「陰流………、まさか、【草薙カッツバルゲルズ】が隠密を飼っていたとは………」
「―――はッはははッ!! その間抜けなツラを拝んでいたら、
 怒り心頭が爆笑に変わってしまいましたよ」
「―――――――――ッ!!」


【オッツ=キイム】オペレーティングルームのコンソールを操作していた女性は、
【デジタルウィンドゥ】から映し出される現在の状況と
気配無く背後へ立ったヒースの嘲笑の二つに驚愕して眼を見開いた。


「き、貴殿は、ヒース・R・ゲイトウェイアーチ………ッ!!」
「そういう貴女は【官軍】の、
 …いえ、【インペリアルクロス】の一員と考えてよろしいですね?」
「………【インペリアルクロス】………、ディアナ・L・スクラマサクス………ッ!」
「ほう、隊長さんのご親族かな? 顔かたちもどことなく似ておられる。
 ………周到な腹の黒さも血縁と言ったところかな」
「腹の黒さはお互い様でしょう」
「それはそうだ―――では、腹黒ついでに卑怯撃ちでとっとと逝ってもらいましょうか―――」


向き合って会話していたヒースだったが、言うや袖口に隠していた【ハイゼンベルグ】を取り出し、
オペレーティングルームを占拠した【インペリアルクロス】が一人、
ディアナの眉間へダブルタップ(※射撃術の一つ。確実に仕留めるために二連発する)で速射した。
だが、二発の銃声がデュアナの頭を吹き飛ばす事は無く、
シャン、と鈴が鳴るような音がした瞬間、劣化ウラン弾は八方へ四散し、
壁へ傷を付けるに留まった。


「ほう、見事な抜き打ちですね。自慢の弾が紙のごとくだ」


もう一度、シャン、と鈴の鳴るような音。
値踏みするかのように表情を浮かべるヒースの視線の先では、
ディアナが湾曲した細身の刀剣を鞘へ納めているところだった。


「………秘剣【ハヤブサの太刀】。貴殿の【マナ】にも引けを取りません」


神速の居合い抜きで弾丸を裂いたディアナの眼光が、動揺から戦意へ塗り替えられていく。
応じるヒースも同様に、嘲笑を消し、今度こそ標的を必殺せしめるべく狙いを合わせた。


「秘剣まで披露していただいた身で厚かましいのですが、
 そろそろこちらも披露してもらえませんかね。
 ………私のDNAで支配下に置かれているオペレーティングルームを占拠し得た手の内を」
「なぜ、我々のような者が【マナ】に精通しているか、と?」
「平たく言えばね」
「【マナ】の研究を進めていたのは、貴殿ら簒奪者のみでは無い、という事です。
 そうした人々の力を借りれば、【マナ】に不慣れな【ローザリア】の人間とて篭絡は容易い。
 技術力も資本も貴殿らより遥かに高いのですから、完成される【マナ】の水準もそれに比例します」
「―――………やれやれ。
 その含みのある言い方、また政治家の出しゃばりですか」


【マナ】を研究するのは世界中にヒースとシャルロットの二人だけではない。
戦略兵器への転用に注力する軍事国家【バロン】を始め、
大国の中には【マナ】の研究と開発を推進する者たちも少なくないのだ。
だが、そのいずれもが【女神】を旗頭とする【アルテナ】へ恭順の姿勢を取っていたはずだ。
逆賊追討のために結成された【官軍】にも彼らは参戦している。
にも関わらず、このような混乱下で【マナ】へ干渉を働きかけるとはいかにも大胆。
しかも、だ。【インペリアルクロス】は逆賊を保護するとまで公言していた。

