【グランスの牢城】の中庭に設けられたコロシアムから外の世界へ飛び立つには
一度城内を経由しなくてはならない。
脱走の報せは通達されているだろうから、城内には追撃の兵で溢れかえっている事だろう。






(また鉄砲なんざ持ち出されたらシャレにならねぇな)






【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】が軍備として正式採用したのを皮切りに
各軍でも【マナ】の技術を応用した新式の銃器が取り入れられるようになっていた。
追撃がライフルを構えている事も十分に予想されるのだが、生憎こちらは丸腰だ。
愛用のツヴァイハンダーと贅沢は言わない。
せめて剣が一振りでもあれば攻勢にも出られるものの、飛び道具を向こうに回すには、
徒手空拳ではあまりに心許無かった。


「おい、いたぞッ!!」
「ああ、見逃さないように急げッ!!」


複数の足音が急速に近付いてくるのを聞きつけたデュランの表情が緊張に強張る。
足音は二つ。体勢を低く構えて突っ込めば、なんとか虚を突いて切り抜けられる数だ―――が、


「……って、アレ?」


拳を握って戦いに備えるデュランの肩を透かすように、
【グランスの牢城】の獄吏たちは彼を素通りし、どこか別な区画へ走っていってしまった。
逃亡中の囚人に目もくれず駆けていく彼らの横顔を覗いた瞬間、デュランは背筋が凍りつく。
いかめしい面構えの大人が、ロイドと同じ無機質な能面しか晒していなかった獄吏が、
まるで紙芝居の興行へ集まる子供めいた笑顔で、それも諸手を挙げて走っていくのだ。
不気味以外の何物でもない。


「―――今しばし待てッ!! 銀行強盗などという大罪を犯して、
 あまつさえ人質を取るなど人道を外して、貴様、このまま無事に逃げ遂せられると
 本気で考えているのかッ!?」
「へ…、へへ………、刑事サンよ、あんたにいくら説得されても、
 俺ぁ、もうハラぁ括っちまったんだ。もう後には引けねぇんだよ」
「考えを改めるのだ! まだ何度でもやり直せるのだッ!!
 たかが工場を封鎖してしまっただけではないかッ!!」
「たかが!? 俺にはなぁ、あんたの言う“たかが”工場が人生の全てだったんだよッ!!
 新規事業に失敗して会社は倒産、妻子にゃ逃げられ、路頭に迷った社員に狙われる毎日…!!
 もうたくさんだッ!! なにもかもたくさんなんだぁッ!!」
「その新規事業が徒労に終わるものだと何故に判断できなかったのだ!?
 今時、カラフルヒヨコに色を付ける事業が成功すると何故に信じ込めたのだッ!?
 素人目で見ても間違いなくコケるではないかァッ!!」
「てめぇ、この野郎ッ!! うちの工場のヒヨコは彩り鮮やかなだけじゃねぇんだぞッ!!
 なんとニワトリにならねぇんだぞッ!! おっきくならずにずっとヒヨコのままなんだッ!!
 ………畜生…、カラフル・フォーエヴァー・ヒヨコとして大々的に売り出すはずだったのに………ッ!!
 赤字覚悟で専用の機械まで購入したのに………ッ!!」
「ていうか、頭ん中がそんな風にカラフルでフォーエヴァーだから会社も倒れたのではなくて?
 何よ、専用の機械って………どう考えても詐欺じゃない」
「―――パぁッツーンと来たよ、コレッ!! このアマ、人質だっつー自覚があんのかッ!?
 俺が引き金引けばたちまちドタマが大分解なんだぞ、ああッ!?」
「ま、待て、落ち着くのだッ!! カッチーンの間違いではないかッ!?」
「うるせぇ、バカッ!! さっさと道開けやがれッ!!
 さもねぇとマジでそろそろキレんぞ!? お前ら、すごい勢いで叩かれっぞ!?
 “警察また不手際”って見出しで明日の朝刊のトップを飾るか、コラッ!!」
「そ、それは困るッ!!」
「だったら道を開けやが―――」
「明日の一面トップは私たちの結婚記者会見で飾るのだからなッ!!」
「―――………は?」
「嗚呼…、イッちゃん………、千億のスポットライトを浴びるキミはいと美しいのだろうな………。
 想像しただけで胸が高鳴ってくるよ………」
「ちょ、ちょっと………?」
「なにを言うの、カッちゃん………、億万のフラッシュで輝く貴方こそ世界で一番素敵だわ………」
「What!? イッちゃんってアンタッ!? なにこの気持ち悪い偶然ッ!?
 ここはいつから少女漫画の世界に舞台転換しましたかッ!?」
「イッちゃん………」
「俺、犯罪者なんですけど! 熱視線ビンビンのあんたは人質なんですけど!
 見つめ返してるあんたは刑事なんですけどッ!!」
「………カッちゃん」
「………………………」
「いつまでも私はお前に愛を囁き続けるよ、イッちゃん」
「ダメよ、いけないわっ! そんな事をされたら、
 私、カッちゃん無しじゃ生きられなくなってしまう………」
「バカだな…、私は既にお前無しでは生きられないのだぞ?
 ここまで骨抜きにしてくれた責任を取ってもらわねばならないな」
「ああ………、カッちゃん………」
「………………………えー、二人が愛の世界へ旅立ってしまわれたようなので、
 本日予定しておりました【ギョロ眼de鬼不動THEテンプテーターズ】、
 カトブレパスとイザベラの婚約発表会見はここまでにさせていただきます。
 質疑応答につきましては、私、マサル・フランカー・タカマガハラが代行したいと思います」
『コントじゃねぇしッ!! 婚約発表になっちゃってるしッ!!』


