―――【聖域(アジール)】での最終決戦から、およそ半年。
ボクらは逆賊の汚名を撤回され、忌々しい【官軍】の連中も解散の運びになった。
それと同時に【草薙カッツバルゲルズ】も一旦解散。
ロキさんの残した傷痕や、今度の一件で浮き彫りになった【社会】全体の問題をどうしていくのか、
まだ見ぬ【答え】を探して、アンジェラ姉さんを筆頭に皆で頑張っていく事に決まったわけだ。


「大変なのは分かってるわよ。でも、やらなきゃならないわ。
 だって、それが託された人間の務めなんだもん。
 ―――あーっ、なんかこう言うと義務感っぽくてイヤね。
 要は、老後に楽しい余生を送りたいから、将来をより良い世界にしていきたいってトコかな!」
「………もうちっとマシな言い方は無いんかい………」


解散式の夜、アンジェラ姉さんとカールはそんな風なやり取りでボクらを笑わせたけど、
多分、そういう事なんだと思う。
皆で一生懸命頑張って、【イシュタリアス】をもっと素敵な世界にしていく。
組織として固まって何かを成し遂げるんじゃなく、それぞれの場所で、それぞれの生き様で、
もっともっと素敵な世界にしていくんだ。


「良いではないか。それもまた一つの【新しき国】の美学に違いあるまい」


いけ好かない野郎に納得させられんのは、ちょっとだけ癪だけどさ、
人間と魔族が車座になって談笑するなんて、これまでの世界じゃあり得なかったわけだし、
…なんだっけ? 【新しき国】? そんな途方もない夢ってヤツ、信じてやってもいいかな。 


「これは解散じゃねぇぞ。【草薙カッツバルゲルズ】は終わったりしねぇ。
 いいな、今日の別れは、胸を張って再会する日までの【約束】なんだ」


マサルの音頭で始まった呑めや歌えやの解散式(っていうか祝勝会)の最後に
兄貴はそう宣言して拳を突き出した。
そうだ、解散なんかじゃない。【草薙カッツバルゲルズ】は永遠に不滅なんだ。
【草薙カッツバルゲルズ】は終わらない………皆、ボクや兄貴と同じ想いを胸に秘めている。
だから、無言で、あえて無言で兄貴の突き出した拳へ自分の拳を合わせて再会を誓い合う。
ボクら【草薙カッツバルゲルズ】の約束は、たったのそれだけで十分なんだ。















「………? なにボサッとしてんだ?」
「―――あー、うん。なんか、解散式ん時のコト、急に思い出しちゃってさ」
「はぁ? 打ち所悪かったんか………? つか解散式じゃねぇっつってんだろ、アレは」
「あはは………、そうだったよ。アレは祝勝会だったね、祝勝会」


いけない、いけない。
稽古を付けてもらってる最中に何すっ呆けてんだ、ボクは。


「大体、兄貴が悪いだぜ?」
「いよいよ打ち所悪かったみてぇだな。なんだその言いがかりは」
「兄貴がさ、ケヴィンの話なんてするから、………思い出しちゃったじゃんか」
「今度、アイツに『ビルバンガー』送ってもらうって話しただけで、
 どうして祝勝会まで意識が飛ぶんだよ。懐かしがりやのモラトリアム野郎か、お前は」


修練上で篭りっきりの稽古の途中に兄貴がポロッとケヴィンの話をしたから、
ついつい懐かしくなっちゃって、いつの間にか祝勝会の日にまで意識がダイビング。
この修練上がまた薄暗いから、想い出を投射するには調度いい塩梅なんだよなぁ。


「3ヵ月か………。なんか、あっという間だったね」
「………モラトリアムの次はジジィ思考か。急に老け込むあたりはリースにそっくりだぜ」
「あんなカッチン頭と一緒にしないでくれる? ボクのお脳はツヤツヤテカテカなんだからさ!」
「………お前、それ、自分がバカだっつってんのと同じだからな」


わりかし高度な兄貴のツッコミはさて置いて、ホント、この3ヵ月はあっという間だった。

ランディを始めとする【ジェマの騎士】のみんなはこれまで通り【アルテナ】に仕官。
次期女王として本格的に帝王学を勉強し始めたアンジェラ姉さんと政治的なアレコレを企んでるとかなんとか。
ヴィクターの気苦労が偲ばれるよ。復官が許されたってのに、可哀相っていうか持ち回りっていうか。

