リースが決着を案じるロキとデュランの父子は、崩壊が最終局面へ到達せんと
異常膨大に軋む【INDICUS】の中心にて相見えていた。
その表情は互いに異なり、ロキは愕然の悲壮を、デュランは止まない闘志を漲らせている。
「空間そのものが不安定になってるっつーから試してみたんだが………、
どうも読みはドンピシャだったみてぇだな」
「デュラン………」
「維持さえままならねぇ状態なら近似した情報とやらの識別だってできやしねぇ。
【ファイアーウォール】とやらも突破できんだろうってな」
「そんな瑣末な事を言っているのではないッ!!
なぜ残った? なぜ仲間と元の世界へ戻らなかったのだッ!?」
「なんでか? …決まってるじゃねぇか。
勝ち逃げされたままで終われねぇんだよ、俺は」
「バカな………」
「バカもクソもあったもんか。俺はアンタとケリ着ける為に残ったんだぜ」
「ますますバカ者が…ッ! 戦いは既に終焉し、お前たちは勝利した!
それでもまだ戦おうと息巻くのはバカ者の考えだッ!!
お前は生きて還らねばならないッ!! 既に終わった存在の俺とお前は違うんだッ!!」
「―――いいや、このままじゃ終われねぇ」
愚息の選択を悲嘆し、今からでも遅くはないと試みられるロキの説得を
デュランはキッパリと撥ねつけた。
「俺はアンタが大嫌いだ。今も昔も、この世で一番嫌いだ。
手前ェ勝手の【正義】とやらで家族を犠牲にして、
それでもまだ飽き足らず、遺した思想でたくさんの命を奪いやがる」
「………………………」
「アンタが遺した思想のせいでな、俺は目の前で二人も死なせちまってる。
アンタさえ母さんに負担かけなけりゃ、ポックリ逝っちまう事も無かった。
アンタの息子に生まれてから今日までロクな目に遭わなかった。
どんだけ俺の人生に土足で入り込んで来るんだよ、アンタは」
「………………………」
「【英雄】の息子だからシャキッとしろだのなんだのと周りもいちいち小煩ぇ。
………もう一度言うぜ。俺はアンタが大嫌いだ。
大嫌いなアンタを踏み越える為に俺は強くなろうとしたんだよ」
「………………………」
“親子の対話”と呼ぶにはデュランの一方通行な罵倒が続き、ロキはただ聞き入るばかりだ。
反論の言葉も無いのか、静かに息子の言葉を受け止めようとしているのか。
いずれの感情が去来しているのか、目を瞑ったままでいるロキから気取る事はできない。
それでもお構いなしにデュランは詰りに詰り続けた。
「―――でもな、アンタが遺した思想のお陰で犯罪が減少してるのも知ってる。
アンタが家族を犠牲にしてまで戦ったから、今、多くの家族が幸せでいられる事も解ってる」
「デュラン………お前………」
「アンタの軌跡(ワダチ)はあんまりにも偉大だからな。
周りが俺にシャキッとしろって言って来るのもムリは無ぇ。
【英雄】の息子に生まれたからには、それなりの人間になって欲しいだなんて
傍迷惑なお節介焼くヤツばっかりだ」
「………………………」
「………だから、俺はここに残ったんだよ」
リィィィ…リィィィ………―――デュランの言葉に共鳴して、金打つ音色が強まっていく。
「俺の人生に土足で踏み込んできやがるアンタって【過去(そんざい)】を振り切って、
あいつらと同じ【未来(あした)】に立つためには、
【現在(いま)】、アンタとケリ着けなきゃならねぇ………ッ!!
