「つぅか、ここはお前、兄貴分に華ぁ持たせるってもんだろ。
 ………何でこんな時に超えやがるんだよ、コノヤロ」
「そんな事言われたって困りますよぉ。
 こっちもこっちで必死だったんですから」
「だがまぁ………誉めてやるよ、ランディ。よく俺を超えたな」
「………ギリギリでしたけどね。
 ―――いてて…、デュランさん、ホントに容赦無いんだもんなぁ」
「バカだな、こいつ。手加減して戦ったら意味無いだろ?
 デュランもランディも、二人とも全身全霊でぶつかるからこそじゃねぇか。
 …お前らの一戦、このマサル・フランカー・タカマガハラッ!!
 しッかと胸に刻んで―――」
「―――爽やかに締め括っとる場合かぁーッ!!」
「ど〜すんでちかっ!! ぜんだいみもんのえまーじぇんしーでちよっ!!」


それぞれのヒロインに介抱されるデュランとランディの二人と、
自分と揃いのバンダナを巻いた親友たちと肩を組んで、決闘の余韻へ浸るマサルの後頭部を
アンジェラとシャルロットがジェシカばりのドロップキックで蹴倒した。


「ぶ、無粋だぞ、貴様ら。マッちゃんが何をしたと言うのだ!?」
「黙れ、フンドシ貴族ッ!! ここでデュランが負けちゃったら、あたしたち、
 もう先へ進めなくなっちゃうじゃないの!!」
「『まけちゃいまちた、ごめんちゃいっ☆』じゃすまないっていうのに、
 なんでやられるんでちか!! ひーろーにあるまじきしゅうたいでちっ!!
 いまのしちゅえーしょんからして、みらいへつきすすむでゅらんしゃんがかたなきゃおかしいでちっ!!
 ここんとうざいのえいゆうものがたりをぜんひていするつもりなんでちかっ!!」
「え、そう? 師弟対決で言ったら、
 ランディさん、勝つ方が、自然な流れだと、オイラ、思うけど」
「事実は小説よりも奇なり…っちゅうこっちゃな」
「そんなきゅうてんかいはしょうねんまんがのうちきりだけでじゅうぶんでちっ!!
 えぇい!! デュランしゃん、あんた、はらきりなしゃいッ!!
 みなしゃんのまえではらきってわびるでち、このごくつぶしがっ!!」


立ちはだかる者は前進していく者に敗れて道を譲るのが物語の王道ではあるが、
現実がそう望んだ通りの上手い具合に転がる事は少ない。
一対一の決闘にデュランが敗北したという事は、あと一歩のところまで近づいた
【聖域(アジール)】への前進を寸断され、降伏せざるを得ないと言う事態を意味していた。


「こいつは弱っちまったなぁ。
 いくら俺でもこればっかりはどうする事も出来ないぜぇ」
「うっわ、このヘタレ、匙投げやがったよッ!!
 いいのか、ここで尻尾巻いちゃってさ。
 表で暴れまわってるお姉さんに背骨へし折られるぞ?
 つーかチクってやる。誰よりも早く諦めてましたってチクッてやっからな」
「て、てめッ、エリオットッ!! 言っていいジョークと悪いジョークがあるぞ!!
 想像しただけで心臓が止まっちまうってのッ!!」
「何言ってんの、バカじゃない。ジョークなわけないだろ。
 今のうちに墓石決めとけよな、ヘタレホーク」
「この野郎、クソガキめッ!! だったら俺もウェンディちゃんにバラしてやる!!
 アンジェラのおっぱいに釘付けでしたってバラしてやっからな!!」
「だッ、誰がアンジェラ姉ちゃんのおっぱいに………」
「おぉ? なんか目が泳いでませんか、お坊ちゃん?
 これはもう自供したと受け取ってよろしいッスかぁ?」
「う、うるさいうるさいッ!! そこに首出せッ!! 叩き斬ってやらぁッ!!」
「へッ、やってみろよ、クソガキッ!! 大人の余裕ってぇのを見せてやらぁッ!!」


