―――逆賊討つべし。
【サミット】におけるアンジェラの宣戦布告に【アルテナ】への叛意を認めたヴァルダの大号令により、
6人と1匹は即日付けで指名手配のお尋ね者の烙印を押され、
各々へ10,00,000ルクもの懸賞金が掛けられるに至った。


「数々の悲劇を経て磐石となった【社会】に対し、不必要な波紋を荒立てる傲岸不遜の挑戦を
 断じて見過ごすわけには参りません。
 それが【社会】を主導する立場にあるべき【アルテナ】第一王位継承者ならば、
 なおの事、確たる【正義】をもって誅滅せしめる。
 我が娘…いえ、逆賊、アンジェラ・ユラナス・フォン=アルテナとその郎党の首級(みしるし)、
 【社会】に安穏をもたらすため、何を置いても獄門へ曝すのですッ!!」


【フォルセナ】と【ローザリア】の主力が総動員された追討の全軍には、
逆賊の包囲網に際して【アルテナ】王家のシンボルをあしらった軍旗とエンブレムが配布された。
【イシュタリアス】を主導する【アルテナ】の勅命のもと、
【社会悪】を鎮撫する正義の部隊として出撃すれば、眼前の逆賊だけでなく、
世界中に息を潜める反【アルテナ】派を大いに威圧するだろうとのナイトハルトの進言が採用されたのだ。
錦で誂えられた軍旗を翻すこの追討部隊に【官軍】の正式名称を与えたヴァルダは、
今一度「【秩序】を乱す逆賊を何としても討つべし」と全軍へ向けて檄を発した。


「本気であいつらと戦うつもりなのッ!? ヴァルダ王女の言いなりのままでいいわけッ!?
 【官軍】なんて飾ってみても、貴方がやろうとしているのは“仲間殺し”以外の何物でもないわッ!!」


そして、【官軍】の総大将として全権を任じられたのは【ジェマの騎士】ランディだ。
【女神】の後継者であるフェアリーに選任された【ジェマの騎士】は、名実共に神代より世界の守護者だ。
【社会悪】の鎮撫を掲げるこの度の【官軍】の総大将を任命されるには、
これ以上ないほど相応しいと言えるだろう。

―――しかし、ヴァルダがランディへ総大将を任せた理由には、もう一つの影の狙いがあった。
かつては交誼を結んだ仲間たちをランディに討たせる事で彼の忠誠心を試し、
真に【アルテナ】の走狗となって働く忠実な下僕へ仕立て上げる腹積もりでいるのだ…と、
ヴァルダの狙いが易々と読めるプリムには、そんな狡猾な一計に進んで身を投じるランディが納得できず、
彼らに宛がわれた支度部屋を震わさんほどの怒声で先ほどからがなり立てているのだ。


「姉ちゃんさぁ、ランディの兄ちゃんの気持ちをちっとは察してやれよ」
「ポポイッ!! 貴方も尻尾を振る歯牙ない駄犬に成り下がるというのッ!?」
「………バカでかい国同士が連合組んでアンジェラの姉ちゃんたちを逆賊として
 ブッ倒そうとしてんだよ? いくら【ジェマの騎士】ったって、オイラたちゃ、
 そんなアホみたいな集まりから見たらちっぽけなモンだ。
 諸国一致の状態にちっぽけな意見をぶつけてみて、覆せると思うわけ?」
「やらない内から諦めてどうするのッ!!」
「やらなきゃ結果がわからないほど、姉ちゃんは頭ぁ悪かないでしょ?」
「………………………」


【ジェマの騎士】の称号を冠しようが、【社会】というとてつもなく大きな枠組みの中では、
ポポイが言う通り彼らは小石にも満たない。
しかもランディは二十歳にも満たない若輩者だ。
大仰に異論を唱えたところで「政治を解せぬ子供の戯言」と一笑に伏されるのが目に見えている。
悪くすれば謀反の嫌疑をかけられ、逆賊の仲間入りを果たす事になるだろう。


