そこは、暗く、涯てなく昏い奈落の底。
一縷の輝きをも許さず揉み消す、極冠なる悪魔の顎。
在るとすれば、思想も、形相も、何もかもニンゲンとは決して相容れぬ、
天と地と魔の異界よりのマレビトのみ。
「大衆(ニンゲン)は、思想を求めるべくもない家畜と同義であるッ!」
「【共産】の合理を弁えず、ただ資本(エサ)のみを貪る愚直なる家畜であるッ!」
「ゆえに妬み、嫉み、争うッ! 蒙昧極まる徒に楽土を統べる資格など望むべくも無いのであるッ!」
数メートル先も見通せぬ盤古よりの闇に浮かび上がるは、天と冥と魔の異界を統べる三種の威容。
一柱は、魔界の来訪者として名高き山羊の面妖を持つ“黒の貴公子”。
一柱は、雲上の浮遊大陸に存在する『竜苑(ドラゴンズヘヴン)』より舞い降りた“竜帝”。
一柱は、地底の深遠、核域よりも更に深き影の蠢動から這い出した髑髏型の“仮面の導師。”
「「「――我らが【共産】の思想を叩き込み、究極の合理のもと、支配してやるのだッ!!!」」」
三様の遊説に応じて、遍く命に腐敗を齎す七連宿が盟主らの前に光芒を現した。
「さすがは三界を統治なされるお歴々。
仰る理想も、薄汚い人畜風情とは一味違いますねェ〜」
手もみするような仕草で従順に媚び諂うのは、奈落の底には不釣合いな道化師(ピエロ)。
「確かに人類には無駄が多過ぎる。
人類の数だけ思想が存在し、その思想も人類の数に比例して愚劣。
絶対なる指導者とそれを治める理念は、未来の享受に肝要ですな」
その隣には、怜悧な風貌で神経質そうな黒縁眼鏡を光らせる白衣の青年。
「現在の地上を偽るのは、魔法大国【アルテナ】とその属国が掲げる【未来享受原理】。
その骨子は人民の、人民による、人民のための社会にある。
しかしどうか、民主政治を謳いながらも本質は支配的な議会政治。
そして、その議会を掌握するのは一極の大国………【民主】が聞いて呆れると言うものだ。
――今こそ【共産】をもって悪しき通念を駆逐する時と心得ます」
麻製の簡素な服の上から当て布もなく甲冑(アークゥィバス・アーマー)を纏う女戦士が、
憎々しげに吐き捨てた。
「“不浄なる烈槍”が不服を漏らすように、【アルテナ】が推進する【未来享受原理】とは、
結局のところ、支配階級にある自らの保身と利己に終始するのみ。
愚劣な思想の先に、人類が未来を共有する可能性拓かれるなど、考えるべくもありますまい」
紅蓮の闘気を全身から漲らせた精悍な魔導師が、女戦士の言葉尻に乗る。
【未来享受原理】のくだりでは、殊更苦々しく表情を歪ませて。
「我ら誠狼の七連宿【セクンダディ】、
葬界の北辰となりて大いなる偽り【未来享受原理】と稀代の奸賊輩【アルテナ】を
見事討ち取ってご覧にいれましょうぞッ!!!!」
血の赫と漆黒の鋼に彩られた全身甲冑(コンポジット・アーマー)を纏う魔剣士は
大言と共に、為政者に仇なすと恐れられる呪われし妖魔の化身【ソードマサムネ】を抜剣し、
誅滅に煮えたぎる魂を振るわせた。
「その理想を現実とするにも【太母】の存在が必須不可欠。
まずは計画進捗の報告を聴こう」
「盟主のお気を煩わせては、我ら【セクンダディ】、申し開きもございません。
既に妙策は施し、釣果を待つのみでございます」
「万策は尽くしました…安寧のこの地にて、今しばしお待ちください」
最後の双星…色白に整った顔立ちと伯爵じみたマントが耽美な世界を醸造する男と
眼の覚めるような美貌を誇る女が絡み合う蛇のように姿を現し、
誠狼の七連宿を名乗る【セクンダディ】全員が奈落の底へ集結した。
「さすがは魔界きっての【支配階級魔族(サタン)】よ。
…して、【太母】は今いずこか?」
「一見に勝る百聞はございますまい。【太母】の所在はこれに…」
三つの眼を持つ伯爵風の魔族が、全ての瞳孔から赤・青・黄の光線を放ち、
合わさった先には、干上がった滝壺の洞窟を散策する、
デュランとリースの姿が浮かび上がった。
†
「…いい加減、曲げたヘソを直せよ」
「知りませんっ! 私はデュランを見損ないましたっ!」
「見損なったって言われてもなぁ…」
アストリアを出発してから、一事が万事このような調子で機嫌の悪いリースに
デュランはげんなりと溜息を吐いた。
そもそもリースが立腹した原因は、昨夜の亡霊退治に端を発している。
「初対面の時は失礼な男性という印象を持ちましたが、実際にその通りでしたっ!
