―――――――――それは、デュランの長い髪を束ねるリボンと
リースを護るように寄り添う剣にまつわる小さな物語。
それは、いつか出逢う【未来】へ続く約束の物語。


「―――最初に出会ってから、どのくらい経ったでしょうか」
「もう一年近く毎日顔を突き合わせてんじゃねぇ?
 長い事あちこち飛び回ってたし、その後はこっちで間借りしたり………。
 うわ、今、気付いた。この一年、お前の面倒しか見てねぇじゃねーか」
「………デュランのデリカシー無しは最後まで治りませんでしたね。
 こういう場合は、物理的な日数を出さずに、
 『もうずっと一緒にいるから忘れたよ』とか『』とか
 耳元で、こう、甘く囁いてくれるものです」
「だから、お前はそんなキザったらしい俺を見てぇのか?」
「………想像したら吐き気を催してしまいました」
「………想像してもらって本気で顔面蒼白になられた、俺の気持ちも少しは考えろよ」


【草薙カッツバルゲルズ】解散式を挟んだ【オアシス・オブ・ディーン】での宴が終わり、
仲間たちがそれぞれの路へ旅立った後、デュランとリースは【フォルセナ】へ戻ってきた。
兼ねてからエリオットはこの地でしっかりと剣術を学びたいと願っていたし、
リースにしても還るべき場所は今のところ、【フォルセナ】しかなかった。
ライザの眠る懐かしきロッジには、母の墓標へ戦いの終結を報告に出向いてから戻っていない。


「故郷は人の心を立ち止まらせます。あそこにいれば、私は母様に甘えてしまう。
 ………それじゃいけないんです。立ち止まる事なく、私は前を向いて行ける強さが欲しい。
 だから、あそこには戻りません」


最初はロッジへ移り住む事も勧めたデュランだったが、リースのその言葉で得心がつき、
彼女の選択へそれ以上口を挟む事はしなかった。
リースの進路は彼女自身が決める事なのだ。ならば、恋人といえど口出しするべきではない。






(―――――――――恋人………)






そう、恋人。デュランとリースは自他共に認める恋仲というヤツである。
互いの胸の内は旅の中で明かしあったし、日常でも戦いでも、互いに寄り添い、常に行動を共にしている。
考えてみれば交際を申し出た覚えは無い。言葉に出さなくても互いの気持ちを理解できる仲なのだから、
改めて口にする必要も無いのだが、女性はちゃんと言葉にしてもらうのが何より嬉しいのだ、と
【オアシス・オブ・ディーン】で別れる間際にアンジェラからきつく云われていた。
これはつまり、言葉にして伝えろ、という意味だ。






(………んな事言われてもなぁ………)






これまでに女性と付き合った経験の無い無骨者のデュランは
乙女心とやらを射落とせるようなロマンチックな語彙を持ち合わせていない。
だからこそデリカシーなしのド鬼畜野郎と詰られるわけだが、人には向き不向きがある。






(シンプルに「好きだ! 付き合ってくれッ!」か?
 ………いや、でも既に付き合ってんだしなぁ。
 捻りを加えて「Yo! Yo! 俺、お前、Suki! Majiで付き合っちゃわNe? Yo!?」
 ………何者だ、お前は。
 じゃあ、「俺の為にコンソメスープを作ってくれ!」
 ………ダメだ、あいつのスープは水銀並みの殺傷兵器だった。
 ―――っていうか、これじゃ、告白じゃなくてプロポーズじゃねぇかぁぁぁッ!!)






なかなかピンと来る言葉が思い浮かばずに悶々としている所へ
なんとリースの方からアプローチがあった時は、さしものデュランも飛び上がって驚いたものだ。


「私、デュランにどうしても伝えなきゃならない事があるんです」


【フォルセナ】へ戻り、ようやく人心地がついた頃だった。
伝えたい事がある、とリースから自然公園に呼び出されたデュランは、
まさか向こうから誘いがあると想像していなかった為も前後不覚へ陥り、
心の準備すらままならない状態で待ち合わせの時間に待ち合わせの噴水前へと赴いた。






(………うし、決めたッ! ここはストレートに「俺に随いてこいッ!」にしよう!!
 プ、ププ、プロポーズに間違われたら、そん時ぁそん時で責任取ってやらぁッ!!)