―――アンタには踏み台になってもらうぜッ!!」
金打つ音が止まない包み布をソードベルトから引き抜いたデュランは、
透き通った瞳で神妙に聞き入っていたロキめがけて“それ”を投げつけた。
「―――最初で最後の親子喧嘩………か」
「そいつは違うぜ。俺たちはよ、最初から最後まで親子喧嘩してんだ!」
そして、二天で一を成す構えを取る。
右手には、長年相棒とするツヴァイハンダー。
左手には、闘志に呼応して凄まじいエネルギーを出力する【エランヴィタール】。
「………まだ、こんな物を仕舞っていたんだな………」
「当たり前だろ。アンタとケリ着けるまで棄てられっかよ。
形見ってのはそういうモンだろうが」
「常識知らずな事を言うんじゃない。
形見ってもんは、失われた者を忘れぬように繋ぎとめておく為の想い出だ」
「だったらなおさらアンタが持ってろよ。
失われてもいねぇヤツの遺灰を被ってやるほど、俺は育ちがよろしく無ぇんだ」
「だろうな………さすがは俺の息子だ」
「アンタがキチッと教育しねぇからひねくれちまったんだろうが………このクソオヤジ」
最後の臨戦に入ったデュランに応じて、ロキも二天で一を成す秘儀の構えを取った。
右手には、駆動部を破壊されてチェーンソーとしての機能を失った【ディーサイド】。
左手には―――………デュランが後生大事に今までソードベルトへ収めてきた布切れの中身。
かつて【正義】の刃として【社会悪】に忌み嫌われたブロードソード【ノートゥング】が握られている。
「ご主人様が恋しいみてぇだな。アンタの手に戻った途端に遠吠えやめやがったぜ」
「いつもは違うのか?」
「今も鳴いてやがったろ? 俺の手元だと、時折発作起こして鳴きやがんだよ。
引き取り手がついて何よりだ」
「………剣には持ち主の心が伝うもの………発作とは違うだろうに………」
本来の持ち主に戻った【ノートゥング】はデュランが父へ抱く怒りの鎖から解き放たれ、
リィィ…リィィ…と悲しみに悲鳴を上げる事も無くなった。
布に封じられた状態では解らなかった刀身の眩さは10年前と変わらず、
剣気が迸る銀の輝きでボロボロとなった黒耀の甲冑を照らし出している。
「………………………」
「………………………」
無の境地―――と形容すれば正しいのだろうか。
【INDICUS】の自壊は目の前まで迫っているというのに、デュランの心も、ロキの心も、
水深の如き静寂に包まれていた。
憎しみも、悪意も、敵愾心も無い、静かな、静かな領域、明鏡止水。
二天で一を成す構えを取ったまま、明鏡止水の領域に立つ父子の時間は静止した。
「―――時も無い。勝負は一手、一瞬だな」
「―――上等。もとからアンタに時間をかけてやるつもりは無ぇ」
―――だが、静止したままではいつまで時が過ぎようと決着は着かない。
デュランにとっては決着が遅延されるのは不本意だし、息子を生きて還さなくてはならないロキも、
これ以上時間を浪費するのは望むところではない。
「―――ここに死力を尽くす………。
出来るというのであれば、応じて超えてみせろッ!! 我が豪剣の境地をッ!!」
二刀を十字に交叉させるように構えたデュランめがけて、ロキの方から先端を切って斬り込んだ。
最後に残存した【マナ】の駆動力を全て傾けた踏み込みは鋭く、一足飛びでデュランが二刀の切っ先まで至る。
デュランに動きは見られない。全神経を研ぎ澄ますかのように瞑目しているものの、
超速で踏み込むロキに反応すらできていない以上、極限まで高められた気力は意味を成さないだろう。
(―――初めて見る構え…だが………【滅神(めっしん)】ならば………ッ!!)
