生命の神秘を研究する施設であるはずの【オッツ=キイム】だったが、
区画を隔てた【ケツァルコァトル】培養室では【インペリアルクロス】の襲来が、
この暗室では【マナ】持つ者同士の激しい衝突が同時並行して勃発し、
今や死の腥風が垂れ込める修羅の死闘場と豹変していた。


「だッ………がぁぁぁぁぁぁああああああッ!!」
「精神の袋小路に追い込まれたら叫んでキレて暴れるのかい。
 ケダモノだねぇ、まんま。ま、考える事を放棄しているキミにはお似合いだけどね」
「今すぐそのうぜぇ口を封じてやるぜ…ッ!!」
「封じる? はっはっは…、キミの足りない頭じゃジョークも三流品だ。
 なんでもかんでもねじ伏せる前に、まずは耳を傾けてごらんよ」
「るせぇッ!!」
「しかもだよ。私を殺せば、キミが今最も必要としている“あの装置”を完成できなくなる。
 そうなれば、キミは永久に目的を果たせなくなるわけだ」
「殺しはしねぇ………ッ!! 二度と逆らう気を起こせなくなるくらい、
 徹底的に調教(しつけ)てやるってんだよッ!!」
「はっはははッ!! もっと無理だね。私を傅かせるにはシャルの膝枕が無いと!
 言っとくけど人一倍性悪だからねぇ。それ以外の手段でオトすのは不可能だよ?」
「地獄の痛みを味わえば、性根もちったぁ変わるだろうよぉッ!!」


中でもやはりこの二人の正面激突は筆舌に尽くしがたい戦いとなった。
一撃一撃が部屋全体を揺るがす【エランヴィタール】の光刃で狂ったように攻めかかるデュランと
正確に精密に【ハイゼンベルグ】で射撃を行い、着実に生命を削ぎ落としていくヒースでは、
根本から戦闘スタイルが異なるため、一進一退の攻防は更に苛烈さを増していく。
恐怖の劣化ウラン弾を光の刃で蒸発させたかと思えば、反撃に繰り出された『プレーンランチャー』は
銃床を巧みに扱ったヒースによって反らされる。この繰り返しだ。
互いに直撃が無いので致命傷にこそ至っていないものの、その分だけ決着の見通しがつかない。
それでも強いて分析するなら、“言葉”でデュランの神経を逆撫でにするヒースがやや優勢か。
デュランが抱くウィークポイントを侮辱や嘲りでヒースが刺激すればするほど、
【エランヴィタール】の軌跡は荒くブレていった。


「超えたい超えたいと願ってきたパパがイカれてたのが、そんなに悔しいかい?
 もうじき追いつくと思ってた背中が、もう手の届かない場所にあって、そんなに悲しいかい?
 振り上げた拳の置く場所を失くして一人で勝手に憤って、そんなに楽しいかい?
 仲間に当り散らして、そんなに面白いかい?」
「るせぇッ!! 誰があんな野郎を父親なんて思うかッ!!
 人を躊躇い無く殺せる思想植え付けやがったテロリストをよぉッ!!」
「ルッカ・キヴォーキアンの一件をまだ気に病んでいるのですか! キミは嫁をイビる姑ですか?
 ロキ氏の教えは確かに悪即滅の原理へと騎士たちを駆り立てましたが、
 彼らが剣を向けるのは市井の一般人ですか? 道端を歩く野良犬ですか?
 違うでしょう、テロリストどもでしょう? 市井の人々を犠牲にするテロを即斬して何が悪いのですか?」
「殺すだけが取り締まりの仕方じゃねぇッ!! 【社会悪】はみんな虫けらかッ!?」
「ではこの数字はご存知かな? ロキ氏が【黄金の騎士】に就任して以来今日までの間、
 世界のテロリズム被害がどのように変化したのか?」
「あんな男の情報なんざ知る必要も無ぇッ!!」
「減少したのですよ、大幅に。秩序を揺るがせば、自分たちも即座に斬り捨てられるという恐怖が
 テロリストたちに芽生えたのです。テロの被害者となる市井の人々にはまさに【英雄】。
 立派な【社会】の守護者じゃないか。
 ………つまりね、デュランくん。
 大局的に物を見ず、憎し一方のコンプレックスで凝り固まってるウスラバカのさえずりってのは、
 説得力や信憑性がまるで無いって事なのさ」
「人殺しはヒーローかッ!? 【ローラント】攻めの悲劇はッ!!」
「あの段階では【ローラント】は紛れも無く逆賊であり、【社会】から見れば巨悪だった。
 あそこで巨悪を討ち果たせたからこそ、今日に【黄金の騎士】の精神が受け継がれてテロ被害が減少したんだ。
 意味もあるんじゃないか?」
「イカれたゲスのやる事に意味もクソもあるものかぁッ!!」


