磐石の円陣を組んだ【インペリアルクロス】だったが、攻勢へ出ようと前進した瞬間に輝いた碧の烈光が
横一文字に奇襲し、道端の小石か何かのように軽く弾き飛ばされてしまった。


「………どいつもこいつもグダグダグダグダと………」


円陣を弾いた烈光は、リースたちの背後から伸びたものだ。
とぐろを巻く埃と煙の渦中で碧の輝きを放出する【エランヴィタール】が
輪郭のみを映し出したシルエットはまさしくデュランその人だ。
煙に邪魔されて顔かたちまでは確認できないが、語気と、何より全身から放つ闘気には
明確な殺意が宿されている。


「うぜぇんだよッ!! 俺に構うんじゃねぇッ!!!!」


【エランヴィタール】の奇襲によって陣形を崩され、
痛烈なダメージを受けた【インペリアルクロス】に背中を向けると、
デュランは地面へ【エランヴィタール】を突き立て、その状態で【プレーンランチャー】を正射した。
エネルギーの奔流は一種の推力となって煙のカーテンを突き破り、その向こう側へ一気に攻め入る爆発力と化す。


「―――ぬぉッ!?」


タックル気味に突進してきたデュランの肩口に殴打された【インペリアルクロス】随一の巨漢は脳をシェイクされて昏倒し、
彼と連携を組むべく大斧を振りかざしていた大柄の女戦士も続けざまに繰り出された柄が
鋭角に鳩尾をかち上げ、あまりの痛打に膝を折ってしまった。


「う…そ…ッ!! アイシャびっくりッ!!
 いくら【マナ】が強力ったって、あの二人が子ども扱いなんて…!!」
「うるせぇっつってんだろうがよぉッ!!!!」


柄のギリギリを握り締めた体勢から回転斬りを放つ【殲風】の技に見舞われる頃には、
辛くも回避したアルベルトとアイシャ以外は薙ぎ倒され、誰一人意識を保っていない。


「す…素晴らしい! 傍目に観察していたのと直接目の当たりにするのとでは桁違いだッ!!
 【エランヴィタール】ッ!! ナイトハルト殿下の仰られた通り、
 是非とも【ローザリア】の手中に収めねばならないなッ!!」


圧倒的、と言うより他無い【エランヴィタール】の猛威を身を持って痛感したアルベルトだったが、
仲間をこっぴどくやられたにも関わらず、恐怖に歯を鳴らす事なくデュランを、
…いや、【エランヴィタール】の性能を拍手で賞賛した。


「言ってる事がちぐはぐだろっ!! お前ら、デュランが目的だったんじゃないのか!?」
「浅はかなんだよ、泥棒風情の勘ぐりが。
 逆賊となった以上、デュラン・パラッシュ本人に何の価値も無い。
 しかし、パラッシュの持つ【エランヴィタール】は別だ。持ち主よりずっとも値打ちがある」
「………読めたわ。【エランヴィタール】を対【アルテナ】用の切り札にでもするつもりかッ!!」
「多勢の【官軍】をも一瞬で打ち倒す最強の【エランヴィタール】だ。
 【アルテナ】に抵抗する最終兵器として活用しない手がどこにある?
 ………DNA登録を施したパラッシュにしか使えぬゆえに懐柔してやろうと考えたのだがな」
「………………………」
「露見してしまったのならばそれでも構わない。そもそも貴様は弁舌では動かない男のようだからな。
 懐柔に動じぬというのであれば、DNAを照合できる腕だけを切り落として持ち帰れば良いだけよ。
 【バロン】が開発したシステムジャック用の【マナ】もある事だしな」
「………………」
「反【アルテナ】にとって【エランヴィタール】は不可欠の―――」
「―――………もう殺す」


お前には価値が無いんだよ、とケタケタ不気味に嘲笑うアルベルトの放った光の刃を
碧の烈光の一薙ぎで相殺したデュランは、正面きって繰り出された追撃の刺突をも軽く退けると
彼の自慢の名剣を遠方へと弾き上げた。


