「―――デュランの到着が決定打になったようね。本営の陣形、とうとう崩れたわ。
今、後詰の50名が迎撃に向かったところだけど、これもどこまで持つか」
「ひゃぁ〜…、デュランの兄ちゃん、とんでもないな〜。
うかうかしてっと、ランディの兄ちゃんもパクッてやられちゃうんじゃない?」
「カンベンしてよね、それだけは。
いくら相手が兄貴分ったって、【ジェマの騎士】がパンピーに負けちゃったら、
選んだ私が末代まで笑い種になっちゃうでしょ。
もし負けたらタダじゃすまないからね。ていうか、一生隷属物として扱うから、その覚悟でね。
靴の汚れを舌で拭ってもらうよ。その汚れがキミの唯一の食事ってくらい悲惨にこき使ってやるからっ!!」
「安心なさいな、フェアリー。
既にランディのお間抜けは先祖代々の恥部に認定されているわ」
「安心って言うか、残念の間違いでしょ。
………あーっ、こんなダメ男だって最初に見破れさえすれば、
しっかり者の“アナフィラキシー雄闘雌(オトメ)”を【ジェマの騎士】に選んでたのにぃ!
なんでヘナチンが【エクセルシス】を抜いちゃうわけぇ?
運命の偶然? それとも影の薄い人間特有の隠れスキルとか?
この世で最も世界に優しくないヒーローだね、キミ。ヒーローになるのがまず世界に大打撃っていうか」
「とんでもないのはウチの女性陣も同じだなぁ。
ど〜する、ランディの兄ちゃん? ここまで散々にコケにされたら、
もう全員ぶっこ抜くくらいの意気込み見せなきゃダメなんじゃない?」
「………っていうかさ、三人ともさ、そうまでして僕にプレッシャーかけて楽しい?
こんな状況でも僕はいじめられなきゃならないですか?」
【ローラント】に点在する神殿の一つに陣取ったランディは、
10年前の襲撃事件で焼け果て、煤にくすんだ屋内の中でも一際大きな石柱の前に腕組みし、
斥候に出張っていたプリムから戦況の報告を受けていた。
―――後半、戦況報告からイジメに発展するところが、彼らしいというか、何というかだが(合掌)。
「―――冗談はこれくらいにして、本当にどうするのかしら?
【官軍】1,000の精鋭をもってして返り討ちに遭うなど、
なんの顔(かんばせ)あってヴァルダ女王へ再見できるというの?」
「………プリムの推察する通り、敵方には勢いというものがある。
加えて鉄の【結束】だ。それらを持ち合わせない烏合の衆の【官軍】が
数という最後の垣根を蹴倒されれば、後は破竹の進撃にもう踏みつけられるしかない。
この戦、僕らの負けだ」
この戦、既に勝敗は決している。軍神とまで称えられる智将のランディには、
誰よりも大勢決した事実が理解できていた。
【バロン】から提供された【マナ】を振るう銃士隊、砲兵隊をも撃破され、【官軍】本営の陣は総崩れ。
戦場において重要なのは最新鋭の兵器や兵隊の数ではない。
相手を押し切るという勢いを先に付けられた軍勢にこそ、勝利は舞い降りるのだ。
「だから、どうするのか聴いているのでしょう?」
「成すべき事は一つだ。僕は【ジェマの騎士】として、【官軍】総大将として、
この戦に決着をつけるまで………ッ―――――――――」
総大将として合戦の敗戦責任を背負わなければならないと言うのに、
周囲の心配をよそにランディは憂色を僅かばかりも滲ませない。
敗戦の衝撃と混乱にもたじろがず、静かに何かの到着を待ち侘びる彼と仲間たちの耳元へ、
神殿のエントランスから急速に接近する複数の足音が飛び込んできた。
「―――――――――それが男として取るべきケジメですよね、デュランさん…!」
「ランディ………ッ!」
エントランスから背後に枕する石柱までは不可思議な光の珠が、
まるで何かを導き、誘い入れるかのように一直線の路を形作っていた。
―――待ち人はここへ至る。戦場に起きた突発の事態から光の路の真相を悟ったランディは、
部下たちに本営の決戦を任せて導きの先へ自ら赴き、やがて現れるであろうデュランたちを待ち受けていたのだ。
まさしく軍神の面目躍如。ランディの読みは正しく、英霊の魂に導かれた【草薙カッツバルゲルズ】が
廃虚神殿へと駆けつけ、こうして対峙する向きとなった。
「………ちっ、そうだったよな。【官軍】の総大将はお前だったっけかッ!」
「人が悪いですよ、ホークさん。
僕が相手だから、貴方らしくもない中央突破の策を練ったのでしょう?」
「これだから知り合い相手にすんのはやりづらいんだよなぁ…!
