「まだ保っていたか、ケヴィン…。
そろそろ力尽きる頃と踏んでいたのだがな…ッ」
「それは、こっちのセリフ。そっちこそ、年寄りの冷や水」
「フン、生意気を言ってくれるわ…ッ!」
【常闇のジャングル】へ未曾有の大破壊を撒き散らす親子の爆闘にも
決着の刻限が近付きつつあった。
風光明媚な自然はメチャクチャに暴れ狂った黄金の奔流によって
緑のカーペットを剥ぎ取られた荒野へと一変し、闘いの激しさを物語っている。
「初めて貴様が【アグレッシブビースト】を発動させた時を覚えているか?」
「………忘れたりなんか、するもんか。
オイラに、二度と、あんな事させないために、カール、ずっと、一緒にいるんだから」
「抑えきれぬ闘争本能に心を食われ、暴走し、
修行地だったバストゥーク山の景観を崩壊させる程に荒れ狂った貴様が、
よくもコントロールしておるようだな………」
「…それも、全部、外へ飛び出して、手に入れた、チカラッ!
破壊するチカラ、受け止めて、それでも前へ進もうとする、チカラなんだッ!!」
「それは、【アークウィンド】の娘から受け取った力か?」
「リースだけじゃ、ないっ!
誰かのため、一所懸命になれる、師匠やホークからも、教えてもらったッ!
誰かを護るために、魂を燃やす事ッ!
それは、荒れ狂う暴力をも、コントロールできる、なにより強い意志ッ!!
アンジェラには―――」
「―――アンジェラ? 【アルテナ】の残滓から何を学ぶと言うのだ?
利己を侵害するか弱い芽を踏みにじり、屈服させる支配の枢軸の申し子だぞ?
人の痛み知らぬ者に何を学ぶというのだ?」
「そうよ。あたしは人の痛みも知らなかった、
どこまでもバカな、支配の枢軸の申し子よ」
破壊の野獣と化した親子の会話へ割って入ったのは、
話題に上がったばかりの【アルテナ】の娘、アンジェラだ。
二人の激闘へ追いすがってきたアンジェラとカールが、ようやく追い付いたのだ。
「指名手配を受ける原因になった乱闘事件だって、全部あたし一人が悪いのよ。
気に食わなければ、周りの迷惑も考えずにすぐ暴れてメチャクチャにする。
そのクセ、都合が悪くなったら親の七光りを笠に着る、典型的なクズ女ね」
目の前に立つだけで押しつぶされそうな獣人王の威圧感にも怯むことなく、
強い意志を持ってアンジェラは語り続けた。
「リースが【ローラント】の生き残りだって知った時、
あたし、何て言ったと思います?
周りが『お前の態度は無神経だ』って怒ってる中、
リースの気にしなくていいって言葉にすっかり気分を良くして、
【アルテナ】の侵攻なんて親の代の事。あたしには関係ないって笑ったんですよ。
どうせリースも昔の事なんか忘れてるだろうって」
「………………………」
「それから旅をしていく中で、あの子が不条理を許せない正義感の原点が、
【アルテナ】の侵攻にあると気付きました。
………あの子の中では、あの侵攻は昔の事なんかじゃなかった。
傷付けられた人間からすれば、それは当たり前ですよね。
気にしなくていいとは言ってくれたけど、本当は今でも恨み続けてるかもしれない」
アンジェラの独白へ聞き入る親子は、いつしか【アグレッシブビースト】を解いていた。
闘気を霧散させて、じっと聞き入っている。
「………だから?」
「えっ?」
「だから、貴様は何が言いたいのだ? 回りくどい言葉で煙に巻こうと言うのか?」
「違いますッ!!」
揺さぶりをかけるような獣人王にかけられたあらぬ疑いを、
アンジェラは毅然と否定した。
「これまでのあたしは自分の犯した罪を罪とも思わない最低人間でした。
リースと旅するまで、傷付けられた側の痛みを考えた事もなかった。
………でも…、でもッ、これからは違いますっ!」
リースだけではなく、同年代の仲間たちとの交流を経て、
アンジェラはこれまで何も感じる事のなかった、
“傷つけた相手の気持ち”を考えられるようになっていたのだ。
気が付けば、その想いの全てを吐き出していた。
「色々な人に迷惑をかけた償いは必ずしますッ!
もちろん【アルテナ】の姫としてでなく、アンジェラという一人の人間としてッ!
でも、どうか、お願いします! 今だけは猶予を与えてくださいッ!!」
「………………………」
「リースが、私の大切な仲間が、今、大変な情況にあるんです。
唯一残った弟さんを悪い連中に攫われて、その子を助ける旅をしています!
その間だけでもいい。全てが終わって、リースに本当の笑顔が戻ったなら、
その時は素直に出頭します。約束しますッ! だからどうか―――」
「―――もう、いいんです、アンジェラ」
必死に頭を下げ続けるアンジェラを誰かが…リースが、後ろから抱き締めた。
「でも、リース………」
「………いいんですよ、アンジェラ」
と、もう一度繰り返す瞳からは大粒の涙が伝っていた。
「感動的なスピーチに水差すようで悪いんだけどな、
今回の一件はこいつらの狂言だったんだよ」
「狂言って………」
「ど、どういうこっちゃっ!? 御大将、わかるように説明したってくださいッ!!」
「フンッ! 猿芝居と言ったら猿芝居なのだッ!!」
そっぽを向いてしまった獣人王に成り代わり、
リースと共に死闘の場へ到着したデュランが、
情況を理解できずに混乱するアンジェラやケヴィン、カールの三者へ
ルガーから聞き出した事件の真相を説明してやる。
「―――それってつまり、狂言ってわけ?」
「だからそう言ってんだろ」
アンジェラが呆然となった“それ”を要約するならば、今度の一件はまさしく【狂言】。
【三界同盟】の脅威を察知した【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】が
独自に調べを開始したところ、捜査線上に【草薙カッツバルゲルズ】が浮上した。
伝説の英雄【ジェマの騎士】を母体としているとはいえ、
一大結社を向こうに回すにしてはあまりに戦力が頼りない。
しかし、ケヴィンが【アグレッシブビースト】を完全に制御できるようになれば、どうか?
