「………デュラン・パラッシュ、………………刻限だ」


―――5月11日、夕刻。
伸びきっていた髭を剃り落とし、半月ぶりのシャワーで身を清めてから
瞑想に入っていたデュランを懐かしい声が呼び起こした。


「おう、誰かと思えばブルーザーじゃねぇか」


鉄格子の前に幼馴染みの姿を見つけるとすぐさま座禅を解き、
デュランは楽しげな笑顔でその呼びかけに応じた。


「………これよりお前を刑場へ連行する」
「………そうか、なんだか手数をかけちまって悪ぃな」
「………気に…するな………………」


本来は今回の処刑に列席する英雄王の護衛に過ぎない筈のブルーザーだが、
かつての同志であるランディへ無理を言って頼み込み、
デュランを刑場まで連行する役目を仰せつかったのだ。
最愛の親友を助けてあげられない代わりに、せめて、彼の最期を導き、誰よりも近い場所で見届ける。
それが、ブルーザーの選んだ“路”―――デュランとの友情の形だった。


「それでは拘束具を………」
「待て、この男に拘束具は必要無い」
「し、しかし、規則で………」
「この男は逃げたりはしない。デュラン・パラッシュの人柄を一番知る俺が保障する。
 ………だから、拘束具だけは付けてやらないでくれ」
「は、はぁ………」


連行の途中に囚人が逃亡しないよう拘束具を付けるのが規則として定められているが、
ブルーザーはそれを却下した。そればかりかサポートに宛がわれた獄吏に命じて
彼の自由を奪っていた首枷、手枷を外させてしまった。


「いいのか、至れり尽くせりの無茶して………」
「見苦しい死に花を咲かせるのは、お前としても望む処じゃないだろう?
 ………気にするな。全ては俺の一存で決めた事だ」
「………恩に着るよ………」


さすがにこの特例な措置にはデュランも驚いた様子を見せたものの、
薄く微笑したブルーザーの気遣いを察し、静かな一礼で感謝の意を表した。
むしろ驚くのはブルーザーの方だ。粗野な【狂牙】と同業者から恐れられたデュランが
取り乱す事も暴れる事も無く穏やかな瞑想で運命を受け入れ、他人からの厚意へ素直に頭を垂れたのだ。






(………デュラン………)






一年前の彼からは想像もできない達観した姿を見ている内に、
いつの間にかブルーザーの視界はボヤけて霞んでいた。
毅然たる態度で臨まねばならないというのに、デュランとも親交のあった新入騎士の何人かは
ブルーザーの後ろで嗚咽を漏らし始めている。
なんとも言い表しがたい哀しみが、一筋の光も差し込まない暗室へ垂れ込め、
誰もの言葉も沈痛に奪い去った。


「―――………短い間ではあったが、なかなか愉しかったぞ………」
「………牢番人に愉しかったとか言われても困るんだけどなぁ」


部屋全体が悲しみに包まれる中、恋人の死と共に感情というものを喪失しているロイドだけは
普段通りの能面でデュランと別離の挨拶を交わした。


「……久方ぶりに生きた心地というものを味わわせてもらったよ。
 恋話にフェアリーの面会に………と、娑婆にいた頃は味わえない刺激ばかりだった」
「だから、ンな事言われても俺は………」
「…お前のような人間がいるのなら、そいつと会うのを次の楽しみに
 この先も生きていっても構うまいよ」
「………………………」
「ひとまず、ありがとうだ、デュラン・パラッシュ」
「そこはさよならじゃねぇのか? ロイド・タルワールさんよ?
 ………………………世話になったな」


いや、普段とは微かに違った。
死に絶えたと思った感情が微かに揺らぎ、口元へ薄く笑みを浮かべて握手を求めてきた。
これにはデュランも驚いたが、彼なりの餞なのだと思い直し、苦笑交じりに右手を差し出して応じる。
無機質な表情とは裏腹にロイドの掌は熱いくらいの温もりを発していた。


「―――さぁ、行こうぜ」


若草色のリボンで束ねられた長い髪を揺らしながら、座敷牢を去っていくデュランの背中が
石造りのマイルへ消えて見えなくなるまで、壊れたようにロイドは拍手を送り続けた。
―――――――――こうして、デュラン最期の一日が幕を開けた。













