ビュウ・シャムシールの凶弾によって尊い命を散らしたランディの―――
―――【官軍】の総大将にして【ジェマの騎士】である者の葬儀は【アルテナ】主導のもとで盛大に執り行われた。
【イシュタリアス】に安寧を齎す為に戦い続けたランディを悼む声は後を絶たず、
【アルテナ】全土を挙げての国葬が終わってから開放された霊前への弔問には世界中の人々が殺到した。
敬虔な信徒が訪れる巡礼地さながらの様相は七日七晩を経た今も留まる気配を見せない。
世界を救った伝説の英雄の最期だ。凶行の犠牲となったランディの死を、誰もが嘆き、悔やんだ。

………しかし、誰一人として、弔問に訪れた人間の悉くが、涙らしい涙を流す事は決して無かった。
むしろ心の奥底には歓喜を宿らせていた。
―――これで………血塗られた英雄がいなくなった事で、ようやく戦乱は終結する。戦いの無い時代がやって来る。
乱世に疲弊しきっていた誰もがランディの死に戦いの終わりを感じ、安堵しているのだ。
本当の意味で彼の死を悲しむ人間が、果たして【イシュタリアス】上に何人いるだろうか。

伝説の英雄たる【ジェマの騎士】の最期にしては、あまりに華やかで、どこか寂しい葬列が、
突貫工事で【セントラルパーク】へ設けられた堂塔に連なっていた。


「………これはさ、報いなんだよ。
 【女神】の忠告も聞き入れずに自分の暴走を押し通して、挙句の果てに【天魔】へ張り果てた、さ。
 世界中の人たちを騙しまくって戦争したんだもん、こんぐらい惨めに死んでもらわなきゃワリに合わないって。
 もっともっと虫けらみたく死んでもらっても良いくらいだよ」


【セントラルパーク】を一望できる小高い丘の上に登ったフェアリーは、
その無味乾燥な列を見下ろしながら吐き捨てる様に毒づいてみせた。


「ホントッ!! 歴代最低の【ジェマの騎士】だったッ!!
 【女神】に見捨てられる聖剣の勇者なんて有史以来、前代未聞だよッ!!
 どうしようもないクズでッ!! 生まれ変わっても欲しくない様なゲスでッ!!
 ――――――ワタシは、絶対に、永遠に、アイツのコト、許してやらないんだからぁ………ッ!!」


かつて旅を共にした自分の従者をさんざんに貶し、詰り、蔑むフェアリーの小さな瞳からは
どこにそれだけの量を隠していたのかと思える様な大粒の涙が零れ落ちている。
「絶対に許さない」と繰り返す声は小刻みに震えており、最後の方はもうまともに聞き取れないくらい、
嗚咽でグシャグシャに崩れていた。


「………そこ行くとオイラも許してもらえそうにないね。
 フェアリーを置き去りにして、自分だけとっととトンズラこいちまったクチだしさ」


そんなフェアリーを両手で優しく包み込んだポポイが彼女の嗚咽に二の句を継いだ。


「………いいよ、オイラは一生、許されないコト、背負って生きてくよ。
 お互いさ、ずっとずっと先の長い寿命だから、それくらいで丁度いいんじゃないかな。
 オイラのコトを恨んでる内は、ランディの兄ちゃんのコトだって忘れないだろうし。
 ………だから、オイラは背負っていくさ。背負って、そして、絶対に忘れたりしない。
 他の誰もが忘れたって、オイラだけは風化させたりするもんかッ!!」


精一杯の毒とは裏腹に嗚咽し、息を詰まらせるフェアリーと対照的にポポイは決然としており、
自分の進むべき路を真っ直ぐに見据えて、そう言い切った。強い言霊を感じさせるそれは、半ば宣言に近い。
フェアリーを抱き留めたポポイは、世界に向けて―――ランディに向けて、不老長寿というエルフの命を
この先、どう燃やしていくのか、高らかに宣言した。


「………なあ、デュラン。あの弔問客たち、一発ずつブン殴ってきちゃマズいかなぁ?」
「当たり前だろ、常識で考えろよ。何千人とデスマッチするつもりだ、お前は」
「だけどよぉ………」
「やりたきゃやれよ。そんな餞、贈られてランディが喜ぶと本気で思ってんなら好きにやれ」
「………………………」
「………そうでなけりゃ………無駄口叩くんじゃねぇ………」


