マサルの無節操さは思考だけでなく、ご都合主義をも捻じ曲げるのか。
意味不明な角度から襲いかかってきた驚愕に呆然自失となるホークアイとケヴィンだが、
戦いの幕は既に切って落とされており、いつまでも呆けているわけにいかない。
現に、バカ過ぎて仕様の無いマサルが繰り出した正拳突きは猛獣の牙よりも鋭く、
危うく回避したケヴィンの後方に連立していた街路灯数本を、
拳から突き出された衝撃波だけでまとめて吹き飛ばした。
「す、すごい…、あんな荒業、オイラも、獣人の誰も、できっこない…!」
「…こいつッ! バカでデタラメなのは頭ン中だけじゃないのかッ!?」
「バカでデタラメだから手に負えねぇんだよッ!!」
迫り来るマサルの気迫にうかつに攻め入れない男三人を見兼ねたのか、
リースを傷付けたゴロツキへ考えなしに味方するマサルを許せないのか、
彼らに気付かれない内に詠唱を終えたアンジェラが、魔力を練りに練り上げ、
凄まじい熱量を持った火炎魔法【エノラ・ゲイ(総ての穢れを焼却せし黒天の煉獄鳥)】を発動させた。
狙うはもちろん、マサルである。
「百八の地獄に魂を焦がされて、最期の一片まで苦しみ抜いてくたばれぇぇぇッ!!」
「―――やべぇッ!! アンジェラ、そいつに強力な魔法は使うなァッ!!」
なぜかアンジェラの魔法攻撃を制止しようとするデュランだったが、
発動してから魔力を打ち消すことなどできる筈もない。
「う…おおおおおおぉぉぉぉぉぉああああああッ!!!!」
【エノラ・ゲイ】の羽撃きはマサルの身体を包み込み、
五千百度を遥かに上回る地獄のマグマが
彼の肉という肉、血という血、骨という骨を瞬間的に蒸発………できなかった。
「そッ、そんなんアリッ!?
五千度を超える炎なのよッ!? なんで服も溶解せず無事なわけッ!?
デタラメなんて四文字で説明付けられるようなモンダイじゃないでしょ、コレ!?」
必殺の意志を込めて放った【エノラ・ゲイ】を気合い一つで掻き消したマサルに
アンジェラが恐怖と驚愕を一緒くたに煮込んだ絶叫を上げた。
五千百度の炎を生身で耐え切るなど、明らかに人間界の常識を超えているのだから、
悲鳴だけで済んでまだ良かった方だ。
この術者がもしも、ちょっと気の弱い【魔法使い(ウィザード)】だったならば、
人間の限界を軽く超えたハイランダーぶりを目の当たりにした瞬間、
卒倒して心臓麻痺を起こしかねない。
「シュウウウゥゥゥゥゥゥ………。
何ヶ月ぶりかのシビレるご馳走だったぜぇぇぇえええ………ッ!!
お腹一杯だぜ、アンジェラぁッ――−」
全身から白い蒸気を吹き上げるマサルの周囲に、
火の精霊【サラマンダー】が極限の魔力を発揮して産み出す、
五千百度の炎が逆巻き始めた。
「―――今度はオレが腕によりをかけてやらぁッ!!!!
腹八分目と言わず、胃袋弾けるまでたらふく食ってけよッ!!!!
食らえッ!!!! 【エノラ・ゲイ】ッ!!!!」
「うッ、うそーんッ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げながらも、渾身の力を込めた【シェルター】の魔法を張り出し、
なんとか【エノラ・ゲイ】の直撃を防ぐ。
アンジェラにとって奥の手の一つである【エノラ・ゲイ】、
まさか自分に降り注ぐ日が来ると思ってもみず、凄まじい衝撃をただ耐えるしか無かった。
「ンんー、初めてにしちゃ上出来かな。
いや、ちょいとポーズがナニだったかな…
やっぱオーソドックスに両手を突き出すパターンがイチバンか…?
意表をついて」
【バイゼル・ストリート】の一画を丸ごと【エノラ・ゲイ】で吹き飛ばしたマサルは
どうも発動時のポーズが気に入らなかったらしく、
ああでもない、こうでもないと黒煙の中、一人カッコイイポージングをおさらいしていた。
バカである。バカではあるが、デタラメなまでの戦闘力を見せ付けられたパーティは
ツッコミを入れている場合ではない。
「ちょっとデュランッ!? 何者なのよ、あの男はッ!?
【魔法使い(ウィザード)】なの、それとも【格闘士(グラップラー)】なのッ!?」
「―――どちらでも無ぇさッ!
