「………お前たちはまた何をやっているんだ………」


【オアシス・オブ・ディーン】の一室で繰り広げられる血みどろの阿鼻叫喚を
目の当たりにしたイーグルは、そのあまりの光景に言葉を詰まらせ、息を呑んだ。


「だって兄様、見てよッ!! このゲスのベッドにあった、ホラ、長い髪の毛!
 明らかに私の物じゃないのよッ!? これってどういうワケ? …そういうワケでしょッ!?」
「ホークの手癖には俺も辟易しているところだが、だからと言って、
 白目剥くまでいたぶる必要も無かろうに………」
「それじゃ泣き寝入りしろと? 精神的にいたぶられた私の気持ちはどうなるのッ!?」
「泣き寝入りするようなしおらしい女性は、
 普通、ハーフネルソンからチョークスリーパーの連続技を極めて
 男をいたぶるような真似はしない」


………息を呑んだというか、呆れと溜息を飲み下したというか。
要は、あってはならない物を発見し、怒髪天を突いたジェシカが傍若無人に荒れ狂って
ホークアイの首を締め落としたというだけの事である。
ルール無用の残虐ファイトも、イーグルの呆れ声も、顔面真っ青で泡を吹いているホークアイの無残も、
【オアシス・オブ・ディーン】にとっては日常茶飯事。
【ナバール魁盗団】の日常は、なべて事も無しといったところ―――だったのだが………、


「ひとまずその辺りでやめておけ、ジェシカ。ホークに客人が来てる」
「お客様………?」


蒼白を通り越して土色に染まってきたホークアイの首根っこを放り投げたジェシカは、
手癖の悪さから女友達こそ多いものの、男友達と言ったら片手で数え切れるくらいの交友関係しか持たない
彼を訪ねてくる人間に心当たりが無く、腕組して頭を捻った。
羅刹の呼び声高いジェシカがいるとわかっていながら【オアシス・オブ・ディーン】へ出向く
命知らずな女はいないだろうし、ともなれば、いよいよ見当のケの字もつかない。


「相変わらずのヘタレっぷりだな………」
「あれ? キミ………っ!」


妹と同じ事を考え、苦笑いを漏らすイーグルに促されて部屋へ入ってきたのは、
齢10をようやく超えたくらいの男の子と女の子。
女の子の方は初めて接近する荒くれの盗賊団にやや怯え、対照的に肩で風を切る少年のシャツの裾を
ぎゅっと離さず握り締めている。


「客って…なんだよ、エリオットじゃねぇか…っ!」


半年ぶりに聴く懐かしい“ヘタレ”呼ばわりに復活したホークアイが節々の痛む上体を起こすと、
そこには、イーグルに負けじ劣らずの呆れ顔で見下してくるエリオットと
困ったように眉をハの字に曲げながら折り目正しく会釈するウェンディの姿があった。















久方ぶりの対面を済ませた後、甲板に出たエリオットとホークアイの二人は、
これから話し合わなければならない問題の重大さを思うと、
見渡す限りの砂の海へ視線を向けたまま、なかなか口火を切る事が出来ずにいた。


