【シュワルツリッター:カテドラル】とは、ロキにとって最後の切り札とも言うべきシステムだった。
データマイズされた状態で【INDICUS】の海を漂うありとあらゆる【マナ】を取り込み、
己の武力へ転換する禁断のシステムを用いれば、いかにここまで喰らいついてきた
【草薙カッツバルゲルズ】と言えども一網打尽できると確信していた。

今のロキは、極大の熱量を発揮する【神獣】とも融合しており、行使できる攻撃力は
通常状態とは比べ物にならないほど高まっている。
内蔵された【ケツァルコァトル】の循環効率は最大値を示し、ダメージは受けた先から復元。
極めつけは秘蔵しておいた【マナストーン】。都市制御対応サイズの物と接続した今、
永久的なエネルギー供給が可能だ。

武装面もぬかりは無い。【バイナリィ領域】の特性を生かし、ミサイルでもレーザーランチャーでも、
無尽蔵に製造して発射し続けられる。
規模も、破壊力も、“歩く武器庫”の異名を取る【イージーエイト】を遥かに凌駕する火力を誇っていた。

無限再生・無限弾装………あらゆる意味で最凶最悪の【マナ】群体。
それが、【シュワルツリッター:カテドラル】の正体だった。


「―――それが、なぜ圧倒されるッ!? 脆弱なる【偽り】の御使如きに、なぜ気圧されるッ!?」


だが、ロキの絶対の自信は、開戦と共に脆く崩れ去った。
同時発射を行えば小規模程度の都市を瞬時に蒸発させられる、
右腕内蔵式のレーザーランチャー【メガスマッシュ】を撃ち出そうとも、
ありったけの魔力を込めた【魔弾】によって全て迎撃し、直撃前に中空で爆散させられてしまった。
ポポイの放った【魔弾】にはアンジェラとリースがそれぞれ炎と水、相反する属性の魔力を付与し、
それによって生じる大幅な質量ギャップの負荷が【メガスマッシュ】を相殺させたのだろう。


「ゴチャゴチャ目の前の物にケチ付ける前に、トチ狂った自分の頭をどうにかしなさいよッ!!
 土壇場になってまで、やれ【偽り】だ〜、やれ【真実】だ〜なんて理論理屈で考えてる
 アンタにアタシたちの勢いを止められるよ思ってんのッ!?」
「答えなんか後から随いてくる。だから、今は無理に探さず、飛び込んでみよう―――
 ―――今日までそうして旅してきた私たちには見えるのですっ!
 笑って、傷付いて、色んな痛みから学んだこの胸の炎こそ、揺るぎない【未来】ッ!!
 時代の移り変わりは、頭で考えていても始まりませんっ!!」
「【偽り】? おうおう、パチモン大歓迎じゃんかッ!!
 イヤと言うもんへ無理強いするアンタの素晴らしい【真実】よりも、
 オイラはくそったれた【偽り】を楽しませてもらうぜッ!!
 不自由ばっかでくそったれてる分、やる事盛りだくさんで面白いんだわ、これがッ!!」


信じられなかった。明晰かつ的確な連携攻撃の見事さには感服こそすれ、
よもや【マナ】の威力が【女神】より授けられた忌まわしき魔力に屈するとは、
ロキにとって信じたくもない結果である。


「これがオイラの全力だぁぁぁぁぁぁッ!!
 最終奥義【アンリミテッド・オーバーフォース・ライジングサン】ッッッ!!!!!!」
「だったら俺も奥の手出させてもらおうじゃんかッ!!
 ―――【星嵐】ッ!!!! 関節部分を根こそぎいただくぜッ!!!!」


攻勢に転じられても同じだ。信じられない状況が連続する。
【アグレッシブビースト】の闘気を爆発させながら怒涛の乱舞を叩き込むケヴィンの奥義が、
数え切れないほど大量の手裏剣を一点集中で連射し続けるホークアイの奥の手が、
ダイアモンドの硬度を上回る魔鋼で形成された装甲を打ち破り、各部を大破へ追い込んだ。
【ケツァルコァトル】で高速復元できるとは言え、最硬であるはずの防御が簡単に破れたショックは大きい。






(【旧人類(ルーインドサピエンス)】より後継せしヒトの叡智が、
 究極の【マナ】が、壊れ、破れる………だとぉッ!!)






