<決戦突入・5分前>


【グレイテストバレー】…俗に大地の裂け目とも呼ばれる、世界最大の断層地帯だ。
草木もまばらにしか生息できない荒涼な山岳へ幾重にも切り立った亀裂が走り、
山道を往く旅人の足を妨げている。
山慣れしていなかれば、空気の薄さに意識が朦朧となってしまうほど標高が高く、
転落すれば間違いなく命は無い。
旅をするには極めて危険なルートで、実際にこの【グレイテストバレー】を舞台に
三局に及ぶ命がけの死闘が勃発した事は記憶に新しい。


「まさかこういうカタチでココにもう一度足を踏み入れる事になるとはねぇ」
「お前が言うセリフかよ、コノヤロ」


三局の死闘を仕掛けた張本人はおどけたように懐古するけれど、
襲撃を受けた側のデュランとしては、事情が事情とは言え、
本気で命に関わる問題だったのだから、そう軽く扱われてはたまらない。
「それもそうよね」と同調したアンジェラと二人、ホークアイの脇腹を肘で小突くと、
ガチャリ、と鉄板と鉄板が擦れあう音が鳴った。


「…大一番を前に図太いくらいの余裕でいられるなんて、
 ホント、羨ましく思うわね」
「それくらいの神経じゃないとキツいって事じゃないの?
 マサルの兄ちゃんも言ってたじゃんか」
「おう! ポポイ!!
 大人の言いつけ素直に守るたぁ、お前もなかなか心得てんじゃねぇの!!
 ちっとは見習えよ、プリムもよぉ」
「あなたに躾けられる必要も無く、一人前に戦場に立っているわよ。
 私よりもむしろランディが危険域ね」
「うっわ!? どしたん、ランディの兄ちゃん!? 顔色、真っ青だぜ?」
「い、いや、なんか、いざ事に及ぶ段になってみたら、
 急に胃が痛くなってきちゃって………」
「ちょ、ちょっと吐かないでよっ?
 私が見込んだ【ジェマの騎士】がプレッシャーに負けてグロッキーなんて、
 笑い話じゃすまないからねっ!?」


マサルや【ジェマの騎士】たちなど、懐古の日にはいなかった顔も幾つかある。
不思議な縁から目標を共にする事となった【草薙カッツバルゲルズ】、
総勢にして十二人と一匹が【グレイテストバレー】を眼下に揃い踏みしていた。
マサルの手には、このチームのために拵えた大きな隊旗が翻っている。


「改めてこの地に足を踏み入れてみると、なんや身震いしてくるな。
 【マナ】の暴走でこないに、わやくちゃンなってしもたんやろ?」
「せいかくには、なんらかのきかいにとうさいされていた【まなすとーん】の
 りんかいじこがげんいんで、でちよ」
「もう【マナ】の話はやめよ、やめッ!!
 年寄りの言うことを鵜呑みにして、こんな遠回りになったんだから、
 これからは若い自分たちの眼だけ頼りに突撃しましょ!!」
「アンジェラ、それ、いいアイディア。
 ルカ様、確かに無責任だったけど、
 これからは、オイラたち、自分たちで、決めて、動かなきゃならない!」


あの日に死闘を演じた面々は相変わらずだが、今日ばかりは装いが異なっていた。
普段は寒々しいほどの薄着でいるアンジェラが革製の胸甲で堅牢に防御力を固め、
シャルロットなどはなめし革の軽鎧に加えて鉄製の帽子まで被っている。
ケヴィンもケヴィンで、トレードマークであるだんだら模様の腰巻は普段と同じだが、
鉢鉄というヘッドギアと鉄製の篭手を装着。
スピード殺法を得意とするケヴィンならではの、身のこなしを減殺しないチョイスだ。
小突かれた際に耳を衝く音を立てたホークアイの胸元を守るのは、
忍装束の裏側に仕込まれたスケイルメイル(鱗状の小さな鉄板を何枚も束ねた胴鎧)で、
やはり動き易さと防御力を兼ね備えた装備となっている。


