ただガムシャラに駆けずり回るよりも、道標を目指すほうが遥かに容易い。
人波を掻き分け、ついに一団は【ゴンザレスJET】の巨体ある場所へ、
テロリスト…ルッカ・キヴォーキアンの居場所まで辿り着いた。
そこは、パレードの巡回する街道から程近い公園だった。
馬車が通過するまで時間を潰そうとベンチで休息する祭りの客も多い。


「ルッカ・キヴォーキアンだな………」
「あら、なかなか早かったのね。
 ま、【ゴンザレス】のデカブツが立てば、イヤでも見つかるか」


手に剣槍を構える騎士団に囲まれても、
祝い事に突如として闖入した騎士団に怯える周囲の悲鳴を聞いても、
ルッカは薄く微笑むばかりで少しも動揺した素振りを見せない。
まるで、自分の人生の最期がここに帰結すると悟りきったような表情だった。


「祝賀パレードを狙う反逆者として身柄を拘束させてもらう。
 ………大人しく縛に付けッ!」
「あー、却下。こっちもやらなきゃならないコトがあるし」


同行を拒否するなりルッカは、手元の操作端末で【ゴンザレスJET】に命令を送った。
それは、妨害者を一網打尽にする攻撃命令だった。
鋼鉄の右腕が凄まじい勢いで射出され、構えた盾ごと騎士団を薙ぎ払う。
言わば、有線式の飛び道具だ。
パーツ同士を連結するロープが鞭のようにしなり、
次々と【フォルセナ】の騎士たちを打ちのめしていった。


「おい、てめぇらッ! 仮にも【フォルセナ】の騎士だろうがッ!!
 いつまでも好き放題にやられてんじゃねぇッ!!」
「デュランの言う通りだッ! 各自散開して回り込めッ!!
 キヴォーキアンを取り押さえるんだッ!!」


続けざまに左腕も射出され、大地を抉りながらデュランめがけて襲い掛かった。
避けられない位置とスピードではない。
ツヴァイハンダーの一振りで逆に跳ね返してやろうと
デュランが腰を低く構えたその時―――


「あんさん………ッ!!」


デュランに代わり、カールが強靭な尻尾で有線式の左腕を叩き落した。
怒りに燃える瞳でルッカを睨み吸え、あらん限りの咆哮を浴びせかける。


「何も知らん純粋無垢なあん子らを、
 こないなバカ騒ぎに巻き込んだんか………ッ!?」
「ごめんね。
 でも、ほら、キミたちから話しかけてきたようなもんだしさ、
 ご破算ってコトで」
「素知らぬフリして、あの優しい子らに殺人兵器を作らせたんかッ!?」
「巨大ロボットは子供の永遠の夢だし。
 真実を知らないまま終わったんだから、
 悪く言われる必要は無いと思うんですけど」
「………………………」


瞳を輝かせてルッカの手伝いに汗を流すケヴィンとポポイの姿が思い出される。
あんなにも純粋な子供たちに犯罪の片棒を担がせたこの女が
カールにはどうしても許せなかった。
ケヴィンとカールに見せたあの笑顔は偽者だったのか。
あの涙は同情を誘うための演技だったのか。
考えれば考えるほど、煮えくり返る炎怒が脳を焦がしていった。


「さっきから何言ってんだ、カール? この女に共犯者がいるのか?」


我を忘れて吼え続けていたカールは、
デュランの怪訝でようやく自分の失言に気が付いた。
そうだ。デュランたちにはケヴィンとポポイがルッカと関わった事を伏せていたのだ。
それなのに、一時の気の昂ぶりで自ら暴露してしまった。
子供たちにあらぬ嫌疑がかからないように細心の気を配っていたと言うのに。


「ちょっとね、その辺の子供をお金で釣ってね、手伝ってもらっちゃったわけ。
 なんだ、そこのワンちゃんに見られてたか〜。
 失敗、失敗。ま、今更どっちでもい〜んだけどね」
「正真正銘とことんのカスだな。子供まで巻き込むなんてよぉ…」


真っ青になったカールを助けたのは、意外にもルッカだった。
固有名詞さえ出さなければなんとでも誤魔化せる。
暈したようなルッカの言い方に、カールは驚きと確信を得た。


「………あんさん………」


あの笑顔も、あの涙も、決して偽者ではなかった。
怨恨からテロを起こそうとはしているものの、この女性は性根からの悪ではない。
もう後戻りの出来ない人間だけど、決して優しさを無くした外道では無い。






(ほしたら、ほしたらどないすればええッ!? このままやってしまってええのかッ!?)