―――この一連の流れの中に、浅からぬ為政者たちの駆け引きを感じ取るのは
自明の理というものではないだろうか。


「大体貴女たちは【アルテナ】に尻尾を振った【官軍】じゃないですか。
 対する私たちは逆賊。その保護を申し出るるとは実にデリケートな成り行きですね。
 まあ、恩を売るダシに使われる私とシャルには関係の無い話ですがね」
「恭順はあくまで建前。【アルテナ】主流の現況では転覆を図るは難しいからこそ、
 再び反対勢力の機運が高まるまで政治的勇退の札を切ったというわけです。
 ナイトハルト殿下の政治手腕は―――」


ドゥン、と鈍い激音が響く。
段々と饒舌な演説口調になってきたディアナを制止し、本来の話題へ促すのは合いの手ではなく、
足元へ向けて放たれた一発の銃声だった。


「―――今はそんな事を聴いているのではありませんよね?
 質問へまともに答えられないようであれば、次は脳髄を弾き飛ばしますよ?」
「………恭順な姿勢で【アルテナ】の油断を誘っている間に、
 来るべき決起へ備えて武力を蓄えておこうと言うのが【ローザリア】、ひいては反【アルテナ】派の妙策。
 そして、その日にこそ、デュラン・パラッシュは重要なのです」
「彼を擁立するために保護を願い出たというわけですか」
「【アルテナ】が【ジェマの騎士】と【女神】を笠に着ると言うのであれば、
 我らはその上役にあったパラッシュを錦旗に立てる。
 パラッシュと【ジェマの騎士】は義兄弟同然の親しい仲であったと調査は済んでいます。
 パラッシュの説得であれば、最良の場合、【ジェマの騎士】とてこちらに付くはず」
「怖いくらい希望的観測を当て込む人ですねぇ。
 いいトシこいた夢見がちがこの世で最もタチが悪いのですけど」
「ある程度の予測に基づいた計画ですよ、これは。
 また、パラッシュは【エランヴィタール】と呼ばれる【マナ】の兵器を手にしている。
 【官軍】はこれまで、かの兵器一つに梃子摺らされ、未だ追討へ至っていない。
 大軍を物ともしない最強兵器とその操者の身柄、是非とも確保しなくてはなりません。
 【アルテナ】が最大武力とする【魔法】へ対抗するには、彼と【マナ】の兵力は不可欠なのですから」
「【魔法】を攻め滅ぼすために【マナ】を用いる………か。
 志はロキ氏に極めて近いですね」
「ザファータキエ氏と同系に見られるのはいささか心外です。
 我々はあのような思想の狂乱した手合いと異なり、崇高な政治理念を背景に行動しているのですから」
「………同じ肥溜めに湧くウジ虫と何ら変わらねぇんだよ、私からみれば。
 【マナ】の悪用を考える私利私欲の暴徒は滅して殺す………それが【マナ】を司る者の務めだ」
「………そう来るでしょうね。しかし、できますか、あなたに?」


コンソール下のコネクターへ連結していたボード状の機械を
ヒースの目の前に翳したディアナが勝ち誇ったような微笑を浮かべる。


「【バロン】の技師が開発に成功したハッキングCPUの【マナ】、【アトラクナクア】。
 これによって【オッツ=キイム】の電子頭脳は全て私の意のままにハッキングさせていただきました。
 【オッツ=キイム】が私の支配下にある以上、貴方は手も足も出せませんよね。
 次に一歩でも動いた時、施設内に配備された防衛システムを一斉に操作し、
 貴方と奥さんとそのお仲間を殲滅します。………もちろん、パラッシュだけは生け捕りにしてね」
「その前にこの銃口が貴女の眉間へ風穴を開けるとは考えられません?」
「冗談にしては薄ら寒いですね。
 私の居合い、どうやら貴方の目には止まらなかったようだ」
「………居合い? はっはっは………、これだから夢見心地のオバさんは困るんです。
 少し人間の限界を超えただけで己の腕を過信する」
「減らず口は勝機を見出してからにしなさい。でなくば見苦しいだけで―――」


