「―――でさ、ジェシカのヤツ、どうしても行っちゃうのって縋ってきちゃってさ。
 さすがにあん時ばかりはグラッと来たね。
 一人じゃお兄ちゃんを支えられないなんてか弱く言うもんだから、俺はね、優しく―――」
「はいはいはいはいッ! あんたしゃんののろけばなしはもうおなかいっぱいでち。
 っていうか、はんやもめぐらしのしゃるにたいするちょうせんでちか、それはっ!?
 いいどきょうでち、はりせんちょっぷでへしおってやるでちから、
 そっくびさしだしやがるでち、このへちゃむくれがっ!」
「なんだよ、なんだよ、いいところで。
 クライマックスはこっからなんだぜ?」
「シャルの言う通り、サブイボが出て来てしょうがねぇぜ。
 そんなに恋しいなら、やっぱりお前、船に残ったほうがよかったんじゃねぇか」


さて前段からの下り、次なる目的地へ向かったデュランは、
“オアシス・オブ・ディーン”を出立する前から延々と続くホークアイのノロケ話に、
いい加減、辟易していたところだった。
心配事の一切が砂漠での戦いにおいて断ち切れたホークアイの意気揚々は、
それまで以上に饒舌なものとなっており、その殆どがジェシカとのノロケ話なのだからたまらない。
色恋沙汰には興味の無い(但し最近は変わってきているようだが)デュランと、
半ば夫のヒースと絶縁状態に陥っているシャルロットには毒以外の何物でもないのだから。


「そうはいかないよ。まだみんなの旅は終わっちゃいない。
 みんなが俺のために命を懸けてくれた分、今度は俺が命を懸ける番さ!」


饒舌になったのは、どうやら色恋だけでは無かったようだ。
思っていてもそうそう口に出せないような熱い言葉を正面きって真顔で語られては、
デュランもシャルロットも照れくさそうに顔を見合わせてしまう。
お得意のジョークでなく、紛れも無いホークアイの本心だと理解できるから、なお一層照れくさい。


「そういや、ビルとベン、あの凹凸コンビもたまには役に立つんだな。
 砂漠へぶっ放された時ぁ、あんまり着地点がズレてたもんだから、
 今度もヒヤヒヤだったんだぜ?」


そんな照れくささを掻き消そうと、デュランが無理やり話題をすり替えた。
話題というよりも議題に近いが、ココと砂漠と二度に亘って利用した移動手段…人間砲台についてだ。


「最初は俺らも世話んなってる最寄のオアシスへ落ちる予定だったのに、
 着いてみれば砂漠のド真ん中だもんな。ニアミスも何も合ったもんじゃなく。
 ………そのクセ、“オアシス・オブ・ディーン”へあの砲台引きずってきやがった時のあの笑顔!
 『快適な空の旅はいかがでしたか?』じゃねーっつの!」
「こんかいだってけっかてきにはおーらいになったでちけど、
 けっきょくちゃくちてんからおおはずれになってまちからね。
 ぼん・ぼやじとかってなまえでちたか、あのふたりにほうだいゆずったとんちきやろうのなまえ。
 みつけたらただじゃすまないでち。おなじましーなりーとして、
 のりてのあんぜんをむしするどぐされきかくはゆるすまじでちよっ!」
「う〜ん…、まあ、ニアミスにえらい功名をプレゼントしてもらっちゃった手前、
 あんまし強く言えないのが泣き所だよねぇ…」
「まあな………。こういうお宝は、大抵冒険の末にやっと見つかるもんなのになぁ………」


口に唾して人間砲台【マスドライバーくん弐式・改】への罵詈雑言を並べ立てるデュランたちの手元には
金属の台座を備えたガラス質の玉石がある。
彼らが腰掛けている石質の台座に奉じられていた物だが、
これこそ血眼になって探し求めていた珠玉の結晶、【マナストーン】である。
設定された着地点から大幅にズレて辿り着いた場所が、なんと最終目的地。
デンジャーもスペクタクルも何も無い内に、運よく目的物を入手する事ができたわけだが―――


「もくてきがまえだおしになったからってどうだってんでちか!
 みかたはちりぢり! これからこのうっそうとしたもりをたんさくするなんておち、
 ふんまんやるかたないでちっ!」


