火を司る神人

エマトリス




                                                ・初期設定資料画
                                                ・武器設定資料画

火を司る神人。紅蓮の不死鳥を駆り、火の力が人々の生活に正しく行き渡っているかを見守る。
元来、火は強い破壊の相を秘めたエネルギーであり、使い方を誤れば災いを招く為、
エマトリスは休む間も無く地上をくまなく飛び回り、監視の眼を巡らせていると云う。
神人の中でも特に人間臭い存在で、人情に篤い。
己の身心を鍛え上げる事に余念の無い肉体派とも知られ、エマトリスを象る神像が筋骨隆々で、
その厳しい役割と正反対の人懐っこい笑顔を浮かべているのはここに由来している。
地上に邪心が蔓延し、人類がレフやヴォル・カ・スヴェーヌの怒りに触れた際にも
エマトリスは最後まで他の神人の説得に奔走したとされており、
今日(こんにち)、最も人々に愛され、親しまれ、彼を守護聖霊に掲げる者も少なくない。
また、火を司る事から鍛冶を守護する神人とも考えられており、
その教義は深く根差しているのだが、イシュタルの女性化同様、
これも民間信仰から派生した物と考えられる。



マコシカに伝わるおとぎ話

「善意の報酬」

いつだかの時代のどこかの村。
どういうわけだかこの村に住む人たちは他人の世話をしたがる人が多かった。
良く言えば親切なのだが、悪く言えばおせっかいというか、
ともすれば有難迷惑な行為をするとでも表現できるかもしれない。

そんな村にある男が引っ越してきた。特筆するべき理由は無いのでいきさつは省く。
男が新居に住むようになると、近所の人たちはやはりというかなんというか彼にあれこれするようになった。
例えば、自分の畑で採れた野菜をおすそわけだと男にくれる。
それはいいのだが、一人で住んでいる男が到底使い切れるはずもない量をよこしてくるのだから、困ってしまう。
それも一人や二人の話ではない。あちらこちらから山のように贈られてくるのだ。
男も近所の人たちの気持ちを無下に扱うわけにもいかず、できる限り消費してはみるものの、
どうしたって使いきれずにいつも多くの野菜を腐らせてしまった。
そんなことがしょっちゅうなので、さすがに参ってしまった男が
「気持ちは嬉しいけれど、一人では十分すぎるのでもっと少なくか、さもなくば贈っていただかなくても結構です」
とやんわり伝える。しかし近所の人たちは、
「自分たちが好意であげているのだから文句を言うのは筋違いだ」
などと、むしろ男の方が悪いのだと言いたげであった。

男はちょっとした園芸が趣味だった。丹精込めて育てた花が、季節になると庭一面に咲く。
彼はお気に入りの花々を眺めるのが好きだった。
ある日、男が一仕事終えて帰宅すると、せっかく自分が育てた花が一本もない。
その代わりに、きれいはきれいだが男の好みではない花が庭一帯に植えられていた。
いったい何事か、と男が呆然としていると、近所の人が笑顔でやってきて、
「あの花じゃ地味でしょ。せっかく広い庭があるんだから、もっと色鮮やかな花壇の方が良いに決まっている」
ときっぱり言う。元々あった花はどこへやったのか、と男が尋ねれば、
抜いた花をそのまま放置しておくのも見苦しいから焼いてしまった、とのこと。
勝手にそんなことをするんじゃない、と男は怒った。だがしかし、
「良かれと思ってやったことなのに、そんなに怒ることは無いじゃないか」
と誤りもしないどころか自分が悪いことをしたと思ってもいない様子だった。

また別の日のこと。男の家には簡単な納屋がそなわっていたのだが、それは見た目にもおんぼろだった。
良く彼の家を出入りしていた人がせっかくだからと、男が留守にしている間に補修しようとしたのだったが、
この男は不器用なもので修理どころか逆に屋根に大穴をあける始末。
しかもその穴をふさごうともしないで、失敗してしまったと笑って帰って行った。
この時も男は怒ったのだが、「壊そうと思ったわけじゃない。悪気はなかった」と言うばかり。