「………お前、兄貴があんな事になってるって知ってたのか?」
「………まぁ、ね。アンダーグラウンドの情報は大抵入ってくるし、
 風の噂程度には…だけどな」


やっと切り出したかと思えば、それきりまたダンマリ。


「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「なんで俺んとこに来たんだよ、お前」
「はぁ…?」


砂の混じった風が一陣、二人の間を吹き抜ける。
それを合図に今度はホークアイの方から話を切り出した。


「デュランがとっ捕まって、それで何で俺んとこ来たのかって訊いたんだよ」
「いや、何でって言われても………」
「デュランを助けようってんなら、俺なんかじゃなくてアンジェラとかランディとか、
 もっと他に適任者がいるだろ?」
「アンジェラ姉さんやランディが忙しいのはお前だって知ってるだろ。
 取り合ってもらえるかどうかもわかんないし」
「ケヴィンやカールに話をすれば【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】だって動く。
 あそこの組織はデュランにも友好的だしな」
「【官軍】ばりに危ない連中と戦ってる時に余計な気を揉ませたくない」
「シャルロットとヒースは?
 物理的にも社会的にもとんでもない策で手助けしてくれると思うぜ?
 ルサ・ルカのバァ様も一緒になりゃ、百倍増しは間違いナシだ」
「………余罪が付くわッ!!」
「余罪っていうか、そもそも何でデュランは捕まったんだよ?
 っていうか、誰が捕まえた? 【アルテナ】か?」
「………兄貴も牢番人も何も言わないから、その辺りは全然………。
 ってか、ホークの方でも掴めてないのかよ」
「いくらなんでも【グランスの牢城】の内部まで入り込めるかよ。
 向こうは世界最高機密なんだしさ………」
「八方塞かよぉ………」
「つか、八方塞にしてんのはお前だろ」
「ボクが………?」


思いがけないホークアイの言葉にエリオットは目を丸くする。
エリオットはエリオットなりに仲間たちの近況を考慮しているつもりだったのだが、
それが八方塞と指摘されては唖然とするしかない。


「ボクの空回りだったっての………?」
「そこで最初の質問に戻るぜ。………なんで俺んとこに来たんだ、お前?」
「………………………」
「ランディもアンジェラも、デュランがそんな状況へ置かれてる時に知らん振りするような薄情者か?
 違うだろ。どれだけ忙しくたって、お前の頼みなら、デュランのピンチなら、
 何を置いても助けに駆けつけてくれるんじゃないか?」
「………………………」
「ケヴィンだって報せさえ受ければ、自分は動けなくても何がしかのアクションは起こすだろ。
 獣人王のオッサンが動いてくれる可能性もあるよな?」
「………………………」
「なのになんで社会的なバックボーンの無い俺なんかに―――」
「―――ッがぁ〜ッ!!
 グダグダと同じ事をネチネチ細かいなぁッ!! つかケツの穴が小せぇッ!!
 お前くらいしか暇そうなヤツが思い浮かばなかったんだよ!!」
「そんな理由かよッ!!」
「プー太郎と紙一重の自由人が一丁前に反論すんなッ!!」


再三に渡って指摘を受けたエリオットは、やけっぱちになってギャーギャーと喚き散らすが、
ヤケクソ気味な心の奥底に隠した幼い少年の本音を、ちゃんとホークアイは見抜いていた。






(………ったく、素直じゃないのはガキの特権って言うか、短所って言うか………)






いつもはランディに並ぶヘタレとしてコケにされているホークアイだが、
一丁事あらば頭脳をフル回転させ、チームの参謀として的確に作戦を立てていく彼を
実は一番頼りにしているからこそ、エリオットは他の誰よりも真っ先に【オアシス・オブ・ディーン】へ
駆けつけ、助力を求めたのだ。


「もういいッ!! お前みたいなヘタレに助け頼んだボクがバカだったッ!!
 考えてみりゃ、女性問題でボコにされてるようなヘタレに何が出来るってんだッ!!」
「へッ! お子ちゃまにはわかんね〜わな。
 デキる男には向こうからカワイ娘ちゃんが寄ってくるもんさ!」
「青痰デコシャコなマヌケ面下げてほざくなッ!!」


とは言え、それを素直に口に出せるほどエリオットは大人ではなく、ついて出るのはいつもながらの悪態。
傍目から見る限りは口論しているようにしか見えないやり取りの中で本心を通じ合えるのは
命を懸けて背中を預け合った【戦友】ならではだろう。


「………………………」


離れたところでエリオットとホークアイのやり取りを傍観していたウェンディは
二人のこの信頼関係がちょっぴりご不満のようで、可愛らしい口先をチョンと突き出している。
幼い少女のヤキモチが可愛くて、思わずジェシカは吹き出してしまった。


「な、なんですか、急にっ?」
「あ、ごめん、ごめんなさい。アナタがホークに嫉妬してるのが可愛くてね」
「し、嫉妬?」
「そ、嫉妬。ホークとエリオット君って、ああやって顔を合わせるたびに喧嘩してるけど、
 その実、ホントはお互いを認め合う最高の仲間なんだよね。
 エリオット君の本音も、ちゃんとあの悪口から汲み取ってるみたいだし」
「………………………」
「ほら、またおちょぼ口」
「あ、むぅ〜………っ」


