【マイア】の郊外へ仮設された大きなテントで催される【エキスポ・マナ】。
順路を辿るデュランら三人へ多種多様な【マナ】が圧倒的な存在感でもって迫ってきた。
鳥を模した鋼鉄の双翼を備える機械、鋼鉄の棺桶に、同じく鉄製の円筒を溶接した機械、
ボウガンを更にコンパクトにしたような形の、けれど射出する弓も矢も見当たらない用途不明な武器(?)。
順に数える事の『戦闘機』、『戦車』、『自動小銃』―――
―――いずれも【イシュタリアス】に住む住人には、見た事も聞いた事も無い、
まさしく“自然界とは極めて異質な錬金技術の産物”そのものだった。
誰も知る事の無い『オーブンレンジ』や『冷蔵庫』など兵装以外の家電品も数多く展示されており、
いずれもが順路ゆく客の足を引き止めた。


「【マナストーン】もこいつらの仲間なんだよな。
 というコトは“女神を超えた威力”とやらを、
 こいつら、揃いも揃って完備しちまってるってのか?
 くっはぁ〜………どえらく途方も無い話だよな、デュラン」
「ガキの時分に読んだマンガやら小説やらに似たような話は出てきたけどな。
 …現実として目の当たりにすると、なんだか身震いしちまうな」
「…あくまでかせつのいきをでないのでちがね。
 ヒースとしゃるのけんきゅうによれば【まなすとーん】も
 ここにてんじされる【まな】とおなじたいけいにかてごらいずされるもの。
 つまり、このはがねのかたまりどものきょうだいになるのでち」
「ははぁ、さすがは研究者サマのお言葉だ。
 何言ってるか全然わかんないわ」
「あたりまえでち。
 あんたしゃんのようないもむしに、しゃるたちのながねんのけんきゅうが
 そうそうかんたんにりかいされてたまるもんでちか」
「そこよ、そこ。
 ヒースさんとやらも、シャルも、【聖都】のエリート神官なんだろ?
 それがなんで正反対な…信仰の女神と相反するような【マナ】を研究してんだ?」


ホークアイの疑念は至極当然である。
自然界を創造した【女神・イシュタル】を奉じる神官職の人間が、
それも光の司祭の直属に位置するエリートが、
“自然界とは極めて異質な錬金技術の産物”などという、
明らかに信仰に反する物質を採掘し、研究する必要があるというのか。


「【めがみ】につかえるみだからでちよ。
 しぜんかいにあだなすようなものだからこそけんきゅうにつとめ、
 そのうえで、とうたすべきか、【はってん】させていくべきかみきわめて
 せんたくしをつくるのがしゃるたちのしごとでち」
「選択肢、ねぇ」
「…【発展】…」


予想だにしなかったシャルロットからの高尚な志に思わずデュランとホークアイは唸り、
彼女が幼い見た目と異なる、150歳の【大人】である事を初めて認識した。
【大人】を標榜するシャルロットにしてみれば、
遅ればせながらのこの認識は心外だろうが。


「ただしんこうにはんするかとだんあつしては、
 ………【みらいきょうじゅげんり】にはんするこっかをことごとくほろぼした、
 かつての【あるてな】となにもかわらないでち」
「………………………」
「………………………」


芯の太いシャルロットの意見へ素直に頷いていると、
なにやら『戦車』に隠れた向こう側の順路から、男性の野太い声が聴こえてきた。
どうも「デュラン」と呼びかけているようである。


「? あれ、今、俺、誰かに呼ばれたか?」
「ああ、なんか聴こえたよな、お前の名前を呼ぶ声」
「やじでそぼうなだみごえだったでち。
 それだけでこえのあるじがふゆかいなおっさんとわかるでちね。
 でゅらんしゃん、しゃるとほーくあいしゃんはむこうへたいひするでちから、
 あんたしゃんでおあいてするでち」
「ざけんな。
 こんな場所で恥も外聞も無く人の名前を大声で呼ぶような野郎、
 俺だって相手したかねぇよ」
「よぉー、デュランじゃねぇかーッ!」


