「こンのバカ兄ぃぃぃぃぃぃッ!! お尻を出せ、お尻をぉっ!!
ケツバットの刑だぁぁぁぁぁぁッ!!」
「―――うわッ、バカ、待て、落ち着けッ!! これには深いワケがあるんだってッ!!
そのワケだって、お前、リースに聴いたんだろっ?」
「ワケを聴いたからって、全部納得できると思うなぁっ!
私やエリオットクンがどんな気持ちでいたか………えぇい、逃げるなぁっ!!」
「逃げるわッ!! ―――って、リースッ!! 腹抱えてねぇで助けてくれよッ!!」
「ウェンディちゃん、もしよければ私の槍をお使いになりますか?
今後の為にもざっくりと躾しちゃってください♪」
「お前、それでも俺の彼女かッ!? ―――エリオット、お前はまさか裏切ったりしねぇよなッ!?」
「自業自得じゃん。ボクだって本音では追っかけ回してやりたいんだけど?
それだけは勘弁してやってんだから感謝してくれよ」
「てめぇ、破門だ、破門ッ!! ―――のぅわッ!? 待てっつってんだろ、ウェンディッ!!」
「この日の為にお姉ちゃんから槍を習ってたんだっ!
今日という今日は人間社会の常識を物理的に叩き込んでやるっ!
バカ兄、覚悟ぉっ!」
「なんてモンを教えやがんだよッ!! ―――って、【ピナカ】を渡すな、オイッ!!」
「安心して思いっきりやっちゃってください、ウェンディちゃん。
人間、そう簡単には死なないものです。特にデュランは頑丈にできていますから
やり過ぎてしまっても心配いりません」
「あーおーるーなーッ!!」
【賊軍】と【官軍】の双翼に分かれた軍勢が武力衝突した因縁の土地を
半年ぶりに訪れてまず感じたのは、あの凄惨な戦の痕跡がどこにも見当たらないというコトだった。
もちろん、撤去が済んでいない神殿の廃虚には激しい弾痕や魔法による破壊痕が
去りし日の惨状を生々しく今に伝えている。
それと同じように、人々の心にはまだ後遺症として燻っているかもしれない。
けれど、闘争に焼けた荒野を立て直そうと活動する人々を見ればどうだろう。
槍を片手に傍迷惑な兄を追い掛け回す妹のイタチごっこを見る人々からは
ドッと笑い声やら拍手喝采やらが上がっている。
底抜けに明るい笑顔だ。この底抜けに明るい笑顔を見ていると、
かつてここで数多の命が理不尽な虐殺や闘争があったコトなど嘘のように思える。
半年ぶりに訪れてみて、ワタシは嬉しかった。
憎しみの連鎖が断ち切られ、誰もが【未来】へ向かって一歩を踏みしめていた。
二度と理不尽な独善によって悲劇が繰り返されないよう、一人ひとりが努力を重ねていた。
本当の意味で平和な世界の在り方を、ワタシはそこに見た気がする。
【イシュタリアス】を見守る役目を課せられた者にとって、これほど嬉しいコトは無い。
「そ〜れ、そこそこ★ “歩く桃色リビドー”を殺りたいんなら心臓じゃなくて頭を狙いなね〜。
しぶとさだけはゴキブリばりだから、脳みそ抉らないと動き止められないよぉ〜。
運動神経ごとゴッソリ会心の一撃でブチ抜いちゃおう★」
「え…? フェアリー? フェ、フェアリーではないですかっ!」
「ちゃお★」
「“ちゃお★”じゃねぇッ!! 飛び出た瞬間にとんでもねぇヤジ飛ばすなやッ!!」
―――ま、そんな平和な風景に刃傷沙汰が横行するのは、実は頂けないんだけど、
アドレナリン溢れる莫逆兄妹ならではのスキンシップと思えば可愛いモン。
大方、【アルテナ】をコカす為の奇策を妹に説明してなかったバカ兄がシバかれてるってトコでしょ。
“歩く桃色リビドー”らしいっていうか。
大きなトコだけ注意して、アフターケアはまるで考えられないのがこの男の限界だね。
「敵を欺くにはまず味方から」って高度なテクニック、こんなウスラバカには使いこなせないなんて
最初から眼に見えてたコトじゃんか★
「急にどうしたんです? ランディさんたちと一緒にいらっしゃるのでは無かったんですか?」
「―――あッ! そうか、お前、あいつらにボクらの居場所をチクろうってんだなッ!!
