第10回「道化の仮面」(天河真嗣)


第1部「漂着編」の大詰めは、ジューダス・ローブとの直接対決となりました。
クライマックスで強敵とのバトルなんて、
いかにも週間連載らしいかと思ってプロットを作っていったのですが、
改めて振り返ってみると、ちょっと展開が急だったかも知れません。
本格登場から殆ど間を置かずに決戦となった為、
当然、ジューダス・ローブのキャラクターも練り込み不足。
書き手だけが盛り上がってしまい、受け手が置いてけぼりになった感が否めません。
数回だけのゲストキャラクターであればエピソードは成立しますが、
ストーリーに一つの区切りをつけるキーパーソンがそれでは如何にもマズい。
何段階かの積み重ねを経て、強敵としての造形を磨き上げていくべきでした。
本来はプロットの段階で段階で気が付かなければならないことで、完全に僕の失敗です。
ジューダス・ローブの掘り下げ不足問題については、激々極々とも反省会を行いました。
激極曰く、「出番が長ければ良いと言うものではない」。
書いている本人が思うほど、周りは気にしなかったようです。
人物造詣を話し合ったこのときの反省会は、
実は後のエピソードに大きく影響することになります。
以前の作品でも際立ったインパクトを持つ一回限りのスポット参戦キャラを登場させたところ、
こちらの予想よりも遥かに盛り上がり、
結果的にキャラクター作りのパターンが増えると言う経験がありました。
それと同じ収穫。第10回を書く中で、僕自身、色々なことを考えさせられました。


熟考したことの内の一つが、シーン構成の方法論です。
第10回の冒頭は、ふたつのエンディニオンを巡る長丁場の会議でしたが、
ここで件の方法論が第一の課題となったわけです。
実は最大の難所はジューダス・ローブとの戦いではなく、この長い長い会議でした。
結局、会議シーンは一週分ではまとめきれず、
クローズするまで二週に跨ぐことになってしまいました。
〈トロイメライ〉を書き始める少し前から会話を中心としたシーン構成は、
個人的に懸念事項の一つでして。
会話があるからストーリーそのものは進行するけれど、場面転換は皆無に等しい。
移動を交えつつ会話のアンサンブルを行う手法もあるにはあるけど、
これは多用すると本来の価値が薄まってしまうので、ここぞと言うとき専用。
しかも、第10回は大所帯での会話劇ですから移動ショット的な手法とマッチもしていない。
必然的にテーブルを囲んでのシーン構成にならざるを得なかったのですが、
結果、会話ばかりでキャラクターの動きが死んでしまうと、
ややナーバスになっていたことが思い出されます。
このあたりはムツさんに相談した覚えがあります。
軍師=策略家タイプが主人公で、且つアルフレッドは弁護士志望。
ムツさんと話す中、ブリーフィングなど椅子に座りつつ会話が主導するシーン構成は、
むしろ〈トロイメライ〉の作風と合致しているとの結論に辿り着きました。
会議及びこれに類するシーンへ力を注いでいこう、と。
会話中心のシーン構成、規模の大きな合戦、ふたつのエンディニオンを巡るミステリーなど
第10回を経て〈トロイメライ〉の方向性が固まってきました。


ふたつのエンディニオンを巡るお話は、まさに〈トロイメライ〉のメインストリームです。
同じ名前を持つけれど、どこかが、何かが違うエンディニオン。
これについては、第10回へ到達するまでに各所へミスリードを散りばめてきました。
それでいて、ミスリード自体が「似て非なるふたつのエンディニオン」の前振りになっていると言う。
この試みが奏功していたなら幸いです。
「似て非なるふたつのエンディニオン」の中で相違が最も強く打ち出されているのは、
女神信仰になるだろうと、プロットを組む段階でも想定していました。
お互いに強力な反発を生むだろう、と。
「ふたつのエンディニオン」の信仰形態のシンボルとして
「マコシカの民」、「教皇庁」を同時に登場させ、対比させ、
そこから両者の違いへ少しずつアプローチしていきました。
信仰の在り方についてアルフレッドとニコラスが論争をしたことはありませんでしたが、
これはふたりが“大人”なのではなくて、
件の差異を問題としてピックアップするような環境にいなかっただけのこと。
女神は信じているけれど、それが価値観を支配するものではない、みたいな。
ところが、信仰を司る立場にとっては敏感にならざるを得ません。
Aのエンディニオンの信仰を司る「教皇庁」は全体的に保守層のイメージを仮託しているので、
自らの信仰を全うするには、Bのエンディニオンの「マコシカ」の形態を
受け入れるわけにはいかない。
クインシーの登場はブリーフィングに一触即発の緊張感をもたらしましたが、
これによって〈トロイメライ〉全体を通して描かれるお話の扉が開かれたと言っても過言ではありません。
信仰を扱うのは非常に繊細なことで、この先のお話でも、かなり難しい問題が出てきます。
勿論、僕らは逃げずに描ききるつもりです。