戦意=ヒースへの殺意とそれに付随するエネルギー出力は増すばかりだが、
直撃さえ受けなければいくら膨張したところで意味を成さない。
【マナ】の研究者として、その事を熟知しているからか、はたまた単にデュランを挑発して愉しんでいるのか、
おそらくはその両方であろうヒースの言葉攻めが止む事は無かった。


「あいつが負担さえかけなけりゃ、母さんだって死ななかったんだッ!!
 あいつは…、あいつは家族を踏み台に【英雄】に成り下がりやがったぁッ!!」
「おいおいカンベンしてくれないか、ファザコンでマザコンなんて眼も当てられないぞ。
 キミのお母様は最期にロキ氏へ恨みを吐いてたのか?」
「騙されてたんだよ、母さんはッ!! でなけりゃあれだけ迷惑かけられて安らかに逝けるわけ………!!
 お前だって見ただろ、あの男の【サミット】での演説!!
 ああやって誤魔化して、騙くらかしてたに違いねぇッ!!」
「………キミは実にヘヴンリーだね、脳内が。別の意味で羨ましいよ。
 男女の機微を理解しないばかりか、キミの批判は全て自分勝手な思い込みでしかない」
「思い込みじゃねぇッ!!」
「ではロキ氏が遺した精神が市井の人に迷惑をかけるようなことがありましたか?
 お母様の気持ちを確かめたという、思い込み以外の確たる証拠は?」
「……………………」
「おやおやダンマリかい? 【サミット】でのパパの物まねかな、僕ちゃん?
 ………もう一度言ってやろうか。憧れのパパが自分の想像を超えてキレてたから失望して、
 その失望感がどこにもやり場が無くなっちゃったから、
 手近な仲間に八つ当たりして満足するキンダーガートゥン脳の小便垂れが。
 不貞腐れて修羅を気取ってりゃ、手前ェの葛藤が解決できるとでも思ってんのか」
「―――うるせえぇぇぇぇぇぇッ!!」


完全に我を失ったデュランの【撃斬】が向こう見ずの特攻気味にヒースへ振り下ろされたが、
明鏡止水から遠く離れた今の【エランヴィタール】に正確性が宿るわけもない。
大きくブレた光刃を難なく交わしたヒースは【ハイゼンベルグ】の銃口をデュランの心臓へ逆に突きつけた。
実際にトリガーが引かれる事は無かったが、デュランの完敗は誰の目にも明らかだ。


「はい、ジャックポット。雑魚にしてはよく持ちこたえた方じゃない?」
「………クッ………!」
「………キミさぁ、猪突猛進じゃロキに歯が立たないって事、まだ理解できてないわけ?
 しかも、あの男の何一つも受け止めてない体たらく。
 手前ェの弱点と相手の情報と何一つ受諾してないクセに、よくロキを超えるなんて嘯いたもんだね。
 完全無欠の恥知らずは尊敬に価するよ」
「………………………」
「ほら、また図星だ」


ヒースの指摘は全てが正しく、それ故にデュランの心を掻き乱す。
過去の蟠りから激しい反骨を抱いていたロキへの思いは【フォルセナ】襲撃を境に急変した。
罵詈雑言するだけハッキリと背中を捉えていた父の変わり果てた姿に
言い知れぬ失望を味わったデュランは、十年もの時間をかけて醸造された憤怒の捌け口を失い、
苦悩しても葛藤しても、このやる瀬の無い靄を晴らしてくれる答えが見つけられず、
とうとう殻に閉じこもるような形で修羅を宿してしまったのだ。
この押さえ切れない鬱憤の発端は、他の誰でもないロキ本人。
ならば、彼の首を刎ねれば、発端を清算すれば鬱憤は収まる筈だと、
これまでとは別な理由で執拗にロキを追尾するように自己完結させた負の想念は
【官軍】襲撃による【ローラント】到着の遅延と疲労によってついに憔悴の頂点を迎え、
リーダーとして【草薙カッツバルゲルズ】を引率してきた彼の言葉とは思えない悪言を
吐いて棄てるほどに膨れ上がっていた。


