―――その夜、東方に位置する帝国【バファル】のイナーシー(内海)は、
数年ぶりの大時化に見舞われ、悲運にも嵐の真っ只中へ突入するハメになった帆船を
荒波の魔手が無惨に握り潰していた。


「くッ…、船は…ッ、船はあと何艘残っているッ!?」
「お、およそ10艘だッ!! ………とは言え、こんなドス黒い水煙じゃ、見えるものも見えないッ!!」


稲妻が横から襲い来るような荒海に航路を妨げられながらも息継ぎする事なく
ひたすら航行し続ける10艘の船団は、それぞれを鉄の鎖で船側を連環しており、
断続的に覆いかぶさってくる津波によって逸れてしまわないよう工夫を凝らされていた。


「タッ、タナトス様…ッ、や、やはりこの大時化の中を漕ぎ出すのは無謀でございましたぞッ!!」
「これしきで怯むでないッ!! 嵐が何だッ!! 嵐がどうしたッ!!
 “あの者たち”と正面から戦うよりずっとも生存する確率が高いわァッ!!」
「し、しかしッ!!」
「この嵐は魔除けと思えッ!! イナーシーでも記録的な暴風雨よッ!!
 いかに百戦錬磨の猛者と言えど、重き刃をここまで届かす事は出来まいッ!!
 前向きに考えよッ!! 重き刃届かぬ以上、今すぐに死ぬものでは無いのだッ!!」
「―――いッ、今にも転覆しそうな状況が、あんた、わかってんのかッ!?」
「無礼者ッ!! 私を何者と心得るッ!? 当代一の大魔術師、タナトス・アシュケナージとは吾の事ぞッ!!」


部下と思しき船員の弱音を一喝する魔術師風の男―“タナトス”と呼ばれていた―は、
強気に言ってしまった手前、胸を張って風を受ける一団の長としての威厳を固持しているものの、
心中では焦燥に駆られ、今すぐにでも一切合財を投げ出したいくらいだった。
思い返すだけでも腸の煮えくり返る忌まわしい顔へ悔しげに歯噛みしたが、それでこの悲惨な状況が覆るわけではない。






(これと言うのも、全て“あの者たち”の仕業ァァァ………ッ!!!!)






タナトス・アシュケナージ。
さる帝国で宮廷魔術師まで務めたエリート中のエリートだったが、それだけに功名心も強く、
政務の実権を握るべく、障害となる高官の暗殺といった裏稼業に手を染めた挙句、
とある反社会組織へ与するまでに堕落してしまった哀れな男だ。
最大の後ろ盾だったその反社会組織が失策によって瓦解、それに伴って悪事が明るみに出てしまい、
結果的に全てを失った彼は、わずかに従う部下と組織の残党を率い、決死の逃避行を余儀なくされていた。
自業自得と言えばそれまでだが、状況はとにかく不運。日頃の行いの不善が呼び込んだと考えて間違いない。
出航した際は護衛も含めて15艘も浮かべていた船団は、今や10艘にまで減ってしまっている。


「―――………影? 鳥………?」


―――と、その時、タナトスは甲板へ落ちた一つの影に気付いて首を傾げた。
自分たちの影さえうっすら付いてくるくらいの曇天の中にあって、甲板を縦に通り過ぎたこの影はどうだろう。
大きな羽根を広げた姿形は、嵐に迷い込んだドードー鳥か極楽鳥を思わせるほど鮮明で、
およそ嵐の船上においてしっくり来る物ではない。


「な、なんだあれはッ!?」
「また津波………い、いやッ、おかしい、おかしいぞッ!?」


得心の行かない影の羽ばたきにタナトスが首を傾げていると、10艘の船団の前方で海が高く盛り上がった。
一見すると津波が訪れる前兆のような盛り上がり方だが、不自然極まりない事に、ドーム状になったまま、
船団が射程圏内へ入るのを待ち構えている。


「そッ、総員、耐ショック準備ィッ!!」


これもイナーシー始まって以来の記録的な大時化が生み出す魔の現象なのか?
不自然な盛り上がり方に疑問を抱く間も無く剛水の塊は船団の内の1艘を飲み込み、
船員たちを一揉みにする―――するだけでは収まらなかった。


「―――――――――ッ!!??」


剛水の塊は甲板へぶつかるや急に四方へ弾け飛び、その中から鋭利な手裏剣を無数に吐き出した。
おかしい、これは明らかにおかしい。奇怪な濁流の歪曲だけならまだしも、
物理武器の手裏剣が散弾のように飛び散り、船員たちを殺傷するなどという事は
いかに異常気象とは言え、まずあり得ない。


