「デカい都市だからって、
 オノボリさん発言はすんじゃねぇぞ、リース」
「しっ、しませんよ、もうっ! 失礼です、デュランっ!」
「さっきまでおおぐちをあんぐりあけて
 びっくらこいてたひとのせりふじゃないでちね」
「シャルロットさんまでぇ!」


未だにまみえぬ奈落の七連宿【セクンダディ】と同じく、
“旧人類の技術”の名を冠した【マナストーン】を求めるデュランら一行は、
彼方の水平線を渡る船舶を求め、あらゆる貿易船が行き交う自由都市【マイア】へやって来た。
それと言うのも、


「【マナストーン】の所在はワシにも掴みかねるが、
 遥か東の海に浮かぶ孤島【黄昏の火山】に住まう賢者ドン・ペリ殿ならば、
 あるいは古代の秘宝にも通じておるやもしれん。
 まずは全知の賢者を訪ねるところから始めてみるがよい」


というルサ・ルカの助言に基づく進路だった。

加えてここ【マイア】にはホークアイの仕事仲間が常駐しており、
その者の手筈で【黄昏の火山】へ渡る船舶を調達できるかも知れない。
…盗賊の『仕事仲間』である以上、イリーガルな匂いを感じずにはいられないが、
ここでヘタな口を出せば、せっかくのお膳立てが水泡に帰すかも知れない、と
あえてデュランは何も言わなかった。


「【ウェンデル】からは別行動としやしょう!
 俺とベンは隠密となって、兄ィたちのサポートに回りやすッ!」
「オウさッ!!!!」


パーティよりも一足先に【マイア】へ入っていたビルとベンのコンビの尽力で
程なくその可能性は実現の運びとなり、現在は船の準備が整うまでの間、
世界中から集まった、何もかもが揃う自由都市を散策する事になったのだ。
もちろん今回の散策は【ウェンデル】のような行楽中心ではなく、
船旅用の資材を揃えるという大切な下準備―――の筈だが、


「それじゃアタシたちはアタシたちで行動するから」
「…はぁ? お前な、今日は遊びに来たんじゃねえんだぞ?
 そこらへん、わかっ―――」
「―――そんじゃ、暗くなったら宿で合流しましょ♪ バ〜イ」
「あっ、あの、アンジェラさんっ? 私はデュランたちと―――」


自分本位を絵に描いたアンジェラにまともな団体行動を望むべくもなく、
行楽気分の全く無いリースを引っ張り、勝手に雑踏の中へ消えて行ってしまった。


「シャルはいきたいところがあるんでち。
 しょんべんくさいおぼこのあいてなんかごめんこうむりすけでちっ」


女性チームという事で連れ去られそうになるも、
シャルロットだけは何とかアンジェラの魔手を逃れていた。


「…ったく、しょうがねえな、あのお姫様は…。
 ケヴィン、悪ィが、あいつらに随いてってくれ。
 トラブルメーカーをコンビにさせるのは、
 胃が穴でボコボコになるくらい不安だからよ」
「うん、承知ッ!」
「やれやれ…ワシぁ、ガキ三匹のお守りせにゃならんのか…」


カールは最後までブツクサと不満を漏らしていたが、
尊敬するデュランに頼まれたとあっては、ケヴィンの気合いは並々ならないまでに高まる。
意気衝天で「行こう、カール!」と姿すら見えなくなった二人の後を追った。
例え姿が見えなくても、人間よりも遥かに鼻の利くケヴィンの事だ。
確実に二人を発見してくれるだろう。


「………お前に行けとは誰も言ってねぇよ」
「―――あら、残念。女の子のエスコートなら誰より慣れてるんだけどな」


フラフラとケヴィンの後へ続こうとするホークアイの襟首を掴んだデュランは、
彼女たちとは反対の方向へ足を向けた。
アンジェラが向かったのは繁華街側、デュランが向かうのは雑貨店が軒を連ねる区画である。













獣人ならではの身体能力を発揮(主に鼻)して、
すぐさまアンジェラとリースを捕まえたケヴィンは、
なんとかデュランらのもとへ戻るように説得するつもりだったのだが………


「あ〜ん♪ カ〜ワ〜イ〜イ〜♪
 ガッチガチのデュランと違って、
 ケヴィンは可愛いから何着せても似合うわぁ〜♪」
「ううう〜」
「ほほう、孫にも衣装やな、ケヴィン」
「うううううう〜」


