「よ〜やくお戻りだね、【裏切りのロンド】」
「………それ、もう仇名じゃなくてムード歌謡のタイトルじゃんか」


―――――――――数十万もの戦死者を出した『天下分け目の決戦』から3日。
【バハムートラグーン】での戦後処理を終えた【官軍】諸侯は、それぞれの率いた部隊を祖国へ戻し、
僅かな供連れで【アルテナ】王都に入っていた。
本戦を終えてまだ【官軍】として参集しなくてはならない理由はただ一つ、【ケーリュイケオン】にて戦勝の報告を心待ちにしている
女王ヴァルダへ拝謁する為だ。
【官軍】の勝利によって事実上【イシュタリアス】の支配権を掌握したヴァルダへ直々に戦勝報告をする事は
非常に名誉な事なのだが、辣腕を誇ったり、ゴマを擦ると言った下心に興味の希薄な人間にとって、これ以上退屈な物は無い。
どうせ途中で居眠りしてしまうと考え、他の【官軍】諸侯へ同行する【二代獣人王】ことケヴィンの供をルガーに任せて町へ繰り出し、
そこをフェアリーに捕まったポポイは、またしても押し付けられた身も蓋も無いニックネームに辟易した様な溜め息を吐きかけてやった。


「大体、オイラを裏切り扱いすんなら、自分はどうなのサ?
 え? 【ジェマの騎士】を見限った女神サマ?」
「だから、“ロンド”って例えたんじゃん? 輪舞って言うのは独りじゃ踊れないでしょ?」
「………皮肉っつーか、自虐チャンっつーか………ここまで来ると既に卑屈の域だわな」
「自虐だとか、見限ったとか、さっきから人聞き悪いったらありゃしないっ!
 何? 何様? 【女神】に楯突くつもり!?」
「オイラは別に難癖つけてんじゃないだろっ! 物事を都合の悪い風にしか聴こえない耳でも付いてんの!?
 さっすが女神サマッ! エルフとは造りが違うぜッ!! アレな意味でビックリだッ!!」
「くっうーッ―――上等だよ、この夢遊病者ッ! 今日と言う今日は主従関係をきっちり叩き込んでやるっ!
 そこらへんの人間ども、ちょいと操って、無限のマラソンデスマッチでケリつけてやるっ!
 弾数は数億単位であるんだからなッ!! 【女神】の持ち弾、侮るなぁッ!!」
「庇護して慈しんで見守る立場の【女神】が被保護対象の人間を持ち弾呼ばわりすんなよッ!!
 敵に回すと地上げ屋よりも厄介な人権団体が黙っちゃいないぜッ!?」
「人権団体がどうしたって? はンっ!! こっちは某広告機構をぶつけて粉砕してあげるよッ!!
 お前らの喧伝は嘘・大袈裟・紛らわしくって目も当てられないって、それから―――」
「ストーップッ!! い、いや、まじストップッ!!
 聴く人が聴いたら、今日の晩には実家に火ィ点けられちゃうから、そういう発言ッ!!
 もっとオブラートに包んで表現しなよな〜ッ」
「アタシには帰る家なんか無いから気にしないねェ〜。勝手に火ィ点ければって感じだよ。
 思ったままに物見遊山を満喫する究極の自由人には御家もルールも無為・無為・無為♪」
「ニートだろ、それ、ただの」
「………キミさぁ、まじでどうにかするよ、その頭ン中。まじで奥歯に指突っ込んで内側から腸を帝王切開するよ?」
「マタニティさんまで刺激すんのはやめろォッ!!
 ―――すみませんッ!! 関係各位に本当にすみませんッ!!
 悪気があるとか貶めるとかそういう否定的な意見を言いたいんじゃありませんッ!!」
「うわ、キモッ! エア土下座なんかやらかしちったよ、このヒト! しかも路上でッ!!
 プライドってもんが存在しないんだろ〜ね♪ バ〜カ! そんなバーターっぷりじゃ生きてる価値が無いよっ!」
「ニートにだけは言われたく無いわぁッ!!」


