「―――――――――とまあ、こんな具合に聴くも溜め息、語るも溜め息のくたびれ儲けがあったわけよ。
 しかも、お前、報告に行ってみりゃババァが、もうえらい騒ぎでブチギレてやがってな。
 『調査の依頼がどうして重要文化財の解体作業に化けるんじゃッ!!』って大目玉だ。
 貰えるハズだった報酬(カネ)もパーッ。代わりに頂いたのは丸三日ブッ通しのお説教だぜ?
 ………たまんねぇよなぁ。シャレになんねぇって、いや、まじで」


二十年の人生の中でも最悪の部類に入る二日間(お説教を含めると五日間)を愚痴と嘆息交じりに
語って聞かせていたロキだったが、大まかなあらすじを全て話し終え、一拍を休む頃になってようやく
聞き手のシモーヌに並々ならない変調が訪れている事に気付いた。


「………シモーヌ?」
「………………………」
「お、おい、どうしたんだよ、急に俯いて………って、お前、顔、真っ青じゃねーかッ!?」
「………………………………………………」
「具合、また悪くなったのか、おい、シモーヌっ!?」


重ねて言うが、彼は乙女心というものについて犯罪的なまでに鈍感である。
色狂いに認定されたリチャードやフレイムカーンレベルでなくとも、せめてガウザー程度に
女性の心情と言うものを知ってさえいれば、自分の語りの中から省くべき個所も分別が付いただろうに。


「………スカートの中って………シマウマさんって………何………?」
「………えっ?」
「ロキは………、ロキはぁ………っ! 私じゃ満足できないんだねっ!?
 それで…、他所で…別な女の人と………誰よ、ミネルバって………っ!!」
「シ、シモーヌ? おい、ちょ………っ!?」
「ロキの…ロキの………ロキのばかぁーーーーーーーーーっ!!!!」


誰より一番信頼していた恋人の口から女性の名前が、それも割とセクシャルな形で飛び出せば、
シモーヌならずともショックを受けて自室に閉じこもってしまうものだろう。
ロキにしてみれば、今度の旅で知り合ったミネルバは大事な戦友であり、大いに誇って話せる【仲間】なのだが、
シモーヌにしてみれば、どこの馬の骨とも知れないアバズレであり、大事な恋人をかどわかしたズベタ以外の何者でもない。
男女の物の捉え方を完全に履き違えたロキは、よりにもよって下着を覗いてしまった不慮の事故や
名前で呼び合う関係になれたという事を包み隠さず直球で語ってしまっていたのだ。
もちろん彼に他意は無いのだが、どう贔屓目に見てもシモーヌには、
浮気の経緯を誇らしげに自慢しているようにしか聴こえない。
ここまで鈍感だと、“バカ正直”と言うよりもただの“正直バカ”だ。


「―――――――――てめぇ、ロキィィィィィィィィィッ!!!!」


自室に駆け込むなり閉じ篭ってしまったシモーヌに代わって飛び出してきたのはステラだ。
何がなんだかさっぱり分からずに立ち尽くすロキの目の前へツヴァイハンダー二刀流を携え、
それはもう筆舌に尽くし難いような凄まじい形相で突撃してきた。
一部始終を聴いていたに違いない耳の先まで怒気が宿っており、クワッと見開かれた両の瞳はありえないくらい血走っている。
足の爪先に始まり頭のてっぺんへ至るまで、くまなく全身から殺意が立ち上るその姿は、
【鬼】という呼び方以外思いつかない。禍々しく恐ろしい【鬼】が慄然と咆哮した。


「カノジョの前で浮気自慢たぁ、いい度胸してるじゃねぇかぁぁぁァァァ………ッ!!」
「はあッ!? 浮気ィ!? 俺がいつ浮気なんてしたんだッ!?
 つーか、待…ッ!! おま…ッ、まじ恐ぇーよ、お前ッ!! なんでそんなにキレてんだ!?
 なんでそんなに眼ぇ血走ってんだッ!? あり得ねぇぐらいおっかねーんだけどッ!!」
「キレてる…だぁ? ………ハァーッハッハッハ!!!! こいつは傑作だ!! 可笑しくて血の涙が出てくらぁッ!!」
「壮絶に毛細血管が切れてる証拠だッ、そりゃッ!! い、いいからツヴァイハンダーは下ろせ? な? なッ? なッ!?
 ―――って、お、おい…? 下ろせつってんのに、なんで振り翳すんだ………?」
「そいつはねぇ………可愛い可愛い妹を騙され汚され傷付けられたからだよゥォォォォォォ………ッ!!」
「バッ………ステラッ、待ちやが―――――――――………………」
「問答無用だッ!! 外道がァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」
「………う………うわ………あぁ………―――――――――うぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


―――――――――それは、彼らが【大人】の階段を登りきっていない、
まだ青春の情熱にキラキラと輝いていた頃の、
………数多の悲劇が痛切に運命を絡め取る以前の物語。
数奇な運命から出会ったミネルバが、いや、彼女の生まれ育った【氏族】が
自分の人生を大きく捻じ曲げていく事になるなど、知る由も無い頃の青春白書。

落ち度がどこにあるのかも理解できず、恐慌と絶望と恫喝の中で地獄の折檻をブチ込まれる
若き日のロキの悲惨な叫びは、息子の代になっても脈々と受け継がれていく訳だが、
やがて引き起こされる数多の悲劇と同様、それはまた別の話――――――――――――――――――









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