「なんだ…、今のは………!?」
「急に、大きな火の玉が、飛んできたみたいだった、けど………ッ!?」
「せやけどありゃあ魔法の類やなかったで!
 威力は桁外れやけんど、どっちか言うたら大砲の弾や!!」


―――戦場へ降り注いだ雷火の衝撃で弾き飛ばされた【賊軍】は、
突然の爆裂の正体も掴もうと必死に目を凝らしてみるものの、
巻き上がった砂塵と黒煙に遮蔽された視界では、正体はおろか進路を手探りする事も叶わない。


「………鼓笛…隊?」


正体の代わりに捉えたモノもある。
爆裂を火種に延焼する黒煙の向こう側から、
戦線にはあまりに場違いなマーチングバンドの合奏が聴こえてきたのだ。
軍靴を打ち鳴らしながらも、変調の吹奏楽はだんだんとこちらへ近付いてくる。
以前に【禁断の坑道】でこの楽曲に出会っていたリースらの表情が、呆然から緊迫へと瞬時に強張った。
もちろんその場へ居合わせたブルーザーら【黄金騎士団第7遊撃小隊】も同じくだ。
聞き覚えのある軽妙な音色、小太鼓と突撃ラッパの奏でる行進曲は―――


「―――少数で本営まで斬り込んできたその勇気、知恵、兵法、
 世間が【逆賊】と非難しようと、私は大いに評価しよう。
 ………だが、ここまでだ。これ以上はまかりならんぞ」


―――忘れられるものか。【ローザリア】皇太子のナイトハルトが直々にヴァルダへ具申し、
採用された【官軍】を象徴するバックグラウンド・ミュージックに他ならない。
黒煙を突き破って姿を現したナイトハルトの背後には案の定鼓笛隊が控え、
反逆者たちを葬らんと血気に逸る兵士たちを壮行すべく、勇ましい行進曲を奏でていた。


「あれは、…【ハンディカノン(携行型対戦車砲)】ッ!!
 なかなか渋いチョイスをされましたね、皇太子殿下………!!」


兵士たちが脇に抱える武器を見破ったヒースが云うには、
あれは【ハンディカノン】なる名称のコンパクトな砲台で、
現実世界にも実物を見かける機会は少ない戦略兵器の一つである。
今ほどの爆裂は、ここから打ち出された砲撃に違いない。
黒煙を掻い潜って現れたおよそ30余りの砲兵隊が携えるハンディカノンの一つからは、
硝煙が立ち上っていた。


「その通りだよ、【マナ】を弄する者よ。
 これぞ、【官軍】が同胞【バロン】の研究が綾なした【ハンディカノン】の【マナ】、
 【ハウザーEz-RateD】であるッ!
 世界の誰よりも【マナ】を識るお前たちならば、この【ハウザーEz-RateD】の脅威、周知の通りだろう?
 ライフルの弾速こそ魔法で防げようとも【ハウザーEz-RateD】はそうはいかぬ」
「………………………」
「私はこの勧告が終わり次第、一斉砲撃の令を発する。
 その瞬間、お前たち【賊軍】は考えうる限り最悪の結末を迎えるのだ。
 肉は削がれ、骨を弾け、魂の一辺も残さずに焼き尽される」
「何が言いたいんか、ハッキリせんかいダボハゼがッ!」
「―――おとなしく降伏せよ。
【官軍】に手向かった大逆の徒とは言え、無闇に命を奪うは、我らとしても【正義】に忍びない。
 思うところもあるだろうが、ここは叛意を引き下げ、生き残る道を選んでくれ」
「………………………」
「【ローザリア】の威信にかけて、お前たちの身柄の安全は保証しよう。
 ………もちろん、戦線を離れているパラッシュ君についても同様の措置を善処させてもらう」


鼓笛隊の楽曲に乗って饒舌な口ぶりで勧告するナイトハルトの意図は、
直属の部下であるアルベルトが【オッツ=キイム】で失敗したのと同じく、
反【アルテナ】の旗頭となり得る【草薙カッツバルゲルズ】を保護の名目で擁立せんとする処にあった。


「【官軍】の一員ではなく、【ローザリア】の皇太子として…いや、
 義を重んじる一人の人間として、助命嘆願へ全力を尽くす。
 だから、私が終局を宣言する前に武装解除し、速やかに投降してくれ………!」


実際、【フレアー】の魔法では質量の大きな砲弾や許容限界を上回る弾速を無効化できず、
【官軍】秘蔵の【ハウザーEz-RateD】へ抗うだけの効力は望めない。
防御ができず、しかも砲弾自体が爆発する殺傷力の高い【ハンディカノン】30有余に
狙い撃ちにされては、いかに本営の布陣をも切り崩した【賊軍】と言えど全滅は必至だ。
ナイトハルトの甘言にあえて乗り、他日を期すのも一つの策だが………………………