姉様、気をつけろッ! こいつ、スパイに違いないッ!」
そんな風にありもしない疑心暗鬼にかられて刀へ手をかける辺り、
この“スーパー自爆ブラザー”も姉と師匠譲りのバカさ加減だ。
「いけませんよ、エリオット。すぐに暴力へ訴えるのは貴方の悪いクセです」
「だってさぁ、これでもボクたち、追われる身ってヤツだしさぁ〜」
「理由があったら攻撃OKなんて、ホント、キミ、単細胞だねぇ。
少しはさ、ウザいくらい頭使ってパンクする師匠と姉貴を見習ったら?」
「………えっと、それって、貶されてますよね、私とデュラン………」
「誉めてるんだよ、それなりに★」
「………………………」
もっとも、素行に不良が目立ち過ぎだった姉と師匠も
今では少しは落ち着いたんだから、まるっきりあの二人に悪い原因を押し付けてちゃうのは可哀想かな。
頭がキちゃった水牛みたいな血筋や悪影響は否めないけどね。
「は、話を戻しましょっか。
でも、本当にどうしたんです、一人で遠出とは珍しいですね?」
「ん〜、深い意味は無いんだけどね、“歩く桃色リビドー”がとっ捕まった一件が
こうして終わってから、な〜んか変にヒマんなっちゃってねぇ」
「ランディのトコにいなくていいのかよ? あんた、あいつの後見人だろ?」
「“電波的少年と書いて『ドり〜ま〜』と読む”が隠密を気取って諸国漫遊してるでしょ?
ワタシ一人じゃ“THEダメんず”と“アナフィラキシー雄闘雌(オトメ)”の相手、
出来ないもん。っていうかしたくない。絶賛後見人放棄したいっ!」
「んな無責任な事を言うなよ、【女神】の後継者だろ、あんた?」
「じゃあ、キミは四六時中イチャついてるバカップルと行動を共にできる?
マトモな神経で3日耐えられるかな? ワタシは無理だったね。
だって、キミんとこのデレ姉とツン義兄(あに)のずっと天然プレイを
24時間視姦し続けるのと同じコトだよ? 砂を吐き散らして悶死しちゃうってばさ★」
「………あー、そりゃ無理だわ。うん、ゴメン、ボクでも耐えきれない」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい! なんですか、そのずっと天然プレイというのは!?」
「自覚が無いトコがずっと天然なんだよ、なぁ?」
「周囲の悶絶も気に留めないトコは余計にタチが悪いね。
そろそろ公害認定しようか? フェアリー的にも、世界的にも、
こういう人畜有害物質は早々に規制の網で包まなきゃだし」
「また、話が脱線していますっ! 元に戻しましょう、元にっ!
今は、どうしてフェアリーが【ローラント】へ遊びに来たのかを聞いているのでしょうっ?」
「行動全てがツッコミ待ちの“最終兵器奇女”にツッコまれたら、もうオシマイだぁ〜」
「フェアリーっ!」
「―――ま、色々勿体つけはしたけどね、早い話があのバカップルから逃げてきたってワケ。
“歩く桃色リビドー”がこれから何をどうすんのか興味もあったしね★」
「やっぱり放っぽり出してきたんかよ!」
「最終回のラストシーンにワタシがいなかったのにはそ〜ゆ〜理由があるからなんですぅ〜!
