完成された存在として〜さよなら覇天組
制作総指揮:天河真嗣 覇天組インサイドトーク


特集ページでも解説しておりますし、スタッフからも色々と言われていますが(笑)、
覇天組(はてんぐみ)は幕末に活躍した新撰組をモチーフにして作り上げた設定ではありません。
正確には数あるモデルのひとつ。「局長」と言った役職名などは新撰組で使われていたものを
そのまま引用させて頂きましたが、これはむしろ後付けで。
組織の体質は、寧ろ江戸時代に活動した火付盗賊改方(鬼平犯科帖でもお馴染みですね)に近いです。
集団の前提となっている同志的結合の部分は、水滸伝の梁山泊に通じるものがあるし。
武装のシルエットに至っては、GSG‐9と言った海外の対テロ特殊部隊を
コンセプトの一部に含んでいます(神崎さんがデザインしたプロテクターにもそのイメージを反映)。
様々な異能を備えた超人たちの集まりと言う部分は、マーブルコミックの「X‐MEN」。
「X‐MEN」のような物をやりたくてチーム制のお話と設定を考えたのが覇天組の出発点です。
少年時代、アメリカンコミックから多大な影響を受けておりましたので……。
その頃に作った設定の段階(いわゆる初期設定ですね)では、隊名も覇天組ではなかったんですよ。

ひとつひとつ解説をしますと、〈トロイメライ〉に登場する覇天組とそのメンバー(隊士)は、
僕が他作品用にストックしていた複数の設定を組み合わせています。
局長の役割を担うキャラクター・ナタクも、パラレルワールド的に複数の作品で主人公を務めており、
今回は彼が担う筈であったお話の良いところを全て寄せ集め、覇天組のバックボーンに換えています。
トロイメライ版覇天組の最大の軸は、「既にひとつの物語を終えて完成されている」と言う点。
意図的に主人公たちより高次の存在として作り込んでいるわけです。
ナタクほか覇天組の隊士が経験した物語=ヒストリーと言うものには幾つかの段階がありまして。
腐敗した政府のもと、長期に亘って内戦状態が続く国と言うことが舞台設定の前提となっております。

ヒストリーの第一段階は少年期。古くからいがみ合うふたつの村を舞台に繰り広げるお話で、
片方の村に引っ越してきたナタクが、仲間たちと共に根深い対立を鎮めると言うものです。
これは以前に運営していたホームページ上にて展開させていた連載ものの中で消化するつもりでした。
〈トロイメライ〉版の設定では、ナタクが暮らす村は政府の要人を育成する機関であり、
対立する側の村(覇天組の副長が生まれ育った故郷です)は反政府の意識が強い土地としております。
村の垣根、互いの因縁を越えて少年少女が結束し、大人たちの社会に対して奇跡を起こすと言う活劇。
政府と反政府の思惑を絡めつつ、過去に囚われ続ける大人との衝突を中心に
ストーリー構成を練っていました(これは件のホームページ企画でも途中まで書いていました)。
第二段階は青年期。村同士の対立を鎮めたナタクが、学問の師匠と共に様々な土地を巡る冒険旅行編。
ここは小学生の時分に考えたロールプレイングゲームのシナリオと、
それをベースに一部のスタッフ内で盛り上がっていたリメイク企画の空想がベース。
狭い田舎を舞台にしていた第一部から大きくスケールアップし、
ナタク自身も多くの経験を経て大人に成長していくプロセスを描くつもりでおりました。
旅先で新たな仲間が増え、後の覇天組結成に繋がる財産を築く段階。
政府を脅かす反乱軍との戦いも本格化し、ナタクを付け狙うライバルも増えていく、と。
中学生の頃、猿岩石のヒッチハイクの旅に着想を得た世界冒険ものを少しだけ書きましたが、
そのときに作ったネタも入れたら面白いのかなぁと思いつつ、結局、手付かずとなっていました。
そして、第三段階。世界歴訪を終えて故郷に戻ってきたナタクが仲間たちと志の集団を結成し、
反乱軍との抗争に明け暮れるのだけれど、立て直すことも不可能なくらい自分たちの守るべき国が
腐り切っていると思い知り、世直しの為に自らも反乱分子と化す――覇天組誕生へ至る道のりを、
件のホームページ企画で書こうと構想していました。
ここで新撰組リスペクトとの乖離を明確に示しています。新撰組が幕府に殉じた存在であるのに対して、
覇天組は反政府組織と化していくのです。梁山泊のようなイメージを強く打ち出す予定でした。
隊名の「覇天」とは、「天を制覇する者=反政府集団」と言う意味を込めていますし。
政府軍の一部に組み込まれたナタクたちが、旧権力の腐敗や権力闘争に翻弄された挙げ句、
血みどろの内部粛清を経て政府から離脱すると言うのが第三部のあらすじでした。