オレはそんな狭苦しい肩書きに収まったりゃしねぇッ!!!!」
アンジェラの疑問に直接答えながら、
ケヴィンに向けてマサルが縦一文字にチョップを振り下ろす。
ガードで受けたら間違いなく両腕を持っていかれると判断したケヴィンは
身体を翻してヒラリと縦一文字を躱したが、
チョップの振り下ろされた地面は数メートルもの亀裂と断裂が走り、
衝撃波は地中をうねってボコボコと隆起を作っていった。
「今のタイミング…、今の身のこなし…、まさか、師匠の、【撃斬】ッ!?」
「一度のカチ合いだけで見抜くかッ!! さすがだな、ケヴィンッ!」
「くそッ! ものまね師か! お前ッ!!」
「その予想は、なかなかイイ線、行ってる…ぜぇッ!!」
怒涛の猛襲【ジャイロジェット・バルカン・ティーガー】をも
難なく捌き切ったマサルは「こちらもごっそさんッ!!」と舌なめずりし、
一瞬の隙へ割り込んだ掌打でケヴィンを引き剥がし、
続けざまに【ジャイロジェット・バルカン・ティーガー】で反撃に打って出た。
適当に見取って真似た小手先の乱打ではない、
それは、精密で正確な【ジャイロジェット・バルカン・ティーガー】そのものだった。
「ま、負けるかぁッ!!」
「負けん気だけじゃオレには勝てねぇぞッ!!
まずはお前からお仕置きだぁぁぁああああああッ!!」
ケヴィンも負けじと同じ技で正面から応戦するが、
手数もパワーも圧倒的にマサルに敵わず、徐々に追い込まれていく。
「なにが仕置きや! アホばかり抜かしとるんやないわァッ!!」
自分の技なのに、と歯噛みするケヴィンの頭上で油断を狙っていたカールが
競り負ける危機に溜まらず飛び出し、マサルめがけて口から激烈な光弾を吐き出した。
至近距離から眉間を直撃し、ある程度は手ごたえを感じたカールだったが、
【エノラ・ゲイ】の前例もある。
これで決着がついたと油断せず、ケヴィンに呼びかけ、連携攻撃でトドメを刺しに向かった。
「…そいつもごっそさんッ!!」
「「――――――ッ!!!!」」
多次元的な連携攻撃で仕留めにかかるケヴィンとカールに対して
マサルが打った次の一手とは、なんとカールと同じ光弾を、
あろう事か口から吐きかけるという、
もうどこからどうツッコめば良いのかすらわからない脅威の反撃。
人間の尊厳をかなぐり捨てたと言えなくもない荒業だ。
「ぷはぁ〜………、
ダメだな、この技ぁ…さすがに見た目がカッチョ悪過ぎだわ」
「いや、見た目とかじゃないだろ、それッ!?
なんなの!? 何の変哲もない犬ッコロに羽が生えた時以上のアンビリーバボーだよ!?
つーか、霊長類相手にこんなドッキリ、許されんのッ!?」
ケヴィンたちの連携で仕留めそこなった場合を想定して
炸薬を仕込んだ手裏剣を構えていたホークアイは、
あまりに壊れた戦局に驚愕し、そのままの体勢で硬直してしまった。
反撃の光弾こそ回避したものの、ケヴィンとカールもホークアイに同じくだ。
あまりの驚きに尻尾の毛まで逆立っている。
「だから言ってんだろッ、マサルに迂闊な大技は厳禁なんだよッ!
俺もとっておきの【撃斬】、こいつにパクられたからな」
「パクリ言うなッ!! コレがオレのファイナル・ウェポンッ!!
相手の技のメカニズムを即座に解析・吸収する【ラーニング】能力ッ!!
そう、前代未聞の【エミュレーショニア(千の技の模倣者)】とは
オレのコトだぁぁぁああああああッ!!!!」
ようやく判明(自己申告)したマサルの異能力は、
正体を知ったところで対処の方法が全くわからない、
バカとデタラメを都合よく調合してみたら突然変異でうまく結実したような、
あらゆる意味でどうしようもないオリジナル・スキルだった。
「お前らの技はオレの好物ッ!! そうともお前らッ!!
オレの身体をくまなく殴れぇぇぇぇぇぇええええええッ!!!!」
やる事なす事に加えて、発言も変態そのものである。
「畜生、相変わらずの変態だな…ッ!」
「バカで、デタラメで、おまけに変態ではあるけどよ、
こいつ、正真正銘の強敵だぜ…どうする?」
「どうするもこうするも無いでしょッ! 真正面から叩き潰すしか無いじゃないッ!
猿真似ばっかの大道芸人に遅れを取るなんて、こんなに屈辱的なコトは無いわッ!!」
「猿真似、違う、アンジェラ。
この人、確かに技術、模倣してるけど、威力、完全に向こうの方が上!
単なる猿真似なら、正面から激突して、押し負けたり、しない!