「どうやったって最悪の状況を覆せないんなら………」
「―――ああ。せめて僕の手でデュランさんを討つ………!」


逆賊となるならそれでもプリムは構わない気でいたが、ランディの思いは正反対のところにあった。
ここで感情に任せて逆賊の烙印を押されてしまっては、
自分を認め、送り出してくれた“兄”に、デュランに合わせる顔がない。
手緩い采配を振るって助命に奔走して、それでデュランが喜ぶはずがない。
ならば、戦う。全力をもって逆賊を追討する。
男と男の約束を果たす術を乾坤一擲の戦いに見出したランディは、言葉短く固い覚悟を決め、
更なる反論を口走ろうとしていたプリムを強い瞳で押しとめた。


「………貴方の決意は揺るがないのね」
「プリム、君は【官軍】へ加わらなくてもいい。
 ………いや、こんな血生臭い戦いへ加わって欲しくない」
「バカな事を言わないで欲しいわね。私は貴方を支えると決めたのよ。
 そんな血生臭い戦いへ臨む貴方を、私以外の誰が支えられるというの?」
「………すまない………」


ずっと支えていくと決めた男が決然たる覚悟をもって臨むのだ。
ならば、これ以上、何も言うまい。悲壮な戦いへ挑む彼を支えるだけだ。
ランディの強い瞳を見た瞬間、プリムの覚悟も固まった。


「………フェアリーには、また人間の汚い面を見せる事になってしまうけれど」
「なに今更言ってんの。人間のやり方にヘドが出るのは今に始まった事じゃないっしょ。
 ………良い面も悪い面もいっしょくたにみんながどうやって生きてくのか、見届けるのが【女神】の役目なんだからさ。
 きっと、先代が私に最低限の知識しか与えなかったのも、
 眼で、肌で感じて自分で考えろって、そゆことだと思うし」
「………フェアリー………」
「………そりゃホンネを言えば、みんな仲良しがイチバンだけどさ。
 一生懸命に生きてるみんなを『同士討ちするなど人類は醜い!!』だとか言って切り捨てたり、
 マンガのアホ神サマみたいなコトはやんないよ。
 辛い事、苦しい事、全部見届けて、見極めて、きちんと受け止めるんだ。
 もちろん、人類がみんな“THEダメんず”みたいなヘドロばっかりだったら、
 そりゃあちょっと考えるけどね、粛清という名の地上大抹殺」
「オイラだっておんなじだよ。人間がエルフと交流を結ぶだけの値打ちがあるか、
 兄ちゃんを通して見定めさせてもらうかんね!」
「地上大抹殺に値踏みか。責任重大だな………」
「重大なくらいが【ジェマの騎士】の責任には丁度いいくらいなのよ。
 背負った肩が軋んだ時は、私が揉み解してあげるから」


【ジェマの騎士】一同の覚悟が固まった頃、部屋の外から鼓笛隊による行進曲の演奏が聴こえてきた。
【官軍】はこの鼓笛隊の派手派手しい演奏をバックグラウンドに行軍する。
出撃というよりも閲兵式典の趣が感じられるこの発案もナイトハルトからの提示だ。
「【官軍】は体制側の部隊であるという側面を強調するには勇往邁進な行軍が肝要、
そのために各部隊ごとに鼓笛隊を随行させよう」との発案をヴァルダは即断で採用した。
いかにも大国の趣味に合わせた立案を繰り返すナイトハルトは、誰がどう見ても【アルテナ】の犬。
呆れるほど早い変わり身を果たしたナイトハルトをタブロイド誌は一斉にこき下ろしていた。


「―――ちぇっ、事情も知らない腐れ外道は気楽でいいよね。
 あ〜やって非生産的にヘタクソな楽器かき鳴らしてりゃいいんだからさ………」
「………ケヴィンとケリつけるのは、オイラだからな。邪魔したら許さないぜ」
「ランディ………」
「ここまで来て怖気づいたりはしないよ、プリム。
 ………………………行こう」