「子供相手に躍起になるのが大人の余裕か」と呆れ果てるプリムの溜め息に、
デュランもリースも顔を見合わせて苦笑するより他無かった。


「つっても、あいつらの言う事にも一理あるんだよな。
 お前に負けちまった以上、大人しく引き下がるしかねぇ。
 だからって【未来】を諦めるつもりも無ぇ。
 ………さて、どうしたもんか」
「じゃあさ、今度は待ったナシの全体戦デスマッチなんてどう?
 兄ちゃんたちのバトル見てたら、なんかオイラもオトコノコの血が騒いじゃってさぁ〜!」
「アタシも大賛成〜! 一対一と違って判定つきにくいからさ、今度はアタシが審判しちゃうよ!
 【女神】の後継者直々のスーパージャッジ! 物言いナシで公正でしょ!?」
「こらこら、二人とも物騒な事言わないの。決着は一度で十分。
 これ以上、私たちが争う理由は無いわ」
「そうだね。僕らはデュランさんたちを制圧する形になったわけだ―――」
「………………………」
「………すまねぇな、リース。俺の力が足りねぇばかりによ。
 お前の仲間の導きまでムダにしちまった」
「………何を仰るんですか。貴方は全力で戦いましたよ。
 私には後悔はありません。もちろん、【未来】を手放すつもりもありませんが」


導きの路は頭上に仰ぐ高い石柱を指し示し、今も淡く光芒している。
リースは優しく慰めてくれるものの、【ローラント】に眠る英霊たちの願いを無碍にしてしまった事が
デュランにはどうにも悔しく、歯噛みして肩を落とすばかりだった。


「―――【賊軍】を制圧した僕らが次に目指すべきは、世界に災厄をもたらす滅びの化身、
 【神獣】を食い止める事ッ!!
 【ジェマの騎士】として、【イシュタリアス】に生きる人間として、
 これだけはなんとしても阻止しなくちゃならないッ!!」
「―――――――――ッ!?!」


―――【未来】とは、それを最後まで信じ、貫く者にこそ訪れる生き様の結果。
恩に報いる事ができずに落胆しようとも、それでも胸の奥に希望を灯す者にだけ拓かれる。


「しかし、【聖域(アジール)】への切符を持たない僕らではそれも叶わない。
 世界を救う力を持った協力者が必要なんですよね」
「ランディさん………!」
「ランディ、お前………」
「皆さんにも【聖域(アジール)】までご同行願いたいのですが、よろしいでしょうか?
 報酬は………そうですね、【賊軍】の無罪放免を直談判、ではいかがです?」
「―――話が解るぜ、ラン―――………ぐぺッ!?」
「いかがですも何も、聞く必要なんかナイでしょっ!!」
「ランディしゃんッ、あんたしゃんはなんておとこまえのふとっぱらなんでちかっ!!
 ないすでちっ!! ぐっどじょぶでちよっ!! さすが【じぇまのきし】!!
 せろんのにーずをさきどりしてまちね!!
 うちのやどろくにもあんたしゃんくらいのかいしょうがあればよかったのにっ!!」


願ってもないランディの提案に反応して起き上がろうとしたマサルの後頭部を踏みつけ、
更には彼の頭の上で飛び跳ねるアンジェラとシャルロットが、
(マサルの頭上で)僥倖の喜びに抱き合って歓声を上げた。
メキ、グキャ、と足元で歪な音が立とうとも、相方の無残な姿に伯爵が青くなろうとも、
気にも留めない素振りで跳ね続けるあたり、どう考えても確信犯だ。


「いいのかよ。現場判断で勝手やらかしたら、
 あのババァに何言われるか分かったもんじゃねぇぞ?」
「その時はその時で責任を取りますよ」
「………こいつめ、一端の口利きやがらぁ」


いかに【ジェマの騎士】と言えど、【アルテナ】へ仕官している身でありながら
一個人の判断で敗残兵を勝手に味方へ引き入れ、新たな戦地へ赴くとなれば、
深刻な責任問題に問われるだろう。最悪の場合、軍事法廷での尋問もありえる。
その事をデュランは気に掛けたのだが、ランディ自身は少しも臆さず「責任を取る」と言い切った。
【アルテナ】の兵団を統率する教頭職を精一杯にこなしてきた成果が
毅然とした様子に透けて見えて、デュランは改めて弟分の飛躍が嬉しくなって微笑を零した。


「そうと決まれば早速突入しようぜッ!」
「………その意気込みは結構ですが、なぜ私の腕を引っ張るのですか?」
「へ? だって姉様なら知ってんでしょ、この石柱にどんな仕掛けがあるのか。
 勿体つけずにさっさと【聖域(アジール)】まで連れてってよ」
「ど、どうして私が仕掛けの解法を知っていると決め付けるのですかっ?
 【聖域(アジール)】への入り口がどこにあるのかも知らなかった私が
 解法だけ知っているというのは道理に合わないでしょう?」
「ンだよもぉ〜ッ!! ぬか喜び第二弾かよぉッ!!
 【ローラント】が最終目的地とか豪語するんならさぁ、
 せめてどうやって入り込むのかくらい調べてからにしろよなぁ〜!!」
「あう………、そ、それは、だって仕方無いでしょう?
 世界の危機だと言うのに、悠長に調べ物をしている暇なんて………」
「ここで立ち往生したら同じ事じゃんッ! バカじゃんッ!!」
「あ、あう………」