手の内どころか心の裡まで見透かされちまうッ!!」
導かれるままに廃虚神殿へ駆けつけたのは、デュラン、リース、アンジェラ、シャルロット、
ケヴィン、カール、ホークアイ、エリオット、マサルと伯爵にヒースを含めたの計11名だ。
ブルーザーとルガー、ヴィクターの三人は連合軍を率いて後詰の兵隊へ向かい、
暴れ足りないジェシカも銃後を守る役目を買って出た。
「………この不思議な光の先に、皆さんの求めるモノが、
ロキ・ザファータキエが在るというのですね」
「ロキさんだけじゃありませんッ!! この先には【聖域(アジール)】がッ、
世界を滅ぼす【神獣】が鎌首を擡げているのですッ!!」
「一刻も早く止めなくちゃ、ホントに【イシュタリアス】はドッカンなのよ!!
【ジェマの騎士】なら、…ううん、あんたたちになら、これがどういう意味か解るでしょ!?」
「…そうね。世界を滅ぼすなどという大罪を許しては、
『悪即滅』の信念が血の涙を流すわね」
「だったらはなしははやいでちっ! おとなしくみちをゆずるでちよっ!
っていうか、むしろシャルたちといっしょにこいッ、みたいなッ!!」
「―――残念だけど、その申し出を受けるわけにはいかないんだ」
互いの背中を預けあった戦友なら、何より世界の防人である【ジェマの騎士】ならば
核ミサイルの一斉発射などという前代未聞の非常事態を理解し、
見逃してくれるだろうと踏んでいたシャルロットだったが、その目論見はあえなく撃沈した。
「【官軍】の総大将として【逆賊】の台頭を見逃すわけにはいかない。
今、この場にて貴方たちを食い止める。
それが僕の、ランディ・バゼラードの務めだ………ッ!」
「けっきょく、あんたしゃんもどぶくせぇせいじかのはしくれってことでちかっ!!
せかいのぴんちよりもじぶんらのたいぎをゆうせんさせるッ!!
あんたしゃん、それでも【じぇまのきし】でちかッ!? えぇッ、ランディ・バゼラードッ!!」
「………ゴメン。これだけは曲げる事はできない」
「しゃるたちのくびをぶっちぎって、ヴァルダのくそばばぁにささげるわけでちね!!
あぁ、あぁ、うざってぇッ!! しゅっせかいどうをひたはしるわけでちかッ!!
