【終わりの始まり】が開門された頃、
極冠なる悪魔の顎では、蠢く黒影どもが哄笑を高らかに打ち鳴らしていた。


「【ナバール魁盗団】の兵卒は首尾よく【太母】の郎党へ潜り込んだようだな」
「仰せの通りにございます。
 …ホークアイと申しましたか…、あの男も、よもや事ここに至るまでの経緯が
 全て我らの思惑通りとは想像も尽きますまい」
「情にほだされ、情をかけられたのみで、
 かつて命を狙った者どもを信じきり、行動を共にするとは、
 我らが【共産】の天秤へかけるまでも無い矮小な存在よな。
 …手の平にて踊るマリオネットとして見れば愛玩には足るモノか」
「新たな同胞を得て意気揚々と踊る道化師か。
 ファファファ………無知とは罪だが、その罪も我らの手繰る絃よ」
「蒙昧なニンゲンを篭絡するなど容易い事にございます。
 全ては盟主の思うがままに…」
「うむ、祝着であるぞ、“美獣”、“邪眼の伯爵”」
「「―――身に余るお言葉にございます」」


一筋の光明すら差し込まぬ奈落の底に揺らめく三柱の威容は、
待ち焦がれた局面の流動に喝采を送った。
賞賛を授与された“美獣”と“邪眼の伯爵”は跪きながらも肩を震わせ、全身で悦びを表した。

『全ては盟主の思うがまま』………ホークアイによるリースの誘拐未遂も、イーグルの奇襲も、
奈落より這いずるモノどもが視せた悪夢というのか。
真実を探ろうにも、奈落の闇は、それすら覆いつくすほどに黒く、昏く、深い。
かのモノたちが目論見も、リースを【太母】と呼ぶ動機すら、この闇の前には見出せない。













「盟主のお歴々は、お二方をベタ誉めでしたなぁ〜」
「………貴様か。“死を喰らう男”」


盟主の玉座を辞した美獣と邪眼の伯爵へ白々しい手もみで擦り寄ってきたのは、
暗黒の支配する回廊にはまるで不釣合いな道化師、“死を喰らう男”だ。


「我らは【支配階級魔族(サタン)】よ。
 下等種なるニンゲンの壟断など造作もない」
「ひゃは♪ そのような高位の御業、
 【リビングデッド】の私にはとてもとても真似ができませんな」
「…何を言う。貴様は生あるニンゲンの代わりに、
 死せる屍人形(カバネ)が思うがままではないか」
「滅相もありませんよ。
 【ネクロマンシー】などは所詮、堕ちた外法でございます」
「いけしゃあしゃあとよく謂う………」


【サタン】とは、【魔界】へ棲む魔族のヒエラルキーを表す位階の中で最高位のモノだ。
階位名通り、中流、下流のあらゆる魔族を従え、備えた魔力は他の追随を許さないまでに強大無比。
奈落にて【セクンダディ】を冠するに相応しい存在と言える。

毒蛇のように絡まる二人の【サタン】が、支配階級に座する魔族が
まるでふざけた道化師を侮る事なく同列に認め、一目を置いているのだ。
道化師が得意とする【ネクロマンシー】なる外法は、珍妙な風体にそぐわぬ威力を秘めているのだろう。
彼もまた、【セクンダディ】に名を連ねるに相応しい存在なのだ。


「戯言はここまでにして、
 【太母】の道標たる【早贄】はどうなっている?」
「“不浄なる紫槍”サマがしゃかりきお世話を」
「【早贄】の世話役として、これ以上の適役はいないわね」
「オマエの言う通りだ、美獣。
 …美貌と違わぬ知性が今宵も私の心を掻き乱す…罪作りだな、オマエは」
「…こんなに凍てついた回廊にムードを求められても困るわ。
 私たちを包み込んでくれるのは、ガルダの懐のように柔らかで温かなシーツだけよ」
「何を言う。互いを包み込むのは互いの体温のみだ」
「ワタクシめの体温も重ねれば、
 いやいやどうして、躯を焼いて焦がす弔いの焔にも勝るアツアツとなりましょうね♪」


自分の存在を忘れたように絡み合う毒蛇の間へ無理やり割って入り、
契りを邪魔され眉を吊り上げる二人をカラカラと笑い飛ばすその姿は、
まさしく道化師そのものだ。


「………不躾な男め。
 時と場所を考えてもらいたいものだな」
「ホッホッホ…そちらさんこそ、時と場所を考えてくださいな。
 ワタクシもそれなりの好色ではありますが、
 奈落を共にするお仲間のカラミを出歯亀するほど趣味はヨロシクないので。
 お楽しみは、ひとまずワタクシの報告を聞くまでお預けの方向で♪」
「前置きは良いから手短に済ませてくれ。
 …長話に付き合える程、この身を這いずる快楽の波は温い物ではないのでな」
「フフフ…言ってくれるわね。
 壊されないように、こちらも留意しておかないとね…」
「ハイハイハイハイ、このままだとラチが開きませんから!
 …【太母】らは昨日から自由都市マイアで船舶を捜し求めているようです」
「次なる目的地が目的地だけに、その運びとなるのは当然だな。報告されるまでもない」
「我々と不浄なる紫槍サマ以外の【セクンダディ】は、
 【ガラスの砂漠】地帯へ例のモノの採掘へ向かわれました」
「………【マナ】の採掘か」
「いかにもいかにも」


口をついて出た【マナ】という単語に、顔を顰める邪眼の伯爵。美獣もそれに倣った。


「【旧人類(ルーインドサピエンス)】の技術などを今更復古させて、
 あの者たちはどうするつもりなのだ」
「あの者たちは私たちとは根本的に違うのだから、考え方が異なるのも仕方無いわ。
 ニンゲンにはニンゲンなりの手法があり、それをもって盟主らへ仕えようとしている。
 …【共産】へ至る道筋が幾重も用意されるに越した事は無いでしょう?」
「盟主がお許しになっているのだから、私もあえて口出しはすまいが、
 あの者たちは自らが求める【マナ】が如何なるモノなのか、
 千年の昔から今日へ至るニンゲンへ如何なる痕を遺したのか、理解しているのか?」


醜悪な汚物を蔑むかのように【マナ】という単語は、暗黒の回廊へ吐き捨てられた。





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