姉の腕を掴み、意気揚々と導きの光が集う石柱の前へ引っ張って行ったエリオットだったが、
【ローラント】の民が【マナ】を封じてきた事さえ知らずにいたリースが
【聖域(アジール)】への合言葉を知っているはずも無い。


「口に出すキーワードは必要ありませんよ。
 ただ、心の中で『開け』と念じながら石柱へ指を触れるだけで良いのです」


地団駄を踏んで頭を掻き毟るエリオットへ、遍く【マナ】を識るヒースが打開策を明示した。


「私も実物は初めて拝見しますが、これも【マナ】の一種でしてね。
 石柱の正式な名前は【アクシス=ムンディ】。
 地表から数千メートルの地底に広がる【聖域(アジール)】へ運送してくれる
 重力エレベーターの一種ですよ」
「重力だのエレベーターだのと専門用語はいらねぇんだよ。
 なんでリースの指が触れるだけで開くんだ?」
「お忘れですか? 【マナ】は登録者のDNA情報をキーに起動する物だと。
 キミの【エランヴィタール】がそうであるように、
 【アクシス=ムンディ】もリースさんやエリオットくん、アークウィンド家のDNAを持つ者が
 触れる事によって起動するのです」
「なんだよ、そ〜ゆ〜のはもっと早く教えてくれよな、博士ぇ!
 だったら一番乗りはボクで決まりっとッ!!」









―――ゴッ…ゴゴゴ…ゴゴゴゴゴゴ………ゴゴォ………―――









【アクシス=ムンディ】についてのヒースの講釈を聞くなり手を伸ばしたエリオットの目の前で
岩盤を削るような地響きを上げながら、聳え立つ石柱が真ん中から両サイドへ分かれ、
唖然と見守る人々を誘い入れるかのような、縦に細長い大口を開いた。


「………貴方という子はどうしてそう堪え性が無いのですか。
 自分勝手に行動するのは危ないとあれほど注意したでしょう?」
「確かにリースさんの仰る通り、今のは誉められた行動ではありませんね。
 私とて【聖域(アジール)】へ立ち入るのは初めてなのです。
 すなわち何が待ち受けているか、想像もつきません」
「やーい、ダッセェ、怒られてやんのッ!!」
「ちょい待ったッ!! ボク、まだ触っても無いんだけどッ!!
 手ぇ伸ばした瞬間、なんか勝手に開きやがってさぁ!!
 あとそこのヘタレ!! 子供相手に冷やかしいれるお前のがよっぽどダセェだろがッ!!」


アークウィンド家の血族にしか開く事のできない【聖域(アジール)】への路が
なぜ自動で開扉されたのか。エリオットは少しも触れていないという。
では、誰が、どのように【アクシス=ムンディ】へ接触し、重力エレベーターの起動を励起したというのか。


「何をギャアギャアやってんだよ。答えは簡単じゃねぇか」
「外側からの接触ではなく、内側から操作した―――と考えるのが妥当な筋ですね。
 つまり、【聖域(アジール)】に在って、この場の全て高見していた人物の仕業………ッ!」


そう、考えられるべき答えはただ一つ。
【マナ】の深淵に座して【草薙カッツバルゲルズ】の到着を待ち構える【黒耀の騎士】、ロキ・ザファータキエ。
【アクシス=ムンディ】の開扉は、【神獣】を司り、世界へ滅びをもたらさんとする異端の革命者よりの宣戦布告。
大口の先に広がる無限の黄昏から「決着をつけよう」とのロキの猛りが漏れ出してくるかのようだ。







(………クソオヤジめ。かかって来いたぁいい度胸じゃねぇか………ッ!!)







最終局面に際して再び集った【草薙カッツバルゲルズ】の面々は、
言葉も無く互いの顔を見詰め、ただ静かに頷き合う。
そうして、コツコツ………と、誰ともなく【アクシス=ムンディ】へ、
【神獣】が忌まれし炎を昂ぶらせる【聖域(アジール)】へと靴音を鳴らしながら歩みを進めていった。


「デュラン………」
「さっき言ったじゃねぇか。ここまで来たら【未来】へ向かって一直線に突き進むだけだって。
 ………行こうぜ、【未来】ってヤツを切り開きによ」
「―――はいっ!」


光指す路の向こう側に迎える最終決戦の果てに見えるは、
【終局】を伴う【新生】か、今までと変わらない世界を享受する【偽り】か。
【イシュタリアス】の命運を賭けた最終決戦が、今―――――――――







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