意気衝天の決意も空しく、入り込んだブティックにて、
見事に女性陣の着せ替え人形にされてしまっていた。
ビラビラにフリルの付いたドレスをアンジェラに無理やり着せられ、
カールにはニヤニヤと冷やかされ、ケヴィンは恥ずかしいやら情けないやら、
毛むくじゃらな耳がヘニャっと折れてしまっている。


「リ、リース、お願い、助けて…」
「………………………」
「リース? どうしたの、なんだか、顔、赤い」
「あ、あ、ああああああの、
 ケヴィンさん、こちらの服には興味ありませんか?」
「へッ!?」
「あら♪ リースも意外と好き者なのねぇ〜♪」
「好きとか嫌いとかそういう問題じゃありません、これは必要事項ですっ。
 似合うモノを似合う人に着せてあげないと、洋服もモデルさんも可哀想ですっ。
 例えば引き締まった身体つきのケヴィンさんには、こちらのキャミソールをオススメですっ。
 白と青の鮮やかな色合いが、ときめきのロイヤルストレートフラッシュを炸裂させてくれますっ。
 ………私たちにっ!!」
「リ、リース、壊れたッッッ!?」


なんと良識ある筈のリースまでもが、小洒落たキャミソールを手に迫るものだから、
ケヴィンを災難から救ってくれる者は誰もいない。
どんな魔獣にも肝を冷やした事のないケヴィンが戦慄を覚えるほど、
リースの勢いと目つきの怪しさは尋常ではなかった。






(………し、師匠…オイラ、ヨゴされちゃった………)






あとどのくらい我慢すれば、この生き地獄から抜け出せるのか。
そもそも本当に脱出できるのか。
考えるほどに磨耗していく精神に肩を震わせるケヴィンだったが、
こうした弱々しい仕草が女性陣(特にリース)の嗜虐心を駆り立てる事に、
彼はまだ気付いていなかった。
ケヴィンの災難は、まだまだまだまだ続く。













ケヴィンが身体を弄ばれる一方で、
早々に船旅の準備を終えたデュランら三人は、
宿でボサッと女性陣を待っているのも時間の無駄だと、
シャルロットがお目当てにしていた【行きたい場所】へ赴き、
そのあまりに凄まじい光景に、溜息を漏らして、しばし放心してしまった。


「これが【るーいんどさぴえんす】のいさん、
 つうしょうするところの【まな】でち」


そう説明するシャルロットの声も、
これはあの世の世界のモノではないのかと、
信じられないといった風に目を瞬かせるデュランには既に届いていない。

目の前には、騎士が身にまとうような鋼鉄の甲冑。
長い年月、砂中へ埋もれていたために至る箇所が錆付いてしまった、鋼鉄の甲冑。
しかし、全長は人間のそれを遥かに凌駕し、見上げて首が痛くなるまでに長大だ。
【カタストロフ・バロン(悲劇的終末を予言する甲冑男爵)】…とディスプレイには説明書きされており、
40メートルもの巨大さが数字として押し迫ってきた。
しかもこの甲冑、【旧人類(ルーインド・サピエンス)】の時代には、
自足歩行し、全身に仕込んだ銃火でもって都市を制圧した自走機械らしいのだ。

人型の機械といえば、くるみ割り人形くらいしか知らないデュランには、
いや、【イシュタリアス】に暮らす人類には、
およそ現実の出来事として受け止める事はできまい。


「【マナ】…【the Matter of the Anti-Nativity Alchemy】の略称だな。
 直訳すると、“自然界とは極めて異質な錬金技術の産物”ってトコだったっけ。
 こうしたトンデモ機械を総称して、【マナ】って呼ぶんだよな」
「ほう、なかなかくやしいでちね、あんたしゃん。
 そういえば【なばーるかいとうだん】のほーむぐらうんどは【がらすのさばく】ちたいでちたね。
 あのすなのうみは【まな】のさいくつぽいんととしてゆうめいでちからね、
 あんたしゃん、まさか【まな】のみつばいなんかにてをだしたりなんか、してないでちょうね?」
「コメントを控えさせていただきま〜す♪」


【マナ】…ホークアイの言葉にもあったが、
正式には【the Matter of the Anti-Nativity Alchemy】。
【旧人類語】で“自然界とは極めて異質な錬金技術の産物”という意味を持つ鋼の機械群。

