創造の女神の名を頂いたその世界【イシュタリア】は、
清廉な自然、伝承の彼方の遺跡、石造りの城砦と町並み、
そして、精霊と魔法を背景とした特異な文明・歴史を千年に亘って履行して続けてきた。
「おうりゃあああッ!!」
人々の生活へ一般的に普及する【魔法】とは、
精霊を体内へ憑依させる事で着火や風力を起こす一種のエネルギー力学であり、
誰もが使える夢の力だった。
「打ち込みが――浅いィッ!!」
一般的に普及する【魔法】は、太古の昔に創造の女神【イシュタル】が与えた恩恵であると伝えられ、
現在にも全知全能の象徴として、女神を信仰する風習は絶えない。
「浅いのはお前の方だろうッ、デュランッ!?」
「減らず口はクリーンヒットさせてからにしやがれ、ブルーザーッ!!」
【魔法】を寄る辺とする歴史を歩む【イシュタリア】において魔力の強弱は、
そのまま身分的階位の表れと考えられ、過去、弱者に対する屈辱的な差別が蔓延した事もあり、
夢の力唯一の弊害として、長年忌まれてきた。
「次の一手で…決まりだぁぁぁあああッ!!!!」
「男だったら出し惜しみせず、この一手で決めやがれぇぇぇえええッ!!!!」
やがてその差別も、【魔法】の研究を先進的に進め、
民主政治を基盤とする社会へ絶対的な発言力を有するまでに至った北方の大国【アルテナ】の尽力によって撤廃され、
現在までには、忌むべき悪習として殆ど立ち消えている。
「「だッ………がああああああぁぁぁぁぁぁッ!!!!」」
――最も、先ほどから自然公園で大音声を張り上げて木剣を合わせる、魔法のマの字にも縁の無いこの二人が、
その時代に生まれていたとしても、忌むべき差別に傷を負ったとは、
忌むべき差別に心を疲弊させたとは到底思えないが。
「オラッ! 打ち込み浅いのはお前のほうだぜッ!!」
「――ぬわッ!? しまッ…!?」
ドガン、という景気の良い快音と共にブルーザー・K・ジャマダハルの脳天へ
デュラン・パラッシュの木剣が叩き込まれた。
「くっ…おおおぉぉぉ…ま、参ったぁ…」
「これで538戦中218勝217敗3引分…また俺の一歩リードだなッ」
敗北して大仰に倒れたブルーザーの隣へ、デュランも身を放り出した。
お互いに肩で息して額には大粒の汗を幾つも結んでいるが、
全力を出し尽くしたのか、紅潮した顔は爽やかな笑みで綻んでいる。
「ちくしょう…デュラン、また腕ェ上げやがったなぁ〜。
お前、さっき見た事も無いフェイント使いやがったな」
「ああ? ああ…あン時の技か…。
ありゃあ、こないだパンドーラへ出向いた時、
ジェマだかっていうオッサンと試合った時に目で見て覚えて…」
「それだけで再現しちまうお前に尊敬するだか、飽きれちまうだか…。
色々な意味でスゲェよ、お前は…」
「ンだよ、その回りくどい言い草はよ…」
草原の国と称されるだけあって、その国…【フォルセナ】の自然公園を彩る緑の鮮やかさは、
武勇談義に興じる二人を優しく包み、安息をもたらした。
社会転覆を企み、逆賊として滅ぼされてしまった秘境【ローラント】の自然は
世界保護に指定されるほど美麗で豊富だったと伝聞されるが、
【フォルセナ】の深緑も決して負けてはいないだろう。
「――お兄ちゃん〜っ」
あの技が、この体捌きがと延々と繰り返す二人へ、どこか遠くから声がかけられた。
「この声は…ウェンディちゃんかッ!」
「なんで声かけられた俺よりお前のが先に反応すんだよ…」
聞き覚えのある声がするや否や、ガバッと起き上がるブルーザー。
それに続きながら、デュランは呆れの溜め息を吐き出した。
遠方に備え付けられた自然公園の入り口では、
まだまだ幼さの残る少女が大きく両手を振ってデュランへ「やっぱりここにいたぁ〜」と呼びかけている。
「ウェンディちゃん、またちょっとカワユクなったよな〜」
「…昨日逢ったばかりだろ、お前。
昨日の今日で感動するほど劇的に変わるもんかよ…」
「ばーか。昨日より今日、今日より明日、女の子は綺麗に成長していくんだよ!