―――これが【未来】だと言うのか。
技術の【革命】によってもたらされる【真実】を、【偽り】の先駆者たちが跳ね除けるというのか。
【偽り】が、【真実】を超越すると言うのか――――――………………


「断じて認めぬッ!! 【真実】が【偽り】に食い潰されるのならば、
 人は何をよすがに生きればよいのだッ!? 【偽り】の氾濫は、【未来】を汚す滓であるぞッ!!」


それだけは認めるわけにはいかない。
己の全てを犠牲にし、今日という日の為に築いてきた【真実】を淘汰させてなるものか。
笑顔の為に、醜い社会体制を根絶し、全ての人が笑顔で迎えられる【真実】の【未来】の為に。
【真実】の輝きを理解せず、【偽り】の旧態依然へ埋没する愚者どもへ裁きの鉄槌を振り下ろさんと
ロキが左腕上部へ設置された全ミサイルポッドの一斉発射へ移行した。


「見え見えやっちゅうねん、うすらトンカチがッ!
 こんだけ【マナ】を向こうに回してきたら、アホでも対処法は思いつくわッ!!」


ホークアイが関節部分を破壊する事で弾け飛んだ【シュワルツリッター:カテドラル】の右アームを
やおら咥えたカールは、今にも射出される寸前のミサイルポッド付近まで飛び立ち、
数百もの弾頭めがけて咥えてきたアームを放り投げた。


「ほぅれ、ドンピシャッ!!」
「………ぬッ、がッ………!!」


右アームの落下がミサイル群の内の数本へ直撃し、散発的な誤爆を起こした。
これが独立したミサイルであったなら被害は最少で免れただろうが、
束になって敷き詰められたポッド内部での誤爆は、壮絶な誘爆を巻き起こす引き金となる。
弱点を見抜いたカールの機転によってミサイルポッドは大爆発し、恐るべき対地攻撃は未然に防がれた。


「フェアリーッ!!」
「えー、ダルいからパス〜。文句はあのクサレ博士に言っといて〜★」
「何言ってんだよ、ズッコケてる場合じゃないだろッ!!」
「もー、しょ〜が無いなぁ〜! せっかく【女神】の力に頼らない、
 人間の手で切り開く【未来】ってのを演出したげよ〜と思ったのにさぁ」
「親心はこれが終わった後でゆっくりお願いするからっ!!」
「はいはい。………ま、こんな時に見捨てちゃ、それこそ【女神】の名折れだもんね★」


ヒースに対する文句をぶつぶつと毒づき、渋っていたフェアリーだが、
もちろんランディの依頼を反故にするつもりなど最初から無い。
いつか世界へ降臨する【女神】の後継者として、全てを見届ける覚悟でいるフェアリーが、
その意志と共に【聖剣・エクセルシス】の刀身へ飛び込んでいった。
【ジェマの騎士】の最強の秘剣、【ゾディアック・ポゼッション】だ。


「【ゾディアック・ポゼッション】…光芒の終………!!
 ―――天翔ける襷星よ、破魔に煌く計都となれッ!! 【子午線の祈り】ッ!!」


刀身に宿る【光】の魔力が、フェアリーの恩恵によって極限まで増幅された【エクセルシス】を、
ロキの迎撃を掻い潜ったランディは異次元空間へ張り巡らされた幹へと突き立てた。
突き刺さった【エクセルシス】から眩いばかりの魔力が巻き上がり、
瞬間、全長50メートルは越えるであろう【シュワルツリッター:カテドラル】の巨体を揺るがして光爆した。


「内部爆発………ッ!! おのれ…【ジェマの騎士】………ッ!! 小癪なァッ!!」
「外部からのダメージに対して無敵を誇るのなら、
 内部から破壊されればどうなるかと考えたけど………よし、睨んだ通りだったなッ!!」
「ホント、こんなトコばっか頭が回るんだから、困っちゃうよね。
 いっそダメ人間なら、とことんまでダメ人間のが気持ちがいいのにさ!
 中途半端が一番よくナイ! ダメ人間か、ダメ男か、どっちか一つを極めなさいっ!!」
「だから、そんなズッコケやってる場合じゃ―――って、どう転んでも僕はダメ野郎なのかよッ!!」


内部から破壊されるという事は、内蔵の【ケツァルコァトル】も道連れに消滅されるという事だ。
ランディならではの知略は功を奏し、【子午線の祈り】によって破壊された箇所の復元は
一向に開始される気配を見せない。
長時間が経過すれば復元も可能になるだろうが、ランディが破壊した箇所は、各部への動力循環を司るエネルギーバイパス。
つまり、直接的なダメージの他、【シュワルツリッター:カテドラル】が無尽蔵を誇るエネルギー出力へ
一時的な機能低下をもたらしたわけだ。
流石は【戦の鬼才】と畏怖されるランディ。一手で最大の成果を上げてくれた。