さすがは数年来の仲間、会えばたちまち丁々発止のマシンガントークが始まった。
【ケーリュイケオン】を仰ぐ城下町の片隅でエルフの少年と女神の後継者が鉢合わせし、
なおかつ大声を張り上げてアホめいたやり取りを始めれば否が応でも悪目立ちしそうなものだが、
町行く人々は珍妙かつ貴重な交戦模様を取り巻いて見物するどころか、気にも留めない。
と言うよりも、別なところへ強烈に意識が引っ張られている為、二人に勘付いてもいなかった。


「………いっやー、精悍だねぇ、【官軍】諸君の行列は。
 またぞろ集まってきたヤツらがアタシの飛び道具になると想像しただけでウキウキしちゃうね♪」
「してないじゃん、全然、ウキウキなんて………なんだよそのツラ………今にも泣き出しそうな顔は、さ。
 ………反則じゃん、それ………………………」
「………………………」


フェアリーが見据え、そこにポポイも合わせた二人の視線の先には、メインストリートの大きな路地を
肩で風切って練り歩く兵士たちの姿があった。
大儀も何も掲げぬまま同胞を裏切った【ロアーヌ】と、その後に続いた名も無き小国の者たちだ。
【ケーリュイケオン】へ参集した盟主に付き随ってやってきた彼らがメインストリートへ差し掛かるなり、
まるでパレードか何かの様な騒ぎとなり、民衆は口々に【英雄】と賞賛の言葉を送っている。
歩行者天国まで設けて英雄たちを歓迎する民衆の目には、小さなフェアリーやポポイなど眼中に入らないのだ。


「アホらし………」


それは、二律背反の矛盾に囚われたフェアリーと【官軍】の兵士たちへの戦勝で熱狂する民衆のどちらへ
投げられた言葉だったのか。
どこか投げやりなポポイの呟きは、ジェラールがメインストリートへ到着した事によって
一際大きく上がった歓声に揉み消された。


「………なあ、フェアリー。人間の行く末を最後まで見届けるのがお前の仕事なんだよな?」
「人間とエルフの架け橋になるのがキミの夢なんでしょ?」


柔和な微笑を民衆へ向けるジェラールと【バレンヌ】の将軍らをしばし遠目に眺めていた
ポポイとフェアリーの二人がどちらともなく口から出した問いかけは、空中で同時にぶつかり、交錯し、
そのまま沈黙の路地へと墜落。
言葉を切り出すタイミングまで絶妙に被るとは、旧来の仲間と言うのはどこまでも気が合ってしまう存在の様だ。


「………………………」
「………………………」


また被ってしまうのも癪だと、二人してお互いの出方を見計らう。
その気配に気付いたのか、フェアリーは口を噤んでそっぽを向いてしまった。
これはつまり、先に喋れという示唆に違いない。
これも旧来の仲間ならでは。直接言葉を交わさないでも互いの心情くらい簡単に読み取れた。


「人間を最後まで見届けるのがお前の役目だってんなら、今度の戦争、食い止める事は出来なかったのか?」
「………神頼みとはよく言ったもんだねぇ。
 自分たちで起こした戦いを空しく思って、やっちまったモンをアタシに責任転嫁するつもり?
 キミってば、いつからそんなご大層なご身分になったのかなぁ?」
「オイラは別に擦り付けようってんじゃないよっ」
「そ〜ゆ〜風にしか聞えないんだけど、これってアタシの聞き間違え? 女神に異議申し立て?」
「………だから、泣きそうな声して茶化そうとすんなっつーの。
 ………いいよ、気取るなよ、オイラの前でさ」
「………………………」


………どうやらそっぽを向いた理由は先手を譲っただけではなかった様だ。
予想以上にフェアリーの声が湿っぽく震えていた事に驚いたポポイは、彼女の苦い思いを察し、こちらもそっぽを向いてやった。
背中合わせになれば互いの顔を、【女神】の後継者としての矜持がボロボロに崩れてしまった顔を見られる必要も無い。
ポポイなりの気遣いを受けて、彼の問いかけにポツリ、ポツリとフェアリーも答え始めた。