【滅神】とは、ロキが【黄金の騎士】時代から切り札と隠している秘剣中の秘剣だ。
フルスウィングの一撃で標的を打ち上げ、それと同時に自らも跳躍し、空中で追撃の斬り落とし。
それだけで殺傷力十分だと言うにも関わらず、トドメには標的が地面へ落下するよりも更に早く着地し、
二刀同時の横一文字で跳ね飛ばすという最強の三段斬り………【滅神】。
まともに受ければ間違いなく即死は免れない。
そして、初撃の斬り上げが起ころうとしている時にも反応の無いデュランを、
回避はおろか防御もできないまま【滅神】は一刀両断に彼の肉体を両断する――――――
「―――――――――――――――――――――――――――ッ!?」
――――――事は敵わなかった―――というよりも【滅神】は、
繰り出した本人にも何が起きたのか理解できないまま、歪んだ視覚と共に強制停止させられ、
次にロキの意識が視界を取り戻した時には、彼の身体は砕け散った【ディーサイド】の破片を伴って
宙を舞っていた。
「最終奥義………【創世御那(キズヨミナ)】………ッ!!」
訳もわからない内に異次元空間の底辺へ叩きつけられたロキを目端で捉えながら、デュランは静かに奥義の名を呟く。
【創世御那】………それは、【黄金の騎士】として剣を極めたロキも初めて聴く名称だった。
「最終奥義を………体得してきたか………驚いたな………。
…【エランヴィタール】の打ち下ろしが俺の切っ先に触れたところまでは
なんとか覚えているんだがな………」
「ヘッ…、紛いなりにも【創世御那】は奥義だぜ?
何がどうなったかって原理は、俺の認めた人間にしか教えられねぇな」
打ち下ろされた【エランヴィタール】と横薙ぎに払われたツヴァイハンダーというフォロースルーを見る限りは
十文字に打ち込む単純な二段斬りにしか見えないが、流石は“最終奥義”と言うべきか。
攻防一体の二段構えが【滅神】を神速で弾き飛ばし、死闘の結末に勝利を切り開いたのだ。
「………ステラの手ほどきか………」
「こっち来る前、手土産に持ってけってよ。手土産で済むような代物かってんだよなぁ」
「………確かに手土産と軽んじるには、いささか大仰が過ぎる業物だな………」
ロキが意識を飛ばされる寸前まで捉えていた奥義【創世御那】は、
単純な二段斬りと呼ぶにはあまりに凄まじく、【マナ】の肉体をもってしても防ぎきれない程だった。
【滅神】の斬り上げに対して上段から振り下ろされた【エランヴィタール】が【ディーサイド】に触れた瞬間、
殺戮剣は砕け散り、極めつけは二段目の横薙ぎだ。
目の前の事態にロキの視覚神経が追いつくよりも速くに閃いたツヴァイハンダーの横薙ぎは
ひびれてはいようと防御力はなおも堅牢なロキの肉体を上空高くまで跳ね上げ、
身体機能を完全に麻痺させるに至った。
(………察するに超神速の交差攻方か。
………まさか荒くれのデュランが会得するとはな………)
剛の剣を旨とする流派にあって、発動の寸前まで息を潜める静の剣。
一際荒々しい太刀を振るうデュランが明鏡止水の境地でその奥義を体得した事が親心には嬉しく、
身動きのままならない身体を横たえながら、ロキは一人喉を鳴らした。
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
―――………一閃に極まった戦いの果てには、また、水深の静寂。
しかし、今度の静寂は、戦いの前の研ぎ澄まされた緊張感とは違う。
崩壊の渦中にあって、どこまでも穏やかな静けさが、長きに渡る怨嗟に決着を着けた父と子のもとへ舞い降りていた。
「………チッ、全部が全部はうまく行かねぇもんだ。
もちっとスキッとするかと思ったんだがな」
「こらこら、親父を清涼飲料のように言うなよ」
「いざ気張ってケリ着けたはいいけど、あんま冴えねぇんだよ。
アンタを超えたって実感もありゃしねぇし、ケリの着け方もこれで良かったのか、
後回しに飛び込んだ割には【答え】も出ちゃいねぇや」