彼らをここまで豹変させるモノは何なのか?
逃亡中にも関わらず強い興味を引かれたデュランが獄吏の集まった区画へ顔を覗かせると、
観客から総ツッコミを頂戴するお笑いトリオの姿があった。
人間と魔族のコラボレートという大胆な試みが注目されつつある喜劇界の新進気鋭、
【ギョロ眼de鬼不動THEテンプテーターズ】だ。
大筋自体はコントショーなのだが、いつの間にか脱線、最後には全く別な形で壊れるという、
オチをオチとも思わない禁じ手が好評を博し、今回も今回で常軌を逸脱したネタでもって
獄吏たちの笑いをかさらっていた。
………ネタというよりも、邪眼の伯爵とイザベラの婚約発表だったが。


「………どこまで周到なんだか」


予想もしなかった人間の登場にはデュランもポカンと呆気に取られたが、
これもホークアイのお膳立てなのだと即座に理解した。
処刑というものが日常茶飯事的に行われる【グランスの牢城】の獄吏たちは、
ロイドに代表されるように誰も死刑囚の末路になど興味は無い。
生きながら死んでいる彼らは、乱暴な言い方をすれば、デュランが刑場の露と消えようが、
脱走を図ろうが知った事ではないのである。
職務怠慢とはまた違う退廃的な世界の中へ今売り出し中の笑いが放り込まれたら、
どんな化学反応が起こるものか=その答えは「ヘドロ面白い」との爆笑が証明していた。


「脱獄など許さんぞッ!!」
「即時捕縛せよッ!!」


獄吏の追及は免れたとは言え、まだまだ危険域を抜け出したわけではない。
【ナバール魁盗団】の奇襲を辛くも脱してきた【アルテナ】の憲兵が背後から追いすがってきた。
手勢こそ僅かだが、厄介な事にライフルを構えている。


「なんでぇ、ライフルだけかよ? 安く見られたもんだ!
 こちとら鉄砲なんぞよりもっとおっかねぇ鉄巨人相手に互角に張り合った身だぜ?」


こうなれば手は一つだ。
走りながらの発砲によって相手がライフルの命中精度を落としている点を逆手に取り、
こちらから踏み込んでいって叩き伏せるしか―――









―――――――――ガッ………ゴガァ………ンンッ!!!!









