うんざりも、げんなりも超過した現在のデュランの面持ちはげっそりとしている。
「なんで俺がこんな目に遭わされなけりゃならねえんだ」
全身から憤りのオーラを溢れさせて天の女神へ抗議するも、
げっそりしてしまうこの現状が変わる奇蹟は万に一つも起こりそうにない。


「――もうそろそろ素直にならないか。
 せっかく用意したカツ丼が冷めてしまうぞ?
 それとも天丼の方がお好みか?」
「だからなぁ、何度も繰り返してっけど、
 俺らとあのネーチャンは何の関係もねぇんだよ。
 偶然居合わせたら、何を血迷ったか、
 ウチんとこの世間知らずが飛び出したって次第だ」


尋問を担当するのは、【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】八番組伍長を名乗る獣人、
ルガー・S・A・ウェッソンである。


「…状況証拠は出揃っているんだがな?
 待ち構えていたかのような絶妙なタイミングで助けに入るなど、
 計画犯罪としか思えない手際の良さだったが?」
「傍目で見ていて、自分でもそう思ったよ。
 でもな、これだけは言わせてもらうけどな、
 俺らはあの破廉恥ネーチャンとは、
 これっぽっちもな、いいか、これっぽっちも関係無ェんだッ!!」
「よし、冷めてしまった物の代わりに、新しいカツ丼を持ってこさせよう。
 なに、気にするな。我らを認めてくれた人々の義援から用意したカツ丼だ。
 しっかり味わって食べてもらえれば、何杯無駄になろうと構わない」
「思ックソ気にしろと言わんばかりの口上だな、オイッ!?
 無駄にする前に、さっさと白状しろってのかッ!?
 だったらもう新しいカツ丼も、冷めちまったコレも下げる必要ねえよッ!
 俺たちはあの破廉恥女に巻き込まれた被害者だッ!!」


獣人たちに引かれる乱闘少女を救おうと飛び出したリースだったが、
その後すぐに町中の獣人たちが集結、精霊と銀槍を駆使して孤軍奮闘するもあまりに多勢に無勢。
最後には公務執行妨害で捕縛されるという、最悪の結末に終わってしまったのだ。
それどころか、無謀なリースを止めようとしたデュランとシャルロットまで同罪と見なされた挙句、
獣人が【ジャド】の地下へ設えた屯所(事務所と宿泊施設を兼ねた基地)へしょっ引かれ、
今、こうして一つのテーブルを挟んで尋問官と向き合うハメに陥った。
ここでげっそりせずに、いつげっそりするのか。デュランの溜息は尽きない。


「知っているか?
 最近な、カツシチュー丼という新商品が発明されたそうだ。
 カツカレーの逆転らしいが、どうだ、試してみようじゃないか。
 すぐに手配するから、しばし待っていろ」


ほら、また一つ重々しい溜息。
まだまだ尋問は終わらない。















「あの…これはどういう事なのでしょうか?」
「しゃるがききたいところでちが、
 とりあえず、れいぐうされないだけめっけもんと、【イシュタル】へかんしゃすべきでちね」
「は、はあ………」


薄ら寒い密室で尋問を受けるデュランと大きく異なり、
リースとシャルロットは尋問どころか、引かれ者であるにも関わらず盛大な歓待を受けていた。
通された部屋も、【義】の一文字を書きなぐった掛け軸以外に華美な装飾こそ無いものの、
清潔感と奥行きのある所で、そこに用意されていたのはカツ丼ではなく、
鯛の尾頭付き、湯葉の吸い物といった、精進と贅を凝らした懐石料理の数々。
萎縮する間もなく、想像とのギャップに閉口してしまう二人だった。


「そういえば、さっきのじゅうじんしゃん…ルガーしゃんとかいったでちか、
 あのけむくじゃら、なんだかおもしろいことをのたまってたでちね」
「…えっと、『婦女子は社会の御宝。虐待するなど【義】に穢れを塗ると同義であります』…でしたっけ?」
「いつのじだいからやってきたんでちか、あのけむくじゃらどもは。
 あんなぜんじだいてきなどたまのもちぬし、
 しゃるがしるかぎりではおおむかしにぜつめつしてるでちよ。
 なんせんすきわまりないでち」
「身の安全を確保していただけたのですから、そこまで言っちゃうのは、ちょっと…」