腰を落とし、居合いの構えに入ったディアナの、勝利を信じて疑わない微笑は、
ヒースがパチンと指を弾いた瞬間、恐怖に凍りついた。


「こっ、これは………ッ」
「一体何年この穴倉で研究を行ってきた事か。
 セキュリティシステムなら端末まできちんと掌握していますよ」


壁から、床から、四方八方全方位からありとあらゆる重火器がせり出し、
一斉に砲門をディアナへと向けた。
機関銃、火炎放射器、ロケットランチャー………数ある【マナ】の中でも
特に攻撃力へ特化した兵器群の一斉砲火など浴びれば一たまりも無い。
起動停止のコマンドを送信しても反応を返さない【アトラクナクア】の沈黙に
ディアナの瞳は戦意から動揺へ再び塗り替えられていった。


「な、なぜだッ!? 【オッツ=キイム】は現在【アトラクナクア】の支配下にあるはず。
 私の意志に関係なく勝手に作動するなど………ッ!?」
「今しがた、私、話したばかりですよね?
 セキュリティシステムなら端末まで掌握している………って。
 貴女が得意げになって自慢していた一連のシステムジャックは、
 ダミープログラムが見せていた仮想に過ぎません」
「だみー…ぷろぐらむ?」
「ほら、ボロが出た。………【マナ】の真髄とは、
 素人が多少聞きかじった程度で踏み込めるほど程度の浅いモノではありません。
 ダミープログラムと言うのはね、赤ん坊のガラガラと同じ。
 貴女の操作に合わせてCPUが“支配された演技”をしていただけに過ぎないのですよ」
「そっ、そのようなことが………」
「貴女に許してあげたのは、今のようなアナウンス程度。
 例えば【オッツ=キイム】の防衛システムを操作しようとコマンドを送信しても
 ダミープログラムは応答しないように設定しているのですよ」
「………………………」
「万事に備えてセキュリティを練っておく。
 これくらい完璧にこなせなければ【マナ】の研究者は到底務まりませんよ?」


どうやらヒースの方が一枚も二枚も上手だったようだ。
全方位から砲門へ睨まれたディアナは、居合いの構えに腰を落としたまま身動きが取れなくなり、
滝のような冷や汗を流しながら眉間へ照準が合わせられた【ハイゼンベルグ】を
睨みつける事しか出来なくなってしまった。


「減らず口は勝機を見出してからにしなさい。でなくば見苦しいだけ―――でしたっけ?
 なるほど貴女が体現してくれたお陰で、どれほどブザマな物かよぅく解りました」
「………………………くッ!」
「…おや? あちらも決着がつきそうですねぇ」
「なッ!?」


表示したまま忘れていた【デジタルウィンドゥ】は、
今まさに今回の事件に決着がつく瞬間を映し出し、ディアナを愕然の奈落へと叩き落した。


「【インペリアルクロス】、どれほどの物と思えば口ほどにも無い。
 所詮は為政者に雇われる程度の戦争屋風情だったようですね」













「ここに用意した茶封筒の中身があんたらにわかるかい?」


対峙していたリースたちと背後から現れたイーグルたちに挟み撃ちされる形となった
【インペリアルクロス】へ突きつけるように、懐からビルが大判の茶封筒を取り出した。
何の変哲も無い茶封筒だ。幾つか書類が封入されているようで一杯に膨らんでいるが、
別段変わった物が混じっている様子も無い。


「………仰っている意味がわかりませんが………」


【インペリアルクロス】を率いる智将、アルベルトの慧眼にすら、
取り立てる問題の映らない茶封筒だったが、次に続くホークアイの二の句を聴いて、
部下もろとも瞬間的に顔面蒼白となった。