無意識に尖っていた唇を慌てて隠すウェンディの仕草はたまらなく愛らしい。
祝勝会の日にリースと懇談した際、彼女は「可愛い妹ができた」と自慢げに話していたが
なるほど納得。このまま自分の妹にしてしまいたいくらい、
通じ合える【仲間】への嫉妬やエリオットの裾をツンと引っ張る控えめな自己主張など、
全ての仕草が愛らしくて仕方が無かった。


「………なんだよ、ウェンディ。シャツ引っ張んなって」
「あ、ご、ごめんっ!」
「…? なんだよ、疲れたのか? 顔赤いぜ?」
「ひ、日焼けだもんっ!! ただのっ!!」


またしても胸をキュンと打つウェンディの可愛らしさにジェシカは最早陥落寸前。
兄と恋人が思いっきりドン引きするのも構わず、身悶えてるように甲板で転げまわった。
なかなか堂に入った少女趣味は、ついさっきまでホークアイへプロレス技を仕掛けていた
極悪ヒールと同じ人間には見えないほどだ。


「つぅか、お前ら、よくここまで安全に来れたな。
 【アポート】の魔法なんか知らないだろ?」
「大体【オアシス・オブ・ディーン】の順路は聴いてたからさ。
 そこに座標合わせて人間砲台でドン!
 ほら、ビルとベンが【フォルセナ】へ引きずってきたのがあるだろ?
 アレ使ってみたんだ―――って、そういや、あの凸凹コンビは?」
「今は別件で動いてるよ。ここにはいねぇ」


半年以上にも及ぶ鍛錬の成果が出始め、身体がガッシリしてきたエリオットはともかく、
ウェンディに砂漠地帯の踏破は難しかろうと首を捻るイーグルの脇から、
一旦自室へ引っ込んでいたホークアイが簡単な旅支度(といってもズタ袋を担いだだけだが)を
済ませて戻ってきた。


「ホーク………」
「子供二人に危ない行動させるわけにいかないだろ。
 お目付け役として一緒に随いてってやるよ」


ホークアイの申し出は、本当は一番嬉しいのに、何より待ち望んだ回答なのに、


「勿体つけて、ホントしょうがねぇなぁ、このヘタレは。
 よし、ボクの家来になるなら一緒に来るのを許可しよう!」
「おいコラ! あんま図に乗ってるとブッチしちまうぞッ!?」


やっぱり口をついて出るのは悪態、悪口。
もちろんホークアイはシャイな罵詈の裏側の感謝の気持ちを読み取っているし、
そんな二人の絆にますます唇を尖らせたウェンディとの不思議な三角関係はますます鋭角。


「あーン♪ もうダメ! 可愛くって仕方ないッ!!
 やっぱし産むなら女の子よね、ウン♪」


三者三様の思惑から組み上がったトライアングルに身悶えるジェシカの調子も、
直滑降するスピードで絶好調だった。
この場にリースがいたのなら、おそらく“同好の士”として大いに語らい、盛り上がった事だろう。







(………俺たちは育て方を間違ったようだな、オヤジ………)







ただ一人離れた位置から一部始終を観察していたイーグルの瞳からは、
急激に壊れた妹への憐憫がハラハラと零れるばかりだった。
確かに、妹の狂態をまざまざと見せ付けられては、幼い頃より良く知る兄としてはたまったものではない。
というよりも、イタい。


「―――まずはどこへ向かう?」
「最初にやるのはデュランがどんな理由で、誰に捕まってるのか明確にする事だ。
 ………【アルテナ】へ行こうぜ。アンジェラかランディのどっちでもいい、
 国家権力の力を借りてそこんところを暴くんだ!」
「【アルテナ】…ですか」
「おのぼりさんみたいな事すんなよ、ウェンディ。お前、意外と田舎ッぺなトコあるしな」
「す、するわけないでしょっ!」
「はいはい! 俺はベビーシッターの免許は持ってないからなぁ。
 ガキ扱い及び置いてけぼりされたくなかったら、せめて思春期レベルのおつむで随いてきなさ〜い!」


―――首尾よくホークアイの同道を取り付けたエリオットとウェンディ二人の戦いは、
巡る路の行く先を権力の坩堝である【アルテナ】へと定められた。「………お前たちはまた何をやっているんだ………」


