「やれやれ、ガキじゃないんですから、
 むかっ腹を研究所へ当たるのはやめてもらえませんかね?」


ストッパーが壊れてしまったかのように抑えの効かない憤りと怒りの捌け口を
アイボリーの壁に見つけたデュランが力任せに蹴り込んでいると、
背後からたっぷりの厭味を含んだ声が掛けられた。
振り返って確認するまでもない。
荒れる自分へ物怖じせずに当てこすりできる男は世界にヒースだけだからだ。


「………………………」
「ああ、申し訳ありませんでした。
 お友達の気遣いに耳を傾けず、御しがたい自分の感情のもを最優先させるあなたは
 どこに出しても恥ずかしくないクソガキでしたね」
「イヤミ言うために来たのか、てめぇは」
「もちろん!」
「………ムカつく笑顔で言いやがる………」


【ケツァルコァトル】の研究フロアから数区画離れた棟に響く話し声は、デュランとヒースの二つ。
狂ったように噛み付く動の声質と、それを軽くいなす静の声質の二つがくっきりと明暗を分け、
剣呑な火花を散らした。


「それではこういうのはどうです?
 憧れのお父様への失望を持て余し、あまつさえ、いつ【官軍】の手に落ちるとも知れない焦りに
 ピリピリカリカリするしかないおぼこさんのデュランくんへ、
 一つ私が面白い話を聞かせて差し上げましょう」
「てめぇのご高説は聞き飽きた。………黙って俺の前から消えやがれ」
「といっても、ありきたりな昔話ですがね。退屈させない事は保証しますよ」
「………耳にゴミでも詰まってんのか、あぁッ?」
「昔々あるところに一人の神官がいました―――」
「てめ………ッ!!」
「―――彼の名前は、ベルガー・X・ゲイトウェイアーチ。
 【イシュタリアス】の教えを体現する敬虔な神官で、
 【光の司祭】ルサ・ルカの後継者として、全ての人々から将来を嘱望されていました」
「………………………」


苛立つ制止をも無視して語らうヒースの横っ面を殴りつけて黙らせようとしたデュランだったが、
彼の口から“ベルガー”という人名が出た途端に憤怒の刃を鞘へと納め、
彼の“昔話”へ素直に耳を傾け始めた。


「彼には一人息子がいました。名前は、ヒース・R・ゲイトウェイアーチ。
 類稀なる才能を秘めた【女神】の寵児です」
「妙な脚色はいらねぇ………」
「ベルガーとヒースは親子という立場を超えて競い合い、互いを研磨し、
 いつしか当代の英傑の双璧を成すまでに辿り着きました」
「………………………」
「そんなヒースには、小さな頃より一緒に暮らす可愛い幼馴染みがいました。
 シャルロット・エウクレイテス。
 ベルガーの親友がエルフとの間に設けた、ハーフエルフの子です」
「………………………」
「禁断の愛の果てに一児を設けた二人は不幸な事故に巻き込まれて鬼籍に入り、
 遺されたシャルロットはゲイトウェイアーチ家へと招かれます」
「………………………」
「たちまちヒースとシャルロットは恋に落ち、成人と共に周囲の反対を押し切って結婚。
 全てが順風満帆に行くかに思えました―――が………」
「………………………」
「過酷な運命は、二人を嘲笑うかのように襲い掛かります。
 【光の司祭】の庇護を受けてはいるものの、シャルロットはハーフエルフ。
 ヒトにも、妖かしにもなれぬ、忌み嫌われるだけの存在です。
 ルサ・ルカの後継者と目される名家がそのような禍根を抱える事を、 
 大勢の神官が快く思っていません」
「………不幸自慢なら余所でやれよ………」
「有力者たちはこぞってヒースとシャルロットの離縁を要求します。
 しかし、ベルガーには愛し合う二人を引き裂くつもりは毛頭もありません。
 ………とは言え、綺麗事はいずれ底を尽く。
 ヒトに霊長の幻想を抱く有力者たちをいつまでも封じ込めてはおけないと
 抵抗を繰り返しながらも彼は悟っていました」
「………………………」
「ならば、どうする? ベルガーはありとあらゆる古文書を研究しました。
 己が心血を注ぐ【女神】の叡智ならば、シャルロットを救ってやれるはずだと信じて。
 ………まず結論を述べるなら、【女神】の遺産にそのような手段は記されてはいなかった」
「………………………」
「愛する我が子のため、親友の遺した義娘のため、それでもベルガーは諦めません。
 そんな彼が最後の最後に辿り着いたものは、【女神】ではなく、
 【旧人類(ルーインドサピエンス)】の叡智、【マナ】でした」


