苛々し始めたダイジロウがぶつくさ言うと、プロフェッサーは何かしらのデータを入力した。
そうしてモニターに表示されたのは、宇宙戦争用の軍艦である。
設定によると銀河系の秩序と平和を守るための銀河連邦軍だということだが、そのあたりダイジロウにはどうでもよい。
「今度こそ終わらせてやる」と意気込む彼は早速軍艦の艦隊を操作する。
そして恒星系μを滅ぼしたばかりのネコの元に進軍し、即座に攻撃をしかける。
一匹のネコに狙いを定めて艦隊が一斉攻撃。画面に表示しきれないほどの大量の核ミサイル。
さらには艦に搭載されている波動エンジンからのエネルギーを利用した波動キャノン。
これがまともに命中すれば太陽とて一たまりもないほどの破壊力だ。
対してネコの方も、波動キャノンの砲撃をかいくぐりながら、同程度の数の核ミサイルを発射して対抗する。
とてつもない数の核ミサイルの撃ち合いになったが、どちらも決定打にはならず。
それでも、今まではあっという間の敗北を続けていたダイジロウからしてみたら勝機を見て取れる感じである。
そんなわけで彼に少しだけやる気が戻ってきているようだった。
ミサイル格納用惑星から核ミサイルをワープさせてネコに撃ち込む船団。
あいかわらず何がどうなってそうなるのか分からない核ミサイル攻撃を続けるネコ。
この戦いは延々と続くかに思われたが、徐々にネコの方が不利になってきているようにも思われた。
このまま核ミサイルの撃ち合いを続けていけばという状況の中、
突如としてネコの発射したミサイル群の内、「核ミサイル・改」と表示されたミサイルが数百発。
それが爆発すると、今までの均衡を保ってきた戦いは何だったのかと思えるほどの威力が確認された。
一瞬にして艦隊はその半数が消し飛び、残った艦も被害甚大。
ネコが開発していた新型の核ミサイルが実践投入された、とモニター上で説明されたが、
それだけで片づけられてはたまったものではない、とばかりに、

「後出しジャンケンよりひでえじゃねえか、なんだよこれ!」

とダイジロウは操作画面を殴りつけて声を荒げた。
予想だにしない成り行きにテッドの方も頭の上に特大の疑問符が浮かんでくる気分だった。
そして結局、ネコの核ミサイル・改によって艦隊は全てが消滅してしまった。


銀河連邦の一方面軍が壊滅したということで、今度は本軍がネコ打倒のために始動した。
とはいえ、船団の数は多かれども戦闘力自体は同じ。そういうわけで目の座ってきたダイジロウは一計を案じた。
まずは先発の部隊を投入し、先ほどと同じようにネコと核ミサイルの撃ち合いにもっていく。
もちろん、ネコが有する核ミサイル・改に対し、連邦軍は旧来型の核ミサイルしか持ち合わせていないため、
さしたる時間もかからずに先発部隊は消滅してしまうことになる。
しかし、それは時間稼ぎだった。
ネコの具体的な座標が把握できたことで、ダイジロウが操作する連邦軍はワープを利用して
何十隻もの軍艦をネコを取り囲むように瞬間移動させると、それらを一斉に自爆させた。
さしものネコも一たまりもなかった。

「どうだ、さすがにこれは死んだろ」

やっとネコを倒して満足そうなダイジロウ。画面にはネコを指し示して「戦闘能力喪失」とのメッセージが流れていた。
それにいち早く気づいたテッド。

「あれ? 『死亡』とかじゃなくて『戦闘能力喪失』っていうのはもしかして――」
「おいおい、まだ続くってのかよ?」

あれだけの爆発にもかかわらず、ネコはその頭部を残していたのだ。
普通ならそこで終わりなのは間違いないのだが、なにせプロフェッサーの造ったシミュレーター、まともなはずがない。
嫌な予感をびんびんと感じるダイジロウ。果たしてそれは的中してしまう。

「計算上ではここでネコの細胞が再生を始めるところであるが、どうやらせっかちな人がいるから少し早めるとしよう」
「なんかオレが悪いみたいな感じなんだけど」
「いやいや、そんなこともない。生物の進化にありがちな不確定要素を追加するだけだよ」