「デュラン、久しぶりに、アレ、やるかッ!!」
「気が乗らねぇが………、出し惜しみしてる場合でも無ぇわなッ!!」


ランディが拓いてくれたチャンスを逃す手は無い。
デュランとマサルの二人が、即座に連携技の体勢に入った。


「最強!烈風正拳突きッ!! フルパワーだぁぁぁッ!!」


一度腰だめに後方へ引いてから、上半身のバネをフルに活用して打ち出すマサルの正拳突きへ
何を考えたのか、デュランは思い切りよく飛び乗った。


「いつもながら細けぇ調節はできねぇ! お前の方で適当に合わせてくれや!!」
「代わりと言っちゃなんだが、カッ飛ばしてくれよッ!!」


デュランが飛び乗った拳を勢いよく突き出したマサルは、
慄くロキへ照準を合わせ、矢玉のように彼を一直線に撃ち飛ばた。


「行ったれ、デュランッ!! 【ギガンティック・カタパルト】ッ!!」


【ギガンティック・カタパルト】と名付けられた合体技は、
マサルの豪腕で射出されたデュランが超速突撃を仕掛けるという、
一歩間違えれば危険な事態に陥りかねない荒技だった。
しかし、そこはデュランとマサルの仲。なんだかんだ言っても古い付き合いで気心の知れた二人は、
息もピッタリに連携を組み、迎撃の砲門を向けたロキへ更なる猛襲を加える。


「笑止なッ!! 神風に期して特攻へ向かうは勇気にあらずッ!!
 浅はかな無謀に潰えよッ!!」


このまま好き放題を許すわけに行かないロキは、復元された右アームの【メガスマッシュ】で
デュランを一飲みに狙撃し、消滅させ―――るには至らなかった。


「いい加減【エランヴィタール】の扱いにゃ慣れてんだ。
 その程度のエネルギー攻撃は通用しねぇぜッ!!」
「くゥッ!! ………デュランッ!!」


同質のエネルギーを出力する【エランヴィタール】で【メガスマッシュ】の着弾を打ち消したデュランは、
どれだけ強撃を重ねても切り抜ける【偽り】の先駆者に対して瞠目するロキの右アームを、
超速で威力を増した横薙ぎのツヴァイハンダーでもって斬り払った。


「【まな】のけんきゅうしゃをむこうにまわしたのが、あんたしゃんのうんのつきでち!
 あほみたいにかたいそうこうばんでも、ほれ、このとおり。
 【えんちゃんとだいなも】でぶきじたいをこーてぃんぐしておけば、
 たとえにんげんのぶきでも【まな】をふんさいすることができるんでちよ。
 けんきゅうしゃをなのるのだから、たいきゅうせいのじっけんでーたもばっちりそくていずみ!!」
「貴方が【英雄】として掻い潜ってきた死線と、私たちが踏み越えてきた死線は大きく異なるのよ。
 踏んだ修羅場の数ならば貴方に及びもしないと思うわ。
 でも、私たちはその分、貴方自身が用意した苛烈な罠を潜り抜けたッ!!
 戦いの質が戦士を強くするのなら、貴方はその点で完全な失策を犯したわッ!!」


シャルロットとプリムの二人がかりで付与する補助魔法の効果も覿面に効いている。
【イミディエット】で増幅された敏捷性は【シュワルツリッター:カテドラル】の索敵機能でも捉えきれず、
武器に魔力をコーティングして威力を高める【エンチャントダイナモ】で強化されたツヴァイハンダーは、
シャルロットが勝ち誇るように強固な装甲を両断せしめた。
いとも容易く【エクセルシス】がエネルギーバイパスを貫き果たせたのも、二人のサポートあってこそだ。


「―――少し優位を許した程度で慢心するなよッ!! 果てなく蒙昧な小童共ォッ!!」


右アームを落とされ、左アームの復元も間に合わない【シュワルツリッター:カテドラル】に憤激した
ロキの反撃は凄まじく、機体に装備されたバルカン砲およそ100門を総動員し、
あらん限りの怨嗟を込めて【草薙カッツバルゲルズ】へ浴びせかけた。


「SYSTEM:MC02、起動ッ!! 核融合、急速臨界ッ!!
 加粒子波動砲【スターバスター】、スタンバイ・コンプリートッ!!!!」


凄絶な弾幕で巻き上げられた粉塵が視界を遮り、着弾すら確認できない状況を構いもせず、
胸部ブロックから展開した【シュワルツリッター:カテドラル】最終兵器の、
その名の通り、惑星へ生態系レベルのダメージを刻み込む加粒子波動砲【スターバスター】の発射体勢に入るロキ。