つーか、ウェンディちゃんはいつだって可愛いッ!!」
「片手じゃ数えられねぇくらいに年の離れたガキに色目使う変態が
市民の護衛官であるトコロの騎士サマやってんだから世も末だよな…」
駆け寄ってくるウェンディへだらしない顔で手を振り返す親友に対して、
二度目の深い嘆息を吐き出すデュランだったが、
到着するなり妹に胸板めがけてドスンと一撃加えられ、
無防備に急所を強打された痛みに身体をくの字に折って悶絶した。
「…い、いきなり殴りかかってくるたぁ、
我が妹ながら、な、なかなかヤンキーじゃねぇか…」
「ホントのヤンキーなお兄ちゃんに言われたくないよっ!
お義母さん、カンカンだよっ!?」
「…パワフルなウェンディちゃんも素敵だなぁ」
「ブルーザーさんもっ!」
「そんなキミも素敵」と肩に置かれた手を払うと、今度はブルーザーの胸板へ強撃を見舞った。
「ブルーザーさんもっ!
お兄ちゃんと一緒にいたなら、ちょっとは気を使ってくださいよ!
今日、お兄ちゃん、英雄王様にお招きされてるんですよっ!?」
「…ちょッ…そんなん言われても…俺、知らなかったって…ッ」
“英雄王”とは【フォルセナ】を統べる国王の事であり、
小国の王でありながら、社会悪を許さず自ら兵を率いて敵地へ乗り込む勇敢さから、
いつしか“英雄王”と称えられるまでに至ったのだ。
それも、現国王――“獅子心王子(ライオン・ハーティスト)”と畏敬されたリチャードW世へ禅譲されてからだが。
「公園には時計だってあったでしょ!?
なんで確認しなかったの!? 約束の時間からもう30分以上も経ってるじゃない!
とっくにお城に到着したとばかり考えてたら、お城の人が家までお迎えに来てッ!」
「…うっせぇなぁ…。
苦手なんだよ、俺は、あのオッサンが…。
英雄王だかなんだか知らねぇが、
あんなオッサン、どんだけ待たせたって知ったこっちゃねぇよ」
「またそういうコト言う! 相手はこの国の王様なんだよ?
とっても偉い人にそんな口の聞き方したら『メッ!』でしょっ!?
…ブルーザーさんからも何か言ってくださいってばっ!」
「やっばいなぁ…陛下との大切な約束をすっぽかす片棒担いじまうなんて、
俺、黄金騎士団失格じゃねえか…。
うわぁー…明日、出勤したら、上司に怒鳴られるよ、絶対…」
愛しの君へ汚名を返上し、キメの姿を見せられる千載一遇のチャンスであるに関わらず、
当のブルーザーは、王の直轄に在籍する騎士でありながら、
デュランの不届きへ一枚噛んでしまったショックに動転していてそれどころでは無かった。
「とにかくッ!!
遅刻しちゃったのはもうどうしようもないんだから、
このまま直接お城へ行くコトッ!
でないと、お義母さんがツヴァイハンダー持って仁王立ちしてるからね!」
「…行っても行かなくても、どのみち仁王立ちとシゴキは確定じゃねぇか、
サボッて遅刻した時点でよ」
「サボッて遅刻した張本人が他人事みたいに言わないの!