三人がその場から逃げ出す前に声の主が一行のもとへ駆け寄ってきて、
自分の予想が最悪のカタチで当たってしまった事に、シャルロットは呻いて頭を抱えた。
その隣では、デュランも同じく肩を落としている。
どうやら声の主には心当たりがあったらしく、こちらも予想が当たった事を嘆いているのだ。


「なにシケたツラしてんだよ、オイ! ひさしぶりじゃねぇか〜!」


露骨に視線を反らすデュランとシャルロットに代わって声の主をホークアイが観察する。
この【エキスポ・マナ】で機械群と共に展示されていてもおかしくないほど
汚れた土色のライダースーツ(乗馬用革服)を着込み、首には風に靡く赤いマフラー。
スマートな顔立ちにパープルのバンダナがよく似合う、おそらく自分とそう変わらない歳の男性だ。
厚手のライダースーツの上からでも一見で判る、鍛え抜かれた筋肉が目を引いた。






(………ふぅん…傭兵仲間ってトコロかな………)






「そちらさんはお前のチームメイトか? 初めて見る顔ばっかだな。
 オス、オレの名前は【マサル・フランカー・タカマガハラ】ッ!
 祖国(くに)の言葉じゃ、日にちの『日』に必勝の『勝』で【日勝(マサル)】ッ!
 人はオレを【日輪を背負った男】と呼ぶッ!!
 ―――見ての通り傭兵家業の同業者だ。よろしくなッ!!」







果たしてホークアイの推察は的確だったわけだが、
何をそんなに先走っているのか、ホークアイもシャルロットも、
デュランが組んだ『傭兵』チームの構成員と勝手に結論を出して勘違いしているようだ。


「ツレに変わりはねぇが、こいつらは傭兵じゃねぇよ」
「そうそう、俺は【ニンジャシーフ】!
 傭兵なんかにゃまるで向いてない、夜のお仕事ニンゲンだぜ」
「とゆーか、あんたしゃんのようなむっさいのーきんやろうと
 どうけいにみられたくないでちよ。めいよきそんもいいところでち。
 『ずっころすぞ、てめー』れべるのごりっぷくでち」
「ハッハッハー、面白ぇガキだな、オイ!
 はっは〜ん、ピンと来た! アレかよ、デュランの子供かッ?
 いつの間にこさえやがったんだよ、コイツめ〜ッ!」


顔の造作だけならスポーツマンを思わせる、整いながらも引き締まった二枚目だが、
いちいち先走る勘違いと、周囲の迷惑をまるで気にかけない大声、
初対面のシャルロットの頭をかいぐりかいぐりと撫で付ける無節操さが揃えば、
いくら端整であっても一気に三枚目へ下落してしまう。
マサルと名乗ったこの青年は、根っから色男になれない人間。
集団に一人はいる、煩わしさで爪弾きにされるタイプに間違いないとホークアイは続けて推察した。













「―――それじゃあ、お前さんがた、
 仕事抜きで【マナ】なんて眉唾なモンに関わってんのか?
 へぇ〜………物好きっつうか、酔狂っつうか、お前にしちゃあ珍しいな」
「るせぇな…珍しいってなんだよ、珍しいってよ」
「そのまんまの意味だぜ」


【エキスポ・マナ】のテントを退場したデュランは宿への道すがら、
後を随いてきたマサルと近況を情報交換する。
マサルとデュランは知己の傭兵仲間らしく、最初こそ煩わしいと嫌がっていたものの、
時に鉄拳を混ぜて談話を交わす様子は、どう見ても仲良さげだ。
ホークアイもシャルロットも、暑苦しく節操と無関係なマサルとの関わりを避けているというのに。


「リースちゃんの事でも思ったけどさ、
 デュランってさ、悪ぶってるワリに面倒見いいよな。
 あんな常識知らず、ブン殴って黙らせてオシマイ、と思ってたのに」
「くーるになりきれないこどもなんでち。
 むかしのえら〜いひとのことばをかりるなら【こどな】。
 【おとな】と【こども】のちょうどちゅうかんそんざいでちね。
 だから、つまはじきにされるようなくそがきとも
 かんじょうをぶちまけあえるんでちょうね」


傭兵仲間の繋がりなのか、はたまた面倒見の良さなのか。
初対面と知己の差はあれど、いきなり煩わしいと敬遠される人種に対して、
デュランは呆れながらもちゃんと反応を返している。