「【答え】が出ないんなら、つまりここはお前にとって通過点って事だ。
………それでいいんだよ。親ってもんは、子供の踏み台なんだからな。
どんどん踏み越えて、忘れるぐらいに遠くまで過ぎてきゃいい」
「ケッ………」
穏やかな空気の中で交わされる他愛の無い“親子の対話”。
父の前に出れば決まって不貞腐れたように口元をへの字に曲げるデュランが、
この空気の中では素直な少年のように明るく笑い、
同様にロキの表情にも騎士の威厳でなく、息子と言葉遊びに興じる父親の穏やかさが浮かべられていた。
そう、それは、紛れも無い“親子の対話”。
凍てついたまますれ違っていた10年の歪みが元に戻り、今、ありふれた“親子”として二人は対話していた。
「………ドン臭ぇオヤジだな………ったく………オラッ!」
疲労困憊の身体で奥義を発動した負担にやられ、腹ばいになって突っ伏していたデュランも
崩壊の度合いが強まっていくのを感じ取り、このままでは危険だとロキに手を差し伸べた。
ようやく取り戻した“親子の対話”を楽しみたいのもヤマヤマだが、
このままここでお喋りに熱中していれば、崩壊のうねりに巻き込まれ、続きはあの世でする事になる。
「てめ、この………」
「まあ、そう怒るな」
―――しかし、ロキはデュランから差し伸べられた手を取らなかった。
厚意を無碍にされて憮然と不貞腐れるデュランへ笑いかけながら、まだおぼつかない自分の足で立ち上がった。
「………気持ちだけ受け取っておくよ。
その手を取れば、俺は、俺の【先】へ進めなくなる」
「アンタの進む【先】は俺が知ってる。アンタはこれから【イシュタリアス】へ帰るんだよ」
「【イシュタリアス】に俺の居場所は最早無い」
「察しの悪いオッサンだな、この野郎………。
ウェンディと約束したんだ。アンタを連れて帰るってな」
「ウェンディが………?」
「『お父さんを連れて帰ってきてくれ』っつって小指出されちゃ、
断るわけにいかねぇだろうが」
「………自分を殺そうとした男を、まだ父親と呼んでくれるのか………あの娘は………」
「呼ぶっつうか、ブン殴るっつってたけどな」
「誰に似たのか、血筋なのか………ステラに言っておいてくれ。
お前は育て方を大いに間違えてるってな」
「おばさんもネグレストにだけは言われたか無ぇだろうよ」
「………ははは………耳が痛い………」
おどけた風なロキの笑い方は、幼い頃の記憶へ止めている姿―――
―――大好きで、頼りがいがあって、誰よりも尊敬していた父親の姿そのままだった。
何も変わらない笑顔。物心をつく前に失い、今日までも一番見たかった笑顔。
「………どうすんだよ。ウェンディに嘘吐く事になっちまうじゃねぇか」
「人は誰しも嘘を覚えて大人になる。
そこに何よりの痛みを感じ、悔恨を残し、それでも遥かに想いを貫かんとした時、
初めて幼少期の終わりを迎えるのだ」
「………また説教かよ。アンタのご高説は飽き飽きだぜ」
「………そうだったな。10年で培っちまった俺の悪い癖だ」
けれど、あの頃とは違う。あの幼い頃から、デュランもロキも驚くくらい遠くへ来てしまった。
悪態の裏から差し出された手と、笑顔の裏から投げかけられる拒否。
言葉を交わさずに通じ合う“親子の対話”に永別の悲しみが滲む【現在(きょう)】を、
【過去(あのころ)】には想像できただろうか。
一人とて欠ける事なく【家族】が一緒に暮らせる、ありふれた日常は、もう戻って来ないのだと、
誰が想像できただろうか。
「―――デュラン」
「………………………」
「俺は今から俺の進む【先】へ………【神獣】の熱量が異常膨大を来している事故炉心へ向かう。
【レインツリー】の外壁を食い破って【イシュタリアス】を汚染してしまう前に俺は全ての核融合炉を撤去する。
【INDICUS】に残り、核汚染の危険を食い止める」
「………………………」
「誰かがやらねばならない事なんだ。
そして、この【INDICUS】に於いては俺以外の誰にも出来ない。