フェアリーの嗚咽とポポイの宣言をどこか遠くの事の様に聞いていたマサルが、
なおも増え続ける弔問者の波を睥睨しながら不穏当な呟きを零す。
彼がどれだけ苦しんでいたか、どれだけ追い詰められて暴走したのかを知っているマサルにしてみれば、
本当にランディの死を悲しむ気のある人間以外に軽々しく「惜しい人を…」などと語って欲しくなく、
美辞麗句を掲げて大仰に喚く者がいれば、渾身の力を込めた拳を叩き込んでやりたい思いだった。
だが、デュランに制止された様に、そんな事をしてランディが喜ぶわけが無い。
最期の最後で、まっさらなニンゲンへ戻れたランディが、自分の為に暴力を振るわれる事を善しとする筈が無い。
それが解ってしまうだけに、マサルは自分の中へ渦巻いたどうしようもない憤りのやる瀬を見つけられず、悔し涙を流すのだ。
悔し涙は、フェアリーの嗚咽にも劣らない量でマサルの瞳から零れてゆくが、どうにも憤りを洗い流してくれそうにはない。
ただただ、無為に零れるだけだった。それがまた、マサルの憤りを掻き毟った。


「………結局、私、失恋しちゃったなぁ………」


そんな彼らの嘆きを一人静かに見守っていたパメラが、ある時、ぽつりと呟いた。
小さく、短い、たった一度の呟きだ。それきり彼女は口を噤み、空を見上げて動かなくなった。
そこに込められた想いとはどんなモノなのか―――傍らに控えてパメラを気遣っていたリースは、
切ない気持ちを堪えきれなくなって、ぎゅっと彼女の手を握る。
冷たい手だった。パメラの心を表す様な冷たい手のひらが再び人の温もりを宿すまで、
リースはずっと自分の両手で包み込んでいた。


「………………………………………………………………………」


彼らが佇む丘の上には、墓石が二つ、並べられている。
それらはとても簡素な物で、装飾などが一切加えられていない、丸みのある石だった。
一つだけ意匠が凝らされていると言えば、丸みを帯びた正面へここに眠る者の名前が刻まれている事だ。



少しだけ古びた墓石には、プリム・ノイエウィンスレット。
新しく用意されながらも横にある物と全く同じサイズの墓石には、ランディ・バゼラード。



火で葬した二人の遺骨が、この地で眠っている―――二つ全く同じ形の墓石はその証だった。
そう、世界中の人々が大挙する堂塔の棺の中は蛻の殻。遺品一つとして納められてはいない。
「弔うつもりが無い人間になど、空っぽの偶像で十分だ」ブライアンとヴィクター、そして、アンジェラが手配し、
プリムが眠るこの地へ、ランディの本当の墓石の下へ遺骨を納めたのだ。

当たり前だとデュランは心の中で呟いた。英雄の死を悼みながら、その裏で喜んでいる衆目へ
遺骨を晒したくはなかった。
そんな事は、マサルに言われるまでもない、ランディに対する最低の冒涜だ。
誰の眼にも触れない静かなこの丘で愛したプリムと二人、穏やかに眠る事こそランディには相応しい。
その時間を護ってやるのが、戦って戦って、最期の瞬間まで戦い続けた弟分に対する、
兄貴分としての務めだとデュランは考えていた。






(………だけどよ、ランディ、俺はな………俺は、ちょっとばかし………いや、すげぇ辛ぇよ―――)






だが、同時に凄まじい虚しさも襲ってくる。
本当にランディの死を悲しむ者が、地上のどこを探しても【草薙カッツバルゲルズ】とその周辺の人間しかいないとしたら、
………彼の、ランディ・バゼラードの人生は一体何だったのか。
やり方は苛烈で、誤りだらけだったかも知れない。しかし、【イシュタリアス】の安寧を目指して戦った勇者に違いはなかった。
少なくともパブリシティなイメージは【官軍】の総大将である。
デュランやマサルが受け止めた様な、全てを破壊するまで止められない狂気に感付いた人間はそう多くない筈だ。
にも関わらず、形だけの弔辞を述べる人間しか見つけられないのはあまりに虚し過ぎるではないか。






(………………………お前の人生は………無駄だったのか………………………?)