【イシュタリアス】における錬金術は、「卑金属を貴金属へ置換する」といった類の、
学術・研究の領域を出ない水準のモノだし、
一般的に広く流布される機械と言えば、水車や機織(ミシン)などが当たる。
人力、あるいは風力や火力によって稼動するモノを機械と呼び、
主として木材を用いて組み立てられるのが、世界の常識である。
銅や真鍮と複雑な体系をもとに造型する“カラクリ”と呼ばれる特殊な機構のモノも存在するが、
それはまた例外中の例外だ。
世界の大前提となっている常識に対して【マナ】の威容は何たるモノか。

材質の殆どが鋼鉄製であり、人力を必要とする事なく自動する機械、【マナ】。
メートル単位の分厚い鋼鉄を加工する技術も、
それを動かす動力すら存在しない【イシュタリアス】の人類から見れば、
祖先の遺したモノとはいえ、“自然界とは極めて異質な錬金技術の産物”と捉えざるを得まい。

だからこそ、【エキスポ・マナ】…各地から採掘された【マナ】を集めた博覧会の来場客が
皆一様に呆けて見入るのも無理は無いのだ。
シャルロットの案内でやって来たデュランですらこの反応なのだから、
やはり人類にとって鋼鉄の機械は異質物。
“自然界とは極めて異質な錬金技術の産物”なのだ。


「そういうシャルこそ、【マナ】のついてやたらめったら詳しいんだな?
 どっかで勉強したのか?」
「べんきょうといえば、べんきょうでちかね…。
 シャルが【さーきっとらいだー】としてせかいじゅうをたびしていることは、
 あんたしゃんにもおはなししたでちね?」
「そこは聴いたけど、【巡礼神官(サーキットライダー)】って、
 教会の無い山村とか回る神官のコトだろ?
 それこそ【マナ】とは正反対に無関係なんじゃないの?」
「さきばしってけつろんだしてんじゃねーでち、このあおびょうたんが。
 【さーきっとらいだー】というのはあくまでかせぎをえるためのしょくぎょうであって、
 じんるいのしふくとへいわをねがうのがもくてきではないでち。
 くそみたいなたにんのしあわせをどうしていのらなけりゃならないんでちか」


あのルサ・ルカ(祖母)あって、このシャルロット(孫)ありという証拠か、
聖職者にあるまじき暴言を吐き捨てた。


「コイツのダンナがな、【マナ】の研究者なんだよ」
「ダンナぁっ!?」


ようやく【マナ】の衝撃から立ち直ったデュランが、
シャルロットの説明で足りない部分を補足した。
『ダンナ』という言葉に最初こそ驚いたホークアイだったが、
身なりは幼稚園児そのものでも、シャルロットはれっきとしたハーフエルフで、
パーティ最年長の150歳なのだ。結婚していてもおかしくはない。


「ヒース・R・ゲイトウェイアーチって名前でな。
 そいつも【巡礼神官(サーキットライダー)】として世界中を飛び回ってる。
 ヒースとは、まあ、ダチみたいなモンだな。
 何度か仕事を一緒にこなした事もある、優秀な神官だよ。
 コイツもヒースを手伝って世界中を回り、
 【マナ】に関する資料を探索してるって目的(ハナシ)―――だったよな?」
「でゅらんしゃんも、なかなかおべっかじょうずになりまちたね。
 よちよち、あとでごほうびあげるでちよ」
「優秀かどうかは置いといて、
 見た目幼女とよく結婚しようと思えたな、ヒースさんとやら。
 間違いなく犯罪だろ、見た目にはさ。
 あ! わかった、アレか、眉唾な【マナ】なんか研究してるくらいだから、
 趣味も人並み外れてエキセントリックな―――づぁッ!?」
「よなれしてるようでじつはじゅんじょういっちょくせんなちぇりーぼーいが
 あてすいりょうでしったようなくちをぶったたくんじゃねーでちッ!!」


独断と偏見に満ちたホークアイによる“ヒース像”の推察は、
怒りに満ち満ちたシャルロットのハリセンによって粉々に打ち砕かれたが、
口を挟めばとばっちりが飛んでくると警戒し、あえて知らぬ顔を通すデュランの様子に、
自分の推察が間違いでない事を確信した。













ビスクドールさながらに女性用の衣服をとっかえひっかえ着せ替えられ、
玩ぶだけ玩ばれたケヴィンは鬱屈…どころか目の前の幸福に喜び輝いていた。
悲喜こもごものブティックから移って、今は小洒落たレストラン。
席に着いた三人と一匹のラウンドテーブルには、何皿も何皿も山盛り特盛りの料理が運ばれており、
鼻先を刺激する香辛料の匂いにケヴィンの腹の虫が大きな音を立てた。