――ほらぁ! さっさと行くっ!!」
「はいはい………ったく、口やかましいトコだけ、おばさんに似やがったな…」
口やかましく妹に責め立てられたデュランは、観念したように本日何度目かの溜め息を吐き、
試合を行った区画に設えられたベンチへ立てかけた自分の得物を身に着けた。
正装と呼ぶにはお世辞にも粗野なシルエットだが、それでもパーカーとジーンズのみで王城へ出向くよりも、
ずっとマシな恰好である。
鉄板仕込みのバンダナとブレストプレート、左腕を固める頑強なガントレット、
そして、身の丈以上の長さと30cm以上の太さを誇る巨剣・ツヴァイハンダーを
ベルド越しに肩へ掛けたその姿は、間違いなく屈強の傭兵そのものである。
「………………チッ」
舌打ちしながら、最後に残ったソードベルドを忌々しげに締めると、デュランの“正装”は完成だった。
ソードベルトの左腰には、何やら厚手の布で包み込み、
更に上から革製のベルトで幾重にも封印された物体が提げらている。
長さから察するに長剣か何かと思われるが、決して抜けないように封印されている辺り、
デュランなりの思い入れの一品なのだろう。
「ほら、足が止まってるよ! 急ぐ、急ぐっ!」
「…チッ…」
今度の舌打ちは明らかに口うるさい妹へ向けたものだが、
ここへ留まり文句を漏らしても事態の好転が望めない以上、
煩わしいながらもウェンディの言う通りにするしかない。
忌々しそうに背中を折り、姿勢悪く何度も何度も舌打ちを漏らしながら、
ようやくデュランは約束の王城へ足を向け始めた。
「…ったく! ホント、私がいなくちゃなんにもできないんだからっ!」
「それについちゃ、全面的に首を縦に振らせてもらうよ」
「親友だったら、そんな情けない男に成り下がらないように、
ブルーザーさんも気をかけてやってくださいってば!」
「い、いや、その…あ、そ、そういえば、陛下直々の召喚なんて、
デュランの奴、なにかやらかしたのかなッ?」
「黄金騎士団のクセに、そんな事も知らないんですかっ?」
「知ってたら、さすがの俺だってケリ入れて城へ向かわせるよ…」
立場の悪い話題をすり替えようとしたブルーザーの目論見はバッサリ切り捨てられ、
ウェンディの怒りに油を注ぐ結果になってしまった。
これでは、いいトコロを見せるどころか、不届きな兄を親友として処断できないダメ男である。
「…ホントかどうか。
頭に血が上ると周りが見えなくなるところ、
お兄ちゃんそっくりですからっ」
「…返す言葉も無い…」
片手で数え切れないくらい歳の離れたウェンディにやり込められ、ブルーザーは落胆してしまう。
ますますダメ男の姿である。
「――なんだかよくわかりませんけど、
またお仕事の話だと思います。
『次の稼ぎは護衛かよ』…とかなんとか愚痴ってましたから、
事前に貰ったお手紙読んで」
フリーランスの傭兵家業で生計を立てるデュランを、
若干18歳ながら、傭兵仲間の間では既に凄腕と目される程の技量を持つ彼を頼りに、
個人のみならず各種法人からの依頼が後を絶たない。
「護衛の依頼…か。
モンスターの討伐に比べて、無理が利かないもんなぁ。
デュランがブー垂れる姿が眼に浮かぶよ」
得意のツヴァイハンダーを最大限に生かせる戦闘行為を主として引き受けているが、
アガリによっては護衛や物品の搬送といった依頼も請け負う。
請け負うが、仕事が終わった後は、やれ「つまらねぇ」、やれ「暴れ足りねぇ」と
不完全燃焼を嘆くのが常だ。きっと今回もそうだろう。
肉食獣じみたヤンキーさながらにズボンのポケットへ両手を突っ込み、
体勢悪く闊歩するデュランを見送り、見え透いた結果に苦笑する二人には、
今度の任務が、この旅の始まりが、
やがて世界の【偽り】を暴き立てるほどの戦いへ発展するとは、知る由も無い――――――
†
草原の国【フォルセナ】。
深緑も鮮やかに牧歌的な彩りの街並みへごく自然に溶け込む軽鎧の騎士たちは、
有事とあらばフルプレートアーマー(全身甲冑)に身を包んで戦地へ赴くだろうが、
平安のこの国においては、軽犯罪の取り締まりという簡単な巡邏くらいしかする事が無く、
任務の途中に立ち寄った商店街で町の人々と談笑する姿をよく見かける。
職務怠慢とも思えるものの、それだけ【フォルセナ】が平和であるという何よりの証拠だ。
(………またサボッてやがんな。あれでよく護民官とか言えたもんだぜ)
“街並みへごく自然に溶け込む”事から窺えるように、【フォルセナ】は、
世界でも類を見ない騎士の国としても知られ、【社会】へ騒乱の気配があれば、
東奔西走して悪の芽を摘み取る【社会正義】の剣を標榜していた。
「あ、チス、デュランさん! 【フォルセナ】に戻ってたんスね!」
「………あ? 誰だ、お前?」
「ちょ、ちょっと〜、このキズまで忘れないでくださいよ!
俺! ユリアン・ガルベルジュっス!!」
「―――あぁ、ブルーザーんトコのハナタレか」
「改めて、チス、デュランさんッ!!」
「っせぇなぁ、お前は………。なんでそんなムダにテンション高ぇんだよ………」
町の住人と談笑していた若い騎士から声をかけられたデュランは、
最初、彼が何者かピンと来ずに誰何してしまったが、顔中に貼り付けられた絆創膏によって
ようやく記憶の糸を直結させる事が出来た。
【黄金騎士団】なる勇ましい名称を掲げる【フォルセナ】の騎士団へ所属している
幼友達のブルーザーとの縁故もあり、デュランは度々若手騎士たちへ稽古をつけてやっていた。
『ユリアン・ガルベルジュ』と名乗った青年もその内の一人で、向こう気だけは強いものの剣の腕前は四半人前。
この間も実戦さながらの模擬戦でデュランにコテンパにのされたばかりだった。
「デュランさん、今、ヒマっスか?