一般公開された【グランスの牢城】構内の処刑場は、円状のコロシアムを改築した造りであり、
その中心へ配置された絞首台を、デュランの処刑を参列者がぐるりと取り囲む形となっていた。


「デュラン・パラッシュ、只今独房を出たとの事です」
「………了承した。処刑は次第の通りに進める事とする」
「御意」


絞首台の目の前には英雄王を始めとする諸国から集った検分役と
刑を取り仕切る【アルテナ】の高官らが控え、彼らを代表するかのように席の中心に座し、
処刑される者と向き合ってその最期を見届けるのが、【ジェマの騎士】ランディの役目だった。


「ランディ………」
「ああ、大丈夫だ、プリム。………この期に及んでまで弱音を吐くつもりはない」


部下の一人からデュランの出発を報告されたランディが挫けてしまわないか、
傍らへ腰掛けたプリムが気遣わしげに声をかけた。


「僕はこれから不義の人間に成り下がる………大丈夫。覚悟は決めているよ」


強く答える瞳に最早迷いは無い。


「………………………」


迷わず前進できるよう自分自身の手で背中を押したというのに、
事態がとうとう引き返せない場所へ及んでしまった今になってプリムの心へ悲しみが込み上げてきた。
ランディの悲壮な覚悟が、弟分を助ける為に【死】を受け入れたデュランの覚悟が、
彼らの結末を見守るプリムには、交錯する二人の想いが辛くてどうしようもなかった。
何もできない自分の弱さに言葉を失うしかなかった。


「………………………」


同じ太陽の下、同じ刑場で、プリムと同じ様に言葉を失う少年が一人―――エリオットだ。
友情のバンダナへ替えるまでデュランが愛用してきたヘッドギアを額に巻き、
襷がけの白い布は胴丸を纏った胸のところでクロスさせている。
いざとなれば命がけで切り込むという決死の覚悟は腰に帯びた『加州清光』へも漲り、
武者震いがカタカタと鍔鳴りを立てていた。


「………すげぇ………」


歓喜に武者震いしないわけがない。
デュランの処刑に駆けつけた一般の参列者はコロシアムを埋め尽くすほどに膨れ上がり、
その誰もが―――――――――


「これが【アルテナ】のやり方なのかッ!? 無関係の人間へ責任を擦り付けるのかッ!?」
「世界の平和を守る為に頑張ってきた人間だぞ!! なのになんだこの扱いはッ!!」
「今すぐパラッシュを解放しろッ!! 濡れ衣でヒーローを殺すんじゃないッ!!」
「解放ッ! 解放ッ!! 解放ッ!!! 解放ォ―――――――――………………………」


―――その誰もが、デュランの処刑へ抗議すべく結集していたのだから。
『処刑反対』『【アルテナ】は横暴を改めよ!』と記されたプラカードや横断幕を掲げた民衆は
手に手を取って処刑に反対を訴え、責任転嫁という愚劣な政策の為に
彼の命を犠牲にしようとする【アルテナ】を激しく糾弾し続ける。
まるで大地震のようなシュプレヒコールが轟々と鳴り響いた。


「よく見とけ、エリオット。………これがデュランが成してきた事の全てだ」
「………………………」
「政治家サマなんかくそくらえだ。世界中のみんながアイツの、そして、俺たちの味方なんだよ」


驚くべきはデュランの救命を呼びかけるシュプレヒコールはコロシアム内だけでなく、
【グランスの牢城】の外周からも聞こえてくる事だ。
いや、規模と大きさで言えばコロシアム内部の比較ではない。
デュランの処刑に待ったをかけようとする民衆が【グランスの牢城】内外へ詰め寄せ、
もはや抗議デモなどと括りきれるクラスではない極大規模の反対集会を勃発させたのだ。
無論この中には【フォルセナ】から駆けつけた地元の仲間たちの姿も紛れている。
皆の想いは一つだ。