「それで、そっちはどうしたんだ。
 体力バカのお前が、まさかわざわざ【エキスポ・マナ】を見るために
 【マイア】くんだりまで足を運ぶわけがねぇだろ?」
「ともすりゃ【仕事】に決まってるぜ。
 あのつまんねー空間には、予想以上に早くココへ到着しちまったから、
 時間潰しの興味本位で入っただけだよ」
「あやしげな仕事じゃねえだろうな。
 なんつってもココは悪徳の貿易港だ。
 よからぬ連中に絡まれても、俺は助けたりなんか絶対しねぇからな」
「アホ言え、まっとうな護衛だ、護衛。
 なんでも、遠方で里親を探してたとか言うガキんちょを
 引き取り先まで送り届けるのが今度のオレの役目なんだよ」
「おいおい、思いっきり眉唾じゃねぇか………。
 人身売買なんて厄介なモンに引っかかってんじゃねぇのか、お前」
「ヘッ、もしもホントにヤバイ仕事だったら、
 依頼主ごと岩盤の底へ沈めてやるってッ!」


ここにもしアンジェラがいれば、
この男二人の小突きあいを耽美な世界とでも冷やかしただろうが、
幸いな事に彼女の姿は見えなかった―――


「いたッ! こんなトコにいたッ!!」


―――のも束の間の静けさだった。
これから向かうところだった四つ角からこちらへ全力疾走してきたのは、
確認するまでもない分かれて行動していた仲間たちだ。
しかし、どうも様子がおかしい。
普段は高飛車ぶって余裕に構えるアンジェラの顔にはひどい動揺が滲み、
隣りだっている筈のリースの姿が見当たらない。


「………お前、なんて恰好してんだ、ケヴィン…」


ただならぬ様子―――と強烈に決定付けるのは、
動きにくそうなフリフリのスカートを穿いたケヴィンの姿である。


「うう…、その事、触れないで、お願い…」
「ボケ合戦やっとる場合やないで、デュラン。
 リースがいなくなってしもうたッ!」
「―――なッ!?」













食事を終えてレストランを出たアンジェラは、
すっかり気落ちしてしまったリースを励まそうと芝居小屋へ進路を取った。
事前に購入しておいた【マイア】のガイドブックに、
喜劇作家として著名なチャーリー・ミカミ・ダイリョウの新作舞台劇、
【プラマイ!?】の上演がピックアップされており、
立ち寄った際には是非とも観劇しようと決めていたのだ。
コメディを観れば、少しは気分も晴れるだろうとのアンジェラの配慮だったが、
事態は思わぬ方向へ転がってしまった。
【プラマイ!?】の幕が下り、芝居小屋から出ようと席を立った時には、
気付いた時にはリースの姿はどこにも無かったというのだ。
小屋中のどこを探し回っても、どうしても見つけられない。
―――となれば、考えられる可能性は一つである。


「ちょっと待てよ、それじゃ、お前、
 リースはその見も知らぬガキを助けに行っちまったってわけかッ?」
「………他に考えられる可能性は無いわね」


ちなみに上の発言はデュランではなく、マサルのもの。
見も知らない人物をいきなり呼び捨てにするマサルの無節操さに
一瞬眉を吊り上げたアンジェラだったが、今はこの男の無礼を説教する時ではないと弁え、
憤りを抑えて話を進めた。


「マズイぜ、デュラン。
 まかり間違って【バイゼル・ストリート】なんかに入り込んじまったら…」
「ああ、考えたくねぇが、人身売買を止めるどころか、
 手前ェが簀巻きにされて売られちまうッ」
「【バイゼル・ストリート】? 何よ、それ?」
「温室育ちのアンジェラは知らなくて当然さ。
 【バイゼル・ストリート】…悪名高い【マイア】の裏路地の中でも最悪な所だよ。
 人身売買、麻薬取引、あらゆる黒い仕事が横行するバックストリートだ」


ホークアイの説明を聴いてアンジェラの顔が真っ青になる。
いくらリースが手練の【レイライネス】とは言え、
単身でそんな危地へ乗り込めば、裏路地の闇はあらゆる手段を用いて彼女を毒牙にかけるだろう。
集団による暴力さえ【自由】に値する【マイア】の裏の顔は、
銀槍と精霊のみで制圧できるほど甘くは無い。