不満そうなダイジロウの言葉を軽く流して、プロフェッサーがデータを打ち込む。
するとモニターには彼そっくりの謎の医者が姿を現した。
そして、どこから持ってきたのだろうかダイジロウやテッドのようなメタルボディを取り出す。
続いてネコの頭部をメスで切り開いて脳髄を摘出するとメタルボディとつなぎ合わせた。
ここに、体はメタル、頭脳はネコのメタルネコが誕生した。してしまった。
まだ続けるのかと脱力するダイジロウ。もう少し付き合っても良いのではとテッドがなだめるも、

「なんだか気が抜けたから一旦休憩。誰が何と言おうと休憩」

とまるで逃げるように足早に研究室から出て行ってしまった。


「ネコの相手側を操作する人がいなくなっちゃいましたが?」
「そのへんはオートでどうとでもなる。それはさておき、今のネコにとって生存を脅かす可能性のある存在といえば?」
「さっきの銀河連邦でしょうか」
「その通り。というわけで連邦の本部がある星を探してみるべきだろう」

果たしてそうだろうかとテッドは疑問を抱きつつも、メタルネコを操作して目的の星を探し始める。
ではあったが、何ら手がかりとなるような情報も物もない。
テッドはひたすらにネコを移動させ続けた。徒労ともいえるような時間が長らく続いた。
実時間で一時間弱、データ上では100年近く、ネコは宇宙をさまよった。

ようやくダイジロウが戻ってきた。自宅に帰ってミエコ用の夕食を作ってきたようだ。
ずっとシミュレーター前で操作を続けていたテッドをねぎらい、
大学の購買で買ってきた缶コーヒー(砂糖増量)を手渡す。それを一息で飲み干したテッド。
さてもうひと踏ん張り、とネコを動かしているとついに目的の星を発見した。

「よし、それじゃあ危険因子を滅ぼすよ」
「なんだかお前も思考が過激になってきたような気がするな」

そんなこんな会話を二人が交わしながら、メタルネコと銀河連邦の第三の戦いが始まった。
長い年月が流れた結果、銀河連邦の戦艦も強力になっていた。
戦艦が発射する核ミサイルは、ネコの使っている核ミサイル・改に勝るとも劣らない威力。
さらに波動エンジンも強化されており、
それを利用して放つ「波動キャノン2」は従来型とは比べ物にならないほどの破壊力を有していたのだ。
生身のままのネコであったならば勝負はあっけなくついたかもしれない。
しかし今は強靭なメタルボディに身を固めたメタルネコなのだ。
恒星破壊級のエネルギーを持った攻撃を正面から食らってもびくともしない。
「やっぱりクソデータだ、これ」とダイジロウがぶつぶつ愚痴を言う。
先ほど大きな戦果を挙げた自爆戦法を用いようとするも、ネコが新たに開発していた「メタル核ミサイル」
の破壊力の前に軍艦は次々に原子レベルにまで木っ端微塵になってしまうのだから時間稼ぎもままならない。
運良くネコの近くにワープできた艦も、
爆発するより先にネコの発射する波動キャノン2によって破壊されてしまうのだからどうしようもない。
かくして、一度はネコを戦闘不能にまで追い込み、その状態からさらにパワーアップしたはずの銀河連邦軍であったが、
それを上回る勢いで強化していたメタルネコに対してはさしたる手段を講ずることもできずに消滅。
ついでに連邦本部も星ごと消滅した。
ついにネコは銀河系の頂点に立ったのだった。


