「何を手間取っているのだッ!! 総員ッ!! 直ちに配置につけぇッ!!
 子飼いのモンスター共は最前列ッ!! 捨て駒などいくらでも捨ててやれッ!!
 モンスターをけしかけた後、波状攻撃でもって一掃ぞッ!!」


天をも焦がす烈火を彷彿とさせる長い髪を掻き乱し、
口に唾して小隊へ檄を飛ばすのは、
【三界同盟】が誇る武闘派の急先鋒、ジュリアス・グラン・バンドール将軍だ。
邪眼の伯爵や美獣と同じ【支配階級魔族(サタン)】に属し、
魔界の名家・バンドール家の御曹司でもある。
誇りある出自だけに気位が非常に高く、三盟主直属の【セクンダディ】すら、
彼は所詮異能の衆と公にも見下して憚らなかった。


「我ら【三界同盟】の精鋭の威力をもってして、
 矮小なるニンゲン共を一網打尽にしてやろうぞッ!!」


異能と罵る相手よりも低い階梯に甘んじるのは、
名門バンドール家の御曹司たる彼には耐え難い屈辱であり、
【セクンダディ】を構成する全ての者達をその高座から引き摺り下ろし、
自らが唯一無二の最強と成り代わる事こそ本来在るべき姿と
頑なに信じている。
だからこそ彼は誰よりも奮起していた。
【セクンダディ】を束ねる黒耀の騎士より戦局を左右する最大勢力の
一個大隊を任されたのは、千載一遇のチャンスに違いない。






(クックック…、人間風情が我に寝首かく隙を与えた事、存分に後悔するが良いわ…ッ!!)






鼻持ちならないプライドと出世欲がドロドロと融合した心は
【ジェマの騎士】の雷名に恐れを抱く他の魔族には到底理解できないもので、
周囲の兵たちが怯え慄いている中、独り驕り昂ぶるジュリアスの姿は
滑稽なコントラストを彩っていた。


「我がバンドール家こそ絶対の存在ッ!! 勝利に輝く深血の焔ッ!!
 ゆえに我に敗北無シッ!! 我が眼前に続くは覇道のみよッ!!」


バンドール家に伝わる魔剣【サクラリッジ】を引き抜き、
無茶苦茶な理屈が炸裂する十八番の名文句で決めてみせても、
兵たちの鼓舞にまるで繋がっていないところも滑稽だが、
大局を左右する戦場においてこの意気では、先行き不安と言うより無い。
高潔の武人たる黒騎士が欲得のみで動く兵卒を尖兵とした理由とは如何に………。












【キマイラホール】へフラミーが降り立った瞬間、決戦の火蓋は切られた。
フラミーの背に乗って現れた【草薙カッツバルゲルズ】を
待ち構えていたモンスターたちがすぐさま爪牙で迎撃したのだ。
待ち伏せに近い反撃により、不意の奇襲でかく乱する算段こそ崩れたものの、
二手・三手を常に備えるランディには何も慌てる事は無かった。


「ポポイ! 空中から魔弾で狙撃!! アンジェラさんは【ファランクス】をッ!!
 僕らの着地点を確保してくれ!!」
「ラジャ! デニムつなぎと機関銃の恐ろしさ、見せ付けてやるぜ!!」
「今日のあたしは本気モードだからね!!
 ヤケドぐらいじゃすまないんだからぁッ!!」


フラミーから飛び降りる直前に高高度から仕掛けられた
プリムとアンジェラの連携技で着地点を確保し、
【草薙カッツバルゲルズ】が、ついに【キマイラホール】の地へ討ち入った。
天然の石造りの決戦場は、どこまでも薄暗く、
壁にかけられた蝋燭の灯りだけが頼りと心もとない。
しかし、こちらの立地条件に敵方が合わせてくれるはずも無い。
恐怖と危険、阿鼻叫喚の狭間にて、最後の決戦は繰り広げられる。


「各自散開ッ!! まずは地盤を固めろッ!!
 【オペレーション・デスインテグレート】へ移行するのはその後だッ!!」


迫りくるゴブリンタイプのモンスターを
ツヴァイハンダーで斬り伏せながら発せられたデュランの号令に
一人も欠けず「応ッ!!」と返事が返ってきた。
開戦間もないとはいえ、どこにも怯えの無い、威勢のよい返事だ。
これなら勝てる。油断でなく、確信として、仲間たちの心強さが
デュランには肌にも感じられた。