「………【女神】の後継者だもん。アタシは【イシュタリアス】に起こる全部を見届けるつもりだよ。
 それは昔も今も変わってない」
「だったら、どうして黙ってたんだよ………何万単位で人が死ぬ戦いが目の前で起きたってのにさ。
 いや、これはお前を責めてんじゃないよ? ただ………ちょっと、解かんなくってさ」
「見届けるってカッコ付けといて、ホントに傍観してるだけの役立たずって言いたいんだ、ふ〜ん」
「だから………ッ」
「―――ここでクェスチュン(ネイティブな発音)!
 資金繰りに失敗して今にも潰れそうな企業がありました。
 さて、銀行は同情だけで無条件にお金を貸し出し、これを救っても良いでしょうか?
 これが【社会】の為になるのでしょ〜か?」
「は…あ?」
「問題だよ、答えが詰まってるね。もっと言い換えてみようか?
 デスレスパイラルに巻き込まれた国民の台所事情を救いたい政府が貨幣価値を操作して、
 徳政令を出しちゃってもOKか? NGか?」
「そんなんNGに決まってんだろ! 【社会】バランスがめたくたにされて秩序もへったくれも―――」


意味が分からないといった風情で食って掛かろうとしていたポポイだったが、
反論する直前になってようやくフェアリーの意図に勘付き、納得すると同時に、
いささか回りくど過ぎる彼女の例え話に閉口して呆れ果てた―――


「………アタシに出来るのは、見届けるコトだけだから………」



―――だが、そっと最後に付け加えられた、これまで以上に湿り気が加えられた呟きを聞いて、
浅はかな感情を思い直す。






(………見届ける、か―――そっか、そうだよな………)







混沌の世界は【女神】によって正しい筋目へ導かれると【イシュタル】を奉る祭司らは心の底から信じているが、
もしこの教義が真実であったなら、『天下分け目の合戦』など勃発せず、今頃【アルテナ】も【グランベロス】も
肩を組んで同じ議席に着座している事だろう。ポポイが問いかけたのは、まさにこの点だった。
【女神】の後継者であるフェアリーならば、二十万以上もの兵たちが屍を晒した戦いへ発展する前に
世界を“正しい筋目”とやらへ導く事が出来たのではないか。
まして、本戦が決着した後も容赦なく繰り返される虐殺―――残党狩りなど起こるべくも………。
ポポイならずとも知恵の働く人間は誰もがこの疑問を抱いたはずだ。

しかし、フェアリーは【官軍】と【賊軍】の争乱に対して一度とて介入せず、遠巻きに事態を傍観するに留めた。
今こそ“正しい筋目”へ導き、無益な殺生を防ぐ時ではないか―――決戦へ及ぶ直前、
ルガーもそうやってぼやいていたのだが、あくまで不干渉に努めてきたフェアリーの真意が
今日になってようやくポポイにも理解できた。

【社会】とは、それを築いた人類の手によって動かされていくものである。
例え発展へ向かおうと、破滅に堕ちようと、人類へ歴史の選択を委ねると決めた以上、自分の義務は最後の最後まで“見届ける事”。
歴史の歩みを見守る事であって、歴史の選択権を人類から取り上げる事ではない、とフェアリーは心に決めていた。
危機的状況と言っていたずらに介入する事は、先代の【イシュタル】と同じく人類を見限る末路へ繋がるのだから。

そこに考えが巡った時、ポポイは「………ゴメン」と背中越しに謝罪の言葉を投げた。
【イシュタリアス】を愛し、人間を慈しむ心が誰よりも強いフェアリーが、人類同士で虐殺し合う今回の決戦を
心穏やかなまま傍観できたわけが無い。苦しんで苦しんで、苦しみ抜いて戦いの行方を見守っていた筈だ。
どれだけ助けたくても手を差し伸べられない、手を差し伸べる事の許されない苦しみなど、
戦場で狂乱と見えた一兵卒如きには想像も及ばない領域の痛みである。


「………ホントにゴメン………」


一番辛い戦いへ臨まざるを得なかったフェアリーへ、ポポイはもう一度、心の底から謝った。


「―――そういうキミこそどうなのさ? 直接戦争に参加したキミは?
 『天下分け目』に打ち勝った【官軍】に、キミはキミの夢を委ねるの?」
「………………………」


ポポイの夢は、数千年前に断絶されたまま復旧の目処が立たない人類とエルフの親交を甦らせる事だ。
その為に【ジェマの騎士】ランディに追従し、幾多の死闘を潜り抜けてきたのだ。
両民族が歩み寄る日を願う気持ちは、ランディの下を去って【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】へ
身を寄せた今も変わってはいない。
………変わってなどいないと信じたかったが、【賊軍】を打ち破ったばかりのポポイには、
【アルテナ】への凱旋に胸を張る【官軍】寝返り組の能天気さを目の当たりにしたばかりのポポイには、
勢いよく「夢を委ねられる」と啖呵を切れるだけの自信に乏しいのが正直なところだった。