「こ、こ、ここここここれ、ホントに、全部、食べていいのッ?」
「どーぞどーぞ♪
 ココの払いは全部あたし持ちなんだから、なんにも気にせずガッツリいっちゃって!」
「大判振る舞いやな、お姫様」
「おカネは鼻紙にするくらい余っちゃってるからねェ♪」


アンジェラの言葉を待ってましたと言わんばかりに、
ビフテキを、サラダを、ピッツァを、口いっぱいに頬張るケヴィン。
野生児を体現するワイルドな食べっぷりだが、いかんせん、
ゴシックロリータ調のフリルドレスを着せられたままでいるので、
他の客の好奇は、豪快な食べ方ではなく女装(しかも似合っている)へ集中していた。
リースに至っては、瞳をうるうるさせてケヴィンに見入り、
先ほどから鼻血を二度、三度と噴いている。
そんな周囲の視線とリースの隠れた一面に気付かず、ケヴィンは黙々と食事へ箸を伸ばし続けた。


「リースも、ほら、ケヴィンが可愛いのはわかったから、そろそろ食べましょ?
 せっかくのペスカトーレが冷めちゃうわよ?」
「あ、は、はい、すみません。
 あの、あと五分だけ待ってください」
「………鼻血、また垂れ始めてるから」


流麗な山脈を思わせる可憐な鼻立ちから一筋、二筋と鼻血が滴る様子は、
滑稽を通り越して不気味である。
鼻血が垂れる当の本人は、そんな物はお構い無しにうっとり恍惚となっているのだから、
やはり不気味以外の何物でもない。


「ケヴィンさん、鼻にステーキのソースが飛んでいますよ?
 今拭き取ってあげますからね」
「ヒトの鼻をどうこう言う前に、
 あんた、自分の鼻血をどうにかしなさいよ」
「―――おわー、これもうペスカトーレやのうてナポリタンやで。
 ドラキュラ伯爵が舌なめずりしそうなカラーリングになってもうた」


“とうとうたあらりとうたらり”と流れ続ける鼻血を拭おうともせず、
ソースの付着したケヴィンの鼻頭をハンカチで綺麗にしてあげるリースには、
既に周囲の情況も、自分の状態も眼中へ入ってなどいないのだろう。
アンジェラとカールが思い切り引きつるのも無理はない。


「意外だったわ〜。
 リースがショタコンだったなんて」
「ショタ…なんですか?」
「………小さい男の子が大好きな性癖言うこっちゃ」
「この間、言ってたけど、六つ違いの弟さん、いるのよね?
 やっぱり弟さんにも、ケヴィンみたいに女の子の服とか着せてたりしたの?」
「? それくらい普通ではないですか」


断じて言うが、それは普通ではない。


「私の小さな頃のお下がりをよく着てもらっていたのですが、
 なぜだか決まってライザに叱られました」
「ライザ…さん?」
「あっ、ああ、すみません。
 ライザというのは、私の保護者…と言いますか、お姉さんです」
「…いや、そいつを聞いて安心したわ。
 少なくとも姉さんはノーマルな神経の持ち主らしいのう」
「ホントにねぇ。
 お姉さんまでソッチ系の人だったら、
 弟さん、思春期を前に早くもグレてるわよね」
「? お二人の仰る意味がわかりませんが………
 確かにライザは厳しくて、優しい人でした―――」


『でした』と過去形に姉の横顔を語るリースの表情が会話の途中で固まった。
向かい合って座っていたアンジェラは、何事かと彼女の視線上を振り向き、
窓の外にリースが思わず硬直する要因を見つけて重苦しい溜息を吐いた。
ケヴィンとカールもすぐにその要因を発見し、同じく眉間に皺を寄せている。


「………人買い…やな」
「―――人買いッ!?」


レストランの窓の外に見つけてのは、
まっとうな職業に就いているとはとても思えないゴロツキ風の男に
手首を拘束する鎖引かれる、年端もいかない少年の後姿。
ボロボロに擦り切れたの衣服から除く地肌には、
窓を隔てた遠間からも無数のアザと傷跡も見受けられる。