―――代償に仲間の着地点が空中分散し、落下がバラバラになってしまっていた。
座標がズレただけなので、それほど遠方へ投げ出されたという事は無い筈だが、
圧し掛かってくるような鬱蒼とした森の中を探索するのは、シャルロットの憤懣通り骨が折れそうだ。
闇夜に月のかかるこの森は【常闇のジャングル】という。
空をも覆い隠すこの森林地帯には滅多に陽の光が差し込まず、文字通り【常闇】に支配されている。
しかも、到着する頃には折り悪く夜の帳が下りてしまっており、
カンテラとか細い満月光だけが足元を照らす道しるべで、いかにも頼りない。


「動かずにジッとしてればいいって。
 いいか、シャル。仲間とはぐれた場合で最も悪いのは、アタフタとあちこち歩き回るコト。
 動き回れば動き回った分だけ、探しに動いてくれてる仲間から遠ざかっちゃうんだぜ」
「そんなことあんたしゃんにいわれなくてもわかってるでちっ! いいからだまってろ、へたれやろうがッ!!」


やる方の無い憤懣をホークアイの右足を踏み抜く事で発散させたシャルロットは
木立のヴェールから微かに映える満月に向かって言葉にもならない金切り声で遠吠えした。


「………? 梟か、何かか?」


ゴロンゴロンとのたうち回るホークアイに苦笑を漏らしていたデュランの目の前で
にわかに木立が揺れ始めた。
この月夜だ。大方、梟が木々を渡って喉を鳴らしているのだろうと
気にも留めず捨て置いたこのざわめきの正体を
デュランが知るのはこれより時間が経過してからだが、
油断せず事前策を案じていれば、と彼は後々になって恨めしく思う事になる。












―――一方、リースを始めとする残り三人と一匹は殆ど変わらない場所へ落下し、
ほどなく合流して他の仲間たちの姿を探すべく、常闇の森を歩き回っていた。


「行けども行けどもケモノ道ねぇ〜! おまけに足場悪くて歩きにくいったらありゃしないわっ!
 あ?〜! なんだってこんな無意味な苦労をしなくちゃなんないのよッ!」


デュランたちと異なり、こちらは油を燃焼させるカンテラではなく、
リースが銀槍の穂先へ宿した、光の精霊【ウィスプ】の放つ輝きを灯りに用いているので、
月光も微かにしか差さないジャングルの只中にあっても十分に遠方まで見通せる。
見通せたからと言って背の高い草や尖りを出す岩々が
進路を妨げる足場が改善されるわけではない。
足場が悪い以上はアンジェラの鬱憤も止まる目処は立っていなかった。


「仕方ありませんよ。
 デュランたちがどこへ落下したかは解りませんが、きっと私たちを探している筈です。
 それならこちらも足を使ってみんなを探さないと」
「リースのその提案だけどさぁ…、
 こーゆー場合、ヘタに動き回らないほうがいいんじゃなかったっけ?」
「デュランも言っていたじゃありませんか。
 まずは動いてみなければ始まらない、と。
 動いて、歩いて、そこから見つけられるもの、あると思います」
「もうアカンで、アンジェラ。
 こうなってもうたリースを止められるんはデュランしかおらへん」


―――待ちに徹しようというホークアイの機転が無ければ、
またしても再発したリースの悪癖が最悪のすれ違いを引き起こしていたのは想像に難くない。


「………だいぶ、安心したみたね?」
「………ライザの事、ですか?」


精霊の輝きに照らされたリースの表情は、以前よりも更に柔らかくなっていた。
【インフェルノ】へ至るまでのリースは、弟を人質に取られているという事もあり、
柔らか物腰の中にも一本張り詰めた糸を巡らせていたが、
今では苛立つアンジェラをホッと落ち着けてくれる、自然な笑顔が宿っている。
張り詰めずにいられるようになったリースの情況が、なによりアンジェラを安堵させてくれた。
仲間が苦しみを気負うさまは、見ていて本当に辛いものだから。


「よかったじゃない。少なくともお姉さんといがみ合う事は無くなったんだからさ。
 ま、大変な問題はまだまだ山積みだけど、ね?」


アンジェラの言葉によって想起されるのは、【インフェルノ】を脱出する直前の出来事。
シャルロットの手にも負えないほどの重体に陥ってしまったイーグルを、
デュランと一緒に駆けつけたライザが癒してくれた時の事。


「際どい所でしたが、これでもう心配はありません。
 あとはゆっくりと静養する事です」


ライザによって回復魔法を施されたイーグルは意識こそ無いものの、
出血は完全に止まり、すっかり引いていた血の気も元に戻っていた。
結局それきり会話らしい会話もできないまま、ライザは立ち去っていったが、
彼女と直接やり取りを交わしたデュランが言うには、
どうやら完全な敵ではなく、むしろこちら側に立ってくれる心強い味方なのだそうだ。
ライザが獅子身中の虫となって潜んでいる内は、エリオットの無事もある程度は保障されるだろう。
弟の安否だけでなく、家族へ敵意を向けなくて済まなくなったのだから、
リースの心に大きな余裕が出来るはずだ。


