正面衝突がそのまま乱戦にもつれ込むのに時間は掛からなかった。
【あの者】と繋がるホークアイを逃すまいと真っ先に飛び出したリースに続き、
アンジェラとケヴィンは鼠のように素早いビルと、
デュランは自分と同じく巨大な刀剣を振るうベンに挑んでいった。
シャルロットは猪突猛進と化したリースのフォローへ回る。


「大火輪! 咲いて爆ぜろよッ!」
「―――くっ!?」


『クナイ』と呼ばれるナイフから繰り出される遠近両対応の剣法は
ツヴァイハンダーに勝るとも劣らない。
かすめ斬る速撃に加えて、数本のクナイを同時に投擲するなど、
バリエーションに富んだ戦術でリースを追い立てる。
しかも、ホークアイは全身にシークレット・ギア(隠し武器)を仕込んでおり、
隙をついて攻め入ろうにも、炸薬をしこたま詰めた球状の陶器を放り投げられ、
その爆裂に妨げられて間合いを詰めるのも容易ではない。


「さっさと観念しちゃえって。
 今日に限っては、前回見たく早々に退散するつもり無いんだからさ。
 ちょっと手荒なコトもやってのけちゃうかも?
 ほら、おれってば決める時は決めるタイプだもんよ!」
「ちゃらちゃらするしかのうのないうんこったれは、とっととだまるでちっ!」


シャルロットは光の精霊“ウィスプ”の魔力を借りた、
【クルス(妖羊祓う浄絶の十字白光)】――白光の熱線を射出ー―の魔法で
足止めを狙うが、それさえも軽い身のこなしで飄々と回避されてしまう。


「言いなさいッ! あの者たちはどこに…“あの子”はどこにいるのかッ!」
「前にも言ったでしょうが。
 おれは末端で動いてる人間なもんでね、
 そういう上層部のゴニョゴニョは知らないわけよ。
 あんたのお望みにゃ、残念ながら答えられないねぇ」
「―――ならば、あなたを人質に取り、直接コンタクトを図るまでッ!」
「おぉー、怖ッ! 覚悟決めたオンナノコは違うねぇ!
 でも、あれよ? 二面性全開のオンナノコは、おれ、嫌いじゃないよ。むしろ好み。
 どう? コレ終わったら一晩のアバンチュールでも?」
「戦いの場にあって、なんと無礼なッ!」
「リースしゃん、たんりょはだめでちっ!」


ヘラヘラと投げキッスまで飛ばす無礼千万のホークアイに、
シャルロットの静止も空しく、リースは完全に冷静さを喪失させられ、しゃにむに突貫する。
冷静さを欠いた一撃は単調で、軌道を読むのは容易い。
軽薄な弁舌は戦法の一つだ。
リースはホークアイの仕掛けた罠の深みにはまり込んでしまっていた。


「うおおおおおおああああああぁぁぁぁッ!!!!」
「オウさッ!!!!」


同じく一対一を演じるデュランとベンの攻防は、
耳を劈く激しい金打ち音と咆哮が絶えず木霊す死闘となった。
ビルの得物は、ツヴァイハンダーより幅は狭いものの、丈は遥か二倍近く長い“斬馬刀”なる刀剣だ。
細身ながらに絶対の強度を誇る刀身は、武器破壊を狙うデュランの重撃にビクともしない。
ツヴァイハンダーに比べて小回りの利く斬撃は次第にデュランを追い詰め、
普段の、胸のすくような勢いのある戦法を封殺されてしまった。


「オウさッ!!!!」
「クソッ、こいつ、厄介だぜッ…!」


ともすれば超重武器のツヴァイハンダーは圧倒的に不利だ。
リーチの面でも劣ってしまっている以上、相手の間合いの外から打ち込む事も出来ない。
唯一勝る幅の広さを盾にしての防戦が精一杯だ。


「ちょっ、ちょっ! 二人がかりとは卑怯が過ぎるんじゃないの!?
 こっちは一人だぜ!?」
「問答無用よッ、さっさと爆発四散しちゃいなさいッ!
 【ファランクス・デュオ】ッ!!」
「竜哮滅烈ッ! 【ドラゴニウム・フォトン・ヘヴンドライブ】ッ!!」


一方、ビルは人外魔境の域に達する二人の化け物相手に悲鳴を上げていた。
それもその筈、アンジェラの二連装の光爆とケヴィンの掌から放たれた闘気の光線を
たった一人で相手しなければならないのだから、たまった物ではない。
同時に襲い来る爆発からホウホウの体で断層の山道を逃げ惑う。


「逃げるか、卑怯者!」
「逃げるさッ! まともにやり合ったところで勝ち目全然無いものッ!」


見事なへっぴり腰で逃げ惑うビルへ追いすがるケヴィンだが、
逃げ足は一切無駄のない完璧な動きで、獣人の脚力をもってしても捕まえられない。






(こいつ、やるっ!)






