「また急に飛んで帰ってきたものだな………」


訳も分からない内に【レインツリー】の外部へ強制転送された【草薙カッツバルゲルズ】を迎えたのは
突然姿を現した彼らに目を丸くする伯爵だった。
イザベラを抱きながら驚く伯爵の後ろでは、【レインツリー】へ接続した【エデン】のキーボードを叩くヒースが
【聖域(アジール)】掌握の詰めの作業へ没頭している。


「い、いや…、俺らにも何がどうなったかわからないんだよ」
「空間が不安定になっているとか、なんとかロキさんは言ってましたけど、
 次の瞬間にはパッとこっち側に戻ってきていて………」
「さすがの【ジェマの騎士】でも今の状況は読み取れなかったようですね」
「………当てこすりをする前に説明してくれませんか。
 それが事態を把握している人間の義務でしょう?」
「限界を超えるエネルギー量で膨張した【INDICUS】は非常に不安定な状態でしてね。
 ロキ氏にさえマテリアライズを維持する事が難しく、
 あのまま貴方たちを異次元空間へ残しておけば、崩壊に巻き込むと判断したのでしょう」
「それじゃオヤジさんは………」
「―――貴方たちの生還は、さながらロキ氏の親心と言ったところなのでしょう」


【聖域(アジール)】の機能をシステムジャックする【エデン】は、
シャルロットたちが“ノートパソコン”と呼ぶ【マナ】の演算機と【レインツリー】とを
仲介するよう双方にコードで接続されており、ヒースが覗き込むディスプレイには、
【INDICUS】で見たものと同じ数字の羅列が無限に配列を変えて表示されている。
ヒースはその数字を操作しながら、顔を見合わせるホークアイとランディの疑問に答えた。


「ロキさんがあたしたちを認めてくれたって考えるのは安直過ぎるかな………?」
「自慢してもいいのではないかしら。
 ………貴方がロキに切った啖呵、私の心にも響いたもの」
「な〜に〜ソレぇ〜! カッチョばしィ啖呵切ったのはワタシもでしょ〜!
 なんでアンジェラばっか誉めるのさぁ〜?」
「別にフェアリーをないがしろにしたわけではないわ。
 【女神】の後継者として、貴女も立派だったわよ」
「なんかついでみたいで釈然としないんですけどぉ〜★」


現存の【社会】に失望し、滅亡よりの再生という強硬手段で【革命】をもたらそうとしたロキが
【イシュタリアス】の【未来】を自分たちへ託してくれた事が、
アンジェラやフェアリーには何より嬉しかった。
【サミット】でにべも無く切り捨てられた思いが通じた事が、何より嬉しかった。


「デュランがいねぇ………」


―――だが、喜びは束の間の出来事。
生還した面子の中にデュランの姿が無い事にマサルが気付き、
どこか別の座標へ落とされたのかと【レインツリー】周辺を探し回っている。


「デュランしゃんなら、ここにはいないでちよ」
「シャル、お前、あいつの居場所知ってんのか!?」
「………………………」
「シャル………?」
「ロキがシャルたちをてんそうしようとしたときにみえたんでちよ。
 くずれゆくいじげんにのこったデュランしゃんが」
「………………………」
「ロキとおなじDNAをもつデュランしゃんなら、
 きょうせいてんそうをきゃんせるすることもかのうでちけど………。
 ―――ったく、なにかんがえてんでちかねぇ」
「アホッ! 悠長に構えてる場合やないでッ!!
 ヒースッ! ランディたちを送り込んだように、ワイらをこの巨木ん中へ放ってくれ!!」
「むざむざ死地へ向かう事も無いでしょうに。
 そりゃあ、やれと言われればやりますけどもねぇ」


なぜそうしたのか理由はわからないものの、
維持すら不安定な【INDICUS】に残ったという事は、崩壊のうねりに巻き込まれるという事だ。
助けに行かなければならない。本人が何と言い張っても、殴りつけてでも救出しなくてはならない。


「早くしてッ!! オイラ、師匠を、引っ張ってくるからッ!!」
「―――行けませんよ、ケヴィン」


逸る仲間たちと【レインツリー】との間に立ったリースが
救出へ急き立てられるケヴィンを静かに押しとめた。


「何言ってんだよ、リースの姉ちゃん! このままじゃデュランの兄ちゃんがッ!!」
「デュランは死んだりしません。必ず私たちのもとに帰って来てくれます」
「ほしたらなんでデュランは残ったっちゅうんや!! 自殺行為やないか!?」
「デュランにはデュランなりの考えがあって残ったに違いありません。
 誰よりも生きる事に真剣なあの人が、命を投げ出すようなマネをするわけがない」
「………姉様」
「私たちに出来る事は、デュランが決着をつけて帰ってくるのを待つ事です」


頑として揺るがないリースにケヴィンやホークアイたちが混乱する中、
アンジェラ一人だけは、どこか嬉しそうに、頼もしそうに彼女の制止を見つめていた。
かつて目の前の出来事へ感情の赴くままに動いていたリースが、
今では感情で動こうとする仲間たちを抑えるストッパーとなっている。






(………本当に強くなったね、リース………)






初めて出逢った時もそうだった。
理不尽を叫ぶ自分を助ける為にリースは銀槍を取って飛び込み、
【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】と問題を起こした。
【バイゼルストリート】の時も、ランディたちと最初に接触した時もそうだった。
感情で動いては仲間に迷惑をかけてきた独善の人間と今のリースが同一人物とは思えない。
あえて崩壊の渦中へ残留したデュランの想いを汲み、彼の選択を信じて待とう、と説得するリースは
眩いくらいに【発展】を遂げていた。


「―――よし! ほら、ケヴィンもマサルも抑えなさいって!
 リースの言う通り、アタシたちにできる事はアイツを信じて待つ事だけでしょ?」


本当は誰よりも心配で不安であるはずのリースにそこまで言われては、
彼女の言葉に従い、デュランの帰還を待つしかない。
強い瞳と想いでデュランを待つと宣言し、けれど心の底には抱えた恐れが肩に震えとなって
浮き出してしまうリースの決意を見せられては、これ以上感情を最優先させるわけにはいかない。
アンジェラの後押しもあって、デュランの身を案じる仲間たちはリースの制止に従い、
渋々ながら引き下がってくれた。


「大丈夫よ。デュランは貴女の期待を裏切るような男ではないわ。
 ………っと、こんな事は私が改めて言うまでも無く、誰より貴女自身が知っている事よね」
「殺したって死なないヤツなんだもん。ひょっこりケロッと帰ってくるわよ。
 あんまり遅くなるようなら、リースが一声かければ直帰してくるだろうし。
 ………リースが信じてるんだもん。アタシたちだって信じるわよ、アイツの無事をさ」
「………はい」


仲間たちが退いてくれるのを見届けた瞬間に瞳を揺らめかせ、唇を噛んだリースの震える肩を
アンジェラとプリムが優しく抱き締めた。






(………………………デュラン………………………)






【レインツリー】で今も続く父と子の邂逅が迎える決着がどのような形に終わろうと
全てを受け止める―――物言わず戦いの場を見つめるリースの瞳に宿るのは、
信じる心や決意、勇気、慕情…様々な想いが一つに合わさった、
人間としての【強さ】そのものだった―――――――――







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