「四の五の考えてたってラチが開かねぇッ!
 とにもかくにも【バイゼル・ストリート】へ急行するぞッ!!」
「…お前、仕事はどうすんだよ?」
「こんな偶然あるもんだなッ!
 俺の目的地も【バイゼル・ストリート】だぜッ!!」
「だからてめえ、少しは危険性とか倫理性とか考えろッ!!
 モロにあやしげじゃねぇかッ!!」
「お茶の子さいさいのノー・プロブレムだっつのッ!
 行くぞ、お前らッ! 黙ってオレに随いて来いッ!!!!」


…この檄もマサルのものである。
先ほどから、本来デュランが発言すべきを無節操にマサルが横からもぎ取っていた。
場の空気を読めない男は爪弾きの対象となるのだが、
ホークアイの睨んだ通り、マサルもその例外ではないようだ。


「誰があんたなんかに従うってのよッ!」
「うわッ、アブねッ!?
 なんでいきなり硬い鈍器のようなモノで撲殺事件よッ!?」
「うっさいッ! 黙って陥没しろッ!!」


我慢の限界に達したアンジェラが怒り任せにマサルへ杖でもって殴りかかった。
早くも無視を決め込むシャルロットと異なり、
このようにちゃんとリアクションを返してくれるだけ、
マサルは彼女へ感謝しなければいけないのかも知れない。


「でも、この人の言う事、一理、ある!
 師匠、急がないと、本当に、大変ッ!」
「急ぐ前にお前はひとまず着替えて来い、ケヴィンッ!!
 そんなチャラチャラした恰好で焦っても説得力ねぇんだよッ!!」













誰の目にも世慣れしていないリースにとって、
その路地は生まれて初めて足を踏み入れる、未知の深淵。
独り立ちするまで育ってきた環境は清涼な山河にあり、
醜悪な腐臭立ち込める仄暗いこの闇路とまるで正反対なのだ。
行く先を照らす灯りさえ無いに等しい、昼間だと言うのに新月の空に覆われたような、
生理的な恐怖を駆り立てられる闇の路を、一歩、また一歩と足場を確認しながら踏みしめて往く。






(………みなさん、今頃、怒っていますよね、きっと………)






自分勝手な振る舞いとは重々承知していた。
怒られ、呆れられ、…愛想を尽かされ、皆が去ってしまうかも知れない。
それだけ愚かな事をしていると、頭ではちゃんと理解していたが、
身体を突き動かす衝動だけはどうにも抑えきれず、
今、こうして闇の迷い路へ単独で踏み込んでいる。


「………エリオット」


不意に漏れた言葉は、弟の名前。
旅路にあって、今は遠く離れた、最愛の弟の名前。
弟とまるで似ていない、共通点は同年代の背丈くらいしか探せないが、
それなのに鎖引かれる少年の後姿へ、弟の襟足が重なって仕方が無かった。
弟と同年代の少年が不幸になるさまを見過ごすなど、出来る筈も無かった。
だからこそ身体を衝動が駆け巡り、アンジェラやカールの諭す【社会】を理解していながら、
突き動かされるがままに従ったのだ。


「―――っ!!」


何ブロック目かを左へ折れた時である。
レストランから見えた大柄のゴロツキと鎖引かれた幼い少年を発見し、
少年リースの全身へにわかに緊張が走った。
ゴロツキは誰かを待ちわびるようにそわそわと周囲を窺っている。
少年の手首からは、それまできつく拘束していた鉄鎖が解かれていたが、
締め上げられた痕跡は痛々しいまでに細い手首へアザを残していた。


「誰かを救うために、誰かが犠牲になる、
 そんな【社会】は絶対に間違っていると思うから、…だからっ!!」


仲間からかけられた「【社会】のバランスを崩すな」という
制止の言葉を思い返して逡巡しそうになる自らの迷いを断ち切り、
銀槍に正義を貫くためのおまじないを呟く。
正統を信じて自分に言い聞かせる、戦乙女のおまじない。
心へ念を込めて、銀槍へ正義を秘めて、ゴロツキめがけてリースが挑みかかった。


「やっぱり尾行していやがったかッ!!」


不意の一撃の筈が、リースの尾行をいち早く察知し、
策を弄していたゴロツキの一計により、瞬時にして形勢が逆転してしまった。






(―――しまったッ!)