しかしまだシミュレーションは終わらない。
プロフェッサーがデータを入力すると、メタルネコの前にそれと同型のメタル化したネコが二体(便宜上、『メタル1』、
『メタル2』と表記されている)現れた。
今度はこの三体のメタルボディを持つネコを使用してのデータ収集ということになるのだろうか。
本当にデータを集めるためなのか、単にプロフェッサーの暇つぶしではないのだろうか
という疑問が二人にわいてきたものの、眼前のシミュレーターを操作することに変わりはない。
まず手始めにメタル1と2がネコめがけてメタル核ミサイルを発射した。
それに対してネコの方もメタル核ミサイルで応戦。大爆発が起きると同時に波動キャノン2を三体がぶっ放しまくった。
同型のメタルネコ三体は能力も同程度。それゆえにメタル1、2を操るダイジロウの方が
ネコ一体だけを操作するテッドよりも優位に戦闘を進められると思いがちなのだがさにあらず。
ネコの撃つ核ミサイルの方は一発ごとに威力を増していっているのだ。
ネコが勝手に進化していくのは今さらつっこんでももう無駄なことなのであるが、
生物ではないはずの核ミサイルまで進化していくというのはどういうことなのか。
そのような細かいことは脇に置いておくとして、これ以上戦いを長引かせるのはよくないと判断したダイジロウ。
メタル1を突撃させてネコに接近戦を挑みつつ、
メタル2は長距離からの射撃でメタル1もろともネコを破壊しようとする。
そしてメタル2が最大限のエネルギーをふりしぼって「波動キャノン2・全力」を発射。
斜線軸から1000光年離れた場所にある星まで破壊するほどの威力だ。
メタル1はその破壊力の前にあっという間に消滅した。
しかし、ネコの方はメタルボディに搭載されていた「G・T・S(グッド・タイミング・システム)」が都合よく発動。
さらなる強化生命体へとその姿を変えた。
メタル2が行動不能になるほどに陥るほどエネルギーを消費した波動キャノン2・全力を気合でガードし、
両前足がわずかに損傷する程度で収めた。
そして、新たに撃ちだせるようになった「特別核ミサイル」で攻撃。メタル2は一瞬で塵になった。


次にネコと戦うことになったのは宇宙大将軍なる者が率いる大宇宙無敵艦隊である。
自称、「宇宙統一を果たす漢」の宇宙大将軍が、どうやってかネコの存在を聞きつけ、
自身の宇宙統一の妨げになると判断。どこからかネコを討伐するために進撃した。
彼の有する無敵艦隊は、一隻一隻が銀河連邦軍の軍艦とは桁違いの戦闘力がある。
しかもそれが約7000垓もあるのだ。どうしてこんな戦力があるのかはさておくとして、
宇宙統一にかける並々ならぬ想いがあるのだけは間違いなさそうだった。
これほどまでの大軍を逐一操作するのは不可能だが、シミュレートのバカバカしさが一周したのか、
逆に楽しくなってきたダイジロウは案外まじめに操作してメタルネコを破壊しにかかる。
おびただしい数の核ミサイルがネコを襲う。
さらには波動キャノン2・全力とほぼ同程度の威力がある「宇宙ビッグ砲」の波状攻撃だ。
一点に集中したエネルギーは極超大型のブラックホールを造りだすほどのもの。
今までのネコであったら到底耐えられるはずのない攻撃だった。
しかし、メタル1、2との戦いによってさらなるパワーアップを成したメタルネコであるのだから話は別。
無敵艦隊の攻撃を気合で防御しつつ、と波動キャノン2・全力よりも強い
「波動キャノン2・フルパワー出力大」で」反撃する。そのあまりの破壊力に宇宙大将軍の艦隊は次々に消滅。
このままネコが押し切るかに思われたのだが、さすがに数が多すぎた。
限界を超えてしまったネコのエネルギーがもろもろの要素が絡んで臨界点に達しかけていた。
もしもこのままネコが爆発してしまえば、宇宙の大半が無事では済まない。
無敵艦隊はなんとかしてメタルネコの暴発を食い止めようと奮迅する。
ネコを操作するテッドの方も爆発はさすがにまずいのではないかと思い、何とかしようとする。
だが、どういうわけだか「あきらめる」と「あきらめない」の選択肢があるだけで、
しかもどっちを選択してもネコのメタルボディの暴走は収まりそうになかった。

「これはダメかもわからんね」

ダイジロウが投げやり気味にそう言ったのとほぼ同時に、メタルネコが激大爆発を起こした。
モニターには爆発に巻き込まれた超銀河団が次々に消滅していく旨のメッセージがあふれかえっていた。
かくして、メタルネコの暴発によって無敵艦隊はもちろんのこと、全宇宙のおおよそ80%が消滅。
ついでにネコも原子レベルの塵に消し飛んでしまった。
さすがにこれで終わりだろう、と二人は思ったが、またまたプロフェッサーが余計なことをしてくれた。
正確には画面の中の彼そっくりなドクターである。
かつてネコを構成していた原子を集めると、用意していた人工知能付きの新型メタルボディと融合させる。
こうして、ネコは100%機械となって復活した。
「もう進化とか関係ねえじゃん」というダイジロウの真っ当なつっこみはプロフェッサーが鼻で笑って流した。