「―――あれから一年も経ってねぇのに、
 なんだかずっとこのメンツでやってきた気がするな」
「どうしたのです、デュランらしくない。
 以前に訪れた場所に踏み込んで、感傷的になっているのですか?
 ―――って、いたッ! どうしてデコぴんするですかっ!」
「お前が余計な茶々入れるからだろうが」
「私はただデュランにリラックスして欲しかっただけなのに………。
 ………やっぱりデュランはド鬼畜ですっ」
「あんまりそれにこだわってるとな、
 マジでド鬼畜みてぇな行動取るからな、覚悟しとけよ」
「ド鬼畜的行動でしたら、デュランはいつも私にしているじゃないですか。
 今だってこうしてデコぴんを………」
「おい、誰かコイツにジュニア・ハイスクールレベルの保健体育を
 レクチャーしてやれッ!!」


切り立った崖下に大口を開いて待ち構える奈落の底なし穴を見下ろしながら
夫婦漫才に興じるデュランとリースも、おどけた口調が滑稽に思える物々しい武装だ。
喪服の上から纏った鎖帷子と、それを更に覆うケープ、鎖頭巾までも被った装いでもって携えた銀槍ピナカは
より一層勇ましく映えた。
対するデュランのツヴァイハンダーはどうだろうか。
傭兵にしてはあまりに軽装なブレストプレートから、こちらもリースと揃いの鎖帷子に着替えている。
また、左腕のガントレットに加えて、今日は右腕も篭手で固めており
更には鉄製の膝当てに鎖頭巾にと、敵陣へ切り込む為に施すべき武装が完全になされていた。
鎖の肩当が編みこまれた上衣(サー・コート)を羽織る姿は、
普段よりもなお一層落ち着いた印象を周囲に与えている。


「まるで戦支度だよな、これじゃよ。
 危険を承知で乗り込むんだから、これくらいはしねぇとって思う半面、
 動きづらくて仕方がねぇやさ」


上半身をまるまる包む胴鎧を素肌に直接纏ったマサルが、
鉢鉄を締めながら不満を漏らした。
生身一つで戦いを挑む事こそ男の花道と主張する彼を
ようやく丸め込んで防具を着用させたのはついさっきの事だった。
極東の島国における戦にて先陣を切る武者が身につけるという“母衣(ほろ)”なる装飾品を
故郷の慣わしに倣って背負うあたりから、並々ならない闘志が伺えた。

【草薙カッツバルゲルズ】の誰もが重武装で佇んでいた。
昂ぶる気持ちを抑えようと冷静に努めるプリムは
鉄板を組み合わせたプレートメイルとヘッドギアで防御を固め、
ポポイはポポイで、ブレストプレートとガントレットを複合した、弓引く動作を妨げない特殊な防具を装備。
ランディに至っては既に【ペジュタの光珠】の力を解放し、
【ジェマの騎士】の聖装を蒸着していた。


「“まるで”も何も、これは立派な戦。
 立派どころか大戦と身震いしたって差し支えねぇよ」
「他人事みたいに言わないでくださいよ。
 その大戦にこれから臨むのは、他でもない僕らじゃないですか」


勇ましく決めてみても、未曾有の戦いを控えて圧し掛かるプレッシャーは
まだまだ重いらしく、デュランの隣に並んだランディの両手は
痛々しそうに腹部を擦っている。


「そりゃそうだ。
 俺たち以外の誰に任せられるってんだ―――この決戦をよ」


――――――決戦。
そう、不倶戴天の【三界同盟】との決戦が、突入まであと5分の直前まで迫っていた。













<決戦突入・18時間前>


ランディ・バゼラード。
もともとは人よりちょっと気の弱い、どこにでもいるいじめられっ子だった。
寒村に暮らす彼の運命は、偶然と奇縁から【聖剣・エクセルシス】を引き抜いた事で変転。
【エクセルシス】を引き抜いた事で【女神】の後継者・フェアリーに認められたランディは
二人の従者と共に【ジェマの騎士】として戦いの日々へ没入していく事になる。
伝説の英雄として選ばれたランディだったが、その心中は決して晴れやかなものではなかった。
社会に対して何ら主張を持っているわけではなく、
プリムやポポイのように命を懸けられるだけの理想や信念を
持ち合わせているわけでもなかったランディは、
当初、【ジェマの騎士】としての使命=世界を守るという漠然とした目的のために
自分が真剣になれるのか、ずっと疑問に思い続けていた。
責任感という一本の支柱を据えられないでいたのだ。


『投げ出さずにいる自分、きちんと選択できた路だけは疑ってやるなよ?
 そいつを疑っちまったら、いつまで経っても強くはなれねぇぜ』


宙ぶらりんな思いを持て余していた時、彼はデュランからそんな言葉をかけられた。
それまで考えた事も無かった気概の持ち方に驚き、感銘を受けたランディは、
「流れに身を任せたのも自分の選択。
だから、この意思を大事にして行こう、今を懸命に戦おう」と
デュランの激励を【ジェマの騎士】としての支柱に換えて戦ってきたのだ。
ランディにとってデュランは、自分を肯定し、鼓舞してくれる、頼れる兄貴分だった。