そして、第四段階。ここはホームページ企画とロールプレイングゲームのシナリオ、
更にはナタク(の原型になったキャラクター)を主人公にした漫画用に考えていたプロットを融合させ、
その上で〈トロイメライ〉用に調整したストーリー展開を想定しています。
正式に覇天組を結成し、他の反政府組織とも同盟して旧権力と最終決戦を繰り広げる激闘完結編。
この第四部は〈トロイメライ〉本編で少しずつ明らかにしていきます。
本編でも重要な役割を担っている『アカデミー』も密接に関わっておりますので、
この解説コーナーで全てを明かすわけにもいかないんですよ(笑)。
ナタクは肉親と血で血を洗う戦いを繰り広げ、また旧権力を一挙に追い落とす策謀などもあり、
ダイナミックな事件が目白押しです(これがショートショートにて触れた『北東落日の大乱』)。

全四部構成の大河ドラマを潜り抜け、新時代に生き残った集団が〈トロイメライ〉版の覇天組であり、
完成された存在≠ニして発展途上の主人公たちの前に立ちはだかります。
今回、掲載したショートショート(と言いますか、短編小説ですね)は、
第一部から第三部までの要点≠網羅しつつ、少しだけ第四部にも触れています。
覇天組と言う集団にとっての、純然たるバックストーリー(=背景説明)ですね。
それは過去に考えていたお話を現在の企画に繋げる試みでもあったので、
執筆の最中は不思議な感慨に耽っておりました。
過去に作った設定などを〈トロイメライ〉へ盛り込む場合、ネタを供養するような気持ちになるのですが、
覇天組とナタクに限って言えば、今作を通して「葬り去る」と言うことを強く意識しています。

ナタクと言うキャラクターは、本当に付き合いが長く(何しろ十代にも満たない頃に作ったので)、
自分の一番コアな部分がフィードバックされていると言っても過言ではありません。
彼が使う武術は僕自身の経験を踏まえつつ、二十年近く技術体系を練り込んできたものですし、
不器用な心労系男子≠ヘ作り手そっくり(笑)。素≠フ部分で書けるキャラクターです……が、
いつまでも動かし易いキャラを頼みにしていても仕方がない。
そこから得られる足掛かりだって、たかが知れている。だからこそ、今回で潔く葬ろう、と。
個人的に書く機会はあるかも知れませんが、少なくとも主人公格として動かすことは二度となかろうと、
そこまでの決意を以ってナタクと言うキャラに向かい合っています。
覇天組も然り。この集団については本当に今回で最期。今度こそ幕を引こうと言う思いです。
さよなら覇天組。


〜おまけ企画 覇天組隊士 Now and Then〜
紆余曲折を経て〈トロイメライ〉に登場することになった覇天組。
天河の構想(以前にホームページ上で運営していた企画を含む)にあった設定と、
「最期」となる今回の設定がどれほど異なっているのか。
それを天河本人のコメントで振り返りたい。

■ナタク(初期設定の名前は哀川斗獅矢)
〈トロイメライ〉への登場に当たって、僕の中で一番設定を変化させたのがナタク。
根っこの部分は変わりませんが、長い戦いの果てに「生き残ってしまった男」と言う悲哀を
強調しています。実は主人公格のキャラクターは動かしにくいのですが、
この「生き残ってしまった男」と言うファクターのお陰で、アルフレッドとの対比も円滑になりました。
心に傷を負って屈折したリーダーと言う像は、どことなく足利尊氏を彷彿とさせますね。

■ラーフラ(初期設定の名前は藪総一郎)
初期設定の時点で殆ど完成されていたので、腰痛持ちを加えた以外は大きな変更はありません。
腰痛の他にも十二指腸潰瘍を患っていたと言う裏設定があります。
他には左目の眼帯と、得物を槍に変更したくらいかな。

■ルドラ(初期設定の名前はヴォルフガング・ユウケレイ)
対となるラーフラと違って大きく変わったのがルドラ。
初期設定では外国(※後に敵対勢力となる)から訪れる留学生でした。
遠国から訪れた民の末裔と言う設定は当時の名残ですね。
異邦人的な存在感と言いますか、同じ知恵者でもラーフラとは根拠からして異なる部分を
強く表現させています。
最初の段階では農具を武器にしておりましたが、
モデルにさせてもらった方が古流剣術を学んでおりましたので、剣士として再設定。

■ハハヤ(初期設定の名前は日下部潔人)
ナタクの弟子で、一番懐いている人物と言う初期設定から変更する必要性を感じませんでした。
ナタクの養子であるヌボコと対比させたとき、想像していた以上に良き兄貴分として動いてくれたので、
〈トロイメライ〉では傳役(もりやく)≠フような役割を担って欲しいな、と。
「学んだことを他者へ伝えられるようになって、初めて師の教えを理解したことになる」と言う、
僕自身の考えを反映させてみました。

■ニッコウ(初期設定の名前は氷守秀登)
初期設定と言いますか、嘗てホームページ上で展開させていた企画では、
ストーリーの途中で戦死する予定でした。〈トロイメライ〉では無事に生き残り、
覇天組の潤滑油として大活躍していただきます。