静かに呟いたランディは、左の手首へ巻かれていたバンダナを額へ締めなおした。






(………避けては通れぬ戦いが――−始まる………)






―――鼓笛隊の行進曲は、【官軍】出撃を告げる陣ぶれでもあった。













逆賊の汚名を着せられたデュランたちは、ライザの葬儀を終えたロッジを出発し、
ひたすらに終着地点を、かつて民族虐殺の憂き目に遭い、
廃墟と化して久しい【ローラント】を目指していた。


「ロキは【神獣】と呼ばれる最悪の【マナ】を蘇らそうと画策しています。
 ………世界を滅ぼす悪夢を、私は【アークウィンド】の末裔として、
 いえ、【イシュタリアス】に生きる人間として許すわけには行かない。
 ―――【聖域(アジール)】へ突入し、全身全霊であの人の狂気を止めます」
「当たり前よ! 【社会】はいくらでも変えられるってのに、
 手前勝手な行き詰まりでドカンとやられたんじゃたまらないわッ!!」
「カワイ娘ちゃん二人が揃ってお出かけの決意しちゃったんじゃ、
 ダテ男がエスコートしないわけにはいかないぜ。
 ………お前たちの思い、必ず遂げさせてみせるからよッ!!」
「機械を悪い事にしか、使えない人、オイラは、許せない!
 これ以上、機械に対する、悪い誤解、広げないためにも、絶対に、食い止めなきゃ!!」
「敵は【聖域(アジール)】にあり、か…。
 最後のカチコミ仕掛けるにゃ打ってつけのネーミングやな」
「ケヴィンしゃんのいうとおりでちよ。
 【マナ】はつかうにんげんのこころひとつでぜんにもあくにもはたらくもの。
 つかいてがさいあくのあほうときたら、けんきゅうしゃとしてみすごすわけにいかんでちっ!!」
「母さんに約束したばっかりなんだ。何一つ残せないまま終われっかよッ!!」


【ローラント】のどこかに眠る【マナ】の【聖域(アジール)】に
ロキと八基の戦術核ミサイル…通称【神獣】が在ると確信したリースは最終決戦を予感し、
アンジェラ、ホークアイ、ケヴィン、カール、シャルロット、エリオット………、
ここに集った皆、異口同音で彼女の決意に同調した。
世界の滅亡など知った事では無いデュランも、『ロキを斃す』という目的が合致する以上は
同行するつもりでいる。


『―――逆賊輩どもめッ!!』


しかし、逆賊として指名手配された状況での【ローラント】行は困難を窮めた。
自分たちが指名手配を受けていると知ってからは、市井の人々に迷惑がかからないように町村を避け、
歩みが険しい峠や山間を縫う進路を取っていた………が、しかし、この選択が悪い方向へ傾いた。
一行を熟知するランディは、住民に配慮して町村を避けると読み、
あえて人気の少ない間道へ兵を敷いて待ち伏せに襲撃させたのだ。


『―――俺とヤツの間に立つんじゃねぇ………ッ!!』


殆どの場合がデュランの【エランヴィタール】で一網打尽状態だったが、
【官軍】奇襲の頻度は既に両手の指でも数え切れないほど重なり、神経をすり減らす日々もそれに比例する。
休まる瞬間の無い決死行を続ける一行の疲弊は、精神的にも、肉体的にも限界へ近付いていた。


『トカゲの尾っぽばかりを斬ってどうする!?
 頭を潰さねぇ限り、またぞろ援軍連れて襲い掛かってくるってのが
 てめぇにはわかんねぇのかッ!?』
『温情をかける事は誤解を解く鍵ではないのですか!?
 私たちに謀反の気持ちは無いと、きっと伝わるはずですっ!!』
『甘ぇんだよッ!! 俺もお前らも逆賊だ!! だったら殺られる前に殺るしかねぇッ!!
 綺麗事で済ませてくれるほどなぁ、政治家ってのは温い連中じゃねぇんだッ!!』
『どうかしてます、今のデュランはッ!!
 お父様の事で悩む気持ちはわかりますよ!!
 でも、だからって、誰かに八つ当たりにぶつけて解決するんですか!?
 同じ八つ当たりするにしても、どうして私たちを頼ってくれないのです!?
 殴るなり蹴るなり、私たちへ、仲間へ向ければいいじゃありませんか!!』
『ナカヨシコヨシで刺客が消えるのか!? えぇ、お姫様よぉッ!?』