宇宙があらかた崩壊してもネコの戦いに終わりはない。
かろうじて難を逃れていた宇宙の端っこの方にあるバイオ星団から「全宇宙のヒーロー」ことバイオマンが出陣した。

(完全にあいつじゃん、これ)

ダイジロウはこのシミュレーション前にプロフェッサーからお使いを頼まれていたバイオグリーンを思い出した。
もしかしたらプロフェッサーの頼み事をというのは方便で、
本当はバイオグリーンそっくりのキャラクターが出てくることを知られたくがないためにプロフェッサーが
彼を遠ざけたのかもしれないが、しかし仮にこのバイオマンがやられ役だったとしても
別に彼が怒りや不快感を表すことは無さそうだからどうでもいい、とダイジロウもテッドも何となくそう思った。
もっとも、彼がどういう性格なのかいま一つ掴めないのだからどうでもいいといえばどうでもいい。
その辺りはともかく、ニューメタルネコとバイオマンの戦いは、
今までの戦闘のような遠距離からの核ミサイルの撃ち合いとは様相を異にしていた。
ヒーローもののお約束のようにネコもバイオマンも接近して至近距離での肉弾戦。
拳や蹴りが命中するたびに弾け飛ぶエネルギーの衝撃で周囲の星々は次々に砕け散っていった。
それでも、ネコの方もバイオマンの方もダメージはほとんどなかった。
にもかかわらずダイジロウは延々とバイオマンにパンチやキックをさせ続けた。
というのもバイオマンが攻撃すると「バイオパーンチ!」だの「バイオキーック!」だのという合成音声が流れてくる。
しかも棒読みなのが妙なシュールさを起こし、それがダイジロウの笑いのツボに入ってしまったからだった。
さらにこの音声、律儀にも攻撃動作を行なうたびに発せられる。
そこで閃いてしまったダイジロウ、DJがアナログ盤をスクラッチするように操作しては
「ババババイオババイバイオバイオパーンチ!」などと音声を流し、一人でゲラゲラ笑っていた。
ダイジロウがひとしきり笑っていると、ネコの方に変化があった。
何とバイオマンに触れられた部分が腐食し始めたのだ。メタルボディなのに生もののように緑色に変色し、
さらには異様な臭いを漂わせていた。
そしてその腐食した部分はどんどんと広がっていきネコの体を蝕む。
ついにはネコが行動不能になってしまうまでにその範囲を拡大したのだ。
バイオマンはとどめとばかりにポーズをとって両手にエネルギーを蓄えると、
バイオグリーンが使う技にうり二つな「バイオフラッシュ・T(とどめ)」を発射。
濃緑色の光線を浴びたネコは瞬く間に腐り果て、崩れ落ちて塵になった。
バイオマンが勝利したかに思われたが、ネコを構成していた塵が一か所に集まると、あっという間に元のネコに戻った。
そう、ネコは今までとは違い再生能力を身につけていたのだ。

「なるほど、今までとは違いますからね」
「左様。今までとは違うのだからこのくらいは当然」
「突っ込みどころはいろいろあるんだが、今までとは違うから仕方ねえか」

ネコがいままでと違うのはそれだけではない。なんと再生時にバイオマンのエネルギーを取り込み、
バイオパワーを自身の力として使えるようにパワーアップしたのだ。
ネオメタルネコは早速新たに手にしたこの力で攻撃。バイオパワーで強化された「バイ菌核ミサイル」を発射。
バイオマンはバイオフラッシュでネコごと核ミサイルを腐食させようとしたのだが力不足。
今度はバイオマンがグズグズに腐り落ちる番となってしまったのだった。