「―――やれやれ、こっちの気も知らないで、よくもまぁコケにしてくれたじゃないか。
 ええ、このドラ息子?」


―――叩き伏せるしかない、と拳を握り締めたところへ風切る一閃が轟き、
憲兵たちの銃口とデュランとの狭間に雷撃さながらの何かが突き立てられた。
見間違えるわけが無い。長年相棒にしてきたツヴァイハンダーだ。
凄まじい速度で投擲されたツヴァイハンダーが両者の間に割って入ってガレキと粉塵を巻き上げ、
煙逆巻くその中から投擲した当人の声が、微かに呆れを含んだ女性の声が聴こえてきた。


「お、おばさん!?」
「人が捨て身の覚悟で乗り込んできてみりゃ脱走だぁ?
 しかも、あの二枚目どもとグルになっての企みと来たもんだ。
 親を謀るとはいい度胸してんじゃないか、ええ? 覚悟はできてんだろうねぇ?」
「おばさん………」


石造りのマイルに突き刺さったツヴァイハンダーの腹に腰掛ける人物も間違える筈が無い。
自身のツヴァイハンダーを二刀を両手に携えて現れたのは、師匠であり、母親でもあるステラその人だった。


「行っといで、デュラン。途中で捕まりでもしたら本当に承知しないよッ!!」
「―――ったりめぇよッ! あんた、自分で鍛えた息子がそんなヘマすると思うかい?
 ………じゃあ、行ってくるぜ………ッ!!」
「ああ、………寄り道しないで帰っといでよ」


自分で投げたツヴァイハンダーの速度へ追いついてその腹に飛び乗り、
サーフボードの要領で突っ込むという神技【雷暈(いかずちがさね)】で突貫してきたステラは、
驚くデュランに静止状態の【エランヴィタール】と己のツヴァイハンダーが一振りを投げ渡し、
強く頷いて駆け出した息子の背中を見送ると改めて憲兵たちに向き直った。
そして、突き刺さったままのツヴァイハンダーを引き抜き、自分の一振りと交叉させるように構えを取る。


「オモチャ遊びがお望みなら、アタシがお相手してあげようじゃないか。
 それで次はどうする? 水鉄砲かい? 銀玉鉄砲がいいかい?
 ………ただしやるからには本気で遊ぼうじゃないか! 日が暮れるまでみっちり全身全霊でねぇッ!!」


壮年の域に入ろうとも衰える事の無い【剣聖】の一喝に憲兵たちは心臓を鷲掴みにされ、
メドゥサから呪いをかけられたかのように動けなくなってしまった。


「………うむ。行ったようだな」
「兵隊どもが追いついてきた時には駄目かと思ったけど、なんとか上手く運んだわね」
「当代きっての頭脳派たちが頭捻って考え出した作戦なんだぜ?
 失敗なんか万に一つもありゃしねぇって!」


前代未聞の婚約発表を終えた【ギョロ眼de鬼不動THEテンプテーターズ】の三人も
全速力で駆け抜けていく背中を見送ってくれる。


「今日まで頑張ってきたアンジェラの【政策】が通じないわけがねぇのさ!」


仲間と家族から更なる追い風を受け取ったデュランは、城を目指して一直線に駆け抜けた。













「以上、デュラン・パラッシュの処刑に反対する署名…占めて457,839,611名分、
 確かにお届けしましたよ、ヴァルダ女王様」
「………………………」


デュランの脱走を報せるべく【ケーリュイケオン】の政務室へ駆け込んだホセは、
山のように積み上げられて部屋中を席巻する大量のダンボール箱へ激突し、
その中身を知った瞬間、呻いて絶句した。


「アンジェラ………」
「お上の決定に民衆全員が納得するわけないでしょ。
 それも【英雄】を見せしめに処刑するなんて持っての他!」
「あ、貴女は自分のしている事がわかっているのですかっ?
 これは体制側に対する明らかな宣戦布告なのですよっ!
 不平を持つ者が現れれば、貴女は再び逆賊の汚名を―――」
「全然怖くないわ」
「ぜ、前科があるという事は、次にはより苛烈に攻撃されるという事ですっ!」
「そんなの気にしてたら政治なんか出来なくなっちゃうわよ」


