「こいつは………まさか、【エランヴィタール】…か?」
眼を眩ます碧の烈光が収まると、天から叩き落された稲妻の痕跡に
見覚えのあるモノが浮かび上がる。
【ペダン】の戦いでブライアンに追い詰められた時、
咄嗟に逃げ込んだ一室へ安置されているのを見た短剣状の【マナ】、【エランヴィタール】だ。
最初に違和感を感じた理由は、短剣の先から碧落のエネルギーが迸り、一振りの大剣を形成していたからだろう。
初めて見る【エランヴィタール】の起動状態は、鮮烈なまでに力強く、爆ぜる烈光は美しかった。
「おまたせしたでちね、デュランしゃん!! 【エランヴィタール】、ここにかんせいでちっ!!」
「あぁッ!! ずっと言おうと取っておいたのにぃ!!
決め台詞を横取りするなんてひどいじゃないか、ハニーッ!!」
【エランヴィタール】を投擲し、戦いへ割って入ったのは、もちろんこの二人。
最終調整を終えたシャルロットとヒースが【ペダン】から急ぎ参上したのだ。
二人の動きは早く、ステラの負傷を認めたシャルロットはすぐさま【エンパワーメント】を、
ヒースは【ハイゼンベルグ】の銃口を、不意の奇襲にたじろいたロキへ油断なく合わせる。
「………ヒースッ!! 卿はどこまでも俺の妨害をするのだな…ッ!!」
「研究者として当然の務めを果たしているまでですよ。
【マナ】を悪用する輩を野放しにはできませんからね」
「【まな】はただしいりせいのもとにふるわれるべきでちっ!!
あんたしゃんみたくとちくるったあほうへゆだねられるわけないでちよっ!!」
「癪に障ってくれるな、貴様ら―――――――――………………
打つ手打つ手が覆され、怒りに狂うロキが再び【ディーサイド】を構えた瞬間、
デュランの掌から垂直に光の柱が立ち上り、裁判官の木槌のように振り下ろされた。
大気を震わせ爆ぜる刃…と呼ぶにはあまりに巨大な光はロキを打ち据え、
そればかりか彼の背後で逆巻く戦火をも両断し、遥か遠く彼方の大地まで一直線にクレバスを刻み込んだ。
「なるほど、こいつは大した業物じゃねぇか。
しかも軽い。………慣れるまで振り回されそうだ」
にこりとも笑わず感嘆を漏らすデュランの手には【エランヴィタール】が握られている。
ロキを直撃した光の柱から幾分出力は収まっているものの、
未だにツヴァイハンダーの二倍はある長大なエネルギーが残存し、
辺りへ碧落の火の粉を散らした。
「シャ、シャレになってねぇぞ、アレ!!
あんなもん、マジで制御しきれんのかッ!?」
「ひゃっひゃっひゃ〜! このへたれはほんと!!
のぞんだいじょうのりあくしょんをかえしてくれるでちね!
おなかいっぱいにまんぞくでちっ!」
「笑い事じゃないだろ、シャルロット!!