「【インペリアルクロス】の『オペレーションノート(作戦指示書)』だよ。
 あんたらが大将のナイトハルト何某から下された、な」
「―――――――――ッ!?」
「あんたらがどうしてデュランに近付いたのか、全部ここに掲載されてる。
 ………それだけじゃないよな。マッちゃんたちを襲撃したのもお前らだ」
「何ィッ!? アレ、お前らの仕業だったってのかッ!?」
「しかし、我らを襲撃した者共は【鳳天舞】を名乗っていたぞ?」
「刷り込みってヤツさ、一種の。混乱の現場では、どんな偽名も雷名に成り代わる。
 ちょっと調べればすぐに判るでっち上げの部隊とは言え、
 パッと見じゃ【ジェマの騎士】が【アルテナ】に背いたカタチになる」
「………………………」
「【ジェマの騎士】が独断でマッちゃんとカッちゃんを討てば、
 命令を遵守しなかった【ジェマの騎士】と【アルテナ】の間に亀裂が生じるよな。
 で、なにしろ相手があのヴァルダだ。ランディがどんだけ躍起になって潔白を証明しようとしても、
 風聞だけを信じて思い込んで、逆賊の烙印を押すだろう―――と、お前らは踏んだわけだ」
「ナニソレ、ぷんぷ〜ん!! アイシャたちがそんな腹黒なわけないじゃんか〜っ!!」


ホークアイが直感し、不審を持った疑惑の真相が詰まった茶封筒がビルの手元にある。
【ジェマの騎士】の部隊を名乗る【鳳天舞】の正体、デュランへ接近したアルベルトの真意、
謎のヴェールに包まれたままでいた数々の疑惑がホークアイによって白日の下に曝されようとしていた。


「【鳳天舞】の目的は【ジェマの騎士】と【アルテナ】間の決裂だけじゃない。
 ランディがマッちゃんを、昔の仲間を殺した事をデュランが知れば、デュランとランディの間にも亀裂が走る。
 ランディのやった事は、デュランが大嫌いな騎士サマのそれと同じだもんな」
「そこまで考えていたのですか、この人たちは………」
「誤解に決まっているでしょうッ! 全てはこの泥棒が妄想する虚言です!」
「………こっからが本番だ。
 あたかも【アルテナ】の命令でランディが昔の仲間を殺したように吹聴すれば、
 デュランの心に【アルテナ】への明確な叛意が芽生える。反【アルテナ】派の尖兵の出来上がりだ。
 【ジェマの騎士】さえ傘下に入れた【草薙カッツバルゲルズ】のリーダーを味方に付けられれば、
 反【アルテナ】派陣営の勢いも一挙に加速する」
「………またしても政治かいな………」
「マッちゃんを襲撃したのはその第一段階だ。
 デュランを反対陣営に引き込み、旗頭に仕立て上げるためのな。
 トドメにゃシャルとヒースをダシに使ってのダメ押し。
 しかもその裏で、【アルテナ】内部の紛争に火を付け、斬り込み易いように裏工作と来たもんだ。
 【アルテナ】を潰す事ばかり考えてる【ローザリア】らしい小汚いやり方だ」
「わッ、我々【ローザリア】は【アルテナ】に対して恭順するつもりです。
 仮に、仮にですよ、仮に、以前に【アルテナ】へ叛意を抱き、敵対的な作戦を取っていたとしても、
 現在の我々の行動には何ら繋がらないッ!! 我々は本気で貴方たちを助けたいと―――」


部下の一人が「バカ、アルッ!!」とアルベルトの反論を制止しようとするも間に合わず、
狙っていた言葉を拾い上げた瞬間、ホークアイの口元がイヤミに吊り上った。


「“以前に”? …そりゃおかしいな、お前ら、さっき【アルテナ】への叛意を
 堂々と公言したばかりじゃねぇか? 『悪の枢軸』ってよォ」
「………………………ッ」
「おまけに今の口ぶりじゃ、これまでの裏工作を認めたようなもんだ」
「………………………」
「で、なんだって、“我々は本気で貴方たちを助けたい”?
 この期に及んで甘言なんざ使われても、薄ら寒いだけなんだよ、隊長サン。
 ………ちょっと追い詰められただけで簡単に地金を曝すあたり、
 さすがはボンボンのオ貴族サマだな」
「………………………」