シャルロットとヒースは【聖域(アジール)】と【ウェンデル】を行ったり来たりで大忙しみたいだ。
姉様のたっての願いで完全封印が決まった【聖域(アジール)】だけど、
完全に凍結させるには問題が山積みだし、性懲りも無く【マナ】を狙うバカが多いみたいだから、
二人の肩の荷が下りるのは、まだまだ当分先になるだろうね。
…ま、ボクらをハメてたツケが回ってきたと思ってもらうしかないか。

つい昨日、新しい『ビルバンガー』が完成したと手紙を寄越したケヴィンは、
最近、カラクリの技術をメキメキ上げてるようだけど、実は穏やかな文面と裏腹に、
アイツが、今、一番危険なところに身を置いている。
【ビースト・フリーダム(獣王義由群)】に復帰したケヴィンは、今、戦場にいる。
解散した【官軍】の一部が【マナ】の銃器を横領したまま暴徒化し、各地の町村を襲うという事件が多発している。
アイツはその取締りに全力を挙げてる最中だ。
もう既に何人も犠牲者の出てる危険極まりない戦いの根っこには、やっぱり【社会不安】がある。
ただ倒せば終わる戦いじゃないだけに、優しいケヴィンにとっては辛い戦いなんだろう。
だけど、ボクも兄貴もそんなに心配はしてない。アイツは誰より一番元気だし、カールもルガーも随いてる。
今度の戦いも、きっと勝ち抜くに決まってる。

ヘタレのホークアイは知ったこっちゃないね。
ど〜せ今日も今日とてアホ面下げてコソ泥稼業に精を出してんじゃない?
あ、こないだ姉様がジェシカさんに手紙出すつってたから、
一緒にヘタレの悪事をある事ないコト書き殴ってやったんだけど、
もしかしたら、それがジェシカさんの逆鱗に触れて、今頃は砂の海に沈められてるかも。
ビルとベン? ヘタレが砂の海へダイブさせられたんなら、
一蓮托生で入水(砂の海なのに“入水”でいいんかな?)すんじゃない?
………別にいいや。あいつらの事は、適当で。

そうそう、マサルと憎いあんちくしょうは厚化粧のオバはんとトリオを組んで
華々しく(っていうか毒々しく)お笑い芸人デビューしたんだよね。
この間【フォルセナ】へ来た時は、まずはドサ回りからだって張り切ってたけど………。
マサルって、一応妻帯者なんだよな? いつまでも夢ばっか追ってると愛想つかされるぞ。
【新しき国】の前に定職について安心させてやりゃいいのに。


「………ま、確かに早いっちゃ早いわな」
「兄貴ってばヤモメ生活3ヶ月だろ? そろそろ色々タマッてんじゃない?」
「バ、バカか、お前! ガキがンなマセた事言ってんじゃねぇッ!!
 それにこれはリース自身が決めた事だ。俺がとやかく言う事じゃねぇよ」


―――………そして、姉様は、【フォルセナ】に残って修行を続けるボクを置いて、
単身【ローラント】へ戻り、故郷の復旧に尽力している。

今はまだ硝煙の燻る焼け野原だけど、いつかは元の素晴らしい村落にしてみせるって、
寂しそうに不貞腐れた兄貴に約束してたっけ(この時の兄貴は見物だったなぁ)。
職にあぶれた人、【社会】に馴染めなかった人たちを呼び込み、
ここを理想の村落に作り変えようと頑張ってるみたいだ。

バックアップは【アルテナ】、【ウェンデル】の二本柱だから心配ナシの大安心!
【光の司祭】のお墨付きとくれば、寄ってくる人は山ほどいるわけで。
昨日、【モバイル】で話した限りだと、3ヶ月かけてようやく戦争のガレキを撤去し終えて、
これから整地するところらしい。


「最初に【ローラント】を復興させるって聴いた時は、さすがのボクもたまげたけどね」
「いつだったか話してた“やりたい事”って、この事だったんだよな………。
 あいつ、一言も俺に言わねぇんだもんよぉ………手ェ貸してやるつってんのに断りやがってよぉ………」
「兄貴、何の相談もされなかったんだっけ?」
「………………………」
「男としちゃあ悲しいわなぁ〜、それ。カノジョに何の相談もされないなんてさぁ〜」
「てめぇ、そんなに人の古傷えぐって楽しいかよ………」