ヒースとシャルロットが【巡礼神官(サーキットライダー)】の傍らで【マナ】を研究していた事は、
彼らと出会った時に聞かされたが、二人の父親まで同じ研究者だったとは初耳だ。
―――世界中にその忌み名の轟く“ベルガー”が、【マナ】を司る者だったとは。


「【マナ】の研究に注力したベルガーは、とりわけ生体工学へ着眼し、没頭していきました。
 中でも【生体復元ユニット】………生命を構築する遺伝子情報さえも塗り替えるナノマシン技術に
 ベルガーは一縷の希望を見出したのです。
 シャルロットが『せめて、人間らしく生きる』には、ヒトと混成するハーフエルフの遺伝子情報を塗り替え、
 単一の存在へと純化させる他ない、と。
 ………それは、【女神】の信徒が重んじるべき自然の摂理を完全に逸脱した行為です。
 かつては彼の将来を嘱望した人々が、【背徳者】と後ろ指差して口々に侮蔑しました」
「………………………」
「長きに渡る研究の末、環境復元ユニットをベースに敷く、
 遺伝子置換の応用技術開発に成功したベルガーは、試作のナノマシンを自らの人体へ投与します。
 狂気の産物に怯えるシャルロットに、自らの研究が恐ろしいモノではないと証明するために」
「………………………」
「………しかし、試作ナノマシンが引き起こしたのは遺伝子の組み換えではなく、
 【ネクローシスの染色的増幅】………肉体を死滅させる他殺因子の事故でした」
「………実験しくってくたばったとストレートに言えよ」
「くたばった、と一言で表せられるような生半可なモノではありませんよ」
「………………………」
「私とシャルロットは、自分を愛し、育んでくれた父が腐って堕ち、
 これ以上無い断末魔を上げながら死滅していく様を、
 自壊の始まりから終局までの一部始終を、網膜へ、脳へ焼き付けたのです」
「………………………」
「………想像ができますか?
 父親が吐き気をもよおす腐臭に包まれながら崩れていく阿鼻叫喚を。
 痛みを超越した感覚が内側から攻め立ててくる恐慌の只中にあって、
 『お前たちを救えなくて、ごめんよ』と声を嗄らして許しを請う姿を」


【女神】に唾吐く【背徳者】として、“ベルガー”の名は世界中で忌み嫌われているものの、
具体的にどのような過ちを犯して不名誉な烙印を押されたのかは、
神官の不徳を封印すべく意図的に隠蔽されているため、知る者はいない。
デュランもその内の一人だった。
『せめて人間らしく生きる』事がヒースとシャルロットの目指す到達点であると知っていたし、
何らかの【マナ】を用いてそれを実現するものと想像もしていた。


「誰かに糾弾されようと、次代を継承する子供たちに命を捧げる。
 ………父の偉大な愛に深い感銘を受けた私とシャルロットは、
 彼の跡を継いで【マナ】を研究する道へと足を踏み入れたわけです」
「………それで何が言いたい?」
「何…とはユーモラスな質問をしてくれるね。
 私が説いたのは父の愛。それ以外の何に聞こえたと言うんだい?」
「そいつを引き合いに出して、てめえは俺に何が云いたいのかっつってんだよッ!!」


父親から受け継いだルーツは、今も二人の研究の確固たるバックボーンとなっている。
それはとても素晴らしい美談だが、ヒースの語り口に自分への皮肉を受け取ったデュランは、
殺気さえ感じる眼光と、瞬時に展開させた【エランヴィタール】の切っ先を彼の心臓へと向けた。


「………大したファザコンぶりだねぇ、デュランくん。
 他人の【父】にすら過剰に反応するなんて、頭がキている証拠だよ」
「てめえと一緒にするんじゃねぇッ!! ………ロキ・ザファータキエは死んだんだッ!!」
「おやおや、私は一度もその名前も、その男についても触れていないのに、
 どうしてロキ氏が出てくるんだい?
 キてるね。キミは憧れのお父様を意識し過ぎだよ、ド級ファザコンのデュランくん?」
「―――――――――てめぇッ!!」


【エランヴィタール】の烈光を垂直に正射する【プレーンランチャー】で
ヒースの心臓に必殺を狙ったデュランだが、鋭く伸びた切っ先で捉えられたのは彼の生命ではなく、
一切の無駄が無い素早い回避動作から遊離した残像だった。
ヒース本人は回避した先で【ハイゼンベルグ】の照準をデュランの眉間へ合わせながら嘲笑している。