かくて、右の腕と右の足が同時に飛び出すような極度の緊張に心身を焼け焦がされ、
たった一つ伝えたい言葉を心に決めたデュランはリースと向かい合い―――――――――


「私は【フォルセナ】を出ようと思うのです。
 【ローラント】へ戻り、私自身の力で故郷を再興したい」


―――――――――そこで彼女から【告白】を受けた。


「今はまだ全てが破壊し尽くされた焼け野原です。
 幾つもの傲慢と狂乱が炎となって渦巻いた哀しみの荒野です。
 ………何年掛かるかさえわかりません。どこまで復興できるかもわからない。
 ―――それでも、私は故郷を再興したいのです」
「………………………」
「誰を憎む事もなく、不自由に縛られる事もない真に自由の町を
 私は【ローラント】に築きたいと考えています。
 ………それを達成する事で、10年前の悲劇から今日まで彷徨ってきた魂に
 安らぎを与えられるのではないでしょうか」
「………………………」


その為に【フォルセナ】で英気を養っていた期間、建築や立法の勉強に励んでいたのだ。
デュランとエリオットが剣の稽古に打ち込むのと同じくらい真剣に、
寝る間も惜しんで書物と睨み合い、設計図を引き、当面の障害となる廃虚のガレキの撤去方法を
模索してきたのだ。


「………また、向こう見ずな我が儘と叱られてしまうでしょうか………?」
「―――えーっと、………いや、悪い、10秒だけ時間くれ」
「は? は、はぁ………」


考えていたものとまるで異なる【告白】を受けたデュランの頭の中は、
それまで張り詰めていた極度の緊張感が崩壊したのと同時にホワイトアウトしてしまい、
機能停止した思考を再起動させるには10秒の時間と目一杯の深呼吸が必要となった。


「………それが、お前が見つけた【答え】なんだな?」
「………はいっ」
「具体的にはどうすんだ? 人手は? 資金(もとで)は?」
「え、えっと、人手は【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】や
 【ナバール魁盗団】、それに【光の司祭】のルカ様が斡旋してくれますし、
 お金は【アルテナ】から助成を頂ける手筈になっています。
 ………けど、具体的な予定はまだ特には………」
「………ったく、最後まで変わってねぇのはお前も同じじゃねぇか。
 こういう報告ってのはな、具体的な予定が立てられてから初めてするもんなんだぞ?
 お前、今のじゃ決意表明を聞かされただけじゃねぇか。リアクションに困っちまうぜ」
「あ、あう………っ」
「どうせ出発するんなら、いざ着いてから泣きを見ねぇように
 そこらへんを調整してからにしろよ。でなけりゃ【フォルセナ】から出さねぇからな」
「や、やっぱりデュランは反対………ですか?」
「あぁ? お前の耳は節穴か? 俺がいつ反対なんて口走ったよ?」
「それでは………」
「俺は具体性の無さにダメ出ししただけだぜ。反対なんて一度も言ってねぇ。
 ………お前が決めた路だ。応援はするけど邪魔なんかしねぇよ」


崩れかけた気持ちをどうにかこうにか持ち直したデュランは、
落ち着いた声で静かにリースへ問い返す。
思った通りの向こう見ずな返事に思わず苦笑と溜息が同時に漏れてしまうものの、
それがリースの決めた進路であるなら、反対するつもりは微塵も無かった。


「俺に出来る事があったら、何でも言えよ。どこにいてもすぐに飛んでってやる」
「お気持ちはありがたく頂戴しますね。………でも、やっぱり頼れません。
 自分の足で立たなくちゃいけないんです」
「そうやって切り返してくんのは解ってっけどな、それでも心配しちまうんだよ。
 だって俺はお前の、こ、恋人だからなッ!!」


やけっぱちになって叫び、そっぽを向いたデュランの背後でクスクスと笑い声が上がる。
笑いたければ笑うがいいさ。思い返す度に落ち込むくらい滑稽なのは、自分が一番よく理解している。
今日の為に用意しておいた言葉と旅立つリースへの餞を同時に絶叫したデュランの長い髪が
弄ばれ始めたのは、それからすぐの事だ。


「………なに人の髪捕まえてモゾモゾやってんだよ」
「―――――――――よし、できたっ」
「でき…? あぁ………ッ?」


何事かと振り返ってみれば、手入れもせず伸ばしっぱなしになっていた長い髪へ
いつの間にか若草色のリボンが結ばれており、左右へ広がるクセッ毛を一つに束ねていた。


「前に忠告しましたよね? これ以上手入れもしないのならリボンで結びますって」
「………聞き覚えがあるっちゃあるけど、お前、こいつはカンベンしろよ。
 女物のリボンしてるなんて触れ回られたら、お前、【狂牙】も名折れだぜ………?」
「母様から頂いた形見のリボンです。私の大事な、大事な宝物です」
「………………………」
「世界で一番大事な宝物を、デュラン、貴方にお預けします。
 ………離れ離れになっている間、このリボンを私だと思って紛らわしてくださいね」
「ヒトをおセンチなガキみてぇに言うんじゃねぇや………くそっ!」