特に精神の磨耗は著しく、つい先日も、【官軍】の兵士を容赦なく殺そうとするデュランと
それを懸命に押さえ込もうとするリースの二人が激しい口論を起こしたばかりだ。
【フォルセナ】襲撃以来、兆候はあったものの、ここに来てデュランは仲間たちと完全に一線を画し、
生半可では埋められない亀裂が生じてしまっていた。


「………デュラン、エリオット………、………みんな………」


【禁断の廃坑】と呼ばれる閉鎖された坑道を抜けた時である。
坑道を抜けた先にブルーザー率いる【黄金騎士団第07遊撃小隊】が待ち受けていたのだ。
勝手知ったる仲と言う事もあり、最初は救援に駆けつけてくれたものと安堵したのだが、
彼らは【官軍】の証である錦旗を掲げており、甘い希望は粉微塵に打ち砕かれた。


「………ウソだよな、ブルーザー。敵を欺くには味方から、とかだろ?
 【フォルセナ】にいた時はケンカばっかしてたけど、
 あんたがボクと兄貴を本気で殺そうとするなんて―――」
「―――………総員、第二種攻撃態勢………」
「ブルーザーッ!?」
「………弩隊、放てぇッ!!!!」


エリオットの呼びかけも空しく、考えられる限り最悪の状況下で見えた新たな討手は、
最悪を更なる深みへ追い落としてくれた。
【ジェマの騎士】であると同時に戦術の鬼才でもあるランディ指導のもと、
徹底した集団戦闘を敷く【黄金騎士団第07遊撃小隊】は、
新たに採用した弩隊によって、まず中心戦力であるデュランとリースを狙撃した。


「―――くぁぁぁッ!!」
「チィ………ッ!! ………てめえ、ブルーザーッ!!」


従来の弓矢と比べ物にならない威力と精密性を誇る弩は波状に連射され、
得物でもって巧みに捌いていた二人の両腕、太腿をついに撃ち抜き、
事実上、直接戦闘力を削いでしまった。


「………槍兵隊、包囲攻撃を仕掛よッ!!」
「―――なッ!? 後ろからだとッ!?」
「こいつらッ!! ずっとワイらの後ろにおったっちゅうんかいッ!!」


一行が坑道を抜けるから段階から気配を消して後を尾けてきていた槍兵隊が
バックアタックで一斉に攻め入り、長い柄を意図的に交錯させる事で檻を形成、
ケヴィンとカールが持ち前とする鋭敏な動きを封じ込めた。


「ク………ッ!! これじゃ、身動きが、取れないよ………ッ!!」
「けったくそ悪いわッ!! ワイらの動きを知り尽くしとるッ!!
 これやから知り合いとやり合うんはイヤなんやッ!!」


【アグレッシブビースト】へシフトする暇も与えない迅速な包囲網に押さえ込まれては、
いかに屈強の獣人といえど手も足も出せない。


「ニンジャシーフの俺が気配一つも察知できなかったなんて、一生のふか―――」


深手を負ったデュランとリースを庇いながら、
槍兵隊を押し返す策を練るホークアイの背中を弩が襲ったのはその時だった。


「アカンッ!! ホークッ!!」
「………だ、大丈夫だっての、これくらい…!!
 ひ、人の事よか、自分の事心配しろよ………ッ!!」
「全然、大丈夫じゃ、ないだろッ!! シャルッ!! 早く、ホークを治療してッ!!」


幸いにして急所は外れたようだが、重傷に変わりは無い。
貫通した傷口から夥しい出血が迸り、急速にホークアイの顔面から血の気が失せていく。
―――危険だ。素人目にも致命傷というのがわかった。