「舞い踊れッ!! 【マルチプル・ライアット】ッ!!」


旋回させる事で目一杯に遠心力を加えたリースの銀槍ピナカが地面を撃ち抜き、
あまりの威力で弾け飛んだ岩石のつぶてが周囲のモンスターを打ち据えた。
殺傷力こそ低いものの、一度に大勢の戦闘力を奪うには最適の技と言える。


「はいは〜い!!
 止まっちゃってる鈍チン野郎は片っ端からブチ抜いくから、
 そのつもりでいろよなぁッ!!」


無力化されたモンスターの群れを仕留めていくのはホークアイの投げクナイだ。
1ミリのズレも無く、確実精密に心臓部を貫いていく。
軽妙な動きで狙撃していくその姿は、さながらマタドールを思わせた。


「【ドラゴニック・フォトン・ヘヴンドライブ】だぁああああッ!!」
「オラオラァッ!! カチコミくらいで弱腰になってどないするんやッ!!
 そないなザマで天下(てっぺん)語ろうなんぞ百億年早いわ、ダボがぁッ!!」


華麗な狙撃手に獣人コンビも負けてはいない。
極大出力の闘気の奔流が敵影を吹き飛ばしたかと思えば、
背中の翼でもって縦横無尽に駆け回る爪と牙が凄まじい嵐を起こす。
最強のコンビにかかれば、防衛にあたる尖兵は一たまりもない。


「うおっしゃああああああああッ!!
 【エミュレーショニア】の本領発揮と行こうかいッ!!」
「こっ、ここ、この化け物めッ!! ポ、【ポリューション】ッ!!」


モンスターの指揮の任に就いていた魔族が戦慄紛れにマサルめがけて、
闇の侵食によって標的を恐怖に塗りつぶす攻撃魔法を打ち出したが、これは完全に失策だ。


「―――へぇ、【ポリューション】っつーのかい。
 なかなか美味しい手札ぁ持ってんじゃねぇか………」
「ひ………っ!?」
「たまにゃあ手前ぇで味わってみやがれッ!!
 うっらぁぁぁああああああッ!! 【ポリューション】ッ!!!!」


まさに宣言通り【エミュレーショニア】の本領発揮。
覚えたての【ポリューション】の侵食攻撃をそのまま魔族へ撃ち込むマサルの凄まじさは
最早留まるところを知らず、蜂の巣にされた仲間を目の当たりにした他の兵たちへ
瞬く間に旋律が伝播した。


「―――んお?」


相手の技をそのままスキャンしてしまう【エミュレーショニア】と言えど、
ダメージ自体はきっちりと受けている。
決して浅いとは言えない【ポリューション】の傷だったが、
すぐさま癒しの燐光によって癒された。


「【エミュレーショニア】の本領発揮も良いのだけど、
 少しは自分のダメージも計算に入れなさい。
 命あってのモノダネでしょうに」
「そいつはむちゃなちゅうもんってやつでちよ、プリムしゃん。
 のーみそきんにくやろうはしんでもじぶんのばかさかげんが
 わかんないもんでちからね」


前衛で激闘する仲間たちを支えるのは、プリムとシャルロットの白魔法だ。
素早い回復に加えて、攻撃力や防御力、敏捷性を向上させる補助魔法で
味方をガッチリとサポートしている。
二人の支援があってこそ、本来鳴ら死にに行くような少数精鋭での討ち入りが
磐石な運びとなるのだ。


「よし!! 【オペレーション・デスインテグレート】、始動ッ!!」
「獰悪サイコーっ♪ どいつもこいつも腸引きずり出しちゃえ〜っ★」


絶対包囲網の火勢が弱まったと見るや、
モンスターにとって忌むべき象徴とも言える聖剣【エクセルシス】を
振りかざしたランディが作戦開始の号令を発した。


「了解!! 行くぜ、リースッ!! マサルッ!!
 ―――二人とも、死ぬんじゃねぇぞッ!!」
「デュランこそお気をつけてっ!!」
「なに縁起でもねぇ事くっちゃべってんだよ!!
 どいつもこいつも、みんな元気で再会!! これしかねぇだろッ!!」