だから、俺は行く。お前たちの【未来】を守り、己の暴走に清算を果たすのが俺の進む【先】だ」
「………………………」
「いつ果てるとも分からない作業だ。撤去の間にもエネルギーは膨張し続けるのだからな。
………そして、全てを清算できたなら、必ずお前たちのところへ帰って来る。
これまで父親を放棄していた償いを目一杯させてもらうよ」
「………………………」
「………そうだ、帰りにはウェンディにぬいぐるみを買って帰るとするか。
あの娘、クマのぬいぐるみがお気に入りだったろ?」
「………………………」
「………だから、【約束】だ、デュラン………」
「………そんなムチャな約束があるかよ………」
―――そんな悲しみを【現実】として受け止め、【未来】へ繋げていく切なさと勇気に理解が及ぶ
【大人】になってしまうなんて、誰が想像できただろうか。
「ならば、果たされる時までこれを預けておく」
理解できてしまう悲しみと、だけどその悲しみに揺らぐ心を懸命に噛み締め、
返す言葉が見つからずに俯くデュランへ、ロキからある物が手渡された。
「今度は形見にならないよう、せいぜい気を付けるよ」
それは、【ノートゥング】だった。
【黄金の騎士】の形見としてソードベルトから提げられ、誰の目にも触れる事なく封じられてきた秘剣が
再びデュランの手元へ戻ってきた。
しかし、今度は形見じゃない。「いつかまた会う日まで預かっておいてくれ」と最後に付け加えたロキは、
いつ訪れるか永遠にわからない再会の約束の証として、デュランに長年の相棒を託したのだ。
そう、これは、形見などではない。
永遠の別離でなく再会の約束だからこそ、【ノートゥング】は持ち主を求めて、
リィィ…リィィ…と慕情の鳴き声を上げる事はもう二度と無く、静かにデュランの腰へ収まった。
「………またな」
「………あぁ、またな」
もう言葉はいらなかった。背中合わせに互いが進む路へ向かって歩き出す。
言いたい事、やりたい事は、いつか“約束”が果たされた日の楽しみに。
いつか“約束”が果たされた日に、胸を張って再会できるように。
「………あぁ、一つ言い忘れてた事があったぜ―――――――――」
【INDICUS】から【イシュタリアス】へ通じる歪曲に空間が白み始めた時、
デュランは一度だけ歩みを止めた。
背中に具足の立ち止まる音を確かめ、大きく肺に息を吸い込み、目を閉じて―――
「―――――――――………ありがとな、父さん」
―――けれど振り返らず、一言だけ、大きな声で父へ感謝を送った。
色々な想いを込めて、たった一言、心からの感謝の言葉を贈った。
崩壊の渦の中で、果たして父の耳まで届いたかは解らない。
いや、確かめるまでもなくちゃんと届いているだろう。
それが、“親子”だから。“親子の対話”に、繋ぐ想いに距離は無いのだから。
そして、デュランは走り出した。振り返る事も、立ち止まる事も無く、
愛しき者たちの待つ【イシュタリアス】へ、父から託された世界へ向けて一直線に。
走って、走って、光溢れる世界の境界線へ飛び込んだ。
全力で走り抜けた彼の軌跡(ワダチ)には、風の中へと吸い込まれていく幾つもの雫が―――――――――………………………
「兄貴ッ!!」
「師匠ッ!!」
「お待ちしてやしたッ!! デュランの兄ィッ!!」
「オウさッ!!」
「おーそーいっ! レディを何時間待たせるつもりなのよぉ〜」
「やれやれ、やっとおもどりでちか。
まちくたびれてかえろうとそうだんしてたとこでちよ」
「ホンマにええ男っちゅうもんは、焦らした後に登場するもんや。
お前さんも自分の武器の使い方を心得てきたやないか」
「おいおい、マジかよ。そうなるとデュランと俺とで
【草薙カッツバルゲルズ】二枚目の座を争わなきゃならなくなんじゃん」
「この期に及んで“びちグソ”がまだ寝言ほざいてくれちゃってるねぇ。
キミ、いい加減にヘタレを自覚しないと、来世はボウフラにしちゃうよ?