「よぅし、ここでクェ――――――」
「はい、ダメーッ!! 数分前に他人が噛んだばっかの美味しい牛乳のご相伴なんて外道のする事だよ、人非人ッ!
 二番煎じを叱る以前にその恥知らずな頭の構造がアタシには理解できないよ」
「………ま〜た意味のわからねぇ例え話を持ち出しやがってぇッ!」
「パクるにしたって、もうちょい捻りを加えたらどうさ? まんま使い回すよりアレンジに神経使いなよ」
「知るか、バカッ!! ていうか、もうちょいシリアスじゃないの、この場面ってばさ!!
 そんな時にまで茶化せる神経のがよっぽど信じられないよッ!!」
「………しょうがないじゃん。今度はキミが泣きそうになってんだからさ」
「………………………ッ………………………」
「小粋なギャグシーンでも挿まなきゃ………見てらんないよ………」
「………………………」






――――――『天下分け目』に打ち勝った【官軍】に、キミはキミの夢を委ねるの?






先陣に立って激闘したデュランやアルベルト、【獣王義由群(ビーストフリーダム)】の同胞たちには申し訳ないが、
形勢不利と見るや保身に走って同盟者を平然と裏切り、あまつさえそれを美徳として誇れる者たちのどこを贔屓目に見れば、
信じるに足る偉人と言えるのだ。
とても悲しい事だが、どこまでも堕落する人間の愚かしさを見れば、かつてエルフが人類を見限った理由も理解できる。
理解できてしまい、危うく夢を取りこぼしそうになる自分が、ポポイはたまらなく嫌になった。


「………ったく、たまんないよな、コレ。
 これじゃ、オイラ、故郷(さと)に置いてきたジジィ共と何にも変わんないじゃんよ。
 ………一瞬でも疑っちゃうなんて、デュランの兄ちゃんたちにも謝んなきゃならないや」
「お♪ 裏切り根性がいよいよ本領発揮してきたね♪
 どう? どう? 人類、見限る? いっちょアタシの共犯になっちゃってみる?」
「なにが共犯だよ、ハナからそんなつもり無いクセしてさッ!」
「へっぇーッ、こりゃたまげたよ! その口ぶり、キミは見限る用意があると見たっ!
 エグいね、グロいねッ!! さんざん持ち上げといてこき下ろそうってワケだねっ!
 ひゅぅ〜♪ ゾクゾクするよな下種が、今、ここにオンステージだぁっ!」
「オウ、そうさ! オイラってば【裏切りのロンド】だもんよっ! なんだって切り捨ててやっぜッ!!」


湿っぽい空気を払拭する様にバカげたノリを再び取り戻したポポイとフェアリー。
しかし、振り返って歯を剥き出し合った顔は互いにボロボロで、ふざけたやり取りとの不釣合いが悲しいくらい滑稽だった。
メインストリートの賑わいを背にすると、なお一層、物悲しい。
人類を信じられるか、その瀬戸際に立ちながら、相手を励まそうと明るく振る舞う二人の空元気は、あまりに悲し過ぎた。


「………そもそも【ジェマの騎士】が【官軍】を焚き付けなければ、こんな大戦にはならなかったってのにさ。
 あのゴミカス、一体全体、何をトチ狂ってんだか………」
「フェアリー………」


望遠するメインストリートへランディが駆る馬が姿を見せた時、フェアリーは眉間に眉を寄せて毒づいた。
それを聴いたポポイは、彼女以上に眉間を歪めて俯く。






(………………………“【ジェマの騎士】”―――――――――)






ランディの下を離れて以来、フェアリーは彼の事を名前でも愛称でもなく、【ジェマの騎士】という冠でしか呼ばなくなっていた。
そして、その名称を呼ぶ時、決まって彼女は表情を渋い物に変える。