おえらいさんはこれだからきらいなんでちよッ!! ひとのこころをなくしたどぐされがぁッ!!」
「―――もういいだろ、シャル。それくらいにしといてやれよ」
「なにいってんでちか、デュランしゃんッ!? これはしゃるたちにたいするはいしんで………」
「こいつは出世だの保身だの、くだらねぇモンなんざ考えちゃいねぇよ」
………一軍の将として、何より男としてつけるべきケジメをつけてぇだけなのさ」
「え………」
無言のまま【ペジュタの光珠】の加護を蒸着し、【エクセルシス】を抜いて臨戦態勢を取るランディに応じて、
デュランも小康状態のまま安定させていた【エランヴィタール】の出力を再度フルパワーに膨張させる。
鞘から取り出される際に散った【エクセルシス】の銀の輝きと、
生命の躍動を思わせる碧の烈光が空気中で接触し、灼熱の火の粉がスパークした。
「………男前になったじゃねぇか、ランディ。最初にあった頃がウソみてぇだ。
流れに任されるだけだったお前が、自分からハラぁ括る度胸を身につけるたぁな」
「今、こうして地に根を張っていられるのは、全部デュランさんのお陰ですよ。
憂鬱に逃げない魂に鍛え上げてくれたのは貴方です」
「………よしてくれ。さっきのさっきまでイジけてた俺にゃ毒な言葉だ」
「それについては僕も安心しましたよ。
【サミット】からこっち、見かける度に元気を無くしていたようでしたから………」
「あぁ、もう心配はいらねぇよ。………その代わりに覚悟を決めな。
今の俺たちを止める事は誰にも出来ねぇ。
たとえお前だろうと、立ちはだかるからには容赦しねぇで踏み越えていくッ!!」
「僕にも責任があります。【官軍】総大将として兵を預かる責任が。
………デュランさん、お覚悟を。貴方が僕を踏み越えると言うのなら、
足さえかけられぬ高き葦となって聳え立ち、必ず食い止めてみせるッ!!」
衝突して爆ぜるのは互いの剣の粒子だけでなく、正々堂々と果たし合わんとする強い闘気が
二人の全身から溢れ出し、パァン、パァン…と地面に転がる石柱の欠片を次々と弾いていく。
純然たる想いで【未来】へ突き進む意志と、男として、一軍を預かる身として果たすべき責任が、
友情を超えた領域で激突する刻限を迎えようとしていた。
「―――――――――行くぞッ!!!!」
「―――――――――行きますッ!!!!」
仲間たちの臨戦態勢が整う暇も無く電光石火で瞬いた
【エクセルシス】と【エランヴィタール】のファーストコンタクト(最初の交差)は、
神通力と【マナ】という相反するエネルギー同士の衝突となってのた打ち回り、
竜巻の如き衝撃波で廃墟神殿を、仲間たちをも震撼させた。
「ちょい待ちやッ、デュランッ!!」
「手ェ出すなッ、カールッ!! こいつは男と男のサシの勝負だッ!!」
「その通りよ―――」
押っ取り刀で加勢へ入ろうとするカールを、デュランの檄と、
死角から撓って打ち据えられたプリムの鞭が制する。
見れば、ポポイも魔弾射出の準備を終えた弓矢をこちら側へ向けており、
フェアリーも戦意滲ます構えを取っていた。
「―――これは大将同士の一騎打ち。男の戦いを妨げるなどという野暮はご遠慮頂きたいわね」
「もしも邪魔するってぇなら、相手がカールでも、ケヴィンでも、オイラたち容赦しないぜッ!!」
「それでもやるって言うんなら、表へ出る事ねッ!! 手出しはアタシたちの屍を踏み越えてからだッ!!」
数の上では絶対的に不利なランディが起死回生を狙って一対一の勝負へ持ち込んだのではないかと、
邪推すればいくらでも邪推できる戦況だが、人智を超えた一騎当千の戦闘力を見せ付けられては、
純粋な想いで一対一の勝負に決着を望んだのだろうと頷かざるを得まい。
一人でもこの場にいる全員と五寸に渡り合えるだけの技量をランディは持ち合わせているのだから、
手数を憂う必要が無い。
「俺の【撃斬】、お前の細腕に受け止めきれるかッ!?」
「受け止めきれない重さならば、それ以上の敏捷をもって避け切るのみッ!!」
………との警告を受けてはみたものの、デュランとランディの一騎打ちは、
とても常人が手出しできるような状態ではない。
光の柱と化した【エランヴィタール】が獣牙となって突き出されれば、
大胆にもランディはその腹へ飛び乗り、あまつさえ駆け抜けながら横薙ぎを繰り出した。
もちろん百戦錬磨のデュランが甘んじて反撃を受けるわけもなく、
【エランヴィタール】の出力を瞬間的にオフにして迫り来るランディの虚を突き、
体勢を崩したところへ出力を再開させた十八番の【撃斬】を振り落とす―――
―――人智を超えた超人VS超人の大決戦のどこに常人が介入できる余地があるのだろうか。
「貴方の攻撃は一つ一つが二の太刀を不要とする一撃必殺だ。
掠めただけで致死の重みを帯びているからこそ、相対する者はそこに勝機を見出せるッ!!
