木を司る神人

ユエ




                                                ・初期設定資料画

アリアやトラウス同様に女性の神格を持つ、木を司る神人。
植物やそこに根付いた生命力を見守り、地上が豊穣で満たされる事を祈っている。
生けとし生ける存在全てを庇護する慈愛に満ちた神人で、
冒涜者と見れば即座に処断するトラウスと異なり、説法をもってしてその罪を許そうとする。
こうして極めて慈悲の深い存在として広く知られているが、ユエにはもう一つ別な顔があり、
罪人に対して二度までは限りない愛と説法を施すものの、
三度も不敬を働いた場合は憤怒の化身となってこれを滅してしまう。
憤怒の化身らしく手段も冷酷非情で、生きたまま生命力を吸い尽くし、
ありとあらゆる苦しみを与えた上に輪廻を巡る事さえ許さず
魂そのものを跡形も無く粉砕せしめる。
また、植物を司る事から、転じて農業とそれに従事する者を守護する存在とされる。



マコシカに伝わるおとぎ話

「生贄の花」

いつかの時代のどこかの国。ここでは現在珍しい草花を育てることが大々的に流行していた。
見たこともないような花や、とても美しい花には家一軒、それ以上の値が付くことも多々あり、
誰もかれもが園芸にいそしんでいたのであった。
そんな中でもとある男は有名な園芸家だった。
彼が育てた花はどれもこれも高い値が付くほど素晴らしく、
また常日頃から「珍種のためなら悪魔とでも契約する」と公言するほどの園芸狂いであった。
そんな彼はいつからか究極の一株を求めるようになった。
しかしながらそんな簡単に見つかるはずもなく、育てられるはずもなく、幾数年。
家族もすっかり呆れ果てていたが、それでもなお彼は自らが望む花を求め続けていた。

ある日、大規模な園芸市に男が出かけた時のこと。賑わいから外れた場所、
何気なく歩いていたら見落としていたであろう片隅に、一株の鉢植えが飾られているのを見つけた。
蕾が付いていないばかりか、今にも枯れてしまいそうな草。
誰も気にも留めないだろうみすぼらしい姿だったが、
男の胸には不思議と得体のしれない感覚が湧き上がった。

「もし、これはどういう花なのかね?」

この鉢植えの持ち主であろう、ぼろの布をかぶった人に尋ねてみた。

「へえ〜、この花に興味を持つなんてさ、オジさん普通の園芸家じゃないね」
「うむ、ぱっと見はただの枯れかけでしかないはずだが、なぜだか妙に気にかかる」

見た目ではわからなかったが、この人は女性、
しかも声からするに若いというか幼い年齢ではないのか。
こんな大規模な市に出店しているのだから、少女が枯れかけを飾っているだけ、とはどうにも考えにくい。
これはもう理屈よりは感覚であった。

「この花はとっても珍しいよ。とてもきれいな花が咲くけど、その方法がすっごく変わっているもんね」
「ほほう、金でも肥やしにするのかな?」
「金ねえ、もしかしたらそれも必要になってくるかも」
「? 冗談で言ってみたんだが。にらんだとおり普通の花じゃないわけか」

少女の話が気になり、男はさらに尋ねてみた。

「この花、ちょっとした知り合いが作ったんだけど、意地が悪いっていうか何て言うかなんだよね。
栽培するだけなら簡単なんだけど、きれいな花を咲かせるには特殊な肥料が必要なの」
「先ほど、『金も必要になるかもしれない』と言っていたが、どんなものがいるんだ?」
「持ち主が大事にしているものを犠牲にすると、花がきれいになるわけ」
「おいおい、何だそりゃあ?」

さすがに男は話を聞いて驚いた。
物的な肥料や道具が必要とされるわけではなく、オカルト的な栽培方法で花を咲かせるとは。
自分も長年いろいろな草花を栽培してきたが、こんなムチャクチャな話は聞いたことがない。
詐欺だとしても荒唐無稽すぎて信じてもらえないだろう。
ばかばかしい話だ、と一笑に付すべきであるはずなのだが、しかし気にかかってしまう。
自分の園芸狂いもここまで来たか、と自嘲気味に思いながら話を続けた。