この人、本当に、一回見ただけで、技の特性とか、全部、分析してる!
完全に、自分の物に吸収してるから、オリジナルが、競り負けるッ!!」
「ケヴィンの言う通りだと思うぜ。
筋力の鍛え方もとんでもないけど、あいつ、【魔法】の技術も備えてやがる。
…あらゆる技術、あらゆる魔法を完璧にキャットコピーするって事は、
ベースとなる資本…あいつ個人の力量が相当にハンパないって証拠だッ!」
「そこまで看破していりゃ、俺がわざわざマサルについて説明する必要も無ぇな。
………バカは高いところが好きと言うが、マサルは更に高ぇぞッ!
どこまでもバカだから、どこまでも高く競り上がり、どこまでも高く聳え立つ壁ッ!!
バカだけに加減もしらねぇから、破壊力だってハンパじゃ無ぇッ!!」
「ナニソレ! 清々しいまでのバカ一辺倒じゃないのッ!?」
「お前ら、人様の事をバカバカ言い過ぎだッ!!!!」
ノリでバカ呼ばわりされるのはマサルも慣れっこだけれども、
冷静にバカを分析されれば、いくらなんでも頭に来る。
正義の怒りに個人的な憤激もプラスされ、
いよいよマサルのファイティング・ハイは絶頂を迎えようとしていた。
「もーアッタマ来たぞ、お前らッ!!
こうなりゃ、世に言う怒りゲージマックス時のみ使用可能な超必殺技を叩き込んでやるッ!!
今回はバカ呼ばわりされて(ハートが)赤色点滅中だから、
ゲージマックスと合わせ技一本でパワーアップサービス限定解除だぁぁぁああああああッ!!!!」
「―――やべぇッ!!
このバカ、裏路地とは言え、こんな街中で最強技使うつもりかよッ!?」
「最強技ッ!? これ以上シャレにならない隠し玉があるってのかッ!?」
「バカの一念、岩をも通すってアレだよッ!! マジでシャレになんねぇんだッ!!」
「バカ言うなッつーのッ!!!!
喰らいやがれッ!! 超激怒岩バン割―――」
「―――もう、やめてくださいッ!」
腰溜めに限定解除の超必殺技とやらを構えていたマサルへ、
決着の瀬戸際を迎えた戦局へ、リースの悲痛な叫び声が木霊した。
†
「ま、まあ、アレよ、リースも無事だったわけだし、
冒険旅行ならではのアクシデントってコトで手打ちとしましょうよ」
「いいじゃん、いいじゃん。
小さい子を助けようとするのは当然の正義感なんだからさ〜!
俺だってきっとそうしてたよ。
んん〜、リースちゃんの男気には、もうホレちゃいそう!」
「ホークアイ、リースは、女の子」
空元気ながらも明るく振る舞い、
場の雰囲気を盛り上げようとするアンジェラたちの努力は残念ながら実らず、
ベッドに臥せたリースの表情は暗く、落ち込んだまま微動だにしない。
「もう、やめてください」の一声によってマサルとの戦いが終結する頃には
陽もだいぶ西へ傾き、宿へ戻ってくる頃には夕間暮れの時間帯となっていた。
シャルロットの魔法で傷口は塞がり、どうやら骨もやられてはいないようだが、
なにしろ出航は翌日。包帯で固定し、すぐにベッドへ休ませる事になった。
右腕の負傷自体は軽微で済んだが、今回の一件でリースが受けた痛手は、怪我以上に深い。
「お前の軽率な行動が、チーム全体に迷惑をかけたんだ。
しおらしくしてねぇで、少しは謝るなり何なりしたらどうだ?
黙りこくってりゃ許してくれるとでも、思ってんのか、ああッ?」
どん底に落ち込むリースへ、デュランから容赦の無い叱責が飛んだ。
彼の非難は至極正当な物だ。
制止の声を振り切った自分勝手な行動でチーム全体を混乱させ、
独り善がりの正義感で身売りの決意を固めた少年の心を踏みにじり、
軽率に振るった銀槍が本来不要だった筈の戦闘を招いて仲間たちを傷付けた。
誰がどう考えても、リース一人に責任があった。
そう思ったからこそ、マサルの大技が発動する直前、「もう、やめてください」と叫んだのだ。
自分の犯したミスのために、これ以上、誰にも傷付いて欲しくなかったから。
しかし、それが何だと言うのだ。個人的な反省は、この場において何の意味もなさない。
【社会】という輪においては、非難には正面から受け答えしなければならないのに、
今のリースには返す言葉も無かった。
「あの小僧は結局、ゴロツキ共に売りに出されて終わった。
結果だけ見りゃ、お前が動こうが、動くまいが、何にも変わらなかったわけだ。
だが実際はどうだ? 何の変化も無い結果への経過で、
チーム全体にこれだけ迷惑がかかってる。
………なあ、おい、お前一人のためにこれだけダメージを負ってんだよ、俺たちは。
これがどう言う意味か、わかってんのか?」
「ちょ…、さっきから聴いていれば、デュランッ!!