「アルッ!!」
「………邪魔だ」


愛する男の窮地へ飛び込もうとするアイシャを【プレーンランチャー】で吹き飛ばし、
誰にも邪魔されない状況を打ち立てたデュランは、アルベルトの首筋へ【エランヴィタール】の刃を当てた。
頬を伝って閃光の刃へ落ちた汗が焦げてイヤな臭いを立てたが、突かれた鼻腔に顔を顰める余裕すら無い。


「どう殺されたい? 首を刎ねられるか、喉を突き破られるか、どちらか―――」
「ダメですっ!! それをやってしまったら、あなたは本当の逆賊になってしまうっ!!」


そんなアルベルトの絶体絶命を救ったのは、無慈悲に極刑を執行しようと刃へ殺意を込めるデュランを
羽交い絞めに止めるリースだった。
急の出来事に一瞬怯んだデュランの隙を突いたアルベルトは、一足飛びに安全圏まで離脱し、
なんとか死の危機から逃れる事に成功した。


「クックック………、女に足元を救われるとは、随分色気じみた話じゃないか」
「………………………」
「この場は一旦引かせてもらおう。しかし、忘れるな。我々は必ず貴様を追い詰める。
 地獄の果てまで追い詰め、貴様のような無価値な人間の手に余る【エランヴィタール】を奪回する」
「………負け犬の遠吠えにしては随分と偉そうに吐き捨てるじゃねぇか………」
「………そうそう、【モバイル】もだ。
 特に【ナバール魁盗団】の盗賊輩は手厚く処断してやらなければな。
 ………断末魔の瞬間を首を洗って待っていろ、逆賊ども」


絶好の機会を逃す手は無い。デュランの追撃が向けられる前に、
懐に隠し持っていた【エルドリッジオーブ】の魔力を解放したアルベルトは、
【インペリアルクロス】の部下ともどもテレポートの燐光に包まれ、
戦場と化した【オッツ=キイム】に捨て台詞を残して脱出していった。


「へッ!! なんだい、あの腐れボンボンめッ!!
 さんざカッコつけときながら、逃げてく時のあの無様さったら無いぜッ!!」
「いんぺりあるだか、いんぽてんつだかしらないでちけど、
 しゃるたちのだんけつりょくにけんかうるのがそもそものはいいんなんでち。
 つぎきたときはこてんぱんどころか、ぎったんぎったんにしてやるでちよっ!!」
「ちょっとちょっと、調子が良すぎるんじゃないの〜?
 あたしらを騙してたくせに団結力なんてさ〜、え〜、この演技派女優〜っ!」
「演じるってコトにかけちゃ、俺のが上だってコト、忘れないでくれよ!!
 今じゃお笑い芸人にお蔵替えしたが、ちょっと前までは一流の【エミュレーショニア】だったんだからよ」
「うむ、マッちゃんの演技力は筋金入りなのだぞ」
「パクリが芸の低俗野郎に一流もクソもあるかよ。
 一緒にするのは失礼だ。シャルと世界中の演技派の皆さんに土下座しろ」
「「………………………」」
「………実もフタもあったもんやないけど、エリオットの言う事も一理あるさかい、
 ワイにもフォローでけへんわ」
「そ、そんな事、無いよ。マサルさんに教わった、【夜討板頭】の小噺、
 こないだ、【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】の仲間に、聴かせたら、
 すごく、好評だったし!!」
「でもそれって、ケヴィンの人柄と小噺の面白さがウケただけで、
 パクリのおっさんがウケたわけじゃないでしょ」
「「………………………」」
「エ、エリオット! あんまり、マサルさんたち、いじめたら、ダメだッ!!
 二人とも、今、すっごく、がんばってるんだからッ!!」
「いまのくちぶりじゃ、これまでのマサルしゃんたちのねたがつまらなかったって
 みとめたようなもんじゃないでちか」
「えぇッ!? オ、オイラ、別に、そんなつもりで、言ったんじゃ、無いんだけど…ッ!?」
「「………………………」」
「うおッ! 物真似と風刺できやがったな、シャル!!
 なぁ、マッちゃん、【ギョロ目de鬼不動】もこうやってネタ作ったら―――」