―――――――――【イシュタリアス】を守る為に戦ったデュラン・パラッシュを
今度は【イシュタリアス】のみんなで守る。






ガムシャラに、ひたすらガムシャラに目の前の壁へ挑むだけだったデュランや自分たちが、
こんなにも大勢の人達の心を震わせていた事実自体、夢でも見ているような錯覚を覚えてしまうが、
ここに集って理不尽な体制と戦う人々は紛れもない真実であり、
【草薙カッツバルゲルズ】が駆け抜けてきた軌跡(ワダチ)だった。


「………………………」


ブルーザーら【黄金騎士団第7遊撃小隊】に先導される形でコロシアムへ姿を現したデュランも
この夢のような光景を目の当たりにした瞬間、息を呑んで思わず立ち止まった。
大袈裟な比喩でもなんでもなく、世界中の人々が集まったような大歓声は、いずれも自分を、
自分のためだけに喉を嗄らして叫び続けている。戦ってくれている。


「………見ろよ、デュラン。お前は【アルテナ】が言うような悪党なんかじゃない。
 みんな…、世界中のみんなが騙されずに解ってくれてるんだぞ………!」
「………………………」


「【アルテナ】への冒涜だ」となんとかこの異常事態を鎮静化しようとする
獄吏たちの懸命の制止をも飲み込む民衆の声は嵐となって吹き荒れ、
【グランスの牢城】を揺らしてもまだ収まらない。
信じろという方が難しいくらいの情景を見渡すデュランの瞳が驚きから喜びへ変わり、
喜びから再度驚きへと移ろった。






(――――――世界中の人間の為に戦う………か。
 ………チッ、クソオヤジめ………今になってアンタの言葉の意味がわかっちまうなんてな………)






やり方こそ間違っていたけれど、最後までロキは私欲でなく、
【イシュタリアス】に根付く人々の為に生き、今もこことは違う次元で戦っている。
自分の幸福をも犠牲にしてまで“世界の為”という途方もない理想を目指して戦い続けられた
父の飽くなき闘志の源が、今の今まで理解できずにいたデュランの疑問も、
この光景を目の当たりにすれば一発で氷解できる。






―――――――――自分を守り、笑顔をくれる民衆の為にこそ、この命を燃やし尽くせる。






………生まれて初めて父の気持ちを理解できた自分に、デュランは一番驚いていた。


「………………………」


驚きに続く感情は穏やかな微笑だ。
けれど、それは己の成した軌跡へ満足し、甘んじて【死】を受け入れようとする
【生】からの解放の笑顔などではなかった。


「悪いな、ブルーザー。減俸された分はその内カッチリ返してやるからよ」
「―――――――――………は?」


素っ頓狂な言葉を投げかけられて泡を食ったブルーザーが振り返ると、
デュランの微笑には荒々しいくらいの生命の躍動が、いつも通りの不敵な面構えが蘇っていた。


「―――んじゃな、勘弁な」
「え? なッ!? ちょ………ッ!? ―――ぐぇッ!!」
「やっぱりそうこなくっちゃ、デュランさんはっ!」
「またな、ユリアンッ!!」
「………って、だっ!? ―――ィでッ!?
 じゃ、邪魔もしないで喜んでんのに、なんで殴る事んスかぁ〜………」


言うや否や、手枷によって縛られる事もない右の拳をブルーザーの鳩尾へ打ち込んだデュランは
彼の後ろに控えていた新入騎士を続けざまに殴りつけると、
突然の反抗に唖然と大口を開ける【アルテナ】高官を嘲笑うかのように颯爽と元来た道へ進路を定めた。


「あ、あの野郎…、やりやがった…っ! ………脱走だぁっ!!」


痛打の苦しみに悶えながら―――けれど嬉しそうに―――ブルーザーが叫ぶ。
―――――――――まさか、まさかの大脱走だった。


「よぅし、みんなッ!! お待たせお待たせ、出番だぜッ!!!!」


予想だにしなかった状況へ驚くエリオットの隣では、デュランの反乱を合図にホークアイが号令を発し、
それに呼応してコロシアムの至る場所から「応ッ!!」と合図の声が上がった。
民衆を装って潜伏していた【ナバール魁盗団】の面々だ。イーグルも、ジェシカも、ビルとベンの姿もある。