「どうして解ってくれないんですかッ!?
 作戦通りに動いてもらわないと【三界同盟】相手に勝てるわけないのにッ!!」
「勝ち負けの問題じゃねぇんだよ。俺たちの目的はよ」


際立って剣の腕が卓越しているわけではなく、
【エクセルシス】の恩恵を受けてようやく一人前に戦える程度の、
まだまだ見習いレベルなランディだったが、それだけに人一倍の努力を欠かさないでいた。
剣で勝てないなら、別の武器を探そう。自分にできる事を模索しよう、と。
考えて、考えて、考えて、やがてそうした【思考】そのものが武器に変わるまで、
ランディは頭の中で試行錯誤を幾千幾万と回転させ続けた。
常に回転をかけられた頭脳はやがてランディの最大の武器となり、
ついに千差万別、強力無比の戦略家を誕生させたのだ。



「………デュランさんだけは絶対に賛成してくれると思ってたのに………」
「お前の戦略には感服してるよ。これなら勝てるとも思う。
 でもな―――」
「だったら! だったら首を縦に振ってくれたっていいじゃないですかッ!」


歴代【ジェマの騎士】きっての戦上手となったランディは
戦闘参加者の特性を巧みに読み取り、その能力を最大限に発揮させ、
最小の労力で敵を討ち取る秘策を次々と発案し、勝利を収めてきた。
今回の決戦に際しても、ランディは仲間たちの度肝を抜くような秘策を発案し、
その賛同は簡単に取りまとめられる物だと考えていた。
―――が、そこに待ったをかけたのが、よりにもよってデュランだった為に、
ランディは、ガラにもなく取り乱して抗議した。
兄貴分のデュランなら、他の誰が反対しても賛成し、
自分を導いてくれると思っていたからだ。


「―――でもな、いいか、俺たちの目的はあくまでエリオットの奪還だ。
 それを最終目的にこれまで戦ってきたんだからな。
 ところがどうだ、お前の発案した作戦にエリオット救出のキの字も入ってたか?
 敵方を殲滅させるだけ戦略しか盛り込まれてねぇじゃねえか」
「人質の救出ももちろん大事です。
 けれど、よく考えてください。これは、人間界と異世界との戦なんですよ?
 ならばまず勝つ事を、奴らの組織を壊滅させる術を考えなければなりません。
 ここで殲滅し切れなかった場合を考えてください。
 人質どころの話じゃなくなるでしょうッ!!」
「俺たちにとっちゃ、人質どころの話って部分が一番大事なんだよッ!!」


決戦の舞台から程なく近い【ジャド】の【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】屯所にて
執り行われている最後の軍議は、中央に長テーブルを挟んだデュランとランディの、
正面きっての睨み合いから紛糾の路へ迷い込んでいた。


「全軍の指揮、【ジェマの騎士】に一任する」


今回の戦には、【草薙カッツバルゲルズ】他、【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】と
ブルーザー率いる【黄金騎士団第7遊撃小隊】も参加する。
一挙に膨れ上がった部隊を率いるのは獣人王を置いて他にいないと
誰もが考えた矢先の一声だっただけにランディが受けたプレッシャーは極大だったが、
それでも彼はデュランからの激励を心棒に、全軍の戦力・特性を分析し、
誰もが舌を巻く秘策を立案した。
だからこそ、デュランに唱えられた異議を受け入れられず、
気丈なプリムがオロオロと慌てふためくほどに激しい反発を暴発させてしまったのだ。


「エリオットさんはリースさんの弟でしたよね?
 では、リースさんはどうお考えなんですか?」
「…いえ、あの、私もランディさんの仰る通りだと思います。
 弟を助けたい気持ちは勿論ですが、人間界の平和がかかった戦いに
 私情を持ち込む事は正しいとは―――」
「聴きましたか、デュランさん。
 ご家族が後回しで良いと主張する問題を、
 デュランさんはあえて引っ掻き回そうとするんですかッ!?」
「今のは誘導尋問だろうが!
 リースが答えに困る筋書きに差替えといて、大義名分を気取ってんじゃねぇッ!!」
「だったらどうだと言うんですか!!
 私情を挟んでは戦には勝てないと、デュランさん、
 プロとして戦ってきたあなたにはよく解るはずだッ!!」
「だからさっきから何べんも繰り返してんだろッ!!
 てめえの言い分は理解できるってッ!! 俺が反対してんのはそこじゃねぇッ!!」
「いいえ! あなたが反対しているのは、まさにこの部分ですッ!!」