「―――――――――それは、私の温情への宣戦布告と受け取って構わないのだな…?」


そんな老練した策略を受け入れるほど、【賊軍】と目される国事犯の若者たちは狡猾に出来ていない。
ナイトハルトが囁く最後通告に対してリースは銀槍【ピナカ】の穂先を向ける事で返した。


「さっきからうっせぇんだよ、オッサン。
 邪魔だからとっとと俺らの視界から消えてくんないかな」
「そんな言い方失礼でしょ、ホーク!
 せめて『今すぐ道割らねぇと逆さ吊りにして五寸釘ィ足の裏へ突き刺すぞゴルァッ!!』くらい
 オブラートに包まないと………」
「な、なんだとッ!? 貴様、今ので表現を軟化できたと思っているのか!?
 ………人間とは、時として【魔族】よりも恐ろしい生き物なのだな」
「そんなんこのお嬢ちゃんだけや。アレ見て人間を総評されたらかなわんで」
「あら? あたしはもっと過激に恐喝してもいいと思ったんだけど?
 例えば、ほら、五寸釘をチンチンに焼いておくとかさ」
「………アンジェラ、年頃の淑女がチンチンとか言うのはアウトだからね。
 よしんば“チンチン”の意味が違ったとしても反省文モノだよ」
「そのあたりはまだまだおぼこでちね、アンジェラしゃん。
 あしのこうからぶちぬいたごすんくぎにひをともしたろうそくをひっつけるとこうかてきめんでちよ?
 とけたろうがきずぐちをじわりじわりとやきつけるでちからねぇ。
 ひゃっひゃっひゃ〜、じごくなんてなまはんかなもんじゃないくるしみに
 もだえてくるうがいいでちよ、このとんとんちきめがっ!」
「ハニー、口の中へ小石を敷き詰めて蹴り上げるってヤツを忘れちゃいけないよ。
 【旧人類(ルーインドサピエンス)】時代にはこのテの拷問が盛んだった時期があって―――」
「ちょ、ちょっと、待って!!
 い、いつから、話題が、世界残酷拷問セレクションに、変わっちゃったの?」
「おい、お前たちッ! うちの―――いや―――俺のケヴィンが困惑するだろうがッ!!
 不埒なダベりは戦が終わってからにしてくれッ!!」
「(………ウェッソン………、今、さりげなく“うちの”から“俺の”に言い換えたな………)」
「そうと決まれば、コイツら、とっとと掃除しちまおうぜ。
 やらなきゃならねぇコトはまだまだ山積みだしな。
 おッ、そうだッ!! また鶏の水炊きやろうぜ、水炊き! それともスキヤキにすっか?
 俺としちゃあ、お好み焼きパーティも捨てがたいんだけどなぁ〜」
「―――というわけです、ナイトハルト殿下。
 せっかくのお申し出ですが、私たちは私たちの【未来】へ向かう覚悟を決めておりますので」
「………【未来】も何も、この先にあるのは紛れも無い【死】。
 【未来】への希望を断ち切る絶望しか無い事を理解しているのか?」
「私たちは【死】の薫る絶望から幾度となく希望を拾い上げてきたのです。
 【結束】と【信念】で駆ける先にこそ【未来】は拓かれると、誰より実感として識っているのです。
 ………狡猾な手腕しか持ち合わせない貴方のような政治家には、到底理解もできない事でしょうけれど」


既に誰もナイトハルトなど相手にしていなかった。
殺意の牙剥く【ハウザーEz-RateD】すら眼中になく、若き瞳が目指すは【官軍】立ちはだかる更に向こう。
この地に眠る英霊の光が指し示す【聖域(アジール)】への路を銀槍は一直線に貫いていた。


「総員、構えよ―――」


権謀が破れた今、最早【賊軍】へ情をかけてやる必要も無くなった。
そう判断したナイトハルトは、利用価値の無い障害を排除すべく、砲兵隊総員に攻撃命令を下した。
甘言を囁く時の柔和さは見る影も無く、眼光には政治家ならではの酷薄さが狂々と浮かんでいる。


「―――放てぇッ!!!!」


【死】の間際に晒されても揺るぎなく【未来】へ指向される銀槍へ、固く強い【信念】と【結束】へ、
ナイトハルトの号令を皮切りに【ハウザーEz-RateD】の砲兵隊から二次砲撃が浴びせられる―――









―――――――――ゴッ………ガァァァァァァアアアアアアアアアン………ッ!!!!!!!









