空を司る神人


トラウス




                                                ・初期設定資料画

女性の神格を持つ、空を司る神人。
小さな入道雲の上に座し、神苑の近くから下界への注意を配らせて天候の動きを見守っている。
全ての神人中、最もグラマラスなプロポーションを誇っており、
更にはそれを強調するかの様な薄い羽衣しか纏わない為、
不埒な男性たちから支持されるものの、実はこれこそトラウスが課した試練であり、
神人に対して不敬を抱く冒涜者と見定めれば裁きの稲妻でもって容赦なく断罪する。
この裁きの稲妻は、采配の様に無数に枝分かれした鞭から繰り出される光の具現であり、
何人たりとも逃れる事は出来ない。
また、イシュタルやレフとの合議を経て人類に天啓をもって智慧を授ける事から、
進化を助ける学問の守護者とも古くから言い伝えられているが、
これはあくまでも民間伝承の域を出ておらず、出典も不明瞭。



マコシカに伝わるおとぎ話

「理想の人」

いつかの時代のどこかの国に、一人の男がいた。
芸術や頭脳、身体能力に取り立てて言うような特別な才能は無い。
顔も悪くはないが良いというわけでもない、という程度だし、
性格が良いにせよ悪いにせよちょっと一般的なものでもないか、というとそうでもない。
何かしら高かったり特別な立場にいたりするかというと、ごくごく普通の一般人。
収入が高くもなく資産も並。
と、まったく平々凡々としたどこにでもいる人間だった。

そんなありふれた彼であったが、年ごろになってやがて妻をめとることになった。
若い内からの知り合いで、ちょくちょく一緒にいた仲だったが、大恋愛というわけでもない。
結婚の理由を尋ねた時に、彼は「なんとなくそういう流れで」といった感じで、
なし崩し的なものだった。

そんな妻の方も容姿はいたって普通。「可もなく不可もない」という評価を彼女の周りの人物からされていた。
あえていうならば少々ふっくらしているというか、平均よりは上の体格というほどのもの。
性格も穏やかなもので、いつも笑顔を絶やさないような女性だった。

そんなお互いにありふれた特筆すべきところのない夫婦は、毎日毎日を特筆すべきところなく暮らしていた。
不満がないわけではないが、口に出して言うほどでもなく、どちらかといえば漫然とした物足りなさがある、とでも表現するべきものでしかなかった。

ある日、夫が帰路の途中の町外れを歩いていると一人の女性と出会った。
ウェーブのかかったブロンドの髪、一目で他人を惹きつける妖艶ともいえる美貌、
その顔の下にはすらりとした、そして肉付きのいい肢体。
その体を惜しげもなくさらけ出すような、むしろ見せつけてでもいるような露出度の高い服、いやほとんど紐。
体に良い物も食べ過ぎれば毒であるが、彼女の姿は目の保養に過ぎてむしろ目の毒、ともいえるほどだった。

話に聞いていたが、まさかこんなところで自分が美をつかさどる神人、トラウスとであうとは。
男は彼女の美しさに目を奪われつつも、思いもよらない現実に驚きっぱなしであった。
しかし、ここで出会ったのはまさしく神の思し召しだろう、と意を決して男はトラウスにある願いを申し出た。

「――というわけで、失礼ながら声をかけたわけです」
「ふぅん、自分の奥さんをもっときれいにしてほしい、ねえ」
「はい、美しさを司るトラウス様であれば私の願いも必ずやかなえられると信じております」
「そりゃあねえ、アタシも神人やっているわけだから人一人の容姿を変えるくらいはお安い御用、だけど。
でもあんた、今までずっと仲良くやってきた奥さんなんだから、今までどおりでもいいんじゃないの?」
「それはその通りなのですが…… 妻には不満はありませんが、しかしもっと美しい方がもっと愛せると思いますし、妻も喜ぶのではないかと思います」
「そう? ま、アタシも美しい人が増えるのは嫌じゃないからね。ま、いっちょうお姉さんが面倒見てあげるとしますか」