「―――所詮貴様らは独善に基づく紛いの【希望】を崇拝する禍津國の亡者ッ!!
 時代を継ぐなどッ! 星を継ぐなどッ!! 語る口すら世界への冒涜に値するッ!!!!
 因果事象の彼方に在りし刑場にて、昏き咎の身、露と消えるがよいわァッ!!」


狂気を孕んだ怒号を合図に、魔竜の首を模る砲門へ収束された莫大なエネルギーが放射された。
遍く生命を侵す黄泉の波動は、轟く音をも殺し、【情報の海】すら完全なる死滅に引き裂いて
霞まぬ粉塵もろとも【草薙カッツバルゲルズ】を黄昏へと押し流す。

もしも発射されたのが虚数の異次元空間で無く地上であったなら、
【スターバスター】は間違いなく【イシュタリアス】を死せる惑星へ蹂躙していた事だろう。
表しようのない極大な波動は、それだけの破壊力と熱量………何より、極めて毒性の強い汚染力を放っていた。


「慢心? へぇ…、アンタにゃそう見えるのかい?」


搭載した全バルカン砲で蜂の巣にし、最終兵器【スターバスター】まで放射したのだ。
今度こそ屠殺せしめたとロキの確信した勝利は、粉塵の只中から張り上がった大音声によって
もろくも崩された。


「な………ッ!!」


直後、垂れ込めていた粉塵がサッと四散し、その中から【草薙カッツバルゲルズ】を
ズタズタに引き裂いたはずの弾丸が、バルカン砲の飛礫が一斉に飛び散り、
烈しい風に巻き上げられながら渦となって【シュワルツリッター:カテドラル】の胴を貫いた。


「だったら、アンタ、相当な大バカ野郎だなッ!!
 ウェンディや兄貴には悪いけど、ボクは全力全開でアンタをバカ呼ばわりさせてもらうよッ!!」


声の主はエリオットだ。
銘刀【加州清光】の切っ先を驚愕するロキへ真っ直ぐに向け、その驕りを大音声で一喝した。
威勢良く啖呵を切ったエリオットの後ろには、バルカン砲も【スターバスター】も切り抜けた
【草薙カッルバルゲルズ】の無事の姿がある。


「………信じられぬ………核融合の…粒子砲だぞ? なぜ無事でいられる?
 【イシュタリアス】を滅亡させる力を浴びて、なぜ………ッ!!」
「どえらくかっちょばしぃねーみんぐでちたけど、ぶつりげんしょうであるかぎり、
 こっちにもてのうちようがあるってもんでちっ!」
「最初の弾丸は【フレアー】。次なる大技は【シェルター】と
 防御手段を使い分ければ受け流す事とて不可能ではないわ」
「魔法使いが何人いると思ってんだよ?
 シャルとプリムの姉ちゃんが【フレアー】で手一杯でも、
 オイラとアンジェラの姉ちゃんがタッグ組めば【シェルター】くらいなんとかならぁよッ!!」
「もひとつおまけに俺のエミュレーションを忘れてもらっちゃ困るね。
 【アンプリフィケイト】でこいつらのパワーをブーストさせる事もできんだぜ、俺」
「極限まで高められた魔法を私の【イーサネット】で拡大・強化して絶対防御の完成。
 さきほどの合戦で用いた戦法のアレンジですが、………うまく行ってくれたようですね!」
「貴様らは心見通す未来見かッ!?
 あの一瞬でそこまで細かき算段を付けられるわけがないッ!!」


今ほどの波状攻撃に勝敗を賭けていたロキの狼狽は子供じみた糾弾にまで転落してしまっている。
デュランなどはその様子を見るにつけ、


「これだから夢想者はイヤなんだよな。
 信じられない状態に陥ったら、すぐに超常現象やら何やらにこじつけて、
 みっともない自分理屈で持ち直そうとしやがる。見苦しいったりゃありゃしねぇぜ」


などと鼻で笑うほどだ。


「心を通わせる仲間ってのはそういうもんなんだよッ!!」


ロキには信じられないような超反応も、ここに集いし【草薙カッツバルゲルズ】には何ら驚くことも、
まして逆転の切り札と自慢する事でもなかった。
言葉で確かめなくても、アイコンタクトだって合わせなくても、
お互いが何を思い、どう行動しようとしているか、瞬時に理解し合える。協力し合える。
それが、本当の【仲間】なのだと、デュランには、否、彼を取り巻く【仲間】の誰もが熱き胸に誇りとしていた。


