「お! 来た来た! 遅いぞ兄ちゃんたちぃ〜!」
「こっちだ、こっちッ! って、なんで眼ぇそらしてんだよ?」
「………………………」
「少し見ない間に頭脳だけでなく耳まで耄碌したのかしら?」
「………………………」
「あれはお前たちの仲間だろう? なぜ返事をしてやらないのだ?」
「………他人のフリしてんだよッ!」


呼ぶ声に対して何の反応も返さないデュランらにルガーは怪訝そうに首を傾げるが、
他人のフリを決め込みたくなるのも無理はない。


「ホレ! ホレ見ろッ! コイツが俺らの目印よォッ!!」


周りの人々の迷惑も顧みず、大きな大きな旗が風に吹かれて翻っている。
ヘタクソな三振りの剣のイラストと【草薙カッツバルゲルズ】というチーム名が染め抜かれた赤地の旗だ。
それを恍惚な笑顔で振り回しているのは、旗の大きさ以上に迷惑な男、
マサル・フランカー・タカマガハラである。


「………確かに他人のフリを決め込みたくなるのも頷けるな」
「つーか【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】で
 あいつをしょっぴいちゃくれねぇか? 歩く公害ってコトで一つ」


天下の往来で「なにシケた顔してんだよ、デュラン〜!」などと
大声で名前を呼ばれるデュランに同情をしながら、
ルガーはこれからあの男とも共闘しなければならないのだという現実に
哀愁の溜息を吐き捨てた。













【アルテナ】や【フォルセナ】といった強豪列国へ発言権が集中するなかにあって
誇りある独立を保つ永世中立国【ガルディア】。
【フォルセナ】には今一歩及ばないまでも騎士の国として確固たる兵力を保有しており、
それが自主独立の支柱となっている。
また、同じ騎士の国でありながら【フォルセナ】と【ガルディア】が大きく異なる点は
剣の切っ先を向ける方向性にある。
【アルテナ】より令旨が下されればその尖兵となって動く“番犬”【フォルセナ】と違い、
【ガルディア】はあくまで自衛のための兵力と定義づけている。
それだけに国民の気質は穏やかで、恵まれた資源を背景に恒久の平和を享受していた。


「方々…これより軍議を執り行うッ」


その城下町に敷かれている【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】屯所の会議室にて
対【三界同盟】の軍議が始まろうとしていた。
そもそもはリースを巡る【草薙カッツバルゲルズ】側の防衛戦に火蓋を切られた戦いだったが、
三界の武力の集中という事態を重く見た獣人王の英断により、
ここに異形の者どもを打ち払うべく【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の参画が決定されたのだ。
それが証拠に、【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】と【草薙カッツバルゲルズ】双方の旗が
上座にて交差するように掲げられている。


「状況は説明した通り、至ってシンプルだ。
 【三界同盟】を名乗る連中は、
 リースをワケのわからない儀式の生贄に使おうと攻撃を仕掛けてきてる。
 しかもリースの弟をエサに取るなんて卑怯なやり方でな。
 俺たちは今のところそれを防戦する側に回ってるって按配だ」


自分たちの置かれた情況を懇切丁寧に説明するのは、
【草薙カッツバルゲルズ】随一の頭脳派であるホークアイの務めだ。


「【旧人類(ルーインドサピエンス)】の遺産を、
 【マナストーン】を求める理由はどこにあるのだ?」


【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】八番組伍長として
組長ケヴィンを支える知恵者、ルガーがホークアイの説明に対して質問を返した。


「光の大神官ことルサの婆さんに言われてね。
 リースの弟がいる“ヒトの手が届く事のない彼方”とやらへ辿り着くには
 【マナストーン】が必要不可欠みたいでさ。
 それで西へ東へエンヤコラサと駆けずり回ってたってわけ」
「“ヒトの手が届く事のない彼方”………つまりその場所こそが………」
「ああ、【三界同盟】の総本山に違いない」
「“ヒトの手が届く事のない彼方”へたどり着く鍵が【マナストーン】ならば、
 それは一種の転送装置と考えるべきか」
「いえ、僕は違うと思います。
 これまで得てきた情報を統合して考えるに、
 【マナストーン】は直接あの者たちの根城へ辿りつくためのフリーパスじゃなく、
 根城ごと根絶せしめる戦力の事なのではないかと」
「ほう………」