―――――――――パァンッ。






これまでのどの勝利よりも充足感に満ちた余韻に皆がガッツポーズを作り、
大騒ぎの歓喜に沸き立つ中、その隆盛を鋭い肉打つ音が遮った。


「………てめぇが邪魔していなければ、ヤツを殺す事ができた。
 ………どういう了見だ。いつも俺の邪魔ばかりしやがってよォッ!!!!」


突然の事態に驚いた一同が音の鳴った方を振り向いた刹那、愕然は呆然へと摩り替わる。
振り向いた先では、リースの頬をデュランが怒りに任せて平手打ちしていた――――――












「―――主力を叩いたのですから、これで【インペリアルクロス】も
 しばらくはおとなしくしている事でしょう。
 ………もっとも、デュランくんの言う通り、仕留めておかなかったのは失敗ですがね」
「むなくそわるいものいいはやめるでちよ、ヒース。
 しゃるたちはあくとうじゃないんでちから、なんでもかんでもくびちょんぱするひつようもないでち。
 っていうか、ここでくびちょんぱしようものなら、
 それこそヴァルダのくそびっちのおもうつぼじゃないでちか」
「それはそうなんだけどねぇ………」


ディアナの離脱を見計らってオペレーティングルームから戻ってきたヒースは、
【インペリアルクロス】本隊の襲撃と、そこにまつわる事件の顛末をシャルロットから報告され、
一瞬、『せめて人間らしく生きる』事が難しくなったのではないか、と危惧したものの、
いつも以上に輝く彼女の笑顔から一切の不安を取り除かれ、心の中で仲間たちに頭を垂れた。
とは言え、のほほんと頭を垂れていられるほど軽い空気ではなく、むしろ事態は剣呑。


「いい加減にしなさいよッ!! こないだから好き放題やってくれちゃってさぁッ!!
 あんた、何様のつもりなのッ!? ねぇ、すっとぼけてないで答えなさいよッ!!」


不貞腐れたように腰を下ろしたきり眼も開けないデュランに食ってかかるアンジェラの形相は
鬼も裸足で逃げ出すのではないかと背筋が寒くなるほど、激しい怒りが燃え盛っていた。
アルベルト殺害を制止したリースに平手打ちした事を発端にアンジェラの怒りは爆発したわけが、
今度の怒りは単純に仲間へ暴力を振るった糾弾だけでは済まされない。
今日に至るまでのデュランの身勝手な振る舞いには、少なからず皆が業を煮やしており、
ホークアイも、カールも、直接口には出さないだけで全身から強烈な怒気を放っていた。


「………………………」


殴られたリースは沈痛な面持ちで俯き、どうフォローしてよいものか掴めないエリオットと伯爵は
困ったように顔を見合わせるしか無い。
普段はご陽気なマサルですら渋い顔を作って動向を見守るくらいなのだから、剣呑の深度は相当なもの。
これでもしデュランが何か粋がろうものなら即座に乱闘が始まるだろう。
一触即発、としか形容のしようがない空気が【オッツ=キイム】を支配していた。


「師匠、はい、コレ」


凍えるくらいに冷たい空気を照らす太陽のような温かい声がケヴィンから発せられたのは、
居た堪れない耐えかねた伯爵が確実に滑るボケで場を和ませようと決意した直後だった。
出鼻を挫かれた伯爵だったが、ここで不満を漏らしては状況が更に悪化するのが眼に見えているため、
あえて口を噤み、ケヴィンへ委ねる事にした。
そのケヴィンは、何かオモチャのような物をデュランへ差し出している。


「オイラが、初めて作った、カラクリ人形。ついさっき、完成した、ばかりなんだ」


デュランが一瞥もくれないそれは、手足のバランスがすこぶる悪い、ブリキの人形。
子供向けのコミック雑誌に掲載されているようなロボットの人形だった。
30cmにも満たない小さな人形だが、背面から何かケーブルのような物がせり出していて、
ケヴィンの手元にあるコントローラー(と呼ぶにはあまりに不恰好な箱だが)で操作できるようだ。