やっぱりちょっとだけショックだったのか、姉様の近況を話す時、兄貴は決まってへの字口。
も一つ決まって、長い髪を束ねた“若草色のリボン”を指先で弄ぶ。






(―――そんなに思って焦がれてんなら、会いに行くなりなんなりすりゃいいのに。
 強情っ張りつーか、融通利かないっつーか………らしいって言えばらしいケドさあ〜)






………それでも無理に引き止めず、姉様の決断を飲み込んだあたり、やっぱ兄貴はカッコいい。
危ないししんどいし、ボクならウェ…じゃない、好きになった娘が、いいか、これから好きになるだろう娘が、
そんな無茶やるなんて言い出したら絶対止めるもん。

………ウェンディじゃないからな、くれぐれも言っとくけど。
将来出会うだろうボクの運命のキミの話をしてんだぞ!
なんでウェンディを好きな娘に認定しなくちゃならないんだよッ!!


「…? どうかしたか? おかしな百面相しやがって」
「………あ、え? い、いや、別に………」


誰に対してフォローしてんだ、ボクは………。


「―――さて、昔話はここまでだ」
「………っと、そうだったね。今は稽古の真っ最中だもんね」


改めて、いけない、いけない…ッ!
今は休憩でもなんでもない、稽古の真っ最中だったんだ。


「ああ、いいよ。もう刀は鞘に納めて構わねぇ」
「へ? なんで?」


ちょっと待ってくれよ、兄貴!
せっかく気分を入れ直したってのに、刀納めろなんてヒドいんじゃない?
今日は【殲風】の出し方教わるハズだったのに!


「ちょっとそこで待ってな」


そう言って修練上の奥へ入っていった兄貴が訝るボクを待たせる事4、5分。
武芸書などが秘蔵されている区画から、何か丈の長い袋を持って戻ってきた。


「………今日は、こいつをお前に渡そうと思ってよ」


丈の長い袋から兄貴が取り出したのは、白塗りの鞘が暗がりにも眩い一振りの大刀。
ちょうどボクが愛用している『加州清光(かしゅうきよみつ)』をもっと長くしたような感じだ。
―――って、ちょっと待って! 鞘の造りといい、鍔の拵えといい、それって………


「兄貴、それ………」
「未熟なお前にはまだ早いと思って隠してたんだけどな。
 今のエリオットなら、もう大丈夫だろうよ」
「………………………」
「受け取れ、エリオット。お前が腰に差してる『加州清光』の大刀だ」
「………………………」






(………清光………)






―――重い。
両手で受け取ったにも関わらず、大刀はとても重く、ボクの両手へズシンと圧し掛かってきた。


「い、いいのかな、ボク。大刀なんて受け取って………」
「俺が認めてんだ。いいに決まってんだろ―――」


正直、自信が無い。
剣の道は知れば知るほど、学べば学ぶほど、ボクが軽々しく語って良いものじゃないと解かってきたし、
大刀を振るうのは、技術云々の問題じゃなくて、正直、怖い。
脇差ですら手一杯な未熟者のボクに大刀を扱えるのか、考えただけでも怖くなる。
ホラ、カタカタと音が鳴ってる。両手で受け取っただけでブルッちゃうってのに、
きちんと握れるんだろうか………。


「―――そういう風に【剣】を考えられるようになったお前になら
 渡せるって思ったんだからさ」


兄貴の言っている意味は、今のボクにはよく解らない。
でも、兄貴が、今日まで剣を教えてくれた師匠が、ほんのちょっぴりだけど
ボクを認めてくれた事だけは解ったし、「これからも励めよ」と頭を撫でてくれたのは本当に嬉しかった。


「………よーしッ! じゃあ、兄貴! さっそくコイツで一本手合わせだッ!!」
「―――その意気やよしッ! 来いッ、エリオットッ!!」
「もちろんッ! 行くぜ、兄貴ッ!!」


嬉しくて、心が躍って、これからも邁進しようって気持ちが昂ぶって………。
その時のボクは、こんなにも幸せな毎日が、これからもずっと続くって、信じて疑わなかったんだ。
この幸せが簡単に崩れてしまうなんて、疑いを持つ必要も無かったんだ。

やがて立ち向かう事になる、最後にして最悪の事件へ遭遇するまでは―――――――――………………………。













「………兄貴………」
「お兄ちゃん………」


授かったばかりの『加州清光』を襷がけに背負ったエリオットは、
対面したデュランのあまりの姿に愕然と崩れ落ち、傍らにいたウェンディが何とかそれを支えた。
とは言え、ウェンディ自身もいつ膝を折るかわからないくらいに打ちひしがれている。