「節操と聞き分けの無い子供そのまんまですねぇ、デュランくん」
「………てめぇに俺の何がわかるってんだ………ッ!」
「解りゃしませんよ。理解するつもりも無い」
「だったら知った風な口を………」
「キミと何が違うのだい?」
「なに………」
「コンプレックスを前面に出すばかりで、ロキ氏本人の足跡を少しも見ていない。
 理解もしていないし、理解する努力も放棄した相手の生き方が間違いだったと、
 それではキミは何をもって説明するのです?」
「………………………」
「断言しましょうか。今のキミにはロキ氏を超える事など夢のまた夢。
 望み通りに首を落とせたとしても、一生涯、彼の幻影に付きまとわれるでしょ―――」
『―――それではこれより、被告、シャルロット・R・ゲイトウェイアーチが
 犯した罪状の一切を読み上げます。傍聴人は静粛に願います』


胸を穿つ激烈な指摘に心を揺さぶられて【エランヴィタール】の出力を減退させた―――
―――戦意を喪失したデュランへ更に痛罵を浴びせかけようとヒースが息を吸い込んだ時、
唐突に【オッツ=キイム】全室へ向けて管内放送が開始された。


「あぁ…? こいつは何の騒ぎだ? またてめえの催しか、ヒース」
「いえ、違います。オペレーティングルームは
 未使用のまま封印されて久しいはず………まさか………侵入者ッ!?」
「………また【官軍】の連中の仕業かよ………」
「チッ………、こんな時に厄介なものですねぇッ!!」


凛々しい女性の声が読み上げる管内放送の内容は―――――――――













―――『シャルロット・B・ゲイトウェイアーチ…いや、
 シャルロット・エウクレイテス。
 エルフの族長の孫娘に産まれた【マナ】の申し子は、幼き頃よりその叡智に触れ、
 いつしか脆弱な人類どもを不落の威力をもって支配する狂気に取り付かれた』


「子供ながらに恐るべき思念を持っていたようだな…!」
「………恐るべきは貴様らの短絡な思考回路だろう。
 決め付けと思い込みで塗り固めた推理劇を推し進められる神経、
 脳を裂いて拝ませて欲しいものだ。
 力ある者が支配欲に囚われると思い込む旧態依然の脳細胞をなッ!!」


―――『やがて志を同じくする研究者、ベルガー・X・ゲイトウェイアーチ、
 並びにその子息、ヒース・R・ゲイトウェイアーチと同盟を組んだ貴様は、
 周囲の好奇を引き過ぎるハーフエルフという出自を隠匿すべくヒースの妻を偽り、
 彼らの擁護者であり同じ穴の狢であるルサ・ルカの孫を騙って人間界へ潜入し、
 今日まで【マナ】を採掘せんとする人類を監視してきたのだ』


「ひょわ〜♪ 結婚まで目的のための道具にしちゃうなんて、
 アイシャには理解できないアバズレっぷりだねぇ〜♪」
「………………どこでなにを調査したのか、レポートでの提出を要求したいものだな。
 貴様らの持ちかける立証は当てずっぽう以前の冤罪だッ!!」
「それはどうかな? 貴様とルサ・ルカの姻戚関係を遠く祖先まで遡って調べたが、
 ついぞ血縁を確認する事はできなかったぞ?」
「………………………」
「代わりに浮上したのがエルフ族長と貴様の血縁関係。
 【マナ】と関わり深い【草薙カッツバルゲルズ】へルサ・ルカの孫娘を名乗って
 接近したと考えるのは妥当な筋では無いのか?
 仮に彼らが【マナ】を行使し、自分たちの邪魔をするようであれば内部から破滅させるために。
 結んだ交誼をも踏みにじる行為だ。友への裏切り…背信ではないのか!?」
「………………………」


―――『【草薙カッツバルゲルズ】へ潜入した貴様は同志を気取って悠々と監視を行い、
 度重なる危難の折には、駒の安否など気にも留めず、自分だけ逃げおおせてきた。
 最初は【インビンジブル】の衝突事件! 難破し、大海へ放り出された仲間には目もくれず、
 貴様はたった一人だけ【ニルヴァーナ・スクリプト】を使用して離脱した』


「―――――――――ッ!!」


―――『そもそも【インビンジブル】の突然の浮上も、それによる衝突事故も、
 ガラスの筒へ押し込んで仲間たちの生体データを抽出するために仕組んだものではないか。
 しかも、それだけに飽き足らず、扱い慣れているはずの【マナストーン】の正体を
 知らぬ存ぜぬで押し通し、確かな情報を欲する仲間たちを振り回した』