そう言ってトラウスは泥のような物が入った袋を男によこした。
説明するに、夜寝る前にこれを顔に塗りつけて朝起きたら洗い流す。
これを一週間続けるだけで目が覚めるような美貌が得られるのだということだった。
男は大地に額をつける勢いでトラウスに頭を下げ、一目散に自宅へと帰って行った。
そうして妻に事情を話し、妻がトラウスの説明通りに泥(のようなもの)パックを続けた結果――

「あなた、見てよこの顔。もうびっくりしちゃった!」
「これは驚いた。まさかこんなに変わるなんて。さすがは神人の力だ」

ごく普通の容姿だった妻が、街で出会えば十人が十人振り返るような美貌を携えた顔になったのだ。
驚くべき変化に夫婦はトラウスに深く感謝した。そして、この夫婦は以前よりも仲良く暮らせるようになった。


それからどれからか月日がたったある日。男は偶然にもまたトラウスと出会うことができた。

「あら、あなたは確かあの時の。その後はどう?」
「トラウス様のおかげであれから仲良く暮らしていられます。して、できることならばもう一つお願いを」
「あら? まだ満足できていないわけ?」
「そうかと聞かれればそうなのですが…… 確かに妻は美しくなれましたが、その下が…… 
もう少し痩せていればより私の理想の姿になるのです。妻ももう少しスリムになりたい、と言っていまして。
ぶしつけながらそちらの方も何とかならないでしょうか?」
「ん〜、そりゃあエステティックもできるわよ。
でもそのくらいは本人の努力で何とかした方がいいと思うけど。
まあいいわ、せっかくだからやってあげましょ」

そう言うとトラウスは指を天に掲げた。するとたちどころに暗雲が立ち込め、男の家の方角に雷が落ちた。
いったい何事かと男が驚くと、トラウスは「これでオッケー」と一言。
なんでも「ビリビリ痩身マッサージ」とかなんとかいう神の力で妻が痩せたということだった。

さっそく男は家に帰る。すると少々ふくよかだったはずの妻がすらりとした姿になっていたのだ。
見違えるほど変わった体に夫も妻も驚き、トラウスに深く感謝した。
こうして、夫は妻をより愛するようになり、妻も自分を誇れるようになったのだった。


それからまた後の事。男は三度トラウスと出会う。

「トラウス様、その節はありがとうございました。して、できることならばもう一つお願いを」
「なんかちょっと図々しくなってない? まあいいけど。で、何をしてほしいの?」
「妻の姿には十分以上に満足しています。あとはもうちょっと性格を変えていただければ。
今の穏やかなままでも不満はありませんが、望むのならばもう少しワルい性格になれば平凡な日常にも張りが出てくるのではないかと思います」
「贅沢ばっかり言うわねえ。自分の理想ばっかり奥さんに押し付けて幸せになれるのかしらね。
まあここで会ったのも何かの縁でしょ。アタシは心の方は専門外だけどやるだけやってみようかしらね」

少々渋い表情をしながらも、トラウスは男に「性格が変わるコラーゲン風の何物か」をあげた。
一日二回、食前にこれを食べると一週間で性格が変わるというのだ。
男は説明どおりに妻にそれを食べさせた。
そして、一週間すると妻は確かに穏やかな性格から男を惑わすようなちょっとワルな性格へと変わっていったのだった。

妻が自分の理想の人物になり、たいそう満足した男。ところがある日、男にとって衝撃的な出来事が――
夫は突然、妻から別れを切り出されたのだ。
「あなたのような取り立てて言うところのない平凡な人なんて嫌。
一緒にいてもつまらないし、顔だって好きになれないもの。お金があれば我慢できるけどそうでもないもんね。
だからもっといい男探そうと思うの。じゃあね」

そう言って妻は男が引き止める間もなくさっさと家を出て行ってしまった。
後に残された夫は自分の行為を悔やんだが、それはもう後の祭りであった。



  教訓
  「自分にとって理想の人が自分を理想とするとは限らない」



教皇庁に伝わる神像