「―――――――――着いたぁ………ッ」


抗い難い虚しさにデュランが押しつぶされそうになった時、城下町から丘へと続く長い坂道から
聞いた事の無い声が飛び込んできた。


「………って、え? えぇッ!? デュ、デュラン・アークウィンドさんッ!?
 そ、それに他の皆さんもッ!?」


【草薙カッツバルゲルズ】とその周辺の者以外には所在の一切を知らせずにいた二人の墓地へ
無関係の人間が立ち入れるわけが無い。無いのだが、どうやら偶然迷い込んできたわけでは無さそうだ。
坂を上がったところで呆然と立ち尽くしているその少年は、両手一杯の花束を抱えていた。
見たところ16歳くらいだろうか。布と羽飾りを組み合わせたバンダナが印象的な少年で、
腰にはロングソードを携えている。顔立ちは幼く、まだまだ剣士見習いと言った風情である。


「………お前は?」
「あッ、えっと、俺―――じゃないッ! 目上の人には謙譲語ッ!!
 …えーっと、自分は、その、ランディ・バゼラードさんの事、尊敬してる剣士見習いでしてッ」


振り返ったデュランに声をかけられた少年は、今や【イシュタリアス】で知らぬ者がいない猛将になった彼と話す事に
ドギマギ緊張しているのか、言葉の一つ一つが要領を得ず、しどろもどろになってしまっている。
だが、こういう時にこそ人間の本音が出るものだとデュランは経験で知っていた。
知っていたからこそ、少年が漏らしたランディへの敬意に興味を惹かれ、追い返す事なく話を続けたのだ。


「そうじゃねぇよ。いや、そこんとこも大事なんだが、お前、どこでこの場所を知ったんだ?」
「は、はいッ! 趣味は盆栽ですッ」
「………よし、ちょっと待て、ホラ、深呼吸だ。落ち着かなけりゃマトモな返事も期待できねぇぜ」
「す、すみません………」


どうもこの少年は何事につけても直情径行にある様だ。
この場にはいないエリオットやシオンたちの顔が不意に浮かんだ。


「ここを俺がどうやって知ったか………でしたよね?」
「ああ。………俺たちが登ってくのを盗み見てたのか?」
「ちッ、違いますッ!! 俺、ずっと前からこの場所、知ってて!!
 プリムさんが亡くなった後、偶然、ランディさんがここに来るのを見かけたんですよ。
 それで、俺、失礼だとは思ったんですけど、ランディさんの後尾行して、それで―――
 ―――って、それじゃ結局盗み見と一緒かッ!!」
「………ここには何しに来た?」
「いつもはプリムさんのお墓に献花するだけだったんですけど、
 今日は………その、ランディさんにもって………多分、ランディさんは、
 あんな華やかな堂塔じゃなくて、ここに埋葬されたんじゃないかって思って………」
「………………………」
「それで、俺、上手く言えないけど………ありがとうって、ランディさんに伝えたくて………」
「………………………」


拙くも一生懸命に話す少年を見ている内に、デュランの視界がぼやけ始めた。
大き過ぎる花束のせいで半分視界が遮られている少年に隠れて拭っても、込み上げるものは収まらない。
少年は、そんなデュランの様子には気付かず、ちょっとだけ悲しげに、けれどそれ以上に誇らしげに、


「世界を護ってくれてありがとうございましたって伝えたくてここまで来ました」


――――――と、まだ幼く頼りなげな胸を張った。


「―――――――――ッ!!」


それを聞くなりデュランは少年めがけて一直線に駆け寄り、その凄まじい勢いに半分怯えた彼の肩を力一杯に掴んで抱き寄せた。
直前、墓前に添えられていたある物を掴んで。


「………お前の名前は………?」
「エ、エルディ………エルディ・フォースフォワードって言います」
「………エルディ、お前、ランディの事を尊敬してるか?」
「もちろんですッ! まだ未熟な俺ですけど、いつかランディさんみたく立派な漢になりたいと思ってますッ!!」
「ランディのどこが好きなんだ………?」
「どんな事にも諦めない強い心を、俺、見習いたいんですッ!!
 【ジェマの騎士】とかそんなん関係ない、あの人の生き方を、俺ッ!!」
「………………………そうか………ああ、そうだ………………………」


