・4月25日(雨)。
今日はお父さんとお母さんのおそう式がありました。
お母さんはおけしょうをされていてとてもきれいでした。
たくさんの人がかんおけにお花をいれてくれました。
おけしょうもそうだけど、たくさんのお花にかこまれてお母さんはとてもしあわせそうでした。
お父さんのことはかきたくありません。
お父さんはとてもえらい騎士さまでした。
ぼくは騎士さまが大好きでした。でもきらいです。
いつかお父さんみたいなえらい騎士さまになって、この国をまもりたいとおもっていました。
でもお父さんはほかの国の人のいいなりになってちいさな村をこわしてしまいました。
お父さんはその時にしんでんのかじにまきこまれてなくなったそうです。
だからお母さんのかんおけにはおはながいっぱいなのに、
お父さんのかんおけにはお父さんはいません。
ぼくはお父さんが大好きでした。でももうだいきらいです。
ひとをたくさん殺したのに『英雄』なんていわれるお父さんみたいになんかなりたくありません。
ひとをたくさん殺したお父さんを『英雄』なんてよぶような大人なんかになりたくありません。
お父さんが死んですぐにお母さんも死んでしまいました。
どうしてお母さんまでつれていってしまうのか、ぼくにはわかりませんでした。
ステラおばさんはおそう式が終わるまでずっとお父さんのことをばかやろうとおこっていました。
ぼくもそうおもいました。
お父さんといっしょになってわるいことをした王子様もだいきらいです。
あんなおとななんかに、騎士なんかにはぜったいになりたくありません。
だからぼくは――――――
†
男女別れて取った部屋から、タンクトップにジーンズというラフな出で立ちで
朝食を摂るために食堂へ姿を現したデュランの機嫌はすこぶる最悪だった。
「胸クソ悪ィ…」
最悪の日に刻んだ記憶が望まぬ形で心を侵犯し、呪縛となって圧し掛かってきたのだから、
確かにこれ以上の最悪な寝覚めは無い。
窓辺から差し込む朝日の爽快さすらデュランには皮肉なものだった。
(…なんだって今頃、あんな夢を視るんだ)
テンションを下げるような夢を視せた自分へ文句を垂れるものの、
すぐに想起の要因へ辿り着き、結局は自分に原因があるのかと、
またしても不満げに眉間へ皴を寄せた。
(親の原罪を子供が償うてんだから、それも皮肉なモンだよな…)
ドス黒い想念と共に浮かぶのは、銀槍を携えた喪服の少女。
共に旅する、哀しみを瞳の奥へ封じ込めた、レイライネスの少女だった。
「…チッ、だからこそ、ますますムカつくんだよなぁ…」
「むかつくって…何がですか?」
「――うおッ!?」
眉間に皴を寄せながら思い浮かべた少女の顔が目の前に現実として現れ、
想いも寄らない展開にデュランは呻いて肩をビクりと驚かせた。
「おはようも無しに、朝一番からなんですか、その態度は」
「しょーがないでちよ、リースしゃん。
びちぐそやろうはびちぐそやろうってことでち」
そんなデュランの態度に対して不機嫌そうに抗議するのはリースである。
ハードレザーの“喪服”を脱いでおり、淡い色合いのブラウスとスカートが朝の光に眩しい。
そんなリースの脇には、サロペットジーンズが幼さを強調するシャルロット。
普段着として愛用しているのだろうか、あちこちが擦り切れている。
「…朝っぱらから、それもメシ時に下ネタなんか言うんじゃねぇよ。
テンション下がるだろうが」
「あんたしゃんはあるいているだけでしもネタなんでちから、
いまさらテンションももなにもあったもんじゃないでち」
「朝っぱらから泣くか、てめぇッ」
「朝早くから喧嘩なんかしないでください、他の方々の迷惑ですっ」
「リースしゃんがそういうなら、けさのところはかんべんしといてやるでち」
すっかり飼いならされた感のあるシャルロットだが、それをせせら笑う事はできなかった。
なぜなら、シャルロット同様、リースの提案へ素直に従ってしまった自分がいたからだ。