「………………………」


―――『極めつけは先刻の失策よ。【エランヴィタール】のテストドライバーへ
 利用したデュラン・パラッシュが増長し、指示を聞かなくなったとわかれば
 【官軍】が待ち伏せる経路をわざわざ選択し、不要な面子もろとも始末せんと企んだ。
 大敵である【官軍】をも利用するその明晰、褒めてやりたいところだが、
 弄した策が自らに飛び火し、窮地に陥った失態では帳消しだな』


「―――違うッ!! 私は誰も陥れようとは………ッ!!」
「そんじゃなんで自分へ逼迫が及ぶまで【ニルヴァーナ・スクリプト】を発動させなかったん?
 仲間が撃たれて、突かれて、叩き伏せられるのを一番後ろで見てきたのに?
 傷つく仲間を前に回避行動ひとつ取らなかったのは、どして?」
「………………………」
「それは貴様が【草薙カッツバルゲルズ】11人を仲間など思わず、
 駒と見なしているからに他ならないからだッ!!」

 
―――『【マナ】の悪鬼たるロキを攻め滅ぼせば、いよいよ貴様らの天下ッ!!
 しかしッ!! 目的を果たすためなら信頼をも捻じ曲げる不義の徒を
 我ら【インペリアルクロス】は絶対に許さんッ!!』


「この上は、【草薙カッツバルゲルズ】はシャルロットとヒース、
 二柱の絶対悪に騙され、利用されていただけだったと【アルテナ】へ上申し、
 必ずや貴方がたを保護してみせます」
「だってみんなはこの【社会悪】に騙されてただけなんだもん!
 アイシャたち、がんばるから、悪いようにはさせないよ!」
「…………………………」


謂れのない与太話をかき消そうと唸りを上げていた【アレイスター】は、
開戦の始まりこそあたり構わず破壊し、獰悪に暴れまわっていたが、徐々に失速し、
非難の声が結びを迎える頃には、重い鉄球は地面へ沈んだきり動かなくなっていた。
力を落としたシャルロットの表情は、見るに耐えないほど蒼白に染まっている。






(………………………終わったな………………………)






根も葉もない言いがかりへ、シャルロットが動転する真実を織り交ぜる事で、
根も葉もない言いがかりに、シャルロットが動転しているように見せかける………つまり、
意図的に盛り込まれた偽りを真実として一行へ刷り込み、シャルロットとヒースの失墜を狙ったわけである。
シャルロットを個人攻撃する【インペリアルクロス】の目的は未だに不明のままだが、
間接的なアナウンスと直接的な弁舌のサラウンドが生み出す動揺の増幅まで
計算に入れての精神攻撃は想像できないほどの痛みとなって襲い掛かる。






(………これでみんなともおさらば………)






考えただけで足が竦みあがってしまって振り向くことも出来ないが、
今頃自分の小さな背中には、あらん限りの失望と軽蔑が向けられている事だろう。
【マナ】を用いて世界征服…などという幼稚な推理は濡れ衣だが、
身分保障のためにルサ・ルカの孫娘を騙っていたのは事実だし、
衝突事故で一人だけ【ニルヴァーナ・スクリプト】を行使したのも事実だ。
【マナストーン】の偽証を掲げられたらぐうの音も出ない。


「因果応報。悪いコトはできないって教えだね♪」
「これまで仲間を騙し、利用し続けてきた悪意への報いだ!
 最期くらいは潔く首を差し出し、自分が欺いた人々への助命に貢献せよッ!!」


そう、これは報いなのかもしれない。少なからず仲間たちを騙していた事への。






(………“せめて人間らしく生きる”なんて、私には望むべくもない夢だったのか………)