「この街の名前、わかってるわよね?」
「自由都市…マイア、ですか?」
「そう、【自由】都市。
 交易も、商売も、なんでも自由の華の都ね」
「【自由】、そう、なんでも好き放題っちゅうわけや。
 ………ここまで言うたら、わかるやろ」
「【自由】には、裏と表の顔がある…という事ですか?」
「ご名答。この港町の栄えの大元は、
 あらゆる束縛を受けず、あらゆる物資が集まる自由貿易にあるわ。
 でも、なんでも【自由】だけに、必ず悪徳の影がちらつくのも事実」
「………………………」
「売り物になるのも、買い物するのも、
 【自由】だから物資に限定される事はない。
 人身売買ばかりとちゃう、ご禁制の麻薬の売買かて
 往々としてまかり通っちょるんが、ここ、マイアなんや」
「そ、そんな、“悪徳の栄”、
 どうして【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】が放っておくのですかっ?」
「そこ、いちばん、複雑…」


豪快に動いていた食指を止め、
やりきれない表情でケヴィンが毛むくじゃらな耳を垂れ下げた。


「この町での売買、色んな国の政治家、食べ物にしてる。
 中には、犯罪シンジケートと癒着する、連中も、いる」
「だったら、なおさら………」
「それが一般人には踏み込めん領域ってやっちゃ、【政治】の、な。
 自由都市の利権を得るには、金とコネが要る」
「………………………」
「金は善意の献金でも用立てできるが、コネばかりはそうはいかん。
 コネ言うのは、つまり、この都市で商売やれる命綱や。
 マイアの有力者に手もみ足もみでもせな、棚から牡丹餅なんてあらへんわな」
「“悪徳の栄”で有力者を張るくらいだから、もちろん、その類の人種よね。
 連中が欲しいのは、当座の大金じゃなくて、
 商売契約…つまり、コンスタントな収入なのよ」
「そういう、利害の一致、絡まりあって、
 いつしか、この町、政治家の利権争いの中心地、なった。
 どの国も、みんな、水面下で、すごい争い、してる。
 どの国も、自分の国の収益、守るため、必死。
 だから、オイラたちでも、簡単に手出し、できない。
 どこかでバランス、崩したら、【社会】そのもの、成り立たなくなる」
「独り善がりの正義感だけでどうこうならないのが、【社会】なのよ、リース。
 大なり小なり、どこの政治家も黒い汚れ仕事に手を染めて【社会】を動かしてるの。
 それを崩してはならない。それが【社会】の暗黙のルールなのよ」
「………………そんな…それじゃ、あの男の子は…」
「愛玩の対象として可愛がられるか、隷属を植えつけられるか、
 はたまた―――………」


二人と一匹の諭す言葉は、リースにも十分に理解できたが、
かと言って、到底、容認できるものではなかった。
【社会】の成立のために、政治家の利権などのために、
年端も行かない…弟と近しい年齢の男の子が犠牲にならなければならないのか。
そんな不条理を、どうして指を咥えて見過ごせるものか。
そう思った時、リースは衝動のままに銀槍を掴んで駆け出し―――


「あのコの事を気遣うなら、ここは見なかった事にしてあげなさいっ!」


―――アンジェラに引き止められた。


「どうして止めるんですっ!?
 政治とか、【社会】とか、私にはよくわかりませんが、
 幼い命が弄ばれるのを黙って見過ごせませんっ!!」
「今言うたばかりやろ、お姫様が。
 あのコはこれからどこぞへ売り飛ばされる。
 けんどそれによって、救われる人間もおるんや」


ケヴィンの頭から飛び移ってきたカールの言葉がリースの心を突き刺し、
逸る衝動を押し止めた。


「あの子供が無償でこんなトコまでノコノコやって来ると思うか?
 親元か、それ以外かは知らんが、どこぞから売りに出されたんは間違いない」


【自由】とはいえ、誘拐した人間を売り飛ばすような、
仁義にもとる不徳はしないのが、この町の唯一にして絶対の掟、とカールは付け加えた。


「『売りに出された』言う事は、親元なりへ確実に金が振り込まれる。
 …幼子を売りに出すからにはそれだけ切羽詰った事情があるんやろう。
 ここ最近、経済水準の低い国では、
 飢饉、貨幣悪化、内紛と暗雲ばかりが蔓延しておるからな。
 『それによって、救われる人間がおる』…つまりはそういう事や」
「やるせない気持ちはわかるけど、
 これも【社会】ってモノなのよ、リース。
 ………善意が人は救うとは限らない」
「………………………」


混沌とする【社会】のモラルリーダーたる【アルテナ】の王女の言葉としては
実に不適切だが、それは間違いなく真理を突いていた。
突いていたからこそ、銀槍を握り締め、肩を震わせ、けれどそれ以上反論できず、
駆け出そうとしたリースの足は凍てつき、止まってしまった。






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