【アルテナ】とその属国によって採決された【サミット】の結果に
署名運動で挑戦状を叩き付けたとなれば、再び反逆者として弾劾される事になる。
それでもいいのか、と脅しを掛けるヴァルダに対し、アンジェラは微塵も揺るがなかった。

「ママの味方が体制派の連中なら、あたしには民衆が随いてる。
 一人だけじゃ揉み消されてしまう【民意】を束ねてぶつけてみせる」
「………………………」
「利権を巡って狸が化かしあうだけの【議会政治】なんか、
 あたしたちの【民主政治】でぶっ潰してやるから、覚悟しといてね、ママ♪
 【未来享受原理】の夜明けはこっから始まるんだからっ!」


呆然と言葉を失うヴァルダとホセにカラリと笑いかけたアンジェラは、
皮肉っぽく「民衆の声、しかとお聞き届けくださいね、世界のモラルリーダー?」と
念を押して政務室を出て行った。


「………四億オーバーの…署名………」


【民主】を掲げておきながら結局は【議会政治】に成り下がっている現行の【サミット】に対し、
真に貫くべき【未来享受原理】のスローガンを、それも夢想でなく、
現実の武器として叩きつける形となった今回の署名運動は、
間違いなく各国首脳陣へ宣戦布告として受け取られるだろう。
政界へ踊りだしたアンジェラは、たった一人で体制派全体を敵に回したのだ。






(………しかし………あの娘もよくやったものね………)






しかし、たった一人の政治家の後ろには、全世界の【民意】が連なっている。
数にして数億―――【イシュタリアス】全人口の8割にも及ぶ署名を
この短期間で回収したアンジェラには、理想としてのみ語られてきた
真の【未来享受原理】を貫けるかもしれない―――否、【民主】を貫けるに違いない。

【ケーリュイケオン】に、【イシュタリアス】に吹き始めた新たな風を
ヴァルダは苦笑混じりに感じていた。















「ご立派でしたよ、アンジェラ―――いや、アンジェラ王女」
「内心ハラハラだったけどね。なにしろ初めて政治活動だったわけだし。
 ………あたし、なんかトチッてなかったかな?」
「なんのなんの、大成功。万雷の拍手を送らせていただきますよ」


政務室を出たアンジェラを、今回の署名活動に尽力してくれたパートナーが出迎えた。
いくらなんでもアンジェラ一人ではこの短期間で数億もの署名を集めきる事は不可能だ。
有能な右腕がいればこその実現であった。


「俺たちが協力しているんだ。これで失敗されては天地がひっくり返る。
 誉める以前に当然の結果なんだよ、これは」


ただでさえ強力なアンジェラ陣営へ“左腕”が復帰したのだから、
恐れるモノなど何があるだろうか。


「な〜に、お寝坊サンが偉そうにふんぞり返ってんのよ。
 つい最近までリハビリ生活だったくせにさ」
「ふん、身体がナマッていようと頭は快活だ、見くびるな。
 そもそも俺が工作活動の中で築いておいたネットワークがあったればこそ、
 今度の署名もだなぁ―――」
「ネットワークなんて手段の一つでしょ。
 要はあたしの魅力に世界中がメロメロってわけ―――って、
 何よ、その『あ〜あ』ってな顔は!」
「呆れたくもなる。お前は自分が考えているほど別段美人でもなんでも………」
「なっ、なんですってぇッ!? アンタのそのいかにもアレな顔に言われたかないわよ!!」
「な、なんだ、いかにもアレな顔とは!? 抽象的過ぎてかえって傷付くぞッ!!」
「ていうか、二人ともなんか僕を蔑ろにしてくっ付き過ぎじゃないっ!?
 わかってるよな、ブライアン、決着はまだついてないんだからなっ!」
「お前まで参戦してくるな! 余計に話がこじれるッ!!」
「いーやッ、参戦させてもらうよ! 常識人が漁夫の利を取られる時代はもう終わりだ!
 コツコツと関係を積み重ねてきた実直者の底力を見せてやる!」
「お前は一体何の話をしてんだッ!?」
「恋の話だッ!!」
「もうお前は黙ってろ、色ボケヴィクターッ!!」