樫のテーブルを叩く激音が二つ同時に作戦会議室を揺るがせた。
両者ともに譲れない主張が絶えなく火花を散らすも、
それで問題解決への光明が差す事は無い。
誘導尋問とデュランは糾弾したが、リースの考えはランディのそれと殆ど同じだった。
旅を始めた頃のリースなら、敵影全滅のみに突出したランディの作戦には
今のデュランのように激しく異を唱えていただろう。
しかし、自分の勝手を押し通す事がどれだけ周囲に迷惑をかけるか、
これまでの旅の中、デュランの叱声によってリースは痛いくらい思い知らされてきた。
なんとも皮肉な話だ。
リースの成長を促したデュラン本人が、激しい対立の火種を作っているのだから。






(これから皆の心を一つにしなくてはならないというのに、
 このままではどんどん険悪になってしまう………っ)






自分の弟の事で対立するデュランとランディに耐えかねたリースは
テーブルの中央に陣取って動静を見守る獣人王に
二人を止めてくれるように目配せを送った。


「………………………フン」


リースの期待は外れ、目配せから意図を悟った獣人王は薄く微笑むと
腕組みして眼を閉じてしまった。
それはつまり、自分は関知しないという意図を暗に示している。


「そんな………」


言葉を詰まらせたリースの目の前で、討論は八方塞の様相を呈し始めていた。
押して引いてを繰り返す二人の小競り合いは激しさばかりが増し、
あまりの苛烈さに、ケヴィンもポポイもすっかり怯えてしまっている。
誰より幼い容姿のシャルロットは平然としたものだが、
男勝りなアンジェラやプリム、フェアリーの瞳にすら、怯えの揺らぎが宿っていた。
仲間たちの状況を観察するリースにも、それは同じ事が当てはまる。
ホークアイとカールと、意外にもマサルだけが、二人の対決を直視できていた。


「ちょいええか、お前さんらな、さっきから聴いとると―――」
「待った待った、ひとまず待てな。
 このまま水掛け論を続けてたって答えは出てこないぜ?」


見かねたカールが止めに入ろうとするのをホークアイが押し止め、
自分から仲裁に入っていった。
カールは自他共に認める知恵者だが、どこからどう見ても犬にしか、
それもファンシーな部類にしか見えない説得力に足りない容姿。
果たして人間同士の対立を仲裁しきれるものか。
そこを考えると、同じ知恵者でも、人間の言葉として、
同じ人間に伝えられるホークアイに任せるが吉か。
そこまで考えてホークアイも行動に出たのだろうから、
ここはおとなしく彼に一任しよう、とカールは素早く身を引いた。


「ちょいとおさらいするぜ。
 …っと、その前にお前らはまず深呼吸しな。それから手元の水を飲む。
 カッカしてちゃ頭の回転も鈍るってもんだ。
 ランディはともかく、デュランなんか特にそうだろ?」
「ほっとけッ!!」


ホークアイに促されるがまま、デュランは水差しごと一気に呷った。
その反対側では、ランディが深呼吸をしている。
やっている事は子供をあやす様な物だが、
デュランとランディのどちらも煽らず刺激せず、
剥かれた牙を収めさせる言い回しの妙はさすがの一言に尽きる。


「よし、これで二人ともちっとは落ち着いたろ?
 クールダウンしたトコでおさらいに入るぜ?」
「異存ありません」
「ああ、まとめに入ってくれ」
「オーケーオーケー、いつもの調子、戻ってきたじゃんか。
 ―――さて、それじゃ、まずランディが今回の決戦のために立てた作戦を
 も一度洗ってみようか」


作戦会議室のちょうど真ん中には、ホワイトボードが設えられ、
そこには何かの間取りを記した平面図のようなものが貼り付けられていた。
【於:キマイラホール】と地名をメモ書きされた平面図上には、無数の赤い印。
印も、その隣に添えられた走り書きも、全てランディの手による物だ。
詳細は後の語りに譲るが、それは、
望外の内に手に入れられた【三界同盟】の本拠地の間取り図である。
この平面図を用いて、ランディは今回の作戦を説明していた。


