【ガルディア】の屯所に程近い場所に【草薙カッツバルゲルズ】は宿を取り、
ここを拠点に買出しや情報収集に繰り出していた。
今はみな出払っており、部屋の中はシンと静まり返っている。


「…コホ…コホ…っ」


静まり返った響くのは、濡れタオルを額に乗せたリースの咳だけだ。
各地に散らばって行動していた【草薙カッツバルゲルズ】が
ひとまずの集合地に【ガルディア】を選んだのは全くの偶然だが、
【常闇のジャングル】からそれほど遠くない場所に決定されたのは
リースにとって何よりの幸いだった。
これまで連戦に次ぐ連戦で体力的にも消耗していたのだろう。
【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の面々を伴って【ガルディア】へ
進路を向けた頃、リースは体調を崩してしまい、
城下町へ到着する頃には完全に風邪を引いてしまっていた。






(………情けない話です………)






しばらくはこの町に逗留すると決まっていたので、
足止めという形で仲間たちに迷惑をかける事にはならなかったが、
それでもリースは申し訳ない気持ちになってしまって仕方が無い。
ベッドに寝付いてから二日が経過しているが、
その間にも入れ替わり立ち代り仲間たちがお見舞いの品を片手に様子を見に来てくれる。
お見舞いの品に至ってはいつの間にやら『誰がリースに一番よい物を贈れるか』を
競い合う勝負事までに発展しており、
いまやベッドサイドは大量のヌイグルミやフルーツの盛り合わせ等に占拠されている。
………さすがにマサルが持参してきたマグロまるまる一匹は固く辞退したが。



(みんなに迷惑ばかりかけてしまって………)



嬉しさや感謝は言い表せないくらいに大きいが、
それよりもこの大事な時期に体調を崩してしまった不甲斐なさに自責を禁じえない。
体調を崩している時の人間は何事も弱気な方向へ考えが向かうもので、
リースもご他聞に漏れず、自責の念へ後悔の念へ埋もれていってしまう。


「おう、少しは良くなったか? ………って、えらいシケた顔してるな」
「あ…、デュラン………」


コンコン、とノックする音が聴こえたかと思うと、
返事を待つ事なくデュランがドアを空けて部屋へ入ってきた。
ダウナーな考えに沈んでしまっていたリースに負けじ劣らず、
ようやく軍議から解放されたデュランの顔も憔悴し切っている。


「デュランこそ、なんだかお疲れの様子です。
 軍議がうまく行かなかったのですか?」
「うまくもなにも、ホークとランディがいりゃあ他に誰もいらねぇよ。
 俺がちょっと口を出しただけで、
 あいつら、理論武装でもって論破しにかかってきやがる。
 俺は飾り物かっつの」
「………デュランがヘンに議論のコシを折ったからではないのですか?」
「………なんでわかんだよ」
「あなたの人となりを知れば、それくらい想像つきますよ」
「ランディはともかく、
 ホークには“それくらい”ってヤツを把握しといて欲しかったぜ。
 きちんと解ってりゃ、俺が話のコシ折っても目くじら立てなかっただろうに」


辟易した様子で頭を掻くデュランの愚痴へ、リースは微笑ましそうに耳を傾けていた。
【草薙カッツバルゲルズ】の皆がプレゼント合戦に興じる渦中にあって
デュランは一度もそれに参加する事は無かった。
慎ましいリースの人となりからして、大仰にお見舞いの品など持参すれば
かえって恐縮させてしまうだろうと理解していたからだ。
だから、持ってくるとすれば身一つ。
熱の辛さを減少させてくれるデュランの世間話は、
慎ましいリースには何より一番嬉しいお見舞いの品だった。


「なんだか町中が騒がしいですね」
「よくは知らねぇが、どうも今日はこの国の王女の結婚式典があるみたいだぜ」
「そうなんですかっ」


窓から眺める往来に並々ならない華々しさと喧騒を感じていたリースは、
結婚式典という言葉で深く得心がついたようで、何度も頷いてみせた。
【ジャド】や【ウェンデル】など活気に満ちた町はこれまで幾つも経過してきたが、
【ガルディア】ほど興奮の坩堝にある町は初めてだった。
しかし、なるほど、結婚式典なら国中を挙げて盛況となるはずだ。


「夕暮れには、馬車に乗って城下町を一回りするパレードもあるらしいぜ」
「それはぜひとも見たいですっ」
「………お前、風邪は?」
「風邪菌さんもその間だけは、きっと、待ってくれるはずですっ」
「なにわけのわかんねぇ事言ってんだよ………」
「だって結婚式ですよっ。素敵じゃないですかっ。
 女の子にとって永遠の夢です〜」
「夢、ねぇ………」


