クローズアップ・ゲストスター Vol.2





――時代小説「戦国桃太郎」とは?

応仁の乱を経た激動の時代に黄金の閃きが走る!

一人の捨て童子がいた。
桃畑に捨てられていた童子だ。
讃岐の翁と呼ばれる老人に拾われた童子は桃太郎の名を与えられ、
翁からありとあらゆる知識を授けられ、神童さながらに育った。

伝家の宝刀とも言うべき「きびだんご」と知略を駆使し、
徐々に勢力を拡大させていく桃太郎は、
果てしなき野望を実現するべく恐怖の計画を断行する。

破竹の勢いで突き進む桃太郎であったが、
彼の前に最強の敵が立ちはだかる。
その名は「鬼」。
野望を成し遂げる為には鬼を退けなければならない。
桃太郎と鬼、両者の闘争は最大のクライマックス、
「鬼ヶ島決戦」に向けて留まることなく白熱していく。

激々極々が満を持して放つWeb小説デビュー作、
それは経済学の視点から描く全く新しい「桃太郎」である。

(戦国桃太郎 作品紹介より)                         
詳しくは作者別館・ シフトアナーキズムの穴場にて⇒                         


――原作者・激々極々が語る「戦国桃太郎」の世界

「何だったのか?」と問われても作者のくせに「何だったのでしょう?」と答えることしかできないこの作品。
書くことになったきっかけ、といってもその場のノリみたいなものだったでしょうか。
まだ『トロイメライ』が企画初期段階だったころに、天河、半券両氏と雑談をしていた中で、
突如として出てきたネタが元といえるものだったでしょうか。
鬼が島の戦いで、桃太郎軍と鬼の双方ともに死傷者続出、という話で(一人で)盛り上がっておりました。
ちょうどその時分、私は暇を持て余していましたので、半分くらいは暇つぶしのつもりで書いてみた作品です。
――時は室町時代、応仁の乱に端を発する戦国の世(ではありますが、
1500年代初頭には火縄銃が伝来していた、というように実際の歴史とは異なった設定ですのであしからず)、
クソ外道な(作中では「最低という言葉にも値しない」などと言われるくらいに)主人公、桃太郎が手下とカネを使って
あんな悪いことやこんな悪いことをこれでもかと繰り返し、金銭を稼いでいくというのが本筋といえば本筋です。
この桃太郎、とにかく悪い輩です。
窃盗、人身売買はもとより、破壊工作や暗殺までやらかしたあげく、商人のくせに私兵を率いて水軍衆(作中では「鬼」と呼ばれている奴ら)と戦をして生物兵器や自爆兵器まで用いるありさま。
そのくせ商売に関しては顧客第一主義をモットーとし、私生活はストイックで早寝早起きが信条とするわけの分からないやつであります。
あといつも笑顔です(薄ら笑いですけれども)。
ムチャクチャな説明ですけど、本編もムチャクチャなんで仕方ありません。
余談ながら申し上げますと、この『戦国桃太郎』はピカレスク物でなければダークヒーロー物でもありません。
人非人で畜生以下の桃太郎がただただ悪行を積み重ねていくだけの話です。
もし、もしも、この作品を読んだとしましょう。
きっと「桃太郎クズすぎ、死ねよ」と思うのではないでしょうか。
だとしたら作者の思惑通りというところです。
作者自身、「こいつ(桃太郎)早く死なねえかなー」と思いながら書いていたくらいですから。
とにかく、いろいろと問題のある作品だということです。




――原作からトロイメライに参戦する犬養賢介とは何者なのか?

今では商人の桃太郎のもとで働いているけれど、元は武士。
淡路国が出身地だと本人が言っているので多分嘘。
三好家に仕えていた、と明確に口にしたわけではないがどうであれ多分嘘。
それはともかくとして、主家の先行きに限界を感じて出奔し、自分の凄い才能を発揮できそうなところを探して気ままな牢人生活をしていた。
ある日、悪だくみをしていた桃太郎と幸か不幸か出会ってしまう。
こいつなら才能が分かってくれそうだし、荒稼ぎできそうだし、みたいな理由で彼の仲間になりました。
「六韜三略をそらんじ」るほどに戦略、戦術には詳しく、実際の戦場でも彼の才能はいかんなく発揮されることになる、かもしれない。
桃太郎もこの分野は得意であるのだが、普段の経営の方に手間をかける必要があったため、戦に関しては賢介に一任するようになった。
ってことで彼の重要性は高まった(自称)、とはいえ戦なんかめったにしないから本当に役に立っているのかは疑わしい。
世間一般的には彼の口は悪いと感じられる。
口を開けば相手への嫌味や皮肉だし、口調そのものが他人を小馬鹿にしたような印象も与えるため、才能の割には人望が厚いとは言い難い。
桃太郎が相手でも物言いは変わらず、それ故にムカつかれているようである。

こんな賢介が何で生き延びているのかは戦国桃太郎でもトップクラスの謎であります。
ちなみに戦国桃太郎では、桃太郎の部下は十干十二支が名前の元ネタになっておりまして、つまり犬飼賢介は名前から容易に分かるように「戌」であります。



 ある日のこと、いつものように朝早くから起きて自室で雑務をこなしていた桃太郎。
するとそこへ賢介が音も立てずに障子を開き、部屋の中へと入ってきた。

「ときに桃太郎様、昨今、上司に土下座をさせる男の物語が流行しているようですねえ」
「それがどうかしたか? 言いたいことがあるなら明確かつ簡潔に言え」

 賢介に一瞥もくれぬまま、桃太郎は文を読んではそれに対する書き込みをしたり、書面に捺印したりしている。
いつもと変わらない賢介への態度。だが彼も慣れたもので、興味なさげな桃太郎にかまわず、独り言でも言うかのように続けた。