「まッ、まさか、討手ッ!? この嵐を追いすがってきたというのかッ!?」


あり得ないとなると、考えられる可能性は一つだが、何者かの作為と気付いた時には既に遅く、
濁流と手裏剣の二重攻撃に曝された1艘が全滅状態へ陥った。


「―――いざッ!!!!」


………と、上空高くで誰かが雄叫びを上げたような気がして、慌てて曇天を仰いだタナトスは、
そこに常識では考えられない異常事態を発見し、言葉すら出せないまま驚愕した。


「てッ、ててて、敵襲ぅッ!!!!」


迷い鳥と思っていたのは、伝説の英雄にのみ従うとされる“翼ある者の母”、【フラミー】。
翼竜の如き雄々しさと秀麗さを兼ね備えた伝説の聖獣から7つばかりの影が飛来し、
残存した6艘へそれぞれ分かれて着地、すぐさま手に取った武器で船員を薙ぎ払いに掛かった。
人智では到底思いも及ばない事だが、船団は上空から逆落としに奇襲を仕掛けられたのだ。


「まさか、“あの者たち”………ッ!?
 く、くさな…【草薙カッツバルゲルズ】だとぉ………ッ!!??」


謎の襲撃者たちは恐ろしいほどに強く、飛来からものの数分も経たない内に10艘全てで優勢を決してしまった。
押し寄せる荒波で船が傾こうとも少しも怯むことなく、目の覚めるような技巧を繰り出し、
混沌極まる船員たちを容赦なく叩きのめしていく姿は、【英雄】さながらである。


「てめぇら、まるで歯応えが無ぇんだよッ!! 穴ッぽこで戦り合った連中は、ちったぁ芯が通ってたぜッ!!」
「仕方ありませんよ、デュラン。この方たちは直接あの組織に加担していたわけでは無いのですから」
「………っせぇな。んな事ぁ、お前に、リースに言われなくたってわかってんだよッ。
 だがよ、少数つっても奴らの残党が混ざってんだぜ? だったらよ、ちったぁ根性見せたっていいじゃねぇか。
 これじゃ弱い者いじめみてぇで気分悪くなっちまわぁ………ッ!!」


鍛え上げられた屈強の男が両手持ちする事でようやく扱える超重量の巨剣【ツヴァイハンダー】を
なんと片手で軽々と振り回していた青年は、傍らでミスリル銀の槍を突き出している黒衣の少女、リースに
「デュラン、暴力はいけません」と窘められて機嫌を悪くし、その腹いせに狂乱して惑う船員を蹴倒した。
三白眼気味に目付きの悪いデュランの左腕には、薄汚れたバンダナが巻きつけられている。


「デュランじゃないけど、船団の皆さん、ハッキリ言って弱過ぎよっ。
 あいつらが到着するまでにカタ着いちゃうんじゃない?」
「このあたりにじつりきのさがめいかくにでてくるんでちよね。
 はんぱなけんりょくにおぼれて、えらそうにふんぞりかえってるぶちょうくらすがいちばんあぶないでち。
 シャルたちのよ〜なざっそうだましいに、あってまにくいちらかされるうんめいにあるでちよ、あのうすらはげは」


混乱の渦へ巻き込まれた船内にもやがて反撃の狼煙が上がる。
押っ取り刀に武器を携え、応戦へ打って出る船員だったが、
ボディラインが浮き出るタイトな衣服を身に纏う少女、アンジェラがその一団へ爆炎の魔法を放ち、逆襲の出鼻を挫いた。
“シャル”と一人称する幼げな女の子のシャルロットは、辛くも爆炎の炸裂から逃れ出した者どもを
ブ厚いハリセンで張り倒していく。また1艘、瞬く間に全滅させられた。


「―――行ッくぞぉぉぉおおおッ!! 【スワローテイル・ボルト・ハイアングルパイク】ッ!!!!」


瞠目する敵を浴びせ蹴りで沈めていく獣人の少年、ケヴィンは、
世界規模で活動する自警組織【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】の隊服を羽織っており、
背中に刺繍されたスローガン【義】の一文字が、走る稲妻によって嵐の夜へ鮮やかに照らされた。


「ケヴィン、あんま独りで突っ込んでくんやないでッ!!」
「うん、大丈夫!! カールが、背中、守っててくれるから、オイラも、安心だッ!!」


目の前の敵に集中するあまり背後への警戒がおろそかになったケヴィンのフォローを、
ひどく訛りのきつい人語を話す小さな魔狼・カールが引き受ける。
見た目はまるで子犬のようだが、口から、眼からドス黒い光線を発射するなど戦い方はドメスティックかつ肉食的で、
その愛らしさを粉砕して暴れ回っている。