時代錯誤な理念ではあるが、
女性に対しては最大限の敬意を払うのが獣人たちにとって冒さざる【義】のようだ。


「なんせんすといえば、あんたしゃんもなかなかにむちゃするんでちね。
 あんなかみかぜせんぽうでとっかんするなんて、
 いまどきデュランしゃんくらいとおもってたでちよ」
「…反省しています、本当に。
 状況が状況だけに短慮はするなとデュランにもきつく釘を刺されていたのですが…」
「しかたないでちよ。
 こきょうをりふじんにほろぼされたあんたしゃんなんでちから、
 りふじんなぼうりょくをゆるせないのも、ゆるせずにとびこむのも、
 デュランしゃんのぱわーばかあたっくより、ずっともせっとくりょくあるでち」
「―――ッ!?」


舟盛りの刺身に舌鼓を打ちながら事もなげに自分の秘密を言い当てたシャルロットに
リースは目を丸くして閉口した。


「あんたしゃん、【ローラント】のいきのこりでちよね」
「ど、どうして…」
「『どうしてそれをしっているのか』…でちか?
 いいとしこいて、しゃかいじょうせいにうといような
 ちゃらむすめとどうれつにみられるなんて、
 しゃるはひじょーにごりっぷくなんでちけど?」
「………………」
「【ローラント】が【アルテナ】の主導によってせめほろぼされたじけん、
 しらないほうがおかしいでちよ。
 はじめていっきょくしはいの【アルテナ】しゃかいにじょうとうをきめた、
 ゆうきあるけつだんのりふじんなけつまつ、だれもがむねにきざみこんでいるでち。
 しゃるのまわりも、みんなおおさわぎだったで――って、なんでちかそのかおは?」


つらつらと並べ立てるシャルロットへリースが抱く驚きとは、
自分の秘された過去を暴かれたという衝撃ではない。


「いえ、あの、だって、
 【ローラント】が陥落したのは10年前なんですよ?
 こんな小さなシャルロットさんがどうしてこんなに詳しいのかな、と。
 それに周囲の方々が大騒ぎしていたなんて、まるで当時を知っているかのような…」
「とうぜんでちよ、りあるたいむでそうぐうしたじけんなんでちから」
「は…っ?」


当たり前だと答えるシャルロットに、
明らかに実体験を伴わない年齢であろうシャルロットの博識にリースは目を丸くしていたのだが、
ここに来て更なる衝撃の展開が彼女を襲う事になる。


「あー…きかれなかったから、めいかくにせつめいもしなかったんでちたっけ。
 あらためてじこしょうかいするならば、しゃるろっと.B.げいとうぇいあーち、
 ことしで150さいになる【ハーフエルフ】でち。
 ふだんはさーきっとらいだーなんてあがりのすくない、
 くそったれなおしごとやってるしゃるでちが、
 おうちへかえればあいするだんなありでち」


キンダーガートゥンの園児を思わせる容姿にすっかり騙されていたリースだが、
自己紹介通り、シャルロット・B・ゲイトウェイアーチは、
人間に比べて緩慢に老いを重ねる自然界の貴種中の希少種【ハーフエルフ】である。
リースに隠された秘密を熟知しているのも、外見年齢不相応にマセた口調も、
全ては150歳という人智を超えた年齢に裏打ちされた、確かな経験によるものだったのだ。


「【聖都】はしゃるにとってまいたうん。
 いってみればむりをおしとおせられるほーむぐらうんど、ざ・じもとでち。
 あんたしゃんのもくてきがなにかはしらないでちが、
 しゃるがどうどうするかぎり、なにごともよしなに―――って、きいてるでちか?
 もしもーしっ?」
「………………………」