肘で小突き合うブライアンとヴィクターを従えたアンジェラは
政務室に入りきらなかったダンボール箱がズラリと並ぶ回廊を
肩で風を切って歩き出した。


「ほらほら、バカやってないで次の【政策】を考えるわよ!
 あたしたちは三人で一つなんだから、しゃかりき知恵を絞んなさいねっ!!」













「………つまり、アンジェラ姉さんが【社会】に喧嘩売る為の作戦だったってわけ?
 今回兄貴が起こした騒動は」
「世界中の【民意】を味方につけるなんて、草の根運動じゃどうしようもねぇだろ?
 そんな時にちょうどランディが危なくなってきてな。んで、虎穴に入らずんば虎子を得ずってワケだ。
 アンジェラを中心に凹凸コンビとヒースたちで知恵出し合って練り上げたそうだよ」
「………それ、知ってんのは?」
「言いだしっぺの【アルテナ】三バカトリオは勿論の事、
 俺にホークアイに、ヒースだろ、それからルカの婆さんとシャルも知ってるな。
 さっきまで俺も知らなかったけどマサルたちにも教えたみたいだな。
 ―――ああ、勿論リースにも伝えといたよ。
 余計な心配かけちゃ可哀想で―――って、痛ッ!! な、なんだよ、いてぇな、なんで蹴り入れんだよ!?」
「うっせぇ、バカ兄貴ッ!! こっちがどんな気持ちで駆けずり回ったと思ってんだッ!!」
「し、仕方無ぇだろ、事が事だけによ、敵を欺くにはまず味方からって………って、痛ぇっつってんだろ!
 てめ、こらッ、師匠を蹴るんじゃねぇッ!!」
「土下座させてやっからな!! ケヴィンにも、ウェンディにも、土下座して謝ってもらうからなッ!!」
「わ、わかってるって。その辺はキチッと責任取るって………」


【グランスの牢城】を駆け抜ける逃避行も残すところ城門を潜るのみだ。
城門までの間に設けられた庭園でデュランと合流したエリオットは、
投降から今日の脱走までの一連の【計画】をようやく種明かしされた事で委細を納得し、
納得したからこそフツフツと湧き出して来るむかっ腹の赴くままに彼の尻を蹴り上げた。


「―――で、どうすんの?」
「どうするって………、ケジメのつけ方か?」
「じゃないってッ!! これからどうすんのかって聴いてんのッ!!
 ガムシャラに逃げるわけには行かないでしょ?」
「そうさなぁ―――………」


それはデュランにも判断し兼ねていた。
アンジェラたちが案じた今回の一計は、デュランが脱出するところで終結している。
当然、逃亡後に身を潜める場所は確保されているものの、そこから先どうするかは
デュランに委ねられていた。


「クソオヤジの気持ちは理解できたけど、
 だからって急にあいつみてぇな英雄活劇なんか出来やしねぇし、根本的に俺の器じゃ無ぇ」
「そりゃそうだよ、兄貴はどっちかって言うと駐在さんってカンジだもん。
 ロキさんが私服警官ならね」
「いや、回りくどくて例えがわかんねぇよ」
「庶民の味方ってコト!」
「庶民の味方………ねぇ」


―――一般公開の為に開け放たれた城門まで、あと数百メートル。
デュランの処刑へ抗議を申し立てるべく集まった人々から次々と送られる
歓声と激励を受け取った二人の速度にラストスパートが掛かる。


「………おし、決めた。いきなりデカい事はやれっこねぇから、
 まずは身の回りからキチッとケジメつけに行こう。
 難しい事はわかんねぇけど、今回みたいな力技ならアンジェラの政治活動の力にもなれるだろうし、
 ケヴィンの加勢に行ってやらなきゃな………ったく、そう考えたらやる事ばっかりじゃねぇか!」