「そ〜らッ!! もいっちょデカいの行くぜぇッ!!」


水夫を縛り上げ、1艘拿捕に成功した優男風の少年・ホークアイが、
荒っぽく…というよりも最初から荒れた操舵を取って別な帆船のどてっ腹へ腹から突っ込んだ。
メキメキメキ…と木材を粉砕する破壊音がタナトスの鼓膜と平常心を劈く。
ぶつけた船もぶつけられた船も激しい衝突でバランスを崩し、大勢の船員を乗せたまま転覆、荒海の藻屑と化した。
当然、ホークアイは身も軽く鉄鎖を駆けて最寄の船の甲板へ、デュランとリースが背中合わせに戦う甲板へと乗り移り、
腰のポーチへ差した“クナイ(ナイフの一種)”で近接戦闘に繰り出した。


「こ、こいつら、本当に、人間か………? ひ、人の皮を被った化け物じゃないのか………?」


【草薙カッツバルゲルズ】の異名で呼ばれた一団の戦闘力は凄まじい。
しかし、真に恐るべきは、追撃を煙に巻くために敢えて嵐の夜に逃避の航路を選んだタナトスの船団へ、
少数精鋭で自ら討ち入ってきた豪胆さだ。
高波に揺られる帆船は、戦う事はおろか、立っている事さえ覚束ないと言うのに、それでも彼らは、
【草薙カッツバルゲルズ】は乗り込んできた。
普通ならば難破を恐れて漕ぎ出せないと言うのに。タナトスはそれを逆手に取ったつもりでいたのに。


「あの結社も………、こうして攻め滅ぼされたのか………ぁっ!!」


しかも、上空から飛び移り様、逆落としに攻めるという常識外れの奇襲作戦。
魔法と忍術の連携攻撃で注意を引き付けておく周到さには脱帽せざるを得ない。
常識では推し量れない戦略を用いてアッと言う間に5艘を全滅状態へ陥れたばかりか、内2艘は木っ端微塵の残骸。
化け物、とタナトスが恐怖に腰を抜かすのも無理は無かった。


「に、逃げろッ、風を切れるだけ切って逃―――」


戦って勝ち目のある一団ではないと判断したタナトスは全速前進で逃亡を指揮するが―――――――――


「ジェ、【ジェマの騎士】ッ!!」


―――――――――退路に定めた前方からは、海を司り、いかなる波をも自在に乗りこなす
亀のような聖獣【ブースカブー】の甲羅に跨り現れた、四人の新たな刺客。
白熱の戦装束と神々しき聖剣を翻し、二人の従者と【女神】の後継者であるフェアリーを率いる【ジェマの騎士】が
行く手を塞いで立ちはだかった。


「敵は総崩れとなったッ!! 今こそ逆賊・アシュケナージを討ち取る時ッ!!」
「―――だっ、黙れ、黙れぇッ!! ………くそッ…、くそぅッ…、
 私の人生は………ッ、なぜこうもうまく行かないのだぁッ!!」


前門の虎後門の狼に挟み撃ちされたタナトスは、絶体絶命の窮地に恐怖と怨嗟を絶叫するしかなかった。













タナトスの絶叫が疾風怒濤の戦いに揉み消される頃、
イナーシーに隣接する港町・バーレーンでは、『速報!【草薙カッツバルゲルズ】大活躍!!』を見出しに扱う号外を
ネコ型の獣人が気前の良い声で「一部10ルクですにゃ〜!!」と売りさばいていた。
町行く人々も続々と号外に群がり、「またもやったかッ!」と大歓声を挙げている。
【草薙カッツバルゲルズ】。タナトスが忌々しく思う一団の評判は、どうやら世論的には上々のようだ。


「おう、あいつら、またなんかデケェ事やったんかい?」


号外を奪取してきた町民の一人へ、旅人風の男が声をかけた。
『速報!【草薙カッツバルゲルズ】大活躍!!』の見出しが気になったらしいその男は、
デュランが左腕に巻いていた物と同じ色合いのバンダナを額に締めている。


「あぁ、ワルの総元締めみたいのに協力して甘い汁啜ってた悪党と【草薙カッツバルゲルズ】がな、
 いま、イナーシーでドンパチ戦り合ってるみたいなんだわ。もちろん、大勝利間違いナシの大活躍だ」
「イナーシーって、お前さん、嵐の真っ只中じゃねぇか。そんな中でか?」
「そこが俺たち凡人にゃ思い付かないところさ。
 嵐を盾にしようと企んだタナトス・アシュケナージの懐へ勇敢も討ち入ってくんだからスゲェの何の!!
 考えたのは稀代の兵法家ってぇ評判の【ジェマの騎士】だろうが、
 それを実践しちまうチームがすげぇよ!! 天晴れ【草薙カッツバルゲルズ】だぁッ!!」
「へぇ、大人気だな、【草薙カッツバルゲルズ】はよぉ」
「言ってみりゃ【草薙カッツバルゲルズ】は正義のヒーロー総集結みたいなもんだ。
 勧善懲悪!! 胸がすくねぇ!! おまけに権力に媚びないと来たもんだ。
 これで人気が出なけりゃおかしいって話よ。
 なんでも、今度、【アルテナ】で盛大に祝賀会が催―――あれぇ………?」