「そぉれ、野郎どもッ!! 思う存分引っ掻き回せッ!! 日ごろの鬱憤を存分に晴らしてやれッ!!」


逃げの一手を打ったデュランを追いすがる憲兵から守ろうと
カトラスを抜いて参列席から飛び降りたフレイムカーンに【ナバール魁盗団】全員が続く。


「ふん…ぬがぁぁぁあああッ!! 【雪崩式バックドロップ】ぅッ!!!!」
「デュランの兄ィッ!! 背中は俺たちに任せてくだせぇッ!! バッチシカッチリお守りしてみせやすッ!!」
「オウさッ!!!!」
「―――さぁ、行け、戦友(とも)よッ!! 無敵の翼を広げて舞い上がれッ!!」


潜入中に仕掛けておいたトラップを、斬馬刀を、極大手裏剣を、
地べたへ投げ倒すような荒業を駆使して逃避を支援する仲間たちが
すれ違いざまにデュランへ壮行の言葉を掛けてくれる。
不自由のコロシアムから飛び立たんとする大きな翼は、その追い風を受けて更に強い力を得て加速していった。


「な………なんだよ、この手際の良さッ!! なんなんだよ、三文芝居みたいなこのオチはッ!?
 まさかお前ら………―――」
「ご想像にお任せするさ♪」
「………………………」
「俺もヒースもデュランもみんなグルっ! 全部計画通りの筋書きサっ!
 でなきゃ、お前、流石に俺もヒースも余裕こいちゃいられねえって。
 ダチが危ない時に平然となんかしてられっかよ」
「で、でも、だって、一体何の為に………」
「その辺りはデュランから直接聞くんだ―――なっ!」


ライフルの照準をデュランへ合わせていた憲兵の腕を投げクナイで仕留めたホークアイは
促すようにエリオットの肩を叩くと、そのまま【ナバール魁盗団】が大立ち回りを繰り広げる
刑場へと身を躍らせた。


「デュランを頼んだぜ、エリオットッ!!」


抗議から一転、拍手喝采の大歓声に包まれた参列席へ一人残されたエリオットは
しばし呆然と【ナバール魁盗団】の乱闘を見守っていたが、
やがてホークアイに掛けられた言葉の意味を悟り、スタンディングオベーションの波を割って走り出した。


「………………………」
「やってくれたわね、あいつら………」


世を捨てた仙人の如く達観した調子が芝居だったかのように逃げの一手を打ったデュランと
彼を助けに割って入った【ナバール魁盗団】のコンビネーションは即興では出来ないくらい統率が取れており、
明らかに前もって打ち合わせを詰めた形跡が見られた。
エリオットも睨んだ通り、投降から処刑に連なるデュランの行動は、最初から仕組まれたものだったのだ。
つまり、デュランには、生きる事を諦めていないどころか、ハナから死ぬつもりなど無かったのだ。


「………………………」


よくここまで完璧に練り上げたものだ。
こうする事によってランディは責任追及を逃れ、あまつさえデュランも無事。
【草薙カッツバルゲルズ】の誰一人として命を落とす事なく一先ずの解決を見る事ができる。
戦術の鬼才とまで謳われる【ジェマの騎士】さえ見抜けなかった大ペテンにしてやられたランディの口元を見れば、
悲壮な決意から解放され、この上なく嬉しそうな笑みを浮かべている。
ランディに笑顔が戻れば、一心同体のプリムにも笑顔が蘇る。
【絶望】の影は、もうどこにも無かった。


「―――で、どうする? このまま見逃すのかしら?」
「まさかっ! 【ジェマの騎士】として反逆者を許すわけにいかないだろ?
 これより速やかにデュラン・パラッシュを追討するッ!」
「ふふ………了解っ!」
「なお、今回の追討は我々【ジェマの騎士】のみで動く事とするッ!!
 なにしろ、あの人を捕まえられるのは僕しかいないからねッ!!」


最後の最後に大どんでん返しを見せてくれたデュランの逆転劇に
腹を抱えて笑う英雄王と獣人王の目の前をランディとプリムの二人が疾風となって駆け抜けた。








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