もしアレなら、俺と一勝負手合わせしてくれません?
俺! 新しい必殺技思いついちゃって!」
「巡回中の騎士がシャレで流せねぇ事言ってんじゃねぇぞ。
ヒマ持て余すよりも足動かせ、足。
こっちはてめぇらの大将に呼ばれてそれどこじゃねぇんだ」
「陛下に? また仕事っスか?」
「さぁな………」
「あ、あれ? デュランさん?」
「そんなに新技試したけりゃ、自然公園でも行きな。
きっとどこぞのウスラバカが好きなだけお相手してくれるだろうぜ」
なおも話を続けたい風な若い騎士を置いてけぼりに、
デュランの足はお呼びのかかった王城へ進んでいく。
「おう、デの字! 近頃また身体ぁガッシリして来たんじゃねぇか?」
「デの字って呼ぶなって前から言ってんだろ!
黙って魚売ってろよ、魚をよぉ!」
「たんぱく質ばっか取ってないで野菜をお食べ!
ウェンディちゃんも頭抱えてたよ。バカ兄のバランス最悪な食生活をどうにかしたいって」
「俺の代わりに言ってやってくれ、オバちゃん。
バランスの良い食生活なんかしてたらパワー不足でやられちまうってよ。
傭兵っ生き物は、カロリーを大量消費するんでね」
「おいおい、そいつぁ聞き捨てならねーな! デュラ坊はウチのお得意さんだぜ?
おう、デュラ坊! 八百屋の囀りなんざシカトして肉食え、肉!
肉食ってりゃ、ステラの御大みてぇにドカンと強くならぁッ!」
「ケッ………、クソババァみてぇな化け物になるくらいなら、肉絶つぜ、俺ぁよ」
深緑鮮やかな植木に囲まれた王城へ向かうには、活気に溢れる商店街を通る必要がある。
テンションの低いデュランには、ただでさえ商店街の喧騒は煩わしいのに、
その上、彼を小さな頃からよく知る人々に声を掛けられるのだからたまらない。
(なにが“デュラ坊だよ”………毎日毎日、たまらねぇぜ………ったくよぉ〜)
眉間に寄った皺がグチャグチャにならない内に商店街を駆け抜けてしまおう。
無視すれば良いものを、掛けられる声へ律儀に答えていくデュランは、
彼らに気付かれないようにそっと溜め息を吐き捨てた。
†
「【フォルセナ】にはもう慣れたかな?
風習の違いによる差異はあるかもしれんが、
城内の機能に満足していただければ幸いなのだが…」
「慣れる必要も無ければ、慣れるつもりもありません。
…敵地に在って油断するなど、戦士にとって恥ずべき事ですから」
「敵地………か。
そのように詰られるのも無理の無い話か…」
祖国を『敵地』と詰られ、複雑そうに口元を歪める“英雄王”の玉座へ謁見する人物は、
今回の任務を任される少年傭兵ではなく、
意匠を施されたミスリル銀の長槍――銘を【ピナカ】と謂う――を携えた黒衣の少女。
柔らかな桜色のブラウスと淡いグリーンのロングスカートの暖色を塗りつぶすように
喪服を思わせるブラックレザーのコートを羽織り、
一国の王を前にして凛然と強い眼差しを向ける少女だった。
「それにしても驚いたな、
突然、そなたが【フォルセナ】に姿を現した時は…」
「採算に亘り、我々の保護を促す書簡を頂戴しておりましたから…。
本来ならば、敵国に依るなど、これ以上の恥辱はありませんが、
事情が事情ゆえ、あえて甘言に乗らせていただきました」
「我々がそなたたちへ働いた行為は、いかに謗られても仕様の無い事実だ。
否定はすまい………すまいが、
その決意を捻じ曲げてまで私のもとへ参らねばならない事情を知った今、
彼の地までの護衛と言わず、我が【フォルセナ】にてそなたを保護し、
必ずやそなたの――」
「望む以上の恩を敵国へ重ねるつもりはございません。
私どもをお気遣うならば、その意を汲んでお察し願いたいものでございます」
「………………………」
長く腰まで伸びた、色素の薄いブロンド髪の先を若草色のリボンで縛り、
額にはセラフィナイトの玉石、右サイドには小さな羽根飾り。
