城下町全土へ及ぶ戦の熱波を裂いて鋼打つ激音がこだまする。
翔けて止まぬ剣の乱舞が紅蓮を薙いで烈しき風を呼び起こす。
草も、木も、家屋が劫火に蹂躙される世界の只中にあって、剣の修羅は十字を切って黒点と向き合っていた。


「シモーヌが生きてたらさぞ喜んだろうに………いや、悲しんだ、の間違いか。
 今のあんたを見たら、一体どんな言葉をかけるだろうねぇ…ッ!?」
「生きて見えずとも、今でも恨んでいるだろう、身勝手な【英雄】を。
 お前たちもシモーヌのように私を恨むがいい。
 私は私の理想を貫くために、家族を犠牲にするのだからな」
「家族ッ!? 笑わせんじゃないよッ!!
 生きてたクセに連絡も寄越しゃしないアンタがこの子たちの親を語るなってんだッ!!」


ツヴァイハンダー二刀を十字に構えるステラは、
ロキが姿を見せた瞬間、その横っ面に鮮烈なサイドフックを叩き込んでいた。


「死んだと思えば生きていて、生きてるクセに連絡も何も無しかいッ!?
 この子たちがアンタのせいでどれだけ苦しんだか、
 万分の一でもアンタに解るかいッ!?」


デュランの葛藤も、ウェンディの寂しさも、ステラは育ての親としてずっと見守ってきた。
時には厳しく、時には優しく、ずっとずっと見守り、子供たちの成長を示唆してきた。
なんだかんだと文句をつけるデュランも、自分を『お義母さん』と呼んでくれるウェンディも、
二人が愛しくて仕方ないステラも、実の親子以上の絆で結ばれていたのだ。


「世界にあるべき未来をもたらすため、
 …ウェンディよ、お前の命を【比例贖罪】に捧げてくれ」


―――だからこそ、ステラはロキの傲慢を許せなかった。
親の手前勝手な都合で子供たちが弄ばれる。そんな傲慢が許されてはならない。許してはならない。
意味不明な理想を掲げて実の娘に剣先を向けるロキを突き飛ばし、
【剣聖】と畏怖される修羅の技術の限りを尽くしてこの愚かな男へ死闘を挑んだ。


「【マナ】が生み出せしこの威力、ヒトの手に敵うモノではない。
 案ずるな、ステラ。ウェンディを葬った後、お前もすぐに共連れに送ってやる」
「ふざけんじゃ…ないよッ!! ポンコツ如き、すぐに叩き斬ってやるさねッ!!」


虚勢を張ったところで力の差は歴然と決しており、そればかりか、
全身全霊を傾けたステラに残された余力は悲しいほど少ない。
しかし、ステラは一歩も譲らなかった。
命削って骨肉を食む修羅と化し、背中の後ろにウェンディを護って立ちはだかった。


「―――【繚嵐(りょうらん)】ッ!!」
「………微力」


二刀のツヴァイハンダーを交互に振り下ろす【撃斬】の上位技【繚嵐】を
軽く左の小手で受け止めたロキは、猛然と右の腕を繰り出し、
しなやかな筋肉で固められたステラの左足を掴み上げた。


「ぐああああああぁぁぁぁぁぁ………ッ!!」
「お義母さんッ!!」
「くそッ…、逃げろッ、逃げるんだ、ウェンディッ!!」


耳を覆いたくなるような鈍い音と共に搾り出されるステラの悲鳴にウェンディのそれが重なる。
護りの手が届かない遠間へ放り投げられたステラは、ありえない方向へ曲がり、
自由の利かなくなってしまった左足を庇う事も忘れ、声を嗄らして「逃げろ」と繰り返した。
這い蹲って追いすがろうとしても、戦いで使い切った力が前へ進めてくれず、
身動きの取れなくなったステラは、何度も何度も繰り返すが、母の願いも届かず、
ウェンディは恐怖のあまり腰砕けにその場へへたり込んでしまう。


「あ…、ああ、………あ…ああぁ………」
「せめて父の手にかかり………死ね」


一歩ずつ、一歩ずつウェンディへ黒衣の死神が近付いていく。
傲慢な【死】が幼い命を飲み込もうとしている。


「ウェンディ―――ッ!!」


ロキが見慣れない剣を、【ディーサイド】を振りかざす。
………もう、間に合わない。もう、護れない………
ステラは目の前が真っ暗に染まっていくのを感じながら、絶望の叫び声を上げた。