もうひとつの問題は、こうした難しい議論は理解の許容を超えてしまうフェイ。
前回前々回から兆候はありましたが、第10回からは彼の転落が一気に加速します。
論客よろしくアルフレッドが手腕を発揮すればするほど、
弁舌で劣るフェイが一歩遅れる状況が強調されてしまう……。
アルフレッドとフェイは光と影のような関係です。
続くジューダス・ローブとの決戦でも主戦場にいられません。
フェイはフェイなりにベストと思われる行動を選んでいる筈なのですが、
突っ走った先にもたらされる結果が彼の期待とかけ離れていくと言う。
「カスケイド(cascade)」のファミリーネームに相応しく
フェイは少しずつ英雄とは正反対の方向へと堕ちていきます。


フェイの悲劇と反対にアルフレッドには、望外の出来事が起こりました。
フィーナとマリスに二股を掛けていたことを誰か(この場合はタスク)が見抜く展開は、
思ったより早くに訪れたとの声もありました。
マリスの縁者にバレると言うことは、必然的に三角関係が新展開が訪れることになりますから。
揺れ動く三角関係を引っ張って引っ張って、ようやく秘密がバレると言うのが、
おそらくラブコメに於ける王道パターンなのでしょうが、
そんなネタを〈トロイメライ〉……と言うか、僕や激極でやっても面白くないだろ、と(笑)。
元々、タスクとマリス以外にはバレバレでしたし、
タスクの持つ大人ならではの洞察力にかかれば、子どもじみた秘密はすぐに見破られるでしょう。
不自然な流れ(妙なすれ違いや誤解など)で冗漫に引っ張るよりも
自然な形を選びました。
アルフレッドはともかくフィーナに味方を増やしてあげたかったと言うのもあります。
タスクにしろフィーナにしろ、彼女たちの度量のほうがよほど不自然ですよね(笑)。
普通ならアルフレッドは最低最悪の裏切り者の名のもとに八つ裂きにされてる!
こんなに恵まれた待遇は、アルフレッドには勿体ないなぁ。
そう言えば、アルフレッドってばどさくさに紛れてタスクを抱きしめてますね。
初期設定にあった「女たらし」の面が、ちょっと出ています。腐ってるな。


既存のキャラクターの掘り下げと並行して、新勢力のスカッド・フリーダムが登場しました。
ローガンの使う「ホウライ」と言う技術を共有する同門がいたら面白いかと思い、
以前の作品で用意した設定をリボーンし、スカッド・フリーダムが誕生しました。
組織の背景や衣装などは幕末に活躍した新撰組をモチーフにしており、
それを彷彿とさせる台詞も第10回ではたくさん登場していますが、おそらく今回限り。
市民警護など主な任務にはあまり触れないことになるかと思います。
スカッド・フリーダムの中でも問題児集団が今後はメインとして登場します。
実はスカッド・フリーダムが本格的に登場するのは、シーズン1最終回の予定だったんです。
プロットはもちろん初稿を書き上げた時点では、第10回に彼らは影も形もありませんでした。
加筆修正を進める中、ルナゲイト側のジューダス・ローブ対策も盛り込もうと閃き、
それと同時にシーズン1最終回からの逆算で彼らの出発点のようなものを書いておこう、と。
「出発点」と書きましたが、次にスカッド・フリーダムが登場するときは、
ガラリと印象が変わります。
なお彼らの根拠地で、ローガンとハーヴェストの出身地でもある「タイガーバズーカ」は、
関西弁から阪神タイガースを想像したスタッフが多かったです。
猛虎打線のインチキ英訳とも勘ぐられたっけ。
実際の元ネタは、大昔の格闘アクションゲーム、
「ファイターズヒストリー」シリーズに登場する同名の必殺技。
オマージュとリスペクトを込めて、名前を拝借させて頂きました。
だから広い意味では当たっているとも言えるんだよな、タイガースが元ネタと言う意見は。
意味がわからない方は、溝口危機一髪で調べてみてください(笑)。
〈トロイメライ〉に於けるタイガーバズーカは、
具体的な描写は今のところありませんし、今後、掘り下げる予定もありませんが、
漠然と少林寺みたいなイメージがあります。と言うか、「少林寺三十六房」。
今後、スカッド・フリーダムのキャラは数名出てきますが、
リーダーのシュガーレイを筆頭にそれぞれマニアックな格闘技や武術の使い手と言う設定です。
グレイシー柔術(作中ではジウジツ表記)やムエ・カッチューア、ルチャ・リブレなどなど……。
シュガーレイはコマンドサンボの使い手です(名前の元ネタはボクサーなんですけど)。
これらのチョイスは武道仲間の鶴岡さんにも協力していただきました。
ありがとうございました、鶴岡さん。