いつの間にか従順の首輪を嵌められてしまっていたのか。
「チッ…、ますますムカつくぜ…」
誰にも縛られちゃいない、これは成り行きなんだと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、
情けないやら見苦しいやらでデュランの眉間の皺はどんどん深まっていった。
†
宿を出て目に飛び込んで来るのは、圧迫感すら覚える堅強な砦壁だった。
要塞じみた防壁の中に港町が存在しているためにモンスターの襲来とは無縁で、
穏やかで華やかな喧騒が朝も早くから至るところから聴こえてきた。
「それにしてもすごい都会ですね、ジャドは…。
【フォルセナ】もそうでしたが、まるで一年中お祭り騒ぎのような人の数に目が回ってしまいます」
「…頼むから俺と一緒にいる時に、そんな田舎者丸出しな発言はやめてくれ」
「田舎者とは失礼ですね。せめて世間知らずとオブラートへ包んでください」
「あんたがそれでいいなら考えるけどよ、それ、全然フォローになってねぇからな」
ここは、『イシュタリアの台所』と呼ばれるほど、世界中からありとあらゆる物資が流れ着く、
砦港貿都(デマーグ・ポルト)【ジャド】。
群青と帆船が白雲のキャンバスへ見事に一体化するロケーションの縁を
人々の活気とは正反対に重厚な砦壁が取り囲んでいるのが最大の特徴だ。
「海も生まれて初めて見ました。
物の本では読んだ事がありましたが、本当に塩じょっぱい風が吹くのですね」
「…頼むから俺と一緒にいる時に、そんな世間知らず丸出しな発言はやめてくれ」
「やっぱりデュランは失礼ですっ」
「どうしろってんだよッ! どうつっこめってんだよッ!!」
この港町から各地へ連絡船が出航しており、実際にデュランも武者修行の折には『ジャド』を拠点に据えていた。
その『ジャド』から、半日で今回の目的地である【聖都】へ到着する連絡船が出ている。
最も迅速に護衛を完遂できると判断したデュランの発案で一行は海路を、『ジャド』を目指したのだ。
「リースしゃん、くれーぷのやたいがあるでちよっ、いっしょにたべるでちっ」
目的地は同じなのだからと、シャルロットもいつの間にかちゃっかり旅路に加わっている。
リースは可愛い旅の仲間ができたと大喜びで迎えたが、
見るもの全てをリースのように魅了するシャルロットの真意とは、
旅路に加われば掴み損ねた亡霊退治の報酬も使い放題という、悪魔のような下心である。
それを見抜いているデュランの心中は複雑そのものだが、クライアントが歓迎する以上、
デュランもそれに従わざるを得ない。
(クライアント…か)
自分とリースの関係性を最も適切に表す『クライアント』という単語から、
シニカルな笑顔を浮かべたまま、流れる水の無い滝壺へ消えていった、
昨日の来襲者が思い出された。
「なにか心配事ですか? 今朝からずっと眉間に皺が寄っています」
「心配事なら尽きねぇさ。
昨日、“亡き大河の一雫”で出くわしたあの一人ギャング団。
あれは行きずりの強盗なんかじゃねぇ、あんたを確実なターゲットとして狙ってきた。
おまけに背後には何か得体の知れない連中まで控えてるような口振りだ。
…あんたを護衛しろと英雄王のオッサンから任された理由が今ならよぅく解るぜ。
あんた自身、どうやら狙われる理由も、狙ってくる連中に心当たりもあるようだからな」
『クライアントが、お姫様の仰る“あの者”かどうかは解かり兼ねますねぇ〜』
そのように来襲者は言っていた。
つまり、リースを直接狙う何らかの勢力・組織があると見なしてまず間違いない。
間違いないのだから、護衛が必要だし、これまで以上に警戒が必要なのだ。
「………………」
来襲者との対峙の折、
『あなたは、“あの者”たちの仲間なのですかッ!?』とリースが吼えた事は記憶に新しい。
その時の決然たる様子とはまるで正反対に、