背後から打ち込むのは【義】にもとる戦い方だが、
ここで一人でも仕留めておかなければ、長期戦必至のこの激突、先が厳しくなる。


「【ドラゴニウム・フォトン・ヘヴ―――………ッ!?」


闘気の光線で一気に勝負を決めようとした矢先、
ケヴィンの足元から黒光りするベルトが幾重にも飛び出し、彼の身体を拘束してしまった。
どれだけもがいても、獣人の身体能力をもってしても引きちぎる事が適わない。


「…ッ!? これ、なんだッ!?」
「特殊ゴム製の拘束具だ…ッ! 締め付ける相手の筋力に合わせて強度の増す、な!
 ふぅあー…、あっぶねー、あぶねー!
 もうちょい発動が遅かったら、二度と兄ィの顔を拝めなくなるトコだった…!」
「こいつ…トラップ使いッ!?」
「ご明察の通りよぉ。
 『まともにやり合って勝てない』なら、自分のフィールドにおびき寄せればOKなわけだ」


二人の鬼ごっこにようやく追い付いたアンジェラに、ビルが得意満面と言い放つ。
逃げの一手は姑息な手段でなく、れっきとした作戦だったのだ。


「やってくれたじゃない…! だったら次はこっちの番よっ!
 トラップを発動させる間も与えず瞬殺してあげるわっ!」
「ンなっ!? 世界のモラルリーダーの王女がなんて大胆発言!?
 でもさ、一つだけ忘れてないわけ?」
「なによ、なにを忘………っ」


アンジェラはそこまで言われて、ようやく自分の失念に思い至り、呻いて絶句した。
ビルの言う『自分のフィールド』でケヴィンが戦闘不能状態にされてしまった事、
その『自分のフィールド』に足を踏み入れてしまった事。
一歩でも動けば、微動でもすれば、どんな罠が発動するかわからない窮地へ
自ら足を踏み入れてしまったのだ。


「ヘタ打たないのが得策ってもんよ、王女サマ。
 対人地雷を初めとして、
 俺の合図一つで作動するビックリドッキリトンデモトラップが
 辺り狭しと埋まってるからよ」
「くぅ…! 揃いも揃ってアンタらは性根の悪い連中ねッ!」


悔しさに地団駄も踏めず、ギリギリと歯噛みするしか出来ないアンジェラ。
戦局はいよいよ暗礁に乗り上げた。
リースもシャルロットも、ホークアイの奇術に翻弄され、
デュランは決め手を封殺されて防戦を強いられ、
人外魔境として最大の活躍を期待されたケヴィンとアンジェラも戦闘不能化されてしまった。
五人が五人打つ手の全く無い、絶体絶命の危機。


「カール、こうなったら、お前だけが、頼りっ!
 思う存分、暴れてッ!」
「―――なんや今頃ンなって出番かいな」


危地にあって頭以外の自由を奪われていたケヴィンが、
頭の上にしがみ付く相棒のカールへ声を掛けると、
事もあろうにこの子犬、突如として人語を喋り始めた。


「―――え?ッ!? そのワンコ、喋んのッ!?」
「誰がワンコじゃ! じゃかしいわッ!!」
「はい―――ッ!?」


それまで「わふっ」と実に犬らしい鳴き声しか披露していなかった子犬が
突然、人語を、それもひどくなまった方言を使い始めた事に目を見開いて閉口したビルへ、
カールが犬歯鋭い口から大量の炎を吐きかけた。


「なッ、なんだ、なんなんだ、あの犬ッコロ!?」
「犬言うなっつうとろうがッ!! どつきまわすぞ、ジャリタレッ!!」


ケヴィンの襲来という想定範疇外の出来事も難なく持ち直したホークアイだったが、
こればかりは予想以前の問題だ。
唖然と硬直するホークアイへ襲い掛かったカールの背中には
いつの間にかペガサスを思わせる立派な双翼が生えていた。


「オウさッ!!!!」


ホークアイへ爪牙を突きたてるべく、
文字通り風を切って飛び掛かったカールを叩き落そうと斬馬刀を振り下ろしたベンも
「邪魔じゃッ!」と強靭な尻尾で一蹴されてしまった。


「な…ななな、なんだよ、あいつッ!?
 もうなんか、進化論も動物学も全部無視しちまってるぞッ!?
 なんで急に人間語喋んだよ!? なんで急に羽根が生えてくんだよッ!?」
「よくわからないけど、あれ、カールの、スキル」
「スキル(技術)の一言で説明し切れる問題かよッ!?」


地上の常識をはみ出した大立ち回りで
あれほど苦戦を強いられたホークアイ一味を瞬時に片付けてしまったカールに、
デュランはこれまで感じた事のない戦慄を覚えた。


「うわッ、こっち来んなよッ!!
 ってゆーか、お前、まじでこの世界の生き物かッ!?
 明らかに間違ってんだろ、デタラメだろ、色々とッ!!」
「グダグダ抜かしてる暇があるんなら、念仏でも唱えとかんかいッ!!」
「―――ッくそ! ビル、ベン、この場は離脱するぞッ!!」
「は…はいなッ」
「オ…オウさッ」