「エリオットも言ってるコトだが、こいつは慢心なんかじゃねぇ。
 ………自信だよ、絶対に負けねぇってなッ!!
 皆と一緒なら、どんなヤツにも負ける気がしねぇッ!!」
「皆で立ち向かう【未来】に恐れはありません。
 どんなに辛くてどんなに苦しい道程が待っていても、皆と一緒なら乗り越えられる。
 皆一緒に【未来】へ行こう―――それが私たちの目指す【未来】です。
 今日に繋いだ一つの手が、明日にはもっと多く連なり、
 遠い【未来】には一繋ぎの輪となっている………そんな日々が来るという事を、
 私たちはこの旅を通じて学び、今、自信をもって宣言できるのです!!」


今度は【草薙カッツバルゲルズ】が最後の攻防に出る番だった。
デュランが二刀を、リースが銀槍【ピナカ】を構えたのを合図に、
【草薙カッツバルゲルズ】のメンバーがロキを取り囲むように素早く陣形を組む。


「―――RFフィールド、急速展開………ッ!!」
「なんだよ、オヤジさん、人様の戦法丸パクりかい?
 そんなんだから勝てねぇって事を教えてやらぁなっ!!」
「そうさッ! オイラたちの、勢い、どんな防御だって、跳ね返せないッ!」


物理接触を跳ね返す斥力場を成し、防衛を整えるロキへ向けてホークアイとケヴィンが
先陣を切って初撃に駆けた。
超速の移動技【影抜け】を駆使して全方向から同時にクナイで斬りつける【紫鏡】の術が、
アグレッシブビーストの爆発的戦闘力をありったけぶつける【ジャイロジェット・ティーガー・バルカン】が交差する中、
ポポイとカールもそれに続く。


「【夢】ってのは夢想して見るもんじゃないけどさ、
 叶えるために何かを、誰かを踏みにじるのも間違ってるわけさ!」
「自分の【夢】を叶えるただ一つの近道は、誰かの【夢】と重なり合わさるっちゅうこっちゃ!
 一人ぽつねんと幸せになってもつまらんやろが?」


束ね撃ちの魔弾が斥力の盾に跳ね返されるのを見て取ったカールは、
大火炎は吐き出して弾かれた魔法の矢を巻き込み、灼熱の散弾としてもう一度強力な攻撃力を与えた。
これも事前の打ち合わせ無しのコンビネーションだ。
名実ともに炸裂した連携技は見事、斥力場を発動させるスラスターを直撃し、
【シュワルツリッター:カテドラル】を防護するバリアフィールドの出力を激減させる事に成功。


「き…貴様―――………」


円形の陣から流れるような連続攻撃で猛襲する【草薙カッツバルゲルズ】に
せめて一矢を放つべく、もう一度、【スターバスター】の発射体勢に入ろうとした矢先、
ロキは【シュワルツリッター:カテドラル】が活動異常を来たしている事に気づいた。
理由はわからない。オペレータシステムの算出上、各部のダメージも機動に問題なく、
エネルギーバイパスを破壊されているものの、最後にもう一度だけ【スターバスター】を放つだけの余力は残存している。
それなのに身じろぎ一つ取れないとはどういう事だ?


「よーしよしよしっ!! つかまえたでち、ちょうかたいりょうでちっ!!
 こっからもじどおりのふくろだたきにしてやるでちからねぇっ!!」
「人聞きの悪い事を言うものではないわよ、シャル。
 まともに戦えば一撃で消滅させられるような大量破壊兵器を制する秘策と自称すべきだわ!」
「プリムってば、ホント、頭固いわねぇ! 【社会】も人間も、奇麗事ばっかじゃ動かないわ!
 だから、あたしは、だれに詰られようと、どれだけ手を汚そうと、確実に勝てる道を選ぶッ!!」
「戦いも! 信念も! 糾弾の時も! 【未来】もッ!! みんな一緒ですよ、アンジェラ!!
 みんな一緒に迎えましょうッ!!」


―――持て余すほどの巨体が仇となって見落としたところに、事の真相は転がっていた。
東西南北、四方に分れた4人の戦乙女がそれぞれの力を結集して超重力を発生させ、
有効範囲の遅延波を鈍化させる【ジェイルグラビション】なる結界を張ってロキの機動を
極限まで削ぎ落としていたのだ。


「限界まで飛ばすぜぇッ!! 【超激怒岩バン割り】ィィィィィィッ!!!!」


異次元空間でどうやって岩盤を砕くのか、原理はまるで理解不能だが、そこはマサルの真骨頂。
彼が足元に広がる異次元を拳で一突きすると、なんと空間が地割れ(?)を起こし、
その亀裂の底から溶岩を帯びた無数の岩石弾が噴火した。
なんでもアリの無茶苦茶さ加減は相変わらずではあるものの、溶岩の熱を帯びた火山弾は強力で、
防御も回避も封じられた【シュワルツリッター:カテドラル】の装甲を見る見るうちに粉砕する。