少しでも礼儀の解かる方だと錯覚した自分が許せませんっ!」
「アンタなぁ、ああいう場合はなぁ、受け取らないほうが失礼になるんだよ」
出発の朝、せめてものお礼にと村人から報奨金を用意され、
それを当然とばかりに受け取ったデュランの態度にリースは唖然とし、
『亡き大河の一雫』へ至るまで、ずっと眉を吊り上げ、満足に口を聞こうともしないのだ。
「育ちの良いアンタにはわからねぇだろうが、
今後のためにも世の中の仕組みをレクチャーしてやるけどな、
用意された報酬を低いとゴネれば角が立って次に何か事件が起きても依頼が来なくなる、
用意された報酬を受け取らなければ、次にもっと大きな事件が起きた時、
連中は図に乗って命を無償で差し出せと迫ってくる。
妥当な額を提示されたら、そいつを素直に受け取るのが一番マトモな解決策なんだよ。
世の中、そうやって回ってんだ」
「そんなのは屁理屈ですっ、困った時はお互い様に手を差し伸べるのが常識ですっ。
世の中、そうやって回っているんですっ」
「ガキかよ、アンタッ!?」
「なんでも欲しがるあなたのほうが子供ですっ!」
傭兵家業で生計を立ててきたデュランにとってすれば、
危険に見合った報酬は受け取って当然なのだが、
不幸な目に遭っている人は無償で助けるのが当然と考えるリースにとってすれば、
デュランの考え方は火事場泥棒と同じであり、人間として軽蔑されるべき最低の行為に他ならない。
あまりに住む世界の違い過ぎる常識の差異が、ここに来ておかしな方向へ噴出したのだ。
「そうやって人の不幸を蜜に変える生活ばかりしていると、
いつかバチが当たりますからねっ!」
「…子供じみた態度は、せめてお腹立ちだけに留めといてくれねぇか。
なんだよそのバチってのは…」
――と、洞窟も半ばに差し掛かったその時である。
「――うずりゃ、しぬでちっ!!!!」
子供じみた口喧嘩を繰り返していた二人の背後から何者かが突然襲い掛かってきた。
咄嗟に散開して直撃だけは免れたが、すさまじく重い物が振り下ろされたようで、
回避した後には、ビョウ、と風を断つ激音が轟いた。
「ちっ! はずしたでちかっ!」
「ほら見なさい、バチが当たったじゃないですか。天罰ですよ」
「どこが天罰なもんかよ! 思い切り人災じゃねぇかッ!!」
戦闘体勢に転じながらも、それ見た事かと鼻を鳴らすリースに呆れるデュランだが、
敵襲に遭った今は、いつまでも漫才をしているわけにもいかない。
こんな分からず屋ではあるが、一応護衛対象なのだ。
即座にリースの盾となって敵との間に割り込み、もぞもぞと動く襲撃者の正体を見極めようとする。
「――って、お前、シャルロットじゃねえかッ!?
こんなトコで何を、いや、いきなり何しやがんだよッ!?」
しかし、見極められたら見極められたで、
今度もデュランは素っ頓狂な声を上げざるを得なかった。
どうやらデュランと知り合いらしい、シャルロットなるこの少女、
キンダーガートゥンの園児とちょうど同じくらいの背丈と幼い面持ちだが、
そんな愛らしさとは不釣合いな程にすさまじい殺気で瞳から妖光を放っている。
くりくりに巻かれたブロンドの長い髪のてっぺんには、
愛らしい容貌が人気の高いウサギ型モンスター・ラビ(ロップイヤー種)をあしらった帽子が鎮座し、
殺気とのギャップをより滑稽な物としていた。
「もしかしてお友達…なのですか?」
「いや、ダチっていうか、知り合いっていうか…」
「しゃるはあんたしゃんのようなごみためをしりあいにもったおぼえはないでちっ!