いけませんね、デュランくん、【エランヴィタール】を制御をし切れていません!!」
「そら初めて使うんやから慣れんでも仕方あらへんやろ?」
「【エランヴィタール】は闘争本能の昂ぶりによって出力が増減します。
あれでは危険過ぎるッ! ヘタを打てば暴走しかねません!!」
「―――暴走するくらいで丁度いいぜ」
人智を超える破壊力を爆発させた【エランヴィタール】に一同が驚愕する中、
静かな、それでいて獰悪なまでの闘志を漲らせるデュランが睥睨したロキへ唾を吐き捨てた。
「ザマぁねぇな。ええ? 大仰に吐いてたクセによぉ」
「…グ…ギ………ギギギ………」
「外傷が無いにも関わらず、あのダメージ………………まさか………」
「ヒース、もしかして、もしかしてあのおとこのからだは………!!」
「反論も無しか」と更にデュランから侮蔑されるロキだが、反応を返せないどころか、
【エランヴィタール】の直撃を受ける前とは明らかに様子が違う。
黒耀の甲冑はあれだけ凄まじい碧落の烈光を照射されようとヒビ一つ走っていないのにも関わらず、
ロキは歯を食いしばって激痛を堪え、苦悶に表情を歪めている。
その奇妙な苦しみ方に思い当たるフシのあるシャルロットとヒースは、顔を見合わせて「まさか」と驚愕した。
「次は獄門の上で大言を吐くんだな………」
「まさか」に続く苦悶の原因を究明する事に少しの感慨も湧かないデュランは
ただ目の前の【敵】の斬首だけに意識を集中させる。
明確な殺意を放つ闘志に共鳴し、【エランヴィタール】の出力が再び柱となって奔流し始めた。
「待って、お兄ちゃんっ!! お父さんを―――――――――ッ!!」
―――――――――リィィィィィィィィィン………………………―――――――――
執行の刃が振り落とされる寸前、誰もが【英雄】の最期に息を呑む中、ウェンディ一人が制止の叫びを上げ、
その言葉に腰のベルトに納めたモノが突然激しい共鳴を発した。
これまで以上にけたたましい鳴き声へ気を取られるデュランの執行の隙を縫ったロキは、
音も無く風も立てず、気づいた時には霞の如く姿を掻き消してしまっていた。
「裸足で逃げ出す【英雄】サマか。
…一旦堕ちたヤツってのは、どこまでも無様なもんだ」
やり場を失った光の柱が、虚しく天を衝き、デュランの心情を照らし出して明滅した。
一度堰を切った共鳴は、その後も暫く鳴きやむ事は無かった。
いずこかへと去った影を追い求めるように、チリン、チリン………と、いつまでも。
†
「我々の力不足で焼け野原を許してしまいました。
………申し訳ありません」
「あんたらのせいじゃねぇ………」
英雄王の采配で活力を取り戻した【黄金騎士団】と【インペリアルクロス】の奮迅によって
【マナ】の機械師団を制圧する事はできたが、【フォルセナ】を焼く炎の火勢は止まらず、
実に城下町の3分の1を炭に変えた大火が完全に鎮火するまで三日三晩かかった。
全焼こそ免れたものの、【比例贖罪】の名の通り、【ローラント】に等しい焼け野原と化した町並みを、
デュランは廃墟同然となった王城の物見塔から眺望していた。
無表情に故郷の惨状を見下ろすデュランの隣には、沈痛な面持ちのアルベルトが肩を並べている。
「墜落した【インビンジブル】の検分は
【インペリアルクロス】の監察も立ち合わせていただいています。
それによって少しでもロキ・ザファータキエ氏の―――」
「―――ロキ・ザファータキエは死んだ」
感情に乏しく、しかし鋭い声がアルベルトの言葉を遮断する。
「【黄金の騎士】はとっくの昔に死んでんだよ。
あの男は倒すべき【敵】、【黒耀の騎士】だ。………間違うな」
「………………胸に留め置きましょう」
そのまま一瞥もくれずに物見塔の螺旋階段を下りていくデュランの背中は
触れれば指が切れてしまうのではないかと思えるほどの殺気を纏っており、
触らぬ神に祟りなし、とアルベルトもそれ以上は何も言えず、見送るしかなかった。
「い〜い感じになってきたね、デュランちゃん♪
恩も売れたし、そろそろじゃない?」
「逸るものではないよ、アイシャ。切り札は最後まで取っておくものさ」
「さっすが〜♪ インテリなところもかっこいいよ、アル♪」
デュランと入れ違いで物見塔へ上がってきたアイシャは
ケラケラと笑いながらアルベルトへ枝垂れかかる。
彼女を受け止めるアルベルトの表情も、それまでの沈痛さが嘘のような笑顔に、
暗く、不気味な笑顔に歪んでいた。
「グレイさんの報告によれば、あの男、ここから丸々3時間も町並みを見下ろしてたらしい」
「飽きもせずによくそんな長時間ジッとしてられるよね〜」
「何を思うやらってところだね」
物見塔のすぐ下にある城門を潜り抜けていくデュランの背中をアルベルトが視線で追う。
負の情念が滲み出す背中を、いつまでも、いつまでも。
「彼の感情など知った事ではないが、この筋運びは実に合理的だ。
………使い勝手の良い駒になってくれそうだよ、デュラン・パラッシュ………」
―――――――――災禍のカケラを孕む饐えた煙は、あらゆる処から立ち上っていた―――――――――
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