■シンカイ(初期設定の名前は机愼太朗)
ニッコウと同じように嘗ての企画では最終決戦で戦死することになっていました。
これはゲットもジャガンナートも同様。他のスタッフや〈トロイメライ〉本編には
全く関係ありませんが、僕の中には「滅亡を免れて生き残った覇天組」と言う、
ある種の「if」の世界を書いている気持ちがあります。
水滸伝の梁山泊と同じように、覇天組もいずれは大地に血を吸わせる存在として考えていました。
余談ですが、「ガムシン」と言うニックネームをどうしても使いたかったので、
名前を変更した際にこれに適したものを捻り出すのに苦労しました。

■ゲット(初期設定の名前は霧嶌遊)
初期設定とも言えないような空想の段階では忍者(確か真田忍軍の頭目)でしたが、
今やその名残がどこにも見られませんね(笑)。一応、装備や忍術も一通り設定したのですが……。

■ジャガンナート(初期設定の名前は本間克久)
ナタク、ニッコウ、シンカイ、ゲットと揃えて同郷のクインテットのように括っているのですが、
ジャガンナートはその中でも一匹狼と言う設定で。
一番の個性を強調させる為、遠国から訪れた民の末裔であるとルーツを変更しています。
今回は得物として大弓を用いていますが、初期設定を基にして人物造詣を練り直した嘗ての企画では、
種々様々な銃器や爆弾などで武装しておりました(武器商人と言う設定を反映)。
〈トロイメライ〉で「覇天組を葬り去る」つもりなので、どうせなら原点に立ち戻ろうと考え、
弓使いとして設定をリセットしました。

■ヌボコ(初期設定の名前はセシル・トキワ)
〈トロイメライ〉のメインストリームへ関わらせる為の調整を最も強く実施したのがヌボコ。
キャラクター紹介の項目でも触れましたが、シェインと相方のような間柄になっていきます。
そんなことは初期設定で想定している筈もありませんので、
〈トロイメライ〉で「覇天組を葬り去る」と言うテーマを完結させる象徴にも成り得るのかな、と。

■シュテン(初期設定の名前は御剣恭平)
ナタクと同じくらいか、それ以上に初期設定から変わりました。
他愛もない世間話から創作のネタが生まれることも多いのですが、
シュテンの設定変更もそのひとつで。初期設定ではオーソドックスなヒーロータイプでしたが、
激々極々くんと話す中で、「オーソドックスなヒーローが世知辛い世の中に晒されて捻くれ、
堕落した人物像」にシフトしていきました。
今や現実に居そうなろくでなしに成り下がってしまい、最早、別人(笑)。
真っ赤なマフラーなどヒーローらしい小道具は当時の名残と言うわけです。
得物のエレキギターは、〈トロイメライ〉オリジナルとして設定を作り直しました。

■アラカネ(初期設定の名前は岳犬彦)
プロレス技(得意技は喉輪落とし)を駆使して暴れ回る覇天組最巨漢で、
相手の攻撃を弾き飛ばす異能の持ち主として設定を作っておりましたが、
「X‐MEN」の某キャラクターと余りにも似通ってしまう上に、
手垢の付いた題材だと考えを改め、旗持ちとして再設定。
天河個人の中では、アラカネはブレーキの壊れた暴走列車のイメージが強かったので、
どっしりと構える役割を固定するまでに少しばかり苦労しましたが、
あるとき、現在のポジションは「導火線に火の点いた爆弾」のようにも捉えられると気が付いて。
「今はおとなしくしているけど、いつ暴発するか分からない」と言う危うい雰囲気を
〈トロイメライ〉で出していければ良いな、と。

■ホフリ(初期設定の名前は葉加瀬親丸)
色々な意味でだらしなく、また覇天組への愛情もそんなに深くないと言う役割を
初期設定の段階で与えておりましたので、〈トロイメライ〉ではそれを更に拗らせています。
台詞を書いていて、僕自身がドン引きするくらいで丁度良いのかな、と。
なお、ホームページで運営していた企画では、シュテンとアラカネ、ホフリの三人は、
最終決戦を前にして覇天組を離脱する展開を考えておりました。
今回は「if」の世界なので、途中でリタイアすることなく覇天組として戦い抜きます。

■ナラカースラ(初期設定の名前は嘉門辰槻)
得物をナイフから鎖鎌に持ち替え、またヌボコのことを「若」と呼び始めたくらいしか
変更点がありませんね。ナラカースラと彼の子分たちはアウトローの集団で、
「鬼平犯科帖」で喩えるところの密偵の役割。恩義を感じているナタクや、
その息子を立てるのは如何にも渡世人らしくて気に入っております。

■ハクジツソ
最新のキャラクターなので、初期設定がそっくりそのまま〈トロイメライ〉版に反映されています。
よって変更は一切ナシ。トレードマークの肉まんのような帽子もそのままです。