―――しかし、戦場へ新たな轟音と黒煙を巻き上げたのは【官軍】の砲火ではなかった。
二次砲撃を遮って突如降り注いだ一縷の霹靂が凄まじい衝撃でもって岩盤をも撃ち貫き、
粉砕された大地の隆起に【官軍】を巻き込んで砲兵の陣形を無茶苦茶に寸断させてしまった。


「ど、どうしたッ!? じょ、状況を確認せよッ!!
 い、今のはッ!? 【賊軍】の逆襲かぁッ!?」


これでは砲撃どころでは無い。跳ね飛ばされた【官軍】は天界よりの裁きかと慄き混沌し、
【賊軍】からは、見慣れた―――いや、待ちわびた碧の烈光に歓喜の声が湧き上がった。


「―――………ったく、ちょっと目ェ離したすぐムチャしやがるな。
 砲撃相手に真っ向からタンカ切るなんざ、命の投げ捨てとおんなじだぜ?
 糸の切れた凧か、お前は―――」


光の路を妨げる黒煙と炎を斬り裂いて怒涛の渦中より現れたのは、
愛用のツヴァイハンダーを背負い、フルパワーの【エランヴィタール】を構えるデュランだった。


「うわ、キモ…ッ! なんだよあの浮遊感、船酔いより酷かったって。
 あんたら、よく平気でいられるよね。心臓に毛でも生えてんの?」
「いやね、俺たちも最初は吐きそうになりやしたけど、
 慣れるとコレがまたえもいわれぬ快感になっちまいましてねぇ〜」
「オウさ〜ッ!!」
「ドMか、あんたら」


彼の後ろには、もちろんエリオットとビル&ベンのコンビも随行している。
人間砲台の座標もピッタリに【フォルセナ】から【ローラント】までひとっ飛びし、
合戦の本営へ最高のタイミングで駆けつけたのだ。


「―――性分ですからね、私の。それはデュランだってよくご存知でしょう?
 文句を言うのであれば、風に吹かれて暴れないように、しっかりと糸を掴んでからにしてください」
「………チッ、反論できねぇからって好き勝手にイヤミ言いやがって」
「イヤミではありませんよ。乙女心と言うものです。
 ………今度は二度と離さないようにしっかり掴んでいてくださいね」
「当たり前だろ。今日から凧糸はワイヤーロープに付け替えだ」


澄み渡った瞳を一瞥しただけでリースには全てが通じた。
ただロキを誅殺する事のみに執念を燃やす【戦鬼】から、負の想念を乗り越えたまことの【戦士】へ。
【草薙カッツバルゲルズ】リーダーとしての再起を経て明鏡止水に至ったデュランを
【黄金騎士団第7遊撃小隊】のように歓喜して劇的に出迎えてあげる必要は無い。
いつも通りの軽口に、いつも通りのやり取り。一度は失いかけたこの“平然”が
デュランには何より嬉しかった。


「こいつめ、リーダーのクセしてどんだけ遅刻してんだよ〜」
「ああッ、待たせたな…ッ!」


リースだけでなく、ホークアイにしても同じ事だ。
互いの拳を打ち付け合うだけで、ただそれだけで男と男との友情は語らうまでもなく通じる。
ギリギリまで『どのツラ提げて…』と葛藤していたが、最初から何も恐れる心配は無かったのだ。
ありのままで生きる自分を受け止めてくれるのが、本当の【仲間】なのだから。


「………師匠………」
「―――なぁ、ケヴィン、俺にもカラクリの作り方、教えてくれねぇか?」
「へっ?」
「いや、ロボットは男の永遠のロマンだろ? 俺もオリジナルのカラクリ人形が欲しくてよ。
 ………お前の『ビルバンガーT』とも対戦させてみてぇんだ」
「あ…、う、うん、うんッ!! オイラが、師匠の師匠になるんだね!!」
 オイラ、がんばって、伝授しちゃうよッ!!」
「よし、約束だぜッ!!」


おずおずと気遣わしげに声をかけてきたケヴィンの頭を、力任せに撫で付けてやるデュラン。
その仕草も、声質も、身体から滲み出す闘気も全て、ケヴィンが心の底から慕う“師匠”の物だった。


「おい、ヒース。頼まれモンは完成してんだろうな?」
「私を侮ってもらっちゃ困るね。とっくの昔に完成しているよ。
 キミがあまりにウジウジやってるから、手持ち無沙汰にチューンナップまで終わらせたくらいだ」
「これでお前、いざって時にしくったらケツバットじゃ済まねぇからな。
 ―――…っと、それからな、シャル」
「なんてしつれいなくそがきでちかっ! ことのついでみたくひとをよびつけてっ!!
 いいかげんずっころすでちよっ!!」
「前に言ってたよな、『もういっしょにはいられないんでちか?』って」
「………………………」
「見てな。あの時の答え、今、見せてやっからよ」