今の話を聴かされたリースは一見でわかる程、表情を暗く落としていた。
「それはそうと、あんたの眉間からは随分と皺が失せたように見えるぜ?」
自分の言葉で気落ちしてしまったリースに対し、デュランはバツが悪そうに頭を掻いた。
女性慣れしていないデュランには、まして自分と同じ年頃の少女を慰める術など望むべくもない。
なんとか気まずい空気をかき消そうと、別な方向へ話題を振るのが精一杯だった。
「…そうでしょうか?」
「ああ、最初に逢った時は、この世の全てを鬱陶しく思ってるような、
そりゃあ深刻そうな表情(カオ)してたからな」
デュランのリースに対するファースト・インプレッションはずばり一言「辛気臭ェ」。
初対面の時は緊張のために気を張っていたのだろう、
アストリア村での騒動を鎮め、『不届き者』なデュランとも慣れ始めた以降は、
その辛気臭さが抜け始めてきていた。
未だに“喪服”を羽織っているので、100%とまでは及ばないものの、
それまでは意図的に排斥していたとも思える『年頃の少女らしさ』が
リースに芽生え始めていた。
あるいは、本来のリースとは、初対面の時のような怜悧でなく、愛らしい少女なのかもしれない。
「ちょうど、そう…シャルロットが同行し始めてからは特にな。
子供を相手にするのが好きなのか?」
「子供を相手にする、と言いますか、子供と一緒に『遊ぶ』のは好きですね。
六つ違いの弟が一人いますので、それで…」
「あぁ、なるほどな、それでか」
何事か得心がついた様子でウンウンと頷くデュランに、
納得された側のリースは訳がわからないと小首を傾げる。
「なにが『なるほどな』なのですか?」
「いや、随分と目下の相手するのが巧いと思ってな。
弟さんがいるなら、それも納得だ」
「それを言うなら、
デュランにも妹さんがいらっしゃるのではないですか?」
「はあ? なんでそんな事、解かるんだ?
俺、そんな自己申告したっけか?」
「いえ、シャルロットさんとじゃれる時、本当に楽しそうでしたので、
もしかしたらって…」
デュランにウェンディという名の妹がいるのは、リースの看破通りの事実だが、
別段、ウェンディに対してシスコン的な感情も、
シャルロットを通してウェンディを見ているつもりも無い。
にも関わらずリースのこの口調。上記の誤解をしているのは明白だ。
「別に楽しかねえや。
あんな歩く下ネタ蓄音機と喧嘩して何が面白いってんだよ」
『もしかしたら』に続く言葉を想像してみる。
“もしかしたら、妹さんが大好きなのかなって”。
そんな誤解を持たれているとすれば、硬派なデュランにとっては壮絶に心外。
リースとの雑談でようやく和らいだ表情が、即座に不機嫌なそれに立ち戻ってしまった。
「なにやってるんでちか、ふたりともっ!
さっさとこないとはりせんでおうふくびんたでこうかいしょけいするでちよっ!」
早くもクレープ屋台へ到着したシャルロットに急かされて、
リースは嬉しそうに明るい返事を返し、
デュランは口元をへの字にひん曲げ、背を折って姿勢悪くそれに随行した。
―――その時である。
「う、うわああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」
ブロックを隔てた向こう側のストリートからけたたましい絶叫と、
それに続いて耳を劈く凄まじい爆発音が轟いた。
「なっ、なにごとでちかっ?」
「―――チッ、さっそくおでましかッ!?」
すぐさまリースの前に立ち、ツヴァイハンダーを構える。
リースも瞬時に反応してデュランと背中合わせに【ピナカ】の矛先をまだ見ぬ暗鬼へ突きつける。
昨日の今日の襲撃だ、過敏とも言える程の俊敏さで周囲を警戒するが、
バットムのような噛ませ犬も、イヤミに嘲笑う襲撃者が姿を現す気配も無い。
「ちょッ…こらッ、離しなさいよッ!! あたしが何やったっていうのよッ!!」
「何もクソもあるかッ!