「はいはい、ど〜せまたやるんでしょ? ホント、人使い荒いっていうか。
 一日に何度も無理に求められちゃったから、腰だってもう痛くて痛くてぇー。
 “Theダメんず”相手ってのが癪だけど、責任取りなさいよぉ?」
「………手を貸してくれるのは有難いんだけど、
 僕を、ちょっと口で言えないような罪に問われるような反社会的な人間と見なすのだけはやめてよッ!!」
「ははは〜♪ キミ、面白いジョークを言うね。
 既に検察から社会制裁をって要望来てるくらいなのに、ま〜だワタシに見栄張るってわけだぁ!
 何のためにキミの股座にブランブランしたもの取り付けたと思ってるのさ?
 まあ、言っても極めて申し訳ない粗品だけどね」
「下ネタはやめろッ、下ネタはッ!!
 それに僕のはなかなかマーヴェラスだってプリムも………」
「どっちが下ネタだ、ボケェッ!! 【女神】に対してセクハラかぁッ!!」


エネルギーバイパス破壊の殊勲を受けた時と同じく【子午線の祈り】の構えを取ったランディは、
いささか際どいやり取りをフェアリーと交わしつつも、
再び解放させた霊験の閃光で【スターバスター】の発射装置部分を破壊、
無尽蔵動力に続いて最大の攻撃力をロキから奪った。


「やるじゃねぇか、ランディッ! そいつさえ潰しちまえばこっちのもんだッ!!」
「デュランさん! 次なる一手は任せましたッ!!」
「ほざけッ!! ………【ケツァルコァトル】循環効率、38…55…58…!!
 順調だ! 順調に復旧しつつある…ッ!
 これならば、今少し耐えれば仕切り直しも………ッ!!」
「てめぇこそ吼えてろッ!! 【バリアブルスレッド】ッ!!」
「ぐ………がァ………ッ!!」


ランディの一手に感服したデュランが彼のフォローへ向かい、
【エランヴィタール】から美しくも獰猛な光の束を降り注がせる。
流星雨となって降りしきる光の矢は、じわりじわりと再生し始めた【シュワルツリッター:カテドラル】を
容赦なく貫き、それでもまだ原型を止めていた【スターバスター】の砲身を完全に粉砕し尽くした。


「―――エリオットッ!! 最後はお前だッ!!」


【草薙カッツバルゲルズ】12連のコンビネーション攻撃を辛うじて凌いだロキは、
亀の歩みで進行する【ケツァルコァトル】の復元機能に最後の望みを託していた。
向こうも余力の全てをつぎ込んでの攻撃だ。それさえ凌げば、半分でも再生が完了さえすれば、
勝機はこちら側にひっくり返る。


「これが…ボクの…乾坤一擲だぁッ!!」


しかも、デュランが連携の締めくくりに指名した相手は、齢10をようやく越えたばかりの小僧っ子。
【草薙カッツバルゲルズ】最後の一人を名乗るにはあまりに微力な太刀だ。
【撃斬】を振り下ろしてみても頭部パーツへわずかな疵ををつける程度の威力しか無く、
勢い余って異次元空間の底辺を穿ってしまうあたりに着地の仕方も覚束ない未熟さが見て取れる。






(―――――――――なんだ………これはッ!?)






―――ロキは完全に失念していた。
【草薙カッツバルゲルズ】とは、常識を覆す戦いでこれまで数多の勝利を掴んできた事を。
勝負を決するはずだったエリオットの一太刀が詰めの威力を欠いた事で嘲笑に歪んだロキの口元は、
次の瞬間には、別な意味で歪められていた。


「足元をよく見てみやがれッ!!」
「何………ッ!?」


エリオットが穿った一点を頂点に、【シュワルツリッター:カテドラル】を取り囲むよう、
異次元空間へ円状に、不思議な光を放つ【点】が穿たれていた。
ホークアイに始まってデュランまで、ロキへ察知されない内に一人ひとりマーキングしていた【点】だ。


「俺たちが意味もなく連携組んで特攻しかけるかってんだッ!!」


ぐるりと【シュワルツリッター:カテドラル】を取り囲む無数の【点】は左右と光の線を結び、
やがて大きな光の輪を形成する。


「いってみればがったいまほう【アルテマ】のおうようでち。
 【ジェイルグラビション】でけいせいされたまりょくのわっかに
 みんなのぱわーをにゅうこんしていっきにばくさつするっ!! これぞ―――」
「―――【草薙カッツバルゲルズ】最後のコンビネーション・アタックッ!!
 名付けて、【アンアクセプテッド・デスティネイション】だッ!!」
「な………ッ!!」