「よぉ、お前らか。なんだよ、今日は遠足か何かか?
 デートスポットにしちゃ、ココは味も素っ気も無ぇ場所だぜ?」


そう言ってカラりと笑うデュランの首には【受刑者No.60566】と刻まれた鉛の首枷が嵌め込まれ、
身に纏う着衣は、囚人に宛がわれる粗末であちこちボロボロの物。
胸元には、首枷と同様のナンバリングと【受刑者名:デュラン・パラッシュ】と殴り書きされたワッペンが
これもまた乱雑に縫い付けられていた。


「………………………」


―――【グランスの牢城】。
政治犯や戦争犯罪者が収容される、古代遺跡を改築して作られた石造りの牢城だ。
一度入った者は屍以外に戻る術無し………つまり、死罪を待つ身の囚人だけが選り分けられて収容される、
まさしく人間社会の最終最後の断崖である。
デュランはそこにみすぼらしい囚人の出で立ちで押し込められていた。


「なんで…どうして…兄貴………」


信じられなかった。
背中の大刀を授かったのはつい一週間前。ずっとこの幸せが続くと感慨に浸ったのはほんの七日前なのだ。
それなのに、たったの一週間の内に事態は急転し、直下へと落ち込んでしまった。
幼いエリオットとウェンディが愕然と絶句するのも無理は無い。

エリオットへ清光を手渡してからすぐにフラリと行方を暗ましたデュランが
【グランスの牢城】へ幽閉されていると聞きつけた二人は、
ステラが止めるのも聴かずに“最終最後の断崖”へ駆けつけ、どうにか面会まで漕ぎ着けたわけだが………


「やめときな。行けば、ただ辛い目に遭うだけだ」


………と押し止めようとしたステラの気持ちが、今になってようやく理解できた。
無精髭は伸びっぱなしになり、頬は痩せこけ、疲労で落ち窪んだ瞳で語るデュランの姿は、
悲しみや切なさ、憐憫といった感情を超越した苦しさを幼い二人へ焼き付ける。
後悔という意味ではないが、ステラの言う通り、エリオットもウェンディも、
今のデュランには面会してはならなかったのだ。


「なんの理由があってこんなトコに閉じ込められてんだよ………なぁッ!?」
「………………………」


重大な犯罪を犯した者だけが収容される【グランスの牢城】へ、
何故、デュランが幽閉されなくてはならないのか。
理由として考えられそうなのは、【賊軍】を率いて【官軍】へ歯向かった罪だろうが、
アンジェラやヴィクターといった功労者に加えて後援の獣人王らの嘆願もあり、
現在までにこの罪状は撤回となっている。
ならば、他に何か理由があるとしか思えないのだが、デュランは幽閉の発端について訪ねると
途端に口を噤み、これ以上は何も話さないと目を瞑る。これではのれんに腕押しだ。
牢番人に訊いても部外者へは漏らせないの一点張り。


「―――わかった。話せない理由だって言うなら、ボクももう何も訊かないよ」


どうしても口を割らないと言うのなら、ここで押し問答をしていてもラチが開かない。
なおも食い下がろうとするウェンディの腕を強引に引っ張ったエリオットは
瞑目するデュランへ背中を向けたまま、最後にこう付け足して座敷牢から去っていった。


「………待っててくれよ、兄貴。ボクは兄貴を必ず救い出してみせる………ッ!!」


―――………と。
それきり一度も振り返らず歩き出し、ウェンディを伴って薄暗い石造りの廊下へと姿を消した。


「………お前の面会者だからと特例で通したが、なかなか思い切った少年だな。
 牢番人を前にして脱獄をほのめかすとは………」
「子供が粋がってるだけだ。マジに受け取るんじゃねぇぞ」
「………子供のお守りをしてやるほど、私は暇じゃない。
 いちいち上官へ申告するほど忙しくもない………」


デュランの監視を務める獄卒、ロイド・タルワールは、
釘を刺すような彼の注意に対して、温もりのカケラも感じられない無機質な声で短くそう答えた。
闇の中へ溶け込んでいった子供たちを追うでもなく、囚人の分際で生意気な態度を取るデュランをねめつけるでもなく、
答えるロイドの瞳はどこか遠くを見つめる虚ろなモノ。






(死んだ魚みてぇな眼ぇしてやがる………薄気味悪ィ野郎だぜ………)






“人間社会の最終最後の断崖”の忌み名で呼ばれる由縁は、収容される囚人だけでなく、
そこで働く牢番人たちにも当てはめられるようだ。






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