「ブライアンが………」
「そう…か。
あの男は【セクンダディ】の中でもとりわけ【黒耀の騎士】と近しかったが、
【英雄】にそこまでの浪漫を抱いていたとはな………」
ビルとベンからブライアンの結末を報告されたマサルと邪眼の伯爵は、
さしもの陽気さ、居丈高も無く、ショックに言葉を失った。
薄暗い天然洞穴の中に蝋燭一本で灯りを保つこの状況では、
輪郭までは掴みきれないが、マサルも伯爵も、
かつての仲間の悲劇に間違いなく表情を曇らせているだろう。
震える声には涙が入り混じっていた。
「なんだか余計に湿っぽくなっちまったな、カッちゃん………
イザベラだってまだ見つかんねぇってのにさ………」
「そんなに容態は悪いのか? 回復の魔法でも癒しきれぬのか?」
「廃人の心を治すのは、魔法じゃどうしようも無ぇって話でさぁ…」
「オウさ………」
【三界同盟】の残党である邪眼の伯爵(マサルは“カッちゃん”と呼んでいるが)を
庇った罪で指名手配を受けたマサルは、決死の逃避行の合間に、
隠密として動くビルとベンから【草薙カッツバルゲルズ】の近況報告を受けていた。
ランディが【アルテナ】に召抱えられた事も把握しており、
その時は名実共に勇者になったと自分の事のように喜んだものだ。
人目を憚る逃避行ではあるが、この底抜けの明るさが、辛い道のりを照らしていた。
いつでも、どこにいても、マサルはマサルのままだった。
………今日ばかりは、鼻をすする回数が多くなってしまっているが。
「………あの、さっきから気になってたんですけど、
兄ィたちはなんで真っ裸なんスか?」
「裸じゃねぇだろ。どこに目ェ付けてんだよ、お前は。
見ろ、フンドシきちんと締めてんじゃねーか!」
「い、いや、フンドシで胸張られても困るんスけど………」
「胸を張るに足る戦装束ではないか! フンドシこそ文化だッ!!
この崇高なるココロもわからぬ身で、
貴様ら、よく今日までぬけぬけと生きてこられたものだな!」
「オ、オウ…さ…?」
底抜けに明るいとは言っても逃避行は逃避行。闇の道を往く苦行だ。
時には何もかも投げ出したくなる日もあるに違いない。
丁度今日がその日ではないか、人生丸投げの捨て鉢になっているのではないかと、
ビルとベンは不安で心配でどうしようもない。
目の前のマサルと伯爵が、なぜかフンドシ一丁だったからだ。
「兄ィさんらは何をやろうってんですかい?」
「フンドシ姿でやる事っつったら決まってんだろ」
「………ドキ☆男だらけのストリップ大会ですかい」
「貴様らの脳には虫がわいているのではないか!?
なにゆえ我らが色狂いに興じなくばならんのだ!!」
ストリップショー以外に考えられない恰好でダメ出しをされては、
ビルとベンには正答の返しようが無い。
「やる事ぁ一つ!! フンドシ漫才よォ!!」
「………は、はぁッ?」
「人間だの魔族だの、ンなくだらねー理由でやり合うのはもう飽き飽きだ。
これからはラブ・アンド・ピースの時代だぜ。
んで、ラブ・アンド・ピースに必要なのは、みんなの笑い声。
つまりラフ・アンド・ピースってリクツだな」
「笑い声を生むのは何だ? …そう、漫才だッ!!
我々は魂の戦装束であるフンドシを締めた稀有のコンビとして、
【イシュタリアス】に、【魔界】に抱腹絶倒の笑いを大発信するッ!!」
「ま、まじで言ってんですかいッ!?」
「まじもマジの大マジよぉッ!! 俺たちゃ誰もが成しえなかった【新しき国】を
こいつでブチ上げてやらぁよッ!!」
二人が種族を超えて【新しき国】作りに燃えているのは知っていたが、
その答えが漫才に行き着くなどと、誰が想像できただろうか。
いや、あれほど感動的に盛り上げておいて、【笑い】にオチが来るあたり、
常識に囚われる事のないマサルの鬼才が発露していると綺麗にまとめるべきだろうか。
「無理ッスよ、確実に!!」
「試す前から無理って言うなッ!! まだネタ合わせもしてねーんだぞ!!」
「いきり立つな、マッちゃん。
所詮このような下賎の者に我らの夢など理解し得んのだ」
「バカ、それじゃ今までと一緒だろ、カッちゃんッ!
上等も下等も無ぇラブ・アンド・ピースの世界、それが【新しき国】じゃねーかッ!!」
「む…、これは失敬。つい以前のクセが出てしまった。
それでは我ら【ギョロ目de鬼不動】の漫才ショーを心行くまでお楽しみください」
「だからお楽しみしないっつの!! 大体ね、兄ィさんがた、
フンドシ姿なんて出オチを最初にやっちまったら、後が続かないでしょ!!
出オチってのは掴みを取るにはもってこいッスけど、肝心のネタがウケなかったら最悪なんスよ!
出だしだけの尻すぼみ!! やぼったいネタがよりつまらなくなっちゃうもんなんです!!」
「オウさッ!!!!」
「え、えらい辛口じゃね〜の………」
「臆さず出し惜しみせずネタを見せようとする心意気や良しッ!!
でもその前に実力で掴みを取れるように勉強しておいて―――」
「―――いや、私はこのままで見てみたいね、【ギョロ目de鬼不動】の単独ライブ」
「うんうん、すっごく楽しそう♪ うすら寒いトコとかクセになっちゃいそうだよね♪」
【笑い】にまつわる熱弁を振るうビルの背中へ、突如第三者の声が掛けられた。
一斉に顔を見合わせる。それは、誰も聞いた事の無い異質な声だった。
「討手ッ!?」と緊張走るのと同時に数本の松明が掲げられ、洞穴内を照らし出す。
急に明るくなった事で眩む眼をこらして窺うと、
そこには黒いローブを纏った八つの影が浮かんでいた。
「何者だ、お前らッ!?」
「我ら【アルテナ】御預【ジェマの騎士】直属部隊、【鳳天舞】―――」
「【ジェマの騎士】………だとッ!?」
「―――ランディ師父の命により、
逆賊、マサル・フランカー・タカマガハラの首級頂戴いたしたく参上仕ったッ!!
………お覚悟めされよッ!!」
「ランディが…、俺を………ッ!?」
突きつけられた言葉を信じられないマサルが詰め寄ろうとした瞬間、
先頭の人物が左手に構えた騎士剣をわき腹めがけて繰り出してきた。
それを合図に残る七つの影が一斉に動き、四人を取り囲む。
「マッちゃんッ!!」
「心配すんな、カッちゃん、こんなもん、かすり傷だッ!!」
「とてもそうは見えないッスよ!? ホントに大丈夫なんスか!?」
「オウさッ!?」
「俺の事よりお前らだッ! 手前ェの安全を確保しろッ!!」
なんとか致命傷こそ免れたものの、貫かれた左のわき腹からは
後から後からドス黒い血が流れ出している。
しかし、マサルにとっては、自分の負傷よりも仲間たちに退路が無い事の方が死活問題だった。
集団戦法で襲い来る討手を、…かつてバンダナを分けた男から差し向けられた敵の攻撃を
掻い潜りながら、あらん限りの声で吼えた。
「逃げろッ!!! 逃げるんだ―――――――――ッ!!!!!!」
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