瞳を輝かせて興奮するリースにデュランはたまらず苦笑を漏らした。
彼の妹も『結婚』や『恋愛』の名が付く物には嬉々として飛びつくクチだが、
考えてみればリースも年頃の少女。そうした物に興味があってもおかしくない。


「さっき計った時、熱は何℃あった?」
「………38℃………」
「はい、永遠の夢、終了ー。
 お前はここで安静にしてろ。パレードを見るなんて無理だ」
「そ、そんなっ! ひどいですっ、デュランのド鬼畜っ!」
「ド鬼畜って………」
「シャルに教わりました。
 デュランがひどい事してきたら、ド鬼畜と言いなさいって」
「………多分な、“ひどい事”の意味がすれ違ってるぞ、お前。
 シャルロットが言いたいのは、もっとこう肉食的っつーか…」
「肉食的…って、どういう意味ですか?」
「劣情の赴くままにっつーか………」
「………?」
「あー、もーッ、いいから寝ろ、お前はッ!」
「あう………、デュランはやっぱりド鬼畜です………」
「お前、それ、絶対に他のヤツらがいる前で言うなよッ!?」


色々な意味で説明が八方塞になってきたデュランは、
理解に苦しみ小首を傾げるリースの頭をガシガシと撫でつけ、黙って寝ろと枕へ埋め込んだ。
その乱暴な態度にリースは何度もド鬼畜と繰り返し続ける。
…と、シャルロットの名前が出たところでリースがある事に気が付いた。


「そのシャルはずっと部屋に閉じこもりっきりなんですね」
「あー…、そういや顔見ねぇな。だとしたら昨夜から変わりねぇんだろうよ」


【常闇のジャングル】に設えられていた台座から
【マナストーン】の入手に成功した一行だったが、
それで万事うまく行くほど“ヒトの手が届く事のない彼方”への道のりは
平坦なものではなかった。
【マナ】の技術者であるシャルロットが詳しく調べてみて解った事だが、
今回入手した【マナストーン】はどうやら破損してしまっているらしく、
このままでは女神に匹敵するとまで謳われる極大の魔力を
起動させられないというのだ。


「ぱすこーどをかいせきしようにもうんともすんともいわないなら、
 ないぶのちゅうすうかいろがやききれてしまっているのかもしれないでちね。
 あんたしゃんがたがさくせんをねるあいだにこっちもこっちで
 なんとかしゅうりしてみるでち。
 かじりつきでしゅうちゅうするからとびらをあけないでほしいでち。
 というかあけたしゅんかんにぼうはつするかのうせいもあるでちから、
 いのちがおしいならぜったいにとびらはあけるなでち」


【マナ】に造詣の深い人間にしか通じない、
暗号めいた羅列のほとんどが意味不明なもので、
デュランたちには何事かちんぷんかんぷんだったが、
それでも「修理が済むまでドアを開けるな」という意思表示だけはなんとか汲み取れた。
そこまで注力するシャルロットの集中を絶たないよう、
彼女のためだけに設けられた一室には誰も近付かないようにしていた。
予備知識すら【マナ】に対して持たないデュランたちには、
今では最後の頼みとなったシャルロットを、ただ信じて待つしかできない。


「手ェ貸そうにも俺たちにゃなにもできねぇしな………」
「シャルならきっと何とかしてくれますよ。
 そのために私たちに出来るのは、彼女を信じてあげる事です」
「―――だな」


…例外的に、「いつまでも篭もりっぱじゃネクラになっちまうじゃねぇか!」と
マグロまるまる一匹を陣中見舞いへ担いでいったマサルが
堂々とドアを開けたのだが、その後、黒コゲになって吹っ飛んだあたり、
出入り口付近に防衛機構でも設置されているのだろう。
命知らずと言うかなんと言うか、一言で表すならバカである。


「ま、真っ黒クロ助のバカもケヴィンたちと
 祭り騒ぎへ出かけてったっきり帰ってこねぇから、
 せめて今日くらいはシャルもお前もゆっくりできるだろ」
「デュランはこれからどうするのです? また軍議に戻られるのですか?」
「…カンベンしてくれ。
 俺は休憩時間にまで議論を尽くそうとする連中とは根本的に違う人種なんだからな。
 もう机上の空論はコリゴリだ。あいつらだって俺の意見なんか求めちゃいねぇよ」
「そうでしたね。思い立ったらまず行動。
 考えるだけの情報は後から随いてくる、というのがあなたですものね」
「好意的に解釈してくれんのはお前くらいだよ。
 他の連中なんざ、人を猪呼ばわりときたもんだ」
「ふふっ………」
「笑い事じゃねぇっつーの。
 またあの場所に戻らなけりゃならねぇ俺の身にもなってくれよな………」
「それならいっそサボッちゃいましょう」
「………おいおい、お前も言うようになったじゃねぇか」