「それ以上、寄るなぁッ!!」


―――そう、希望の光はいつだって唐突に爆発する。
パラッシュ家を焼け出されてからこの瞬間まで、
出遭った事のない恐怖に怯えてウェンディを励ます事もできずに震えていたエリオットが、
どうしようもなく追い詰められた状況に勇気を奮い立たせ、
居合いの一太刀でロキの足元を払い、彼を初めて後退させた。
そう、ステラが倒れた今、戦えるのは自分しかいない。やるしかない、と。


「貴様は、アークウィンドの………」
「そうだ!! あんたに滅ぼされた【ローラント】の生き残りッ!!
 エリオット・アークウィンドとはボクの事だッ!!」


正眼の位に構えた脇差は、カタカタと小刻みに鍔鳴りしている。
生まれて初めて、たった一人で命懸けの死闘へ立ち向かうのだ。
恐怖に全身が震えてしまうのも無理は無く、臆病者でもなんでもない。
しかも相手はかつて世界最強を欲しいままにした【黄金の騎士】。
それを向こうに回し、剣を取ったエリオットは臆病者どころか、世界一勇敢な少年と言えるだろう。


「バカッ!! 逃げるんだよ、エリオットッ!! ウェンディ連れて逃げるんだッ!!
 寝太郎の事はあたしが何とかするッ!! だから………」
「ごめん、おばさん…!! でも、ボク、兄貴と約束したんだ。
 ウェンディはボクが護る。絶対、何があっても護ってみせるんだってッ!!」
「威勢は認めてやるぞ、少年。
 だが、願えば叶う夢とは力量が伴ってこそのものだと教えてやる。
 ステラですら歯が立たなかった【マナ】の威力に、
 揺るがしがたい力量の差に、少年、お前はその小さな腕で何を刻める?」
「敵わないのは百も承知だッ!!
 ていうか、もう怖くて震え過ぎて足だって動かない!!」
「エリオットクン………!」
「これはさ、身体と魂がボクに逃げるなって言ってるんだよな、きっとッ!!
 逃げないで戦え、戦って護れって!!」
「庇いだてすれば命は無い、と幼き脳で判別がついているのか?」
「ボクたち子供ってのはなぁ、あんたら大人が思ってるほどバカじゃないし、
 あんたらの想像が付かない事だっていっぱい考えてるんだッ!!」


怯えるウェンディと、眠ったまま目を覚まさないブライアンの壁となったエリオットへ、
ロキは殺意を込めた眼光で脅しかけ、恫喝し、【ディーサイド】を振りかざしてみせるが、
どんな策を講じても一歩とても引かず、脇差と勇気を武器に頑として立ちはだかった。
これ以上は暖簾に腕押しだと悟ったロキが深い溜息を嘆きと共に吐き出す。


「………少年、私にお前を殺す事はできぬ。
 殺してしまえば【比例贖罪】の大義を外れる………」
「だからなんなんだよ、ヒレイショクザイってのはよぉッ!!
 家族殺していいなんて話があるわけないだろッ!!」
「私に家族を殺されたお前や姉はどうなのだ? 【フォルセナ】へ恨み抱いているだろう。
 因果応報の鉄槌を下したいと根底に負の怒りを滾らせているのだろう」
「はあ…っ!?」
「しかし、お前たちは国家を滅ぼすにはあまりに微力。よってこの私が因果応報の理のもと、
【ローラント】の怒りを【フォルセナ】へ振り下ろす代行の剣を執る」
「あ、あんたは………」
「町を焼いた人々の棲処を焼き払い、家族を奪った者の家族を殺す。
 これぞ【比例贖罪】ッ!! 等しき公平な刑務ッ!! 【革命】へ至る禊であるッ!!」
「そんな…、そんな事のためにウェンディを狙うのかよ…!」
「私はお前たち姉弟から家族を奪ってしまった。
 ならば私は私の家族を【比例贖罪】の贄へと差し出す。
 でなくば生命の重みに公平さを欠くではないか」
「く…、狂ってやがる………」


エリオットの背筋に、それまでとは違う戦慄が走った。
恨みも何もエリオットにとって【ローラント】征伐は現実味が無く、
一時は怨念を抱いたリースですら、ライザの教育の賜物により、既に復讐の怒りを乗り越えている。
そうした戦災者の感情を無視して、この男は何を言い出したのだ。
手前勝手な決め付けと自己満足で故郷を焼き、実の娘を殺そうというのか。
【比例贖罪】などと大仰に担いだ理念は、狂っているとしか言いようが無かった。


「そんなこったろうと思ったぜ………ッ」
「兄貴ッ!!」


愕然と閉口していたエリオットは、ロキの背中の向こう側に待ちわびた人を見つけ、安堵に破顔した。
【フォルセナ】王城へ向かっていたはずのデュランたちが自分たちの危機を聞きつけ、駆け付てくれたのだ。
なぜかケヴィンとカールの姿は見当たらないが、アンジェラとヴィクターの二人は合流している。