アルベルトの必死の自己弁護もそこまでだった。
偽証の薄皮を引き剥がされた表情は敵意に歪み、表情の柔和さは掻き消える。
眼差しへ冷酷さを宿したアルベルトは無言のまま剣を抜き放ち、七人の部下たちもそれに従った。


「………やれやれ、中途半端に頭の働くヒトってのは長生きできないって、
 ど〜してわからないかねぇ?」
「肝心な部分を理解できないから身を滅ぼしていくという事さ、アイシャ。
 ………それをこれから存分に教えてやろうじゃないか」


抜剣は、これ以上ないくらいの自供だった。論理に対して暴力で返すのはありふれた悪党の所業。
【インペリアルクロス】を名乗る騎士隊がこのザマか、とホークアイは挑発するようにせせら笑った。
盗人猛々しいと言うか何と言うか、応じるアルベルトも高笑いしてのけた。


「お前たちの捜査力は認めてやろう。推理力も大したものだ。
 どうやってオペレーションノートまで入手したかは知らないが、全てお前たちの言う通りだよ。
 脱帽して礼を尽くしたいほどだ」
「………お気に召していただけたかい?」
「………だがな、政治の世界において、知りすぎた一般人とは?でしかない」
「ダニ、ねぇ………」
「恐らく非合法の手段を用いて茶封筒の中身を入手したのだろうが、これは明らかな政治犯罪。
 斬罪に処してもまだ足りぬ【社会】への叛逆だ」
「斬るかい、俺たちを?」
「当然だ。お前たちが入手した文章が明るみに出れば【社会】を構築する【ローザリア】が揺らぐ。
 つまりは【悪】ッ! 【社会】を揺るがす【悪】ッ!!
 【悪】を斬って捨てなければ、【社会】の秩序を護る事もかなわない………ッ!!」
「俺たちが入手した文章?」
「こんなもんが【社会】を揺るがすんですかねぇ?」
「お前たちは事の重大さが理解できていないようだな………。
 目先のアリを小石で潰す事のみに終始し、アリ塚を洗い流す雨水を考えもしないのか」
「見せてやれよ、ベン。茶封筒の中身をさ」
「オウさッ!!!!」


ホークアイに促されてベンがバラ巻いた茶封筒の中身―――【社会】の明るみへ出る事を
アルベルトたちが恐れる紙の束は、オペレーションノートの機能を果たしてはいなかった。


「………白…紙………」
「そ。白紙だ。軍機に手ぇ出そうだなんて危ない橋、ヘタレの俺がするわけないだろ。
 ………今のはな、あんたの言う通り、俺の虚言だよ。
 何にも書かれていない白紙を、あんた自身がオペレーションノートに書き換えたわけさ」
「………………………」
「イーグル、今の会話は?」
「もちろん録音済みだ。いくらでも捏造のできる文章より遥かに純度の高い証拠が完成したよ」
「………なッ!!」
「【モバイル】の機能の一つさ、知ってるだろ?
 ………あんたの自供、全部録音させてもらったぜ」
「………貴様ッ!!」


呆けに取られるホークアイの目の前にイーグルが自前の【モバイル】を差し出す。
誘導尋問によって引き出された【インペリアルクロス】の罪状を収めた【モバイル】だ。
巧みな弁舌と【モバイル】の録音機能を活用する一計に翻弄されたアルベルトの怒りは憎悪によって黒く燃え上がり、
奇策を張り巡らせた張本人であるホークアイへ真っ先に報復の刃を向けた。


「ったく、ちゅうとはんぱにあたまのはたらくばかってのはどっちのことなんでちかねぇ。
 やばくなったらぶりょくでごーなんて、がきだいしょうのやることでち。
 どんなじゃいあにずむでちか、あんたしゃんら」