「よし、間に合ったッ!! ぶっちぎれッ、【ファランクス】ッ!!」
「こっからぎゃくてんするでちよっ、【エンパワーメント】ッ!!」


弩隊と槍兵隊の猛攻に阻まれながらもなんとか【プロキシ】を
完成させたアンジェラとシャルロットだったが、
逆転を確信して翳された諸手から魔法が発動する事は無かった。


「どういうことでちか!? どんくさいアンジェラしゃんならいざしらず、
 しゃるがまほうをしっぱいするかのうせいは、まんにひとつもないはずでちよ!?」
「比べてエヘンてやってる場合じゃないでしょ!! 二人して魔法が発動しないなんて―――」


詠唱も韻も失敗していない筈の魔法が不発に終わった原因を、
ブルーザーの背後に控え、ワンド(魔法杖)を構える数人の男たちに発見したアンジェラは、
【黄金騎士団第07遊撃小隊】の周到な容易に愕然と膝を付いた。


「―――【黄金騎士団】に魔法隊…ッ!?」
「【ジャミング】のまほうっ!! さかしいことしてくれるでちねっ!!」


【ジャミング】とは、一時的に自然界と人間界の調和を見出し、
魔法の発動に不可欠となる精霊との交信・融合を困難にしてしまう妨害魔法の一種だ。
つまり、アンジェラたち術師にとって最大の鬼門である。
通常の戦闘ならば、【ジャミング】の作用が薄れるまで物理攻撃で切り抜けられるものだが、
デュランたち主力勢が戦闘力を奪われ、ホークアイが瀕死の重傷を負った現在では、
魔法の使用が規制されるのは文字通り命取りになる。


「なんでこんな進路を選んだんだよッ、シャルッ!!」
「そ、そんなこといわれても、まさかまちぶせされてるなんて………」


心許ない脇差を振るって一歩も引かないエリオットは、
苦悶のあまりゼーゼーと息を荒くするホークアイの頭を抱えて動揺に固まるシャルロットに
厳しい口調で問い質した。

【ローラント】を最終決戦場に見据えて出発した一行だったが、
移動魔法の類は誰にも使用できず、いつだったかビルとベンが引きずってきた大砲も無く、
徒歩にて永い長い道のりを踏破する必要があった。

とはいえ、旅立ちのロッジから大陸を挟んで離れた【ローラント】へいきなり駆け込めるものではない。
町村の宿泊施設に頼れない一行は、世界の至るところに点在する【マナ】の研究施設を中継地点に設定し、
わずかな急速を取りつつ、一歩一歩【ローラント】へ向かっていた。
閉鎖されたまま打ち棄てられた【禁断の炭鉱】の付近には、彼女とヒースが採掘した研究所があり、
一行はそこを目指す道中で【官軍】の討手に襲撃されたのだ。

その研究所を次の中継地点にしようと提案したのは他ならぬシャルロット自身だったのだから、
責められて返す言葉が無い。合理的と考えた経路設定が裏目に出た挙句、
仲間たちを窮地に陥らせてしまった自責が重く圧し掛かった。


「―――ぁあぐぅッ!!」
「アンジェラ姉さんッ!! この野郎、やりやがったなッ!!」
「………てめぇら、ナメてんじゃねぇぞコラァッ!!」


手持ちの杖では堪えきれず、鋭利な槍で腹を貫かれ、吐血して突っ伏したアンジェラも、
何度も叩き伏せられ、全身に打撲傷を負っているエリオットも、
傷口から鮮血を噴き出させながらも素手で騎士団と戦うデュランも、
仲間たちの窮地は極限に達していた。


「………おとなしく降伏してくれ、デュラン。
 そうすれば俺が助命嘆願を上層部(うえ)に掛け合って―――」
「公権の犬どもにかけてもらう情けは必要無ぇッ!!!!」


しかも、理性のネジをどこか遠くへ飛ばし、【鬼】と化している現在のデュランに
己の極限を労わる思考は残されてはいない。
出血量の激しさによって脱力していく身体を無理やり前へ押し進め、
修羅の剣幕に怯む槍兵隊へなおも攻めかかろうと奮迅する。