「名前は、ビルバンガーT試作1号機。名前ばっか、カッコよくて、動きも、全然だけど、
 オイラ、がんばってみたんだ。………あ、また止まっちゃった」


両足のバランスが悪いので、傍目には立つ事も難しいのではないかと思えるカラクリ人形だったが、
周囲の不安を裏切ってシャンと地面に立ち、ケヴィンの操作に合わせて動き始めた。
カタカタ、ガチガチと奇妙な音を立てながら、数秒ごとに中休みしながら、
動きこそ拙いが、一歩一歩、少しずつ前進していった。


「へへっ…、まだまだ、ヘタクソだな。
 でもね、ぶきっちょだけど、見てると、元気、出て来るんだ。
 少しずつでも、前に、進もうとするとこ、自分たち、見てるみたいでさ」
「………………………」
「………師匠が、なんで、元気ないのか、オイラ、聴かないよ。
 きっと、師匠にとって、大事なことだから。
 その代わり、オイラのビルバンガー、貰って。これ見て、楽しんで、元気出して!」


それは、口下手で控えめなケヴィンが、敬愛するデュランのためにしてあげられる事を
一生懸命考えた末に辿り着いた彼なりの精一杯の激励だった。
生まれて初めて作ったカラクリ人形で、デュランに元気になって貰いたいと願うケヴィンの優しさが、
愛しいくらい純粋無垢で、凍えた心を溶かしてくれる太陽の温かさが、
ギスギスした空気を解きほぐしていった。
これならデュランも変わってくれる………誰もがケヴィンに希望を見出した―――


「………………………」


―――が、太陽の優しさは最も残酷な形で終焉を迎える事になる。
不器用にだけどポコポコと歩いていた『ビルバンガーT・試作1号機』を、
デュランは事もあろうに思い切り踏み潰したのだ。


「―――ンのバカ野郎ッ!!!!」


ブリキの拉げる音と共に『ビルバンガーT』が粉砕された直後は、何が起きたのか誰も理解できなかったが、
デュランの足の裏で踏みにじられているのがケヴィンの優しさだと把握した瞬間、
マサルの拳が彼の顔面を真正面から殴り飛ばした。


「てめぇは自分が何をやったかわかってんのかッ!?
 ケヴィンの優しさをブッ壊す権利がてめぇにあんのかコラァッ!!」


デュランの胸倉を掴んだマサルは、なおも数回に亘って拳を打ちつけたが、誰一人止める人間はいない。
マサルがやらなければ、他の誰かが殴っていた。
他の誰もが暴力に訴えるだけの怒りを覚えていたからだ。


「やめて、マサルさん、オイラ、怒ってないから」
「お人好しで治せるバカじゃねぇんだよ、今のこいつはッ!!
 殴って、殴って、わかるまで殴らなけりゃならねぇッ!!」
「違うよ、マサルさん。オイラたちに、出来るのは、師匠が、元気になってくれるまで、
 受け止め続けることなんだ」
「ケヴィン………」
「だから、オイラ、また『ビルバンガー』、作る。
 次は、一回じゃ壊れない、頑丈なの、作るから、師匠は、思う存分、踏み潰して。
 潰れたら、今度は、もっと頑丈なの、作る。それで、師匠、元気になるなら、
 オイラ、何十回だって、何百回だって作り続ける」
「………………………」
「だって、オイラ、師匠の【仲間】だもんッ!!」


ただ一人、踏みにじられたケヴィンだけがマサルの拳を引きとめた。
どれだけ無残に踏みにじられようとも、デュランの葛藤を受け止めようとする優しさは揺るがなかった。


「次なんか無ぇよ、ケヴィン。
 ………もう仲良しこよしはお終いだ」


涙ぐましいまでの優しさをもって接するケヴィンだが、他の人々はそうはいかない。
怒りは急速に温度を失い、軽蔑となってデュランへ降りかかる。
なんとしても彼を立ち直らせようとする意欲は底を尽き、他人を見る眼差しだけが後には残された。


