【フォルセナ】城下を一望できる小高い丘陵地帯から見下ろす風景には、
黒く焼けた焦土と半壊の家屋が広がり、戦火の凄まじさを物語っていた。
しかし、この丘だけは、100名あまりの死者を出した襲撃事件が
別の世界の出来事であるかのような静寂に包まれており、
その静けさが一時だけ戦火の凄惨さを癒し、と同時に見下ろす人々の心を締め付けた。
こんなにも静かな町が、なぜ、どうして炎に包まれなければならなかったのか…、と。


「あたしゃ、どうも見込み違いをしてたようだねぇ」
「………………………」
「自分も撃って出るってエリオットがゴネた時、お前はあいつの視線に合わせて説得した。
 人と接するのが苦手で人一倍不器用なお前が、だよ」
「………………………」
「しかもその後、あたしに向けて『二人を頼む』って目で訴えかけてきた。
 乱暴な言い方になるが、一枚岩のバカだったお前が、
 本音と建前を良い形で使い分けられるようになったんだ。
 …バカ一辺倒をずっと見てきたあたしゃ、嬉しくなったもんさね。
 こいつも【大人】になったもんだって」
「………………………」
「ところが結末までやってきてみりゃどうだい? お前は結局何も変わっちゃいなかった」
「………………………」


静かな丘の一角には共同墓地が設けられている。
【フォルセナ】で生まれ、そして没した人々が、
美しい故郷の情景を常しえに眺望していられるようにと英雄王の提案で新たに築かれた場所だ。
物見塔でアルベルトと別れたデュランは、その足でここ共同墓地へ足を運んだ。
『シモーヌ・ザファータキエ』と刻まれた墓標へと添えられたのは、その道すがらに咲いていた小さな花。
焦土の【フォルセナ】で花屋が営業しているはずも無いのだが、
そもそもデュランには花束を買い求めるつもりは無かった。
ここに眠る人は、大仰な飾りつけを好まない、質素の人だったから、野に咲く花こそ喜ぶだろうと
デュランは誰よりもよく理解していたからだ。


「その花は何のつもりだい? これまで一度も献花した事なかったクセして」
「………さっきからゴチャゴチャうるせぇババァだな。
 花添えるくらいいつでもやってるじゃねぇか」


片膝をついて黙祷を捧げていたデュランは、後からやって来たかと思えば、
途端に丸めた背中めがけてお小言を浴びせかけてきたステラへこれ見よがしの溜息を吐いて見せた。


「あたしが言ってるのは隣の墓の事だよ」
「………………………」


刻まれた墓標は『ロキ・ザファータキエ』。
かつては世界中の羨望を集めた【黄金の騎士】の物とは思えないほど簡素な造りの墓石には、
隣と同じように小さな花が一輪添えられている。


「死んだ人間に礼儀を尽くすのがそんなに悪い事かよ? しかも自分の親父に」
「皮肉にしか見えないねぇ。
 ………どんな形であれ、ロキはまだ生きてる。
 だのに死んだもんとして祈りを捧げるたぁ、どう考えてもおかしいじゃあないか」
「―――死んだんだよ、ロキ・ザファータキエはッ!」


振り向きもせずに強く言い放ったデュランの背中には、
父の存在を否定する言葉の端々には、確かな修羅が宿っていた。
目の前に立つ【敵】を滅殺するのみ、と荒らぶる猛き修羅が。


「………鬼にでもなったつもりかい?
 お前は父親を存在ごと受け入れないつもりかい?」
「受け入れたも何も、死んじまった人間にこれ以上何の感慨を持てってんだ?」
「―――………はっきり言うよ。
 手前勝手に見切りを付けちまった今のお前じゃ、ロキは倒せない」
「倒す? …俺はあの男を倒すつもりは無ぇ。………“殺す”。
 俺は過去から這い出た亡霊を打ち祓う。それだけだ」


これ以上話すことは無いと視線で訴えたデュランは、
それきりステラと目を合わせる事なく丘を下っていく。
氷に輪郭を彫ったのではないかと思えてしまうほど、どこまでも冷たい無表情のままで。