リースが息を潜めた場所からちょうど死角へ入る位置に隠れていたゴロツキの仲間が
一斉に彼女を取り囲み、鋭い踏み込みを完全に封殺した。
手には強力なボウガンが構えられており、なおかつほとんど間近の至近距離。
最悪に最悪を上塗りするようにリースは数人からなるボウガンによって完全に包囲されていて、
回避も防御もしようが無い袋小路へ追い詰められた。
精霊を召喚するだけの瞬時の間隙も許してくれそうにない、絶体絶命のピンチだ。


「へっへっへ…、
 くだらねぇ正義感に燃えた【獣王義由群(ビースト・フリーダム)】かと思えば、
 こいつぁ上玉も上玉のお嬢ちゃんじゃねぇか…」


リースを値踏みするかのような下卑た嘲笑が耳に障るそんな絶体絶命の中、
彼女の瞳はある物を寸分の間違いなく捉えていた。


「…タ、ス、ケ、テ…」


それは、声にならない少年の悲鳴。
言葉として聞き取る事は出来なかったが、読唇だけで全ての哀しみを解読できた。
震える唇と、怯えて潤む瞳。
リースを突き動かす衝動には、それだけで十二分に足りていた。


「うああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」


その瞬間、リースの姿が残像すら置き忘れる速度で消失した。
愚かな小娘が引っかかったと僥倖に嘲笑していたゴロツキたちの表情は
0.25秒のブランクの後、驚愕に凍りついた。


「ぎゅぶッ!?」
「こんな幼い子を弄ぶ悪党めッ! 折檻くらいでは済まないと思えッ!!」


電光にも勝る速度で少年の傍らに立つゴロツキ共のリーダーへ銀槍の柄を振り下ろし、
一撃のもとに叩き伏せたリースは、その勢いを殺す事なく即座にターンし、
旋回、石突での攻撃と巧みに銀槍を操り、一人、また一人と薙ぎ倒していく。






(この子をもう怯えさせたりはしないッ! 必ず守って―――)






そう決意を秘めて激闘するリースの右腕を、背後から射出されたボウガンが貫いた。


「なッ…く…ぅ…ッ!?」


脳を直接刺激するような激しい痛みと共に鮮血が噴き出した。
止まる事なく流れ続ける鮮血は腕力も同時に奪い取り、銀槍を振るう事は最早叶わない。
しかし、解せないのは、ボウガンが射出された方向だ。
少年の近くにいたゴロツキは全て打ち払い、掃討は離れた位置にいる敵へシフトしたというのに、
新手が潜んでいたというのか。
痛みを堪えて攻撃者を把握しようと後方を振り向き、そこにリースは信じられない物を見た。


「な…んで…?」


ボウガンを放ったのはゴロツキの新手ではなく、鎖を解かれた少年だった。
自分に加勢しようとして誤射してしまったのかと都合よく考えられたのも一瞬の事で、
少年の絶叫はリースを失望のどん底へ叩き落した。


「“来ないで”って言ったのにッ、“来ないで”って言ったのにッ!」


浅はかさを思い知った。
アンジェラやカールが口を酸っぱくして諭そうとした、
「善意が人は救うとは限らない」という言葉の意味を痛感した。


「―――この【偽善者】めぇッ!!」
「………ッ!!」


アンジェラたちの推察は正しく、この少年は親元から売られてきたのだろう。
何らかの事情で苦しむ家族を救うために、幼い我が身を犠牲としたのだろう。
それなのに、見ず知らずの人間を救おうとする【偽善者】に邪魔されてしまっては
決意も犠牲も、何もかも台無しになってしまう。
彼は「タ、ス、ケ、テ」でなく、「コ、ナ、イ、デ」と突っぱねていたのだ。






(ああ、私は―――………ッ)






私はどこまで愚かな人間なのだろうか。
アンジェラの言葉も、カールの訓戒も真剣に受け止めず、
自分勝手な衝動に従って行動してしまった。


『目の前のモノに対して、あんたは見境を無くすキライがあるんだぜ』


いつかの日にかけられた、デュランからの忠告がフラッシュバックする。
独り善がりに突っ走って、少年の心をまるで考えずに乱入して、
自分は【偽善者】以外の何者でもない―――自らへの失望がリースの意識を掌握した。