一度避けられてしまえば、一太刀果断の【撃斬】も鈍らの“死に剣”に他ならないッ!!」
「そういうセリフは、コイツを破ってからにしなッ!! ―――【繚嵐】ッ!!」
「―――ッ!? 二刀流ッ!?」
それにしても、と見守るしか無いホークアイは感嘆の溜息を禁じえなかった。
もともと超人的なパワーを備えていたデュランと【エランヴィタール】の豪剣は納得だが、
素早い動きで重撃を回避しながら反撃へ斬り返すランディの爆発的な成長は、
【黄昏の火山】で見せたへっぴり腰を知る者にとって刮目するものがある。
【撃斬】を回避された善後策に、背負ったツヴァイハンダーを持ち出したデュランの二刀流をも精密に見極め、
二連に重なって威力を跳ね上げた豪剣すら危なげなくやり過ごした。
【エクセルシス】に使われている感の強かった頃のランディからは想像もつかない無双の強さだ。
あれはまだ半年前の事。この短期間にどうやって爆発的な急成長を遂げたというのだろうか。
「あいつはね、ランディは、努力の天才なのよ」
いつの間にかホークアイの隣に立っていたプリムが彼の心の内を看破し、
小首を傾げて仕方の無い疑問へ答えをもたらした。
「【ジェマの騎士】に成り立ての頃のあいつは目も当てられないくらい弱くて、
ラビ相手にも怯えるような臆病者だったわ。
それはそうよね。【エクセルシス】に関わらなければ、
生涯剣に触れる事も無かったような子なのだから」
「やっぱり才能があったんじゃないの?
実は勇者の血統とか、英雄の生まれ変わりとかさ」
「才能があったのは私やポポイの方よ。
いえ、これは自惚れとか過信の類と思わずに聴いて欲しいのだけど。
小さい頃から英才教育みたいなものを受けてきた私や
魔法のエキスパートであるポポイと行く先々で比較されてね、
ランディはずっとずっと悔しい思いをしてきたのよ」
「………………………」
「それでも【ジェマの騎士】か、恥ずかしくないのかって。
心無い人には辞めてしまえって詰られた事もあったわ。
―――それでもあいつは泣き言の一つも言わずに耐え抜いた。
もっと強くなる。【ジェマの騎士】として恥ずかしくないくらいに強くなるって、
詰られる度に死ぬくらいの努力を重ねてきたわ」
「………………………」
「戦い方を知らないからって古今東西の兵法を知恵熱出すくらい勉強して、
剣の稽古だって一日も欠かしてない。
………デュランと交誼を結んでからは、より一層稽古に熱が入っていたわね。
最高の目標が出来たんだ。絶対に追い付いてみせるって、
ほら、【三界同盟】との抗争の最中、別行動していた時期があったでしょう?