このくされげどうがっ! うまにけられてじごくのべんじょにおちちまえでちっ!」
「可愛げある声でなんて物騒なコト言ってやがんだッ!!」
ハリセン――厚みと重量感から推察するに鉄板仕込み――を再び振り上げるシャルロットに閉口するも、
ここで身を躱せばリースが直撃を食う。
「やっぱり天罰が落ちました」などとのたまう小憎らしい小娘でも、依頼主に変わりは無い。
女難の相の板ばさみに、絶える事のない溜息を短く吐き出すと、
幅の広いツヴァイハンダーを盾のように翳してハリセンの直撃を凌いだ。
案の定、鉄と鉄を擦り合わせるような音が耳を劈いて響いた。
「おい、ちょっと待てよッ!!
“サーキットライダー”のお前とこうして偶然に遭遇するのは不思議じゃねぇが、
だからって、いきなり命を狙われるなんざ、偶然と納得するには無理があるぜッ!?」
「そうでちっ! “さーきっとらいだー”だからこそ、
よけいにあんたしゃんのはたらいたあくじがゆるせないんでちっ!
っていうか、とっととそっくびさしだしてくたばるでちっ!」
「だからその理由を説明しやがれッ!!
いい加減にしねぇと俺だって怒るぞッ!? 泣かすぞッ!!」
「じょーとーでちっ! このげすやろうっ!」
サーキットライダーとは、各地を巡回する神官の事である――が、
キンダーガートゥンへ通う園児さながらの愛らしい体躯をワナワナと震わせて
鉄板仕込みのハリセンで奇襲そ仕掛けるなど、およそ神官にはあるまじき所業だ。
おまけに二言目には「しぬでちっ!」。
サーキットライダーを名乗るには、あまりに性情が悪過ぎる。
「――【スパークリング(戒めを成す電界の囁き)】」
理由なき襲撃に痺れを切らし、デュランがツヴァイハンダーを構えた瞬間、
銀槍【ピナカ】の矛先に宿った風の精霊【ジン】が
四肢の自由を奪う痛烈な静電気をシャルロットとシュランの双方へ浴びせかけ、
強制的に脱力させられてしまった二人は、互いに得物を取り落として
その場にへたり込んでしまった。
「とりあえず、この人は後でどれだけ殴っちゃっても構いませんから、
私たちを襲う動機だけでも訊かせてくださいませんか?
えっと…シャルロットさん?」
†
シャルロットの突然の襲撃からおよそ十分後、
デュランとリースは激闘に次ぐ激闘の渦中にあった。
「これもシャルロットさんの仕掛けた罠なのでしょうか?」
「さぁな…あいつにこんな小手先の器用さがあるとは思えねぇけど――なッ!」
背中合わせで得物を振るう二人へ蝙蝠タイプのモンスター――バットムが容赦なく飛び掛る。
洞窟の中程まで、シャルロットの襲撃以外に戦闘も無くスムーズに進んできた分のツケが
一挙に回ってきたかのようだ。とにかく量が半端ではない。
音もなく影もなく現れたバットムの群れはあっという間に二人を取り囲み、
待ったなしの連戦が始まった。
(――おかしい…誰かが作為的にモンスターを放っているとしか思えねぇが…)
“亡き大河の一雫”は【フォルセナ】から各地へ続く交通の要所として管理・整地されており、
モンスターなど滅多な事が無い限り出没する事は無かった。
現に武者修行のために各地を回ってきたデュランが普段この洞窟を用いる際に
モンスターと遭遇したのは今日が始めてだ。
(それが、今日に限って、なぜ?)
要人を護衛する道中での異変には敏感にならざるを得ない。
変化の度合いが、日常を侵すほどに大きく歪んだのであれば尚更だ。
「チッ、グダグダやったらこっちがジリ貧だッ!!
切り抜けるぞ、リースッ!!」
「これだけの数では、血路を切り開く事も難しいと思いますがっ?」
「あんたには俺にないチカラが…【魔法】があるだろう?
そいつで何とかこいつらを散らしてくれッ!!