大袈裟に天井を仰ぐデュランへリースがいたずらっぽく微笑みかけながら、
真面目な彼女とは思えない悪巧みを提案した。


「たとえばそうですね………、病人の看病というのはどうでしょう?
 正統な理由として通ると思いますよ?」
「それじゃ俺は今日一日、お前のお供か。
 ………ま、それも悪かねぇか。
 でも、お前、しゃべってばかりじゃ養生にならねぇだろ?」
「無理におしゃべりとかしなくてもいいんです。
 ただ………」
「ただ?」


聞き返したデュランの右手が不意に温かなもので包み込まれた。
温かいというよりも、皮膚を焦がすようにそれは熱く、そして、柔らかい。
確認するまでもなく右手を包む物の正体に気付いたデュランは、
それが発する熱よりも更に熱く、赤く、頬から火を吹いた。


「な、なんだよ、急に………」
「ただ、こうしてこのまま傍にいてくれるだけで、それだけでいいですから。
 私が眠りに落ちる、その時まで…」
「………“このまま”か?」
「もちろん、“このまま”で…です」
「手ェふやけちまうじゃねぇか。
 お前は俺の右手をシュウマイにでもするつもりかよ………」


精一杯に悪態をついてみせても手を振り払わないあたり、
単なる照れ隠しであると自称しているようなものだ。


「………風邪、移さねぇってのが条件だぞ。
 もし破ったら正座させて説教コースだからな」
「それは気をつけなくてはいけませんね。
 デュランに叱ってもらうの、私は好きだから苦になりませんが、
 病人に無茶をさせてはいけませんものね」
「お前な、今のも人前で言うんじゃねぇぞ………」


熱を帯びたリースの右手にデュランの右手はヒンヤリと心地よい。
心地よいのはデュランとの体温さだけではない。
デュランの本心が右手に伝わるかのようで、
それだけでリースは弱気な思考を吹き飛ばし、心安らかでいられた。













仲良く祭り騒ぎへ繰り出したケヴィンとポポイは
露店というにはあまりに粗末で野ざらしなブロックの前に立ち止まり、
そこで忙しく何事かを用意しているメガネの女性を不思議そうに観察していた。


「お姉ちゃんはどうして泣いてるの?」
「それはね、これからとても悲しい事が起こるからだよ」
「これから? これから、ポンポン、痛くなるの?」
「………ケヴィンな、前にも教えたやろ。
 人間が泣く時は腹痛ん時だけやないって」
「そうだよ、ボク。お姉さんが痛むのは、ポンポンじゃなくてハートなのよ」
「ホレ見ぃ。こういう場合はな、深入りしたらアカンもんなんや。
 さっさと行くで」


コンコンとケヴィンへ諭すカールの顔色にはだいぶ疲労の色が見える。
二人揃えば止まらない止められないお子様コンビの子守は
一人では相当にしんどいものなのだとしゃがれた声から窺えた。


「………おい、お前ら、聴いとるんか?」
「ねえ、ポポイ、オイラ、このお姉さん、放っておけない」
「奇遇だな、ケヴィン。オイラも同じ事考えてた」


大きな大きな鐘を備えた時計台の下で、広場中が喜びに包まれる中で、
不気味なくらいに涙を流し続けるメガネの女性を
ケヴィンとポポイは見捨ててはおけなかった。
カールが制止するのも聞かず、二人は深入りへの一歩を踏み出す。


「そんじゃ先手はオイラ! ポポイからッ!!」
「は………っ?」
「えー………時は幕末、舞台は吉原。
 尊皇攘夷だ佐幕開国だと巷に議論と鬼踊る久方ぶりの戦国乱世ぇ―――」
「バクマツ? ヨシワラ? ちょ、ボクたち、一体何を………」


突然始まった子供たちの奇行に思わず作業の手を止め眼を丸くする女性の前で
ケヴィンの拍手を背に受けたポポイがセンスを取り出し、なにやら口上を開始した。


「―――剣に槍にとチャンチャンバラバラ、倒幕にエゲレスにとグダグダネチネチ。
 ええい、まだるっこしいったりゃありゃしねぇッ!
 ちょいと見てみねぇ、あそこのお侍さんがた。
 朝から晩まで「この国は腐っちょる!」だとかなんとか、
 クソ真面目な仏頂面でご高説垂れてたあのお侍さんだよ―――」
「あの、ちょっと待った、ストップッ!! な、なにソレ?」
「あっ、いいトコなのに止めないでくれる、姉ちゃん?
 【夜討板頭(ようちいたがしら)】はこっからが真骨頂なのにさぁ〜」
「ヨウチイタガシラ?」
「知り合いの兄ちゃんに教わったんだよ。
 極東の島国に伝わる文化の一つで“RAKUGO”ってんだ。
 こうやって一人芝居みたいな語りでどれだけ笑わせらるかっていう………」
「………………………」
「…あれ? もしかしてオイラ、滑っちった?」
「滑ったとかゆう問題ちゃうやろ………」