「チィッ!! なかなかいい度胸してるじゃねぇか、あのクソガキッ!!」


もうここで終わりかと諦めかけた意識をこじ開けたのは、
これまで自分を護ってくれた声。これから共に戦うと誓ってくれた声。
確認を取るまでもなく解っていた。
デュランだ。デュランが駆けつけてくれたのだ。
続々と足音が【バイゼル・ストリート】の路地裏へ雪崩れ込んできた。


「リース…っ! 右腕、ヒドイ怪我じゃないの…っ!
 シャルっ、早くッ!!」
「いわれるまでもなく、えいしょうははしりながらすませてるでちっ」


あまりの激痛と仲間の参入に安心して崩れ落ちてしまったリースを
慌ててアンジェラが抱え、シャルロットが【エンパワーメント】の魔法で負傷した右腕を癒した。


「まずいぜ、デュラン。
 もしかしたらリースちゃん、骨を打ち抜かれてるかもしれないっ!」
「はやく、決着、つけないと、危険っ!」
「危険なのはお前の恰好だけにしとこうぜ、ケヴィン…!」


残党に囲まれる形で倒れたリースを庇うように、
デュランが、ケヴィンが、ホークアイが、三方へ分かれ、それぞれに戦闘態勢を整える。
ホークアイの視認はおそらく正しい。
単純に肉を打ち抜かれたにしては出血の量が夥しく、苦悶するリースの脂汗も尋常でない。
骨をやられたかどうかは診察いかんだが、ひとまずやらなければならないのは、
この戦闘を一刻も早く終わらせる事。


「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉいッ!! お前ら、何やってんのぉッ!?」


―――であるにも関わらず、ここに来てマサルのトラブル・メイカーぶりが
残酷なまでに遺憾なく発揮された。


「そいつらはオレのクライアントッ!
 つまり里親探しの名人、正義のヒーローなんだぞッ!?
 なのになんでボッコボコよッ!? 独立愚連隊が通った後かよ、こいつはッ!?」


銀槍の柄がめり込んだ痕跡の生々しいゴロツキのリーダーを抱き上げ、
正義の味方を討って取られた怒りの涙を流すマサル。


「せ、先生…用心棒の先生…」
「オウッ…すまねぇな、ちっとばかり遅れちまったが、今、到着したぜッ!!」
「あ、あいつらを…あの雌ガキ共を…ブッ千切っ………」
「もういい、もう、何も言わず、後はオレに任せて眠れ………ッ」


「…お願いしやす」と近年では小悪党も吐きそうにない捨て台詞を残して
ガクリと首を折ってしまったゴロツキのリーダーを地面へ横たえたマサルには、
最早デュランたちは稀代の悪党としてしか識別されていなかった。


「てめえらぁぁぁッ!! てめえらの血は何色だぁぁぁああああああッ!!
 許さねぇ…ッ、絶対ぇに許さねぇ………ッ!!
 こいつらの無念、全て受け止めたッ!! こいつらの悲しみ、全て叩き込んでやるッ!!
 念仏唱えろッ!! デュランと愉快な仲間たちィィィイイイイイイッ!!!!」
「―――ウソだろッ!? この酸鼻を極める現状目の当たりにしておいて、
 こうもご都合主義な勘違いできる人間、いるわけないよなッ!?」
「マサルの代わりに謝っておくぜ。
 あいつは完全無欠のバカ、1+1=田んぼの田と教えられたら、
 数学のテストにまで田んぼの田を回答しちまう、ご丁寧極まりないバカなんだッ!!」
「ちょ…、師匠ッ! まさか、そんなバカ、この世に、存在するわけ、ないっ!」
「仮に存在しちゃうとしてもッ!
 今、このタイミングで登場するにはおかし過ぎるだろっ!?
 この、どシリアス全開な流れのドコに、
 あんなヨゴレ担当を地でいくようなギャグキャラが出しゃばる余地があんのさッ!?」
「グダグダ言ってんじゃ―――ねぇぇぇああああああッ!!!!」






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