―――ならば、どうする? ここで一度捕縛し、更正を、生きる希望を促すべきなのか。
果たして、【死】を覚悟した眼を向けるルッカに未来を示唆できるのか。
下すべき審判を逡巡するカールの目の前で事件の幕はあっけ無く下ろされた。


「―――国賊ッ!!」


カールとの会話に集中していたが為に
周囲への注意が手薄になったルッカの背後から若い騎士の一人が刃を突き立てたのだ。


「―――なッ!?」


細身の刀身は猛獣の牙の如くルッカの背中を貫通する。
唖然とするカールやデュランの目の前で鮮血が煙を上げ、
それに続けと倒れこんでいた騎士たちが渾身の力を振り絞って一斉に斬りかかった。


「よせッ!! ユリアンッ!!
 俺は取り押さえろと言ったのだぞ!! 誰が斬り捨てろと言ったァッ!?」
「隊長こそなに躊躇してんスかッ!!
 社会悪は許すまじと教わってきたってのにッ!!
 【黄金の騎士】の教えにも、社会悪は即座に斬れって―――」
「バカ野郎ッ!! なにが【黄金の騎士】の教えだッ!!
 てめえらのやってる事はリンチだぞッ!? 騎士道も何もあるかッ!!」


小隊を率いるブルーザーの制止がかかるまで、騎士たちは斬撃を止めず、
最後まで剣を振ろうとした愚か者をデュランが殴りつける頃には
ルッカは全身をズタズタに斬り刻まれ、
トレードマークのメガネも乱刃の中でいずこかへと跳ね飛ばされてしまっていた。


「………あんさん………、ルッカ…ッ!」
「おいッ、しっかりしろぉッ!!!!」


操者を失った【ゴンザレスJET】が巨体を地面へ踊らせるのとほぼ同時に
全身をドス黒くに染めたルッカが膝を折って崩れ落ちる。
カールの呼びかけも届かず、糸の切れた人形のように。
仰向けに倒れたルッカへ駆け寄り、上体を抱き起こしたデュランだが、
応急手当で延命など望めるべくもなく、誰の目にもそれは致命傷だった。


「おいッ! ………おいッ!!」
「今すぐに医者を呼ぶ!! それまでなんとか―――」


部下を殴りつけたブルーザーが駆けつけた時には、既にルッカは事切れていた。
デュランの悲痛な呼びかけにも何の反応も見せない。
ただ、最期の最後に何事か、口を動かし、そのまま息を引き取った。
その死に顔は、血の化粧を施されてはいるものの、どこまでも美しく、
満ち足りたように安らかだった。


「………まさか………」


まさか、ルッカはこうなる事を望んでいたのではないだろうか。
祝賀パレードを標的としたテロリストとして自分が惨殺されれば、
間違いなく【ルッカ・キヴォーキアン】の名前は
【ガルディア】王家に末代まで忌み名として語り継がれるだろう。
嫌でも王女とその相手の、かつての親友たちの心に刻み込まれる。
まるで呪いのように。永遠に消えない傷痕として、
親友たちの心に刻み込まれ、一瞬たりとも忘れられなくなる。
………親友たちにとって、一生付きまとう呪いとなる。






(そうでもなけりゃ………)






そうでなければ、人生の全てを懸けた目的に失敗した人間が
こうまで安らかな死に顔を残せるはずが無い。
もちろん、これは全てカールの憶測だ。真実が明かされる日は永遠に来ない。