何事かを悲嘆して涙を流していた人間の前で
突然に笑わせる事が目的の小噺を始めたのだ。
よくて呆れられるだけで済むが、最悪の場合、ブッ飛ばされるだけでは済まない。
どう考えてもこの状況では、メガネの裏側を泣き腫らした女性に対して
喧嘩を売っているようにしか見えないのだから。


「見てみぃ、お姉さん、ドン引きやないか。
 悲しみに暮れる麗女を見かけたらそっとしとくんがええんや」
「うん、オイラたち、それ、よくないと思う」
「せやろ、ケヴィンにもわかるやろ。わかったらこれ以上深入りなんぞ………」
「違う、違う。悲しい気持ち、そっとしとくの、よくないと思うんだ」
「な、なにを言い出すんやっ?」


それでもケヴィンとポポイは譲らない。
いくらカールに叱られても、いくら無神経と窘められても
女性を笑わせる事を諦めようとしなかった。


「見て、今日は、せっかくの、お祭り。みんな、笑顔。
 なのに、お姉さんだけ泣き顔、ぜったいに、おかしい」
「………………………」
「ま、待ちや、ケヴィン。もうちぃと言葉を選らばなアカンで?
 そらこのお姉さんに対してあまりに無神経っちゅうもんやっ」
「ケヴィンが言ってるのはそーゆーコトじゃないって!
 お姉さんが泣き顔なのをからかってんじゃなくて、
 せっかくの祭りを楽しめなきゃ損だって言ってんだよ!」
「ア、アホか、お前ら………」
「アホでもいい! オイラ、お姉さんに、笑ってほしい!
 笑って、お祭り、楽しんでほしい!」
「………………………」


事情も知らずに一方的な善意を押し付けられるのは
子供だけに許された傍若無人の一つだ。
その点、精神年齢が極めて幼いケヴィンとポポイのコンビは
この無神経がまだ許される側にいる。
しかし、カールは違う。見てくれはファンシーそのものでも精神年齢は、
世の中の酸いも甘いも噛み分けた立派な成年だ。
相手の心情を考えずズケズケと物言う子供二人にいつ女性が噴火するか、
成年だからこそ、そこまで考慮に入れて冷や汗を玉に結ばせているのだ。


「ぷっ………ははは…あはははははは…っ!」


呆れ果てるカールの背後でとうとう女性が噴火した。
ただし、噴火と言っても怒りではない。
子供二人の奇行にジワジワ来ていた笑いを堪えきれず、とうとう噴き出したのだ。


「な、なんでそんなに私を笑わせようとするの?」
「? なにか、おかしいかな?」
「おかしいでしょ、どう考えても。だって初対面なんだよ、私たち。
 初対面の人間が目の前で泣いてたら、普通ドン引きするよ?
 笑えどころか、声なんかかけないよ?」
「えー、そりゃあないよ、そんな世知辛い世の中なもんかよ。
 オイラたちが声かけなくても、誰かが姉ちゃんを笑わせに入ったって」
「あははは…、うんうん、それ、それイイよ!
 おかしくって仕方ないや、うんうん、ボクたち、可愛い♪」


世の不浄をまるで知らない無垢な子供二人に
女性は腹をかかえて笑い転げてみせた。
聴きようによっては皮肉とも受け取れる女性の言葉だが、
そんな言葉の棘の意味すらケヴィンとポポイには解らない。
仲良く揃って首を傾げる二人と、言葉の棘に気付いて青くなるカールの
コントラストがこれまた不釣合いに可笑しくて、
女性は更に大声を出して笑った。


「やった! お姉さん、笑ってくれた!」
「見たか、カール! オイラとケヴィンを見て笑わないヤツはいないんだよッ!」
「………それも聴きようによったら、立派なカミングアウトやからな………」
「あははははは…、そ、そりゃあ、笑うってば!
 ボクたち、だって全然フツーじゃないんだもん!
 いや、ある意味フツー! 当たり前なくらいのフツーっぽさが逆にグッドだよっ!」


ひとしきり爆笑した後、すっかり乱れてしまった呼吸と髪を整えてから、
メガネの女性と改めて自己紹介を交わす二人と一匹。


「私の名前はルッカ。こう見えてもカラクリ細工には覚えがあるんだよ」


幾何学的なヘルメットを被り、うっすらと目元に涙の跡を残した女性は、
泣きながら準備していた物体…カラクリ細工を二人と一匹の目の前に差し出しながら、
「ま、言ってみればカラクリ小町ってトコね」と自己申告した。






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