夜も昼も忘れて、色々な武芸を勉強しながら一心不乱に剣の稽古に打ち込んでいたわ」
「ランディにとって、デュランは兄貴分みたいなモンだもんな」
「人の百倍の努力を重ねても、まだ足りないまだ弱いって常に自分を奮い立たせているのよ。
【アルテナ】に仕官してからはまた更に加熱していったわ。
背中を押して送り出してくれた兄に恥じない生き方をしたい、とね。
それがこうして飛躍的な成長に綾を成したのだ、と私は考えているわ」
血が滲むほどに、骨が軋むほどに研鑽を重ねた結晶が凡人を超人たらしめたとするならば、
紛れも無くランディは『努力の天才』だ。
己の現状に満足せず、常に先行く背中を追いかける向上心が生み出した強さには、
天賦の才能から来る自惚れや過信といった淀みが一片も混じらず、
【ジェマの騎士】として選ばれたランディを真の勇者へと叩き上げたのだ。
「くぅぅぅッ!! なんだよなんだよ、そういうのはもっと早くに言えよッ!!
ランディも、ランディにエールを送ったデュランも、みんな熱過ぎるじゃねぇかッ!!!!
―――おぉしッ!! 不肖、このマサル・フランカー・タカマガハラッ!!
この勝負の見届け人、しかと引き受けたッ!!
デュランッ!! ランディッ!! 死力を出し尽くしてガチッたれぇぇぇッ!!!!」
誠の心が宿る聖剣と【未来】に期する意志の炎が燃える刃をぶつけ合う龍虎の饗宴へ
マサルが精一杯の激励を送った。
世界の命運にすら影響を及ぼす一戦に何を呑気な…とプリムは呆れ返ったが、
男と男が互いの信念をぶつけ合う魂の激突を見守る人々は、
気が付けば、皆、拳に汗を握って、負けるな、行けと肉薄の龍虎へ声援を送っていた。
一時ではあるものの掲げる大義名分すら忘れさせ、誰をも白熱させる戦いが
巨大な石柱のもとに爆裂していた。
「あらあら〜? どったのかな、プリム?
何をそんなマジに見つめちゃってるのかな〜?」
「…え、あっ! べ、別に………」
「そんなん聴くのはヤボだぜ、フェアリー。
ランディの兄ちゃんに惚れ直してたんでしょ、ど〜せ」
「ばッ、バッカじゃないのッ!? そ、そんなんじゃないわよッ!!
私はただ二人の戦いの凄まじさに………」
「「あれあれ〜? 『何を呑気に』ってさっきまで怒ってたのは誰でしたか〜?」」
「く………………………っ!」
気が付けば、皆、拳に汗を握って―――“皆”の中には、当然プリムも含まれる。
決闘の先にあるモノを忘れて声援を送る仲間たちに呆れて閉口した彼女も、
いつしか真剣な眼差しで見入っていた。
毅然と自分を律するプリムが、フェアリーとポポイに揶揄されるまでは我を忘れて、だ。
憎しみでなく、認め合い、鎬を削って高め合う男同士の剣舞だからこそ、
誰をも夢中にさせるのである。
「今の技………即席の二刀流では無いようですね」
「俺んとこの流派の極意は二刀流だからな。
いつもは仏心に一振りしか使ってねぇが、今は何としてもお前をブッ倒さなけりゃならねぇ。
とっておきの隠し玉まで出させてもらうぜ」
「………隠し球があるのなら、【キマイラホール】の決戦の時に出しといてくださいよ。
人が悪いなぁ、デュランさんも」
「とっておきは最後の最後まで見せないから“とっておき”、だろ?
………そういうお前はまだ出さねぇつもりなのか?
【三界同盟】のバカ大将をブチのめした“とっておき”をよ?」
「【ゾディアックポゼッション】の事ですか?」
「普段ならナメんなっつってキレるとこだが、今なら手加減大いに歓迎だぜ。
この後に待ち受けてる最終決戦に力を残せるしな。
………ただし、こっちは全力をぶつけさせてもらう。後で吠え面かかねぇようにしときな」
「そうですね…、【エランヴィタール】…でしたっけ?