「手前ェの感情も自覚できないガキが一丁前にキレてんじゃねぇよ。
 ええ、小便垂れのデュランくん?」













「「「「「「「【新しき国】ぃっ!?」」」」」」」


【ギョロ目de鬼不動】ことマサルと伯爵を中心に、車座になって話し込んでいた一行は、
彼らが逃避行へと走った理由を聴き、異口同音に素っ頓狂な声を上げて驚愕した。
【新しき国】―――人間や魔族…種族の隔たりの無い世界を【笑い】で築くという、
どう考えても正気の沙汰ではない理想だ。
誰にも告げずに二人の事情を飲み込んでいたホークアイですら、
本人たちの口から直接聴かされると言葉を失うのだから、
何の準備もなく事実を突きつけられた他の人々の衝撃や推して知るべしである。


「アホやアホやとは思うとったけんど………、
 マサル、お前さんはどこに出しても恥ずかしゅうない究極のアホウやな」
「オイィッ!? 人が壮大な理想を語ってみりゃあ、飛び出したのはアホ発言かいッ!!」
「アホでしょ、どう考えたって」
「アンジェラッ、お前もかぁッ?」
「世界を笑いで変えるなんてアホにしか思い浮かばないだろ。
 それで逆賊にされてんだから笑えないよね。
 呆れちゃったよ、ボク」
「新入りコラァ!! リースの弟だろうが容赦しねぇぞ!!
 あとで体育館裏来いやッ!!」
「たいいくかんなんてどこにあるってんでちか………」
「でも、オイラ、マサルの考え、すごいと思う。
 オイラたち、ずっとずっと、戦ってきた。
 【三界同盟】との戦いだって、裏返せば、世界、変えさせないための戦い。
 暴力で、解決してきた事、笑いで、解消しようと頑張るの、すごく、かっこいいよ」
「ケヴィン、お前なら解ってくれると思ったぜぇッ!!」
「つか、お人好しのケヴィンが誰かを批判するなんてあり得ないっしょ。
 たとえ腹ン中で『かっ、てめぇら、救えねぇドアホウだな』ってコキ下ろしてても。
 マッちゃん、甘い擁護じゃなく厳しい批評を受け止めろよ」
「お前らのは批評じゃねーからッ!! なんかもうイジメだからッ!!」


どれだけ大層な理由があって不倶戴天の敵と【社会】の安全圏から離脱したのかと思えば、
史上最も常識を外れた動機で逆賊の烙印を押されたマサルのアホさ加減へ
周囲の風当たりが強さを増していく隣では、
リースと伯爵が互いの姿を横目で捉えながら、微妙な距離感で会話を進めていた。


「………貴方も本気で世界を笑いで変えようと考えているのですか?」
「当然だ」


リースに問われた伯爵は、僅かな澱みもなくキッパリと断言した。


「人間は我々の想像を超えて美しいものだった。
 ………マッちゃんと出会うまでは、私はそれさえ気付かずにいたが、な。
 だが、今ならはっきりと明言できる。人と魔族は手を取り合えるのだ。
 誰もが笑っていられる【新しき国】の礎に、我らは心血を注ぐつもりだ」
「………以前は人間を虫けら同然に扱っていた貴方が?」
「………そうだな、貴様には私の理想は欺瞞として受け止められてしまうかもしれんな。
 責め苦に遭わされても反論のできない過ちを犯した私の理想は、な」
「………本気で笑いで世界を変えようと考えているのなら、
 いつかの過ちを悔やむような真似をしないでください」
「………無論だ。悔やむつもりはない。
 己の過去を訓戒とするは肝要だが、後ろめたい言葉へ変えてしまっては、
 この手にかけた全ての命に対してあまりに無礼千万。
 過去の過ちは、【新しき国】へ行き着くまでの道のりだと私は胸に刻んでいるよ」
「………悔やむなと窘めておいてなんですが、実に都合の良い解釈ですね、貴方の言い分は」
「恨んでもらっても構わない。だが、私は何があろうと【新しき国】を諦めぬ。
 遺され者の恨みを笑顔へ変えるのも、私に課せられた責務なのだからな」
「………………………そうですか。
 ………………そこまで考えているのなら、私は何の蟠りも抱かずに貴方の背中を押す事ができます。
 ………母様も、今の貴方の姿は認めて許してくださるでしょう」
「………“不浄なる烈槍”…いや、ライザ、だな。
 ………そうだな、あの者の分まで私は奮起せねばならぬな」
「これで【新しき国】が座礁したら、その時はお尻百叩きじゃすみませんからね」
「心得ているさ………それより、先ほどから気になっていたのだが………」
「なんでしょう?」
「なぜ貴様は私を直視しようとしないのだ?
 チラリと目端に捉えては、おぞましげな表情を浮かべて顔を顰める」
「………イヤな顔されるのが気に障るのでしたら、自分の身なりを振り返ってください………」