酒場を丸ごと吹き飛ばしておいて、言い逃れできるべくもないだろうがッ!!」
「吹き飛ぶような造りにしておくのが悪いのよッ!!
大体ッ、女だからってネチネチと絡んでくる店主にこそ問題があるんじゃないッ!
なのになんであたしばっかりがしょっ引かれるワケッ!? 理不尽じゃないのッ!!」
「理不尽ッ!? 人様の店舗を火炎魔法で吹き飛ばしておいて理不尽を盾に取るのかッ!?」
やがて黒煙上がるストリートから、
二人組みの獣人に両側から腕を絞められ連行される、今回の騒動の犯人と思われる少女が現れた。
テンガロンハットにタイトなプリーツスカート、
全身へ重苦しいまでにジャラジャラと施された装飾品の数々も去ることながら、
身体の線が浮き彫りになる、大胆なラバー質のレオタードが悩ましくも目を引く少女だった。
豊満な胸元には、破廉恥と言う他ないカッティングが入っており、
連行を見守る男性陣から黄色い歓声が上がった。
「…【ウィッチ(女魔法使い)】か。
さては乱闘騒ぎでも起こしたか」
「この【ジャド】でらんとうざたするなんて、
ずいぶんとだいたんなおんなでちね。
っていうか、まわりをみていない、ちょとつもうしんのごみためでち」
二人組みの獣人の内の一人が、オーナメントを施した樫の杖を持っている。
おそらくこの少女の得物だろう。
「あの獣人さんたちは…」
「初めて見るのか?
あいつらは【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】って言ってな、
この【ジャド】を拠点に活動してる、見ての通り獣人の集団だ」
「それがどうして、乱闘騒ぎの取締りを?」
「あいつらの事を説明し始めると長くなるんだが、
一言で言い表すなら、世界規模で活動する自警団ってトコだな」
「けいさつそしきっていいかたもあるでちね。
ほんらい、ちあんいじはけいさつけんをゆうするきしだんがとりしきるものでちが、
なかにはきしだんをようりつするだけのざいりょくもぶりょくももたない、
いわゆるじちくやしょうすうみんぞくのコロニーもあるわけでち」
「そうした護民官のいない地域を中心に、
大小各種の犯罪を独自に取り締まってる奴らだな」
「独自に? 自分たちの主観で…?」
「見てくれは厳ついが割と話のわかる連中だぜ?
揉め事さえ起こさなけりゃ普通に付き合えるし、
現に俺も何度も世話に―――」
「こんなの理不尽よッ」と喚いて理不尽さに激怒する本人が、
聴いている限りでは、最も理不尽な物言いをしており、
誰の目にも彼女にこそ全刑事責任があると確定的なのだが、
そこへ彼女の嘆く『理不尽さ』に怒りを抱いて立ちはだかる人間がいた。
「お待ちなさいっ!」
そうだ、忘れていた。
このお姫様は、自分の置かれた状況も省みず、
『困っている人』を助けようと無謀に飛び出す天然のトラブルメーカーだったのだ。
「その女性を解放しなさいっ!
言い分も聴かずに強制連行するなど、悪党にももとる行為と恥を知りなさいっ!!」
「やべぇッ!! おい、シャル、あいつを止めろッ!!」
「とめろったって、もうどうにもならないでちよっ!?」
慌てて止めようとした時には既に遅く、
銀槍【ピナカ】の飾り布を翻して獣人たちに向かっていくお姫様の残像のみが
デュランとシャルロットの眼前に霞んで消えた。
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