「―――――――――グッ…!!」


だが、気迫を動力にしたところで肉体が破綻を来たせば身動きは取れなくなる。
失血によって身体の自由を奪われたデュランは、怨念めいた形相で【官軍】を睨みつけたまま、
とうとう動けなくなってしまった。


「兄貴ィッ!!」


防御も回避も出来ない状態で立ち往生するデュランは【官軍】にとって格好の的だ。
反撃を狙う弩の鏃が一斉にデュランへ向けられたが、幼い力では盾にもなれないエリオットは
最悪の危機に彼の名前を絶叫する事しかできない。絶望的構図が広がっていた。


「―――【ディスペル】」


「南無三ッ!!」とデュランのもとへ滑り込むべくエリオットが駆け出し、
シャルロットの脇を抜けた瞬間だった。
敵側からかけられた魔力的作用の効力を打ち消す【ディスペル】の魔法が囁かれ、
パチン、と空気を弾くような軽い音が辺りに響き渡った。


「今の………ッ!?」
「………喋るな。舌を噛む………―――【テレポート】…ッ!!」


続けて瞬間移動の魔法。【ディスペル】によって外部からの干渉を免れた現在なら、
こちらの魔法も効力を発揮できる。
いずれの魔法にも共通するのは、詠唱者の声が初めて聴くハスキーボイスであった事と―――


「シャ…ル…?」


―――そのハスキーボイスの持ち主が、
コケティッシュな仕草を消した鋭い目付きのシャルロットだった事の二点。
これまで見た事の無い彼女の一面に呆然とするエリオットと負傷に喘ぐ仲間たちを
淡い燐光が包み込み、ブルーザーが気付いた時には、デュラン・チーム全員を
いずこかへと瞬間移動させていた。


「………逃げられたか………」
「―――逃げられたか、じゃないッスよ!!
 隊長、こんなの絶対間違ってますッ!!」
「………………………」


苦虫を噛み潰すようで、それでいてどこか安堵したような、
複雑な感情で眉間に皺を寄せるブルーザーへ新入騎士が詰め寄った。
【フォルセナ】襲撃でも、【ケーリュイケオン】でも誰よりも先駆けて一番槍を目指したあの若い騎士だ。


「デュランさんたちが逆賊なわけないでしょ!!
 命懸けで【三界同盟】なんてバケモノと戦った人たちが!!
 俺、もう我慢の限界ッスよ!! 【ジェマの騎士】は何考えてんですかねぇ!?」
「………あまり大声で個人的な発言をするものではないぞ、ユリアン」
「しかもッ!! 正面切って戦うならまだしも、
 やってる事は【ローザリア】の弩隊と槍兵に【アルテナ】の魔法隊を合わせた連携攻撃!!
 俺たちぁアレですか、指咥えて見てろって事ですか!!」
「………ユリアンッ!!」


剣戟での白兵戦闘を要とする【黄金騎士団第07遊撃小隊】が弩や槍の波状攻撃、魔法と
異種混合の戦術を急に採用し始めたがおかしいと思えば、内訳はそういう事なのだ。
【官軍】は【ローザリア】が誇る兵団と【アルテナ】の魔術師団の二本柱を中心に構成されており、
主だった戦闘は常に彼らの主導で動く。
そのため、【黄金騎士団第07遊撃小隊】は戦闘に参加する事さえ許されず、
ユリアンの嘆くように殆ど検分と旗持ちとしてしか機能していない。






(………確かに波状攻撃は【ジェマの騎士】の指導だ…が………)






当初の予定では【フォルセナ】や【ガルディア】の騎士団も含めた共同戦線のもとで
追討を進めるはずだったのに、蓋を開けてみれば【ローザリア】と【アルテナ】の独壇場だ。
二大国の兵団を主力に据える布陣は、ランディではなく、ヴァルダ直々の命令である。






(【アルテナ】に追従する有力国は大役に抜擢して飼い殺すハラか。
 ………こんな時にまで“政治”かよ………ッ!)