周囲の状況が目に入らなくなるまで熱っぽく語っていたのが悪いのか、
声もかけずに立ち去る不躾が悪いのか、気付いた時には、バンダナの男の姿はどこにも無かった。


「………ん〜………、どっかで見た事あるんだけどなぁ、今のお兄ちゃん、割と身近で。
 ………誰だっけか?」


首を傾げるモヤモヤの答えは、まさに灯台下暗し。
彼が背中を向ける方向へ設えられた掲示板には、今の今まで会話を交わしていた男の顔。
マサル・フランカー・タカマガハラ。
国家反逆罪の一味へ加担した大悪党として指名手配を受けている男だった。













―――イナーシー沖の戦闘の決着は最早時間の問題だった。
【ブースカブー】から船上へ飛び乗った【ジェマの騎士】たちの合流によって
更に勢いづいた【草薙カッツバルゲルズ】は、残る敵船を次々と征圧していく。


「冥府魔道へ堕落した愚者へ差し伸べてやる慈愛は持ち合わせていないわ。
 『悪即滅』の処断において塵へと還りなさいッ!!」


軍服姿が凛々しい【ジェマの騎士】の従者が一人、プリムは、
攻撃魔法の詠唱に時間のかかるアンジェラのフォローに回り、
得意の鞭をしならせて威勢を削がれた敵影を薙ぎ倒していき―――


「っしゃぁ、ケヴィンッ!! ここはオイラに任せろォ!!」
「ポポイ! ありがとッ!!」


―――もう一人の従者で【エルフ】の少年のポポイは、親友であるケヴィンが敵に囲まれていると見るや、
魔力を矢として撃ち出す独自の闘法【魔弾】で狙撃を開始し、彼を援護する。


「そ〜れ、やっちゃえやっちゃえ★
 【女神】(後継者)のアタシが許可しちゃうんだから、多少やり過ぎたって全然オッケー!
 法律も常識も覆すくらいのヴァイオレンスでシバき倒しちゃえ〜っ★」


伝承に【女神】の後継者と謳われる小さな聖霊、フェアリーは、
なぜか海賊の船長を思わせる煌びやかなオーバーコートと赤い羽根飾りの付いた三角帽を身に付けており、
それ戦れ、やれ殺れと、【女神】の後継者にしては少々不謹慎なヤジを外野から飛ばしていた。
飛ばすばかりで直接参戦しないところがまた傍迷惑だ。



「デュランさん、お待たせしましたッ!!」
「―――ランディよぉ、お前の作戦、合理的なのは良いんだが、
 圧倒的過ぎて白兵戦の面白みが足りねぇよ。次からはもっと戦って面白いのを考えろ。
 それから【フラミー】は今後一切却下な。今日もお前らから借りたけど、ありゃダメだ。
 あの独特の浮遊感、俺の性分には合わねぇよ」
「そ、そんな事言われても困りますよっ。
 僕は【草薙カッツバルゲルズ】みんなが無事に帰れるように最善を………」
「あぁ? てめぇ、兄貴分の命令が聴けねぇってのかッ?」
「そ、そんなぁ〜………」
「ああ、もう、ランディさんを困らせてはいけませんよ、デュラン。
 ごめんなさい、ランディさん。この人の言う事を気にしないでくださいねっ」
「………知ったような口叩くんじゃねぇよ、こら。
 おい、ランディ、リースの言う事こそ無視しろ。俺の話だけ聴いてろ」
「デュランっ!」
「いちいちうっせぇなぁ………。
 こちとら鬱憤が溜まってんだ。ちったぁ発散させてくれや」
「お♪ お♪ またしても夫婦喧嘩の勃発ぅ?
 もういいから、“歩く桃色リビドー”も“最終兵器怪女”も、夫婦漫才でデビューしちゃいなよ。
 見ててもどかしいってか、既にウザいッ!! ある意味、気持ち悪いッ!!
 ま〜だ友達以上恋人未満を続けるんなら、二人揃ってマグロに認定するからね、全世界的公布の方向で。
 これ、女神命令だから、そこんとこ肝に銘じとくよ〜に、そこのずっと天然夫婦」
「「だッ、誰と誰が夫婦だ(ですか)ッ!!!!」」