「【三界同盟】がどんな悪辣な攻撃で猛襲してきても、今なら負ける気がしませんっ」
「その意気、その意気! 自分を付け狙ってくるストーカーなんか、
 こっちからブッ飛ばしちゃえばいいのよッ!」














熾烈なまでにリースが付け狙われる理由も、デュランはライザから聴取していた。


「【三界同盟】の盟主らは【女神】不在の現代を狙い、地上の支配を目論んでいるのです。
 その要となるのがリース様…それゆれ彼らは【太母】とリース様を識別するのです」
「その【太母】って意味が俺にはわからねぇんだ。
 それにリースの弟が人質に取られてる意味もわからないままだしな。
 リースはエリオットの魔力を狙っての事だと推理していたがよ………」
「推理の答えはむしろ裏返した面に刻まれていますよ。
 ………盟主らは【アークウィンド】の血肉を持つリース様との融合を企んでいます」
「融合…だと?」
「種族も常識も異なる三界の盟主が平等に地上を支配するのは容易ではありません。
 枝分かれした支配体制では、いずれ軋轢を招き、地上を滅ぼす大戦にまで発展するでしょう。
 【共産】を理念とする同盟にとって、それは忌避すべき事態です。
 そこで思いついたのは、三柱の威容を一つの絶対に束ねる事。
 完全平等を可能とするには、三界の支配者が融合し、【超神(トリニティ・マグナ)】と化す事」


【超神(トリニティ・マグナ)】…と口の中で反芻するデュラン。
意味合いとしては、文字通りに三界の盟主を一柱の【神】と見立てる物なのだろう。


「そのどこにリースが関係してるってんだ?
 バカがトチ狂うばかりで符号らしいモンが一向に見当たらねぇぜ?」
「リース様は、いわば融合の延長線―――。
 神代の時代、【禁咒】をも封印せしめた【アークウィンド】の血肉を取り込めば、
 精霊を意のままに操り、自然界を屈服させる異能力を吸収すれば、
 たとえ女神が現世に蘇ろうとも圧倒する絶対力になり得るだろう、と」
「………ますますイカレてやがる…!」
「精霊使役の素質で言えばエリオット様にこそ可能性はあるのですが、相手は滅びの先駆者。
 未来の可能性でなく目先のモノにしか価値を見出せていない。
 実に愚かしい事です」
「それじゃまるでエリオットはエサじゃねぇか………」


狂っているとしか思えない所業と思想を聞くにつけ、デュランの背筋へ悪寒が走る。
敵対結社の強大さに怯えているのではなく、
傍目にもうまく行くとは思えない計画を遂行しようとする、極めて独り善がりな視野狭窄が
言い知れぬ恐怖を駆り立てるのだ。
支配者が融合したからと言って、三種もの異なる種族間で通用する立法等の統治体制が
成立するわけではないではないか。
掲げる理念ばかりが高く、その実、目先の物にしか目が行っていない。
まるで足元を見ていない蒙昧な集団が力を有している危うさ、
もしもそれが決壊した場合の恐ろしさを想像する時、背筋へ悪寒が走るのだ。


「………あんた、近くに潜り込んでおきながら、
 指を銜えてそいつを見ていたわけかい?
 あんたほどの戦闘力の持ち主なら、
 エリオットを奪取して逃げおおせる事もできたんじゃねぇのか?」
「………………………」














最後にデュランが口に出した至極当然の疑問には答えず、
ただ曖昧に、複雑そうにライザは微笑を返していたという。


「ライザの真意は解りません。
 もしかしたらその機会を今も虎視眈々と狙っているのかも知れない」
「っていうか、フツーはそうでしょ。デュランが考えナシなのよ。
 三界の盟主…だっけ? そんなヤバイ連中のところから、
 おいそれと簡単に逃げ出せるわけないじゃないの。
 きっとライザさん、エリオットくんを助けるタイミングを計っているんだと思うわ」
「デュランは普段オトナぶってる割に妙なトコロでガキやからな。
 そこまで頭が働かんかったんやろ」


【三界同盟】の目的、【太母】の意味…次々と明らかになっていく謎を思い返し、
気を引き締めなおす面々よりも先を行くケヴィンには、
そんな小難しい話は興味が無いらしく、