「………………………」


これまで一度も添えられる事の無かった花。
果てしなく高い父親の背中を超えようと、必死で走りこんでいた頃には、
決して添えられる事の無かった花。
それが今になって献花されたという意味は、暗く、そして、重い。


「親子で殺り合うサマを見なけりゃならないのかね、あたしゃ………」


恨めしいくらいの青空の下へたった一人残されたステラの頬を一滴の涙が伝った。













「………待たせたな」

「あんたしゃんののうずいにはがくしゅうきのうってもんがそなわってないんでちか!!
 なんべんちこくすりゃきがすむんでちか、こんのどんがめがっ!!
 そろそろずっころしかくていでちよっ!?」


全壊こそ免れたものの、戦火に包まれて半焼したパラッシュ家の前では
既に仲間たちが身支度を整え、デュランの到着を待ち構えていた。
待ち合わせの時間に丸々10分遅刻しながらも悪びれた様子を見せないデュランに
不満をぶちまけるシャルロット以外、誰もが緊張の面持ちでいる。


「離せよー! ボクも絶対に随いてくんだからなぁっ!」
「あなたはまたそのような無茶を言って…っ!
 いいですか、今度はこれまでに無い大事なのですっ!
 連れていくわけにはいきませんっ!」
「聞き飽きたっての、そのセリフ!!」
「大体貴方が随いてきて、それで何の役に立つと言うのですかっ!?」
「ムサい顔ばっかの中にボクが入れば一服の清涼剤になるだろぉ!!」


訂正。不満をぶちまけるシャルロットと、
またしてもゴネ始めたエリオットとそれを押しとめるリース以外の誰もが
緊張の面持ちでいる。


「ちょい待て、コラ小僧! 一服の清涼剤? なに? それは俺に挑戦してるわけ?
 【草薙カッツバルゲルズ】の清涼剤はこの俺!
 いなせで明晰でおまけにクールっ! 三拍子揃ったこのホークアイ以外にゃいないっしょっ!
 巷じゃ“一家に一人、『ホクえもん』”って太鼓判だしね♪」
「はぁ…? ヘタレが何寝言ほざいてんの? お前はよくて笑い袋が関の山だろ!!」
「既におクスリでもねぇのかよ!! つかパーティーグッズ扱いか、俺は!!」
「私たちの癒し担当の座は既にケヴィンが確立していますっ!
 今更エリオットに出しゃばるスペースはありません!!」
「ちょ、ちょっと、待って! オイラ、そんなの、初耳!!」
「ケヴィンは生きるリラクゼーション大賞グランプリ(自分内開催)なのですからっ!」
「………リース、えらい勢いで鼻血が滴っとるで………」
「いやっ!! それには温厚な私も異論を唱えさせていただきますよっ!?
 癒し担当は我が家のシャルに大決定間違いナシでしょう!?」
「ババァは対象外に決まってんじゃん」
「てめぇ、こら、くそじゃりぃっ!! そこへなおりやがるでちっ!!」


またまた訂正。
エリオットが騒ぎ出せば、誰もが緊張の面持ちを保っていられなくなる。
みんなの力を結集して、無茶を言う子供を押し問えめようと奮闘していた。


「心の“準備”は出来ましたか?」
「“覚悟”なら最初から決まってる」
「………………………」
「………………………」


お気楽ご気楽な仲間たちの喧騒を見ても無表情を崩さないデュランをヴィクターが気遣う。
付き合いはそれほど長いとは言えないものの、ここまで表情を崩さない人間ではなかったと
ヴィクターは記憶している。
確かにいつでもしかめっ面のイメージはあるが、それでも仲間たちがバカをすれば一緒に笑うし、
行き過ぎれば呆れたように止めに入っていた。
それがどうだ。今のデュランは止める気配を見せないどころか興味も無い様子だ。
相当リースが壊れているにも関わらず、にこりともしない。






(この人は、こんなに恐ろしげな人だったでしょうか………)