バイオマンは敗北した。だがしかし、ネオメタルネコの前にはまた新たなバイオマンが。しかも今度は五人同時。

「お前が倒したバイオマンは我々バイオ戦士の中では最弱」

どこかで聞いたようなセリフとともに、バイオ五人衆はネコに襲いかかった。
先ほどの最弱らしいバイオマンとは違って、今度の五人衆はそれぞれ自分専用の武器でネコと戦う。
まずは斬った物全てを腐らせるバイオソード、次に斬った物全てを腐らせるバイオブレード、
続いて斬った物全てを腐らせるバイオセイバー、さらには斬った物全てを腐らせるバイオマチェット、
そして斬った物全てを腐らせるバイオカタナだ。
五人の見事な連携攻撃によってネコは何度も何度も斬撃を受け、その度に傷口が腐っていった。
しかしネコの再生能力は腐食のスピードよりも速かった。
実質的には無傷のネコは、バイ菌核ミサイルとバイオフラッシュに酷似した「バイオ波動キャノン」で対抗した。
この激戦によってせっかく再生途中であった宇宙がまた大いに破壊されてしまった。
じょじょに戦闘力を増してゆくネオメタルネコ。このままでは不利だとバイオマン五人衆はフォーメーションを展開。
そして五人全員のフルパワーによる究極奥義、「バイオFINAL」を放った。
全宇宙を満たすほどの緑色に輝く光線がネコに命中。
するとネコの再生速度を上回るスピードでメタルボディが腐っていった。
どうすることもできずに塵になっていくネコ。その様子を見ながら、全生命力を使い果たした五人衆は静かに力尽きた。
モニターで観測しながら「でもどうにかなるんでしょ?」とテッドはネコを自爆させてみた。
次の瞬間、今までにない極爆発が起き、宇宙全体が一気に消滅してしまった。


しかし素粒子レベルほどにバラバラになっても、ネコは宇宙の悪意(パワー)を吸収して再生した。
降り立った場所は四次元である。
そこへ、どういった理由か例のドクターが「四次元マスター」を名乗る者の軍団を案内してやって来た。
どうやらさらに進化を遂げたネオメタルネコEXを破壊するつもりのようである。
四次元軍はネコに向けて核ミサイルを発射。ネコの方も戦う気が満々の様子で、
爆発をガードすると四次元宇宙用に開発した核ミサイル、「核ミサイル・新型」を撃ち放った。
そのすさまじい破壊力によって四次元軍は次元の半分もろともに瞬時に消し飛んでしまった。


いともたやすく次元を破壊できるまでに進化したネオメタルネコEX。それを見たプロフェッサーが、

「そろそろ頃合いだろう」

と訳知り顔でシミュレーターをいじると、件のドクターに突如として敵性信号が表示された。
そう、ネコと医者の戦いが始まったのだ。
敵は排除しなければ、とテッドは早速ネコを操ってドクターに攻撃をしかける。
だが、ネコの放つ核ミサイル・新型は爆発するより先にドクターが手にしているメスによってバラバラに切り裂かれる。
ならばと「ミラクル波動キャノン」を乱射。そのおかしな破壊力が巻き起こした結果は
絵本に出てくるチーズのように穴だらけになってしまった四次元の姿だった。
しかし、それほどの威力のあるミラクル波動キャノンをドクターは経口摂取。己のエネルギーへと変換してしまう。

「一応聞いておきますけどねえ、こいつは生身の人間なんでしょう?」
「無論だとも。ドクターが身につけている医療用マスクを透過することで波動エネルギーは無毒化されるのだよ」
「あ、そっすか」

どうでもいいや、とダイジロウはドクターとプロフェッサーを交互に見比べながら投げやりに言った。

(このオッサン、データ上くらいは自分が華々しく活躍したいとかそういう暗い喜びを味わおうとしてんじゃねえか?)