自分のダメっぷりに落胆しながら短い一生を終えるボウフラ!
………って、それじゃボウフラに失礼か★」
「いいじゃん、もうホークの兄ちゃんの来世は生ゴミの集積所で。
鼻がひん曲がるゴミ溜めに生まれて、しかも老朽化して壊されるまで逃げられない運命!
“逃げられない運命”って書くとなんだか無性にカッチョイイから、
カッコつけマンの兄ちゃんにはよりピッタシだ!」
「ちょっとお待ちなさい。せっかくの生還をコントショーで締めくくったら、
デュランだって気分が悪くなるでしょう?」
「いいんだって、これで。これが俺たち【草薙カッツバルゲルズ】の素顔なんだからよ。
ヘンに取り繕えば逆にデュランが居心地悪ィと思うぜ?」
「―――と、まぁ、ツッコミ不在だと誰も止められる人、いませんしね。
デュランさん、手厳しいのを一発お願いしますよ」
光の路の先を一気に駆け抜けたデュランを迎えたのは、共に【未来】を進む愛しき友たち。
いつもと変わらぬ笑顔で迎えてくれる仲間たち。
「こうなる結果は最初から確定だと言うのに、皆さん、浮かれ過ぎじゃありません?
デュランくん、ランディくんの言う通り、一発サディスティックなツッコミで黙らせましょうや」
「………実に晴れがましい顔をしている。決着はついたようだな………」
イザベラを抱いた伯爵も、【エデン】から顔を上げたヒースも、笑顔で出迎えてくれる。
「………デュラン………」
「よぉ、ちぃとばかり待たせちまったな」
ただ一人、リースだけは違っていた。
何の前触れも無く歪曲した空間のねじれから飛び出してきたデュランの姿を認めたリースは、
驚き、喜び、安堵し、コロコロと表情を変えた最後に、張り詰めていた不安が決壊したのか、
瞳一杯に涙を溜めて、堪えて堪えて、しゃくり上げながら懸命に堪えたけれど―――
「ただいま、リース」
「………お…かりなさ…い………デュラン………っ!!」
―――デュランに両手を広げてもらったのが呼び水になり、とうとう大声を上げて泣き出してしまった。
そこには、誰よりも強い意志で仲間の暴走を止めた戦士の姿は無く、
押し殺していた不安がワッと壊れ、滂沱の涙となって溢れ出してしまった少女の姿があった。
誰よりもデュランを信じていたけど、本当は誰よりも不安で、心配で仕方無かった少女の姿があった。
「ったく………泣くヤツがあるかよ」
「だって………だって………」
デュランの胸に飛び込んだリースは、喜びと安堵のバランスが壊れたまま、子供のように泣き続けた。
生きて還ったこの温もりを二度と失わないと体現するかのように彼の身体を痛いくらいに抱き締め、
その胸の中で泣き喚き続けた。
いつもならここで冷やかしの一つも上がるものだが、今日に限ってはそんな無粋な人間はいない。
「―――ずっと支えていくって約束したんだ。
なのに、お前を残して死ねるわけねぇだろ、バカ」
「………はい………はい………っ!」
困ったように眉を寄せて微笑むデュランは、震えながら身体をすり寄せてくるリースの肩に手を回し、
「俺たちはいつまでも一緒だ」と強く、強く、骨と骨がぶつかる程に抱き締めた。
―――――――――晴れやかな表情で笑うデュランの姿に、仲間たちの誰もが戦いの終焉を、
【終わりと始まり】を経て迎える新しき時代の幕開けを感じていた。
【現在(ここ)】より【未来(とわ)】へ繋がる未来の息吹を。
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