作者が書き落としたワケでも、構成ミスったワケでもありませんから〜残念ッ!
全てはこの総集編スペシャルに繋げるための伏線だったのさ★」
「さい…しゅう、かい………?」
煙に巻かれたようにポカンとなる“最終兵器奇女”には悪いけど、半分はウソ。
いくらツンデレを地で行くバカップルがウザくても、
そんなコトはあの二人から逃げ出す理由にはなりゃしない。
“歩く桃色リビドー”が―――デュランがこの先どのように生きていくのか、
逆賊の汚名を晴らさないまま、一先ず逃亡生活へ潜り込んだアイツが
どんな選択をするのか心配………もとい、興味があって【ローラント】まで追ってきたわけだけど………。
(………心配するまでも無かったかな―――)
『三国の秘宝』とまで謳われた風光明媚を復興させつつある【ローラント】に咲いた喧騒は
逆賊の烙印を押された逃亡者には似つかわしくないほど明るく、やかましい。
先行きに何ら不安を感じさせないエネルギーが見て取れるんだから、大丈夫。
きっと、絶対、大丈夫だ。
現行の【アルテナ】専横をひっくり返す為に一旦被ったこの不名誉な烙印を
アンジェラたちが雪ぐまで挫ける事なく逃げおおせてくれるに違いない。
(―――ちょっと前までの“歩く桃色リビドー”じゃ考えられなかったケドね★)
ちょっと前までの二人には考えられなかった、【未来】への意志と、それを実現し得る力強さ。
父親への極度のコンプレックスと、独り善がりの暴走に駆られて周囲へ迷惑ばかり振りまいていた
数ヶ月前までの二人には望むべくもなかったモノが、今ではビシバシ伝わってくる。
果てしなく澄み渡ったこの青空のような【可能性】が二人から伝わってくる。
どうやらワタシが心配を挿む余地なんか無かったみたいだ。
「―――いってぇッ!! こいつ、まじでケツにブッ刺してきやがったよッ!!
とにかく、やめろッ、ウェンディッ!! おま…、シャレになってねぇってッ!!」
「いけませんよ、ウェンディちゃんっ。
槍は突くだけでなく柄で殴打する機能もあると教えたじゃありませんか。
まずは頭を殴って動きを止める。これですよっ!」
「リース、コノヤロぉッ!!」
とはいえ、“歩く桃色リビドー”と“最終兵器奇女”―――デュランとリースも、
最初から今日の姿みたく強い人間でいられたワケじゃない。
偶然を装った必然的な出逢いから今日まで続いてきた苦難を乗り越えたからこそ、
【理想】を実現できる【可能性】を持てるようになったんだ。
(聞きかじりも多々あるけれど、振り返ってみれば、
この二人の歩みってバカップルそのまんまなんだよねぇ〜)
【草薙カッツバルゲルズ】の雷名を持つ仲間たちと潜り抜けた激動の日々の中で育まれた絆が
たくさんの人々に影響を与え、【イシュタリアス】へ【未来】をもたらした―――なんて、
今日び子供向けのライトノベルでも流行らないネタなのに、そいつを体現して、
あまつさえホントに世界を救っちゃったところがこの二人のスゴいトコ。
スゴいっていうか、究極のバカップルを見せ付けられたってのが正解なのかな。
「………やれやれ、人の愛は【女神】を越えるとはよく言ったもんだね」
「んあ? なんか言った?」
「キミみたいなお子ちゃまにはまだまだ早い“世界の摂理”ってヤツさ★」
「なんだよそれ………」
悲痛な(そして極めて喜劇的な)絶叫がこだまする空を見上げると、
【女神】サマにも結末を見通せなかった、【真実】を超えた【偽り】の物語が
真っ青なキャンバス狭しと今も鮮明に甦って、ワタシの心を熱くさせる―――――――――
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