あんたにないチカラで…ツヴァイハンダーでフォローするからよッ!!」
「わかりました、やってみますっ!」
「よし、勝機…預けたぜ――ッ!!」
正面から裁いていてもキリが無いと判断したデュランは、
より広範囲を包括できる【魔法】を得手とするリースに勝機を委ね、
彼女が最大限の魔力を発揮できる場を整える事に注力する。
「来やがれ、トリガラ野郎共ッ!! 片っ端から叩き落してやるッ!!」
自分ひとりで全ての敵を請け負う意気込みで剣を振るい、次々とバットムを墜としていく。
剣風が嵐を呼び、地面へ天井へバットムの残骸が弾け飛んだ。
「食らいやがれ…【殲風(センプウ)】ッ!!」
柄下ギリギリを両手で握り締め、そのまま豪快に巨剣を旋回させる。
【殲風】なる技名の通り、ツヴァイハンダーの起こした竜巻が
バットム共を吸い込み、薙ぎ払い、相当数の敵影を蹴散らした。
「――いまだ、リースッ!!」
「――わかってますっ! 【クラスター(六芒に紡がれし恒星の灼爛)】ッ!!」
それでもまだ先の見えぬほどの数でもって行方に黒いカーテンを敷くバットムめがけて、
【ピナカ】の矛先に宿った炎の精霊【サラマンダー】から巨大な火球が射出された。
火球は中空で炸裂し、四方八方へ四散、黒いカーテンを見事真紅に消失させた。
「ィよし、ナイスだッ!! 今のうちに駆け抜けるぞッ!!」
「はいっ!!」
【クラスター】の魔法によってバットムへ着火された炎は次々と延焼を招き、
デュランの目論見通り、妖鳥の群れを散らすには充分過ぎる程の効果を挙げた。
その好機を見逃す手は無い。
洞窟の先へ、血路の先へ一気に駆け込む。
逃げ切れるかどうかは微妙なラインだったが、縄張りを中心に行動するモンスターの性質を考えれば、
テリトリーを離れた標的にまで追いすがる事はしないだろう。
果たしてデュランの目論見通り、洞窟の終点付近が見えてくる頃には、
完全にバットムの姿は見えなくなっていた。
†
バットムの襲撃から遡る事、およそ十分前。
身体に帯びる静電気に作用して対象を強制的に脱力させてしまう魔法、
【スパークリング】の効き目が切れ出した頃の事である。
「せっかくみつけたしゃるのかせぎぐちをよこどりするなんて、にんぴにんのやることでちっ!
とんだかいしょうなしでちっ! っていうか、どうしようもないくそやろうでちよっ!」
「どんだけ人をコケにすりゃ気が済むんだ、てめぇッ!?
第一、美味い話なんてのは早い者勝ちって大昔から決まってんだろうがッ!
モタついて食い扶持無くすようなドン亀野郎が悪いんだよッ!!」
「しゃるは“やろう”じゃないでちっ、“じょろう”でちっ!」
「何だその用途不明な自己主張はッ!?」
「…落ち着きましょうよ、ふたりとも。
気を荒く持ったままでは、まとまる話もまとまらなくなってしてしまいますから」
身体の自由を取り戻すや否や口論を再開したデュランとシャルロットに、
いつもは呆れられる側のリースが溜息を漏らした。
「これまでの経緯から、ふたりがお友達関係というのはわかりました」
「ダチじゃねぇっつのッ!!
どっちかっていうと、ダチに引っ付いてる金魚のフンだッ!」
「まっきんきんのうんこったれが、よくもじぶんをかえりみずにのたまったもんでちねっ!
それにしゃるとひーすはこうてつのわいやーくらいかたいうんめいのいとでむすばれた、
いまどきめずらしいこしきゆかしいおしどりふうふなんでちからっ!
てめえのけつをふけないようなうんこがきがほざくんじゃないでちよっ!」
「下ネタばっかりじゃねぇかッ!!
てめえ、そろそろ色んなコードに引っかかんぞッ!?」
「はいはい、ふたりとも、落ち着いて落ち着いてっ!
まずはお話を総合してまとめるところから始めましょうっ!」
先程まで『社会の在り方』をこんこんと説いていた、
ともすれば大人びた様子とはまるで正反対に子供じみた言い争いに興じるデュランの変調を
面白そうに微笑しながら、ふたりの売り言葉と買い言葉をまとめていくリース。
「シャルロットさんは、デュランのお友達である…“ヒースさん”の関係者なんですね。
それでデュランとも顔見知りだった、と」
「いちどおぼえたらわすれられない、あくむのようなぶさいくさでちよ、このおとこは」
「………コレ終わったら、まじに泣かすからな、てめぇ…」
「サーキットライダーとして各地を回って旅していたところ、路銀が尽きてしまい、
なんとか基点であるところの【ウェンデル】へ向かうだけのお金を稼ごうと、
アストリア村の亡霊退治に向かったのですが…」
「そうでちっ、このうんこったれにぬけがけされたしだいでちよっ!