「おおよその話はアンジェラたちから聴いた。
 ………てめぇ、前々から頭イカレてるとは思ったが、
 脳みそにウジ虫が涌いてるみてぇだな」
「【比例贖罪】ねぇ…。
 攻撃を受けた国が同等の戦力で反撃する比例報復ってのがあるけど、
 おたくのソレは社会性も国際性も何も無い、幼稚な独り善がりじゃんかッ!!」
「民族虐殺は確かに許しちゃいけない過去よ!!
 でも、だからって同じ事を攻撃した側に吹っかけて、それで何の解決になるわけ!?
 過去を受け止めて、その上で未来を目指さなきゃ意味ないじゃない!!」
「…なんとでも言うがいい。罵詈雑言など物とも感じぬ。
 禊果たさぬ身で【革命】の未来を貫く事などできはせんのだ…!!」
「罵詈雑言なんかじゃありませんっ!!」


ヴィクターと一緒にステラの手当てを施していたリースがロキの妄言を凛然と跳ね除けた。
【戦災者】の立場を盾に取るでなく、【戦争】の痛手を乗り越えた一人の人間として、
リースはこの哀れな【英雄】に立ち向かう。


「戦災者が望むのは、当事者への復讐ではありませんっ!!
 誰も同じ過ちを繰り返さない、争いの無い世界ですっ!!」


民族虐殺という悲劇の渦に飲み込まれ、
人間が人間を呪う醜い面も、人間が人間を許し慈しむ強い面も体験して
兼ね備えたリースの言葉は神々しいほど完全で、

【ローラント】の残党が報復を望んでいると決め付けていたロキの理念を激しく揺るがせた。


「何を…、何を言うのかッ? なぜ、己の真意を偽るのだ…ッ?」
「そこがアンタの限界だよ、ロキ。
 ねじくれちまったアンタにゃわからない、負の感情を超えた人間の強さだ」
「ステラ…、貴様………!!」
「やられたらやり返す。子供の内はコレでもいいんだ。
 喧嘩から生まれる絆や価値観ってもんは大切だからね。
 でも、アンタは【社会】を引っ張ってく大人だろ?
 大人がお子様次元に退行してどうすんだいッ!!」
「黙れッ!! 黙れぇッ!!」
「しかもアンタは他人の報復を代行すると言い出したッ!!
 【比例贖罪】? 禊? …ゴタクばかりが上手くなったもんだね。
 アンタ、今の自分の状況が飲み込めてないだろ?」
「俺の理想に異論を唱えるつもりかッ!?」
「今のアンタは正義のヒーローでもなんでもない、
 報復の代行で免罪符を受けたと勘違いしてる、どうしようもない暴れん坊のロクデナシさッ!!」
「―――――――――ッ!!」
「悪だの正義だのと言う前に自分の―――………」
「もういい、おばさん。言葉なんかこの男には届かねぇんだ。
 ………力づくで叩き潰す。ケリをつけるにはそれしかねぇんだよ」


同じ師に就き、共に剣を学んだ旧友を、愛した妹の夫を説得しようと
負傷の痛みをこらえて言葉を紡ぐステラをデュランが無理やり押しとめた。


「なん………だとッ!?」


デュランに明らかな戦意を感じ取ったロキは素早く臨戦態勢に入り、
【ディーサイド】を構え………そのまま目を見開いて硬直した。
上空から【フォルセナ】へ砲撃と派兵を行っていた【インビンジブル】が、
鋼鉄の戦艦が突如揚力を失って墜落を始めたのだ。
側面のあちこちから火を噴き、【フォルセナ】を見下ろす山岳地帯へ墜ちる頃には
幾つにも折れて分かれた船体の殆どが爆散していた。


「【インビンジブル】が………、…まさか、…バカなッ!!」


万物を見通す革命家の如く超然と構えていたロキもこればかりは予想だにしていなかったらしく、
初めて泰然自若と崩し、激しい狼狽を見せた。


「機械を悪用するヤツ、師匠のお父さんでも、許さない!!
 【マナ】もカラクリも、機械は、人の幸せ、作る道具なんだ!!」


静かな怒りを全身から燵たせたケヴィンとカールが
【インビンジブル】と同じ高度の上空から帰還した。
【アグレッシブビースト】状態が起爆しているのはわかるとして、
衣服の至るところが焦げたり煤けたりして汚れているのは何故か。