それはまるで絶望の闇夜を切り裂く希望の旭日のように―――地上に刻印された光の輪から
神々しいまでの冽光が湧き上がり、【シュワルツリッター:カテドラル】の邪身を焼き払うかのように
遥か彼方の神域へ、【INDICUS】をも突き破って昇天していった。






(敗れる…というのかッ!? 俺が…、【未来】への力(マナ)が………ッ!!)






極大質量の【マナ】集合体をも浮き上がらせる冽光の裡へ抱かれながら、
ロキは己が大義とする【真実】が、【発展】の足を止めた【偽り】へ打ち負ける恐怖に戦いた。
【マナ】の最終兵器とも言える【シュワルツリッター:カテドラル】をも超越する力を発揮し、
ついには【真実】を塗り替えようとする若き勢いに慄いた。






(これが、時代の選びし【未来】だと言うのか………ッ!?
 勢いだけの猪突猛進が【未来】だと…ッ!! こんなモノ、このように幼稚なモノ、
 俺は既に通り過ぎて―――――――――)






【アンアクセプテッド・デスティネイション】の光爆が臨界を迎える間際、
ロキは自分が見落としていた、たった一つの【本当】へ辿り着いた。






(―――――――――【未来】は、若き力で築くもの………)






通り過ぎた―――相対する彼らへかつての自分が重なる。
若かりし頃、自分は何を信じて戦ってきた? 何を胸に燃やして理想を語り合った?
理不尽ばかり突きつける【大人】に反発して、前に進む事に臆病な【大人】を詰って、
若き力が【未来】を築くものと胸を張って歩いてきたじゃないか。






(………―――【発展】―――………)






彼らは、待ち受ける困難を恐れず、ただ純粋に【未来】へ向かう彼らは、
かつての自分であり、【大人】になる過程のどこかで取りこぼした、【過去】から【未来】へ伸びる若枝だ。
先ほど感じた息吹は、【社会】を【発展】へ導く未来風(カゼ)。
それはきっと、【真実】を超えた【偽り】が、【イシュタリアス】に新たな時代を打ち立てる予感。
進化の袋小路でもなく、大きな力による隷属でもない、全く新しい時代の兆し。


「………最も単純で、最も重大な事に、ここまで堕ちねば気付けぬとはな………。
 ………さんざん息子に罵倒されてきたように、俺は、どうしようもない愚か者だ………」


【シュワルツリッター:カテドラル】の邪身を焼き払われ、【黒耀の騎士】の姿へ戻ったロキは、
己が胡坐を掻いて座していた旧き時代の【終わり】と、新たなる時代の【始まり】へ立ち会う喜び・皮肉へ
うすく自嘲の微笑を漏らした。


「愚かではありませんよ」
「………何をバカな………」
「確かに貴方のやり方は許されるものではありません。
 暴力で【革命】を成そうとし、己の勝手で家族にまで手をかけようとした。
 私は貴方を許すことはできません」
「………………………」
「けれど、誤ったやり方であっても、それは利己の為では無い。
 【社会】の為に、【イシュタリアス】の為に悪鬼と化した事、
 許せなくても、愚かとは思いません」
「………お前たち姉弟から家族と故郷を奪った俺が愚かではないと?」
「愚かと言うなら私こそです。
 幼い頃、私は貴方たちを心の底から憎み、報復を試みようとも考えたのですから。
 ………貴方たちが、【大人】がどんな想いで戦っていたのかも知らず、
 復讐に身を焦がした私こそ愚か者です」
「………………………」
「当事者がこう言ってんだ。これ以上、無様に食い下がるんじゃねぇよ」
「デュラン………」
「兄貴も姉様も許すって言ってるしね。ボクも水に流そうじゃないの。
 ………ホントは尻の一つでも蹴っ飛ばしてやろうと思ったけど、
 ま、ウェンディとも約束しちゃった手前、しょ〜がないわな、お・義・父・サ・マ」
「………………………」


最早、ロキには言葉も無かった。
【過去】に囚われ、【未来】に絶望し、【現在】を滅ぼそうと堕ちた者が、
劣悪な【過去】も【現在】も全てを受け止め、【未来】への【希望】を絶やさぬ者に敵うわけがない。