「ホラ、ポポイも見なよ、あのふてぶてしい面構え! 次はどの国を攻め落とそうと考えてんのやら!
 【ジェマの騎士】の頭ん中は人殺ししか無いもんねぇッ!」


ある時を―――大切な存在を見失った時を境にランディは明らかに暴走を始めた。
時を同じくして決起した【グランベロス】とその同盟国【賊軍】を根絶やしにする事のみに意識を向けた彼は、
【女神】の守護を本分とする【ジェマの騎士】にあるまじき凄惨な仕打ちを断行し、
総計を数えるだけでも背筋が凍りつく大量の虐殺に手を染めてきた。

“戦の鬼才”である彼が提言する軍事作戦はその都度大きな成果を挙げ、【官軍】を取り仕切る総大将として、
【アルテナ】内部での地位を確固たる物にした。これによってランディはいよいよ止まれなくなる。
自らの意見が隅々まで通る土台が築かれてからのランディは、自軍にまで危険を及ぼす作戦を強い、
敵味方に夥しい犠牲者を出すに至った。
再三に渡って試みられた説得を無視し、常軌を逸脱していくランディに耐え兼ねてポポイは【アルテナ】を出奔したのだが、
その後もフェアリーは、彼女が【ジェマの騎士】と他人行儀に扱う彼の下に残った。
残って、なんとかランディの軌道を正そうと尽力したと言う。最後の最後までランディの更生を信じたのがフェアリーだった。


「あ、そうか! 次は【バレンヌ】じゃない? いつ寝首掻かれるかわかんないからってさ★
 こりゃまた大きな戦いが起こるよ! 人類皆殺しにするまで終わらないんじゃないかしら?」
「………………………」


それだけにフェアリーの痛罵には重みがあった。
ギリギリまで信じ続けてくれたフェアリーの願いを無残に踏み躙り、痛みすら感じていないランディが
今更正気を取り戻すわけがない―――彼女の批判の一つひとつに込められたこの事実がどうにもやり切れず、
ポポイは思わず耳を塞いでしまった。






(………【裏切りのロンド】! なんてオイラにピッタリなニックネームだよ。
 逃げてばっかじゃないか、オイラは………)






フェアリーを残して先に逃げ出し、今またこうして辛い現実から目を背ける自分の卑怯を
心の底から軽蔑するポポイだったが、頭でこそ解っていながらも耳を塞いだ手を退ける事はどうしても出来なかった。
辛くて、苦しくて、痛くて―――理性をも押し流す感情を受け止められる強さを、彼はまだ持ち合わせていない。
弱く、醜い男だ。見ているだけで唾棄したくなる、蛆虫の様な男だ。
それが自分の本当の姿であると、誰よりも一番理解しているからこそ、ポポイは耳を閉ざさざるを得なかった。
目を背け、卑怯に徹していなければ、彼はたちまち理性を失うだろう。


「―――いよッ!! 天下無双の【ジェマの騎士】サマッ!!
 負け知らずの刃を今度は誰に向けるんですかぁ〜ッ★ 罪もない【賊軍】の民でも刈り取るんですかぁーッ!!」


凱旋に侮蔑な横槍を入れた金切り声の主が誰だか解らないランディではない筈だ。
しかし、彼は振り返らなかった。
遠巻きに浴びせかけられた罵倒と、それを発した主を目端に入れる事すらなく黙殺し、
ランディは【ケーリュイケオン】へ蹄鉄を進めていく。


「………兄ちゃん………」


本当にもう正気に戻れないのだろうか………無常にも去っていく横顔を見送ったポポイの心へ
無い物ねだりの悲しさが差し込んだ―――のだが、彼の馳せた想いも虚しくランディは
更なる暴走へ転落していく事になる。


「なんでッ!! どうして私がこんな扱いを受けるのですかッ!! 私はサスァを討ち取った英雄なのですよッ!?
 ―――英雄に対するこの仕打ちッ!! 天が許さずお前を罰するぞ、ランディ・バゼラードォォォォォォォォォッ!!!!」


――――――次なる標的は、彼の後ろに続く囚人車の中で端正な顔立ちを歪め、
怨嗟を喚き散らす哀れな女囚へと既に定められていた。






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