後ろめたい気持ちを突かれた事で露呈した動転は、数々の濡れ衣にまで波及し、
培ってきた信頼の一切を、報いが奪っていった―――


「それがどうしたってんだ?」


―――かに見えた。
絶望に染め上げられ、怯えながら罵倒を待っていたシャルロットへ
最初に掛けられた仲間の言葉は、いつもと変わらない陽気な声だった。


「ハラに一物持っとらんシャルなんぞ、
 デュランとイチャつかないリースみたいなもんやないか」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい、カールっ!
 いつ私とデュランが、そ、その、イチャつきましたか…っ?」
「言い訳なんかムダムダ! あたしたち、ちゃぁんと見てたんだから。
 ライザのお葬式が始まるちょっと前、ほら、そのワンピースに着替えてた時。
 何言ってたかはわかんなかったけど、リースってばデュランに抱きついてたじゃない♪」
「いやいや、俺の読唇術にかかればバッチシだぜ?
 『身も心もデュランのものっ! お願い…私を女の子から女へ変えてください』…って」
「言ってませんっ!! 私はただ、ずっとデュランを待ってますってっ!!」
「へぇ〜、ほぉ〜、ふ〜ん。姉様、兄貴の何を待ってるって?」
「ですから、デュランが私たちのところに戻っ―――………あ………っ」
「わ、リース、顔真っ赤、大丈夫っ?」
「はっはっは〜!! おう、ケヴィン、
 こりゃあ具合悪いどころかテンション全開ん時の合図なんだぜ?」
「さしずめ今はスポーツ新聞の三面記事なみにバリバリ…と言ったところだな。
 私はお前をそんなふしだらな娘に育てた覚えは無い、とライザも今頃草葉の陰で泣いているはずだ」
「お、お、お黙りなさいッ、歩く一面トップ(公然わいせつ罪で)コンビッ!!」


あまりに普通すぎる会話に、内部分裂を予想していたアルベルトだけでなく、
ありきたりな“普通”に助けられたはずのシャルロットまで呆気に取られて目を瞬かせている。
確実に『真実』として届いたはずの背信行為の意味が、彼らには理解できていないのか?
それとも………


「あ、貴方がたは阿呆ですかッ?
 シャルロット・エウクレイテスが犯した罪を理解できていないのですかッ?
 このハーフエルフは貴方がたを利用し、捨て駒程度に―――」
「阿呆はお前らの方だ、【インペリアルクロス】」


信じられない、と頭を振りながら、なおも内部崩壊の裂け目へ掛けられようとする
アルベルトの手をホークアイの鋭い叱声が制した。


「俺たちを利用? 世界征服? シャルらしくて面白いじゃねーの!
 つか、そんくらい腹黒くなきゃシャルじゃ無いぜ」
「もっと早くに教えてくれたら良かったのに。
 そしたら、あんたの野望も一緒に発表して、ママの度肝を抜いてやれたのにさ!」
「これ以上事態を悪化させてどうするのだ。
 自ら進んで私やマッちゃんのようになるつもりか?」
「いや、カッちゃん、オイラたち、既に、逆賊だから」
「ぬ…、そ、そうだったな………あッ、い、いや、し、知っておったとも!
 知ってはいるが、それでも注意するのが道理であってだなぁ………」
「ケヴィン、ナイスツッコミだッ!!
 カッちゃんってば、お耽美なニオイ振りまいてる割に超が付くほど天然でよぉ。
 隙あらばツッコむって気構えが無いと追いつけねぇのよ」
「………コントとサスペンスを履き違えるネタ作るんやったら、
 天然ボケをメインに漫才へ転向したらどうや?」


“マナによる世界征服”の濡れ衣を語る仲間たちの口調は笑いさえ混じっていた。
シャルロットが怯え、アルベルトが狙っていたような軽蔑は微塵も感じられず、
いつもの調子で底抜けに明るかった。


「………バカな…ッ、最低の裏切りを前にどうして明るくいられるんだ?
 人間界の常識をはみ出しているとしか思えない………」
「まだわかりませんか?」
「………何を………ッ!?」
「私たちは誰一人シャルに裏切られたと思っていないのです。
 だから、いつも通りでいられるのです」
「………………………」


アルベルトの絶句に共鳴するかのように、あれほどうるさくがなっていた管内放送も
ピタリと止まって沈黙を守っている。


「旅を共にしているとはいえ、私たちはもともと個人で行動してきた身。
 それぞれに目的があるのは当然ではありませんか」
「つか、腹ん中の事探り出したらキリ無いって。
 そんな事言ったら、俺なんか最初、皆を殺そうとしたんだぜ?
 それに比べりゃ、騙し騙されなんて軽い軽い」
「オイラなんか、【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】、
 裏切って、こっちのチーム、入った。
 でも、昔の仲間は、今でも仲間。誰も、オイラを、弾いたり、しなかった!
 ………そりゃ、ちょっと、…いや、かなり叱られたけどさ」
「私自身、みんなを利用していたようなものですし、
 迷惑だって目一杯かけちゃってます」
「よくねぇなそりゃよくねぇな、リース。
 そーゆー時は、ほれ、俺をお手本にすりゃいいぜッ!!
 なんてったってこのカッちゃんを更生させたほどの品行方正―――」
「一番迷惑かけてるアンタが言う事かぁーッ!!」
「………まだわからんっちゅう間抜けヅラさらしとんな。
 せやからお前らは阿呆なんや」
「う………」