困ったように眉毛をへの字に曲げる【ジェマの騎士】ことランディと冷やかし担当のフェアリーを挟んだ
デュランとリース―フェアリーがあだ名するには、“歩く桃色リビドー”と“最終兵器怪女”―は、
“夫婦”と揶揄された事に過剰反応してしまい、
誰かに突っ込まれるよりも早く自分たちが墓穴を掘ったと気付いて顔を真っ赤に俯いた。


「おのれッ、俺たちを愚弄するかぁッ!!」
「―――だとよ。大層ご立腹みてぇだが、どうする、ランディ?」
「それではお望み通り盛大に散っていただきましょうか。
 ………デュランさん、この船のメインマストを横一文字に斬り倒してください」
「了解。力技は兄貴分に任せときな―――とォッ!!」


コントじみたやり取りが飛び出すほどの優位だが、ここは紛れも無く戦場。
せめて一矢を報いんと襲い掛かる船員を尻目にメインマストへツヴァイハンダーを叩き付けたデュランは、
唖然とする船員の前で帆船の命綱を横倒しに薙ぎ払ってしまった。


「だッ、脱出…! だしゅ………うわぁぁぁああああああッ!!」


船のバランスを左右するメインマストを失えば、木造の帆船などは一たまりもない。
嵐に飲まれ、また1艘、海の藻屑と消えていった。
しかも、だ。横倒しになったメインマストは並走していた船の甲板へ落下、
船底までブチ破って灌水・沈没という二次災害を引き起こし、一挙に2艘を潰滅せしめる形となった。
ここまで計算づくでいたランディの智謀たるや、戦の天才と称える以外に言葉が見つからない。


「おォし、調子出て来たじゃねぇかッ!! このまま一気にブッ潰すぜッ!!」


敵船を沈めただけでは飽き足らないのか、デュランたちの強襲はまだまだ続く。
転覆の寸前に別の船へと飛び移れば、先に戦っていたホークアイと連携を組み、
デュランのツヴァイハンダーは留まるところを知らずに轟々と唸りを上げた。


「デュランさんは右へ回りこんでくださいッ!!
 ホークさんは中間距離で援護をッ!! 左は僕が受け持ちますッ!!」
「「応ッ!!!!」」


しかもランディの的確な指示を受け、動きがどんどん敏速に研ぎ澄まされていくのだから、
いかに屈強の戦士たちと言えど勝負にすらならない。
そもそも足場の劣悪な嵐の船上ではまともに立つことも難しく、戦いになるわけがないのだ。


「だのにッ、なッ、なぜ、こいつらはまともに行動していられる………ッ!?」
「おたくら、あふぉでちね。たねもしかけもありありにきまってんじゃないでちか。
 シャルたちのあしうらにきゅうばんでもついてるというつもりでち?
 まほうにきまってんじゃないでちかっ!! そんなこともわからんとは、まじでずたぶくろどもでちねぇっ!!」


言われて見れば、確かに彼らの足は僅かばかり地上から浮揚している。
【ホバリング】と呼ばれる白魔法のアドヴァンテージだ。
この魔法が歩行を自在に支援し、従来通りの機動力を可能としていた。
しかし、足元こそ正常とは言え、暴風雨はそのままに吹き付ける。
それすら物ともせず、常人が怯む雨風にも屈しない一団の闘志こそが、敵勢を撥ね付ける最大の要因なのだ。


「ホラホラッ、足元ばっか気にしてたら、拾えるものも拾えなくなるわよッ!!
 あたしの炎で弾け飛んじゃえっッ!!」
「張り切るのはええけんど、ワイの見せ場も取っといてやぁッ!!」


暴風雨に曝されては帆船へ積載された大砲も銃器も使い物にならず、
決定的な攻撃力を欠いた船員たちは、悪天候に影響される事もなく
最大の威力を発揮できるアンジェラとカールに攻め立てられ、いよいよ総崩れとなった。


「ふふっ…、まさか貴方と連携を取る事になるとは思っても見なかったわね」
「オイラの、乱打と、プリムの鞭なら、敵陣まるごと、吹き飛ばすことも、出来るよッ!!」
「ええ、私も確信しているわ。無限の閃光に惑って頂こうじゃないっ!!」
「「濁流となりて圧し潰せッ!! 【フルコメット・インプレッサ】ッ!!!!」」


天候をも視野に入れた智謀が冴えるかと思えば、遠方の船戦では大技の応酬が残りの船員をねじ伏せている。
上空へと跳躍する事で落下の速度を得、流星雨のごとき拳と鞭の狂騒を地上へ降り注がせる合体技を防ぐ術は
同舟する魔族も備えておらず、対地攻撃の無間地獄の中で一人、また一人と崩れ去っていく。
智と力を兼ね備え、多種多様な戦術を有するオールラウンドの強さこそ、
この一団、【草薙カッツバルゲルズ】の真骨頂であった。