切り札を出さない事には、二刀流どころか【マナ】の光剣を破るのも難しそうだ」
取り巻く仲間たちの声援を背に受ける二人の接戦は、
いよいよ互いのヒドゥンカードを切る局面にまで激化していった。
デュランが初めて見せる豪剣二刀流に対して、ランディも初出となる切り札の仕掛けに移った。
「………な? 盾………?」
いつも飾りのように背負ったままで、一度も使ったところをの見た事の無かった
ラウンドシールドを左手に持ち直したランディにデュランは拍子抜けな声を上げてしまった。
“切り札”と言うからには、【キマイラホール】での合戦の折にジュリアスを圧倒した
【ゾディアックポゼッション】を繰り出すと予想していたのに、
蓋を開けてみれば、飛び出したのは防御を固める守りの一手。
青銅の鈍い輝きを帯びたラウンドシールドに、果たして切り札たる効力が秘められているものか?
「【ゾディアックポゼッション】はフェアリーとの合体技ですから、
一対一の決闘には反則技のご法度。
―――だから、僕は“僕自身の切り札”でお相手させていただきますよ…ッ!!」
「そうかよ………なら、ここは一つ試してみようじゃねぇか―――ッ!!」
不躾な驚愕を受けて改めて“切り札”と断言するランディのラウンドシールドへ
デュランが出力を上げた【プレーンランチャー】を放射した。
巨大な光の牙と化した【エランヴィタール】の切っ先が大気を裂いてランディの目掛けて攻め入るが、
まるで動じた風もなく、ラウンドシールドを構えたまま動こうとしない―――
「―――――――――ッ!!」
―――エネルギーの奔流がランディを噛み砕こうと吼えた瞬間、
前面に出されていたラウンドシールドが僅かに動いた。
エネルギーの奔流が衝突した直後の一刹那、常人の目には捉えきれないほどの速度で微動した盾の防御面に
【エランヴィタール】の切っ先は弾き飛ばされ、あらぬ方向へと軌道を曲げられてしまった。
「チッ、外されたかよッ!?」
「その程度の小手調べでは、鉄壁の【フェイルセイフ・イージス】を破る事は出来ないッ!!」
「【フェイルセイフ・イージス】ッ! ご大層なネーミングじゃねぇかッ!!
―――だったらこいつはどうだァッ!!」
もう一度、【プレーンランチャー】を放ったデュランだが、今度は反対にラウンドシールドへ触れる直前に
エネルギー波の軌道を捻じ曲げ、完全な死角となる右の側面から切っ先を突きたてた。
なるほど、【エランヴィタール】のフルパワー出力さえ弾き返す鉄壁の防御法、
確かに“切り札”と胸を張るだけの事はある。
しかし、【シェルター】のような無敵のバリアフィールドでない以上は防御面も限られており、
そこへ直接打撃を当て込まなければ効力は発揮しないし、同時に死角も発生する。
一合で【フェイルセイフ・イージス】の弱点を見抜いたデュランの洞察力が
軌道を曲げてのホーミング攻撃という攻略法を生み出したのだ。
「思った通り、その光剣は急激な変化が生じる際にパワーが落ちるみたいですね。
曲がった瞬間に速度が減退しましたし」
「よくあの一瞬で見抜きましたね、ランディさん。
光剣の根源である【グレムリンパルス】は、通常の刀剣では再現不可能な歪曲や伸縮といった
可変にも対応していますが、垂直に密集している形状から可変へ転じる際にエネルギーの拡散が起こり、
一時的に攻撃力は減退します。決定打になり得ない、という事ですね。
………それにしても、ダメージの減少を逆手に取って自ら特攻を仕掛けるとは………」
「致命傷だけを防げればそれでいいッ!!