「この花の蜜、吸うと、とっても、甘い! みんな、試してみて♪」


尻尾を喜々と揺らしながら、あっちへこっちへと忙しなく駆け巡って道草を満喫していた。


「ケヴィンってば、な〜んか妙にウキウキしてない?」
「可愛らしいじゃないですか。
 あのくらいの男の子はもっともっとはしゃいじゃってもいいくらいです」
「なんと言うても、ここいらは【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の修練場やからな。
 ちょいと昔はワイもケヴィンも、この森で腕を磨いたもんや。
 ………あとリースは鼻血を止めや」


「そうなんですか?」と聞き返すリースの声が弱冠くぐもっているのは、
取り急ぎティッシュを出血の止まらない鼻へ突っ込んでいるからだ。


「【御大将】ちゅーて呼んどる【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の頭領、
 獣人王からワイら皆、この森で手ほどき受けて鍛えられたんや。
 ワイらにとっちゃこの森ぁ魂の故郷みたいなもんやからな。
 ケヴィンのテンションがハイんなってまうのも無理ない話や」
「獣人も修行とかすんのね。ちょっと意外〜」
「持って生まれられんのは身体能力だけや。
 それを磨きに磨いて、修練を積み重ねて強くなっていく。
 そこに人間の強さとどれくらいの違いもあらへん」
「もしかしたら、そうして人間以上に修練を積み重ねるからこそ、
 獣人の皆さんはヒトを遥かに超える力を発揮できるのかも知れませんね」
「嬉しい事言うてくれるやないか、リース。あんさんの言う通りや!」


視界はおろか足場も劣悪な環境下で修行を重ねるとなれば、
なるほど、身体能力を極限まで鍛え上げる事も可能だ。
フィジカル・各種神経系統を同時に限界まで鍛えられる【常闇のジャングル】は、
カールもケヴィンも知りえない事実だが、格闘術ファンの間では【狼の穴】と畏怖され、
獣人が根城にしているという噂が付き従うので、実際に足を踏み入れる人間は少ないものの、
実は有名な修行スポットなのである。
…これは余談の域を出ない駄話だ、が。


『―――あー…、ああー…、…も…もしもし…姫様? 姫様?』


ケヴィンの勧めで花の蜜に舌鼓を打つリースへ「ティッシュ、代えないと、もう真っ赤よ」と
呆れたように促していたアンジェラの胸ポケットで【モバイル】が着信をキャッチして
ピカピカと燐光した。
取り出してみると、案の定、映し出されたのはヴィクターの顔。
しかし様子がおかしい。ひどく狼狽しているようだ。


『どうしたっていうんですか、さっきからずっとコールしてたのに!』
「森ん中だから交信が届きにくいのよ。あんたの声だって、今も途切れ途切れなのよ?」


ヴィクターの調査によって【マナストーン】と思しき結晶体が
【常闇のジャングル】に安置されていると知り、
【マスドライバーくん弐式・改】で急行してからおよそ数時間、
調査レポートを最後に交信の途絶えていた原因は、鬱蒼と茂った木立の屋根が
魔力を遮蔽していたからと考えられる。


『そんなことより! 大変な事になってるんですってばっ!』
「―――あ! ごめん、ヴィクター、キャッチ入っちゃったみたい」
『えぇ? あ―――』


【モバイル】に取り付けられたチャンネル灯の一つが点滅を始めた。
着信が複数入った場合、交信するチャンネルを選択できるのが【モバイル】の特徴だ。
焦ったようなヴィクターを隅に置き、着信相手を確認せずに応答に出ると、


『おう、元気かッ!?』


飛び込んできたのはマサルの野太いバカ笑いだった。
三手に分かれた【草薙カッツバルゲルズ】には、
それぞれ連絡用に【モバイル】がヴィクターから配布されており、
日に一度、状況を報せ合っているのだが、マサルの場合は私用ばかり。
日に一度どころか何度もくだらない世間話をするべく交信してくるのだ。


「なによ? なんかあったわけ―――なんて聞かなくても、
 どーせくっだらない土産話なんでしょうけどね…。
 プリム、だいぶお冠だったわよ? 次にくだらない用件で交信してきたらズッ殺すって。
 あんた、せめて相手選んで与太話しなさいな」
『かっかっか、スリルを味わわずに与太話ができるかってんだ。
 おう、それより聞いてくれよ、
 こないだルクレチアっつー国へ行ってみたんだけどさ、
 そこで武道大会なんてもんが開かれててな』
「―――あ、キャッチだわ。あとでかけ直してくれる?」
『えぇーッ!? いいじゃねぇか、無視しろよ! それよりさ俺のアロハリ―――』