原因は間違いなく昨夜の襲撃だと判っていたが、修羅の宿る氷の表情を目の当たりにしてしまうと、
走る戦慄にヴィクターはそれ以上、何も言えなくなってしまった。


「あら? いつの間に帰ってきてたのよ」
「アンジェラ! 遅かったじゃないか」


戦火を免れた隣家へ寝床を移したブライアンの様子を見に行っていたアンジェラが戻ってきた事で
微妙な沈黙に気まずい思いでいたヴィクターは大いに救われた。


「心の準備を心配するなら、俺よりもアンジェラだろ」
「………ん? 帰ってきた早々で話が見えないんだけど?」
「出発するにあたって、心の準備は出来たかって事だ。
 ………お前、本当に大丈夫か?」
「心の準備? あたりきしゃりきよ。
 準備ができていなければ、こんなムチャな考え、起こさないって」
「本当の、本当に大丈夫か? 私は傍に随いていてあげられないんだよっ?」
「しつこいわよ、ヴィクター。あんた、そんなにあたしが信用できないの?」
「信用できる語彙を持っていれば、私だってこんなに神経質にはならないよ!
 アンジェラの失言に何度私やブライアンが振り回されたと思ってるんだ?」
「いちいち数えてないわよ」
「108万飛んで5,618回だよ」
「―――うざっ!! どんだけ細かくカウントしてんのよッ!! あんた、小舅!?
 ううん、そこまで来ると小舅ってよりもストーカーよ、ストーカーッ!!」
「変質者呼ばわりする前に自分の行いを改めてくれっ!!」


ヴィクターとアンジェラの口喧嘩を見かければ、
いつものデュランなら必ず失笑して傍観を決め込むものだが、やはり無表情は崩れない。
何かを考えているようで、何も考えていないような、
微かな揺らぎも認められない死んだ魚のような瞳では、ヴィクターが戦慄を覚えるのも無理はない。


「お兄ちゃん、あの―――」
「どうやら我々が最後だったようですね」
「お♪ お♪ なにこの見所満載アワーは♪
 多人数コントとドロッドロのメロドラマが同時上映されてるよ〜♪」


そんな兄へウェンディが掛けようとした言葉は、
小うるさいぐらいの声に揉み消されてデュランの耳へは届かなかった。
相変わらず恥も外聞の無くアイシャを侍らせたアルベルトが
【インペリアルクロス】の部下を伴ってパラッシュ家へ訪ねてきたのだ。


「15分も遅刻するなんざ、てめぇら、いい度胸してやがんな」
「えぇ!? さっき到着したばかりのデュランさんがそれを言いますかっ!?」
「るせぇな。余計な事言わなくていいんだよ、ヴィクター」
「ははは…、まぁ、遅れてしまった事に変わりはありませんので、
 ここは素直に陳謝しますよ」
「そんなっ! アルは何も悪くないよ!! 悪いのはアイシャだもんっ!!
 ちょっとおめかしに気合い入れちゃったから、みんなに迷惑かけちゃって………」
「バカだな、アイシャ。そのおめかしは私の為にしてくれたものだろう?
 ならば最も罪深いのは私さ。キミを盲信の虜にしてしまった、ね」
「アル………」
「アイシャ………」
「ねぇ、ちょっと、なんなのこいつら!? ウェルダンに焼いちゃってもいいっ?
 てゆーか、バカップル通り越してキショイだけなんだけどっ!!」
「気色悪いともまた違うね。なんか、こう………イタい」
「………こいつら、いつでもこんな調子みたいだぜ。
 二人とも、いちいち気にしてたら胃に穴が開くだろうよ」


アルベルトたち【インペリアルクロス】とはこの後、行動を共にする事になっている。
行き先が同じであれば、せっかくなので同道しないか、とアルベルトの誘いがあったからだ。
必要以上に群れたくないデュランは断りたがっていたが、
ホークアイとカールが横から割って入って同道の約束を取り付け、今日の集合へ至った。
二人の目的は無論【インペリアルクロス】の警戒にある。
下手に暗躍されるよりも同行していた方が動きを把握し易いと踏んだのだ。


「では役者も揃ったところで早速参りましょうか。
 ―――【サミット】開催の地、【アルテナ】へ」


様々な思惑を孕みつつ、出発はアルベルトの宣誓によって面舵一杯に取られた。






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