「貴様ら…、貴様らが我が旗艦を墜としたと言うのか…ッ!!」
「旗艦やと? 笑わせてくれるやないか、オッサン!!
 アンタのお気に入りは泥舟や!! 未来へ漕ぎ出す事もできん泥の舟やッ!!」
「メイン動力、壊せば、自然に自壊していくッ!
 カラクリも、【マナ】も、造りは一緒って、睨んだ通りだッ!!」


謎の氷解は【インビンジブル】墜落の発端と共にあった。
アンジェラたちと合流し、すぐさまパラッシュ家へ取って返す話にまとまった際、
ケヴィンは自ら別行動を取り、【インビンジブル】打破を願い出ていた。


「あんな戦艦、あったら、みんな、機械を誤解してしまう!!
 師匠、オイラ、【インビンジブル】、あのままに、しとけない!!」


切なるケヴィンの思いを汲んだデュランはカールに愛弟子を任せ、
難攻不落の戦艦へと送り出し、それからの戦果は今見た通りである。


「…許さぬ…!! 断じて許さぬぞ…ッ!!」
「あれは俺とてめえの戦いの狼煙だ。
 喜ばれこそすれキレられる覚えはねぇんだけどな」
「戦いの狼煙など北の雪原にて上がっている筈ではないか…!!」
「いいや、違うね。俺はもうあんたを憎むべき対象に見ちゃいねぇ」
「ならばなんだと言うッ!?」
「俺が憎むのは、いつでも俺の前に立ちはだかる忌々しい【クソ親父】。
 てめえは親でも何でもねぇ。………倒すべき【敵】だ」
「ならば俺とて同じ事よッ!!
 貴様らの根絶を【革命】の階梯への足がかりとさせてもらうッ!!」


【キマイラホール】では危険だからと静止状態を保っていた【ディーサイド】を
殺戮もたらす起動状態に切り替えたロキが技と呼ぶには
あまりに稚拙な力押しの斬撃でデュランへ襲い掛かった。
ギャリギャリ、と車輪めいた刃の回転はシャルロットをして
少しでも触れれば肉も骨も削ぎ取られる悪魔の兵器だが、
逆上したロキでは完全な制御は難しいようで、幾度振りかざそうにも一度も直撃できていない。


「もらったぞッ!!」


しかし、一撃に秘めた破壊力は想像を絶し、
斬撃を受け止めたツヴァイハンダーは、肉厚の刀身を一瞬の内に削ぎ落とされ、
中ほどから弾け飛んでしまった。


「デュラン!! これを―――」
「いらねぇよ、そんなもん。得物なんざ無くても屁だ、こんな野郎は」


すかさずステラが用いていたツヴァイハンダーを投げ渡そうとするリースを一喝で押しとめ、
返す刀で攻め入るロキの鳩尾を乱雑に蹴り倒した。


「人間の力で【マナ】の防備を破れると思うなと何度繰り返したかぁッ!!」
「るせぇんだよ、いちいち」


殴打ではダメージを与えられない事など気にも留めず、
怨嗟を搾り出すばかりのロキの顔面を殴り続ける。


「あの調子じゃサポートもへったくれもないな………」
「なんか、前の時とは正反対よね…」
「前にも戦った事があるのかい、ロキと」
「話せば長くなるのですが………」
「あいつは、デュランはその時もあんな…、
 ロキを見下したような態度で戦ってたのかい?」
「いえ、あの戦いの時は………」


【キマイラホール】では、デュランは感情を爆発させて挑みかかり、
ロキがそれを冷静に受け流す形で戦いが展開されたが、これはどういう事だ。
理念を論破されて激昂したロキを殴りつけるデュランの眼差しは無感情。
アンジェラの感想にもある通り、最初に切り結んだ時とは立場が逆転している。


「なるほど…、子供の方から絶縁を叩きつけたってわけかい………」
「………絶縁………」


添え木を施したものの満足に立ち上がる事もできず、
リースに支えられて父子の戦いを見守るステラの眼差しからは、
荒らぶるロキとも、感情を持たないデュランとも異なり、深い哀しみと憔悴が滲み出ていた。


「小賢しき羽虫がッ!! まとめて吹き飛ばしてくれるわッ!!」


刃が激しく旋輪する起動状態の【ディーサイド】を高く翳すロキ。
剣圧で周囲もろとも炸裂させる【爆陣】の構えだ。


「これで死―――――――――」
「―――うずりゃぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!!」


一度はパーティを全滅の瀬戸際まで追い詰めた大技を前にしても
寸分も冷徹な瞳を揺るがさないデュランとロキの間に
けたたましい声と一筋の稲妻が割って入り、
それと同時に炸裂した深い碧落の烈光がロキを跳ね飛ばした。






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