などと思ったが、プロフェッサーは日ごろからおかしなことばかり言っているから
今になってそれをどうこう論じても無意味なこと。成り行きに任せてダイジロウはドクターの操作を続けた。
ネコの攻撃はドクターに通用しないが、ドクターの方も防戦一方で反撃に転じることができなかった。
膠着状態がしばらくの間続いたが、突如としてエネルギーを吸収しまくったドクターが覚醒したとかどうかで、
一気に彼の身体能力が向上した。
ネコが反応できないほどの超絶速度で接近し、そのままメスでネコのメタルボディを切りつけた。
傷は浅いものの、しかし手数の多さはすさまじく、再生能力を上回るスピードであった。
それゆえにネコはじりじりと追い詰められていく。
だがここで再びG・T・Sが目覚める。
ネコが瞬時にパワーアップすると、切りかかってきたドクターにカウンターでメタルネコパンチ。
まともに食らってしまったドクターは木っ端微塵に粉砕されてしまった。だがドクターの方もこれでは終わらない。
宇宙空間なのに何故だか旋風が吹きあがると、ドクターだった塵が巻き上げられ一つの場所に集まる。
そして彼の体はもとより彼が身につけていたサングラスや白衣までもが寸分たがわず再生したのだ。
ネオメタルネコEX2はそれに動揺することなく淡々と攻撃を続ける。
ただひたすらにドクターを殴りまくると、ドクターはその都度塵になったがそれと同じ回数だけ再生した。
案の定、実はこれは時間稼ぎ。
ネコは都合良くパワーアップしたことで使えるようになった「おにぎり核ミサイル」の投入待ちをしていたのだ。
ネコの頭ほどの小さな三角形の核ミサイルはその形状と名称に反して威力は絶大。
四次元もろともにドクターを消し飛ばした。
しかも今度は強烈に消滅したようで、ドクターが再生することはなかったのだ。

死闘の末にドクターに勝利したネコ。だがそれは束の間のことでしかなかった。
このような事は想定済みだったようだ。ドクターを構成していた素粒子があらかじめ製造されていた
ドクター用のメタルボディに吸収されると、彼のサングラスが怪しく光りだしメタルドクターが起動した。

そのころネオメタルネコEXは三次元、四次元を滅ぼした後も、一次元、二次元を始めとして次々に次元を制圧し、
七次元世界での戦いに身を投じているところであった。
ネコの猛威によって、複数の次元を統轄する「次元王」がようやく重い腰を上げた。
それに対してネコはおにぎり核ミサイルを連発。七次元もろともに次元王を消そうとした。
しかし次元そのものよりも上位に位置する次元王には大した影響はない。
ネコの猛攻をあざ笑うかのように次元ごとずたずたに引き裂くと、
パーツ一つ一つを「i(い)次元結界」によってそれぞれ異なる次元と次元の狭間に封印した。
無限に再生しその度に強力になってゆくネコに対してこれは有効な方法だったろう。
さすがにもう終わりだろうとダイジロウは思った。テッドの方もお手上げ気味に「あきらめない」を選択しただけ。
モニターを観察してみてもネコの方に全く変化は無いようにしか思えなかった。

だがテッドが「あきらめない」を選択したからなのか、ネコの人工頭脳にインプットされている怒りと憎しみが
悠久の時間の流れの中で蓄積されていくと、ネコを構成している原子の一つ一つが
途方もない数の戦闘イメージを繰り返し、ついには戦闘力の爆発的インフレーションを起こした。
そしてついにi(い)次元結界という己を縛る鎖を絶ち切ると、バラバラだったパーツが集い、結合。
超次元メタルネコとして復活を遂げた。
それと同時にネコは己のイメージの蓄積によって生み出すことに成功した新必殺技、「大パワー玉」を発射。
ネコの復活を感知した次元王は慌てて対応策をとったのだったが効果はなく、無数の次元とともに消えていった。
するとネコの眼前にはどこで何をしていたのかメタルドクターが姿を見せた。
これが最終決戦の幕開けだった。


今のネコにとって次元ごとメタルドクターを破壊するのはたやすいこと。
一つでも次元をいくつも消滅できる大パワー玉を両前足の指一本一本から放つ。
八つの超激エネルギーの塊がメタルドクターを取り囲み、超悶絶級の爆発を引き起こした。
当然ドクターは瞬時に消滅したが、それに要した時間と同程度の時間で再生。それを幾度も繰り返した。
そしてネコと同様に再生するたびに強力になっていった。
どれくらいかの時間が流れた後、ついにドクターは大パワー玉をメタルメスで切り裂けるまでに成長。
さらには切り裂いたエネルギーをメタルマスクを通して吸収。自分のパワーにしてしまう。
莫大なエネルギーをドクターは一転に集中。メタルサングラスが不気味に光ると、
次の瞬間、波動エネルギーやメタルパワー、バイオエナジーに超次元力――
と様々なものが融合したエネルギーで生み出された「七色メタルビーム」がネコに襲いかかった。
新エネルギーの束はネコごと次元の壁をいくつも貫き、それぞれの次元に深刻なダメージを与えた。
しかし大方の予想通り、消滅レベルのダメージでネコが終わるはずもない。
何事もなかったかのように再生すると、今までの物よりさらに強力な「絶滅核ミサイル」をぶっ放した。
途方もない数の次元とともに、メタルドクターの体は再生するエネルギーもろとも消し飛ばされた。
こうして後に残ったのは進化の究極に行きついたネコと、唯一現存する最後の次元、「さいご次元」だけだった。