鋭い推理で獣人王に感嘆の溜息を吐かせたのは、【ジェマの騎士】ランディだ。
直接戦闘よりも智謀に長じる戦上手のランディが推理するにはこうだ。


「僕らもこれまで【マナ】にまつわる伝承を各地で見聞きしてきました。
 【グレイテスト・バレー】を想像してもらうとわかりやすいのですが、
 あれは【マナストーン】の暴走が引き起こした断層と言われています。
 もちろん真偽のほどはわかりません。
 わかりませんが、現物として【マナストーン】が存在する以上、信憑性は極めて高い」
「暴走が引き起こした断層という事は今ので立証されたが、
 しかし、どうして暴走を引き起こした?
 【マナストーン】の用途は判然としてはおらんぞ?」
「まーまー、そう焦るなって。そいつをこれから説明しようってんじゃないか。
 なあ、ランディ?」


ルガーの鋭い指摘をホークアイとランディが受けて立つ。
いつしかディスカッションの様相を呈してきた軍議の動向を獣人王は
愉快そうに口元を崩して見守っていた。
漫然と情報の申し送りをするでなく、こうして意見を戦わせる事が
最良の成果を生み出すと武人として生きてきた彼は知っているからだ。


「特定の魔力を込めた結晶石がありますよね?
 使い捨てではありますが、発動させれば封じ込められた魔力を
 誰でも簡単に扱えるソーサリーアイテムの一つです。
 僕は【マナストーン】とは、その結晶石の延長線上にあるモノと仮説しています」
「それはいかにも安直ではないか?
 固定された魔力が暴走したところで大地に断層を刻む程の破壊を生み出すとは思えん。
 よしんば建造物を吹き飛ばせてもな。
 結晶石に込められる魔力のエネルギー値は、
 指向の固定という規約上、大いに限定されるのだからな。
 大破壊を生み出す膨大な魔力を制御するなどヒトの業には不可能ではないだろうか」
「だから『延長線上』なんだって。
 【マナストーン】が持つ魔力の方向性は一定じゃないんだな、これが」
「まさか!」
「そのまさかだよ。
 例えば俺の彼女、ジェシカって言うんだけど、こいつがとっても可愛くってさ。
 普段ツンケンしてるくせに、ちょっと頭撫でてやればデレッと、
 こう、しだれかかってきちゃってさ〜」
「………何の話してんですか」


意図せず脱線(しかもノロケ)し始めたホークアイは、
ランディに脇を肘で小突かれた事でようやく自分の失敗に気付き、
気まずそうにコホンと咳払い一つで仕切り直しにかかった。


「―――失敬失敬。今のは蛇足だ。
 俺が何が言いたいかって言うとだな、
 ジェシカは最近まで魔族の呪いにかかってたんだ。
 俺はそいつを新種の奇病と勘違いして治療法を探し回ってたんだけど、
 そんな時に今の仲間たちに出会って言われたんだ」
「【マナストーン】は、ヒトも精霊も超えた、【女神】に等しい魔力を秘めた代物。
 きっと奇病とやらも治療できる………概ねこんなところでしたよね?」
「さすがランディ、合いの手もバッチシだ。
 そこから推察するに【マナストーン】は多種多様に使い分けできる、
 それこそ【女神】の魔力に匹敵するモンじゃないかってさ」
「そこまで膨大で、かつ方向性が多岐に亘る魔力なら、
 暴走時の破壊力は、相反する属性同士の炸裂と相まって
 想像を絶すると思いませんか?」
「………今、地上に生命が根付いているのが嘘に思えるような仮設だな」
「でも、信じるに足りる仮説だと思うぜ?」






(…さっきから何言ってんだ、こいつら…いつまでチンタラこんなコトやってなくちゃならねぇんだよ…)






熱弁を振るうホークアイとランディの隣では、
いつしか【草薙カッツバルゲルズ】のリーダーを任されていたデュランが
退屈そうに欠伸を噛み殺している。
直接戦闘となれば誰よりも勇猛に立ち回るデュランだが、
こうしたブリーフィングには自慢の腕を振るう機会も無く、退屈極まりない。
戦況をどうのと机上で空論しても実戦で役立てられるかと言えば、
必ずしもそうとは限らない。
実戦の場にて、自分の目で見て、動いてこそ勝機は見えると考えるからだ。


「…【マナ】談義も結構だけどよ、
 作戦会議なら作戦会議らしく、どう攻め込むかとか考えようぜ?」


退屈な通過儀礼をさっさと切り上げるべく
結論を急かしたのが痛恨の失敗だった。


「何言ってるんですか、デュランさん!
 現状の検証無しに緻密な戦略を立てる事はできませんっ!」
「かーっ! これだから猛進バカの猪野郎は困るんだよなぁ〜。
 第一、俺らはヤツらの総本山もわかってないんだぞ?
 それでどうやって攻め込む算段つけろってんだよ。
 まずは地道に一歩ずつ固めていく時でしょうが、今は」
「二人の言う通りだ!
 お前も【草薙カッツバルゲルズ】のリーダーらしく、
 発言に責任を持ってもらわねば困るな!」