【オアシス・オブ・ディーン】の一室で繰り広げられる血みどろの阿鼻叫喚を
目の当たりにしたイーグルは、そのあまりの光景に言葉を詰まらせ、息を呑んだ。


「だって兄様、見てよッ!! このゲスのベッドにあった、ホラ、長い髪の毛!
 明らかに私の物じゃないのよッ!? これってどういうワケ? …そういうワケでしょッ!?」
「ホークの手癖には俺も辟易しているところだが、だからと言って、
 白目剥くまでいたぶる必要も無かろうに………」
「それじゃ泣き寝入りしろと? 精神的にいたぶられた私の気持ちはどうなるのッ!?」
「泣き寝入りするようなしおらしい女性は、
 普通、ハーフネルソンからチョークスリーパーの連続技を極めて
 男をいたぶるような真似はしない」


………息を呑んだというか、呆れと溜息を飲み下したというか。
要は、あってはならない物を発見し、怒髪天を突いたジェシカが傍若無人に荒れ狂って
ホークアイの首を締め落としたというだけの事である。
ルール無用の残虐ファイトも、イーグルの呆れ声も、顔面真っ青で泡を吹いているホークアイの無残も、
【オアシス・オブ・ディーン】にとっては日常茶飯事。
【ナバール魁盗団】の日常は、なべて事も無しといったところ―――だったのだが………、


「ひとまずその辺りでやめておけ、ジェシカ。ホークに客人が来てる」
「お客様………?」


蒼白を通り越して土色に染まってきたホークアイの首根っこを放り投げたジェシカは、
手癖の悪さから女友達こそ多いものの、男友達と言ったら片手で数え切れるくらいの交友関係しか持たない
彼を訪ねてくる人間に心当たりが無く、腕組して頭を捻った。
羅刹の呼び声高いジェシカがいるとわかっていながら【オアシス・オブ・ディーン】へ出向く
命知らずな女はいないだろうし、ともなれば、いよいよ見当のケの字もつかない。


「相変わらずのヘタレっぷりだな………」
「あれ? キミ………っ!」


妹と同じ事を考え、苦笑いを漏らすイーグルに促されて部屋へ入ってきたのは、
齢10をようやく超えたくらいの男の子と女の子。
女の子の方は初めて接近する荒くれの盗賊団にやや怯え、対照的に肩で風を切る少年のシャツの裾を
ぎゅっと離さず握り締めている。


「客って…なんだよ、エリオットじゃねぇか…っ!」


半年ぶりに聴く懐かしい“ヘタレ”呼ばわりに復活したホークアイが節々の痛む上体を起こすと、
そこには、イーグルに負けじ劣らずの呆れ顔で見下してくるエリオットと
困ったように眉をハの字に曲げながら折り目正しく会釈するウェンディの姿があった。















久方ぶりの対面を済ませた後、甲板に出たエリオットとホークアイの二人は、
これから話し合わなければならない問題の重大さを思うと、
見渡す限りの砂の海へ視線を向けたまま、なかなか口火を切る事が出来ずにいた。


「………お前、兄貴があんな事になってるって知ってたのか?」
「………まぁ、ね。アンダーグラウンドの情報は大抵入ってくるし、
 風の噂程度には…だけどな」


やっと切り出したかと思えば、それきりまたダンマリ。


「………………………」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「なんで俺んとこに来たんだよ、お前」
「はぁ…?」