報復の刃は凄まじい速さで胴を薙ぐべく襲い掛かるが、
ホークアイへ届く前に頭上から振り落とされた鉄の塊に剣閃の途中で阻まれた。
地上へ落下すると同時に、床へ触れると同時に爆発を起こした塊の正体は【アレイスター】の鉄球、
それを操り、憎悪に感情を歪ませたアルベルトへ侮蔑を吐き捨てるのはシャルロットだ。


「しゃるのもくてきは『せめてにんげんらしくいきる』こと。
 あのあほうどもがほざくようなせかいせ〜ふくなんかじゃないでち」
「………シャル………」
「あんたしゃんらにちかづいたのも、もちろん、ぐうぜんじゃないでち。
 【マナ】にかかわるリースしゃんをかんしし、【マナ】をぼうはつさせるきけんせいのあるロキを
 デュランしゃんにしまつさせるようしむけるため。
 きょうまでのぜんぶ、うそっぱちだったんでちよ。ぶらふのえんぎだったんでち。
 ルサ・ルカはおばあちゃんでもなんでもないし、【マナストーン】のしょうたいだってしってた」
「………………………」
「こんなはらぐろいこあくとうを、あんたしゃんらは【なかま】にうけいれるつもりなんでちか?
 すいきょうってよりもあふぉでちよ、あふぉ。なにかんがえてるんでちか」
「決まってます。みんな、シャルが大好きって事ですよ」
「それ以外にどんな理由がいるってのよ。
 あんたと一緒に苦労してきた旅の全部が、あたしたちにはホントの事なんだからっ!」
「………それがあふぉだっていってんでち。いつのじだいのまんがでちか、このおひとよしどもが」


いつもの口調でいつもの悪態をつくシャルロットの肩をリースとアンジェラがポン、と叩く。
「当たり前だろ」と仲間たちもみんな頷いている。
泣いて腫らした瞳からもう一度零れた雫を照れくさそうに袖口で拭ったシャルロットは、
【アレイスター】を構えて仲間たちと肩を並べた。






(………『せめて人間らしく生きる』…か。
 どっかの誰かさんは物理的な手段にこだわってたけど………)






『せめて人間らしく生きる』。
人にもエルフにもなれない半妖の存在として忌まれてきたシャルロットの切なる【夢】を
義父はナノマシンによって叶えようとしていた。
しかし、物理的な手段が『生きる』スタンスにどれだけの意味を成すのだろうか。
自分を愛する夫がいて、自分の全部を受け入れてくれる仲間がいる。
彼らと共に歩いていきたい。そう願う想いこそ『人間らしく生きる』事ではないのだろうか。






(私も………―――しゃるもずいぶんとおせんちなにんげんになったもんでちね)






横殴りの波風程度ではビクともしない結束に抱かれるシャルロットは、
『人間らしく生きる』事の意味と幸福を身体一杯に感じた事で思わず熱くなった鼻をすすりながら、
これ以上は泣くまいと唇を噛んだ。
涙に【夢】の行く先を滲ませないために、仲間たちと歩む道に迷わないために。


「………賊軍輩どもが。パラッシュ共々生かしておいてやろうと気遣えば
 調子に乗ってくれるじゃないか………ッ!」


誘導尋問にかけられ、陥れられ、これでもかと言うくらい神経を逆撫でされ続けた
アルベルトの堪忍袋の緒がとうとう限界に達した。
アイシャを含む7人の部下たちへ血走った眼で陣形戦術を指示し、ついに逆賊の殲滅へ討って出る。
見事な采配だ。アルベルトの指示によって組まれた逆向きの円陣は、8人それぞれの背中を預けあい、
挟み撃ちに遭遇した際に死角を取られない工夫として最良の物だった。


「【インペリアルクロス】陣形戦術が一つ、スクラム【カウンターシフト】ッ!!
 パラッシュさえ篭絡できれば貴様らなど不要―――」
「―――俺がなんだって………?」






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