弁の立たない人間が慣れない事はすべきではない。
三者三様の痛罵を招いた自分の軽率さに愕然となったデュランは
今後二度とこの三人を前に口出しするのはやめようと
溜息まじりに心に誓うのだった。













「―――新たな特務が下された」

深淵の闇を称える石室に珍しく全員集結した【セクンダディ】を見渡し、
黒耀の騎士が直々に三盟主から下された任務を説明する。


「本日、【フォルセナ】に並ぶとされる騎士国【ガルディア】にて、
 王女の結婚披露式典が執り行われる」
「ほう…、つまりはニンゲン共の下卑た催しを
 我らでもって壊滅せしめる、というわけだな?」
「ニンゲン共め………ッ! 不覚を取った例は億倍にして返してくれるぞ…ッ!!」


戦線復帰した美獣と邪眼の伯爵は早くもいきり立っている。
前回期した惨敗をこのまま捨て置くのは、
ニンゲンを下等種と見下す【支配階級魔族(サタン)】のプライドが許さないのだ。


「両名ともに逸るな。
 我らの任務は式典後に用意されている祝賀パレードと、
 それに付帯する国民たちの祭りにあるのだ」
「………回りくどい言い方をするな。
 要はその祭りを焼き討ちにし、腐敗した【社会】への征圧の狼煙と―――」
「紅蓮の魔導師、卿は功を焦る人間ではあるまい。説明は最後まで聞くものだ。
 我らの目的は破壊活動ではなく、あくまでも視察だ」
「「「―――視察?」」」
「早い話が、祭りで遊んでこい、という事だ」


今にも石室から飛び出して行きそうな二人を制した黒騎士が継いだ二の句には
絡まりあう蛇も、紅蓮の魔導師…ブライアンも唖然としたまま硬直してしまった。


「いい〜じゃあ〜りませんか。お祭り! 露店! 祭囃子ッ!
 公務で遊べるなんて、今時、【三界同盟】くらいのモノですよぉ♪」
「残念だったな、死を喰らう男よ。
 卿は私とここに残り、………例のモノの最終調整をしてもらう」
「むひょッ!? そんな殺生な………」


思いも寄らない任務に誰より乗り気の道化師だったが、
【例のモノ】とやらの存在のために、にべもなくヌカ喜びへ塗り替えられてしまった。
がっくりと肩を落とす道化師を端へ押しやり、ヒースが何か木箱を皆の前に提示する。


「なお、今回の任務のためのユニフォームが盟主から特別支給されています」


木箱の中にはその特別ユニフォームが納められているのだろう。
勿体つけたように僅かずつ開けられていく木箱の蓋の向こう側を覗き込むと―――


「………これは、なんだ? 見た事も無い衣服だが?」
「これは“浴衣”と言います」
「「「―――ユカタ?」」」
「極東の島国に昔から伝わる、祭りのためだけに誂えられた衣服ですよ。
 艶やかな模様が素敵でしょう? 技巧の伝統ならではの民俗芸能ですね。
 そもそも浴衣の歴史を紐解きますと、【マナ】の先史には―――」
「―――今回の任務に就く者を確認するッ!!」


わざとらしく咳払いしてヒースの熱弁を堰き止めた黒騎士によって、
【ガルディア】視察の任務へ就く【セクンダディ】への申し送りが始まった。


「美獣と邪眼の伯爵。
 卿らは傷も癒えきっておらぬ。大事なきよう、努々気を配る事」
「視察に何の気遣いが必要か」
「浴衣か………、私のためにあるような衣ではないか」
「紅蓮の魔導師。
 【アルテナ】の王女との因縁もあるだろうが、
 くれぐれも迂闊な行動は自重して欲しい」
「大きなお世話だ。
 ………それよりも、この浴衣という物は必ず着なければならないのか?
 こんなヒラヒラしたモノ、俺は死んでもゴメンだからな」
「そして、堕ちた聖者。
 卿はまとめ役のようで最も危うい。
 重ねて繰り返すが、羽目を外さぬようにな。いいか、羽目を外すなよ」
「はっはっは…、だいぶ信用を損なっているようですね」
「―――以上だ。方々、抜かり無きように」
「………ひょ?
 ワタクシは居残りとして、不浄なる烈槍サマはどうなさるのです?」
「あ、私は今日、半休です。
 このブリーフィングが終わり次第、休暇に入らせていただきます」
「そういう事だ。任務に気を張るのも重要だが、骨休めも大切だぞ」
「………遊び半分の任務のどこに気を張れと言うんだ………」


たまに気まぐれでブリーフィングへ参加してみれば、このグダグダ感だ。
厳かな石室の雰囲気を見事に粉砕してくれる任務のバカらしさへ
ブライアンは聞こえよがしの溜息を吐き捨てた。






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