デュランの言葉に呼応して、より一層【エランヴィタール】の出力にブーストがかかった。
【フォルセナ】襲撃の折にロキを打ち負かした光の柱と同等までエネルギーは高まるが、
殺意に燃え上がったあの時の烈しき光とは、性質そのものが異なっていた。
【エランヴィタール】はデュランの闘争本能にシンクロしてエネルギーを変化させる。
さしずめ今の形態は、淀み無い想いで【未来】を目指す【希望】の光牙。
眩いばかりの輝きが、魂の導きと壮麗なコントラストを、
かつては三国一の至宝と謳われた【ローラント】の山景へ彩付けていた。


「ぞッ、【賊軍】ごときに怯むなッ、かかれィッ!!」
「………言葉ぁ選んで吐けよ、オッサン。
 俺たちぁ、てめぇらのごっこ遊びに付き合ってるヒマは無ぇんだ。
 ―――とっとと道を開けやがれッ!!」


出力の違いは威力にも反映されており、【エランヴィタール】の攻撃力は
従来までに比べて明らかに跳ね上がっていた。
壁を作って立ちはだかる【官軍】のど真ん中へ放たれた【プレーンランチャー】は、
八方へ拡散して一人も逃さずに追尾攻撃し、横に薙げば遮二無二放たれた【ハウザーEz-RateD】の砲弾を
まるで薄い紙でも裂くかのように軽くスライス。
息を吹き返した狙撃主たちが発砲したライフルの弾丸も、光の柱の前にはあえなく蒸発の末路を辿る。
しかも、だ。ここまで壮烈な攻撃を繰り出しているにも関わらず、デュランはまだ誰一人として殺めていない。


「ばッ、ばばば、化け物だぁッ!!!!」
「権力に威を借りてに勝手三昧のてめぇらのが、よっぽどバケモンだろうがッ!!
 くだらねぇコトほざいてっと真っ先にシメんぞコラァッ!!」
「う、うわッ、わあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


【未来】へ臨む闘争本能は昂ぶる一方だが、殺意は無い。もう、誰の命も奪おうとは思わない。
その想いが【エランヴィタール】から殺傷力を削ぎ落とし、活人の刃となって繰り出されるのだ。
とは言え、デュランの太刀筋は世界でも屈指の豪剣。
一撃でもかすめれば即座に戦闘不能へ陥らせるだけの威力は相変わらずの猛威を振るっている。


「俺のトラップ人生の集大成にして最大の原点ッ!! 【マルダースの落日】でさぁッ!!
 どいつもこいつも、大蛇の大口に呑まれなッ!!」
「ィよォしッ!! ビルッ、ベンッ、ボクらで一気にケリをつけちゃおうぜッ!!
 美味しいトコはヒーローがかっさらうもんだぁッ!!」
「オウさァッ!!!!」


デュランと共に駆けつけた三人も負けてはいない。
到着時の黒煙に紛れて瞬時に仕掛けた落とし穴のトラップへ
次々と【官軍】の兵士を放り込んでいくビルに続いて、ベンも得意の斬馬刀で獅子奮迅の活躍を見せている。
心意気は一人前だけど、腕前はまだまだ半人前のエリオットだが、
大勢の逆転によってすっかり逃げ腰となった【官軍】の兵士は、彼にすら敵わない。
勝敗の行方は、これを見ても明白の通り、完全に【賊軍】側へと傾いていた。


「歯ァ食いしばらんかいッ、こなくそォッ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッ!!」


―――羅刹女の如き形相で【タイガーネックチャンスリードロップ】を叩き込む
ジェシカの鬼気に当てられれば、逃げ腰に引けてしまうのも無理の無い話だが………。


「デュラン・パラッシュッ!! 私はアルベルトのように容易くは行かんぞッ!!
 抜き打ちの秘太刀と魔法剣を掛け合わせた最強とも言える融合で―――」
「お遊びに付き合ってるヒマは無ぇっつってんだろうがッ!!
 ―――オラァッ、【谺閃】だァッ!!」
「え………? あ………―――――――――」


大仰な口上と共に立ち塞がったナイトハルトを邪魔だと言わんばかりに飛刃で吹き飛ばしたデュランは、
リースの銀槍と英霊の導が示した【未来】へと繋がり往く勝ち鬨を、
仲間たちを鼓舞する意味も込めて盛大に上げた。


「―――もう誰にも俺たちは止めらんねぇぞッ!!
 戦って、戦って、戦ってッ!! 【未来】へ突き進むだけだッ!!!!」






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