「たったそれだけの理由で許せるのか?」との追撃はカールの一声で飲み込まされた。
大義ではなく、個人個人に目的を抱いた人々によって結成された【草薙カッツバルゲルズ】とは、
体制に依って任務を遂行する統率された部隊から見れば烏合の衆に過ぎない。
だからこそ、個人の歪みへ楔を打ち込めば内部から瓦解するとアルベルトは踏んでいたのだが、
その程度では崩しきれない強い何かによって、奸計はあえなく跳ね返された。


「これまでどれだけの死線を共に潜り抜けてきたと思うのです?
 これまでどれだけ笑い合ってきたと思っているのですのかっ!」
「許すとか許さないとかじゃないってコトよ、つまるところ。
 【仲間】だから、シャルの全部、受け止められるんじゃないの」
「………………………」
「それに、シャルが私たちを【仲間】だと思ってくれている証拠―――」


―――………【仲間】。
それぞれに目的を持っているのだから、大義に命を賭す同胞ではないけれど、
だからと言って、少し突付けば瓦解してしまう烏合の衆でもない。
【仲間】。そう、自分たちは大義の代わりに【絆】を掲げる【仲間】なのだ。


「―――シャルの頬を伝って落ちる“真実”を私たちは信じますっ!!」


そして、アルベルトの讒言がシャルロットを陥れるための罠である事を、
彼女自身がちゃんと立証していた。


「………………………」


ポロポロ…ポロポロと、後から後から止め処なく涙が零れ落ちていた。
コケティッシュの先に現れた冷淡さの更に先にあった、混じり気のない、シャルロットの素顔。
【仲間】と呼んでくれた感動、自分を信じてくれた感謝が津波のように押し寄せてきて、
シャルロットは取り繕う事も忘れて泣きじゃくった。
子供のように顔中をくしゃくしゃに崩して、泣きじゃくっていた。
リースたちには、たったそれだけで十分だった。
たったそれだけでシャルロットが【仲間】であると信じ、共に歩んでいける。

―――【仲間】とは、そういう存在なのだから。


「オイラたちを、本気で捨て駒に、思ってるなら、あんな風に、泣くわけないだろッ!!」
「理屈で考えられるほど【絆】っちゅうもんは軽う無いってこっちゃ。
 ………計算で人の心ぉ操作でけると思とった下衆野郎にゃ
 ひっくり返ってもわからんコトやろうけどなッ!!」
「さてと………【仲間】をここまでコケにしてくれた礼は
 かっちりしなくちゃならねぇよなぁ」
「たッ、戦うつもりですか? 我々は逆賊である貴方がたの保護を申し出ているのですよ!?」
「―――何言ってくれてんだッ!! 保護が聞いて飽きれらぁッ!!」
「―――オウさッ!!!!」
「な………ッ!?」
「なになに? なんなのなんなのっ!?」


ホークアイの反撃発言を受けて緊張走る【インペリアルクロス】は、
背後から唐突に怒声を浴びせかけられて狼狽した。
暗がりから湧き出した怒声の主は、ビルとベンの二人だ。彼らの後ろにはイーグルも控えている。


「隊長さんよ、あんた、一つ大きな間違えを犯してるぜ」
「ま、間違い………ッ?」
「【草薙カッツバルゲルズ】の構成員は、俺たち6人と1匹、【ジェマの騎士】3人、
 それからイレギュラーの1人を合わせての11人―――だけじゃない」
「あっしら、ビル&ベン、【草薙カッツバルゲルズ】陰流にして隠密コンビッ!!
 合わせて13人のチームって事を見落としたが運の尽きでさぁッ!!」
「オウさッ!!」
「あー…、俺は善意の協力者という括りで認識しておいてくれればいい。
 もっとも、お前たち【官軍】の悪徳を知った以上、全力で介入させてもらうがなッ!」
「………………………」
「さんざシャルをコケにしてもらったからな。
 ………今度はこっちがコケにする番だぜ………ッ!!」


【ナバール魁盗団】きってのニンジャシーフ三人の闖入は、
アルベルトの書いた筋書きをかき乱す報復の一手となり得るのか、否か。
狼狽する彼に嘲りの視線を向けるホークアイの口元は、報復の成功を確信してシニカルに綻んでいた。






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