抱いていたイメージとのギャップのあまりの凄まじさに、
シャルロットの呼びかけも虚しく、リースは驚愕に茫然自失と固まるしかなかった。














「ったく、なんなのよ、あの毛玉どもはッ!
 レディに対して、あんまりといえばあんまりな仕打ちじゃないのッ!!
 年頃の娘と捕まえて、こんなくっさい穴っぽこへ押し込めるなんて、
 普通の神経じゃないわッ!! こっから出たら、目に物見せてやるからねッ!!」


リースとシャルロットが望外の歓待を受けている頃、
屯所の最深部に備え付けられた簡易な留置所では、
全ての発端になったと言えなくもない、【ウィッチ】の少女が
己の潔白と理不尽な対応に喉を枯らしてがなり声を上げていた。


「しかもッ! あたしが誰かだか、どんな身分の人間かわかっていながら、
 『身分は関係ない、悪さを働いた人間には反省が必要』ですってッ!?
 あったま来るわね、まじにッ!!
 なんのために上位種として生まれてきたのか、わかったもんじゃないわよッ!!」


同じ女性であるにも関わらずこの違い。
ちょうど頭上で豪勢な歓待が行われいると知れれば、
【ウィッチ】の少女は確実に「理不尽だ」と暴走した事だろう。
女性を御宝としてを重んじる獣人たちでも、
悪事を働いた人間にはその類例の限りでは無いという訳か。
それもまた一つの公明正大な【義】の在り方である。


「ねえ、そこのあんたもそう思わな―――」
「うるせぇッ!!
 次に癪に障る大声上げやがったら、女だろうとブン殴るぞ、コラァッ!!」


憤懣やるかたない【ウィッチ】の少女を、
尋問から一時的に解放されたデュランが鬼の形相で怒鳴りつけた。
留置所にはデュランとこの少女の二人だけ。
長い長い尋問によって、ただでさえストレスが溜まっていると言うのに、
留置所へ戻ってみれば、そもそもの発端がこの調子だ。
降り上がりそうな拳を押さえつけるのに全力を傾けなければならなかった。


「なによ、しなびたピクルスみたいな顔しちゃってさ。
 あんたはこの理不尽に文句無いわけッ!?
 この理不尽に噛み付く牙も無い軟弱男なわけッ!?」
「理不尽理不尽うるせぇッ!
 元はと言えばてめえが全部悪いんだろうがッ!!
 俺たちまで巻き込みやがってッ!! お陰でこっちは大迷惑だッ!!」
「誰も助けてくれなんて頼んでないでしょうが!
 勝手にしゃしゃり出ておいて、何様? 土下座でもして感謝しろっての?」
「あー、もーッ!! いいからてめえは黙りやがれッ!!」
「あんたに命令される筋合いなんか無いわッ!
 あー、もーッ!! あんたのせいで本格的に腹立って来たじゃないッ!!」


留置所に見張りらしい見張りは無いのが幸いだった。
反省の色が全く見られない口論を獄卒などに目撃されようものなら、
拘留期間の延長はまず免れまい。







「―――よし、決めたッ! 脱獄するわッ!!」


おまけにこの発言。
もしも聴く耳など立てられていたなら、
拘留期間の延長だけでは済まされなかっただろう。


「脱獄って、おい、頭おかしいんじゃねぇのか!?」
「こんな色気も何無いところでジッとしてられるあんたの頭のがよほどおかしいわよッ!
 もう限界ッ! もうごちそうさまッ!!
 あンの憎たらしい毛玉どもごと吹き飛ばしてやるわッ!!」
「お、おい…ッ」


止めようとした瞬間には、既に【ウィッチ】の詠唱は完了しており、
火を司る【サラマンダー】が彼女へ憑依していくのが見て取れた。


「派手にキメるわよッ!!
 【ファランクス(円熱に集いて金の理を覆せし炸剣)】ッ!!」


直後、大量の火薬を一斉に発破したような爆裂が巻き起こり、
留置所はおろか、世界の彩をも道連れに白熱させた。






(最近こんなんばっかだな…。絶対、これ、女難の相出てるよ)






炸裂の瞬間にデュランが嘆いたのは、
同じようなパターンで女性陣に振り回される自分の運の無さだった。






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