「まずは俺ら【草薙カッツバルゲルズ】の少数精鋭で切り込み、かく乱行動。
 突入後は速やかに前衛と後衛に分かれて敵方の戦力を分散させる。
 その最中に【例のアイテム】をバラ撒いて後詰の第二陣に備える―――
 ―――ここまでで間違いはあるか?」
「いえ、ありません。ホークさんの説明通りです」
「オーケー。それじゃ次の段階だ。
 分散させた敵戦力を後衛が待ち構える区画へ再び結集させ、
 そこで【オペレーション・デスインテグレート】を発動。
 中央戦力を一網打尽させたところへ、こちらの第二陣を投入する。
 緩急を備えたなかなかの戦略とは思うな。俺じゃ考えもつかないや」
「だからよ、それがいけ好かねぇっつってんだよ!」


一分の隙も無い作戦―――とホークアイが持ち上げたところで
デュランが改めて異議を唱えた。


「【三界同盟】はこいつで完全に息の根を止められるだろうよ。
 けど、よく考えてみろ!
 ここまで攻めに特化して、エリオットを救出する余裕があるか?
 腐っても俺たちの目標は人質なんだぞ?
 こんな大掛かりな乱戦を、それもこっちから仕掛けたとあったら、
 連中を片付ける間にエリオットは殺されちまうぞッ!?」
「ま、フツーに考えたらな。
 攻め込んできた相手から取った人質を、
 みすみす無事に差し出すなんて考えらんないわな」
「だろッ!? だったらお前………」
「でもさ、みんな、何か大事なコト、忘れてないかい?」
「大事なコト?」
「【三界同盟】には獅子身中の虫が潜んでるってコトさ」
「―――あっ!」


デュランとランディは仲良く首を傾げているが、
どうやらホークアイの含みある物言いにリースは何か閃いたようだ。
そして、確信に満ちたようにしっかりとその名を噛み締める。


「………ライザ、ですね?」
「ご名答。ライザさんが【三界同盟】に潜り込んでる限り、
 エリオットくんの無事は保障されたようなもんでしょ。
 みんな、初歩的な事、忘れて暗くなってんだもん」
「………………………」
「だーかーら、カッカすんなって言ったわけよ。
 見えるもんも見えなくなっちまうって」
「………………………」


図星をからかわれたデュランには何も反論できる材料は無い。
眼に付き易い物ほど視界から外れる―――心理学の鉄則だが、
決戦という一大事を目前に控えた緊張の状況下では、
往々にしてこうした初歩的な見落としが発生し易い。
誰もが見落としていた間隙を冷静に観察し、
適切にフォローしたホークアイの手腕には、
取りまとめを任せたカールも賛辞の拍手へ肉球が動いていた。


「よし、それじゃ、アレだ! 仲直りの証拠にお前らキスしろ、キス!」
「はぁッ!? なんで野郎同士でンな事しなけりゃならねぇんだよッ!?」
「そ、そうですよ! いくらなんでもキスは無いでしょうっ!?
 こういう場合、普通は握手とかっ!」
「何言ってんの!
 握手じゃ不意に離れる事もあるけれど、お口にチュッってやっとけば、
 今日の想い出は心に永遠に刻まれるってもんでしょ!
 これまで以上に絆も(別な方向に)深まる事だしぃ〜。
 ほれほれ、キスキスキスキ〜♪」
「だっ、だめですっ! 何を考えてるんですか、ホークっ!」
「ちょっとあなたッ! ランディに何て事をさせようとしているのよッ!!」
「おやおや〜? なんでそこでリースが怒るのかなぁ〜?
 しかもなんだかプリムまで焦っちゃってるじゃん?
 これどーゆーコトぉ〜?」
「「――――――………………ッ!」」
「たちわるいでちね。あれ、ぜんぶかんぺきにけいさんでちよ」


小粋なジョークを絶妙なタイミングで挟み、
重くなってしまった空気を霧散させるこの手腕もさすがと誉めるべきか?
真っ赤になって俯いてしまったリースとプリムを
しつこいくらいに冷やかす性情は、とても誉められたものではないが。