カールの爪牙が直撃する瞬間、四方八方で同時多発的な爆発が起こり、
巻き上げられた砂塵が全ての視界を土色に遮蔽した。














ビルの仕掛けた対人地雷を一斉に起爆し、
その混乱に乗じたホークアイ一味の逃亡こそ許してしまったが、
なんとか窮地を脱する事はできた。
思った以上の長期戦となり、シャルロットの魔法によって傷の治療が済む頃には
夜も明け、朝日が差し込み始めていた。


「まあ、アレだ。
 事情はよくわからねぇが、お前らのお陰で助かったよ」
「お礼なんて、いらない。
 オイラ、デュラン師匠の力になれれば、それで嬉しい!」
「わふっ!」


常識外れの恐怖を思う存分体現したカールも、
今は背中の双翼を仕舞い、平素の通り、ケヴィンの頭上で犬らしくしている。



「…ところで、なんで俺が“師匠”?」
「【ジャド】での決闘、ウヤムヤに終わったけど、
 続けてたら、オイラ、絶対に負けてた。
 自分を負かした相手、師匠と仰ぐ、これ、獣人の掟」
「それで…師匠…?」
「それだけ、違う。リースの事情、聴いて、わかった。
 オイラと闘ったのも、自分が逃げるためじゃない、リース、護るため。
 師匠の心意気、オイラたちが貫く、【義】と同じ。
 だから、見習いたい。そのために、オイラ、師匠に随いてく」
「随いてくる!? 本気かよ…」
「モチの、ロン!」
「わふッ!!」


結果的に今度の襲撃は、ケヴィンとカールの援軍無しには凌げなかったし、
なにより圧倒的な戦闘力を誇る獣人(と規格外の魔犬)が加わってくれれば心強い。
心強いのだが、お世辞にも誉められるような性情ではないデュランなので、
『師匠!』などと慕われるのは、嬉しくないわけではないが、
内心、こそばゆくて仕方無かった。


「…わーったよ。
 断って諦めるガラじゃなさそうだしな、いいよ、来いよ」
「ホント!? やったッ!!」


毛むくじゃらな耳をピクピクと動かして感動を表すケヴィンに気付かれないよう、
「おかしな連中にばかり付きまとわれる」と苦笑を噛み殺すデュラン。


「すっごッ! 昨夜の星空もすごかったけど、なによ、朝日だってすごいじゃないの!
 いくつ隠し玉持ってるわけ!?」
「ついさっきまでしにかけてたというのに、げんきというか、げんきんというか、
 しょうじき、ここまでくるとうざいいがいのけいようしがみつからないでち」
「…こんなに美しい朝焼け、久しぶりです…」


その脇では、切り立った山岳から眺望できる、
焼け付くような朝日の雄大さに感動する女性陣の溜息。


「…やれやれ、暢気なモンだぜ…」


無邪気な三人娘の姿に、とりあえずは安息を取り戻したと実感し、
長い夜の明けに思いっきり伸びをした。













デュランたちよりも一足早く下山した一味だったが、
ビルとベンの傷を重く見たホークアイの判断で、
次の一手を打つ前に休息を取る事になった。


「兄ィ、どうするんですかい?」
「どうするって…このまま引き下がれば、“あいつ”を助けられなくなる。
 だったら、やるしかないだろ?」
「オウさ…」


やるしかないと分かっていても、仲間の傷は思った以上に深そうだ。
次に向かうとすれば【聖都・ウェンデル】だが、
この状態では、奇襲を仕掛けたところで手痛い結果に終わるのは火を見るより明らか。
完璧なアドバンテージは、見事、カールによって覆されてしまっていた。


「なんとか…するさ…ッ」


きつく拳を握って次の妙策を練るホークアイの姿は、
余裕も何も無い、追い詰められた窮鼠さながらである。
その煤けた背中では、自分たちを小高い一本木から見下ろす影があると感付くべくも無い。


「なんとかする、だと?
 愚かな………砂の掟から抜けた者にあるのは、昏き死のみだ」


サンド・ベージュ(砂塵の彩)のスカーフで口元を覆った青年の鋭い眼光は、
かつてホークアイが同じ情況でリースに向けた物とは異なる、
敵意と殺意に満ちた、猛き鷲のそれだった。


「終わりと始まりの集う場所…【聖都】。
 そこがお前たちの帰結点と思え、………仇敵(とも)よッ」


舞台は【聖都】へ。
七条の運命が交錯する【聖都・ウェンデル】へ舞台は移る。
サンド・ベージュの猛鷲が宣告するように、
運命上へ待ち構えるのは【死】か、それとも………―――






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