どうやら過去に遺した痕の清算が綺麗にまとまったのは途中までだったようだ。
いくら重厚な内容で話をしても、いくらかつて母を手にかけた伯爵を許し、認められても、
フンドシ姿だけは許容の範囲へ入れられない。
自分の周りの男性は、何故ことごとく女性に対する配慮やデリカシーが足りない人間ばかりなのか、
リースは自らの交友関係に影を落とすこの一点について、改めて溜息を吐いた。


「―――そういえば、あんたたち、よく【マナ】の秘密基地に逃げ込めたわよね。
 偶然とは言えヒースに出くわしてさ」
「ああ、それや、それ。
 えらいタイミングが良かったんで、ワイらも驚いとったんや」
「ヒースが、助けに来てくれたんじゃ、ないかな。
 ほら、カッちゃんさん、一応ヒースの、お友達なんだし」
「それはないでちね。うちのごくつぶしがそんとくぬきでうごくなんてかんがえられないでち。
 よしんばたすけにかけつけたにしても、おんをうっといて、
 あとであんたしゃんらをりようするはらづもりでいるはずでち」
「それについちゃ、偶然ってよりも“必然”だったかもだな。
 なぁ、カッちゃん」
「ああ、【マナ】の遺跡を飛び回っていたのだから、どこかでブチ当たるのも自明の理」
「はぁ? なんであんたらが【マナ】に興味を持ってるわけ?
 母さんから聴いてたけど、変態伯爵の方に至っては、『あんなもんカスだッ』とか
 【マナ】の事をさんざ貶してたってハナシじゃん?」
「ライザからの情報を意図的に歪曲させるな、童(わっぱ)!
 そして私は変態伯爵ではない! カトブレパスのカッちゃんだ!!」
「はいはい、変態の自己主張は置いといて、それじゃなんで【マナ】の遺跡に家捜ししてたわけ?
 ロキの後を追ってるボクらと違って、あんたらの【新しき国】へ
 【マナ】が関わってくるなんて考えにくいんだけど?」
「ああ、【新しき国】へ【マナ】は直接関係は無い。
 ………しかしな、その、これは極めて私事になってしまうのだが………」
「こいつのコレがな、どうもロキと繋がってるらしんだわ」


言いよどんでしまった伯爵の代わりに、【マナ】の遺跡を散策する理由をマサルが説明する。
伯爵の“コレ”と含みのある言い方をしながら立てた小指が示すのは―――


「美獣………か」


―――そう、絡まり合う毒蛇のように二人一対だった伯爵の片割れ、美獣だ。
マサルと伯爵は【新しき国】への足がかりである漫才を鍛える合間を縫って、
消息を絶って久しい彼女の捜索を続けていたのだ。


「本名はイザベラな。【三界同盟】崩壊後に行方知れずになってたイザベラが
 どうも最近になってロキと繋がりを持ったって調べが付いたんだよ」
「それで【マナ】関連の研究施設を片端から当たっていたのだが………」
「足跡辿ってく内にイザベラの居場所自体は掴めたんだけどよ、
 なんでデュランの親父さんに接近したのか理由までは最後まで解らず終いさ」
「居場所はわかっているのですか?」
「ああ…、片っ端から洗った甲斐があったってもんだぜ。
 イザベラの奴ぁ、今、【マナ】の【聖域(アジール)】に………、
 【ローラント】にいるみてぇなんだ」
「―――【聖域(アジール)】ッ!?」
「ここに来て美獣まで【聖域(アジール)】かよ………。
 どう思う、カール?」
「どう思うも何もないやろ―――」


まさかここで両者の、皮肉にも逆賊として【社会】から追われる身の両者の目指す道先が
重なるとは誰が予想できただろうか。
ロキも、美獣も、二人揃って【聖域(アジール)】で待ち構えているなど偶然にしては出来すぎている。
では、偶然ではないとしたら? ロキと美獣が手を結んだ事も【マナ】にまつわる戦いの絲が
加速度的に【聖域(アジール)】へ収束する階梯の一段と考えたら?
―――導き出される答えはひとつしかない。


「―――最後の決戦が近付いているという証拠ですね」


幾つもの要因から弾き出される唯一の答えの明言に一行へ緊迫が走った。
と言っても、間近に迫った最終決戦に怯んだのではない。
答えを明言したのは、ホークアイでも、カールでも、この場にいる他の誰でもない第三者の声。
唐突な干渉者の乱入に戦慄した一行は、気配さえ感じられない影に対し、
瞬時に臨戦態勢を取って周囲を警戒した。