「俺たちはデュラン・パラッシュに惚れ込んでここまでやって来た。
 自分勝手な連中を本気で叱ってくれるお前に惚れて随いてきたんだ」
「………………………」
「お前が何かに悩んでるのは知ってる。それを受け止めてやるのが一番だって事も解ってる。
 だけどよ、そいつをしてやりたいと思えるのはデュラン・パラッシュだ。
 デュランの皮を被ったお前なんかじゃないッ!!」
「………………………」
「仲間でも何でもないお前にこれ以上付き合ってやる義理は無ぇ。
 俺たちは俺たちの道で【ローラント】へ行く」
「………………………」
「………今日限りでおさらばだ」


呆れと軽蔑が入り混じった決裂の言葉を浴びせかけたホークアイが、
それを最後に振り返る事もなくデュランのもとを去っていく。
やがて去りゆく足音は増え始め、戸惑うケヴィンもマサルに腕を引かれていなくなった。


「デュランしゃん………」
「………………………」
「しゃるはずっとずっとあんたしゃんがたをだましてここまできたでち。
 そんなしゃるがいまさらこんなふうにいうのは、おこがましいかもしれないでちけど―――」
「………………………」
「―――しゃるたちは、みんな、あんたしゃんにほれこんできょうまでやってきたんでち。
 もくてきもかんがえかたもばらばらの【なかま】たちがまとまってこれたのは
 ほかでもないあんたしゃんのおかげなんでちよ」
「………………………」
「………………………しゃるたちは、もうあんたしゃんにはひつようないにんげんなんでちか?
 だから、なにもいわないんでちか? とっとときえてくれとおもってるんでちか?」
「………………………」
「………しゃるたちは………もういっしょにはいられないんでちか?」
「………………………………………………………………………」
「………………………そう………………………でちか………………………」


最後まで居残り、本当に単純で、けれど何より大事なコトを問いかけていたシャルロットも
長く沈痛な沈黙の末、悲しげに溜息を一つ漏らしてデュランから背を向けた。
「ちょ、ちょっと待てよッ!?」と小走りに彼らを追うエリオット以外の足音は、
足跡に例えようのない冷たさを地面へ刻み込んでいる。
追いすがる事も許されない冷たさを、デュランの心へ刻み込んでいった。


「………お前は行かねぇのか」


足音が消えるのを耳で捉えながら、項垂れたまま眼も開けずにいるデュランの傍には、
たった一人、リースだけが残っていた。


「行きますよ。私だってこんなところで足を止めるわけには行きません」
「………………………」
「今の貴方は最低です、デュラン。
 貴方に悩みがあるのは解りますし、仲間へぶつけるのは決して悪い事じゃない。
 でも、誰かに蟠りをぶつけるのと、優しさを踏みにじるのではまるで違います」
「………お前もお説教かよ」
「お説教なんかしなくても、そんな事、貴方には解っているじゃないですか。
 不器用なくせに誰よりも優しい貴方には」
「解ってるヤツがこんなブザマな恰好曝すわけねぇだろ………ッ!!」


言うや急に立ち上がったデュランは、説教を始めたリースの頬をもう一度殴るのでなく、
何をするでもなく彼女に背を向け、ヘドロのように濁りきった胸の内を一気呵成に並べ立てていく。


「見事に俺たち家族を裏切ってくれたクソ親父を踏み越えてやるために
 強くなってみりゃ狂犬呼ばわりされて、今じゃ【黄金の騎士】の面汚しと鼻つまみ者だ。
 目一杯強くなって、ようやくクソ親父をブッ潰せると喜んでてみろ、
 あいつはゴミタメのド真ん中にいやがった。
 自分でも笑っちまわぁ。さんざ追いかけてた背中が、無様に情けなく丸まってやがったんだぜ?
 それだけじゃねぇ。今度は手前ェ勝手な行き詰まりで実の娘を殺そうとしてやがった。
 ………死にたいくらいに憧れた親父の成れの果てだ」
「………………………」
「そんなクソ親父へ一旦振り上げた拳を下ろす場所が、俺には見つけられねぇ。
 今でもな、俺の頭のてっぺんへ振り上がったまま、どこへ下ろすか迷子になってんだよ」
「………………………」
「自分でもどうすりゃいいかわからねぇ。
 わからねぇからイラついて、腹が立って、でも殴りつける親父は、もうどこにもいねぇ。
 ………笑えよ、傑作だろ? 俺はお前らをケリつけられなくなった親子喧嘩のはけ口にしたんだッ!!」