砂の混じった風が一陣、二人の間を吹き抜ける。
それを合図に今度はホークアイの方から話を切り出した。


「デュランがとっ捕まって、それで何で俺んとこ来たのかって訊いたんだよ」
「いや、何でって言われても………」
「デュランを助けようってんなら、俺なんかじゃなくてアンジェラとかランディとか、
 もっと他に適任者がいるだろ?」
「アンジェラ姉さんやランディが忙しいのはお前だって知ってるだろ。
 取り合ってもらえるかどうかもわかんないし」
「ケヴィンやカールに話をすれば【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】だって動く。
 あそこの組織はデュランにも友好的だしな」
「【官軍】ばりに危ない連中と戦ってる時に余計な気を揉ませたくない」
「シャルロットとヒースは?
 物理的にも社会的にもとんでもない策で手助けしてくれると思うぜ?
 ルサ・ルカのバァ様も一緒になりゃ、百倍増しは間違いナシだ」
「………余罪が付くわッ!!」
「余罪っていうか、そもそも何でデュランは捕まったんだよ?
 っていうか、誰が捕まえた? 【アルテナ】か?」
「………兄貴も牢番人も何も言わないから、その辺りは全然………。
 ってか、ホークの方でも掴めてないのかよ」
「いくらなんでも【グランスの牢城】の内部まで入り込めるかよ。
 向こうは世界最高機密なんだしさ………」
「八方塞かよぉ………」
「つか、八方塞にしてんのはお前だろ」
「ボクが………?」


思いがけないホークアイの言葉にエリオットは目を丸くする。
エリオットはエリオットなりに仲間たちの近況を考慮しているつもりだったのだが、
それが八方塞と指摘されては唖然とするしかない。


「ボクの空回りだったっての………?」
「そこで最初の質問に戻るぜ。………なんで俺んとこに来たんだ、お前?」
「………………………」
「ランディもアンジェラも、デュランがそんな状況へ置かれてる時に知らん振りするような薄情者か?
 違うだろ。どれだけ忙しくたって、お前の頼みなら、デュランのピンチなら、
 何を置いても助けに駆けつけてくれるんじゃないか?」
「………………………」
「ケヴィンだって報せさえ受ければ、自分は動けなくても何がしかのアクションは起こすだろ。
 獣人王のオッサンが動いてくれる可能性もあるよな?」
「………………………」
「なのになんで社会的なバックボーンの無い俺なんかに―――」
「―――ッがぁ〜ッ!!
 グダグダと同じ事をネチネチ細かいなぁッ!! つかケツの穴が小せぇッ!!
 お前くらいしか暇そうなヤツが思い浮かばなかったんだよ!!」
「そんな理由かよッ!!」
「プー太郎と紙一重の自由人が一丁前に反論すんなッ!!」


再三に渡って指摘を受けたエリオットは、やけっぱちになってギャーギャーと喚き散らすが、
ヤケクソ気味な心の奥底に隠した幼い少年の本音を、ちゃんとホークアイは見抜いていた。






(………ったく、素直じゃないのはガキの特権って言うか、短所って言うか………)






いつもはランディに並ぶヘタレとしてコケにされているホークアイだが、
一丁事あらば頭脳をフル回転させ、チームの参謀として的確に作戦を立てていく彼を
実は一番頼りにしているからこそ、エリオットは他の誰よりも真っ先に【オアシス・オブ・ディーン】へ
駆けつけ、助力を求めたのだ。


「もういいッ!! お前みたいなヘタレに助け頼んだボクがバカだったッ!!
 考えてみりゃ、女性問題でボコにされてるようなヘタレに何が出来るってんだッ!!」
「へッ! お子ちゃまにはわかんね〜わな。
 デキる男には向こうからカワイ娘ちゃんが寄ってくるもんさ!」
「青痰デコシャコなマヌケ面下げてほざくなッ!!」


とは言え、それを素直に口に出せるほどエリオットは大人ではなく、ついて出るのはいつもながらの悪態。
傍目から見る限りは口論しているようにしか見えないやり取りの中で本心を通じ合えるのは
命を懸けて背中を預け合った【戦友】ならではだろう。


「………………………」


離れたところでエリオットとホークアイのやり取りを傍観していたウェンディは
二人のこの信頼関係がちょっぴりご不満のようで、可愛らしい口先をチョンと突き出している。
幼い少女のヤキモチが可愛くて、思わずジェシカは吹き出してしまった。


「な、なんですか、急にっ?」
「あ、ごめん、ごめんなさい。アナタがホークに嫉妬してるのが可愛くてね」
「し、嫉妬?」
「そ、嫉妬。ホークとエリオット君って、ああやって顔を合わせるたびに喧嘩してるけど、
 その実、ホントはお互いを認め合う最高の仲間なんだよね。
 エリオット君の本音も、ちゃんとあの悪口から汲み取ってるみたいだし」
「………………………」
「ほら、またおちょぼ口」
「あ、むぅ〜………っ」