わざと大仰に吐き捨てるデュランの腰のベルトには、カール、エリオットを経由して
ケヴィンから渡された『ビルバンガーT』が差し込まれている。
仕舞っておく為のバッグを持たないので、この様な乱雑な収納になってしまっているが、
成程、ケヴィンが太鼓判を押すように全力疾走で揺られても疵一つ付かない強度は大したものだ。


「ま、気長に一からやってくさ。根詰めたって結果が急いで来てくれるわけじゃねぇ。
 一にも二にも身体動かして、走って走って、結果が追いついてくんのを待とうじゃねぇか」
「あははっ、なんか、それ、すっげぇ兄貴っぽいよ!」


ケヴィンも、アンジェラも、ランディも、皆みんな、一歩ずつ【発展】の道を進んでいた。
あの日に誓った【約束】を果たす為に、再会の日に胸を張って笑い合えるように。
だから、負けてはいられない。何が出来るかわからないけど、自分も前に進むんだ。
【仲間】たちに、自分を守る為にこうして集まってくれた人々に恥じない生き方をしよう。
その為の一歩を着実に踏み出していく事が、今の自分に出来る事なのだから。


「―――おぉーっと、折角鮮やかなお手並みでしたが、
 そこまでですよ、パラッシュさんっ!」
「おとなしくお縄を頂戴しちゃいなさいっ♪」


―――そんなデュランの前途を遮る八つの影―――【インペリアルクロス】の面々が
民衆の脇から飛び出し、素早く城門の前に陣取った。


「本来ならこの場で貴方たちを討ち果たさなければならないところですが………」
「アイシャたち、そこまで極悪サンじゃないもん。
 っていうか、むしろ助けてあげたい、みたいな?」
「ここで逃げ出してもお尋ね者となるだけです。
 ………それならば、どうです? 【ローザリア】へいらしてみませんか?
 今度こそ我々は貴方たちを助けたいと本気で考えているのですが………」
「―――そうだな、まずリースに無事を報告しに行かなくちゃならねぇよな」
「そういやウェンディも拾ってかなきゃいけないんだっけ。
 ………覚悟しといた方がいいよ、兄貴。半殺しにされるよ、絶対」
「うっわー…、ブチギレて襲い掛かってくるウェンディの姿が眼に浮かぶぜ。
 あいつ、最近、どんどん凶暴になってやがるんだよ。
 お前、エリオット、どういう交際してんだ、お前の影響じゃねぇのか?」
「躾すんのは家族の責任でしょーが! ボクに擦り付けないでくれる?」
「―――え………? もしかして、黙殺ッ!?
 割と華々しく再登場したつもりだったのですけどッ?」
「………っせぇな。こちとら予定が詰まってんだよ。
 てめぇらのバカ話に付き合ってられっか」


懲りないというか、めげないというか、
【オッツ=キイム】でさんざんに粉砕されたにも関わらず、
まだデュランを擁立しようと甘言でもって誘いかけてくるアルベルトだが、
【未来】に期する翼の前にはどんな言葉も意味を為さず、
前途を遮る妨げは新たな風に吹き消されるのみだった。


「そうだ、エリオット。景気付けに一暴れするかッ!」
「いいの? 鬱憤溜まりまくってるから、
 今日のボクは少しだけやり過ぎちゃうかもだよ?」
「どうせ向こうから売ってきた喧嘩だ。華々しく行こうじゃねぇかッ!!」


聴く耳を全く持たず抗戦の意志を見せた師弟に唖然と固まる【インペリアルクロス】の前で、
デュランとエリオットがそれぞれ二天にして一を成す不落の構えを取る。


「―――――――――さぁ、行くぜッ!!!!」


その瞳が捉えるのは、眼前に聳える壁などではない。
それよりもずっと先にある、果てしない蒼天の如く無限に広がる【未来】への可能性を瞳に捉え、
デュランの翼は大きく、雄々しく羽撃たいた―――――――――………………………






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