新入騎士のようにストレートな形で表に出す事は決してしないが、
ブルーザーとて腹に据えかねる憤りは一方ならぬ物を抱えていた。
幼馴染みの親友を含めたかつての仲間たちを討たなければならない立場にあるのだから、
憤激の度合いは他の誰よりも強い。






(………………………デュラン)






本心では当然デュランたちの助命を願っている。
しかし、それを少しでも口に出せばたちまち逆賊の汚名を着せられる事だろう。
問題児だらけではあるが、彼も一軍を率いる身。
一時の感情に流されて、部下の人生を狂わせるわけにはいかない。


「隊長ッ!! 今からでも遅くありませんッ!!
 俺たちだけでも【官軍】から抜けてデュランさんたちの援軍に………ッ!!」
「………俺たち【官軍】の任務は、逆賊を討ち、【社会正義】を示す事だ。
 これ以上、逆賊に肩入れするのならば、謀反の想念有りと見て斬り捨てる………ッ!」
「隊長………!」


鼓笛隊の行進曲が、戦場の遥か遠くから聴こえてきた。
戦闘力を持たない楽隊の彼らは、一度開戦した時は遠方に隠れて勝敗を見守り、
決着がつき次第、こうして楽曲を奏でながら戻ってくる。
それだけでも腹立たしいのに、戦士として鍛えられていない鼓笛隊の面々は行軍の最中、
すぐに休息を取りたがるので、移動一つ取っても予定の何倍もの時間が浪費されるのだ。
それも、自分たち【アルテナ】直々のお声がかりで激励に出向いてやっているのだ、と高慢に。


「………着飾るだけしか頭に無い愚か者どもが………ッ!!」


それは、クソの役にも立たない鼓笛隊への因縁と、
彼らが後光とする、戦場からかけ離れた安全地帯で今も菓子を食っている
為政者たちへの憤りをない交ぜにした、心の底からの怒りだった。





















「着飾るだけしか頭に無い愚か者どもが―――だってさ。
 どーする? 殿下にチクッちゃう?」
「大局も見渡せない小兵の苛立ちさ。可愛いもんじゃないか」
「アルがそーゆーなら、アイシャは別にいいんだけど♪」


ひとまず戦闘が決着した【禁断の炭鉱】を見下ろせる小高いハイロックの上では、
アルベルト率いる【インペリアルクロス】の面々が【黄金騎士団第07遊撃小隊】の撤収を睥睨していた。
一同、【アルテナ】王家のシンボルをあしらった、【官軍】の証の腕章を付けている。


「ど〜すんの、アル? 兵隊さんたち撤退してっちゃうけど、
 まだピ〜ピングを続けるの?」
「次の一手は彼らが見えなくなってからさ。
 【アルテナ】に関わる人間に私たちの行動を目撃されるのは困るからね」
「お、お、お♪ んじゃ、いよいよ懐へ攻め込むってわけ?」
「こらこら、私たちの任務は彼らの討伐じゃあないだろう?」
「あ、そかそか♪ デュラン・パラッシュの擁立DA・YO・NE♪」
「パラッシュなどどうでもいいのだけどね、本当は。
 ………我々は【アルテナ】を滅ぼし得る【マナ】を入手できればそれでいいのだから」
「で、どうやんの? 真正面から説得?」
「………差し当たっては、彼らの足元から崩していく。
 邪魔者には消えておいてもらった方が動き易いからね」
「積み木崩しみたいだね♪ んんん〜♪ なんだかゾクゾクしてきちゃうよ〜♪」


腹に一物を持っているかのような口振りを隠さない【インペリアルクロス】の登場は、
文字通り【死】の狂乱を孕んだ決死行へ、新たな、そして甚大な波乱を穿つ事になる―――。






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