無意識に尖っていた唇を慌てて隠すウェンディの仕草はたまらなく愛らしい。
祝勝会の日にリースと懇談した際、彼女は「可愛い妹ができた」と自慢げに話していたが
なるほど納得。このまま自分の妹にしてしまいたいくらい、
通じ合える【仲間】への嫉妬やエリオットの裾をツンと引っ張る控えめな自己主張など、
全ての仕草が愛らしくて仕方が無かった。


「………なんだよ、ウェンディ。シャツ引っ張んなって」
「あ、ご、ごめんっ!」
「…? なんだよ、疲れたのか? 顔赤いぜ?」
「ひ、日焼けだもんっ!! ただのっ!!」


またしても胸をキュンと打つウェンディの可愛らしさにジェシカは最早陥落寸前。
兄と恋人が思いっきりドン引きするのも構わず、身悶えてるように甲板で転げまわった。
なかなか堂に入った少女趣味は、ついさっきまでホークアイへプロレス技を仕掛けていた
極悪ヒールと同じ人間には見えないほどだ。


「つぅか、お前ら、よくここまで安全に来れたな。
 【アポート】の魔法なんか知らないだろ?」
「大体【オアシス・オブ・ディーン】の順路は聴いてたからさ。
 そこに座標合わせて人間砲台でドン!
 ほら、ビルとベンが【フォルセナ】へ引きずってきたのがあるだろ?
 アレ使ってみたんだ―――って、そういや、あの凸凹コンビは?」
「今は別件で動いてるよ。ここにはいねぇ」


半年以上にも及ぶ鍛錬の成果が出始め、身体がガッシリしてきたエリオットはともかく、
ウェンディに砂漠地帯の踏破は難しかろうと首を捻るイーグルの脇から、
一旦自室へ引っ込んでいたホークアイが簡単な旅支度(といってもズタ袋を担いだだけだが)を
済ませて戻ってきた。


「ホーク………」
「子供二人に危ない行動させるわけにいかないだろ。
 お目付け役として一緒に随いてってやるよ」


ホークアイの申し出は、本当は一番嬉しいのに、何より待ち望んだ回答なのに、


「勿体つけて、ホントしょうがねぇなぁ、このヘタレは。
 よし、ボクの家来になるなら一緒に来るのを許可しよう!」
「おいコラ! あんま図に乗ってるとブッチしちまうぞッ!?」


やっぱり口をついて出るのは悪態、悪口。
もちろんホークアイはシャイな罵詈の裏側の感謝の気持ちを読み取っているし、
そんな二人の絆にますます唇を尖らせたウェンディとの不思議な三角関係はますます鋭角。


「あーン♪ もうダメ! 可愛くって仕方ないッ!!
 やっぱし産むなら女の子よね、ウン♪」


三者三様の思惑から組み上がったトライアングルに身悶えるジェシカの調子も、
直滑降するスピードで絶好調だった。
この場にリースがいたのなら、おそらく“同好の士”として大いに語らい、盛り上がった事だろう。







(………俺たちは育て方を間違ったようだな、オヤジ………)







ただ一人離れた位置から一部始終を観察していたイーグルの瞳からは、
急激に壊れた妹への憐憫がハラハラと零れるばかりだった。
確かに、妹の狂態をまざまざと見せ付けられては、幼い頃より良く知る兄としてはたまったものではない。
というよりも、イタい。


「―――まずはどこへ向かう?」
「最初にやるのはデュランがどんな理由で、誰に捕まってるのか明確にする事だ。
 ………【アルテナ】へ行こうぜ。アンジェラかランディのどっちでもいい、
 国家権力の力を借りてそこんところを暴くんだ!」
「【アルテナ】…ですか」
「おのぼりさんみたいな事すんなよ、ウェンディ。お前、意外と田舎ッぺなトコあるしな」
「す、するわけないでしょっ!」
「はいはい! 俺はベビーシッターの免許は持ってないからなぁ。
 ガキ扱い及び置いてけぼりされたくなかったら、せめて思春期レベルのおつむで随いてきなさ〜い!」


―――首尾よくホークアイの同道を取り付けたエリオットとウェンディ二人の戦いは、
巡る路の行く先を権力の坩堝である【アルテナ】へと定められた。






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