(女のケジメなんやとカッコつけよって………。
 こないなもんのどこがケジメや。アホな復讐以外の何物やっちゅうねん………)






安らかな亡骸を前に苦い思いがカールの全身を塗りつぶしていく。
いや、苦い思いを味わっているのはカールだけではない。
思いの矛先こそ違うが、デュランも心を引き裂かれるような痛みを
噛み殺して呻いていた。


「結局…、結局、同じ事、繰り返してるだけじゃねぇか。
 何が【黄金の騎士】だ…、バカかよ、てめぇら………」


怒りの向かう先はどこか。哀しみの在り処はどこか。


「バカ野郎ぉぉぉぉぉぉおおおおおお――――――ッ!!!!」


弁論の席すら許されず問答無用で命を奪われた【社会悪】を抱えて、
デュランは天を砕くばかりの絶叫で哭いた。













「どうかしたのか? 右の頬が腫れているようだが………」
「俺の事は放っておいてくれ」


黒水晶の鈍い輝きに囲まれた石室へ
数ページにも及ぶ書類を抱えてやって来た黒耀の騎士はそこに意外な人物を発見した。
美獣らよりも一足先に戻ってきたブライアンだ。が、いつもと様子が違う。
泰然自若と構え、何事にも動じぬ鋼の魂で【セクンダディ】を束ねる
黒騎士が驚くほど、彼の右の頬は赤く腫れ上がっていた。


「………………………」


押し黙って考えるのは、頬の痛みが伝えるやる場の無い疼き。


『甘えてんのはあんたじゃないのッ!!
 バカにするのもいい加減にしなさいよッ!!』


ブライアンには、平手打ちよりもその言葉のほうが数倍痛かった。
あの跳ね返りの事だ。素直に従うはずも無いと予想はしていたが、
まさか真っ向から拒絶されるとは考えても見なかった。






(―――甘え…か………………)






近しい人間との命のやり取りを忌避しようと努めるのは甘えなのか。
確かにそうかも知れない。
理想を共に語れぬ人間に拒絶された程度で折れそうになる心で
【革命】などという覇業を成し遂げられるものか。


『君が私と反対の路を取るというのなら、それも良いと思う。
 けれど、これだけは約束してくれ。
 今は離れた道を往くけれど、最後に目指す先は同じだ、と。
 そうすれば、私は君を最後まで信じていられるから』


拒絶に次いで回顧されるのは、友から贈られた壮行の言葉。
挫折しそうになった時に、いつも背中を押してくれる言葉だ。
そうだ。こんな事で挫けるわけにはいかない。
ギリギリの限界まで歯を食いしばって、理想を目指して炎を燈すのだ。
悠久の絆に誓って、いつか辿り着く同じゴールへ向けて、
命爆ぜる魂の一矢で【共産】の理想を貫いてみせよう。






(塞ぎこんでいる暇などあるものか。俺にはやり遂げねばならない事がある)






冷たい暗雲で塞ぎそうになった心を無理矢理に奮い立たせた時、
後続の三人が石室へ帰還してきた。













「あー、どこにもいないや…、怒って帰っちゃったんかなぁ…」
「だとしても、やっぱり、会いたいね。
 会って、きちんと、ごめんなさい、したい」


祝賀パレードも終わり、人気もはけた【リーヤの広場】を
小さな二つの影がトボトボと歩いている。
ケヴィンとポポイだ。
夜の帳が落ちた広場をあちらへこちらへ西へ東へ
どこかにいるはずのメガネを探し回っていた。


「こ〜ら、子供二人がいつまでもどこほっつき歩いとるんや。
 とっくの昔に祭りは終わっとるやろ」


どこをどう探しても一向に見つからず――見つかるはずも無い事を知らず――、
半ば諦めかけていた二人の前に、夜の闇からカールが姿を現した。


「あ! カール! お前、どこ行ってたんだよー!
 急にいなくなっちゃってさ〜!」
「ねえ、カール、ルッカさん、見なかった?
 オイラたち、人ごみに邪魔されて、
 結局、約束の時間、間に合わなかったんだ」
「………らしいな。ルッカから伝言を預かってきとるで」
「「え、ホントッ!?」」
「『今日はこの後に用事があるから先に帰るけど、
 いつかまた、再会できた時、きっと【ゴンザレス】を操縦させてあげる。
 それまでにもっとイイ感じに調整しとくから待っててね』―――やと」
「やった! やったな、ケヴィン!!
 次、いつ会えっかな〜!! 楽しみだな〜!!」
「うん、ルッカさん、怒ってなくて、よかった。
 でも、次、会えた時は、ちゃんと、謝ろうね」
「そうやな………謝らんとあかんな………」