このくらいのダメージなら、気力一つで耐え切れるッ!!」
だが、ランディの戦闘力はデュランの想像を遥かに超えて高まっていた。
最もダメージの大きい決定打のみを回避し、致命傷にならない攻撃は自分から受け入れ、
エネルギーの炸裂によって生じた爆発と粉塵をブラインドに反撃へ転じる―――
―――戦の鬼才と呼ばれるランディにしては無茶苦茶な闘法だが、
生死の境に立つまでの無理をしない限り、この戦いに勝つことは出来ない…デュランを超える事は出来ない。
覚悟を込めた死力の一手は【エランヴィタール】を撥ね退け、
ついにデュランの肩口へ袈裟懸けの一撃を加えるに至った。
「………こいつめ、兄貴の知らねぇ内に一丁前になりやがって」
返す刀で繰り出された【エクセルシス】を俊敏に屈んで回避したデュランは、
なおも攻め込むランディの脇腹をツヴァイハンダーの柄でカチ上げた。
傷口を庇う事も忘れて二刀を振るうデュランの口元には、いつの間にか笑みが浮かんでいる。
(もうすっかり一人前じゃねぇか………)
【極光霧繭】で見せたような優柔不断に揺らぐ瞳ではなく、
今のランディは固い意志を秘めた眼光を閃かせながら立ち向かってくる。
一人前の【漢】の瞳だ。押し通すべき信念と責任を弁え、
己の成すべきに渾身を傾けられる、本物の【漢】になっていた。
デュランにはそれが嬉しくて仕方が無かった。
頼りない頼りないとばかり思っていた弟分が、決して浅いとは言えないダメージにも耐え切り、
気迫と覚悟で誠の剣を振るっている。これほど嬉しい事が他にあるだろうか。
「………何笑ってんだよ、てめぇ。俺をバカにしてんのか、コラ」
「笑ってるのはデュランさんも一緒でしょう?
………破顔してしまうのも解りますけどね」
デュランの喜びは、ランディも共有するところなのだろう。
【エランヴィタール】とツヴァイハンダーの二刀が【エクセルシス】と衝突する度に、
剣気が逼迫して弾ける度に、認め合う喜びと太刀を合わせる愉しさが増していく。
―――生死の極限をも超越した、壊れるくらいに激しい魂の激突がそこにあった。
「なるほど………、【フェイルセイフ・イージス】。
直撃の寸前に物理攻撃を捌く事でダメージを受け流すのと同時に相手の体勢をも崩すって仕組みか。
当たった、仕留めたと思った瞬間にこそ油断は芽生えるってもんだよな」
「攻防一対の僕の切り札なんですけど………。
くっそぅ、もう見破られるとは正直、思わなかったなぁ………」
「お前だって【エランヴィタール】の弱点見抜いただろうが。報復だ、報復。
―――っつっても、特性見抜いただけじゃ破ったとは言えねぇんだがな」
「それはそうですよ。簡単に破られたんじゃ、切り札は返上させてもらいます」
「そりゃ残念だったな。今日限りで【フェイルセイフ・イージス】は払い下げだ」
「………破ってからにしてくださいね、そういうセリフは」
「………てめぇ、人様の言葉をパクんじゃねぇ」
―――――――――どれだけの時間を乱刃が切り裂いたのか、
それさえ解らなくなるほど熱く激しい死闘を演じた二人にも、ついに気力と体力の限界が訪れた。
「………さて、そろそろタイムオーバーのお時間だ。
こちとら先へ進まなけりゃならねぇんでな………次でケリをつけるぜ………ッ!!」
「………だから、そういうセリフは僕を倒してからにしてくださいってば。
最初に云ったでしょう? 僕は貴方を食い止める、と」
切り結ぶ内にボロボロとなった満身創痍へ大粒の汗を噴き出させながらも
決して崩れ落ちる事無く踏み止まり、決着の一太刀を撃ち込む構えに移った。
体力の限りを尽くして戦ったために身体は鈍く重く、幾度となく亘った死線に気力は悲鳴を上げている。
足元へ池を作る出血量や疲労から考えて、常人には最早動く事すら敵わない状態だ。
間違いなく次の一手で勝敗が決する―――声援を送っていた仲間たちも、