「全く見てらんないよね。キミたち、尺取虫? あ、一緒にしたら尺取虫に失礼か。
 あはは、生きてる価値も見出せない有象無象クンなんだね。
 人間的にも生物的にもつまらない単細胞は、とっとと転生しちゃいなさいっ!
 そんでちょっとはマシになって戻ってきなね―――と、この“THEダメんず”が言ってたよ★」
「………そこまでケチョンケチョンに言っておいて、なんで僕に任せるかなぁ〜………」
「ホンット、文句だけは一人前なんだね、
 アタシに選ばれなかったら一生うだつの上がらない人生送ってたダメ人間のクセに。
 あ、ダメ人間だからかっ! ごめんね、ダメなクズのシャイな気持ちを解ってあげらんなくて」
「シャイっていうか、謝意のカケラも感じられないんだけど………」
「いいから身体動かしなって。それ以外にキミの取り柄は無いんだからさ。
 自分にできる精一杯をやんなきゃ生きてる価値も無いってコト、ちゃんと頭に入れといてね★」
「………【女神】の後継者って立場じゃなかったら、夜道で刺されてるからね、フェアリーみたいなタイプは。
 せいぜい気をつけなよ」
「そんなの粘着系にしか思いつかないよ。
 スライムだって裸足で逃げ出す粘着質な“THEダメんず”ならではって言えばそれまでかっ!」
「………なんか、もう、いいよ………」
「うん、キショイからアタシの目の前で泣かないで。つか泣くなら独りでやってよ。
 誰もいない暗〜い部屋の隅っこでさ、ウザいオーラ出しながら。ネットリなキミにはピッタリの姿だね★」
「―――ふ、ふざけやがってッ!! 【ジェマの騎士】だろうがフェアリーだろうが知るか!!
 こんなふざけた連中、一気に畳み掛けちまえばどうって事ぁ無ぇッ!!」


挑発に乗って襲ってきた船員たちへの対応を自分へ丸投げしたフェアリーへの不満を
ブツブツと漏らすランディには良い迷惑なのだが、だからと言って頭へ血の昇った相手が、
なにより【敵】がそんな不満を聞き入れてくれるわけはない。


「………ふざけているのはそっちだろう。
 薄汚い殺気だけが取り柄の人間に遅れを取るほど、僕だって落ちぶれちゃいない」


揺れる甲板に足を取られながらも塊となって突っ込んできた船員たちの身体は、
聖剣【エクセルシス】がヒラリ、と閃いた瞬間、彼の背後へ遠く放り出されていた。
素早く無駄の無い太刀さばきで脛を払い、そのまま連続技気味に鍔元で顎を、鳩尾をカチ上げたのだ。
このような修羅場にあっても易々と命を斬り捨てるのでなく、活人の技にて屈服させるに止める
手心を加えられるのは、智謀だけでなく剣腕までも達人級のランディを置いて他にはいない。
デュランの豪剣とは一味違う、【ジェマ】の騎士の名を冠するに相応しい技巧をランディは備えていた。


「だから最初に言ったじゃん。キミら、耳鼻科行ってきたら?
 数で押せば勝てるだなんて、聞いてるこっちが恥ずかしくなるよな
 クソまみれの作戦しか思いつかない単細胞がアタシを討ち取る?
 笑えないジョークっていうか、全然面白くないんだよね。
 フェアリー的に面白くないヤツは、基本的に全員修正対象確定だから夜露死苦★
 生まれ変わるまでに地獄の鬼を相手にして笑いのセンスを磨いといで。
 ツッコミは金棒でサービスしてもらえるからサ!」
「………戦ったのは僕だけどね………」


挑発するだけ挑発しておいて何の協力もしないクセに勝ち誇るのだけは一人前なフェアリーには
呆れを通り越してほとほと困ったと首を傾げたものだが。


「行きますっ、【ペネトレイト】ッ!!」


銀槍に精霊の力を宿らせたリースが、旗船へ乗り込むのと同時に雷撃の魔法放って周囲の衛兵を蹴散らした今、
残るは敵将、タナトス・アシュケナージのみである。


「………タナトス・アシュケナージ。
 宮廷魔術師の立場を利用した悪行三昧ばかりか、己の出世の為に人類をも裏切り、
 【三界同盟】へ与したその罪、許されるものではない。
 よってここに極刑を申し渡す………ところだ、が、………どうです?
 おとなしく投降していただけるなら、僕らで助命を嘆願しても構いませ―――」
「―――なめるなぁッ!!」