「………………………俺の………負けだ………………………」
「戦いの結果で【未来】が変わるものではありませんよ。
 今日までの過ちを改めてこそ、【未来】に繋がるんです」
「実際、【アルテナ】にだってメチャメチャ問題があるんだもん。勝てば官軍なんて言わないわよ。
 ………アナタがどうして暴走したのか、何が原因だったのか、
 未来の【モラルリーダー】としてちゃんと聴いておきたいわ」
「………………………」
「だからワタシ、言ったっしょ?
 ワタシたちが先代から記憶の一部しか継承しないのは、人間と一緒に歩いていく為だって。
 こんなにスッゲェバカどもの面白い生き様とたくさん、たくさん出会えるんだもん。
 独り善がりの考えなんてヤメにしてさ、もうちょっと肩の力抜いてみ?
 なんなら物理的に脱臼させたげるからさ」
「………………………」
「一緒に生きて、一緒に学んだ【世界】は、そう捨てたもんじゃなかったよ★」


敗北に悔恨や悲壮を感じず、不思議と晴れやかな思いが込み上げてくるのは、
持ちうる全力を出し尽くした事以上に、非力、脆弱、蒙昧と非難した次代の担い手たちが、
過ちだらけの【社会】を糾してくれると認めるに足りるからだろう。時代を託せるからだろう。


「俺の負けだ………」


―――もう一度呟いたロキの声は、突如として訪れた変化に飲み込まれた。


「こいつはッ!? てめぇ、この期に及んでまだろくでもねぇ事企んで―――」
「【神獣】を融合させて戦う力に変えた負荷が限界点を超えたのだろう………。
 許容を超えて膨張した核エネルギーが、【レインツリー】を内部から駆逐せんとうねっているのだ………」
「な………」
「はやいはなしが、このくうかんがぶっこわれようとしてるんでち」


最終決戦の舞台【INDICUS】の異次元空間が、何の前触れもなく歪み、
けたたましい異音を立てて崩壊を始めた。
【マナ】やそれに付帯する知識に疎いデュランたちは、例外としてロキの話す意味のわかるシャルロットを除いて、
互いに顔を見合わせ、異次元の変調に不安の表情を浮かべた。
何かあっても、余力を使い果たした今となっては対処のしようが無い。


「あんたしゃん、めたくたにむちゃしてくれまちたからねぇ。
 そりゃくうかんごとふっとぶのもむりないでち」
「【シュワルツリッター:カテドラル】を発動させるという事は、
 つまりそういう事だと覚悟はしていたのだがな。
 どうせ一度は灰燼に帰す世界だ。細かな崩壊など取るに足らぬ、と。
 ………だが、事態は変わった―――」


取り囲む空間には亀裂が走り、ガラスのように砕けて散っていく。
極限まで掛けられた負荷によって維持すら不安的になった【INDICUS】に
このまま留まっていては、異次元空間もろともの消滅は免れない。


「―――ようやく見つける事のできた【未来】を失うわけには行かぬよ」


だが、ロキのその言葉が、【未来】を認めた言葉が結びを迎える頃には、
【草薙カッツバルゲルズ】の姿は【INDICUS】から消えていた。


「………ここに果てるは、【過去】へ潰えた堕落者だけでいい………」


【レインツリー】を支配下に置いているロキが、命令を読み込む事さえ不安定になる前に
彼らを【INDICUS】の外部へ、元の【聖域(アジール)】へと強制転送させたのだ。






(リチャード…ヴァルダ…ガウザー…フレイム………。
 お前たちや子供たちの言う【未来】………足りない俺にもやっと解った気がするよ………)






これで良いのだ。【未来】への歩みを次の世代へ明け渡した者は、語る事なく静かにただ去るのみ。
己のしでかした事態に幕を引き、【未来】への餞を添えるのみ。






(………シモーヌ………待っていろ。もうすぐそっちへ………―――)














































「………チッ、やっぱり考えた通りのカッコつけかよ。
 てめぇはホント、どこまで行っても大バカ野郎だなッ!!」


瞑目し、我が子らの為に最後にしてやれる事へ注力しようとした時、
ロキの耳へ信じられない声が飛び込んできた。
それは、在るはずのない叱声。在ってはならないはずの姿。


「デュラン………!? お前、何故ここに………ッ!? 何故強制転送から漏れたんだッ!?
 い、いや、そんな事は関係ない…!! 何をしているんだッ!?」
「あぁ? 解らねえのか?」
「わ、解るも何も………」
「―――………親子の語らいってヤツだよ」


ボロボロの身体を引きずりながら二刀を携えるデュランが、【未来】を託して送り出した息子が、
驚愕するロキの目の前に姿を現した―――――――――








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