さいていでちっ! ぶさいくなうえにかすやろうでちっ!!」
「てめぇッ!! 今泣かすッ、ここで泣かすッ!!!!」
「まあまあ…」と文字通り双方の間に割って入り、
なんとか仲裁を取り成そうと奮起するリースは、
本来なら最も大変な役割であるにも関わらず、どこか嬉しそうである。
「まえにもあったんでちよ、こういうことっ! よりにもよってじもとの【うぇんでる】でっ!
あろうことかこのおとこ、しんでんへちんじょうのあったじけんをかってにかいけつして、
ほんらいしゃるたちがうけとるはずだったほうしゅうをかっさらいやがったんでちっ!!」
「ありゃあ、武者修行のために【ウェンデル】へ出向いてた時だな。
…っつーか、お前らがウダウダウジウジ悩んでたから先越されただけの話じゃねえか。
俺がやらなくても、いずれどこぞの腹ペコが解決してたさ」
「っくあああぁぁぁーっ! ますますもってかわいげのないじゃりがちでちねっ!
そーゆーのはへりくつっていうんでちっ! あたまのわるいせいじやのごたくとおなじでちっ!」
「屁理屈こねてるてめえが、人様相手に道理を語るんじゃねぇやッ!!
頭の悪い政治屋の御託? てめえの場合は、ババアの寝言―――ってぇッ!?」
「れでーにたいしてなんたるしつげんでちかっ! めいよきそんでぶたばこいきでちよっ!?」
どっちもどっちな主張を鼻で笑ったデュランをシャルロットのハリセンが的確に捉える。
数枚重ねの鉄板でもって痛撃を加えられては、いかにデュランが百戦錬磨であってもたまらない。
ゴガン、という直激音を耳で捉える間もなく、もんどり打って悶絶する。
「もうあったまきたでちっ! “どはつてんをつく”ってやつでちっ!!
あんたしゃん、いきてこのどうくつをぬけられるとおもわないことでちねっ!!
かみをもおそれぬじんがいまきょうめっ!! めにものみせてくれるでちっ!!」
悶絶し続けるデュランと、あまりの口上にポカンと口を開いて硬直するリースを置いて、
「をとめのそこぢから、みせてやるでちっ!!」と捨て台詞と共にシャルロットは去っていってしまった。
「…それにしても腕を磨くために武者修行なんて、今時武芸者でもしませんよ。
昨今で有効なのは、いかに力学の理に適った適切なアクションを起こせるかです。
今や武術は『戦術』であって、一種の学問じゃないですか」
「バカ言うな。
あちこちの腕自慢と試合するからこそ、戦いの駆け引きが身に付くんじゃねぇか。
頭で考えるよりも身体に染み込ませる。
でないとイザって時に使い物にならねぇだろうが」
「効率が悪いですって、そんなのっ。
身体を酷使する事が練兵の早道なんて、一昔前の考え方ですよっ。
ウサギ飛びが身体を鍛えると誤解している体育教師と同じですっ。
近代戦闘の基礎は、思考し、考察し、結果を冷静に見極めることっ。
身体に負担のかからない最小限の動きで、最大限の効果を引き出す、これですよっ!」
「俺が言ってんのは、そういうんじゃねぇ!
頭で考えるだけの情報も、まずはアシで稼いでこそっつってんだよッ!!
いいか、経験から生まれない紙の上の知識ってのはな、頭でっかちの言い訳だッ!!」
「考え無しに飛び込むのは勇気ではなく、玉砕必死の無謀の類ですっ」
「ハッ! 戦いってのはな、ガッコの教室で起こってんじゃねえんだよッ!!」
ようやくダメージから立ち直り、思わぬところで食ってしまった遅れを取り戻そうと
出発の準備を急ぐデュランへリースがちょっぴり口を出した事から、
シャルロットの登場によって立ち消えていた口論が再噴出し、
過激な戦士論はバットム襲撃までガチンコで続いたわけである。
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