「どうやら討論は決したようだな。
 それではこれにて一時閉会としよう。
 15分の休憩の後に最終調整を再開する」


張り詰めた緊張が切れた頃合を見計らったかのような
獣人王の一声によって、軍議の中休みが告げられた。
「傍観を決め込んでいたくせに美味しい所を取るじゃないの」と
弾劾の眼差しを投げつけてくるプリムを物ともせずに軽くいなした獣人王は、
「フン」とお決まりの鼻息を残して早々に会議室を出て行ってしまった。


「あ、あの、デュランさん………」
「んな申し訳無さそうな顔すんじゃねぇよ。
 ニアミスしちまった俺がダメダメだっただけだし、
 お前はこっちの勝利を第一に考えて作戦を立てた。
 ダセぇのは俺だけの話だよ」
「それじゃ、おあいこ…って事で一つ」
「痛み分けで済ませてもらえりゃ、ありがてぇな。
 なにしろ、こっちゃ飛んだ一人相撲、演じちまったわけだからよ」


緊張が切れた瞬間、先ほどまでの凛然はどこへ掻き消えたのか、
普段の情けなさそうな表情を取り戻したランディと、
ホークアイに指摘されるまで初歩ミスに気付かなかったデュランは、
バツが悪そうな顔を見合わせて、どちらともなく自嘲の苦笑を噴き出した。


「見事な手並みやな、ホーク。
 さすがのワイも目ン玉からウロコが落ちる思いやったで…」
「そんな大したもんじゃないって。
 ご大層にラッピングはしたけど、やってる事ぁ揚げ足取っただけだし」
「謙遜するやないか。
 デュランの要求も、ランディの立案も損なわず取りまとめるやなんて、
 なかなか出来るこっちゃあらへんで?」
「そう聞こえた? 俺、全面的にランディの作戦大プッシュなんだけど。
 第一、エリオットだっけ?
 ぶっちゃけた話、俺、弟くんにゃ何の使命感も無いし」
「は………ッ?」


予想もしていなかったホークアイの発言に、カールの眼が点になる。
これまで掲げてきた目標をあっさりと覆されたのだから、驚くのは当然だ。


「お、おかしいやないか。
 ほしたらなんの理由があって、
 今日まで命削って踏ん張ってきたっちゅうハナシやで?」
「理由ならあるじゃんか。
 俺はダチのために命削ってきただけだよ」
「………………………」
「デュランやリース、カール、お前もそうだよ。
 他の何を犠牲にしても、俺は仲間たちが確実に生き残る道を常に選ぶ。
 それが結果的に弟くんの無事にまで繋がるって寸法さ」
「………ムチャクチャやないか」
「そうかな? 仲間のために命懸けるって、
 これほどシンプルなもん、無いと思うけどね」


衝撃的なホークアイの発言も、最後まで聞けば納得のつくものだった。
リースやデュランがエリオットを求めるなら、その為に命は懸けられるが、
基本的にエリオット何某など彼の眼中には無い。


『みんながいてくれる限り、俺は現実から逃げないッ!
 みんなが俺にくれた勇気に恥じない生き方を往くッ!!
 それがヘタレを鍛え上げてくれる鉄槌なんだよッ!!』


【インフェルノ】での戦いの折に上げた吼え声は、
そのまま彼が仲間たちと肩を並べる決意の在り方へと変わっていたのだ。
冴え渡る怜悧な頭脳の動力は、つまり仲間たちへの友情。
自分の為に命を削ってくれた仲間たちへの恩返し。
大義も理念も掲げず、ただ純粋に仲間を支えるために戦うと、
そこまで割り切って考えているからこそ、物事の筋運びを誰より冷静怜悧に把握できる。
誰にも真似できない、それはホークアイの最大の武器だった。


「―――って、勢いで喋くっちまったけど、こんなの、誰にも言うなよ?
 俺のキャラじゃないし、結構ギリギリスレスレの爆弾発言だし、
 デュランあたりに聞かれたら、また一発イイのもらっちゃいそうだからさ」
「そないな大事な決意(モン)やったら、後生大事に胸に秘めときゃええやろ。
 成り行きで背負い込まされたワイの身にもなってくれや。
 ただでさえ、昨日っからこっち、ズシンと重いモンばっかり
 背負い込まされとるんやから………」
「たはは…、まったくその通りで」


キレイ事をかなぐり捨てて命を割り切るなど、時に冷徹な陰となり、
ムードメーカーとして盛り立てるため、時にファンキーな陽となり、
かけがえの無い仲間を支えようと努める決意。
飄々としているようで実は誰よりも熱い魂を秘めていたホークアイに
カールはもう一度、心から賛辞の拍手を贈った。






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