<難 民>


天災・戦災・貧困・飢餓・政治・宗教・迫害…独力では如何ともし難い事情によって
故郷を離れざるを得ない状況に追い込まれた漂白の民。
難民の救済を主務として活動する国連難民高等弁務官事務所、すなわちUNHCRの報告によれば、
現在も数千万にも及ぶ難民たちが地球上に存在し、
満足な保障も得られない逼迫した状況の中、祖国へ帰還する日を待ち望んでいる。
故郷を追われた漂白の民が生活する難民キャンプでは、
慢性的な物資不足や劣悪な衛生環境など深刻な問題が常につきまとい、
飢餓と貧困、これに端を発する伝染病によって落命する難民は数知れない。
場合によっては、抗うだけの力を持ち得ない難民が、
非情の銃弾にさらされると言う許されざるケースも起こり得るのだ。
難民問題の解決とは、まさしく現代社会が真に正視せねばならない課題なのである。


※参考サイト UNHCR日本支部………こちらからリンクを張っています。


<トロイメライ>では、難民問題の解決に対して一つの答えを導き出すことが
最大の使命であると据えている。
果たして、どのような形でこの社会問題へアプローチしていくと言うのか、
製作総指揮を務める天河真嗣に
トロイメライ流の仕掛けについて直撃してみた―――



@難民問題へ行き着くまで
 僕はこれまで手がけてきた作品の中でも幾つかの社会問題を取り上げてきました。
 前作にあたる【フェイク・オア・フェイド】では原作ありきの二次創作と言う枠組みからあえて飛躍して、
産業革命の功罪やネオテニー進化論をも包括した『発展』をテーマに据えましたし、
過去の作品でも信仰の解釈やマルチ・カルチュラリズムと言ったグローバライゼーションが完成されつつある
二十一世紀を生きる人間として取り組まなければならない諸問題へ僕なりに挑戦してきたつもりです。
 今回、取り上げることに決めた『難民問題』もその課題の一つでした。


 既報の通り、<トロイメライ>のストーリーは、高校生の頃に書いてお蔵入りしたRPGのシナリオをベースにしています。
そのときのシナリオと言うのが、主人公が異なる世界へ迷い込んでしまうという、80〜90年代に一斉を風靡した
『異世界ファンタジー』を下敷きにしたものだったんです。
 僕らの年代だと『甲竜伝説ヴィルガスト』がその代表格でしょうか。<トロイメライ>の特別顧問を務めて下さっている
さめじまさんがキャラクターデザイン・デビューを飾った『ナージュ・リーブル』も忘れてはいけませんね。
 原案のシナリオでは、異世界『エンディニオン』へ迷い込んだアルフレッドがフィーナたち旅の仲間と共に
元の世界への帰還を目指すと言う、『異世界ファンタジー』のフォーマットに忠実に則り過ぎて
没個性になってしまっていました。


Aスタッフに恵まれたからこそ出来た決心
 諸般の事情があってお蔵入りになっていた<トロイメライ>を甦らせるにあたって最も変更を加えようと思ったのが、
『異世界ファンタジー』としての側面でした。
 原案は主人公が異世界に迷い込んでしまうと言う、至ってオーソドックスなお話。それならばいっそ今回は、
主人公を異世界へ大量に迷い込んできた人々を迎え入れる立場に置き換えてみよう、と。
 発想の大元は至ってシンプルと言いますか、さほど大きな意味はありませんでした。
 それが大きく変わっていったのが2006年末あたり。当時、別ラインの企画用に難民事情を調べていたのですが、
小説として取り上げようと思っていた難民問題と『異世界ファンタジー』の逆回しが合致することに気付きまして、
全体の構成を終えたばかりのプロット案を大幅にリライトしたのを記憶しています。


 ライターチームを組んでいる激々極々に<トロイメライ>への参加を呼びかけたときも「異世界ファンタジーの変化球を、
難民問題を交えてやりたいんだ」と割と熱っぽく語った覚えが。あれは中学校の同級会だったかな。
彼は僕が到着した頃には完全に酔っ払っていたので、もしかしたら当時のことは覚えていないかも知れないけれど。
 「ちびまる子ちゃん」で例えるところの山田くんのような、パッパラパーな中学生時代の僕しか知らない激極なので、
まさか大真面目に社会問題を取り上げるとは思っていなかったかも知れませんが。