並べれば並べるほど埋没していく事を頭で理解していながらも、一度決壊したヘドロは止まらない。
そんな情けない自分の醜態を見られたくなくて向けた背中は悲しいくらいに煤けており、
直接顔を曝さなくてもどんな表情に歪んでいるか、その背中を見れば即座に解ってしまうだろう。
ならば、いっそ正面から情けない顔を曝すか。そうすれば気も楽になるのか。
そんなわけが無い。リースにそんな情けない恰好を曝せるわけがない。
しかし、今の自分はもっと無様で情けない………最悪の循環がデュランの全身を蝕んでいた。


「その結果がこのザマだ。お前の気持ちも、ケヴィンの気遣いも踏みにじって、
 あれだけ嫌ってた親父と同じ状態になっちまったんだよ、俺は」
「………………………」
「仲間だって誰もいねぇ。みんないなくなっちまった。
 手前ェ勝手な行き詰まりでお前らに当り散らして、無様に情けなく背中丸めてよぉ」
「………………………」
「どうしようもねぇカスなんだよ、俺―――」


―――その時、自虐を嘲笑するデュランの唇の上から、何か温かな物が覆い被せられた。
それから数秒の間、言葉を失い、時間が止まり、デュランは眼を見開いた。


「………ん………っ」


視界一面に広がるリースの顔、唇に触れる温もり、直に伝わる彼女の頬の火照り。
気が付けば、キスを、していた。


「………やっと本音を話してくれましたね」
「………………………」


醜く捻じ曲がった感情もこの時ばかりは吹き飛び、
離れたばかりの唇の感触が頭の中を堂々巡りして思考回路を乱麻させた。


「それでいいんですよ、デュラン。
 いつだって、誰にだって生身でぶつかるのがデュラン・パラッシュなんです。
 みんなが慕い、私が好きになった貴方なのですから」
「………………………」
「………だから、私は先へ進みます。一足先に進んで、貴方をずっと待っています。
 私を支えると誓ってくれた約束へ、私たちへ追いついてくれるまで待っています」
「………………………」


濁って溢れた感情をぶちまけたデュランへリースが返したのは、
これまでずっと胸に秘めてきた想いの丈。心からの告白。
子供じみた自分を叱り、本気で心配してくれたデュランへいつからか抱いていた、偽らざるリースの想い。
愛と呼ぶには幼いけれど、恋よりも数段強い想いを、ありったけの勇気を込めてリースは告白した。


「………リ、リース………」


こんな時に―――いや、こんな時だからこそ告げなければならない想いを受けたデュランは、
何をどう返せばわからずに立ち尽くし、視線を忙しなく泳がせるしかできなかった。
そう、これでいいのだ。デュランは、これでいいのだ。
修羅を宿った戦鬼じゃない、この不器用な姿こそ、紛れも無いデュラン・パラッシュなのだ。


「たとえ他の誰もが貴方を見捨てたって、私は貴方を信じています。
 ………だから、今は、さよならです、デュラン」


慌てるデュランの姿へ満足げに頷いたリースは、
他の誰もが見捨てても、自分だけは最後まで信じ続ける、と改めて約束を交わし、
最後にもう一度、デュランに口付けると、去っていった仲間たちの後を追った。


「………………………」


小走りに去っていく足音もやがて聞こえなくなり、デュランは今度こそたった一人、
【オッツ=キイム】へ取り残された。






(…………………何やってんだ、俺は………………………)






答えすら返せないまま、自分の情けなさを悔いて追いかける事も叶わないまま、
想いは、未だ晴れぬ心の澱へと吸い込まれていった―――――――――………………………







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