膨大な数の手勢をも覆す切り札になるのは間違いない。
そこで獣人王が思いついた妙案が、今回の狂言。
既に時効となっている過去の前科を取り上げ、具体的にケヴィンたちを追い詰める事で、
荒修行ではあるが、戦闘力の向上と【アグレッシブビースト】制御を試みるという一計を
案じたわけである。
「あのピエロを招きいれたのも、それじゃ………」
「無論、捜査の一環だ。
油断を誘って【三界同盟】の機密を探ってやろうと考えたのだが、なかなか手強い。
のらりくらりとしているようで、我らの探り、全て躱されてしまったわ」
とデュランの説明を補足するのは、負傷を押して駆けつけたルガー本人。
一行に打ちのめされた獣人たちも続々と集結し始めていた。
『………【ジェマの騎士】が人を謀るなんて、そりゃ躊躇もあったけど、
彼らの言う通り、私たちの現在の戦力では厳しいのも確かだから』
『内心ビクビクでしたよ。
最初に【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】から
今回の狂言を持ちかけられた時は………』
事件の終息を見計らったかのようにプリムとヴィクターからフォローの着信が入り、
アンジェラはますます脱力してしまった。
………その合間に再びマサルから愚にもつかない駄話が入り、
即座に通信を切った事も、蛇足ながら付け加えておく。
「それじゃあたしのやった事は、全部取り腰苦労だったってわけ………」
全ての謎が明らかになった今、
誰よりも疲労に打ちのめされているのはアンジェラに他ならない。
慣れない事にあれだけ全力を尽くしたのだから、それも一入だ。
「無駄でなんかありませんよ」
がっくりと崩れ落ちてしまったアンジェラを癒してくれるのは
リースの柔らかな微笑だ。
(やっと肩を並べられる距離まで来れたのかな…)
我ながら単純とは思いつつも、これまで以上に近付いた距離へ
喜びを隠せないアンジェラだったが、
そんな彼女を、獣人王は冷ややかに切り捨てた。
「フン………、もう少し骨のある者と踏んでおったのだが、
見込み違いであったかも知れんわい…ッ」
「自分の罪を認めて謝れるのは素晴らしい事ではないですか。
アンジェラは十分に立派だと思いますっ」
「謝れば済むと結論付けてしまうだけでは、
真に他者の痛み知る者とは言えぬ…という事だ。
世界の未来を示唆する立場にある者ならば、なおさらよ」
「それってどういう意味ですか………?」
「………答えなど他者に求める者ではない」
それきり口を結んでしまった獣人王の言葉が意味する物とは何なのか………
今はまだ言葉の意味を模索する事なく、
喜びを害されて憮然と頬を膨らませるだけのアンジェラへ、
理解へ至る“いつか”の前途を照らすような優しげな月光が【常闇のジャングル】へ差し込ん―――
「―――お、おいッ!? ありゃあなんだッ!?」
―――一本のエピソードを締めくくるには、これ以上ないくらいに最高の月明かりだったが、
どうやら気まぐれな舞台演出家は、この劇に更なる登場人物と事件を
付け加えさせたいらしい。
「くそッ!! まずいぞ、完全に囲まれていやがるッ!!」
一同を取り囲むように円を作って襲い掛かるのは、月夜を焦がす紅蓮の劫火。
気配さえ感じる間もなく出火し、森林を嘗めながら延焼する灼熱の炎に
一分の逃げ場もなく完全に包囲されていた。
「消化作業だったらあたしに任せておきなさいよッ!
こんな炎くらい、簡単に消してやるわッ!!」
「私もお手伝いします!
アンジェラと二人でかかればこんな炎、すぐに鎮火できますっ!!」
リースと二人がかりの魔力でもって水の精霊【ウンディーネ】の力を増幅し、
柴焼く劫火を消火しようと詠唱を始めたアンジェラの前に一つの影が
上空から舞い降りた。
「………え………」
このタイミングで登場するからには、焼き討ちをかけてきた張本人に違いない。
ともすれば【三界同盟】の下僕。あるいは【セクンダディ】の最後の一人か。
果たしてその読みは辺り、紅蓮のマントを翻す影の胸元には、
不倶戴天の【トリコロール】が刻まれていた。
「………チッ………、
まさか直接顔を突き合わせる事になるとはな………。
………これじゃあまるでヒース夫婦ん時の二の舞だ………ッ!」
「な、なんで…どうし…て………」
「………モタモタやっていないでさっさと逃げていれば良いものを、
お陰で殺し合いやる相手の顔を見せてしまったじゃないか。
………相変わらずのドン亀だな、アンジェラ」
「―――ブライアン………………」
不意の邂逅を果たした影は、見慣れぬ紅蓮のマントを羽織ってはいるものの、
アンジェラにとって見覚えのある―――いや、見覚えどころか誰より一番親しい者。
【極光霧繭】での通信を最後に姿を見せていなかった、
ブライアン・ドゥルーズその人だった。
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