齢16歳という年齢相応の装飾品も、甲冑さながらに硬質な“喪服”の前にはその愛らしさを侵食されている。
――いや、“喪服”云々は関係なく、彼女が放つ悲壮なまでの強い眼差しの前に、
16歳という少女が本来持つべき愛らしさの全てが凍り付いてしまっていた。
「…それはそうと、 この度、聖都へ同道したいただく御方について、
予めお聴きしておきたいのですが…」
凍て付いたのは愛らしさだけではなく、その眼差しも、表情もだ。
民主社会の正義たる“英雄王”を前に、怜悧な態度を隠そうともしない。
玉座を守護する近衛兵団の背筋が寒くなるほどに、どこまでも怜悧に。
「【狂牙】…の二つ名で恐れられる傭兵をご存知かな?」
「…キョウガ? いえ、耳にした事、ございません」
「…両手持ち以外では到底使いこなせぬ巨剣・ツヴァイハンダーを得物とする、
かのファイター(戦士)の異名だよ。剣腕は保証する。
…“獰悪に狂う砕牙”の異名通り、並々ならぬ荒い気性が玉に瑕だが、な」
「“英雄王”直々の推挙ならば、大層に腕の立つ御仁なのでしょうね。
…傍へ置くには厄介の過ぎる程に」
「“傍へ置くには厄介な手合いを押し付けたか”…なんとも皮肉に響くものだな」
「皮肉のつもりでございますから」
にこりともしない物言いの少女の態度に、英雄王が苦笑を漏らした時、
玉座中に不遜ながなり声が響き渡った。
「悪ィな、オッサン。少しばかり遅刻しちまったぜ」
仮にも声をかけた相手は一国の王である。
にも関わらず、ズカズカと無作法に入ってきた戦士風の少年は、
三白眼で英雄王を睨めつけ、ガラ悪く口元をヘの字に歪曲させ、
まるで近所の老人へ話しかけるような態度と口調だ。
「この間は半日ずっと逃げられたが、今日は一時間で済んだか。
さてはウェンディに尻を叩かれたな、デュラン?」
「っせぇな…人ン家の事情にまで首突っ込んでくんなよ。
さっさと用件だけ言いつけてくれや。
俺ぁ、こういう畏まった場所ってのが大の苦手なんでね」
「全く畏まっておらんお前が言っても、説得力に欠ける不満だぞ?」
「いちいち細けぇオッサンだな…。
いいから、さっさと話進めろよっ!」
【狂牙】と仇名される所以であるツヴァイハンダーを背負ったデュランは
英雄王の皮肉に対し、頭をかいてそっぽを向いた。
一国の王に拝謁する人間にはあるまじき不遜な態度だが、
英雄王はおろか、近衛兵団も苦笑し、それ以上に咎めないのだから、いつでもこの調子なのだろう。
そんな信じがたい光景に驚き、呆れたように眼を見張るブロンドの少女の視線に気付くや、
デュランは「見せモンじゃねぇ」ときつい一瞥を叩きつけた。
「こらこら…あまり無碍に扱うものではないぞ、デュラン。
そちらの女性こそ、今回、お前が護衛を依頼する対象…依頼者なのだからな」
「…リース・アークウィンドと申します。
この度はご多忙中にも関わらず私の為に護衛を引き受けていただき、
誠にありがとうございます」
英雄王の言葉に促され、少女…リースは礼儀正しく自己紹介するも、
依頼者と聴かされ遜るどころか、デュランは軽く頭を下げるだけで、
「あー…別に名前なんてどうだっていいんだよ。
決まりきったアリガタイオコトバもいらねぇ。
目的地とアガリの額だけ教えてくれりゃ、それなりの働きはしてやるからよ」
「――な…っ」
などと不遜どころか失礼極まりない言葉を投げかけてきたのだから、
それまで氷のように表情を崩さなかったリースの眉もさすがに吊り上る。
(………なんて失礼な人なのでしょうか…っ。こんな不届き者を寄越すなんて、英雄王もどうかしています…っ)
(………辛気臭ェ女だな…)
礼儀を軽んじるデュランと、礼儀を重んじるリースの二人は、まさに火と油。
最悪に最悪なファースト・インプレッションによって、二人の旅は幕を開いた。
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