再会の約束に屈託なく大喜びする子供たちの笑顔を
見ていられなくなったカールは、二人を置いて歩き出した。


「さっきもさー、公園だよな、あれ。
 ちょっとだけ【ゴンザレスJET】が見えたんだけど、
 すぐにブッ倒れちゃってさー」
「うん、なんか、公園、立ち入り禁止になってたけど………」
「あれだよ、あれ。
 どーせ、ルッカの姉ちゃんが操縦トチッてメチャクチャにしちゃったとか、
 そんなとこだろ。ってコトは姉ちゃん、今頃ブタ箱かぁ〜っ?」
「だったら、なにか、差し入れ、持ってかないとね」
「前科持ちのカラクリ小町ってのも、ハクが付いてかえっていいかもな〜」


明るい笑い声が耳に入るたび、カールの全身にどうしようもない痛みが走る。
耐え兼ねるほどの痛みの正体は、叶う事の無い約束を偽ってしまった呵責だ。


「………アホタレが………」


後から後から涙がこぼれて仕方が無かった。
止めようにも止められない街路へ染み込む涙の跡を
夜の闇が覆い隠してくれるのが、せめてもの救いだった。













夜道行く人々が自分を避けて通るのがよく解り、
それさえ癪に障るデュランは、その一つ一つに凶暴な眼光を浴びせて蹴散らしていた。
あまりに恐ろしい鋭さに誰もが悲鳴を上げて目を逸らす。
それが癪に障り………と、最悪の循環を繰り返すデュランの足取りにアテは無い。
グチャグチャの面構えのままでは仲間のもとへ帰る気も起こらない。
姿勢悪く背を折り、ズボンのポケットへ両手を突っ込み、危険な眼光を灯しながら、
ただ、夜の街を闊歩していた。


『【黄金の騎士】の雷名はいまだ【フォルセナ】に根強く生きているからな。
 【黄金の騎士】を道標とする精神がテロリストを即斬する刃として暴走したのだと思う。
 ………お前の気持ちも解るが、ここは堪えてくれ。
 部下には俺からよく言い聞かせておくから。
 今回の一件は、それだけ【黄金の騎士】の教えが広く―――――――――』






(………どいつもこいつもうるせぇんだよ、バカの一つ覚えみてぇに【黄金の騎士】ってよ)






誰かが噂する声が耳に入る。
あいつ、【狂牙】だ、と。
傭兵の中でもとりわけ鼻つまみ者で、どうしようもない暴れん坊だ、と。
………【黄金の騎士】の名に泥を塗る愚か者だ、と。







(―――そういやそうだ、俺は泥かぶりだったけな。すっかり忘れてたぜ………)






ああ、そうだ、ぬるま湯に長い事浸っていたから忘れていた。
俺の仇名は【狂牙】。【黄金の騎士】に噛み付く狂った牙だったはずだ。
思い出すだけで腸の煮えくり返る騎士サマの蛮行も、【黄金の騎士】の雷名も、
全部、ねじ伏せるために強くなろうと剣を振るってきた男じゃないか。


「今、俺にケンカ売った奴、出て来い。
 来なけりゃこっちから潰しに行ってやる………ッ」


なにもかも破壊するために、むかつくモノを踏みにじるために。
月も星も無い夜を震わせ、デュランは、獣をも竦み上がらせる吼え声を戦慄いた。
その咆哮は、どこか、祝いの日に散華した【社会悪】への鎮魂歌のようにも聴こえて――――――






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