しかしどういうことだかここで終わりではなかった。
完全に無となったはずのドクターだったが、かつて彼が存在していたという謎情報が蓄積され、
それによって構築されることとなった何物かがドクターの形に具体化されたのである。
そしてそれは今までのドクターのようで一味も二味も違う「機械ドクターY」という存在。
そう、これが本当に最後の戦いになる。
グレートメタルネコがあいさつ代わりに無数の絶滅核ミサイルを放つ。
だが機械ドクターには何の痛痒も感じさせない程度のダメージしかない。
ドクターの方も七色メタルビームが水鉄砲にしか思えないほどの超激極威力の攻撃、「やぶフラッシュ」を撃ちまくる。
ネコはそれに対して似たような威力の「にゃんこブラスター」を放ち、やぶフラッシュを相殺した。
既にダイジロウやテッドの操作を必要としないで動くことができるネコとドクター。
無限に等しいエネルギーと無限に等しい生命を持つ一匹と一人の戦いは果てしなく続いていった。
ぼやっと画面を見ているダイジロウに幾度目かの飽きが来たころ、
今までと同じように戦闘を重ねることによって強化されてゆくドクターがフルパワーを開放。
右手に名付けられた「ドゥグ手」と左手に名付けられた「うれっ手」を用いて、
あれほど丈夫だったさいご次元ごとネコのボディを引き裂いた。
反撃しようと、ネコは「ダブルツインデュアルにゃんこブラスター」を放つものの、ドクターの二つの手はそれをいともたやすく掻き消し、勢いそのままにネコを攻撃。ドクターが触れたそばからネコの体は消滅していった。
そして完全にネコの姿が無くなってしまうと、ドクターは一本締めのような動きで手を鳴らし、二つの手にあるエネルギーを瞬時に爆ぜさせる。
こうして、機械ドクターYの「超破壊的素手解剖」とかいう必殺技によってネコは物体としてはおろか、
かつて存在していたという事実までもが消し去られてしまった。

ついに決戦に終止符が打たれたはずだった。しかしネコはそうなってもなお終わらなかった。
理屈抜きでまさかの復活を成した「メタルネコ・UB(アンビリーバブル)」が何を血迷ったのか
「最終究極アルティメット的シュプリーム至高風とどめファイナルフィニッシュ核ミサイルΩω」を発射。
これは本当にヤバいと判断したドクターが「次元復元手術」によってすべての次元を再生させ、
一目散に一番遠い次元へと逃げだしていった。
だがそれは無駄な行為だったようだ。「最終(略)ミサイルΩω」が爆発すると、
全ての記憶、全ての存在、全ての次元を消し、そしてネコもドクターも完全無欠に消滅した。

それと同時にあまりにも無茶な負荷をかけたせいか、
ダイジロウもテッドもプロフェッサーも逃げ出す間もなくシミュレーターが大爆発してしまった。

「――で、戦闘データは?」
「ふむ、最後に失敗してしまい有効なデータは得られなかったようだ。しかし失敗は成功の母。
それなりに有効な仮説は得られたようだ」
「なんだか想定できますが、どのような仮説でしょうか?」
「何事もやり過ぎはよくないということだよ、テッド君」
「これだけやらかしておいて小学生みたいなこと言ってしめるんじゃねえって」

真っ黒焦げになりながらも満足そうなプロフェッサーと脱力の極みだったダイジロウとテッド。
太陽が彼らを嗤うかのように発した光が、ぽっかりと空いた研究室の天井の穴を通って三人をいたずらに照らした。


数日後、今度こそ何かしらのデータが得られたとかで、ダイジロウとテッドはまたも呼び出された。
目の前にはまた大きな謎の実験マシーン。

「それでこれはなのでしょうか?」
「この前の収集して解析したデータをもとにして、別の視点から情報解析する機械だよ」
「まーた変なの作って」

ダイジロウは呆れて、横目でその大型機械を見ながらそう言った。
テッドの方も相変わらずのプロフェッサーの奇天烈な行動に理解を示すことができないでいた。
もちろん当の彼は意に介さずに二人を機械のブースに押し込むとスイッチをオン。
するとマシーンが大音量で起動し始め、ダイジロウたちを巻き込んだのだ。