フェアリーの鼓舞を背中に受けたデュランとリース、マサルの三人が
それぞれ異なる方向へ散開して走り出した。
―――それこそ、【オペレーション・デスインテグレート】の合図だった。


「逃げたぞ、追えッ!!」


虚をつかれた魔族たちが慌ててモンスターをけしかけるが、
ケヴィンとカールはそれを許さない。


「師匠たちの背中守る、オイラたち、後詰の務め!! 
 邪魔するヤツ、全部、やっつけるッ!!」
「言うとくがのぉ、この双璧は、ちっとやそっとじゃ突き崩せぇへんで?
 覚悟決めて来いやァッ!!!!」


立ちはだかるケヴィンとカールの狭間には、
それぞれ別な回廊へと飛び込んでゆく三人の疾走が覗けた。













常時は作戦会議室と化している石室は、
今日に限っては【三界同盟】側の本陣として開放されており、
慌しく三盟主の眷属たちが出入りしては
戦況を総大将の黒耀の騎士へ報告へ馳せ参じている。
緊迫感に満ちた空気は、【キマイラホール】の内部で戦が繰り広げられている事を
痛いほどに表していた。


「一つわからん事がある………」
「卿が口に出そうとしている疑念とは、私の第六感が正常ならば、
 ジュリアスの事ではないか?」
「その通りだ。………ジュリアス・グラン・バンドール。
 確かに魔界でも名のある名門の出自であり、剣の腕も相当に立つ。
 貴方が前衛の指揮官として推すのも頷けるが、それはあくまで表層の部分。
 裏では我ら【セクンダディ】の寝首をかく事のみを存念とする危険分子だぞ」
「付け入る隙を与えるのは愚か、と?」
「付け入ろうとするなら捻じ伏せれば良いだけの事だが、
 彼奴はあまりに攻撃に特化し過ぎる。
 ………八割の本音で言わせてもらうなら、
 指揮官として使うにはあまりに博打ではないか?」
「………残る二割の本音も聴かせていただければ有難いな」
「最後の二割で言うなら、彼奴は、ある特別な状況下においては、
 この上ない指揮官向けと言えるだろう。
 たとえば、そう、………捨石の将として配置するには、な」
「………………………」
「彼奴は誰よりも勇猛果敢に挑みかかる。
 捨石として使えば最大の効力を発揮するだろう。
 ………武人を標榜する者としては、なかなか酷な手札を切るものだな」
「武人だからこそと評価して頂けたなら光栄なのだがな。
 戦を識る者だからこそ、奇麗事では生き残れぬと理解しているのだよ」
「単なる捨石が、大局に影響を及ぼす波紋を生まねば良いのだが………」


黒騎士の案じた戦略に一抹の不安が残るのか、
彼と共に本陣へ残った邪眼の伯爵は腕組みして
石のテーブルの上へ広げられた作戦図と睨めっこを繰り返している。


「………ところで、だな………」
「ぬ? どうかしたのか?」
「どうかも何も、………気でも触れたのかと皆心配しているのだが………」


耽美な顔つきをアンニュイに曇らせる伯爵の周囲では、
彼以上に不安げな視線が漂っている。


「ぬ、気が触れたとは、いささか失敬ではないかっ」
「いや、その、ならば、己の装いをもう少し考えてはどうか?」
「何だ? 何かおかしいか?」


おかしいも何も、邪眼の伯爵が身に纏う装いとは、
マサルに押し付けられた例のフンドシ一丁だったのだから、
周囲が「ああ、別の世界へ旅立たれたのネ」と生暖かい心配の目で
見てくるのは無理も無い話だ。


「………………………なぜに下着なのだ?」
「武人の貴方らしくも無い。これは下着などではないのだよ。
 言うなれば、――――――漢の勝負服という物だ…ッ!」


一辺の恥じらいも淀みも無く自信満々に言い切る様は、
伯爵本人にしてみれば心外極まりない事だが、周囲よりの更なる憐憫を誘った。






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