「ここで会ったのも何かの縁だ。その花、買ってやろう。いくらだ?」
「ただであげるよ。こんな物騒な花、他にほしい人がいるとも思えないし、
それに人間がどう育てるのかも興味あるから観察料と相殺ってことにしてあげる」

そう言ってかぶっていた布を取り去った。
束ねた髪と幼げな顔だち、しかし本来右目があるべき場所には花の蕾がしっかり根を張って生えている。
なるほど、農耕を司るといわれている神人のユエであれば、こんな荒唐無稽な花を持ってもいるのだろう。
やはり自分の目利きは間違っていなかった、と男は喜び、ユエに頭を下げると勇んで駆け出して行った。
遠くに男の姿を見ながら、「さてどうなるかね」と彼女は面白そうに言った。

はてさて、大事にしているものと言っても何を使用したものやら、と男は思案した。
すぐに思いつくものといえばやはり花だろう。
高値が付くから、というよりも珍しい花を自分が所有しているということに無上の喜びを感じるのだ。
そんなに大事に思っている花たちを犠牲にするのはためらわれたが、だからこそ効果があるのだろう。
説明したのがユエでなかったのならば決して実行しないであろう方法を男は選択した。
自分の数あるコレクションの中でもかなり気に入っている花の一つを焼き、その灰を鉢植えにまいた。

「さてさて、どれだけ美しい花になることか」

男はどんな花が咲くかと夢想しながら眠りについた。
さすがに神人が持っていた花というべきか、枯れかけていたはずの花が次の日には生気に満ちていた。
しかも蕾が付いていたどころかすでに花が咲いていたのだ。
そしてその花は焼いて灰にしたものよりも美しかった。
素晴らしい物を手に入れた、と男は狂喜乱舞した。そしてすぐさまこの花を園芸仲間に披露したのである。
しかし男の仲間だけあって、審美眼もなかなか厳しい。
確かに美しい花ではあるが、この程度なら我々のコレクションにも、男本人のコレクションにもいくらでもあるだろう、
抜群に素晴らしい花ではない、というような評価であった。

帰宅するなり男は自分のコレクションを引き出してきた。
そして良さげなものをいくつか見繕ってはそれらを片っ端から焼き払い、その灰を肥料に用いたのである。
仲間たちから最大級の評価をさせてやろうという思いもあったが、
これだけの花を犠牲にしたらどれほど美しい花が咲くのか見てみたい、という気持ちの方が強かったかもしれない。
そして翌日。
男が考えていた通り、花は前日のそれよりもはるかに美しくなっていた。
彼は魂を奪われたかのようにずっとその花を見つめ続けていた。
後日、仲間内で披露したが、これほどのものは今まで見たこともない、と誰からも惜しみのない賞賛をもらった。

だが男はすでにこの程度では満足していなかった。
かつて自分が追い求めた究極の一株のために、取りつかれたように血道をあげていった。
今まで収集したコレクションは草花であれば灰にしてまき、種であればすり潰してまいた。
そのたびに花はさらに美しさを増し、それにつれて男はさらにのめりこんでいった。

そしてついに、男のコレクションはこの花を残して全て無くなってしまった。
究極の一株、というべき花が出来上がったはずだったのだが、しかし男はこれで満足していなかった。
もっと美しくなるはずだ、という思いだけが男の心を支配していた。

何か他に花のために用いられるべきものがあるはずだ、と男は考え抜いた結果、自分の妻や子供を殺してしまった。
そして遺体を焼き払って肥料に用いた。
だが、花はより美しくなるどころか、今までの姿が嘘だったかのようにあっけなく枯れ果ててしまった。
彼にとって家族はもはや何の価値も無い存在だったのだった。



  教訓
  「物事には限度がある。過ぎたるはなお及ばざるがごとし。」



教皇庁に伝わる神像