「さて、桃太郎様は他人に土下座しなくてならなくなった時にどうなさいますか?」

 真意を量りかねる賢介の問いである。桃太郎の返しを待ちわびるかのように、彼はにやにやと笑いながら話を続ける。

「意地汚い桃太郎様のこと、自らの利益になるのなら臆面もなくいくらでも頭を下げるのでしょう。
怜悧な算盤勘定が桃太郎様が、まさか怒りにまかせて相手を殺すまねなどはなさらないと思うのですが、いかがでしょうか?」

 桃太郎が口を開く前に、さらに賢介は畳み掛けるように話しかけた。
そんな彼が邪魔だったのであろう。桃太郎は作業の手を一旦止めると、

「オレは割に合わないことはしない。得になると判断すれば土下座するし、そうでなければしない。
それだけだ。殺しとて手段の一つ。そうするのが手っ取り早くて合理的ならそうするまでのことだ」

と賢介に少しばかり視線を向けると表情無く言った。それを聞いた賢介は小さく含み笑いすると、

「それでは桃太郎様、ここはひとつ私に土下座していただけないでしょうか?」

と調子を変えることなく言った。

「下らないな。なぜオレがお前に頭を下げなければならない?」
「おやおや、聡明な桃太郎様がこれしきの事もお分かりにならないので? 
ここで桃太郎様がさっさと土下座すれば私は満足して退室いたします。
ですが、嫌だとおっしゃるのであれば半刻ほどこの場にいましょうか。
『下げるべき時に頭を下る度量もない』などと言う言葉が次々に出てくることでしょう。
ただでさえ目障りな私がより目障りになるのは、桃太郎様の精神上よろしくないことですし、お仕事もはかどらないでしょう?」
「土下座した方がオレにとっては得、というよりは損しない、と言いたいわけか」
「いかにも。さすが桃太郎様は損得の計算がお早うございます」

 笑みをたたえて桃太郎を見つめる賢介。
桃太郎の人となりを知っていれば、彼の片腕だと常日頃から自称する賢介とて殺されかねないと誰でもわかる道理。
有能な部下であろうとも桃太郎の邪魔であれば始末されないという保証はどこにもない。
それでも彼がこのような態度をとれるのは、まだ自分が桃太郎にとって生かしておいた方が「得」だと計算しているとふんでいるからなのか、それともただ単に命知らずなだけなのか。
 ともかく賢介はにやにやと笑いながら手のひらを差し出し、「さあどうぞ」と桃太郎へ土下座をするよう促した。
そんな彼に対して何ら表情を変化させず、桃太郎はすっと背を伸ばして正座し、両手を、それから額を床につけた。
土下座という行為に対して「きれい」だとか「整った」とか、そういった言葉を用いられるべきか否か。
それはさておき桃太郎の土下座は、本当に心の底から賢介にわびているように見える見事な所作であった。

「これで満足か?」

 伏したまま桃太郎は相変わらず淡々とした語り口で賢介に尋ねる。

「そうですねえ。せっかく土下座していただいたのですから、一言それに見合ったお言葉をいただきたいものです」
「手間をかけさせる… まあいい、『この桃太郎、常日頃から犬飼殿のお手を煩わすこと多々ありてまことに慚愧に堪えませぬ。
これからもご面倒をかけることになりましょうが、犬飼殿には格別のご厚意を賜りたく存じます。
よろしくお取り計らいのこと、伏して願い申し上げ奉ります』、とこんなものか」

 額を床に着けたまま賢介にわびた桃太郎の姿を見て、賢介は満足げに声をあげて笑った。

「いやいや、お見事なものを拝見させていただきました。眼福とはまさにこのこと。
たとえ上辺だけのこととはいえ、桃太郎様にこのようにおっしゃっていただけるとは。
かくも素晴らしい桃太郎様のご才覚を最も近くで感じられる私は、三国一の果報者であるのは間違いありません」
「趣味の悪い奴だ。それにしても上辺だけの言葉とはいえ、よくもまあつらつらとはけるものだ」
「何をおっしゃいますやら。私は桃太郎様を誰よりも高く評価しているつもりでございます。
そんな私の言葉を『上辺だけ』とは、いやはや桃太郎様は商才はあれど他人の気持ちを汲むのは苦手なご様子」
「オレは他人の心情なぞ知ろうとも思わない。特に己の才を鼻にかけるようなやつのは」
「おやおや、これは心外なお言葉。心の内を分かっていただけないというのは何とも寂しいことでございますねえ」
「言うだけ言っていろ。さっさと失せろ、仕事の邪魔だ」

 無表情のまま仕事に戻った桃太郎と、いつまでも楽しそうな面持ちの賢介。
外はといえば雲一つない青空。爽やかで心地よいそよ風が吹く一方で、室内には形容し難い雰囲気が立ち込めたままだった。

「しかし、賢介さんもよくよく自分を嫌っている人に対してあんな態度がとれますね」

たまたま障子を隔てた向こう側で、一連のやり取りを耳にしていた虎次郎が言った。

「まったく、あの二人はわけが分からない。
桃太郎さんが犬飼殿をどうでもいい相手だと思っているのは確かだろうが、しかし…
犬飼殿の命をなげうつようなまねは何度見ていても慣れないな…」

 虎次郎と一緒にいた長兵衛は首をひねってあれこれと呟いていた。
桃太郎と賢介が互いをどう思っているのかはともかく、このようなやり取りをいつものように見せられる方は堪らない。
そう長兵衛は青空を見つめながらため息をついた。

(了)








存在自体がとにかく怪しい論客・犬養賢介は
第17回「遥かなる凱歌」2014年3月15日掲載の第22週より初登場!
意外な人物との関係も明らかに!?