「………【官軍】ッ!!」
「ちっ…、お前らが来やがったのか…ッ!!」
「随分な言われ様ですね。現状を鑑みれば無理も無い話ですが………」


電灯の行き届かないガラス筒の向こうから、コツコツコツ…、と
硬質な床を踏みしめる音が八つばかり近付いてくる。
やがて灯りのもとへ曝け出された影は【官軍】の錦旗を掲げる逆賊への討手、
【ローザリア】が誇る【インペリアルクロス】の面々だった。


「我々は【官軍】にこそ属しているものの、貴方がたと戦うつもりはありません。
 今日は【ローザリア】から派遣された使者として、
 貴方がたを保護するつもりでやって来ました」
「保護…? 冗談だろう?
 犬に成り下がった【ローザリア】が【アルテナ】に背くようなマネするもんかよ」
「恭順はあくまで方便。悪の枢軸である【アルテナ】の軍門へ
 我ら【ローザリア】が下るなどという事はありません。
 我らの真意はあくまで純粋な【社会正義】にあるのですから―――」


隊長であるアルベルトを筆頭に完全武装した【インペリアルクロス】の
どこをどう見て戦意は無いと判断すれば良いのか逡巡したが、
彼の二の句を耳にした瞬間、惑っている余裕はどこにも無くなった。


「―――しかし、貴方がたを保護する前に果たさねばならぬ天誅があります」
「はンッ!! うまい話にゃ裏があるってかッ!!
 おう、カッちゃん、こいつら、俺とお前を殺るハラらしいぜっ!!」
「勝手な思い込みで勘違いしないでよね〜♪
 アイシャたちのターゲットはもっと別なヤツなんだからさ♪」
「人間の【社会】に対して真っ先に反逆を唱えた私たち以外の………?
 貴様ら、何を企んでいる………!?」
「【インペリアルクロス】が誅殺すべきは大いなる簒奪者ッ!!
 権謀をもって人間を謀る悪魔の申し子、シャルロット・B・ゲイトウェイアーチッ!!
 これより貴様を征討に処すッ!!」
「な、なんで、シャルだけが、攻撃されるの!? オイラたちだって、同罪だろ!?」
「まだわかんないのかねェ、このコは。
 早い話、キミたちは騙されてたんだよ、そこのハーフエルフにね♪」
「騙す…? シャルが、私たちを…?」
「ロキを葬る事で自分たちが【マナ】を占有せんとする企みに
 皆さんは巻き込まれていたのですッ!!」


どういう事だ、と皆が一斉に振り返ったシャルロットの顔は、
【官軍】に追い詰められた瞬間にエリオット一人だけが垣間見た、
あどけなさを霞のごとく散らした冷徹な表情が浮かんでいた。


「………味な真似をしてくれるじゃないか、【インペリアルクロス】。
 まさか搦め手で来るとは思ってもいなかったわ」
「それは自白と考えてもよろしいのですねッ!!」
「馬鹿をお言いでないよ。濡れ衣にいちいち付き合ってやれるほど、
 私はお人好しじゃないわ―――」


初めて見せた裏の表情(かお)に仲間たちが呆然としている様子を目端に捉えたシャルロットは、
一瞬苦虫を噛み潰したように唇を噛むと、彼らの脇をすり抜けながらパチンと指を弾いた。


「―――しかし、貴様らのせいで、どうやら私の目的は台無しとなりそうだ。
 ………その罪、挽肉となって購ってもらおうか………ッ!!」


弾かれた音に共鳴して【ニルヴァーナ・スクリプト】が発生し、
巨大な物体―――おそらくは【マナ】と思しき兵器を彼女の手前に瞬間移動させた。
ゴトリ、と重量感に溢れた鈍い音を立てて地上に落下したそれは、
現在の【イシュタリアス】で言うところのフレイルと良く似た打撲武器のようだ。


「それは………【マナ】………ッ?」
「………万有必滅をもたらすロケットハンマー【アレイスター】だ。
 対ザファータキエ用に秘蔵しておいた切り札を
 まさか貴様ら相手に使うとは想定していなかったが………まあいい、最早修正など叶わぬ事。
 ならば、あらん限りの激痛と血潮に濡れて迎える貴様らの断末魔を溜飲と変えてやろう………ッ!!」


呆気に取られていた仲間たちが一斉に自分の名前を呼ぶが、シャルロットは振り返らず、
【アレイスター】を振り上げて【インペリアルクロス】へと挑みかかっていった。






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