男の苦難はまだあった。
自分の部屋の本棚に大事にしまっていた古書があった。
近所の者が勝手に家に上がりこんだあげくに、目ざとく本棚にあった本を見つけると、
「あんな汚い本なんかいらないと思った」と勝手に捨ててしまった。
男の亡父が生前彼に贈った古いコートを、
「あんな古いものを着ていたら恥ずかしいだろう。もっと良いものを着ろ」と捨ててしまい、
さらに新しいコートを買ってきては代金を彼に要求する始末。
遠方よりやってきた男の恋人を、男性関係にだらしのない女だと見た目だけで断定し、
男の帰りを待っていた彼女にさんざん嫌がらせをして追い返してしまう。
しかもこのことは男も承知済みだといわんばかりの態度であった。
自分たちのせいで破局寸前までいってしまったというのに、
男に対して謝罪の言葉を述べるどころか、
「ああいう遊んでいそうな女と付き合うのは良くない。別れた方が身のためだ。だから別れるように仕向けた」
と悪びれもしなかった。
何をやっても口から出るのは「良かれと思ってやった」だの「そっちのためを思ってのこと」だのいう言葉ばかり。
責めようものならば、「他人の善意を踏みにじるつもりなのか」と男が悪者扱い。
日常がこのようなありさまだった。

ほとほと困り果てた男がどうしたものやらと、とぼとぼ歩いていたそんな時。
筋骨隆々の肉体と褐色の肌。それを見せ付けたいかのように上半身は見事に裸。
こんな姿の大男が炎をまとった鳥から山奥のどこかに飛び降りるのを見かけた。
伝承で語られていた通りの姿をした、火を司る神人、エマトリスであった。
その時にふと、男の脳内にせん光が走るかのようにある計画が閃き、それを実行しようとエマトリスに接近した。

「――へえ、村のためにも俺の火が欲しい、というわけか」
「はい。村は薪も油も少なく、特に冬になると町への行き来も大変になるのでさらに燃料不足になってしまうのです」
「だから俺の力で燃える燃料いらずの火が必要だって話は、聞く限りじゃ感心だがな」
「私も村の人たちには何かと善意であれこれやってもらっていますから、そのお返しができれば、と」
「そう言われりゃあ、くれてやらねえってわけでもねえんだが」

エマトリスは少し逡巡した後で、「デリケートだから扱いには厳重に注意しろよ」と男に種火を授けた。
それから、いい加減に扱うと大火事のもとになる神人の火の取り扱い方法を教えた。

「しっかりやれよ」と声をかけて去って行ったエマトリスを、男は頭を下げて見送った。
その顔には努めて隠そうとしながらも隠し切れないよこしまな笑みがあった。

あくる日、男はエマトリスからもらった種火から火を起こす。
そしていままで世話になった近所の人たちに神人からのいただきものだから皆で分けよう、
と会う人会う人全員に種火から分けた神の火を配っていった。
燃料いらずで良く燃えるエマトリスの火は皆に好評だった。
だが、男は肝心の取り扱い方を教えなかったのだ。

その日のうちに村のあちらこちらから、エマトリスの火が暴発し始めた。
瞬く間に家を焼き、木々を焼き、人々の悲鳴がこだまする村は業火に呑まれていった。
この大惨事を、笑いをこらえきれないといった様子で男は眺めていた。
すると、村人たちの何人かが男のもとに押し寄せてくる。
「なんてことをしてくれたんだ」とか、「こんなとんでもない物をよこすなんて酷い」とか、
口々に村人たちは男を攻め立てる言葉をぶつけてきた。
予想通りだ、と男は心の中で笑いながら、
「良かれと思ってエマトリス様から火を授かったのに、まさかこんなことになるなんて。
でも自分は村のためになると思ってやったわけで、決してこんな結果を望んだのではない。自分は善意からやっただけのことで、こんな風に責めるのは人でなしだ」
と普段から自分が言われている言葉をここぞとばかりに並べ立てた。

しかし、いつもとは違い、「そうならば仕方がない」と言い出す村人はいなかった。
村人たちは怒りにまかせて、よってたかって男に殴る蹴るなどし、男を殺してしまった。



  教訓
  世の中は理不尽である




教皇庁に伝わる神像