追い詰められたタナトスは差し伸べられたランディの手を拒絶し、返す刀に大火炎の魔法を放った。


「吾はタナトル・アシュケナージッ!! 当代一の魔術師ッ!!
 腐っても下賤の者の施しなど受けぬわッ!!」


反撃に渦巻かせた炎が【ジェマの騎士】を葬ったと確信したタナトスだったが、
次の瞬間、それがぬか喜びであった事と、己の考えが実に浅はかだったと身を持って知る事となる。


「―――こんなもんで当代一たぁ、随分安い時代に生きてるみてぇだな、てめぇ」


勢いの止まない炎の中から太い腕が伸び出し、タナトスの首根っこを掴み上げた。
グリズリーのように野太く、獅子のように猛々しい腕力は、貧弱なタナトスごときには振り解けず、
また、首を締め付けられているので詠唱を搾り出す事もできない。


「バ…ケ…モ…ノ………」


ようやく搾り出した声は、恐怖に震え上がっていた。
炎の中から姿を現したデュランは、まさしく修羅そのもの。
地獄の炎を物ともせず、ひたすらにエモノへ突き進む武の修羅さながらの威風を噴出させていた。
心の底からの恐怖だった。生まれて初めて間近に見る修羅の姿に本能的な恐怖を抱いたタナトスは、
最早声一つの抵抗も上げられなくなっていた。


「言っとくが、俺はランディみてぇな善人じゃねぇぞ。気に食わない野郎はとことんブッ潰す。
 てめぇのように人の不幸をすするカスは大嫌ぇだし、なにより人の善意を踏みにじるヤツは虫唾が走る。
 ………なんだ、苦しいのか? だったら、安心するこったな。
 俺はな、癪に障る要素を全部兼ね備えてるような奇特な奴には、頚動脈絞め殺すなんてマネはしねぇよ―――」


このまま頚椎をへし折られると諦めていたタナトスを締め付ける力が不意に解き放たれた。
放り出されるように尻餅をつき、どうして解放されたか分からずにいたタナトスは、
ひとまず生きながらえた安堵に溜息をついた瞬間、人生最期となる痛感を、
己の浅はかさへの後悔で締めくくる事になる。


「―――頭の先から爪先までブッた斬るだけだッ!!!!」


哀れデュランの逆鱗に触れたタナトスは、決死の逃避も虚しく、
栄光と凋落の生涯をツヴァイハンダーの縦一文字によって昏く閉ざされた。


「………チッ、イヤなもんを斬ると、返り血まで悪趣味な色になりやがる」
「珍しいですね、デュランが身の周りの事を気になさるなんて」
「身の周りって言うか、気色悪ィだろ、普通に。
 まぁ、心配しなくても鉄砲水が流してくれるか」
「またそんな横着をしようとする………。
 家に帰ったら、すぐに着替えてもらいますからねっ」
「ははは…、こりゃいよいよ所帯染みてきたなぁ、デュラン。
 いっその事、傭兵家業なんか引退して楽隠居したらどうよ?」
「てめぇな、ホーク、他人事だと思って好き勝手抜かしてんじゃねぇぞ。
 ………第一、まだ“あいつ”もブッ倒してねぇってのに
 牙を折るようなマネが出来るかってんだ」
「いいじゃない、リースだってあんたが若旦那として
 デンッ、と家に構えていてくれた方が気が安らぐわよ。ねぇ、リース?」
「あ、あの、身に覚えが一向に無いのですけど、
 いつから私とデュランは、その、あのっ、ふ、夫婦になったのでしょうかっ?」
「アンジェラの揶揄は冷やかしの域を出ていないけれど、
 いずれはそのような形へ落ち着くのでしょう? 今から慣れておくのも前準備の一つよ」
「プリムしゃん、いいこといいまちたっ!! そうでち、まえじゅんびでちっ!!
 こういうのはなにごともいきおいでちからねっ!!
 ―――というわけで、デュランしゃん、リースしゃん、
 とりあえず【ウェンデル】のしきじょうをおさえとくでちから、
 あとみっかでかくごをきめてぷろぽーずして、にゅうせきすませてくるんでちよ〜」
「うっわ、手際早ッ!! どうせアレだろ、バックマージンごっそり頂戴するって寸法でしょ?
 やだねぇ〜、生臭聖職者は! ………で、どうすんの、デュランの兄ちゃん?
 こ〜もカンペキにお膳立てされちゃったら、ガーッと行っちゃうしか無いんじゃない?」
「る、るせぇんだよ、てめぇらッ!! まじ実力行使で黙らすぞコラァッ!!」
「ひゃぁ〜、キレたキレた♪ 万年発情期には似合いのキレっぷりだねぇ。
 そ〜ゆ〜のって暗に“最終兵器怪女”とのラブラブを認めてると思うんだけど〜?」
「クソフェアリーッ!! 【女神】の後継者だろうが何だろうが俺ぁ容赦しねぇぞッ!!
 今すぐ簀巻きにして荒波に沈めたらぁッ!!」
「ほれほれ、もうその辺りにしといてやらんかい。いつまで経っても収拾つかんで、これじゃあ」
「デュランさんも抑えて、抑えて。
 ………えぇーっと、ケヴィンくん、戦況はどうなったかな?」
「うん、原型留めてるの、もうこの船だけ、後は海の藻屑だったり、転覆も時間の問題だったり。
 生き延びたヤツらは、小船を出して、逃げたみたいだけど………」
「この嵐では生還は難しいだろうけど、仮にどこかへ漂着したら、
 おそらくもう二度と悪さは出来ないだろうから、ひとまず安心、かな。
 ―――という事です、リーダー」
「………ん、了解。戦闘終結だな」