 国際情勢に精通した激々極々の参加によって『難民問題』と言うストーリーのベースラインが
当初思い描いていたレベルを遥かに超えて研ぎ澄まされたのは間違いありません。
 激々極々と、やはり国際情勢・経済情勢に詳しい半券さんとミーティングを重ねる中で
クローズアップすべき問題を取捨選択し、長編小説として描くエピソードへと練り上げていきました。
 ソマリアやボスニアなど紛争地帯で実際に発生している難民だけでなく東西ドイツの併合に伴う経済格差など
多種多様な国際情勢を反映したエピソードを盛り込めたのも、ひとえに協力して下さったスタッフたちのお陰です。
 中東問題を類例に取り上げてもわかるように『難民問題』には、政治的思惑だけでなく宗教や人種と言った
様々な要因が複雑に絡んでいます。ともすれば個人の処理能力を超えてしまいそうになる無数の要素を
きちんと整理していくには、高いインテリジェントに裏打ちされたアドバイザーたちの助言が不可欠でした。
 政治・経済・世界史に強いメンバーが揃ったからこそ<トロイメライ>で『難民問題』を
本格的に取り上げる決心がついたと言っても過言ではありません。


B<トロイメライ>で描かれる難民問題とは…
 ストーリー前半は武装難民と言うあまり一般には馴染みの薄いだろう題材を主に扱います。
 教科書や参考文献でも殆んど取り上げられないことなのですが、故郷を追われた難民が漂流先で武装蜂起し、
侵略者に変わってしまったと言うケースが実際にあったようです。
 このショッキングな事件に行き着いたとき、僕は“エンターテインメント作品としての小説”と言うジャンルで描く『難民問題』の、
その入り口を見つけた気がしました。前半は主人公たち難民を迎える側と、侵略者と化した武装難民との戦争を主軸に、
『フィールド(※難民キャンプ)』など難民の置かれた過酷な情況をきちんと描いていきます。

 詳しい内容はまだ伏せておきますが、後半は時代の転換期に起こる混乱と、それに端を発する新しい難民の発生が
主なテーマになる予定です。
 難民が生まれてしまう負のシステムに肉迫しつつ、『難民問題』を根絶させる為の一つの答えを目指していきたい。
前半以上に現実の『難民問題』へ寄り添う内容になっていくと思います。
 主人公たちの視点を通して難民とどのように向き合っていくのかを描くのが、<トロイメライ>全編で貫く最大のテーマ。
難民を取り巻く環境、難民の呼ばれる人々の性質が変わっていくとしても、この一点だけは決してブレません。

 ただ、これだけは明言しておきたい。デウス・エクス・マキナよろしく神がかった超人が耳障りの良い演説でもって
世界平和・難民融和を説いて万事解決させると言った、そんな甘えは絶対にしません。
 思わず目を背けたくなるような負の部分、凄惨な事件にも真摯に臨む所存ですし、おそらくストーリーの最後に
見出せる『難民問題』解決への一つの仮説も、登場キャラクターや参加したスタッフ全員が過酷な世界を
懸命に戦い抜いた先に到達する、太陽のように燃え盛る“命の証明”になるでしょう。
 全ての人の戦いが一点に集束し、巨大なうねりとなって難民と言う悲劇を救う―――そうでなくてはならないのです。


 繰り返しになりますが、<トロイメライ>は戦いのドラマです。登場キャラクターはもちろん僕らスタッフ全員が、
この『難民問題』と真剣に戦っています。
 そして、願わくば<トロイメライ>を読んでくださる皆さんも僕らが描く『難民問題』と戦って欲しい。
学生時代の僕が小説や映画、テレビドラマの中で描かれた社会問題と戦ったのと同じように、
エンターテインメント作品の中で触れる『難民問題』へほんの少しでも思いを馳せて、
難民を取り巻く様々な事柄を考えて貰えたら、その瞬間にこそ<トロイメライ>は本当の意味での完成を
見るのだと確信しています。
 

 ある海外ドラマの中に「難民は五十年後には死語になる」と言う台詞が出てきました。
 <トロイメライ>がその一助になれるなら、これ以上の喜びはありません。