アンタにはココロってもんが無いわけッ!?
傷付いてるリースに向かって、どうしてそんなに残酷なコト、言えるわ―――」
「―――黙っていろッ!!!!」
有無を言わせぬデュランの怒声に、いつもなら切り返すアンジェラも押し黙った。
いつもの口喧嘩と明らかに違う、真剣な怒声に茶々を入れるほど、彼女も察しが悪くは無い。
「………見てみろ、アンジェラを。
無謀なお前を止めて、落ち込むお前をなんとか慰めようと気を配って。
一番お前を心配していたのはこいつだよ。
今だって、お前一人の責任をなんとかフォローしようとしてた。
…いいか、お前はな、そういうアンジェラの気持ちを踏みにじったんだよッ」
「………………………」
「ハッキリと言っておくぞ、今のお前は、最低の人間だ」
「………だったら…」
「あぁ?」
「…だったらどうしろって言うんですか、私にっ!」
リースが感情を決壊させた瞬間、パン、と何かを叩く音が空気を破裂させ、
チーム一同が呆然と息を呑んだ。
「『だったらどうしろ』―――だとッ!?
そんな台詞が出てくる時点でな、
手前ェのした事、きちんと反省できてねぇ証拠なんだよッ!!」
デュランがリースの頬を平手で打ったのだ。
あまりのショックに、もともと蒼白かったリースの顔色が更に悪化し、
痛みの走る左の頬を押さえて絶句した。
「ケツの持ち方くらい手前ェで考えやがれッ!!」
語気荒く言い放つと、そのまま振り向きもせずに部屋を後にした。
†
「『「ケツの持ち方くらい手前ェで考えやがれッ!!』…ねぇ。
ケツ持ってやった人間の言葉じゃねえよな」
「…んだよ、いやがったのか、マサル」
乱暴に閉めたドアの向かい側には、
腕を組んで壁に背中を預けるマサルのにやけ顔。
何もかも見透かしたようなその笑い顔に、デュランの苛立ちはより度合いを深めた。
「リースから受け取った護衛の報酬、
全部持たせてあの小僧、故郷(さと)へ帰したんだろ?
英雄王から頂戴した手当ても含めてたんまりと、な」
「………いちいち口に出して言うんじゃねぇッ!」
ポケットへ手を突っ込み、背を折って歩いていくデュランの態度の悪さは
どう見ても照れ隠しの域を出ておらず、それがマサルにはおかしくて仕方が無い。
「目の前の弱い人間を助けたいっていう、あいつの意思は尊重してやりてぇが、
このままだといずれその無謀さがチームを滅ぼす。
…だったら、今のうちに荒療治しとかなけりゃならねぇんだよ。
あいつが後になって後悔しねぇようにな」
戦闘を制止させる絶叫を搾り出した後、
すぐに意識を失ってしまったリースは知らないが、
周囲の情況からようやく自分の誤解に気付いたマサルが
ゴロツキの残党を自ら叩きのめし、一行に男らしく土下座。
事件は、デュランが【ウェンデル】への護衛の報酬を
全額そっくり親元から身売りされてきた少年へ手渡した事によってようやく終息したのだ。
少年は何度も頭を下げ、何度もリースを狙撃してしまった事を謝罪したが、
デュランはその事をあえてリースに話さず、仲間たちにも一切口外するなときつく禁じた。
リースを追い詰めるための悪意ではない。
荒療治………目の前の物へ応え過ぎるがために時として独善に我を忘れるリースに
成長して欲しいから、あえて厳しく当たる事にしたのだ。
今のままでは、いずれチームを、己の身を滅ぼし、命を懸けて目指そうとする【目的】を見失う。
本末転倒という最悪の結果を残さないために、全てはリースのために。
デュランは泥をも呑む覚悟を決めていた。
「随分とお気に入りなんだな、デュラン?
ひょっとしてアレ? お前、リースにホの字なのか?」
「ンなんじゃねぇよ、バカ」
下世話なマサルへ鉄拳を叩き込み黙らせると、そのまま宿の外へ出て行ってしまった。
足元では不意の強撃に悶絶するマサルがのたうち回っているが、無視。
「………何かのために命を張れるヤツが好きなだけだ」
見上げた夕焼けの鮮やかさは、
泥を呑む覚悟に差し込むほんの少しの寂しさを表しているようで、
皮肉なものだと思わずデュランは苦笑を漏らした。
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