自慢の一振りにべっとりと付着した脂ぎった返り血を横殴りに荒れ狂う海水で洗い流したデュランは、
照れくさいネタで揶揄に更なる追い討ちしようとするホークアイの頭を引っ叩いて黙らせた。
彼は何も冷やかしのためだけに戻ってきたわけではない。
ランディの立てた作戦の通りにタナトスの部下を平らげ、その報告にやって来たのだ。
散り散りに戦っていた他の仲間たちもデュランのもとへ戻ってきた。
―――戻ってきた直後に冷やかされるのは、デュランとリースにとっては溜まったもんじゃないが。


「ポポイ、景気よく頼むぜ」
「あいよ、リーダーっ!!」


デュランに促されたポポイは、暴風雨にも消される事のない灼熱の矢を作り出し、
旗船のメインマストへ設置されたフラックを一直線に打ち抜いた。
トリコロールのストライプが鮮やかなフラックへ引火した炎の矢は瞬時に燃え広がり、
メインマストをも巻き込んで火勢を増していく。


「これにて【三界同盟】残党追討も完了ですね、デュランさん」
「あぁ、ひとまずは俺たち【草薙カッツバルゲルズ】の勝利だな、ランディ」


敵船をフラックごと燃やし尽くすという鮮烈な勝利によって
戦闘終結を宣言した【草薙カッツバルゲルズ】の一同は、聖獣を駆って脱出する事もそこそこに
拳を振り上げて盛大に勝ち鬨を挙げた。

イナーシーにおけるタナトス・アシュケナージ追討戦。
敵船撃破数10艘中10艘(全滅)。味方の損害、軽微(かすり傷を負った程度)。
戦の天才と誉れ高い【ジェマの騎士】の采配が導いたのか、あるいは、嵐にすら少しも揺るがない英傑たちの気迫か、
おそらくはその双方が綾なした結果、大時化での海戦という考えられる限りの最悪のコンディションをも跳ね除けて
完全勝利を収めるに至ったのだろう。


「うげッ、気持ち悪ィ返り血、背中にまで飛んでやがる。
 ………畜生ォ、染みになっちまうじゃねぇかよ」
「だから言ったでしょう? 帰ったらすぐに脱いじゃってくださいね。
 洗うのは私なのですから、早めにお願いします」
「………あのな、お前な、そうやってババ臭ぇコト抜かしてるから、
 ホークのヘタレに所帯染みてるなんてからかわれんだぞ」
「これ以上、不満を仰るつもりでしたら、いいですよ、私にも考えがあります。
 ステラおばさまに言いつけて差し上げますからっ」
「………勘弁してくれや、あのババァ、相手にするくらいなら、
 今日みてぇな合戦やってる方がまだ気が楽だぜ………」


リースの脅しに屈して肩を落とすデュランに周囲からドッと笑い声が上がる。
それは、全ての戦闘が終結したという何よりの合図だった。









§









―――【草薙カッツバルゲルズ】。
多士済々のエキスパートたちだけでなく、聖剣の勇者である【ジェマの騎士】をも
構成員に抱えるこのチームの活躍が風雲へ至るまでには、多くの出会いとドラマが秘められている。
ある者は失われた大事な存在を取り戻すため、ある者は大事な者を救うため、
またある者は、忌み嫌う仇敵を討ち果たすために………一人、また一人と集った群像の青春劇を語るには、
まずは前段、全ての発端となった10年前の戦火を紐解く必要があり、
そのまた次には、このチームの求心を一手に引き受ける少年と少女の出逢いの物語。

世界に隠された【偽り】を巡る宿命の戦いの系譜、
それでは始まりと終わりが集う【ローラント】の悲劇より―――――――――………………………






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