恥ずかしくて無理矢理解こうとしていたデュランも、リボンに秘められた想いを、
ライザの形見と聴かされれば無碍に扱えず、指先で摘んでいじくる事しか出来なくなってしまった。


「………お前は?」
「はい?」
「お前は平気なのかよ? 俺と離れている間、寂しさを紛らわせるモンが無くて」
「………本音を言えば、ちょっぴり怖いですけど、
 でも、交換するような装飾品をデュランは―――」
「―――あるぜ。それくらいあるに決まってるじゃねぇか。
 世界で一番大事な宝物くらいさ」


そう言って、困ったような寂しいような表情に曇ったリースの目の前へ
デュランは自分の最も大事な宝物を突き出す。


「こ、これは、でも、さすがに受け取れませんよっ!」
「それ言ったら、ライザの形見だって受け取れねぇよ。
 交換ってのは、価値が等しく同じでなけりゃならねぇだろ?」
「で、でも………」
「俺のは形見じゃなくて約束の一振りなんけどな。
 まぁ、渡してやれるモンの中じゃとっときって事で納得してくれよ」


長年デュランの腰に携えられてきたロキ愛用の一振り、【ノートゥング】だった。
デュランが父を追想する度に鳴き声を上げてきた【形見】も、
決着を果たした今では、ロキとの再会を誓う【約束】のカタチとして眠りに就いていた。


「傍にいられねぇ時間はコイツがお前を護ってくれる。
 ………だから、何にも心配せずにお前が心に決めた路を突き進め」
「………はいっ」
「次に会う時には笑顔で胸を張ろうな。
 それまでには俺も俺のやるべき路を見つけておくからよ」
「そう言えばデュランだけ置いてけぼりなんですよね。
 リーダーさんなのに、プー太郎なんていけませんよ」
「人を無職呼ばわりすんなッ!! つか俺の基本設定忘れてねぇ!?
 こちとら傭兵だぜッ!? さっきも【狂牙】っつってアピールしたばっかじゃねーかッ!!
 ………ったく、せっかく感動的なシーンが台無しじゃねぇかよ………」


―――などと口では強気に返してみたところで、【草薙カッツバルゲルズ】の中で
具体的に自分の成すべき路を見出せていないのはデュランただ一人。
そんな自分にちょっとだけ負い目があるからこそ、これ以上反論すれば藪蛇にもなりかねないと
デュランは口を噤んでしまうのだ。


「ほらほら、こんな事で落ち込むなんてデュランらしくありませんよ?
 見つかっていないなら、これから見つけに行けばいいじゃないですか。
 貴方がこれまでそうして来たように。私たちに影響を与えてくれたように」
「ガラにも無ぇっつーか………、お前、自分で凹ませといて………」


早速ソードベルトを腰に締めたリースが鈴を転がしたような声で笑い、
つられてデュランも吹き出した。


「………じゃあ、ガラにも無ぇ事をも一つしてみるか」
「あまり慣れない事を続けると身体に毒ですよ?」
「………コノヤロ、その眼は俺が何しようとしてるか、解ってやがるな?」
「デュランの事ならなんでもお見通しですよ。………恋人なんですから。
 だから素直に瞳を閉じてスタンバイしてあげているんじゃないですか」
「………もういい、お前はもう黙ってろ………………………」


―――初めて出逢った時は、相反する性質から印象も最悪で、
こんな風に笑い合えるなんて、こんな風に心を許しあえるなんて、
夢にも思わなかったけれど、日々を重ねて、想いを重ねて―――


「………デュラン、キスが上手になりましたよね」
「キスに上手いもヘタもあるのかよ?」
「重ねた唇から『愛してる』って気持ちが伝わってきますので」
「―――………うるせぇ」


―――――――――それは、デュランの長い髪を束ねるリボンと
リースを護るように寄り添う剣にまつわる小さな物語。
それは、いつか出逢う【未来】へ続く約束の物語。

【草原の国】を吹き抜ける遙けき未来風(かぜ)は、
二人手を取り合って歩む【約束】の前途を指し示しすかのように安らかだった。









<了>







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