この瞬間ばかりは言葉を失い、固唾を呑んでデュランとランディの一挙手一投足を見守った。
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
二刀を構えたまま、ラウンドシールドを前面へ突き出したまま、
時計は秒を刻むのを忘れて凍てついた。
ドクンドクンと脈打つ心臓の鼓動だけが
「「――――――――――――――――――ッ!!!!!!!」」
停滞した時間の決壊は、ほんの一瞬の出来事。
極限の緊張にランディの心臓が微かに早鐘を打った直後、弾かれたように動静が激動し、
雷鳴よりも速くデュランの二刀が双条の光弧を描いて交錯した。
「あれ、ブルーザーさんも、使ってた、【靂双(れきそう)】ッ!!」
ケヴィンの叫びは、斬り上げと斬り下げを同時に繰り出す【靂双】の秘剣が
【フェイルセイフ・イージス】に弾かれた事で炸裂した【エランヴィタール】の光爆によって掻き消された。
そして、隙を生じぬ重ねの秘剣が防ぎ切られたという事は、すなわちデュランの敗北を意味する―――
「あッ、兄貴ィッ!!」
「―――ちょ、ちょう待てッ!! な、なんやありゃあッ!!」
―――迫り来るデュランの敗北に嘆いたエリオットの焦燥は驚愕の渦へ飲み下される。
【フェイルセイフ・イージス】に弾かれた事で爆ぜたエネルギーの奔流が
突如として四方八方へ飛び散り、中空でアーチを描いて再度ランディめがけて襲い掛かってきたのだ。
「こッ、これはッ!?」
「【プレーンランチャー】の変化式、【バリアブルスレッド】………ッ!!。
全方向から一箇所へエネルギーを収束させるとか何とかヒースの野郎は力説してたが、
………要するに防御も回避も出来ない大技だ」
「もう一つ大事な説明が抜けていますよ、デュラン君。
拡散によって攻撃力が減退してしまうのが【エランヴィタール】唯一の弱点ですが、
飛び散った複数のエネルギー波を一箇所で爆裂させる事によって超反応を惹起させ、
通常よりも遥かに高いダメージでもって弱点を解消させる―――逆転の発想が生み出した、
ま、言ってみれば【エランヴィタール】の奥の手ですね」
「………全方向からの攻撃とは、考えましたねッ!!」
幾筋もの光の束がランディとデュランの周囲へ全方位から降り注ぎ、
着弾と共に凄まじい熱量の螺旋を巻き上げて廃虚神殿の天井を貫いた。
轟々と昇天する碧の螺旋はいつまでも奔流を止める事が無く、
渦中に埋もれる二人の血肉を削ぎ落とし、焼亡させてしまうのではないかと見守る仲間たちが
焦りと恐怖を覚えるほどだった。
「―――――――――!!!!!!!!―――――――――ッ」
ようやく螺旋が収まり、碧の粒子を孕んだ白煙が薄らむ頃、
粉塵の中に二つのシルエットが浮かび上がった。
どちらがどちらかまでは見通せないものの、微かに映える体勢を見る限り、
片方が膝を折って傾ぎ、もう一方が剣を相手の喉下へ当てているようだ。
煙の向こう側では既に決している勝敗なのに、焦れる一同には煙が立ち消えるまで見極められない。
今か、今かと逸る気持ちを弄ぶかのように、なかなか白煙は薄まってくれなかった。
「デュラン………」
「………ランディ」
リースとプリムが、二人のヒロインがそれぞれのヒーローの名前を呼ぶ。
「―――勝負ありッ!! マサル・フランカー・タカマガハラ、しかと見届けたッ!!
デュラン・パラッシュ、ランディ・バゼラード、両雄共に天晴れ也ッ!!!!」
マサルの咆哮によって吹き飛ばされた粉塵の先に見えた決着は、
【バリアブルスレッド】の光爆の只中で二刀を弾かれたデュランの敗北と、
鋼の覚悟と気迫で防ぎようのないダメージを耐えて凌いだランディの勝利に帰結点を迎えていた。
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