サミットのシーンは、本編を読んでいただければ、それが全てです。
そして、ここから始まる数多くの物語の始まりでもあります。


様々な思惑が交錯する中、いざジューダス・ローブとの決着戦へ!
アルフレッドが未来予知を破る為に立てた「ネビュラ戦法」は、
つまり統率された動きでもってジューダス・ローブの動きをブロックし、
未来予知の利点を奪ってしまおうと言うトンデモな作戦です。
ジューダス・ローブの目的がサミット襲撃である以上、そこを離れられない。
離脱できない以上、未来予知にも付け入る隙が生じる。
その隙を突くと言うコペルニクス的転回の戦法は、
いかにもアルフレッドらしく、また〈トロイメライ〉らしいケレン味全開なので
僕自身は気に入ってはいるんですが、やっぱりトンデモが過ぎるかなぁ。
でも、未来予知そのものは、もっと早くからネタを振っておくべきだったとの反省が……。
ああ、これで何度目だろう。第10回は書き手の僕がかなり揺れ動いていた時期ですね。
とにかく迷いが多かったです。
と言うか、振り返りつつ「お前、そんなに悩んでたんか」と本人が一番驚いてます。


ジューダス・ローブを最後に捕らえるのは、絶対にヒューにしようと決めていました。
そして、彼が暴いたジューダス・ローブの正体は、セフィ……。
セフィの真意が明らかになるのは後のエピソードですが、
尋問の最中に次なる敵=ギルガメシュが乱入すると言う急展開は、
これまで作った〈トロイメライ〉の演出でも最高レベルの出来栄えになったと胸を張っています。
……胸を張っても良いですかね(弱虫)。
ギルガメシュ初登場シーンは、これまでのキャラクターとは全く違う、
言わば「未知の敵」との遭遇をイメージして作り込んでいきました。
もうひとつ付け加えるならば、ジューダス・ローブの系譜の引継ぎも兼ねてますね。
「道化の仮面」と言うサブタイトルは、上記のシークエンスに由来しています。
顔も見えなければ、体温を感じられない無機質の敵とでも言うべきでしょうか。
ジューダス・ローブは正体が暴かれた時点から体温が宿りましたが、
仮面の兵士たちは、果たしてどうなるのか?
こうして振り返ってみると、陰謀めいたジョゼフが一番無機質っぽいですね。
でも、御老公の場合は「血が通っていない」のではなくて、「冷血」と言うのが適切かな。


以上をもちまして、第1部「漂着編」は完結。
雪崩れ込むようにして怒涛の第2部「ギルガメシュ編」が幕を開けます。
第1部はシリーズそのものが黎明期と言うこともあり、演出プランの計算ミスなども多かった。
そうした反省を踏まえつつ、〈トロイメライ〉は激動期に突入するわけで。
良い意味でも悪い意味でも、第1部はこの作品の礎になってくれたと思います。
一緒に第1部を作ってくれたメンバーに、たくさんの協力者に。
そして、受け手の皆様に心からお礼を申し上げます。





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