ふと彼らが気付くと、そこはアレクサンダー大学とは全くかけ離れた、明るいとも暗いともとれない不可思議な光景。
信じがたいことだがネコがいくつもの次元を移動したように、
ダイジロウたちも謎の空間へとその身を移動させることができたようである。

「……。まさか本当にこんなができるとは思いませんでした」
「私を誰だと思っている? この程度のこと、雑作もない」
「それはいいんですけどねえ」

自慢気に胸を張るプロフェッサー。しかしこんな時にはろくなことが起こったためしがない、とダイジロウは不安げ。
言うまでもなく彼の不安など気にするはずもなくプロフェッサーは機会を操作して、

「さて、それではこの異空間の中で前回と同じようにシミュレートしてはくれないか?」

と二人に頼んできた。しかしあれだけやったのにまた同じような徒労感を味わわせるのかと思うと
ダイジロウもテッドもとてもそんな気になれず、即座に断った。
それならば仕方がないとプロフェッサーは一人で機械の前に座るとあちらこちらを操作し始めた。

何時間経過しても終わる様子がなく、いいかげんいら立ってきたダイジロウが元の次元に戻るように頼む。
テッドの方も口には出さないが相当迷惑しているような顔だった。
不承不承、という感じでプロフェッサーが機械を操作し、
モニターに表示された画面にはブースに入ったときような明るい光景が映し出されていた。
だが――

外に出てきた三人を待ち構えていたのは、アレクサンダー大学などではなく、寂寞の荒野。
砂と岩だけの砂漠と言ってもいいだろう。

「!? ここは一体!?」

予想だにしなかったことに驚きを隠せないテッドとダイジロウ。
それに対してプロフェッサーはまるで他人事のように、

「ふむう…… 先ほどのデータに何かバグでも入っていたのだろうか。どうやら別の次元に転移してしまったようだ」

と平然と口にした。ますます理解に苦しむ展開に呆気にとられている二人。
ショート寸前の思考回路を何とかつないで現状を認識しようと努力した。

「あの…… 『別の次元』とは?」

ようやく口から出てきた言葉がこれだけだった。
そんなように混乱から抜けきれない二人をよそに、プロフェッサーは責任の「せ」の字も感じていない様子で、

「さあ、それはこれから調べていけばいいのではないだろうか」

とだけ言って興味深げにあたりを見まわしていた。

「はあ!? いいわけねえだろ、何考えてんだよあんた!」
「いやいや、これはいずれ我々の身に起こるべき事態だったと考えられる。
ならば少々時計の針を早回しにしても何ら問題はあるまい。かえって対策が立てやすい」
「問題ありありだろうがよぉ!」
「いきなり巻き込まれて対策も何も……」

バカを極めたプロフェッサーの無責任な発言に思わずダイジロウは声を荒げた。
テッドも突然の事態を引き起こしたくせに平然としているプロフェッサーに言葉を失っているようだった。
一体どこに飛ばされたのか調べようとしたのだが、手掛かりはないしモバイルのGPSアプリもデータを読み込まない。

「なんつーか、これってもしかして異世界に転送されたってやつなのか?」
「そうか、未確認失踪者が全然連絡着かなかった原因っていうのも―― だとしたらどうしよう」
「失踪者が見つかったってニュースは聞いたことがない。つまりこっちの世界から帰れたやつがいないってことか」

先の見通しが全くつかない状況に無理やり置かれたダイジロウとテッドは途方に暮れるばかり。
プロフェッサーは未知の体験ができると前向きだったが、
そんな態度が怒りを買ってダイジロウからはチョークスリーパー、
テッドからはチキンウィングアームロックを食らってしばらくの間伸びてしまった。
遠くの方からは砂に埋もれていたバイオグリーンがもぞもぞとはい出し、もぞもぞと動きながら
辺りの様子をうかがい何かしら考えているようだったが、何も喋らないのでよく分からなかった。

プロフェッサーの思い付きとノリによって彼らのこれからの苦難が始まるのだった――


―本編へつづく―