「そうか…、もう出立してしまったのか。
 ………まだ礼も、謝罪も、していないというのに…」


彼が目を覚ました時、目の前に広がっていたのは黄泉の花畑ではなく、
幼い頃より親しんだ自室と、砂塵の絆を結んだ仲間たちの顔だった。
病み上がりにも関わらず看病してくれていたのだろう、
身を委ねるベッドの傍らには妹のジェシカが座っていた。


「ホークから伝言、受け取ってるわよ。
 『カリはその内に利子つきで返してもらうから、それまでに身体を治しとけ』って」
「………俺が今のような言葉を吐くと踏んでいるわけ、か。
 ったく…、イヤミなくらいに頭の回るヤツだな」
「そこがホークアイの兄ィのナイスなところじゃあないですか、イーグルの兄ィ!」
「オウさッ!!」


『デュラン・チーム』に遅れて“オアシス・オブ・ディーン”入りしたビルとベンも
ベッドサイドでイーグルの回復を喜んでいる。
全快とまではいかないが、ズタズタに引き裂かれたイーグルの重体は、
致死の危険性は完全に去ったと言っていいほどまでに回復していた。
三日三晩失ったままだった意識を取り戻したのがその証拠だ。



(………本当に、死んだと思ったんだがな)



【インフェルノ】での死闘の果てに、薄れ逝く意識の中でイーグルが感じたのは、
我が身を撫でる優しき清風だった。
その時は冥府よりの出迎えと捉えたのだが、今にして思えば、あれは回復の魔法では無かったのか。
それも、相当に高位の。
親友が身を置くチームにはサーキットライダーとレイライネスがいたが、
そのいずれもが半死の容態を回復させるまでの高位魔法を使えるとは思えなかった。
実際、サーキットライダーの魔力ではこの重体を癒しきれなかったのだから。






(ともすれば俺を癒したのは―――)






ともすれば思い当たるフシは一つ。
ミディアムボブに切りそろえられたブロンドの髪を翻す【セクンダディ】が一人の後姿が脳裏をかすめる。
仮にも【支配階級魔族(サタン)】である美獣の【ヘルフレグランス】を
一薙ぎで打ち払う程の魔力を秘めたあの女戦士ならば、
あるいは半死の容態を回復させる事も可能ではないだろうか。






(気を揉めばキリも無いが、獅子身中の虫が味方につくならば、この戦、全くの無謀でも無いかも知れないな…)






甲板へ設えられた人間砲台で早くも次の目的地へ向かったという一行の前途には、
少なくとも行方を照らす光明が差している。
この身が言う事を聞きさえすれば、親友(とも)のもとへ駆けつけたと逸るイーグルだったが、
今は一筋の光明を信じ、カリを返せるその日まで養生に徹するのみだった。












「美獣は戦闘不能。邪眼の伯爵も今では使い物にならんか………」


―――イーグルが想いを遠い彼方へ馳せている頃、
奈落の底では、黒水晶の鈍い輝きに囲まれた石室にて
次なる任務へ向けてブリーフィングが開かれていた。


「【支配階級魔族(サタン)】は二人一対と考えるのがよろしいかと存じます。
 どちらか片割れが戦線を外れたる事態には、
 平素の半分も威力を発揮はできないでしょう」
「おっほほほほほほ………。
 人生は是恋愛と定義づけている方々はこーゆー時にだらしないですねェ」
「仕事よりも恋愛を優先させるのは悪い中毒ですよ。
 【マナ】の全盛期には、そうした恋愛を皮肉るトレンディードラマという物が
 それはもう流行を―――」
「卿の御高談は晩酌にて付き合うとして、
 今は次なる任務の確認が先決だ、が―――」


ペラペラと【マナ】談義を始めたヒースを遮り、黒耀の騎士が議題を進めた。
異能揃いの【セクンダディ】の中でもとりわけ存在感を醸す黒騎士は
どうやらその威圧をもってリーダー格を任されているようだ。
その存在感は議長としての手腕にも発揮されており、彼が言葉を発すれば、
おどけるばかりのヒースも、死を食らう男も自粛して聞き入っている。


「―――“紅蓮の魔導師”は今回も無断欠席か。
 ………あやつにはあやつなりの事情があると理解はしているが、
 それにしてもこうも欠席を重ねられては士気に関わるのだがな…」
「あの者は盟主らとの合同謁見以来、
 ブリーフィングらしいブリーフィングへ顔を出してはいません。
 【太母】はともかく、その他の郎党の顔すら定かでは無いのでは?」
「ま、次の任務地はワタクシと同じですから、そこで申し送りしておきますよ。
 どのみち現地合流になりそうですからねェ
「………要らぬ苦労を強いてすまぬが、頼まれてくれるか」
「お安い御用にございますよ。
 それに郎党諸君の顔なんか知らずとも、どうにでもなるんじゃありません?
 我々の目標物はあくまで【太母】、リース・アークウィンド様なのですからねェ」
「いやいや、ウチのシャルロットの顔くらいは覚えておいてもらわないと。
 ―――あ、いやっ! むしろシャルの顔はわからないままでもいいっ!
 万が一シャルに横恋慕でもされたら、今後の仕事づきあいがし辛くなるっ!!」


負傷した美獣と、彼女がいなければ最早抜け殻同然の邪眼の伯爵は
今回のブリーフィングには不参加になっているが、
もう一人、“紅蓮の闘気を全身から漲らせる魔導師”の姿がどこにも見当たらない。
しかし、彼の欠席は半ば常識と化しているようで、
呆れたような黒騎士の溜息以外に咎めの叱声が飛ぶような事は無かった。


「話は戻るが、今回の任務は【常闇のジャングル】への遠征だ。
 【マナストーン】なる秘宝を求めた【太母】へ夜討を仕掛ける」
「それについては貴方が動いているのでしたね」
「もちろんです! ワタクシがプロデュースしました、
 ファンキーでいてファンタスティックな愛憎ドラマには
 是非とも期待しておいて欲しいですねェ!」
「………期待か」


自分で自分に拍手を送って騒ぎ立てる道化師と
その騒ぎに乗じていつの間にか愛妻自慢を始めたヒースの喧騒に辟易し、
迷惑そうに顔を顰める“不浄なる烈槍”ライザの様子には
生真面目さを保ってきた黒騎士も思わず苦笑いをこぼした。
しかし、ここで気を緩くしては収集をつけられる者がいなくなる。
まとめ役の矜持が黒騎士をたたき上げ、愉快そうにこぼした笑みを噛み殺させた。


「―――では、そろそろ【太母】の御徴(みしるし)、期待させてもらおうか…?」
「ひょっ! いよいよ例の物が完成したのですかねェ!
 それはそれは楽しみでございますよ!」


フルフェイスの兜の奥底から向けられる窺うような黒騎士の視線へ
「もちろんもちろん!」と心の底から愉快そうに道化師は答えた。


「真の【共産】の樹立には、【太母】の御徴は不可欠。
 くれぐれも抜かりなきように計らってくれ。
 ………盟主を気取る俗物にとっては、いささか見当を外れる【共産】だが、な」






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