本当に与太話になってきたところでタイミングよく別の着信が入り、
これ幸いにとマサルが喋り続けるのを無視してチャンネルを切り替えた。
ただでさえストレスが溜まっているというのに、これ以上バカには付き合って入られない。


『貴女たち、一体何をやらかしたのよっ!?』
「………いきなりご挨拶じゃないの。人を犯罪者扱いしないでくれる?」

とりあえずマサルからチャンネルを切り替えるのが目的だったため、
アンジェラはまたしても着信の相手を確認せずにキャッチへ応じたのだが、
切り替えるや否や頭ごなしにどやしつけられた。
着信と同時に眉間に青スジを走らせて叱責するのはプリムだった。
別行動を取っている人間にどうしてそこまで叱られる理由があるのか、
アンジェラには皆目見当もつかないが、どうもすさまじい剣幕でご立腹の様子だ。


『自分らがどういう状況に置かれてるか、解っていないのかしらッ?
 ああーッ、【ジェマの騎士】の仲間にはあるまじきスキャンダルだと言うのに!』
「ちょっと落ち着きなさいってば。
 何? ホークとイーグルの間に同性愛説でもフォーカスされたわけ?」
『指名手配とゴシップを一緒にできる貴女の神経が羨ましいわよ…!』
「―――指名手配ッ!? あたしたちがッ!?」


不穏な言葉を叫んだアンジェラを、緊張した面持ちでリースたちが振り返った。
【モバイル】の向こう側ではプリムが頭を掻き毟って「信じられない」と吐き捨てている。
いよいよ只事ではない。


「ちょっと待ってください! それは何かの間違いではないですかっ!?
 私たちが指名手配を受けるような悪事を働くわけがないじゃないですかっ!」
『そんなのこっちが聞きたいわよ! しかも最悪なのは!
 【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】直々の指名手配申請というところッ!』
「「「「【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】ッ!?」」」」

【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】と言えば、
獣人らによって構成される世界規模の自警団―――という周知の事実は改めて説明するまでもない。
何を隠そう指名手配犯と目される【チーム・デュラン】には、
【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】で八番組長を務めるケヴィンが所属しているのだから。


「オイラ、そんな報告、受けてないッ!」
「せや! 第一、組長クラスのケヴィンが身分を保証するチームに
 指名手配の嫌疑がかかるわけが―――」


思いがけないプリムからの報告に最も驚愕したのも、
【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の一員であるケヴィンとカールだった。
詳細な罪状等を確認しようと【モバイル】へ詰め寄ろうとしたその時―――





ルゥオオオオオオオオォォォォォォォォォ………―――






遠く、けれどこのジャングルのどこかから、猛獣の雄叫びが上がった。
離れたここからでも十分に感じられるほど、雄叫びには痛いくらいの闘気と殺気が満ち満ちており、
耳にする者全ての心臓を威圧感で鷲?みにする。


「なッ、なに、今のッ!?」
「まるで、死肉を嗅ぎ分けた野獣の咆哮のような…っ!?」
「リースの例えは、言いえてビンゴっちゅうトコロやな………。
 雄叫びで【モバイル】の交信が…魔力が打ち消されたんがええ証拠や…ッ!」


アンジェラが手に汗して握る【モバイル】には、既にプリムの怒り顔は映されていない。
無機質な表面には、冷や汗を玉に結ばせるケヴィンとカールの緊張した面持ち。


「【モバイル】が途切れたのは、魔力の通信状況が悪いからじゃ………」
「今のは、【イナーシャルキャンセラー】ッ!!
 魔力を、咆哮で打ち消す、【獣人義由群(ビースト・フリーダム)】特有の気合技ッ!!」
「………ケヴィンとカールの仰る通りなら、今、私たちは………ッ!」


緊張が走る中、【モバイル】が着信アラームを鳴り響かせた。
リースの言葉を受けて周囲を警戒しながら、またも相手を確認せずに応答すると、
用件の途中で一方的に切られたヴィクターが不服げな表情を現した。


『あー、やっと通じたッ! もしもし姫様!? 姫様たち、大変な事になっちゃってますよ!?
 なんで指名手配なんか―――』
「うっさい! あんたに付き合ってる暇は無いってのッ!!」


間が悪いと言うか、何と言うか、今度もヴィクターは一方的に通信を打ち切られ、
それを合図に、気配を消して三人と一匹を包囲していた獣人たちが
木々の影から、草むらから、一斉に牙を剥いて襲い掛かった。






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