―――もう、言葉はいらなかった。ランディへの餞として、これ以上に相応しい言葉は無かった。
絵空事の弔いではなく、未来へ繋がる希望の灯火。それが、今、次の世代へと継承された。
ランディの人生は決して無駄ではなかった。修羅の戦いに生きた半生が、未来への階を残せたのだ。
それが、デュランには嬉しかった。嬉しくて嬉しくて嬉しくて………温かい涙が後から後から溢れ出した。


「………エルディ、俺と約束しないか?」
「やッ、約束ですか? デュ、デュランさんとッ!?」
「そうだ。あいつの人生を見守ってきた俺と約束を結べ、エルディ」


必ずや次の世代を担うであろう少年の名前を「エルディ」と反芻したデュランは、彼の目の前にある物を差し出した。


「このバンダナに誓え、必ずランディの様になってみせると。
 ランディに肩を並べて、いつか追い越すと誓ってくれ、エルディ」


それは、デュランがランディの墓前から掴み上げたもの。
【ケーリュイケオン】の屋上で【天魔】の手にかかり、引き千切られ―――けれど捨て切れずに繕い直されたモノ。
慣れない裁縫のせいで端々が不恰好になってしまっているし、染み付いた血痕でひどく汚れてしまっているものの、
紛れもなく【草薙カッツバルゲルズ】の隊旗を三つに分けた友情のバンダナだった。
凶弾に斃れた瞬間も、ランディの懐に在った、いわば最期の形見の品である。


「頑張ります…ッ! 何年かかるか全然わからないし、自信も無いけど、
 それでも、俺、一生懸命頑張りますッ!!」


そうと知っているのか、知らないのかは分からないが、デュランからの問いかけに対して、エルディは間髪入れずに頷いた。
何の混じり気も無い、純粋無垢な決意でランディの遺志を受け継ぐとデュランに、友情のバンダナに誓った。


「男と男の誓いだ。破りでもしたら承知しねぇぜ」
「デュ、デュランさん? これは一体………」
「コイツがお前の生き方を見張ってるからな。
 約束を違えた時にゃ【ローラント】の全軍でもってシバきに行くぞ」


そう脅して聞かせたが、きっとこの少年は今日に立てた誓いを成し遂げ、未来を継いでいってくれるだろう―――
―――約束の象徴とも言えるバンダナをエルディの左腕に巻いてやりながら、
デュランはこの少年から強い息吹を感じ、また、自らも未来への希望を託した。
未来の希望と一緒にハッパをかけようと腕の骨が軋むくらい強く締め付けてやった。
………………………力の限り、魂の限り、頑張れ―――――――――と。


「デュラン………」
「生きてやろうじゃねぇか、俺たちは!! あいつの分まで生きて生きて生き抜いてッ!!
 あいつが築いた平和ってのを見届けてやろうじゃねぇかッ!!」


【イシュタリアス】の前途を予見する様な、曇り一つ無い蒼天と太陽を見上げたデュランが
そのままの体勢でリースの気遣いに答えを返した。
未来の希望に淀みを落とさない様、エルディの行く末に迷いを与える雫を決して見せない様、
必死に、懸命に、ギリギリの笑顔で空を見上げて―――――――――


「―――――――――………………………いざッ!!!!」


―――――――――ここが【未来】への本当のスタート・ラインなんだ。
全ての魂へ、【イシュタリアス】に生きる全ての存在(もの)たちへ届けと開幕の号砲を咆えた。







未来は続く。永遠に続いていく。失われたものを受け止めて、繋いでいく為に続いていく。
遥か彼方へ吹き抜ける蒼い風は、そこに輝ける希望を匂わせながら、歴史を、時代を超えて吹き続ける。
願わくば、止まない風が、全ての魂に安らぎを与える幸喜、絶えなく運ぶ事を――――――――――――――――――







<完>







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